「ふるさとの川と河童」
(11月11日掲載)
鳥取大学長  道上 正規
 たいていの日本人は「河童(カッパ)」という名前、あるいは河童にちなんだ物語を聞いたことがある。河童は川の淵(ふち)、河口あるいは池に住むといわれている。
 鳥取県の日野川でも河童が住むという淵に、嫁ケ淵、カワコ淵、弘法ケ淵などの名前のついたものがある。人々の淵に対する思いが深かったものと思われる。また、河童は想像上の動物ではなく実在する動物である、あるいは動物であったと信じている人もいる。
 驚くべきことに、河童の名称は川太郎、エンコウ、カワコなど百ぐらいあるといわれており、それにまつわる民話は全国至る所に分布している。数百キロ離れた地域にほぼ同じ内容の民話が残っていることもある。これも不思議なことである。
 さて、川に住む河童の特徴だが、河童の河童たるゆえんは頭に皿があることであろう。どうして頭に皿を持っているのか、この素朴な疑問にだれ一人答えたものはいない。河童は一種の妖怪(ようかい)であるが、これを暴くことに多少の後ろめたさを感じる。しかし、やはりこのなぞに挑戦したい。
 河童の主な特徴は次のようである。
 (1)頭に皿があり、皿に水があると怪力を発揮する。
 (2)人を水に引き込み、人の尻(しり)子玉を抜く。尻子玉とは肛門(こうもん)の奧にあるとされている想像上の玉。
 (3)キュウリを好み、ヒョウタンを嫌う。
 (4)背丈は子ども並みである。
 こうした疑問を抱きながら、川の淵の岩に座って、古代の人に思いをはせ、飽くこともなく水の流れを眺めたとき、私に「あっ、これだ」という閃(ひらめ)きが走った。
 それは古代の人々が描き続けていた河童の原風景への思いであった。古代人や私にとっては、河童は川淵に住む動物、例えば、サル、カメ、カワウソやカエルではなく、淵にできる「渦」ではなかったか。
 河童の原風景が川の淵にできる渦であるとすれば、淵のそばの大きな岩から渦を眺めれば、まさに渦巻きの流れは皿を出して手を動かしている生き物が泳いでいるように見えてくる。古代の人々は、毎日のように淵を目の前にして飲み水を運んだり、洗い物をしたり、あるいは水浴をしながら、原風景を観察していたであろう。だからこそ全国至る所に河童の民話があり、人々の心の糧になっていたのではなかろうか。
 渦は、瀬から淵へと流れが変わる場所、水制や取水口などの河川構造物の周り、さらに海峡にも潮の干満によって形成される。そうすると、四つの河童の特徴はうまく説明できる。
 (1)皿と怪力 頭頂の皿は渦巻きであり、上から見るとくぼみのある皿に見える。皿に水がなくなると怪力を発揮できないが、これは水深が浅くなると、渦が小さくなり、強度も小さくなることと関係している。
 (2)人を水中に引き込み、尻子玉を抜く淵にできる渦は、外岸では水面から底に向かう螺旋(らせん)流で、泳ぎの不慣れな人を引き込んでおぼれさせることもある。おぼれて水死した者の肛門は、括約筋が緩んでポカッと開く。おぼれた者の肛門が開いていると、河童が尻子玉を抜いたので、もう助からないと悲しんだに違いない。
 (3)河童の好物は、キュウリ、嫌いなものはヒョウタン。キュウリは夏の味覚であるが、その初物を神様に供えて、人々は豊穣(ほうじょう)を祈った。供えたものを川に流しておはらいとしていた。キュウリの成分は九十数%が水であり、比重はほぼ1。キュウリは水面すれすれを浮いて流れる。それが白波を立てている瀬から淵にやってきたとき、渦によって水中に引き込まれ、淵の穴に引っかかって浮き上がってこない。
 キュウリの様子を目撃した人々は、淵に住む河童がお食べになったと考えたのではなかろうか。このことからキュウリが河童の好物になったと推測される。ヒョウタンの見かけの比重は、1よりはるかに小さいので、渦の中には沈まない。だから河童がヒョウタンを嫌ったと考えた。こんな民話はたくさんある。
 (4)河童の背丈は子ども並み 渦が形成される淵の入り口付近の水深は、平水時では一メートルくらい。子ども並みの背丈に見えたのではなかろうか。
 河童伝説が数多く残る川の文化は、河川改修で川が安全になり、特徴のない護岸などで固められ過ぎて、失われようとしている。民話とともに、何とか緩急のある河童の住む川を残したいものである。