卒業式の主役はだれ?
日の丸・君が代で生徒が問う

 「主役のはずの生徒が望まない日の丸・君が代が必要なのか」。自主性を重んじ、これまで生徒主体の卒業式をしてきた学校の生徒からこんな声があがっている。国旗・国歌法が施行され、「日の丸・君が代のある厳粛な式」を求める教育委員会などの動きが強まり、考えるきっかけを与えたようだ。その中、2年続けて卒業生の多くが式を欠席した埼玉県立所沢高校の生徒らは長く続いた「日の丸・君が代強制反対」決議をなくす結論を出した。卒業式を間近に控えた各校の様子を見た。(古源盛一、佐々木亮、山田裕紀)

卒業式の内容について生徒代表と教職員が話し合う。議長も生徒だ=1月19日、千葉県柏市の東葛飾高で
●学校に要望 2時間議論し「不要」

 千葉県柏市の東葛飾高では、対面形式の卒業式が1989年度から続く。ステージは使わず、体育館の中央に設けられた演壇をはさんで、卒業生400人と在校生800人が向かい合う。

 クラス全員の名前が読み上げられると、クラス代表が演壇に進み出る。叫んだり、歌ったり、証書を受け取る代表が見せるパフォーマンスは、卒業式の見ものの一つだ。昨年は板前姿ですしを握った者もいた。

 数年前には、軍服の背中に日の丸を張り付けた姿で受け取った生徒もいた。式での日の丸掲揚を主張し続けた生徒だ。「そんなに揚げたいなら一人でやったら」と、ほかの生徒に言われたのだ。背筋を伸ばして証書を受け取り、回れ右。きびきびした動作に笑いが起きた。

 同校の卒業式に日の丸が登場するのは、こんな時ぐらいだという。君が代斉唱もなく、全校で歌うのは校歌と第二校歌のような愛唱歌だ。趣向を凝らした「卒業生の言葉」、3年の担任教師による「贈る言葉」もある。

 こうした式の企画はクラス代表でつくる対策委員会で原案を作り、生徒総会の話し合いを経て学校へ要望する。それが職員会議にはかられ、例年ほぼ要望に沿って決まる。70年代の高校紛争以来の伝統だ。

 ここ数年は、「日の丸掲揚、君が代斉唱は行わない」という結論がすぐ出るのが普通だった。だが、国旗・国歌法ができ、昨年12月の生徒総会は、日の丸・君が代の扱いをめぐる議論だけで2時間に及んだ。

 「社会の一員として先輩を送り出すのだから、あった方がいい」「米国の学校にも国旗はあった」

 「卒業式には必要ない」「生徒がやると言い出せば、毎年持ち込まれ、議論もできなくなってしまう」

 反対論が大勢を占めた。可決された要望書には「日の丸、君が代について様々な意見が出され、一つの意見に集約することはできないと考えた。原点に戻り、卒業式の意義と照らし合わせた結果、その意義と関係がないので行わないと判断した」と説明を付けた。

 職員会議は1月、ほぼ原案通りの要望書を了承した。「生徒が全体の意見としてまとめれば学校はそれにこたえる。教員も『無理だ』と生徒の声をつぶさない。そんな自治が生きている」と池野真教諭は話す。

 千葉県立松戸高、小金高も同様に生徒の要望を受け入れ、今年も日の丸・君が代のない生徒主体の卒業式にする見込みだ。

 ある東京都立高では、3年生代表による卒業対策委員会が11月から十数回の議論を重ね、生徒が企画運営する式に変えるよう要望した。

 フロアに舞台を置き、司会も生徒。3年の各クラスがポピュラーソングを歌うなどパフォーマンスで3年間の思いを伝えるという内容だ。日の丸も君が代もプログラムにない。

 圧倒的多数の教職員が賛成したが、校長はまだ認めていない。教員側は「生徒の企画を完成させたい」という。だが、校長は「東京都教委から実施の通達が出ている」と繰り返すばかりだという。

●押しつけに反発 190人が署名、親も申し入れ

 「国旗・国歌法は成立しましたが、それにより卒業式に日の丸、君が代を強制されるべきものではありません。卒業式が私たちの意思が反映されたものであることを願っています」

 昨年12月、東京都多摩地域の都立高で、2年生2人が仲間内で署名を呼びかけ始めた。同校では卒業生が壇上で思いを語るなど自由な雰囲気の卒業式が続いてきた。しかし同法ができ、式が変えられる可能性があると思ったからだ。

 同じころ、3年生の父母数人が校長に申し入れた。「学校は個性、自主性をいいながら、日の丸・君が代だけ一律に押しつけるのはおかしい」「国際的な慣例というが、学校行事で国歌を歌わせる国の方が少ない」

 一方、校長は1月の始業式で「東京都教委から通達が来ました。今年度の卒業式は日の丸を掲げ、君が代を斉唱します」と約1000人の生徒に説明した。

 生徒の多くはざわついて聞き流していたが、3年生の中には式の後、校長に真意をただす者もいた。

 2年生が始めた署名の名簿はその後、同学年のクラス単位で回された。2人は「日の丸も君が代も戦争のシンボル」などと説明したこともある。ほかの生徒がどういう反応を示すか不安だった。「別にどうでもいいじゃん」という生徒もいた。

 だが、話したことのない生徒から手紙をもらった。「何か変だと思いながら、口に出す勇気がなかった。署名を始めてくれてうれしかった」

 2月までに署名は約190人分集まり、代表が学校側に申し入れた。別の父母やOBも学校に同様の申し入れをしている。校長は「自主性を重んじてほしいという生徒や父母の要望は厳粛に受けとめたが、私の立場としては都教委が示した内容に準拠して適正に行わなければならない。父母や職員にいろいろ考えはあろうが、話し合って混乱がないようにしたい」と話す。

 別の複数の都立高でも生徒による卒業式の対策委員会が学校側に「いままで通り日の丸・君が代のない卒業式を」などと申し入れた。職員会議では掲揚、斉唱に反対の声が多数を占める。だが、都教委から強い指示を受けた校長側は「職務遂行を求めているだけで、内心の自由とは関係ない」などと応じない姿勢だ。「校内のことを外にもらすと処分する」と教員に口止めしている校長もいるという。

●混乱に終止符 強制反対の決議なくす 所沢高

 埼玉県立所沢高で昨年11月開かれた生徒総会。「日の丸・君が代の強制に反対する決議文」の存廃を問う投票で、237対523で、決議を破棄することが決まった。

 決議は1989年度以来、卒業式、入学式について話し合う生徒総会で毎年承認されてきた。日の丸・君が代について「一人ひとりの解釈も賛成・反対その他様々です」「(強制は)一人ひとりの意志を全く無視した行為」とした。学校も生徒の自主性を尊重し、卒業式・入学式に日の丸・君が代が持ち込まれることはなかった。

 混乱の始まりは3年前の入学式だった。当時の校長が決議を無視するように日の丸掲揚と君が代斉唱を強行した。

 翌春、生徒らは強制に反対して手作りの卒業・入学行事を開いた。この行事にはほぼ全員が出席した。だが、学校主催の式は多数の生徒が欠席した。

 生徒らには強引な学校運営を批判する気持ちも強かったが、校外からは「日の丸・君が代に反対している」と一面的に受け取られた。校門前に報道陣が群がり、政治団体の街宣車もがなりたてた。そんな騒ぎが2年にわたって繰り返された。「もう混乱はたくさん」といったムードも徐々に広がっていった。

 そして今回。国旗・国歌法が成立し、決議の中の「(日の丸・君が代は)法律上でも国旗・国歌として定められていません」という一文が、現実と合わなくなった。生徒会は大幅に手直しした修正案を生徒総会に提案。約1000人の生徒が出席した。

 「なぜ決議文が重要なの」「所沢高の自由を守るためにある」「政治的な問題にかかわることに反対」

 質問や意見が相次ぎ、議論はホームルームに持ち越された。「決議は大切。でも、残せば、混乱はなお続く。校長との話し合いもかみ合わないまま終わってしまう」「強制に反対と、みんなで決めてしまうのも、『反対の押しつけ』にならないか」といった声も出た。

 総会は延べ3回、6時間を超えた。この間、昨春着任した新校長は質問に答えて「無理やり起立させたり、歌わせたりするようなことはありません」とするプリントを配った。

 3度目の総会で、決議そのものを残すかどうかが採決された。この投票で、11年目にして決議が消えた。

 ある3年生は「僕たちの入学式で始まった問題を、僕たちの在学中に収拾したい」と考えたという。

 別の3年生は「『校長が代わったら、また強制されるかも知れない』という声もある。それなら、その時の生徒が、改めて強制反対を決議をすればいい。決議文をなくしても、自主・自立を重んじる所沢高の校風は残ってほしい」と話す。

 3月には、卒業式と生徒主催の卒業記念祭の双方が開かれる。

<2月28日付朝日新聞朝刊より>


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