岩手日報

お く や み

2002年3月

(2000年6月から、岩手日報の朝夕刊に掲載された訃報を収録しています)

<2002年1月>

<2002年2月>

<2001年>

<2000年>

 佐藤 孝吾氏(さとう・こうご=一関市勢功労者)

 3月31日午後3時30分、肺炎のため、盛岡市内の病院で死去、94歳。自宅は一関市末広1の1の3。火葬は2日午前9時から同市の釣山斎苑、葬儀は4日午後1時から同市山目の円満寺で。喪主は妻フサさん。

 市公衆衛生組合連合会長、市社会福祉協議会理事などを務め1991年市勢功労者。


 菊池 忠行氏(きくち・ちゅうこう=江刺市政功労者)

 3月31日午前7時32分、腎不全・心不全のため江刺市内の病院で死去、88歳。同市出身。自宅は同市玉里字大松沢62。火葬は2日午前10時から水沢市佐倉河のさくらぎ苑、告別式は4日午前10時から江刺市玉里の守林寺で。喪主は娘婿繁(しげる)氏。

 江刺市市民課長などを務め91年市政功労者。 


 千田 良吾氏(ちだ・りょうご=一関市勢功労者、元一関市議)

 3月29日午後10時22分、腎(じん)不全のため、東山町の病院で死去、90歳。同市出身。自宅は同市舞川字小戸33。葬儀は2日正午から同市舞川の常川寺で。喪主は長男穣(じょう)氏。

 1966年から8年間市消防団副団長、72年から市議3期。86年市勢功労者。


 須藤成一氏(すどうせいいち=元新沼小校長)

 3月30日午前4時11分、膿気胸(のうききょう)のため千厩町の病院で死去、76歳。藤沢町出身。自宅は千厩町千厩字摩王38の5。火葬は2日午前11時から同町の千厩斎苑、葬儀は4日午後1時から同町の大光寺で。喪主は長男郁之(ふみゆき)氏。  


 八重樫音次郎氏(やえがし・おとじろう=元成島小校長)

 28日午後10時50分、急性気管支肺炎のため東和町東晴山11の190の自宅で死去、93歳。東和町出身。火葬は30日午前10時から同町土沢の町営火葬場、葬儀は同日午後2時から同町土沢の浄殊院で。喪主は長男征郎(せいろう)氏。 


 吉田 信氏(よしだ・まこと=元住田町農協組合長)

 27日午後7時36分、進行性食道がんのため大船渡市内の病院で死去、69歳。住田町出身。自宅は同町下有住字十文字40の1。火葬は30日午前9時から陸前高田市高田町の陸前高田斎苑、葬儀は同日午後1時から住田町下有住の万福寺で。喪主は長男龍(りゅう)氏。

 94年から01年2月まで住田町農協組合長。合併に伴い同年3月から陸前高田市農協理事。


 佐藤立夫氏(さとう・たつお=弁護士、早稲田大名誉教授県学生援護会理事長)

 25日午後5時44分、呼吸不全のため東京都内の病院で死去、90歳。野田村出身。自宅は東京都新宿区弁天町165。告別式は28日正午より同新宿区原町の大龍寺で。喪主は長男立丞(たかすけ)氏。

 1984年から在京岩手学生会会長、90年から岩手県学生援護会理事長を務める。このほか東京都収用委員、参議院顧問などを歴任。


 齊藤 重雄氏(さいとう・しげお=旧江釣子村議会議長)

 25日午後4時50分、急性肺炎のため北上市内の病院で死去、83歳。同市出身。自宅は同市下江釣子11の114の1。葬儀は29日午後1時から同市下江釣子の全明寺で。喪主は孫重貴(しげたか)氏。

 1963年から旧江釣子村議を連続4期16年、71年から同議長を1期4年務めた。


 小野寺 森児氏(おのでら・もりじ=元一関養護学校長)

 23日午前8時7分、前立腺がんのため盛岡市内の病院で死去、77歳。一関市出身。自宅は盛岡市浅岸字大塚37の5。火葬は26日午後1時半から同市三ツ割の市火葬場、葬儀は27日午前11時から同市大慈寺町の久昌寺で。喪主は長男一雅(かずまさ)氏。


 伊藤 仁三郎氏(いとう・にさぶろう=元佐比内小校長)

 23日午後5時20分、脳こうそくのため盛岡市内の病院で死去、90歳。盛岡市出身。自宅は同市西見前18の63。火葬は26日午後2時から矢巾町白沢の町営矢巾斎苑、葬儀は27日午前11時から盛岡市西見前の清水寺で。喪主は孫大(だい)氏。 


 沢瀬 博美氏(さわせ・ひろみ=岩手町議)

 19日午前9時25分、盛岡市内の病院で死去、54歳。岩手町出身。自宅は同町沼宮内30の35。葬儀は24日午後1時から自宅で。喪主は母一二三(ひふみ)さん。

 1992年から岩手町議3期目。

 沢瀬氏の死去に伴う同町議補欠選挙(欠員1)は5月21日告示、同26日投票の同町長選と同時に行われる。


 簡 喜太郎氏(かん・きたろう=元北上市南小校長)

 22日午前6時55分、急性肺炎のため北上市内の病院で死去、73歳。北上市出身。自宅は同市鬼柳町鼠川原106。火葬は24日午後2時から同市北工業団地のしみず斎園、葬儀は28日午前11時から同市上鬼柳の正覚寺で。喪主は二男聡(さとし)氏。

 同市岩崎小、笠松小、普代村鳥茂渡小の各校長を歴任。 


 金野チトリさん(こんの・ちとり=本県最高齢者)

 21日午前6時5分、老衰のため釜石市上中島町4の3の2の自宅で死去した。106歳。陸前高田市出身。火葬は22日午後1時半から釜石市平田の釜石斎場、葬儀は24日午後1時から同市大只越町の石応禅寺で。喪主は二男昭二(しょうじ)氏。

 1895(明治28)年、矢作村(当時)に生まれ、40歳ごろに釜石市に移り住んだ。子ども4人と孫7人に恵まれ、温厚な人柄で親しまれた。昨年夏ごろから体調を崩していたという。

 金野さんの死去で、本県の最高齢者は陸前高田市の小野寺ミワノさん=106歳、1896(同29)年3月15日生まれ=となる。


 新田 盛氏(にった・さかり=元県副出納長)

 21日午前0時14分、肺がんのため盛岡市内の病院で死去、86歳。遠野市出身。自宅は盛岡市茶畑2丁目5の12。火葬は23日午前10時から矢巾町白沢の町営火葬場、葬儀は同日午後2時から盛岡市名須川町の東顕寺で。喪主は長男盛一(もりいち)氏。


 野露 貢氏(のろ・みつぎ=元横田小校長)

 20日午後6時50分、肺炎のため大船渡市内の病院で死去、74歳。陸前高田市出身。自宅は同市横田町字志田実28の1。火葬は23日午前10時から同市高田町の陸前高田斎苑、葬儀は25日午前11時30分から同市横田町の長徳寺で。喪主は妻篤子(あつこ)さん。


 細川 甚右衛門氏(ほそかわ・じんうえもん=元根田茂小中校長)

 21日午前7時13分、脳こうそくのため盛岡市内の病院で死去、90歳。雫石町出身。自宅は同町西安庭4の35の1。火葬は23日午前11時から同町七ツ森の町営火葬場、葬儀は同日午後2時半から同町下町の臨済寺で。喪主は長男明(あきら)氏。


 及川 圓治氏(おいかわ・えんじ=江刺市政功労者)

 19日午後7時45分、老衰のため江刺市内の病院で死去、91歳。江刺市出身。自宅は同市中町5の3。火葬は21日午後1時から水沢市佐倉河のさくらぎ苑、告別式は25日午後1時から江刺市川原町の松岩寺で。喪主は長男恒(ひさし)氏。

 学校医を務め1965年市政功労者。


 大森 兵一氏(おおもり・ひょういち=元釜石市消防団長)

 19日午前10時11分、心不全のため釜石市内の病院で死去、78歳。釜石市出身。自宅は同市東前町2の6。火葬は21日午後1時から同市平田の釜石斎場で、葬儀は23日午後2時から同市大只越町の石応禅寺で。喪主は長男松司(しょうじ)氏。


 久慈 エキさん(くじ・えき=元池坊岩手支部長)

 20日午前1時、脳内出血のため盛岡市長田町23の26の自宅で死去、92歳。盛岡市出身。火葬は23日午前9時半から同市三ツ割の市火葬場で、葬儀は24日午後2時から同市本町通1丁目の大泉寺で。喪主は孫泰彦(やすひこ)氏。


 兼田 哲雄氏(かねた・てつお=元久慈市議)

 19日午後1時33分、急性心不全のため久慈市内の病院で死去、83歳。久慈市出身。自宅は同市湊町23の3。火葬は21日午前9時半から同市大川目町の久慈地区火葬場、葬儀は24日午後2時から同市中町の長福寺で。喪主は長男純一(じゅんいち)氏。


 古守 ?氏(こもり・のぼる=青山小校長)

 16日午前1時21分、急性心不全のため盛岡市内の病院で死去、58歳。北海道出身。自宅は盛岡市黒石野2丁目11の23。火葬は18日午前9時半から盛岡市三ツ割の市火葬場、葬儀は18日正午から盛岡市北山1丁目の教浄寺で。喪主は妻聡子(さとこ)さん。


 大向 武志氏(おおむかい・たけし=元久慈市議、元市消防団長)

 13日午後4時25分、心筋こうそくのため、久慈市内の病院で死去、78歳。久慈市出身。自宅は同市18日町2丁目11。葬儀は18日午後1時から同市中町の長福寺で。喪主は二男毅彦(たけひこ)氏。

 1959年から83年まで通算5期20年市議。87年から92年まで市消防団長を務めた。


 斎藤 健氏(さいとう・けん=元旧和賀町・岩沢小校長)

 15日午前7時51分、急性肺炎のため北上市内の病院で死去、72歳。同市出身。自宅は同市柳原町1丁目3の32。火葬は17日午後3時半から同市北工業団地のしみず斎園。葬儀は19日午前11時から同市川岸3丁目の染黒寺で。喪主は長男輔左夫(ふさお)氏。 


 工藤 義雄氏(くどう・よしお=元西根町議)

 13日午後6時17分、胃がんのため西根町内の病院で死去、77歳。西根町出身。自宅は同町大更21の127の11。火葬は16日午後1時から松尾村野駄の西根地区斎場、葬儀は同日午後3時半から西根町田頭の東慈寺で。喪主は長男正行(まさゆき)氏。

 1985年から西根町議1期。 


 高橋 ツヤ子さん(たかはし・つやこ=作家高橋克彦氏の母)

 9日午前1時2分、心不全のため盛岡市内の病院で死去、84歳。江刺市出身。自宅は盛岡市緑が丘2丁目9の43。火葬は11日午後1時半から盛岡市三ツ割の市火葬場、葬儀は13日正午から盛岡市盛岡駅前北通のホテルメトロポリタン盛岡ニューウイングで。喪主は夫又郎(またろう)氏。 


 石川 策次氏(いしかわ・さくじ=元大川小校長)

 5日午後7時2分、肺炎のため水沢市内の病院で死去、89歳。江刺市出身。自宅は同市愛宕字西下川原204。火葬は7日午前10時から水沢市佐倉河のさくらぎ苑、葬儀は10日午後2時から江刺市愛宕の観音寺で。喪主は長男祐策(ゆうさく)氏。


 齊籐 元氏(さいとう・はじめ=元南畑小校長)

 6日午前3時36分、老衰のため花巻市内の病院で死去、89歳。盛岡市出身。自宅は矢巾町間野々9の202。火葬は8日午後1時半から盛岡市三ツ割の市火葬場、葬儀は10日午後2時から同市天昌寺町の天昌寺で。喪主は長男裕(ゆたか)氏。

 大和小中、南畑小の校長を歴任。 


 遠野 一隆氏(とおの・かずたか=元釜石市議)

 3日午前4時50分、老衰のため釜石市内の病院で死去、85歳。釜石市出身。自宅は同市栗林町15の49の1。火葬は5日午前10時30分から同市平田の釜石斎場、葬儀は6日午前11時から自宅で。喪主は長男隆幸(りゅうこう)氏。

 1955年から83年まで7期連続釜石市議。市教育委員、市監査委員などを歴任。


 森 卓郎氏(もり・たくろう=元久慈市助役)

 2日午後10時6分、腎不全のため盛岡市内の病院で死去、74歳。大船渡市出身。自宅は盛岡市西青山1の3の19。火葬は5日午後1時30分から同市三ツ割の市火葬場、葬場祭は6日午後1時から同市八幡町の盛岡八幡宮で。喪主は妻蓮子(れんこ)さん。


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