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「再び日本音楽著作権協会融資問題を糺す」野坂昭如 (この文章は、週刊文春に好評連載された「もういくつねると」1996・5・30号から転載したものです。) |
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先週号で、ぼくは日本音楽著作権協会、古賀財団に対する、不正というよりは、さらに破廉恥な貸付けについて、また監督官庁である文部省、文化庁のいい加減さと、そのボロとりつくろいの因循姑息なやり口、さらに裁判所の横車について、あらまし申し上げた。最後に、自分もまた協会に著作権を委託する者であると結んだ。今、ぼくはこのことさらなことあげを恥かしく思っている。会員であろうがなかろうが関係ない。日本人として、こんな無法、理不尽がまかり通っていることを、怒るのではない、痛切に、まあ歳のせいもあるのか、うんざり、悲愁感が先きに立ち、戦後五十一年を経て、文化、世の中の仕組みについてこの程度のレベルしか培えなかったのかと、責任を感じる。古賀財団に金をどうしても貸したい向きが、卑怯陋劣な手段をとるなら、当方も伊達に六十五年お飾りをくぐって来たわけじゃない。 協会の定款には、「目的及び事業」が明記されている。要するに、会員約千七百名、準会員約八千名、外国人のそれぞれ著作権を保護し、その使用された場合生ずる料金を徴収、管理、著作権所有者に分配するのが業務。協会は、他人である会員の受託者に過ぎず、勝手な運用は許されない。
収支差額金は分配せず 平成二年八月二日、協会は常務会において古賀財団理事長山本丈晴から、古賀政男邸跡地にビルを建てる、協会に入ってもらえないかとの申し入れがあった旨、理事長石本美由起が報告している。翌月、石本は、「収支差額金は分配せず」に他の目的に使ったらどうかと発言。協会に「差額金」つまり利益など出ない。石本の意味は、毎日入って来る著作権料、これは三月ごとに配分され、つまり、一時的滞留金である。ビル管理人が入居者から家貸を徴収、オウナーに渡すまで、手許にとどまっているのと同じ。十月十八日、はやばやと山本丈晴が設計士を同行、常務会に招かれ、ビルのあらましについて説明した。工期まで告げた。この時、施行業者は清水建設と決まっていた。山本はビル建設のため、協会からの借金をほのめかし、常務会はただちに、協会が貸す旨を暗示。俺の目を見ろ何にも言うな(星野哲郎作詞)の世界。十一月一日、協会が一時、預っている金を、財団に貸す案件について、理事を蚊帳の外、常務会は応ずることにした。理事は当時二十名、常務理事四名。この密室の談合には、理事長、理事、監事も加わって計七名。同月八日、古賀ビルを借りるについてスペースの配分が検討された。 古賀政男音楽文化振興財団とはなにか。目的は古賀政男音楽博物館の設置運営、古賀政男記念奨学金交付、古賀音楽賞設立、音楽堂を一般大衆の利用に供すること。山本富士子と結婚したため、恩師古賀に絶縁された丈晴が、いかなる風の吹きまわし、古賀の死後、財団理事長。同月十五日、古賀ビルのどれほどを協会が、安い家貸で借りられるか、トイレットの数まで、常務会で相談。石本は理事会への報告を拒否。十二月、準備委員会に理事を加える討議、音楽出版社から草野昌一、渡辺美佐、作家から中田喜直、星野哲郎を選んだ。平成三年一月、建築費は六十億から七十億、うち五十八億を協会が貸すことにきめた、この時、滞留金百億。五月、ビル建設費について、協会側は五十五億とみこみ、財団は七十億と主張。十一月、工費の詳細な内訳が提出されて、総額七十八億。全額無利子で協会が、信託者に無断、いや信託法に違反を承知で貸付けることにし、さらに、敷金五億、家賃当初坪二万、二年ごとに五パーセントアップと、財団側財務を補佐する、江戸川信金職員が指示、これもOK。十二月、石本のいう「収支差額金」二百億に至ると、渡辺美佐の代理人といっていい松岡常務が保証した。 平成二年十二月、日経は貸しビルの下落を報じた。三年十二月といえば、まさにバブル崩壊。不動産業務など無関係な、古賀財団に七十八億を貸してビルを建てさせ、敷金を払い、少しも安くない家賃を払って、片側一車線の道路に面した郊外に事務所を移す理由はまったくない。平成四年五月、協会は移転の次第を正式に理事会総会に報告。一方、財団側は同年三月、協会よりの借金でビル建設を決議、本来、古賀政男音楽記念館なら、文化財に指定されて不思議はない、その壮麗な邸宅をこそ残し、一般に開放しつづけるべきなのに、解体を当然とした。この、借り入れを決めた会議の議長は、財団の理事でもある石本美由起。読者が間誤つくといけませんから念を押しておく、貸す側の協会理事長も石本美由起。双方代理、利益相反行為、もし、財団の返済が滞ったら、石本はどう対処するのか。 この取り決めで、単純に計算すると、財団は七十八億を無利子で借り、入居後百七十八億余の家賃が入ってくる。七十八憶は返すから約百億を手にして、築後三十年のビルをわがものにし得る、ビルは通常六十年使用し得る。会員に知らされた時、すでに二十三億が貸付けられ、建設は着工されているのた。もっとも清水に渡ったのは二十億、二億は不明。
本来の設立目的から逸脱? 財団も協会も文部省の監督下にある法人、両者の貸借については、その許可を必要とする。財団は平成四年三月十九日、文部大臣鳩山邦夫に承認を申請、五月二十二日承認された。これは異例の早さだ。平成五年一月二十二日〜二十八日、当時の文化庁著作権課長伊勢呂裕史は、協会から百二十万を受取っている、その領収書も、JTBの証拠もある。彼はカンヌに遊んだ。これは、さっさと貸金を認めたことへの報酬ともとれる。音楽出版社協会からも同額出ている。監督官庁として、借りる財団について調べなきゃならぬ、そもそも、協会が滞留金を、「収支差額金」とみなして、「運用」は許されない。財団は、定款に謳う「目的」を遂行しつつあったか。すでに旧古賀邸を取りこわす決議、以後、貸しビル業に転じることを決めている。理事長山本丈晴は佐川急便事件でも名前が取り沙汰され、世間を騒がせた。収入の九五パーセントはアダルト・ビデオ製作会社経営によって得る。古賀賞は平成元年でおしまい、廃止している。音楽振興の目的は、妻富士子主演のお芝居伴奏。そのお芝居もスポンサー、佐川がコケて、残念ながら昭和二十五年度美人コンクール一位の麗姿は近頃、眼福にあずかれぬ。 古賀財団は、本来の設立目的から、完全に逸脱していた。ここへ背任そのものの金を貸すことに文部省はあっさり許可を与えたのだ。常務会が、平成二年十二月、談合に引き入れた渡辺美佐は、政治家、特に中曾根康弘と親しい、政界に広い人脈を有する。著作権課長梶野慎一は、渡辺美佐のクラブへ年中出かけて、これは、著作権課の伝統になっている。梶野は、「身の不徳のいたすところ」と弁明。クラブに悪いんじゃないかね。 平成五年十一月、協会評議員会で、このメチャクチャな貸付けに対する追及が行われ、石本美由起以下、一言の弁明もかなわず、翌年一月総退陣。後を受けた黛敏郎会長、なかにし礼理事長はこの事件を詳細に調べ、石本美由起を六年十二月、背任罪の容疑で告訴した。信託法違反は当然ながら、七十八億を貸付けると約束して、実は清水建設の請負い代金は六十七億弱、差額十一億はどうなったのか。業者について、入札で決定としきりに強調していたが、のっけから清水と決まっていた。さらに、専門家の認めるところ、古賀ビルはせいぜい建設費三十億、コンクリートに海砂を使用、壁は戦争直後の公団住宅風、建物の裾はオーストラリア産砂岩、ニューヨークの褐色砂岩とは質が違う、水が滲みこむから防水加工。アプローチはコンクリートブロック、地震が来たらひとたまりもない、これは阪神大震災の後、じっくり検分したぼくの印象。 黛、なかにし執行部となり、当然ながら、財団への貸金を停めた。とたんに、両家へ右翼街宜車が押しかけた。この街宜車組は、宗教団体脅迫でパクられた。彼等は、新執行部に対するいやがらせを、誰が命じたか、雑談のうちにヒョイといった。(つづく)
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