いりゃあせ名古屋

清水義範の味な話

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清水義範の味な話:/37 餅菜の雑煮

 ◇シンプルだがバランスいい

 正月が近づいてきたので雑煮のことを思い出してみよう。雑煮というのは、地方ごとに特色があって、あなたの食べている雑煮はどんなふうですか、と聞けば、どの地方の人かわかるぐらいなのである。

 たとえば餅だが、その形が四角か、丸かの違いがある。大ざっぱにいうと、関東は四角で、関西は丸餅なのだが、名古屋は四角い切り餅である。

 汁の味つけは、総じていうと、関西方面は白味噌(みそ)仕立てであることが多く、関東方面はしょうゆ仕立てだ。例外の地方もあるのだが。そして名古屋では、しょうゆ仕立てが基本である。

 餅を焼いてから汁に入れるのが関東風で、汁の中で煮込むのが関西風。そして名古屋は煮込む。

 とはいうものの、その辺のことは同じ名古屋内でも家々によって好みで違っているというのが実情だろう。雑煮は家ごとのものなのだ。

 ◇地方により多彩

 しかし全国に目を向けてみると、ユニークな雑煮がある。

 日本海側の地方では雑煮に魚を入れることが多い。千葉県ではハバノリというノリを雑煮にかけて食べる。

 新潟県新発田(しばた)市周辺では、塩引きサケ、根菜類、鶏肉、蒲鉾(かまぼこ)などを大量に入れた具だくさんの雑煮が伝統的に食べられている。おおごっそうという感じなんだな。

 妙な雑煮もある。島根や鳥取の一部では、小豆汁に餅を入れたものを雑煮と呼んでいる。そりゃぜんざいでしょうが。

 香川や徳島の一部では、小豆のあんをくるんだあん餅を雑煮に入れる。かと思うと山間の地方では餅を入れず、里芋や豆腐やすいとんが代わりに入った雑煮を食べている。

 関東では、カツオだしのしょうゆ味すまし汁に、鶏肉と餅を入れるのが基本的だ。

 そこで、名古屋及び東海地方の雑煮はどんなものか、という話になるのだが、さて困った。私の家では、雑煮がご近所のそれとはまったく違っていたのだ。雑煮の中にちくわが入っていたのだが、なんじゃそれ、と思う人も多いだろう。

 ◇我が家はちくわ入り

 このことには、前に話した、私の父が長野県松本市の出身だということが関係している。長野県は海に面していない県だが、それだからこそ魚に対する憧れのようなものがあるのだ。正月くらいは魚を食べたいものだ、と望む。そこで、日本海側からブリを塩漬けにしたものがもたらされ、珍重されていた。その塩ブリを水でもどして、ネギや根菜類といっしょに入れた雑煮が、松本の雑煮なのだ。父としては正月くらいはその懐かしい雑煮を食べたがる。しかし、名古屋人である母としては困惑するしかない。

 名古屋で塩ブリなんてそう手に入らない。それに昭和21(1946)年に結婚したのであり、それは戦後すぐの大食糧難の時代だ。ブリを食べたいというのはかなうはずもないぜいたくだった。

 そこで、これも一応魚が原材料だからと、ちくわが選ばれたのだ。ちくわを適当な長さの唐竹(からたけ)割りに切って、ほかにはネギとニンジンの入った雑煮。私が物心ついた時には我が家の雑煮はそういうものだった。そして、私が大学生になった頃には、もう世の中そう貧しくはなかったのに、これがうちの流儀だからということになってしまっていて、雑煮にはちくわが入っていた。もう父も亡くなっているのに、今でも母は多分、正月にはちくわ入りの雑煮を作っているはずである。

 幼い頃から、私も、我が家の雑煮は友だちの家とは様子が違うな、ということに気がついてはいた。そして、母の里のおばあちゃんのところへ行き、名古屋の雑煮を食べた。それがなんとまあ、ただ菜っ葉が入っているだけの雑煮だったのである。長い前置きがあって、ようやく皆さんの知っている雑煮の話になりましたね。そうです、餅菜の雑煮です。

 名古屋では、正月近くなると、八百屋で餅菜という野菜が売られるのだ。それはもっぱら雑煮のためだけの菜っ葉なのである。

 小松菜の仲間だが、小松菜より軟らかく、色が黄色っぽく、甘みがある。ただその餅菜だけを入れ、ほかには何も入っていないシンプルなものが名古屋の雑煮なのである。愛知県だけではなく、岐阜県の一部でもそれが食べられているようだ。

 もともとは東海地方の武家の習慣だったらしい。江戸時代に、尾張藩を中心とした東海地方の諸藩では、武家の雑煮がこの餅菜のものだったのだ。餅と菜を一緒に取りあげて食べ、「名(菜)を持ち(餅)あげる」と、縁起をかついだのだ。それが庶民に広まったのである。

 あの餅菜だけの雑煮は、決してもの足りない感じのものではない。軟らかい菜っ葉のぐったり煮えたものと、軟らかくなった餅のバランスがとてもいいのだ。

 というわけで、東京に暮らす私も、結婚以来ずっと正月には小松菜(餅菜が手に入らないので)だけを入れた雑煮を食べているのである。<絵手紙は、中三川真智子さん作>

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 ◇おことわり

 次回の「東海ワイド」は1月6日に掲載します。

毎日新聞 2011年12月29日 中部朝刊

 
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