《連載》大學――東大の行方(6)

シケプリよ

 名前ではなく、「シケ長」と彼を呼ぶクラスメートがいる。

 昨年、理科1類に入学直後の合宿で、クラス総がかりの試験対策の伝統を、先輩か ら聞いた。クラスのシケ長、つまり試験対策委員長に、自ら名乗りを上げた。

 クラス全員がどの授業を受けているか、調べた。四人以上がとっている授業にシケ 対(試験対策委員)を置き、シケプリ(試験対策プリント)をつくる方針を決めた。 アンケートを配り、どの授業のシケプリをつくるか、第三希望まで書かせた。こうし て三十を超える授業のシケプリづくりが始まった。五十人近いクラスのほぼ全員が、 シケプリづくり、印刷で参加した。

 つくる学生によって、中身は違う。授業に出た課題の解答だけ書いたものから、参 考資料も細かく調べた「作品」並みのものまであった。挫折しそうなクラスもあっ た。だれが呼びかけるのか「シケ長会議」が招集され、足りないシケプリの流通情報 が交わされた。

 インターネットで「シケプリ」を検索すると、販売情報も載っている。市場を無視 した価格設定のために「海賊版」のコピーにとって代わられるシケプリもあったと、 ある学生は話した。

 組織の力に悩まされる教官も、手をこまぬいているわけではない。前期試験後の昨 年九月、歴史を担当する古田元夫教授は、掲示板に張り紙を出した。「シケプリので きがよかったとみえて、これを丸写ししたと思われる答案があった。これは『不可』 とする」という内容だった。

 古田さんは、大教室での授業の試験答案が、並べてみるとよく似ていることが二、 三年前から気になっていた。昔は二百枚の答案中に数枚だったのが、二けただ。「ほ めても仕方がないが、シケプリの質がすごくよくなっている。それをそのまま写す学 生がいて憤っている。シケプリを一つの参考として使うことにそれほど目くじらをた てるつもりはない。以前は、わざとシケプリの内容の逆をいってみたりする学生がい たものだが」と古田さんは言う。

 掲示が張り出されてしばらくして、シケプリをつくった学生が名乗り出てきた。で きがよかったと書いたためか、「注文が増えて困っている」と話した。悪びれた様子 がないことにも、古田さんは戸惑いを覚えた。

 なぜ、シケプリの輪は広がりをみせるのか。シケ長は「勉強を一人でしていると、 どんどん暗い世界に落ち込んでいく。それをお祭り的に乗り切ろうとする」と話す。 「クラスの行事というと、試験対策しかない。これが、仲間との接点になっているの かも」とも言う。

 厳しい進学振り分けがなければ、これほど組織的なシケプリづくりもないだろう。 大学がつくるがんじがらめの秩序への、学生の抵抗だとみる向きもある。

 「東大生のパワーはすごい。まじめだし」とシケ長。まじめ? 「まじめじゃなき ゃ、カンニングに走りますよ」

 後期のアンケートに彼は「シケプリは意義があると思うか」という質問を入れた。 その質問に自分ではどう答えるのか。今年入ってくる後輩には、「あると便利だか ら」としか言えそうにない。

<1月18日付朝日新聞朝刊より>


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