もうひとつのプロ野球

『国民リーグ』
NATIONAL BASEBALL LEAGUE

『プロ野球が大きな将来性をもっていることは、戦争で中断される以前と比較して観客動員の数においても実証出来る。

かくして、日本野球が、時流の前に華々しい歩みを続けようとしているとき、巷間に乱るる話題は、新チーム加入のことである。が、連盟としては現在の八チーム以上には絶対にふやさぬ意向にかわりはない。

だが、連盟と別個にリーグが構成、組織されることには大いに賛成である。特に、地方にマイナー・リーグ的なものが生まれてほしい。それにはわれわれも大いに支持もし、導きもし、交友関係も結ぼう。

しかし、もしかかるリーグがフェア・プレーの精神を忘れて、日本野球の現選手などを争奪した場合、ただちに一切のきずなを断ち切る決意をもっている。

けれども、マイナー・リーグ的なものでも一朝一夕にできるものではない。日本野球でさえ、今日を築くまで、過去十年間の荊(いばら)の道を黙々と歩んできたではないか。
私は族生しようとしているこの気運にぜひとも拍車をかけてみたい。連盟にも大いに相談にきてほしい。選手の異動もフェア・プレイならばよろしい。そして、この夢が現実に描きだされたとき、プロ野球は、はじめて大衆になくてはならぬ健全な娯楽として不動の道を進むであろう』

さて、これは昭和22年(1947)正月に日本野球連盟の年頭所感として当時の鈴木 龍二会長の名で発表された声明である。

新チーム”、”別個のリーグ”、”日本におけるマイナー・リーグ”等メジャー・リーグならいざ知らず、日本の野球史の中では聞き慣れない言葉がいくつか出てくる。

相当の野球通でも、かつて日本でこんなことがあったとは、想像できないかもしれない。

しかし、これは紛れもない事実である。そして当時の野球界に大きな波紋をなげかけたこともまた事実である。

何故か一般のマスコミには当時でさえ無視され続け、またその後の野球史の中からもほとんど抹殺されてはいるが、セ・パ二リーグ分裂から遡ること3年前の1947年に、わずか1シーズンの生命だったとはいえ日本にも「もうひとつのプロ野球リーグ」が存在した。

その名を「国民リーグ」、英文名ではNational Baseball Leagueと称し、敗戦から急激な復興を見せる日本の各地でゲームが行われたのである。

設立時にはメジャーリーグの二大リーグ制を模範とする高邁な理想を掲げながら、その実、短く そして はかなく消滅してしまった国民リーグについては、 今から20年ほど前までは時折り野球専門誌に思い出話が掲載されてはいたが、 現在ではほとんど語られることもなくなってしまった。

スケールの点では、近年さかんに復権されつつある「ニグロ・リーグ」にはほど遠いにせよ”日本野球近代史のひとこま”として今日の野球盛隆の礎となった先達の足跡を追ってみることも悪くはないだろう。

国民リーグの興亡

新リーグ発足

公式戦開始

リーグ崩壊

所属チーム

所属選手

夏季リーグ戦戦績

秋季リーグ戦戦績

国民リーグに関わったひとたち

時代背景を知るために

1947年はこんな年

戦前のプロ野球球団

田村駒治郎とその球団

ふたつのセネタース

(二リーグ分裂以前の)球団の変遷

ひと味変わった野球データベース [JIMMY'S STRIKE ZONE]


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