「訃報」カット

安らかなご永眠をお祈りいたします

【紙面から】

 2002年   2001年   2000年   1999年 

【6月】

井関一さん(劇団四季創立メンバー)がすい臓がんのため死去
 劇団四季(浅利慶太代表)創立メンバーの俳優井関一さん(本名同じ)が、5月17日にすい臓がんのため死去していたことが1日、分かった。69歳だった。葬儀・告別式は故人の遺志により行わなかった。遺骨は生前、海を愛していた故人の希望で相模湾に散骨された。連絡先は横浜市青葉区あざみ野1の24の7、劇団四季広報部。

 井関さんは浅利代表、俳優日下武史らとともに54年1月の四季旗揚げ公演「アルデール又は聖女」に参加して以来、劇団の中核を担う俳優として多くの作品に出演した。

【5月】

矢川澄子さん(作家、詩人)が自殺
 詩や小説、翻訳など多彩な文筆活動で知られる作家、詩人の矢川澄子(やがわ・すみこ)さんが29日早朝に長野県信濃町の自宅で自殺しているのが見つかった。71歳。遺志により近親者のみで密葬を済ませた。

 59年、作家の故渋沢龍彦氏と結婚したが68年に離婚。主な著書に詩集「ことばの国のアリス」小説「兎とよばれた女」など。グリム童話や「ぞうのババール」など児童書の翻訳も多く残した。

景山忠弘氏(著述業)が食道がんのため死去
 景山忠弘氏(かげやま・ただひろ=著述業)5月30日午前6時44分、食道がんのため東京都文京区の病院で死去、57歳。盛岡市出身。自宅は東京都杉並区南荻窪3の1の16。葬儀・告別式は6月2日正午から杉並区南荻窪3の31の23、願泉寺第二葬祭場で。喪主は妻のり子さん。大相撲資料の収集家として知られ、雑誌「大相撲」に執筆した。
黒田初子さん(登山家、料理研究家)が心不全のため死去
 黒田初子さん(くろだ・はつこ=登山家、料理研究家)が22日午後3時34分、心不全のため東京都多摩市の介護老人保健施設で死去、99歳。東京都出身。自宅は新宿区下落合2の19の5。葬儀は近親者で済ませた。しのぶ会を開くが、日時などは未定。喪主は義妹みつ子(みつこ)さん。

 女性登山家の草分け。夫で雪氷研究家の故黒田正夫さんの指導で登山を始め、羅臼岳などの女性による冬季初登頂を行った。70年以上、自宅で料理教室を主宰した。著書に「お料理のレッスン七十年」「いきいき九十歳の生活術」など。

坊屋三郎さん(コメディアン)が心不全のため死去
 戦前の浅草で一世を風靡(ふうび)した「あきれたぼういず」のメンバーとして活躍したコメディアンの坊屋三郎さん(ぼうや・さぶろう、本名・柴田俊英=しばた・としひで)が25日午前9時43分、心不全のため、東京都世田谷区の病院で死去した。92歳だった。

伊藤俊人さん(俳優)がくも膜下出血のため死去
 新進のバイプレーヤーとして人気の俳優伊藤俊人さん(いとう・としひと、本名同じ)が24日午後5時18分、くも膜下出血のため東京都渋谷区の病院で死去していたことが25日、分かった。40歳だった。フジテレビで7月にスタートする「ショムニ ファイナル」(水曜午後9時)のクランクインを2日後に控え、帰らぬ人となった。

清川虹子さん(喜劇女優)が肺出血のため死去
清川虹子さん  生涯現役を貫いた喜劇女優清川虹子さん(きよかわ・にじこ、本名関口はな=せきぐち・はな)が24日午前3時37分、肺出血のため川崎市の病院で死去した。89歳だった。98年に肝臓がんを発病してから入退院を繰り返していた。戦前から数多くの喜劇の名優と共演し、喜劇女優としてのプライドは人一倍高かった。一方で「楢山節考」「復讐するは我にあり」など名作映画で鬼気迫る演技も見せた。恋多き女で波瀾万丈の人生だったが、豪快かつ庶民的な人がらは多くの人に親しまれた。

宮薗千波さん(浄瑠璃宮薗節三味線方)が死去
 宮薗千波さん(みやぞの・せんなみ=浄瑠璃宮薗節三味線方、本名藤井文子=ふじい・ふみこ)23日午後4時、呼吸不全のため東京都目黒区の病院で死去、83歳。横浜市出身。自宅は目黒区鷹番3の21の14の301。葬儀・告別式は27日午後1時から横浜市西区元久保町1の1、久保山霊堂で。喪主は長男実(みのる)氏。98年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。

柳家小さんさん(落語家)が心不全のため死去
柳家小さんさん  落語界初の人間国宝で落語協会最高顧問の柳家小さん(本名・小林盛夫=こばやし・もりお)さんが16日午前5時、心不全のため東京・目白の自宅で死去した。87歳。昭和から平成にかけて「そこつ長屋」「時そば」など、こっけい噺(ばなし)の第一人者として名人芸を見せる一方、72年から24年間も落語協会会長として落語界の近代化に努めた。円満な人柄が慕われ、孫弟子まで含めると六十数人の一大勢力を誇った落語界の大看板が、世を去った。


荒井昌一氏(元FMW社長)が首つり自殺のため死去
 今年2月に約3億円の負債を抱えて倒産したFMW(フロンティア・マーシャルアーツ・レスリング株式会社)の社長だった荒井昌一(あらい・しょういち)氏が16日午前6時20分ごろ、東京都葛飾区の水元公園で首をつっているところを通行人に発見された。すぐに近くの病院に運ばれたが死亡した。36歳だった。亀有署によると家族にあてた遺書のようなものを身につけていたといい、自殺とみられる。インディー最大といわれた団体の倒産が悲劇を引き起こした。

鬼鞍弘起氏(日本オリンピック委員会名誉委員)が心筋こうそくのため死去
 鬼鞍弘起氏(おにくら・ひろき=日本オリンピック委員会名誉委員、1960年スクォーバレー冬季五輪アイスホッケー日本代表監督)15日午前9時9分、心筋こうそくのため東京都新宿区の病院で死去、84歳。東京都出身。葬儀・告別式は18日午前11時から東京都港区高輪2の11の1、泉岳寺で。喪主は妻美代子(みよこ)さん。

若菜正氏(集英社特別顧問、元社長)が肺そくせん症のため死去
 若菜正氏(わかな・ただし=集英社特別顧問、元社長)10日午前3時41分、肺そくせん症のため東京都新宿区の病院で死去、76歳。福島県出身。連絡先は東京都千代田区一ツ橋2の5の10、集英社広報室。親族だけで密葬を行い、同社が後日「お別れの会」を開く予定。編集者として、集英社発行の「マーガレット」「セブンティーン」の創刊に携わったほか、役員として「ノンノ」「モア」の女性誌や「月刊PLAYBOY」などの創刊にかかわった。88年から96年まで同社社長。日本雑誌協会の副理事長も務めた。

宮本征勝氏(初代鹿島アントラーズ監督)が肺炎のため死去
 メキシコ五輪サッカー銅メダリストのメンバー、宮本征勝氏(みやもと・まさかつ)が、7日午前、水戸市内の病院で肺炎のため、亡くなった。63歳だった。現役時代はディフェンスの選手として、ハードタックルで鳴らした。Jリーグが発足した93年の第1ステージで鹿島アントラーズの監督として優勝している。

酒沢政夫氏(プロ野球元阪急2軍監督)が死去
酒沢政夫氏  酒沢政夫氏(さかざわ・まさお=プロ野球元阪急2軍監督、社会人野球元日本楽器監督)6日午後9時54分、心筋こうそくのため、静岡県藤枝市の病院で死去、84歳。兵庫県出身。自宅は藤枝市大手1の20の7。葬儀・告別式は10日午後3時から静岡県焼津市浜当目1159の1、斎場会館で。喪主は長男政明(まさあき)氏。

 育英商から社会人を経て38年にプロ野球ライオン入り、大映時代の51年に川上哲治氏(元巨人、現日刊スポーツ評論家)と並ぶシーズン最少三振6を記録。その後、阪急(現オリックス)などで内野手として13年プレー、通算1019試合に出場した。引退後は阪急2軍、社会人の日本楽器(現ヤマハ)で、指揮を執った。

半那毅男氏(男子テニスのデ杯元日本代表選手)が死去
 半那毅男氏(はんな・たけお=男子テニスのデ杯元日本代表選手、三菱電機ビルテクノサービス顧問)4月29日午後8時20分、東京都新宿区の病院で死去、63歳。鳥取県出身。自宅は横浜市港北区大豆戸町808の2、大倉山ハイム8の607。葬儀・告別式は3日午前11時半から新宿区南元町19、千日谷会堂で。喪主は妻良子(よしこ)さん。

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