サヤニッキ

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その2へ

 

♪恋愛って恋愛ってなぁに?

 チョコより甘いって本当なの?

 恋愛って恋愛ってなぁに?

 どうしてドキドキするの?

 

僕が部屋のコンポで亜依のソロCD「恋愛ってなぁに?」をニヤニヤしながら聞いていると、不意にドアがガチャッと開けられて学校の制服からまだ着替えていない亜依がノートと教科書片手に「お兄ちゃん、ちょっと今日の授業でわからないとこがあってんけど…」と顔を出した。

「え!?ちょ…」

「あ!お兄ちゃん!亜依のソロCD聞いてくれてるんや!」

自分の歌を聴いてもらえてるのが嬉しいのか亜依はパッと顔を輝せながらいそいそと僕の隣に座る。

「お、お前!ののの、の、ノックぐらいせぇよ!」

「何やお兄ちゃん、そんな照れんでもええのにー」

「べ、別に照れてへん」

僕は相当に照れながらコンポのスイッチを切った。

「あー、なんやー亜依も聞きたかったのに」

亜依が不服そうな顔で僕を睨む。

「お前この歌自分で聞いてて恥ずかしいとかあらへんの?」

「えー?なんでよー。ええ曲やんか」

「いやまぁ曲はともかくやなぁ…これお前が大人になって聞いたら絶対恥ずかしなるで」

「お兄ちゃん…もしかして気にいらんかった?」

亜依が心配そうな顔で僕の顔をのぞき込む。亜依にそんな哀しい顔をされて「気にいらんなぁ」なんてことが言える男がこの世にいるんだろうか。

「え、…いや気に入ったよ。ツボもがっちり押さえてるしな」

「ホンマに?えへへ…お兄ちゃんに誉められると亜依嬉しいなぁー」

亜依が途端に顔をほころばせてキラキラとした目で僕を見た。実の妹とはいえこんな目で見つめられると何だかドキドキしてしまう。亜依…そうか、妹なんだよなぁ…今はまだ「恋愛ってなぁに?」なんて歌を恥ずかしげもなく歌っている亜依もいつかは誰か僕以外の男と恋におち、僕の元を去っていくのである。うーん、その時僕は兄として生まれたことを喜んでええのか哀しんでええのか…うーん…

「……ったんか?」

「…え?なんて?」

「もうお兄ちゃん、何ボーッとしてんねん。他のメンバーのCDも買ったんか?って聞いたんや」

「あ、ああ、そうか。えーと、お前のとな……うっ」

「亜依のと?」

僕が「うっ」と呻いた時点で何かに感づいたのか亜依の目がだんだんと吊り上がってきている。これはあまり隠してもためにならないだろう、と思った僕は仕方なく小さな声で告白した。

…辻ちゃん…の…です

「……お兄ちゃん、ほんっとのののこと好きやねんなー」

亜依が腕を組んだ姿勢で頬を膨らませながら僕のことを睨んでいる。

「いや、ま、お前の方が好きやけどな」

「今更そんなこと言うてもあかんねん」

「う……ま、まぁあれだ、なんだ、えーと、そう!お前勉強教わりにきたんやろ?よっしゃ!ここは一つ最終学歴高卒のお兄ちゃんにまかしとき!」

「お兄ちゃん…それえばれんわ…」

「……」

 

−−−

「せやからなー、2(X+1)=3(X−1)っちゅう式があってぇ…」

「あ、あかん亜依…お兄ちゃん頭痛くなってきたわ…」

「えぇー、この問題なんて基本中の基本やで。お兄ちゃんさては亜依より頭悪いんやなー、ふふふ…」

炬燵の上にノートと「中1数学」と書かれた教科書を広げて「よっしゃ!お兄ちゃんが亜依を学業と仕事を両立できるアーティストにしたるで!」なんて意気込んだまではよかったが、今となって思い出してみると僕は中学・高校とほとんど勉強せずにクラスの底辺辺りを彷徨っていた有様だったわけで、特に一番嫌いだった数学なんていうのはほとんど記憶の片隅にすら残っていない。結局始まってみると僕と亜依の立場は逆となって、頭を抱える僕に亜依が一生懸命教科書を指さしながら基礎数学をたたき込むといった変な展開になってしまった。でも、亜依はなぜか楽しそうだ。

「ビシッ!」

「痛っ…」

「お兄ちゃん、ここはプラスだったのがマイナスになんねん」

「え、そうなん?」

「さっきも言ったやろー、もーう、亜依の話ちっとも聞いてないんやなー」

普段から何かと僕が意地悪をするお返しなのかどうか、ちょっと僕がミスをするとすぐさま亜依が手に持った定規を僕の手の甲に振り下ろしてくる。結構痛いのだが、僕の隣で無邪気に笑う亜依を見ると怒るに怒れない。

(「恋愛ってなぁに?」か…)

僕はふとさっきまで聞いていた亜依のソロCDのタイトルを思い出した。

「…なぁ、亜依」

「ん?」

「お前今恋愛とかしてへんの?」

「え!?な、なにを言い出すんやお兄ちゃん、そんなこと急に…」

「んー、何かお前があんな歌うたっとるとお兄ちゃんとしてはやっぱり気になるもんや。おっ、なんやなんやそんな赤くなって。さてはおるんやな?」

「う、うぅん…おらんよ…」

「そない隠すなて。芸能人か?それとも学校の子か?ん?」

「………」

僕が問い詰めれば問い詰めるほど亜依は真っ赤になって俯いていき、時折何だかちょっと悲しそうな目で僕を見上げた。

「あのEE JUMPのユウキ君って子なんかお前と年も近いしかっこええしお兄ちゃんええと思うんやけどなぁ」

「な、なんでそこでユウキ君がでてくんねん」

「あかんかぁ?うーん、あとお前と年が近いゆうたら誰かなぁ…えなりかずき…あぁ、これは問題外やなぁ…」

「べ、別に年は関係ないやん!…と、…亜依は思うねん…」

「あれ?お前年は同じくらいがええって昔言ってたやろ」

「昔は昔なの!」

「そうかぁ…年関係ないゆうたら…あ、つんくさんか?なるほどなぁ、いや多少アブノーマルやけどお兄ちゃんつんくさんなら仕方ないっちゅう気ぃするで」

「アホ!もうええわお兄ちゃんなんて…」

亜依はなぜか今にも泣きだしそうな顔でノートと教科書をひっつかむとサッと立ち上がり、足をドンドン鳴らしながら自分の部屋に向かった。

「もうお兄ちゃんにバレンタインチョコあげへんからな!」

扉を閉める前にそう一言言い残して亜依の部屋の扉がバターン!と閉まった。

 

「なんや…微妙な年頃やなぁ…」

僕は頭をかきながら寝っ転がってテレビの電源を入れた。

 

 

 

 

2月7日。

今日は僕にとっても亜依にとっても特別な日だ。「店長、今日はちょっと早く帰らせて下さい」バイトを急いで切り上げて小走りに家に戻る。しかし何だか走って帰るなり息を切らせながら「亜依、お誕生日おめでとう!」なんて言ってプレゼントを渡すのは何だか僕が一刻も早く亜依の喜ぶ顔を見たがってるかのようでちょっと照れ臭い。いや、実際に一刻も早く見たいのだから仕方ないのだけれど、何だかそれじゃ面白みないよなぁ。なんてことを走る途中に考えた僕は一旦亜依の誕生日を忘れているフリをして、例の「もう、お兄ちゃんのことなんて知らん!」という台詞が飛び出した後に亜依にプレゼントを渡すことにした。亜依は怒った顔も凄く可愛い。

「ただいまー」

僕が玄関のドアを開けてわざとそっけない感じでそう言うと、いつものように亜依がリビングからトタトタと駆けてきて「おかえりー」と迎えてくれた。でも今日は何だかいつもより表情が緩い。あからさまに期待で目をキラキラさせながら亜依は「お兄ちゃん、はい、コートコート」と僕のコートを脱がしにかかり、「早く早く」と背中を押して僕をリビングへと急き立てる。

「はい、寒かったやろ〜。コーヒー入れといたんや」

僕が炬燵の中に入るやいなや目の前に湯気の立ったコーヒー入りのマグカップが突き出された。あまりの気のききかたに僕はちょっと笑いそうになりながらカップを受け取る。「おう、ありがとう」

言った後で「何やお前、今日はずいぶんと気がきくやないか」とわざとらしく付け加えた。

「ふふ〜、で、えーとお兄ちゃん。亜依に何かゆうことあるやろ」

「ゆうこと?や、別にあらへんけど」

僕は必死に笑いを堪えながらコーヒーを啜る。亜依は「またまたぁ〜」と腕を僕の首にからませながら「♪今日は、何の、日かな〜」と変な節をつけて歌を歌った。

「今日?さぁ、何の日やったかなぁ…。あ、あれかな、モー娘。デビュー4周年とかやろ?」

「ん〜、お兄ちゃん。今日ぐらい意地悪せんといてよ」

亜依が頬を膨らませながら僕の顔をのぞき込んだ。もう一押しもう一押し。

「いや、ホンマなんのこっちゃわからんわ。何の日やねん今日って」

「…ホンマにわからんの?」

「わからん」

「………」

完全に笑顔がひいた表情で僕のことを一瞬睨むと、亜依は僕の首にからませていた腕を解いて立ち上がった。あぁ、くるくる。「お兄ちゃんのことなんか知らん!」がくる。僕は目を瞑ってその言葉を待った。

「もうお兄ちゃんのことなんか知らん!」

きた!瞬間僕は回転しながら炬燵から立ち上がり、左手を腰にあて右手を人差し指と親指を立てた形で亜依に向かって突き出しながら、「亜依、お誕生日おめでとう!」と…

 

バターン!!

 

…あれ?

 

振り返った僕の指の先にあったのは激しく閉じられた玄関のドアだけだった。

−−−

(バカバカバカ!お兄ちゃんのバカ!)

亜依はマンションのエントランスを駆け抜けながら必死に涙を堪えた。たった一人の妹の誕生日を忘れるなんて信じられへん!

入り口の自動ドアを開けて外に飛び出すと寒気が一気に体にまとわりついてくる。あ、コート着てくるの忘れてもうた…でも今更戻れんしな…

亜依はそっと肩を抱きながらまた走り始めた。タクシーで誰か他のメンバーの家まで行って、今日はそこに泊めてもらおうと思った。

(中澤さんに『家出した』なんて言ったら怒られそうやしなぁ。やっぱりののかな…でも、ののもう寝てるやろうな…あれ?)

ふと足が止まった。そういえばタクシーってどうやって乗ればええんやろ?確かタクシー乗り場みたいなんがあるんよなぁ…。亜依は辺りをキョロキョロと見回す。まだ11時前だったが夜の街は予想以上に静かで暗い。さっきまでは感じていなかった不安感がギュッと胸を締めつけてきた。

(うわ、どうしよう…誰かに電話した方がええやろか…あ!携帯コートの中やった…)

亜依は途方に暮れ、駅前通りの人通りが少ない所を見つけて一人座り込んだ。威勢よく家を飛び出したものの何もできない自分に腹が立ってまた泣きそうになった。

(お兄ちゃんが亜依の誕生日忘れてるからあかんねん…お兄ちゃんのバカ…何で亜依の誕生日忘れるんやろ、お兄ちゃん…)

手に息を吹きかけながら亜依はついにこみ上げてくるものに堪えきれなくなり、涙を流した。一度出てしまうともう止めようと思っても止められない。大粒の涙が次々と亜依の頬をつたった。

(哀しいなぁ、寒いなぁ…)

と、その時、隣に人の気配がして亜依の肩に何か重いものがかぶせられた。

 

「お前、上着も着んと…アホちゃうか…」

 

「……お兄ちゃん…」

亜依が顔を上げるとあちこち走り回ったのかゼェゼェと息を切らせている兄が立っていた。ふと自分の肩を見ると新品らしくまだボタンに値札のぶらさがった白いピーコートがかぶせられている。

「これ…」

「全く…何で妹に誕生日プレゼント渡すだけやのにこんな走らなあかんねん。しょうもない」

「誕生…日…」

「あのなぁ、真面目に考えたら俺がお前の誕生日忘れるわけなんかないやろ。あぁ、ホンマ久しぶりに走ってもうたわ…」

兄はそう言って近くにあった自動販売機に小銭を入れ缶コーヒーを二つ買うと、「ほら、寒かったやろ」と亜依に一本手渡した。「何やお前、泣いとったんか?」

亜依は慌てて涙の跡をふき、「うぅん、泣いてへんよ」といって缶コーヒーを頬にあてた。

「…ごめんな。お兄ちゃんちょっとふざけすぎたな」

そう言って兄はコーヒーを一口飲み、ポンと亜依の頭を軽く叩いた。

「うぅん…いきなり飛び出したりした亜依も悪いねん。ごめんなさい、お兄ちゃん」

「そうやな…ま、両成敗ゆうこっちゃ…さて、と」

兄は立ち上がって缶コーヒーを持っていないほうの手を亜依に向かって差し出した。

「寒いし、帰ろか。実はな、ケーキも買ってあんねん」

「ホンマに?」

亜依は「ケーキ」と聞いて途端に笑顔になると、兄の手を握りぴょこんと軽くジャンプしながら立ち上がった。

「げんきんなやっちゃ…あ、コートの丈、少し長かったかな…」

兄が亜依の膝の方を見ながら言う。

「うぅん、亜依すぐ大きくなるし平気やで」

「そか…でもあんま大きくなるとミニモニぬけなあかんようになるけどな」

「あ、そっか…じゃあ亜依大きくならへん」

「あかんやん」

「ふふふ…なぁ、お兄ちゃん」

「ん?」

「…家着くまでこのまま手ぇつないどってもええかな?」

「ん」

 

『誕生日、おめでとう』。亜依の笑顔を見ながら僕は何度も心の中でそう繰り返した。

 

 

 

 

あぁ、なんだよもうテレホだよ日記書いてねーよやべーよどうしようネタねーよふざけんじゃねーよ馬鹿野郎、なんて呪詛の言葉を呟き頭を掻きむしりながら僕がPCに向かっているとコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえ、扉の向こうから「お兄ちゃん、ちょっとええ?」という亜依の声が聞こえてきた。僕は慌ててコントロールパネルのフォルダを開いてウインドーで亜依がニッコリ微笑んでいる壁紙を覆い隠すと、「うん、ええよ」と言った。ガチャッとドアが開く。「わ、お兄ちゃんの部屋寒いなぁ」

僕が椅子ごと振り返ると赤と白のチェックのパジャマの上に亜依の体には少し大きめな白いウールのカーディガンを羽織った亜依が立っていた。「エアコンつけてへんからな」「お前風邪ひくとあかんで、これ着とけ」

そう言って僕は椅子にかかっていた紺色のパーカーを亜依に投げてよこす。「うん」

亜依は手に持っていた茶色の紙袋をベッドの上に置くともぞもぞとパーカーを着始めた。「ん?何や?その袋」「えへへ…」

パーカーに袖を通し終わった亜依がよっと、とベッドの上に座り、紙袋を僕の方に差し出して悪戯っぽく微笑んだ。

「はい。プレゼント」

「あぁ?プレゼント?…今日って何か特別な日やった?勤労感謝の日とか?」

「別にそういうのとちゃうんやけど…って、お兄ちゃん、勤労感謝の前に働いてないやん」

「う゛」

「そういえばなー、この前中澤さんも『アンタの兄ちゃんみたいなんを穀潰し言うねん』って言ってたで」

「ひ、ひどい……」

「あ、何や、お兄ちゃん。泣かんでもええやん。ごめんごめん、亜依がちょっと言い過ぎたわ。な、ほら、これ、プレゼントあげるから」

「う、うん…」

僕は机の上にあったティッシュでチーンと鼻をかむと亜依から紙袋を受け取り、ガサゴソと袋を開けた。中からでてきたのはモーニング娘。のメンバーの顔の周りに花びらがくっついたものでこれでもかというほどに埋め尽くされたピンク色の箱。箱の中央部には「ベスト!モーニング娘1」という文字が書いてある。

「お、これ。確か発売日明日じゃなかったか?」

「ふふー、お兄ちゃんのために亜依がわざわざ事務所の人からもらってきてあげたんや。な、な、開けてみてや」

亜依が僕の服の袖を引っ張って急かす。「はいはい」と僕はパッケージの周りを覆っていたビニールを破き、箱を開けた。

「なんや、えらい豪華な作りやなぁ…ん?なんやこの紙。ポスターか?」

「すごろく」

「は?」

「せやからすごろく」

「すごろくぅ?あ、ほんまや。『すごろく!モーニング娘。1』やて。はっはっ、なんやこれ。阿呆くさいなー、はっはっはっ」

僕があまりのことに爆笑していると亜依が頬を膨らまして「もう」と僕の肩をバシッと叩いた。「そんな笑うことないやん」

「だって何で限定版にすごろくなんか入れなあかんねん。あぁ、『使用上の注意』にえらいこと書いてあるで。『このゲームセットは水に弱いのでぬらさないで下さい。また、紙でできているため火気には近づけないで下さい』やて。馬鹿にしとんのかコイツ。ははは…」

「なー、もうすごろくはええからー」亜依がまた僕の服の袖を強く引っ張る。「早くCD聴こうやー」「わかったわかった」

僕は立ち上がって机の横のCDプレイヤーにCDを突っ込む。

「せやけどお前何回も聴いたんちゃうの?」

プレイヤーの上に置いてあったリモコンをひっ掴んで亜依の隣にどっと腰を下ろした。

「あー、わかってへんなぁお兄ちゃん。亜依はお兄ちゃんと一緒にー…」

「なに?」

「…うぅん、何でもない。…あ、亜依12番目の曲が聴きたいだぴょん」

「ぴょん言うな」「えへへ」

 

CDプレイヤーから「Say!Yeah!もっとミラクルナイト」が流れ始めた。横から僕の肩に頭をあずける亜依の体温が伝わってくる。ミラクルナイト。奇跡の夜。

 

 

 

 

 

今日も今日とて特にやることのない僕はもう何回目になるかしれない、元日のモー娘。スペシャルのビデオを炬燵の中でポテチをかじりながら見直していた。画面の中ではバナナボートに振り落とされた辻ちゃんがえぐっえぐっと涙を流している。あぁ、俺この場面大好き。

あまりの素晴らしさに「ちょっともう一回見てええかな…マジで…」なんて気持ち悪い独り言を呟きながら巻き戻しボタンに指をかけたその瞬間、玄関のドアが開く音がして「ただいまー」という亜依の声が聞こえた。慌てて指を巻き戻しボタンから停止ボタンへと移動させる。

「ただーいまっ、うぅ〜寒かったで〜」

トタトタと肩をすくめながら小走りで駆けてきた亜依がピンクのダッフルコートの前を外しながら僕の隣に座り、炬燵の中に手足を突っ込んで何だかホッとしたような表情を浮かべる。

「お、おかえり。今日は随分早いんやな」

「うん、夏先生が今日はもう雪ふっとるしお兄さん心配するしはよ帰り、って」

亜依がさっきまで僕が食べていたポテチの袋に手をのばしながら答える。どうやらビデオのことは気取られていないようだ。紅茶でも入れるか?と僕が立ち上がりながら聞くと、亜依はうん、と頷いた。「ミルクティーがえぇな」

 

七分後。少し熱めに作ったミルクティーのカップを二つ持って僕がリビングに戻ると、亜依がリモコンをテレビの方に向けて何事か操っていたので思わずカップをとり落としそうになったが、どうやらテレビのチャンネルを変えていただけらしい。(しもた、停止やなくて電源を切らなあかかったなぁ…)なんてことを思いながら、僕はなるだけ平静を装って亜依の前にカップを差し出した。

「ん、ありがとう」

亜依がカップを両手で受け取ってふー、ふー、と軽くミルクティーの水面を吹いてから、そっとカップを口にあてる。ずずず…「ん、おいしい」、そう言って満足気に頷くと、亜依はカップを下に置いて再びポテチの袋に手を伸ばした。

「あ、お前。そんなもん食べたらまたニキビ出てまうやないか」

「…うっ…」

短い呻きとともに亜依の伸びかけた手がピタリと止まる。

「…まぁな、俺は別にお前のマネージャーと違うし止めへんけどもな」

「……」

「どのみちお前次第やし」

亜依はその言葉を聞くとがくっと俯いて、しばらく名残惜しそうに手の先をジタバタさせていたが、ようやく顔を上げるとゆっくりとポテチの袋を掴み、半分にたたんだ。「…お兄ちゃん…言い方、意地悪や…」

ぷーっと頬を膨らませながら不平たらたらと言った顔つきで僕を睨む。

「よしよし、偉い偉い」

僕はポンと亜依の頭を軽く叩いてやった。亜依は少し照れ臭そうにしながらミルクティーをこくんと飲み、それからハッと何かを思いだしたような顔になって「そういえばお兄ちゃん、亜依が帰ってくる前なんかビデオ見てたやろ」と言った。

「…えっ、い、いや、別に何も見て…」僕はしどろもどろになりつつも何とか話をはぐらかそうと試みたが、亜依は始めから僕の弁など聞かずに行動に出るつもりだったらしく、「えいっ!」という可愛い掛け声と共にリモコンの再生ボタンを押し、た。

「えぐっえぐっ…それなのに曲がるんだもん…えぐっえぐっ…」

バターン!と激しく亜依の部屋のドアが閉まる音がした。

 

 

 

 

 

プルルルル プルルルル

 

ガチャ

 

「はい、加護ですけ…」

「あっ、もしもし?お兄ちゃん?」

「ん、おう、なんだ亜依か。どうだったんだ?モーニング娘のオーディショ…」

「うち、受かったで!」

「は?」

「だからそのオーディションやがな!亜依それ受かってもうてん!」

「……ホンマに?」

「ホンマホンマ!だからなー、あと二週間ぐらいしたら亜依、東京のお兄ちゃんのマンションで一緒に住むことになると思うねん。せやからー…」

「え、ちょ、待て待て。なんで俺の知らん間にそんな話が進んでんねん。ちょっともう少し順番に話せぇやお前」

「順番いったかて…とにかくー、春から亜依はモー娘の一員やねん」

「モ…ム……えぇぇぇぇ?ちょっとそれホンマにホンマの話か?」

「しつこいなぁ、ホンマにホンマ!」

「だって昨日のアサヤンじゃそんなん一言も言っとらんかったやないか」

「お兄ちゃん、アサヤン生放送違うがな」

「いや、そりゃ確かにそうやけど……えぇぇぇぇぇ?ちょっと待ってくれやいきなりお前…」

「ふふー、ビックリするやろ?」

「するに決まってるがなそんなもん。ちょ、お前決まったんならもう少し早く電話せぇよ」

「そんなん亜依かてビックリしてたんやからしょうがないやろ。あのなー、これでも人に教えるのお兄ちゃんが一番最初なんやで。本当は誰にも言わないようにって、テレビ局の人から言われてんねん。お兄ちゃんだけ特別なんやから。感謝しとき」

「アホ、家族なんやし当たり前や。あ、せや、母さんはこっちにくること何て言ってんねん」

「んー、別にこれといって何も言うてへんな。『お兄ちゃんと一緒なら安心や』とは言うてたけど」

「ふーん、そか…え、で、二週間後くらいやったっけ?」

「うん。まぁまた詳しいこと色々決まったら電話するし…あ、まさかお兄ちゃん彼女と一緒に住んでるんと違うやろなー」

「アホ、そんなわけないやろ。お前、それ今年の正月にも言うてたな。残念ながらどっからどう見てもしょぼい男の独り暮らしです」

「ふふ、ホンマに?……よかった

「ん?何か言うたか?」

「う、うぅん、何も言うてへんよ。うん、じゃー、あれやなー。亜依がそっちに行ったら毎日朝御飯とか作ってあげるわ」

「あぁ?…あのなぁ、朝ぶっ叩いてもピクリとも動かへんような奴が何を言うてんねん。子供はいらんことせんでえぇ」

「あー!すぐまたそうやって子供扱いやー。亜依はもう子供と違うって何遍言うたらわかんねん」

「何遍言うても子供は子供や」

「もーう、せっかくお兄ちゃんの好きなけんちん汁の練習したのにー」

「お前の作ったけんちん汁なんて恐ろしくてよう食われへんわ。だいたいお前かて仕事で忙しくなるんやろ。朝飯は兄ちゃんが作ったるし。余計な心配すんな」

「えー、やだー、亜依も作りたいー」

「あー、もううるさいうるさい。まぁそんなことはどうでもええねん。それよりさっきから一つ気になっとることがあんねやけど…」

「ん?何?」

「お前以外の新メンバーって誰なん?あん中から3人選ばれたんやろ?お前以外の二人はどうなってん」

「あ、それなんやけどなー、何だかようわからんのやけど4人になってん」

「4人?4人追加っちゅうことか?」

「うん」

「ほへー、じゃあお前以外にあと3人おるんや。誰や誰や、聞かせてくれ」

「えっとなー、まず石川って子が最初選ばれてー、その次に亜依が選ばれてー、三番目が吉澤って子やった」

「吉澤…石川…あぁ、はいはいはい、あの子らかー。ふーん、なるほどなぁ」

「そんでなー、そっからつんくさんが『四人にします』って言うてなー、最後に辻さんが選ばれてん」

「辻!!辻ってあれやろ。お前と同い年の子の」

「うん。そうやけど…なんや?辻さんがどうかしたんか?」

「いやーよかった、俺実はあの子の大ファンやねん。可愛いよなぁ、辻ちゃん。お前今度おうた時にサインでももらっといてきてくれや」

「…………」

「……あれ?おーい?…亜依?」

「……もう、お兄ちゃんのことなんかしらん」

「おい、なんやなんや、何ぞ気でも障ったんか?」

「…別に…」

「別にってお前明らかにムチャクチャ機嫌悪くなっとるがな。なんや、俺が辻ちゃんのファンじゃあかんか?」

「別にそんなことないけど…」

「…そっか、そうやなぁ。考えてみれば辻ちゃんって年もタメやし身長も同じぐらいやし髪型もちょっとかぶってるし、お前の最大のライバルみたいな感じやもんなぁ。自分の兄貴がそのライバルの大ファンなんつうんじゃ、ま、これ確かにあんまええ気はせんわな。すまんすまん、兄ちゃんちょっと軽率だったわ」

「うぅん、えぇねん別に。もう怒ってへんから」

「そか…ま、でも何があろうと俺はお前のこと一番応援しとるから。その、なんだ、頑張れ…よ、な」

「…うん、ありがとう。がんばりま〜す☆…なんて」

「お、なんや。それ何か流行りそうやな」

「そうか?…流行るかなぁ?」

「流行るて。だって、俺、今ちょっと、グッときた」

「…アホ!」

「はははは。うん、じゃあまぁこっちに来る時は気ぃつけてな。東京駅までは迎えにいったるけども」

「うん」

「あ、あと、そうや。一言言い忘れとったな」

「ん?」

 

 

 

 

「おめでとうな、亜依」

 

 

 

 

「…うん!エヘヘ…ありがとうお兄ちゃん」

 

 

 

(本当にごめんなさい)