Kaleidoscope.
「ふにゃぁああ」
アタシはまるで猫の鳴き声みたいなあくびをした。退屈。とにかく退屈。
脳みそがヨーグルトになって耳からとろけ出そうなぐらい退屈といえば、今アタシがどれだけ時間を持て余しているかわかってもらえるだろうか、無理かな?
あくびの後、アタシは手探りでリビングの床の上に広げたポテトチップをつまむと、口に投げ込む。目はさっきからただ大きいことだけが取り柄のTVに向けたまま。ブラウン管に映るのは借りてきたDVDソフト。
ミルクココアに砂糖を大サジ五杯、ついでにはちみつ大さじ三杯、かくし味にバニラエッセンスを振りかけたような恋愛ドラマ。以前のアタシならパッケージを見ただけで、『け!』っと一言で切り捨てたようなストーリー。
でもなぜか今のアタシにはお気に入りだったりするから……不・思・議。
こんな自堕落な生活を始めて約一年。
あの保護者という名の人格破綻な無能者、いやそんな生易しいものじゃないな。禁治産者予備軍、これも違う。そう、酒飲みアザラシといったほうがすっきりする元上司はアタシたちのことをほったらかして夜遊び街道まっしぐら。
そういえばアザラシのくせに薬指に指輪なんぞをしていたような……初恋のお相手がアレに一生を捧げるなんて、ちょっとショック。今は過ぎし日の思い出だけど。
まてよ、結婚がらみでうわさ話があったっけ。確かもう一人の行き遅れ女がこっそり籍を入れたとか。相手はアタシの属していた組織のトップらしい。
この件についてはアタシの将来にかかわってきそうだからいろいろと思うことがあるのだけど、アタシより当事者なアイツが考えるべき問題だと思うからほったらかし。ま、相談されたら本気になって考えてみようかな。
「ふにゃぁああああ」
再びアタシは猫の鳴き声みたいなあくびをした。もうお風呂には入っちゃったし、さっきまで見ていたDVDは終わっちゃったし、ぽりぽりとかじっていたポテトチップはクズばっかりになっているし。
退屈。とにかく退屈。二人っきりの夜なのにさ。ファーストもいないのにさ。ばかぁ。
アタシは目の前に広がるクズをかたずけると、座布団を引っ張り出してきて二つに折って枕代わりに仰向けに寝っころがる。
あん、だめだ。高さがあわない。
いらいらしながら座布団を今度は三つ折りにしてみる。
みぎゃ、イヤ、これちょっと高すぎ。
今度は座布団を丸めてみる。
う、気持ち悪い。だめだ、これは。
わざわざ、アタシの部屋に戻ってお気に入りのクッションを持ってくるのもしゃく。それにクッションを枕に寝ている姿をアイツが見たらきっと、
「風邪引くよ」
なんていっちょまえの事をいうに決まってる。それってちょっとイヤだから……うん、そうだ。
「ねぇ、洗い物終ったぁ?」
アタシは体をぐるっと横転させてうつぶせになると、丸めた座布団をあごの下に敷いてからキッチンの方に声をかけた。
「なんか言った」
アイツのへなへなっとした声がアタシの耳に入ってくる。腹立つなぁ。一回できちんと聞き取って欲しいってものだ。何しろこのアタシがわざわざ声かけてあげたんだぞぉ。
「だ・か・ら、洗い物終ったって聞いてるのよ!」
「もうすぐ終るけど何か用?」
「終ったらちょっとこっち来て!」
有無を言わさぬ命令調。
「はいはい、今行くから」
むぅ、はいはいだとぉ!
「返事は一度!」
アタシが雄叫びをあげた途端にドタドタと慌てたような足音が近づいてきた。うむうむ、許して遣わそう。
「いったいなに?」
足音が止まって上から声が聞こえてくるということは、アタシのすぐそこに立っているということでって、ちょっと顔を上げれば確認できるのだけど、めんどくさいからしない。
ついでに声を出すのもちょっと嫌な感じだから、アタシは座布団をあごの下に敷いたまま顔を上げずに右手だけを斜め上に挙げて人差し指で床を挿す。
「ここに座れっていうの」
物分かりが良くなってきたではないか、良きかな良きかな。
「で、なに」
よしよし座ったな。右手を伸ばしてアイツの膝をなでてみる。お〜お、律儀に正座してるじゃないか、感心感心。そしてアタシは顔を上げずにニヤッとと笑うと目標に向かって……猫のように跳躍。
「ち、ちょっと、いきなり何だよ」
抗議なんて聞こえない。アタシはお気に入りの場所を確保すると、再びくるっと横転。視界一杯に広がるのはあきれているアイツの顔。
「で、どのくらいこうしていればいいの」
もち一生よ!
って答えてあげようかなぁ、なんて心の底では思っているのだけど、それはちょっとあんまりだから大幅に譲歩に譲歩に譲歩を重ねて、
「一時間ね」
って答えてあげる。へへへ、膝枕は男のロマンなんでしょ、でもちょっと意味違うのかな。まあいいや。
あ、ため息なんてもらしてやがる。むかついたから毛でも引き抜いてやろうと思って、ふくらはぎに手を伸ばして気づいた。生えてないんだよね、このバカ。
「い、痛い。なにするんだよ」
ふん、腹立ちまぎれに、ふくらはぎを引っ掻いてやった。ざまあみろ。
「爪延びてるね、ちょっと見せて」
アイツがアタシの手を取る。じつはアタシ、爪の形にちょいとコンプレックス。アタシのが形悪いのじゃなくて、アイツのがきれいすぎるのだ。それにアイツはいつもきれいに爪を切って丸めてる。
理由? ア・タ・シを傷つけないために決まってるじゃん。
「切ってあげようか?」
なかなか良い提案だと思うのだけど、頭を横に振って拒否権発動。ここで肯いたら『爪切り取ってくるから』なんていっちゃって、アタシの頭をせっかく占拠した場所からのけようとするに決まってる。墓穴掘るようなアタシじゃない。でも待てよ、アタシの爪そんなにのびてるのかなぁ。
アイツの手をふりほどくとじっとアタシの手を見つめる。ちょっとのびてるかな、でもこのくらい許容範囲のうちかな。なんてことを爪を見ながら考えてたら、好いこと思いついちゃった。確か猫って爪研ぎするんだよねぇ。
全身のバネを使って瞬時に体を入れ換えて、アイツと向かい合わせになる。そして獲物が逃げないように両手で首をがっちりホールド。そのままアイツの耳たぶを口で銜える。
はむはむはむ。
ここからは見えないけど、今アイツの顔は真っ赤なのは間違いない。
「爪研ぎしていい?」
100% 媚び媚びのさ・さ・や・き。でもアイツは筋金入りのにぶちんだから、
「へ?」
やっぱり疑問符が帰ってきたか。
えい、ちょっと恥ずかしいけど実力行使だ!
アタシは両手をアイツの首から外すと、タンクトップに手をかけてするりとそれを首から抜いた。そしてアイツの口を封じると、一気に……押し倒す。
う〜ん、ちょっと失敗。アイツの背中で爪研ぎしようと思ったけど、アタシが上だと出来ないじゃない。ま、そのうち身体を入れ換えてっと。
ねえ、アタシが気づいてること知ってる?
アンタ、『続き』をしたんでしょ。ミサトと関係したんでしょ。
アタシ、怒ってないから。
一回だけなんでしょ、知らないふりしてあ・げ・る。
でもね、ちょっとね、胸の奥がチクチクするの。
アタシはアンタが初めてで、アンタはアタシが初めてじゃないのが……ちょっとね。
だ・か・ら、アタシは爪を研ぐ。アンタの背中で爪を研ぐの。
へへ、背中の傷って男の勲章なんでしょ、ばかシンジ。
つづくって書かかないとイヤ?