バイオタイトル

 SCHWEIN結成のきっかけは、今から7年前に遡る。当時、同じレコード会社に所属していたBUCK-TICKの今井とソフトバレエの藤井麻輝、PIGのレイモンド・ワッツがSCHAFTでを結成。それを機に、レイモンドとBUCK-TICKとの交流が生まれ、PIGの『SINSATION』('95年)には今井がギタリストとしてゲスト参加し、「NO ONE GETS OUT OF HER ALIVE」('97年)では今井の他、櫻井もバッキング・ヴォーカルで参加した。逆に、BUCK-TICKのマキシ・シングル『囁き』('98年)では、レイモンドが「タナトス」のリミックスを手がけるなど、機会があるごとに両者の関係は深まっていった。一方、サシャは、レイモンドがKMFDMのオリジナル・メンバーだった関係から、アルバム『NIHIL』('95年)にメンバーとして一時的に復帰したのを機にKMFDMもリミックスを手がけるなど、間接的ながらBUCK-TICKとの接点が生まれていった。そんな中、お互いの関係が一気に縮まったのは、'99年に行われたBUCK-TICKの"Energy Void TOUR"のサポートをPIGが務めたことだろう。そこから、インターナショナルに活動できるプロジェクト・バンドのアイディアが膨らんでいったのである。そして2000年の7月下旬、フジ・ロック・フェスティヴァル出演のために初来日したKMFDM改めMDFMKのサシャと、レイモンド、櫻井敦司、今井寿の4人が東京で顔を合わせ、お互いの意志を再確認。ここに日独英スーパー・プロジェクト・バンド、SCHWEINが正式に誕生した。Schweinは英語でPIG(つまり豚)の意味。「これは、PIGの別プロジェクトではない。豚というのは、人間と似通った部分があって身近な存在であり、俺達もヨーロッパ人と日本人という点で一見別物のようでありながら、極めて近い存在なんだ。人間の間に存在する最小公約数という意味がSCHWEINにはこめらっれているんだ。」(RAYMOND WATTS)

 2000年秋、サシャがロンドンに飛んでレイモンドと共に曲作りを開始。今井、櫻井もBUCK-TICKのツアーの合間に曲作りをしながら、海を越えてお互いのアイディアを交換する期間を経て、2001年2月から4人が東京に再集合。本格的なレコーディングをスタートさせた。そして、丸1ヶ月以上もスタジオに缶詰になりながら完成させたSCHWEINのファースト・アルバムが、その名も『SCHWEINSTEIN』である。このアルバム・タイトルの意味について、レイモンドは、こう語る「日独英という文化も音楽的背景も異なるアーティストのそれぞれのエキスが混ざり会い、新しい音楽が生まれた。まるで、いろいろな人間のパーツを組み合わせてできたモンスター、フランケンシュタインのようにね。」これは、もう洋楽でも邦楽でもない!!日本における洋楽と邦楽の概念を根底から覆す究極の多国籍音楽が完成!

 2001年3月NYでHowie Weinburgとのマスタリング後、PV撮影をNYで行い、Bob Gruen(Sex Pistols,John Lennonなどのオフィシャル・カメラマン)との写真撮影も行った。
 そして、2001年5月発売後、6月に日本ツアーを行う。

 BIOGRAPHY: BUCK-TICK / PIG / KMFDM