色々騒動があった後,オリエンテーリングは何とか始まった。

各グループがそれぞれ地図やコンパスなどをもらう。

そしてシンジたちのグループもようやく出発し,山中をのんびりと歩いていた。

が,シンジの機嫌は悪かった。

そのシンジの様子を見てトウジが話しかける。

「何やシンジ,まだ怒っとんのかいな」

トウジが笑いながらそう言うと,シンジはふくれっ面をしながらトウジの方を振り向いた。

「当たり前だよ!みんなにあんなに冷やかされて・・・」

「すまん,すまん。でもでっかい声出しよったのはシンジの方やで」

トウジががははと豪快に笑いながらシンジに謝る。

「そ,それはそうだけどさ」

少しぶ然とした表情でシンジが呟く。

そしてその友のくったくのない笑顔に負けて,少し苦笑いをするシンジであった。



しばらく四人は黙って歩いていた。

いかほどの時間が経ったときであろうか,ふとトウジがシンジに呟く。

「でもまさか綾波と会っとるとは思わんかったわ」

その言葉を聞いてシンジはトウジの方をちらりと見た。

「ワシはてっきりシンジと惣流が付き合っとるもんだとばっかり思っとったからのぉ」

トウジがにやりと笑いながらシンジの顔を見た。

シンジは苦笑いをするだけであった。

そしていきなりトウジがシンジに顔をばっと近づけた。

その顔は赤くなっていて鼻息が荒かった。

「な,何?トウジ」

シンジは驚いて少し顔を引きながら言った。

「もう綾波と,キ,キ,キ,キスとかしたんか?」

その瞬間,シンジの顔がぼっと赤くなった。

「そ,そんなのしてないよ!」

シンジは焦って反論する。

そしてレイの方をちらりと見てしまった。

レイの顔は少し赤らんでいた。

(き,聞こえちゃったかな・・・)

そう心配するシンジをよそにトウジは残念そうな顔をするのであった。



すでに三時間ほどが過ぎていた。

シンジたち一行はまだゴールに付いていなかった。

どうやらコースを少し間違えてしまっていたようである。

「やっぱり道間違えたんじゃないかな」

シンジがぼそりと呟く。

「や,やっぱりとは何よ,やっぱりとは!」

その言葉を聞き逃さなかったアスカが少し頬を赤く染めて,シンジに詰め寄る。

この道を主張したのは他ならぬアスカであった。

「でも全然他のグループの人たちにも会わないし・・・」

「あんたこの私が悪いって言うの?」

「そ,そんなこと言ってないけど・・・」

ポツリ。

雨が一粒落ちてきた。

空を見るとさっきまでの快晴が嘘の様に黒い雲で淀んできた。

「あかん,こりゃ一雨来るで」

トウジがそう言うと,ポツポツと降っていた雨がその勢いを増してくるのであった。

天気は一気に豪雨となってしまった。

「うわ,こりゃあかん!」

トウジのその声と同時に走り出す四人。

彼らは走って雨宿り出来そうな所を懸命に探すのであった。

「きゃあっ」

突然,シンジの後ろの方からアスカの声がした。

その声で,シンジがぱっと振り向くと,アスカの姿はどこにも見えなかった。

「アスカッ」

シンジが声のした方に走る。

トウジとレイもシンジの後に続いた。

「アスカッ,どこ!?」

三人は必死にアスカを探した。

彼らはすでにずぶぬれになってしまっていた。

「・・・シンジ」

微かな声が聞こえた。

「アスカ!?」

シンジはその声の聞こえる方に向かった。

アスカは急斜面の途中の小さな岩場にいた。

雨でぬかるんだ地面に足を取られてしまい滑り落ちてしまったのだ。

「アスカ!大丈夫!?」

シンジがそのアスカに呼びかける。

「・・・うん,でも足くじいちゃったみたい・・・」

アスカは少し弱々しい声で答える。

「アスカ!今行くから!」

そう言ってシンジがアスカを助けに行こうとした。

その時,トウジがシンジの腕をがしっと掴んだ。

「トウジ?」

シンジが振り向くと,トウジがいつになく真剣な顔をして言った。

「シンジ,お前じゃ惣流を抱えて登ってくるのは無理じゃ。ここはワシにまかせい」

確かにシンジの体力ではたとえ女の子でも人一人抱えてこの急斜面を登るのは無理だ。

しかも雨でぬかるんでいるので救出はより困難に思えた。

「でも・・・」

シンジが少し躊躇した。

「この雨じゃ惣流のヤツもいつまでももたん。お前らは早よ誰か助けを呼んでくるんや」

「・・・・・・」

「・・・うん,分かった」

そう言ってシンジとレイは雨の中,走って助けを呼びに行くのであった。



トウジは慎重に斜面を降りて行った。

崖,と言えるほどのものではなかったので,それほど困難ではなかった。

ただ問題は怪我をしたアスカを抱えて登ってくることなのであるが。

トウジが岩場にたどり着くと,足をくじいたアスカが苦痛の表情を見せていた。

「惣流,大丈夫か?」

「鈴原・・・」

ずぶぬれになったアスカが少しの驚きの表情でトウジを迎えた。

正直,トウジが助けに来ることを想像していなかった。

シンジが助けに来てくれる。

アスカは心のどこかでそう思っていた。

「ちょっと足見せてみい」

そう言ってトウジがアスカの足首を掴んだ。

「ちょ・・・なっ・・・!」

何すんのよ!

そうアスカは言いかけたが,トウジのその真剣な表情を見て,言葉を詰まらせてしまった。

「こりゃごっつひどいで。立てるか?」

「あ,うん・・・」

急にトウジが振り向いたので,アスカは少し頬を赤く染めてしまった。

「よっしゃ!じゃあワシの背中につかまらんかい」

そう言ってトウジがアスカの方に背中を向けた。

「え・・・」

アスカは一瞬戸惑ってしまった。

          ・
          ・
          ・
「鈴原のことよ」
          ・
          ・
          ・
「好きなんでしょ,アイツが」
          ・
          ・
          ・
「応援するわよ,ヒカリ!」
          ・
          ・
          ・
・・・アスカの脳裏にヒカリと交わした会話が浮かんでは消えていく。

「何しとんねん。さっさとつかまらんかい」

トウジがアスカを促す。

その言葉を聞いてはっと我に返るアスカ。

そして黙ってトウジの両肩に手を回した。

アスカがつかまったことを確認したトウジはすくっと立ち上がり,目の前のぬかるんだ斜面を登り始めるのだった。

「ええか,しっかりワシにつかまっとけよ」

「・・・うん」

歯を食いしばりながら懸命に登るトウジ。

少女はその少年の暖かさを感じながら,じっと背中につかまっているのであった。



つづく

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