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アナクロ専科 − 寒すぎる日々

えんたろうつうしん

■ ヘブライの仮庵
 − 意外と身近な「ヘブライ」 をどうぞ
■ 寮歌に関する極私的妄言部屋
 − 「寮歌」とは何ぞや?
■ 某大学左翼的追憶記
 − そろそろ飽きてきたなあ.....
■ 某教団破門歌集
 − 某「異端」教団が捨てた曲の数々。
■ 極貧 MIDI 陳列所 ・ 附属電脳歌謡実験所
 − 音楽に対する冒涜か!?
■ リンク集

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えんたろうって誰?


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< 近況 (2001.01.21) >

下で書いた8日の雪が日陰に残っていたのに
また雪が積もってしまいました。ここ埼玉は、関西より寒いようです。

10年前の話を、ほとんど記憶だけで書いてきた「左翼的追憶記」
読者の方から 「まだ続けてほしい」旨メールを戴きましたが、
私自身、「表三郎講演会」 や 中国映画「マルタ」上映が 90年だったのか 91年だったのかすら
忘れてしまい、まともに書けそうにありません。ほかに、「黒田清講演会」とか......。
当時実家で収集していたパンフレット類は、就職して東京に飛ばされている間に捨てられました。
(というか、私の部屋自体なくなりました。)
大林組の大阪本社が中核派の迫撃砲を食らった時期も忘れていましたが、
これは当時の新聞を図書館で調べて、ようやく 91年4月26日と判明する始末。

なんとも不毛な学校でしたが、逆に、現状に満足できる世評の素晴らしい学校に行っていたら、
私が寮歌の世界に入っていくことも無かったかもしれません......。

< 近況 (2001.01.08) >

一面の雪景色。寒い......。

そろそろ 寮歌ヘブライ を更新しなければ......。

< 近況 (2001.01.03 未明) >

なんとか 「左翼的追憶記」の続編を追加しました。
ただ、せっかく来てくださった方に申し訳ありませんが、はっきりいって不調です。
というか、この連載自体、もう飽きました。すみません......。

話は変わって、昨1月2日夜、TBS系でやっていた 『テレビ探偵団』 なんぞを観ていたら、
昔のアニメ 『フランダースの犬』 最終回が出てきてしまって、とても鬱でした。
ちゃんと 12月24日・25日には喪に服しましたが......

あの場面のBGMが 『主よ みもとに近づかん』 だったとは......。

< 近況 (2001.01.01) >

謹 賀 新 年

本年もよろしくお願い申し上げます。

......新年は、寮歌・軍歌連合隊のメンバーで、池袋路上にて迎えました。

< 近況 (2000.12.25) >

結局 土日は年賀状書きで終わりました。

2週間ほど前にプリンターを買っていましたが、
今回も敢えて手書きです。

< 近況 (2000.12.24) >

ネロとパトラッシュの喪に服し中。

......ネタのわかる方はいらっしゃいますか?

< 近況 (2000.12.21) >

あなたの会社にもいませんか?
モハ251形のような老害役員が......。

もう前の勤務先を辞めてから丸1年が経ちましたが、
ゼネコン(某H谷工) からの天下りモハ251形は もう勘弁、でしたね......。
あのモハ251形がなお顔を利かせる某H谷工は逝ってよし!

(「モハ251」がわからない方は、
例えばhttp://web1.incl.ne.jp/kaminans/Zukan.html(←勝手にリンク) をご参照ください。
なお、某天下りモハ251形は人でないので、これは個人攻撃ではありません。断じて)

< 近況 (2000.12.07) >

この 「つうしん」 も去る12月3日で満4歳を迎えました。

その間、InfoVillageから DTIへの移転、ポア (死語。最近は 「あぼーん」 か?)、
「安全第二えんたろう建設」 への改称 → 破綻、「全日本雑草の会」への改称、また復称.......
など、読者の皆さんには一寸の得にもならないような変遷を遂げて参りました。
(輝かしい記録など、全然ありませんな......誰や「継続は力」とほざいた御仁は?)

ともあれ、今後とも、よろしくお願い申し上げます。

......「2ch」 でも催促を受けていましたが、
「左翼的追憶記」の続編はまだ先になりそうです。すみません。

< 近況 (2000.12.01) >

20世紀も、もう残すところ1ヶ月となりました。

12月31日に「追想 20世紀日本のしらべ」なる歌まつりを
軍歌・寮歌愛好の面々(20代・30代が中心)で企画していますが、今も申込み受付中です (12/10まで)。

更新がさっぱりです。すみません。

< 近況 (2000.11.22) >

更新しないまま、早くも11月も末期となってしまいました。

読者の方からのご指摘で、「左翼的追憶記」に一部訂正を入れました。

訂正依頼の内容からして、民学同系の活動家だった方(京都在住?)かと思われますが、
フリーメールアドレス宛てにお礼のメールを出したら、エラーで返ってきてしまいました。
さすがの、「革命的警戒心」。

仕方ないので、(著作権法上、問題があるかもしれませんが)返信メールを
そのまま掲載します:

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
TOTO TOTO様:

メールをありがとうございます。
実は、「左翼的・・・」の頁にメールを下さった方は
初めてです。


> 某大学左翼的追憶記で私の知る限りかなり不正確な記述がありますので訂正をお願い
> します。
>
> 杉本寮闘争について
>
> ○その1
> 「学生大会実行委員会’87」によって召集された学生大会が成立し、そこでの決定
> により教養部ストライキ指示が可決された。しかし、なんと中核派がスト破りという
> 信じられない暴挙に出たため教養部ストライキは貫徹されなかった。中核派は、学生
> 大会実行委員会を指導していた民学同に学生運動の主権を握られることを恐れ、学生
> 大会の総意を無視してスト破りという恥知らずの行動に出た。これを一番喜んだのは
> 大学当局であることは言うまでもないが、中核派は事実上大学当局の犬に成り下がっ
> てしまった。

私の記述は、学校当局側の大まかな記録と民青のパンフ(笑)を元に
推測で書くしかなかった部分も多いですので、ご指摘に感謝します。

民学同と中核派の確執はよく聞いていましたが、主導権は民学同側が握っていたのですね。
民青のパンフでは、80年代の「でっちあげ学生大会」(民青の言)は中核派がブチ上げ、
民学同はそれに同調していた、というような書き方でしたので、
それを鵜呑みにしていましたが......。
民青と民学同は、民青と中核派以上に仲が悪そうですので(怒らないでください)、
そこを割り引いて読まねばなりませんね。


> ○その2
> 1987年4月以降、当局が杉本寮への電気・ガスをストップ(水道はストップされな
> かった)した後も7人の寮生が生活を続け、当局への闘いを続けていた。その中に民
> 青同盟員は一人もいなかった。残ったのは、民学同(デモクラート派)とノンセクト
> の学生である。杉本寮闘争に関しては、情けないことに民青同盟は一切闘争に参加せ
> ず、ただ傍観しているのみであった。

民青が傍観していたのは知っています。(というより、基本的に民青は当局寄り)
ただ、私をオルグしようとした民青の人が、「民青の××さんが住んでいる」と
89年の春に言っていたように思うので、あのような記述になりましたが、やはり民青
一流のガセでしょうかね。そのノンセクトの人と語学のクラスが一緒だったとか。
京大新聞の記事に登場した「最後の寮生」は、ノンセクトの人のようでした。


> ○その3 補足事項
> 杉本寮闘争で特筆すべきことがもう一つある。学生との話し合いなしに廃寮決定がな
> されようとしていた大学評議会(大学当局最高決定機関)に反動教授の強固なピケを
> 破り突入し、大学長を取り囲み学長団交を決行したことである。これにより学生との
> 話合いを再開するという確約をとった。某大学学生運動史上希にみる快挙であった。

これは、87年より前の出来事でしょうか?

とりあえず、「年表」あたりから順次修正に着手することにします。

ありがとうございました。
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しかし、濃いメールをいただいたものであります。

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