《連載》大學――東大の行方(3)

4年の不満

 他大学もうらやむ教育環境のはずが、東大で四年まで過ごした学生たちの多くは、そう思っていないようだ。大学総合教育研究センターが先週、四年生を対象にした学部教育についてのアンケート結果をまとめた。同センターによると、自由記述は授業への不満であふれた。

 「どこの大学でも似たような状況はあるとは思うし、自分の努力が不足していたこともあることは分かっているが、それを差し引いたとしても授業はわからなかった」

 「大学の講義(特に私の所属していた法学部の講義)の多くは、ただ教官が前に立って一方的にしゃべって帰っていくだけです。これなら学期の初めに教科書を一冊配って帰っていくだけでも同じである。いや、本の方が、聞き取りにくいこともないし、板書が読めないことも隣の私語が気になることも突然休講になることもないし、好きなときに何度でも学習できるし、よっぽどましである」

 「大学は資格試験という同じ目標を持った人々とのコミュニケーションの場と化している。こういうことは大学でなくても、予備校で十分だと感じることが多かった」

 法学部の学生に不満が強い。最後の記述は、大教室での講義で、教官との個人的なつながりも、友人もできない「法学部砂漠」といわれる情景をにじませている。

 しかし、授業がつまらなかったり、わからなかったりする原因を、教官だけに押しつけてはいない。

 「恥ずかしい話ですが、僕が取得した単位のうち半分以上は一度も授業に出たことがありません。そういう科目でも『良』や『優』がとれたりするのですが、こんな単位は無駄でしょう」

 「学生の間に大学の授業はさぼるという『常識』ができてしまっていて、それを改善する必要がある」

 「概して研究者の質は高く、講義のレベルも非常に満足のいくものだった。しかし、学生の中には、ただ大学にはいることだけを目標にしてきた者たちも見受けられ、そのやる気のなさがまわりに悪影響を及ぼしていたような気がする」

 大学と学生を分析する、冷静な目もある。

 「大学を就職のための通過点に過ぎないと割り切る学生か、狭く縦割りになった講座制のもとで専門領域の研究者をめざして大学に残ろうとする学生かに二極分化している」

 「現状では、東京大学は、官僚になるための踏み台であり、『オタク』のそうくつである。もっと普通の、社会性のある人間を多く育成・輩出するよう心がけてみてはいかがですか」

 そして。

 「世間は東大生というものを、かつてほど評価していません。なぜか、それは一つ勉強していないこと、一つ創造性にとぼしいこと、一つプライドが高いことです」

<12月7日付朝日新聞朝刊より>


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