インターネットってなに?(16)

小さな親切 大きなお世話

細川 啓

 今回は、ナホトカ号による日本海重油流出事故にまつわるインターネット上 の事件を紹介します。善意に発した行為であっても、ときには本人の思惑を超え て迷惑行為になる、という事例です。改めて断るまでもありませんが、当該人物 を非難することが目的ではありません。インターネット、あるいは広くコンピュー タネットワークの世界では、思いもかけないことが起きる、ということを読み取っ ていただければ幸いです。

アメリカから来たメール

 私にとっての発端はアメリカからのメールでした。在米の知人(日本人)か らの、あるメールを私が主宰するパソコン通信のフォーラムに転載して構わない か、という照会。そのメールは石川県に居住する人が関東・中京・関西の人向け に発したもので、重油被害の惨状を訴えたあとで「皆様が簡単にできる日本海側 への支援」を要請していました。要約すると

という内容で、問い合わせてきた知人は「チェーンメール とは違うし、僕はかまわない、むしろやるべきだと思います。」とはなはだ 乗り気。

NIFTY-Serveで紹介したら

 「関東・中京・関西方面」に向けて出されたメールが、遠く大平洋の向こ う、テキサス州ヒューストンにまで届いている意味に気付かなかった私は、彼の 意気込みに承認を与えそうになりました。しかし、メール自体の冗長性に引っか かる。状況説明もあるでしょうが、上記のように要約できるものが 100 行以上に わたって書かれているのです。人によっては「感動的なメール」と受け取るでしょ うが、私は「文、長きが故に尊からず」という立場。そこで、支援を求めるメー ルが届いていますという形で要約を紹介したところ...

 そのメールはチェーンメール化しており、発信者も困惑している。 ホームページでの情報提供に切り替えた。という指摘が半日もしないう ちにありました。そして紹介された URL
 http://www.neting.or.jp/oil/
を見ると、チェーンメール化へのお詫びが載っている。そして多くの人がこの事 故に関心を持ち支援に乗り出していることがわかりました。また、同時に知らさ れたインプレ ス社のサイトには「予期せぬチェーンメール化の危険――日本海重油事故に 関する呼びかけの場合」というレポートが載っていました。

 その後、注意していると NIFTY-Serve 内でもそのメールがかなり回覧され たり転載されたりしたらしいことがわかり、不用意に全文を転載しなかったこと に胸をなで下ろしました。件の知人からも、要約紹介をして結果的に良かったと いうメールが。

チェーンメールの何がいけないのか

 ハガキによる「不幸の手紙」は単に不愉快、あるいは馬鹿馬鹿しいだけで、 見識ある人が破いて捨てればそれで止まります。今のように一枚 50 円もすると、 酔狂に 500 円、1000 円出して人に迷惑をかける手合いも減る。ところが電子メー ルではそういかない。

 電子メール版「不幸の手紙」であるチェーンメールにはハガキによるのとは 2つの大きな違いがあります。

 メールに限らずニュースグループでも WWW でも、読む側 にも金がかかる。しかも読む前に価値判断をする余裕は無く、ゴミのようなメー ルでも否応なく読まされ、経費を徴収される。これが問題の1。

 もっと問題なのは、電子メールには転送という機能 があるため、10 人でも 20 人でも、簡単に送りつけることができる。仮に 10 人 ずつに転送したとしよう。8番目の人に来たときにはすでに十の八乗つまり1億 通のメールに膨れ上がっている。その人達がまた 10 通ずつだそうとすれば、世 界の人口は 100 億にはまだ足りないので、同じメールを2通3通受け取る人が出 てくる。実際にはインターネット人口はたかだか数億人だし、文面の「できるだ け多くの人に」を真に受けてメーリングリストに載 せる人もでるから、もっとずっと早い段階で飽和す る。ここで新たに発生する問題は2つ。

たとえ、チェーンメールの意図する目的が妥当である場合 でさえ、とどまるところを知らずに増え続けるメールは問題である。今回の日本 海沿岸住民への支援要請メールも、遥か大平洋の向こうにまで届いてしまった。 発信者が止めようと思ってもその術はない。しかも1月25日に発信され、早く も2月3日にはチェーンメール化の危険が指摘されて WWW へ移行されていたの に、私は2月15日になってもそのことを知らず転載しようかなどと考えていた。 まして悪質なデマであったらどうなるか? Good Times というコンピュータウイルスの噂などはその典型。そして、このよう な無用のメールが飛び交い続けると、中継するコンピュータや回線に負担が掛か る。いわゆる交通渋滞がおき、大切な情報の伝達に影響が出る。さらに軽率な人 間が、ことある毎に真似をするようになれば、その悪影響は破壊的になる。

 チェーンメールを流すことはもとより、チェーンメール化を助けることも ネットワーク社会では犯罪に等しいことと肝に銘じて欲し い。

ネットワーカーの見識

 予期せぬチェーンメール化を引き起こしてしまったとは言え、もともとは地 元に居住する一市民の真摯で切実な呼びかけでした。また「全文転送は自由」と は書いてあるものの、どんどん転載して(=チェーン化して)と書いたわけでは ありません。それが広がったこと自体、多くの人がその訴えに打たれ、少しでも 協力したいという気持ちをもった証でしょう。

 まだチェーンメール化が問題になる前から、メールよりも WWW を使う方が 良い、あなたが発信できる環境にないなら手伝おうという申し 出が多数寄せられたそうです。居丈高にネチケット を振りかざして説教するのではなく、意図を汲んだうえで問題があれば指摘し、 具体的な解決策を提示する。私はここにネットワーカーの温かい見識を見ました。

チェーンメール
 連鎖反応(chain reaction)を起こして増大するメール。辞書によっては 「鎖かたびら」とありますがお間違えのないよう。「不幸の手紙」(この手紙を 受け取ってから 24 時間以内に 10 人に同内容の手紙を送らないとあなたは不幸 に見舞われる等)や「幸福の手紙」(…送れば幸せになれる)が典型的だが、電 子メールの世界では具体的なキャンペーンでも発生する。たとえば「がんで死期 の迫っている○○くんを励ますために××を送ろう。このメールをでき るだけ多くの人に送ってください。」など。電子メールは複製が容易な ため、ハガキや封書よりも発生しやすく、規模も大きくなりがち。その弊害につ いては本文参照。
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ネチケット(NETIQUETTE)
 ネットワーク(network)とエチケット(etiquette)の造語で、パソコン 通信やインターネット上でのマナー・ルールを指す。しかし明文化された統一ルー ルがあるわけではない。上からの統制を嫌うのもインターネットの文化であろう。 最大のネチケット違反はネットワーク社会からの忠告を無視することだろうか?
 同様な造語には、ネットワーク市民を意味するネチズン(NETIZEN)があ る。
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メーリングリスト
 インターネット上のサービスの一つ。リストに登録しておくと、元締めに 1通メールを送るだけで全員に配信される。多数の人へ同内容のメールを送る際 に便利。
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ずっと早い段階で飽和
 これと同じ初等数学によって、ねずみ講やマルチ商法の破綻は明々白々で ある。
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Good Time というウイルス
 「Good Times というメールはウイルスで、受信しただけで感染してしま う」というデマ。詳しくは マカフィー・ジェード社のホームページなどを参照。
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WWW
 World Wide Web の略で、ファイル相互がハイパーリンクによって関連付け られている状態を「世界中に張り巡らされたクモの巣」と表現している。一般的 に「インターネット」「ホームページ」という場合はこれを指している。
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筆者紹介:会社員.89 年からバイオ研究者のための情報交換・研究支援システム Bio-Net の運営に携 わる.94年1月から商業パソコン通信サービス NIFTY-Serve でバイオフォーラム(FBIO)のマネー ジャー.

e-mail address:PFF00406@niftyserve.or.jp
http://www.niftyserve.or.jp/forum/fbio/


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