《連載》大學――改革の模索(4)

 論文入試

 京大経済学部10年の歴史 負担大きく広がらず

 京都大学経済学部の渡辺ゼミ。活発な議論が、予定時間を超えて続くこともしばしばだ=京都市の京都大で

 

 1浪中の関良太さん(18)=大阪府吹田市=が目指すのは、京都大学経済学部。前期日程の「論文入試」を受けるつもりだ。本番まであと約3カ月。今は論文の勉強に力を注いでいる。

 課題文を数時間かけて読み込む。翌日、要旨や筆者の考えに対する見解を500から1000字程度にまとめる。原稿用紙に向かうのが4時間を超すことも。そして1日休み、また課題文を読む。こんなパターンで週に2、3本。これまでに50本以上を書き上げた。

 論文入試で課されるのは論文のみ。2日間、計8時間。ひたすら文章を読み、考え、筆を走らせる。配点も総点1050点のうち、800点と比重も大きい。

 大阪市の私立高校出身の関さんは、現役当時から京大志望。論文入試は浪人になってから知った。「文章を書くことに自信があるので選びました。論文の勉強は知識を詰め込むのとは違い、やったことすべてが身につくので楽しい」という。

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 「偏差値秀才ではなく、教養があり、創造性に富み、考える力を持つ人材がほしかった」

 論文入試が始まった1988年度当時、経済学部長だった尾崎芳治氏(現・名城大教授)は導入の狙いをこう語る。そのころ、こんな話を同僚から聞いた。

 ――生物学のテストで満点の学生に、野外で草木の分類をさせたら、オオバコとハコベの区別すらつかなかった。
 ――建築専攻の学生がマツ材やヒノキ材を見分けられない。

 「断片的な知識を詰め込むだけで、本当に大切な基礎が身についていない」。こう嘆く教官に、尾崎氏も深く共感した。

 87年度から大学入試にA・B日程方式が導入され、各大学で入試改革が進められていた。京大経済学部も入試方法の見直しを議論し、「何事にも疑問を持ち、自分で考えようとする学生を入れよう」と、論文入試の導入を決めたという。

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 読書好き、知識欲がおう盛。目的意識をもって学生生活を送っている――。

 経済学部が93年、論文入試の成果を探るための調査委員会を設け、この間の入学者全員を対象に追跡調査した。その結果、論文で入った学生像としてこんな姿が浮かび上がったという。

 一般入試で入った学生と比較すると、(1)高校時代によく本を読んだ 論文55%、一般13%(2)学業に関係なく個人的研究をしている 論文55%、一般21%……。

 また、高校や予備校からは「弊害の多い現行の受験制度を打破する先駆的事業」と高く評価されているという。調査委員会は「導入の目的はほぼ達成できた」と結論づけた。

 ところが、論文入試は他大学はおろか、学内の他学部にも広がりを見せていない。

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 調査委員会のメンバーの1人、渡辺尚教授は「出題・採点担当者の負担が大きいことが原因」と話す。

 担当者は新年度に入ると作業を始める。出題は経済分野を避けることが不文律となっており、幅広く文献に目を通す。そしてたびたび開かれる会議。このため、1年間は自分の研究をストップせざるを得ないほどだ。それが在任中に1度や2度では済まない。

 「悲鳴を上げる状態で、学部教官の一部にも消極的な意見があるのは事実だ。しかし、続けることが社会的責務だという認識を我々は持っている」

 また、代々木ゼミナール大阪校の教育進学指導室の岩本武士さんは「受験者数確保の面から、ほかでは導入しにくいと思う」と見る。最近の受験生は論文試験を避ける傾向にあり、試験科目が小論文になると、受験者数が目に見えて減るという。

 「論文入試は、どうしてもあそこに行きたいという受験生が多い京大だからこそできる」と、岩本さんは話す。

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 今年6月、中教審は受験競争是正の具体策として、入試における学力試験偏重から脱するよう提言。先行事例として論文試験を評価した。しかし、「偏差値社会」を打ち破ろうとする試みは、まだ一筋の細い流れでしかない。

<1997年11月24日付朝日新聞朝刊より>


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