天城越え誕生秘話

 中学三年生のとき『かくれんぼ』でデビューした石川さゆりも、はや三十四歳。円熟した女性像を“三分のドラマ”の中に十二分に 表現出来る歌い手に成長している。
 彼女は、持ち歌の中で『天城越え』が、成長の踏み台になった楽曲という。
 「私が、新装開店して、それまでの自分にない路線を模索しているときに出合った衝撃的な楽曲でしたから
 出産のために、二十四歳から二十五歳にかけて七か月ほど、芸能界から身をひいたことがある。「新装開店」とは、一児の母となってから 歌手に復帰したことをさす。
 「お休みの間は、ものすごくハッピーでした。子供が汚したオムツを洗濯して、外に出て干すときに、ああ、お日様が暖かくなったな……など と感じたり、テレビを見たり、買い物の途中でパチンコ屋から流れる曲を耳にしたりしながら、ボーッと時間を過ごしてました
 結婚、出産という幸せの絶頂期は、ヒットさせたい一心で走り続けた歌手人生を見つめなおす心のゆとりも与えてくれた。
 「生まれて初めて、ふつうの視聴者として、歌を聞くことが出来ました。そこで、気づいたことは、歌手は、まず、自分が楽しんで歌う姿勢が ないといけない、と反省したんです。それまでの私って、作品にしがみついて一生懸命に歌うのが、精一杯。それじゃ、聞く方も疲れますでしょ
 それからは、不思議に肩の力が抜け、「作詞、作曲の先生たち」とも、「ハイ、ハイ」という通り一遍の返事ではなく、自分の意見も出して、 対話しながら歌を作る楽しみを知った。
 『天城越え』はカムバックした翌年の昭和六十一年七月に発売されたが、これも、彼女と作詞家・吉岡治さん、担当ディレクター中村一好さん との語り合いの中から生まれている。
 中村さんは、その二年前、担当していた都はるみさんが引退したので、石川さゆりの専従ディレクターとなって、すでに九曲を制作していた。
 次の曲が『天城越え』になるのだが、事前の雑談の中で、彼女は、こんな話が出たことを記憶している。
 「カラオケ・ブームで、素人がこなしやすい歌が出回り過ぎている。石川さゆりしか歌えない歌があってもいいじゃないか、 とだれかが言い出したの」
 そう主張したのは、中村ディレクターだった。カラオケの世界はレーザー・ディスクなど、映像時代に入り、カラオケ人気は高まるばかりだった。
 「口ずさみやすい、耳ざわりがいい曲ばかりが業界でもてはやされていて、私は飽きていたんです」と中村さんは笑う。
 さゆりは、前年末、『波止場しぐれ』で日本レコード大賞の最優秀歌唱賞を獲得していたので、中村さんは、こう考えた。
 「この際、カラオケ・ファンを無視して、彼女にしか歌えない難易度の高い作品を作ってみよう」と。
 さっそく『波止場しぐれ』などを作った吉岡さんに作詞を、音楽仲間で飲みともだちの一人、弦哲也さんに作曲を依頼した。
 ときに、ディレクターや作家は、担当する歌手が、もしこんな場所にいたら、どんな歌の主人公になるだろうか、と空想して創作することがある。
 例えば、日本コロムビアの中村一好ディレクターは、作詞家・吉岡治、作曲家・岡千秋さんとともに、石川さゆりを大阪に置いて 『大阪つばめ』などを作っている。
 「次は、紅白歌合戦のトリを取れるような、堂々とした作品にしたい」と、中村さんは、吉岡さんと話し合い、さゆりを立たせる場所を 伊豆半島の天城山と決めた。吉岡さんは、一つのトンネルに着目していた。
 天城隧道で、当時は、内部に照明はなく、しみだした水滴の垂れる音がこだまする寂しいトンネルだった。すでに、 何回か足を運んでいた吉岡さんにいわせれば、作家の感性を触発して詞を生み出す雰囲気を持つ。
 「霊感の強い人には、何かが見えてくるような、湿った、不思議な風が吹くんです。古来から人の往来があり、近くには古戦場もあって、 何となく血なまぐさい空気も感じるところです」(吉岡さん)
 吉岡さんが「天城越え」と題した詞の原型を作ると、中村さんは、作曲を依頼した弦哲也さんと一緒に、昭和六十一年三月、 天城へ二日三泊の旅に出た。
 物の怪が徘徊するような雰囲気を肌で感じながら、曲作りしてみようと考えていた。
 一日遅れで、吉岡さんも合流、宿で詞の手直しと曲作りに入った。弦さんは、持ち込んだギターで、吉岡さんの説明を聞きながら、 詞の一行一行に音符をつけ、テープに記録していった。
 その結果、弦さんが予想しなかった曲が誕生した。
 「本当に自分が作ったのかと耳を疑うメロディーになり、歌うにしても難しいものになった。当初からカラオケで素人が歌えない水準を 目指していたんですが、さゆりさんに、こなせるだろうか、と心配もしました」
 一方、さゆりは、曲もさることながら、詞にショックを受けた。
 「“あなたを殺して”のくだりを見て、すごくビックリしました。歌の主人公は、相手を殺したいと思うほどの情念を持っている。 私が持ちえない激しい感情でしょ。鳥肌が立ちまして、ね
 それまで、彼女が歌う主人公は、自分は一歩下がって、男をたてる女性だったから、無理もない。
 しかし、歌いこなせれば、新境地を開くことになる。「ヨシ!演じてやろう、とファイトを燃やしました」と、さゆりは、笑う。
 「天城越え」は同年七月発売された。カラオケ・ファンに背を向けたこの作品は、なかなか世間の関心を呼ばなかった。 注目されるようになったのは、さゆりが大みそかの紅白歌合戦で紅組の最後に登場、熱唱してからである。
 浅丘ルリ子、加賀まりこさんら俳優が『天城越え』を歌う「天城を越える会」を結成、話題を呼んだこともある。
 発売から七年後のいまも、人気は衰えず、カラオケで女性が、ぜひ、歌いたい曲の一つになっている。
1993年4月4日、11日 「歌いやすさ」にあえて背を、「激しい情念」で新境地開く 読売新聞


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