CGI State: Busy.(In Time)
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July 17, 2003 (Mon) - 遺志


俺はペルソナウェアをまともに使ったことはありません。ごく初期に数日使って、コンセプトに感嘆しつつも、すぐに全容が見えて、飽きて、そのまま使わなくなり、以降2年の間に(様子を見るために)2回程度しか起動しませんでした。そしてその2回から継続して使用を続けるようにもなりませんでした。

俺はペルソナウェアが元気だった時期のことや、あるいは春菜以外で春菜ほど有名になったペルソナの存在なども知りません。いつか書いたペルソナ考で部分的に妙な内容がある(ペルソナウェア=春菜、インタプリタ不要等)のもそのせいです。そもそもペルソナウェアが大きなコミュニティを形成したということすら知りませんでした。

ユーザとしてこのような状況なので、もちろんベンダとして活動したことは全くありません。本家の仕様はさっぱり分かりませんし、PDKをダウンロードしたこともなく、ayaoriのコードも1行も書いたことがありません。

つまり俺はペルソナウェア上で開発を行い、そのポテンシャルの低さに耐えられなくなって自作を始めたのではないです。

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本当はもっとずっと前から作りたいとは思っていた。が、条件が揃わなかった。最後の条件が揃ったのが2000年2月ごろ。

動機は、やはり春菜があまりにも凄くなかったことに尽きる。面白いコンセプトを打ち出しながらいつまで経っても進化せず、スケジュールやアラームといったどうでもいいファンクションを付けられ、売りであるネットワーク更新にも大した更新がなく、ニュースを読み切っては黙り込む春菜があまりにも無意味で痛々しかった。凄いものを作れる可能性があったのに、自らそれを破壊した。デスクトップに人を立たせて一体何がしたかったのか?本当に何も考えていなかったのか?

春菜は正しいコンセプトを持っていながら実装不足でデスクトップに立ち続けられなかった。単なる他人の下らないプログラムではなく、あと一歩惜しいところで意味のあるものにならなかったこと、それが腹立たしく悔しかった。実装の不足が生きた素材を殺してしまった。"春菜" は本当は生きて行くはずだった。遺志を継がなくてはならない。

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Monday, 11-Dec-2000 20:08:42 JST 黒衣鯖人