●8月31日(土) 大阪、掃除・散髪・プール。神戸「南翔」・チーズケーキの「観音屋」。
「観音屋」にて非常に感じの悪い店員(#髪の毛の長い、職業意識ゼロのばいた罪人である)がいた。マルヤマさんも「感じが悪い!」などといいながらも店員に注意しなかった。まわりに女性がいなかったら僕も思い切り文句を言っているところだが、思い出すにつれ腹が立ったので、家に帰ってから店に電話して取り得のない豚店員をクビにするようにと言う。とりあえず謝ってはくれたが、クビは無理だろう。
しばらくして僕のもとに来たメールを読む。言いたいことがあるんだったら僕に言うのも良いけれど直接相手にぶつけてやればもっと良いのにと思う。

<参考・観音屋>
http://www.kannonya.co.jp/



●8月30日(金) 家に戻ると翼君から電話があった。話を聞くと、嫁さん(#彼は6月に結婚した)と大喧嘩したらしい。嫁さんに電話をかわってもらう。原因は夕食に嫌いなものが出て、それがもとで別の話題に波及して大喧嘩になったらしい。こんなときは、相手が何か言ってきてもそこそこにかわせばいいのに、他の話題を持ち出して言いあらそおうとするからこんなことになるんだよと思いながら、話を聞くこと約30分で仲直り。
仲直りとして彼は嫁さんにエルメスのスカーフを贈るらしい。スカーフですむなら安いもんだねと思う。あと、いきなり「親猫と大喧嘩したことはあるか?」と言われたのではっきりと「ない」と言ってやる。なお僕へのゴホウビに、今度僕と王様ゲームか猫ゲームをしろといったら声がふるえていた。



●8月29日(木) マルヤマさん・チアマオ嬢と淡路で飲む。



●8月28日(水) 哥さんとウォーウォーしそこねる。梅田ヨドバシカメラ+旭屋書店・伯爵・親猫。
消火器会社社員が人権救済を申し立て、会社を相手に訴えを起こすといっているらしい。なんでも肥汲屋への出向研修で、素手で肥えさらいをさせたのが原因。肥を汚いものと思うから悪いんじゃいこのボケナスと思う。



●8月26日(月) 古きよき時代の買春ツアー写真を堂々掲載! 渡鹿野島写真集(昭和44年撮影)。注:写真の被写体はすべて故人だろうからプライバシーなどは特に考慮しない。

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写真:「はしりがねの島に行ける!」と大はしゃぎの中年。写真左は近鉄上本町駅、写真右は電車の中、目の色を変えて喜んでいる。

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写真:売女相手にセクハラに興じるいやらしい中年。「今の若い者はこういうのをエスケッチというんでしょうなぁ!」とでも言っているのだろうか? こんな写真を奥さんに見られたら殺されることだろうが、彼らは後世の皆に見てもらおうと写真に撮って残している。

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写真:スッキリした笑顔の中年,「この島に一生いたいなぁグヘヘヘ!」と思っている!?



●8月25日(日) 群馬にて親猫とマンゴのかき氷を食べ,マジック=猫ゲームをしてから,親猫とおそろしい約束をする。
えんじぇる嬢からメールが来た。
新幹線で新大阪駅に到着。ひとつ前の席の男が切符を落とした。もっともこの男は僕のそばでこれみよがしに煙を吹かせている不逞な輩だったので,「切符を落としましたよ」と言わずだんまりを決め込んでやった。するとその切符をこっそり拾った男がいた。髪の毛が中途半端に長い気持ち悪い中年で,人の不幸を見てにんまり至福に浸っていたのだ。改札を出ようとすると,くだんの切符を落とした男が泣きそうな顔になっていた。
家に着いてニュースを確認する。和歌山市長選挙でタビタ落選。旅田卓宗氏の事務所は最初はものすごい人だかりだったが,落選確定の直後から一気に引いてしまっても抜けの殻になってしまった。2〜3人の熱烈信者のおばさんが号泣していたらしい。ホームページを見ると葬家の犬のような惨状だった。

<参考・今回の和歌山市長選挙及び和歌山市立大学設立の経緯について>
今回の選挙の争点となった「公立和歌山創造大学」は,もともと和歌山市長・旅田卓宗氏(当時)らの公約による「和歌山市立大学」が源。公約の実現及び倒産したデパート・丸正跡地にキャンパスをつくろうと計画したものであるが,文部科学省から設置条件として「周辺市町村を巻き込んだ大学とするよう」行政指導を受けた。以降、周辺市町村の賛同を得られるよう,周辺市町村には財政負担ゼロで大学設立連合を提示した。周辺市町村ははじめ難色を示していたものの,「和歌山市議会の大学設立案通過」を条件として同意すると回答,しかし和歌山市議会は拒否,旅田卓宗市長(当時)は辞職し,今回の選挙となった。

http://www.tabita.org #旅田卓宗のホームページ



●8月23日(金)−24日(土) 親猫と長野・志賀高原を回る。
写真がすべてが物語っているから見ていただきたい。今回は乗りに乗り、歩きに歩いた旅行だった。非常に疲れたがとても面白かった。あと、朝食バイキングで食べすぎてえらい目に遭った。吐きそうになった。

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早朝長野市内に到着。写真左は長野県知事選、羽柴秀吉センセイがぶっちぎりで目立っている。写真右は長野證券株式会社。プチな建物がとにかく可愛い。

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長野市善光寺。写真はお約束の善光寺本殿、朝6時半頃。近くにあった八幡屋磯五郎で職場のY嬢が好きそうな辛ーい一味唐辛子を買おうかと思ったが開いてなかったのでやめた。

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志賀高原。写真左は大湿地、冬はゲレンデになる。写真右は24日に行った四十八池。

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志賀高原。写真左は大池、湖水は青く美しかった。写真右は蓮池で撮った蓮花。

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志賀高原。写真左はドクベニタケ、写真右は美しいトリカブトの花、リンドウも咲いていた。

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長野電鉄湯田中駅。


われながら今年の夏も遊びまくったような気がする。もっとも青春18きっぷを使って最後にどこかに行く予定だったりするが。



●8月18日(日) 南海。午後はチアマオ嬢と阪急大食堂へ行く。食べたのはお約束のカレーである。

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見納めの阪急大食堂。写真右側が定番のカレーである。目玉が飛び出るほど美味しいというわけではないけれど、阪急大食堂といえばこれがお約束。



●8月17日(土) 南海。冷凍マンゴスチンはハズレ。甘いには甘いけれど、果肉がペケ。



●8月16日(金) 1969年(昭和44年)の職場旅行の記念写真が出てきた。行先は伊勢志摩の渡鹿野島。ここって売春島じゃないのと思ったら、案の定はしりがね(売女)のいる女護ヶ島のことだった。写真を見るとおっさんのエロい顔つきがとても下品で好感が持てる。記念写真にしているぐらいだから後日ホームページにもアップしてやろうと思う。

<参考・渡鹿野島(わたかのしま)について>
http://www.otona.co.jp/ch3html/urakaido/iseshima2.html #飛び出せ!日本裏街道伊勢志摩編
http://homepage2.nifty.com/butuUkai/watakano2.htm
(昭和30年『日本地名事典』第2巻(渡辺光監修・朝倉書店)より)
的矢湾内の渡鹿野島は周囲七粁の小島であるが、古来、船人達の良い慰安所であつた。船人たちの衣のほころびをも繕ったこの女護島の女性達は、いまでも遊覧客の送迎には紺絣姿で波止場にあらわれる。
志摩半島の的矢湾にある周囲約七粁の小島で、磯部町的矢に属している。的矢湾は湾が深く波静かで、帆船時代は大阪・江戸間の海上交通の寄港地として、また熊野灘・遠州灘の中間風待港・避難港として、繁栄したものが的矢湾であつた。その後錨の綱に鎖が多く使用されるようになり、海底に泥土の多い的矢湾より、岩屑の多い渡鹿野島の南岸が碇泊に適し,避難船は多くここにあつまるようになり、的矢湾にかわつて港町が栄えた。寄港する船人の求めに応じて、ハシリガネ(針師兼ねの訛り)とよばれる慰安婦があつた。帆船が汽船となり、渡鹿野島も的矢も衰え、わずかばかりの昔のおもかげを残していたが、志摩電鉄や大阪・山田間の電車の開通、国立公園の設定など、観光地志摩の波にのつて若返り、一層はなやかな遊覧地となった。(江井浩太郎)
(昭和47年『志摩のはしりがね』(岩田準一著)より)
二三月頃には別荘建築に取りかゝる筈で、完成の上は谷崎潤一郎氏夫妻や佐藤春夫氏をはじめ文壇、劇壇、画壇のあらゆる友人をここに誘って、この島でなければ味われぬと云う猟奇的なエロを満喫させようという企てが目論まれている。/(佛友注・上山)草人氏は映画から引退したらここに引籠って魚釣、真珠、牡蠣の養殖をはじめ、競馬場、温泉をつくって東洋のモナコをこゝに再現したいと云う計画を樹てゝいる。
(昭和52年『カラーブックス403 伊勢路』(嵯峨崎司朗・保育社)より)
的矢湾に浮かぶ周囲4キロほどの小島。むかしから女護ケ島といわれ男の歓楽島となっていたが、戦後、赤線禁止から、一時はアベック向きの旅館に変身したりした。ともかくも、この島は観光客相手でないと生きてゆけない宿命にある。



●8月15日(木) 終戦記念日。今年も正午の黙祷である。実家に冷凍マンゴスチンを注文,夜は「香園」。ピーちゃんが美女とデートしていた。
「敗戦記念日」という表現を多くの人が使っている。あと,千鳥が渕をはじめとする戦没者慰霊に哀悼の意も表さずに抽象的な議論ばかりをたたかわせている人たちを見る。敗戦した記念であるならいっそのこと「残虐な賊である悪の枢軸国・日本がアメリカ・イギリス・中華民国・そしてソ連の聖なるフォースを持つ連合国に敗れ去った記念日,鬼子の子孫である我々は永遠に反省しつづけなければならない」程度のことを書いてもらいたいものだ。

近畿地区大学等学生指導職員研修会に出席した内容の要約を掲載。
人員削減について:国立・私立関係なく人員削減がいちじるしい。特に私立では教務事務を教務・入試・厚生→教務に一本化し人員の半減が行われたところも数多い。そのため約10人前後のチーム作業を行うところが多くなった。課長のリーダーシップのもと意外とうまくいっているところも多いが,国立では無理かもしれない。掛分けはセクショナリズムを生み出し人によっていびつな勤務となるので駄目。大阪体育大学では変形労働時間制を採用し,1年に繁忙期と閑散期にわけ,労働関係法令に基づき閑散期は週4日勤務,繁忙期には6日勤務とする(超過勤務手当の削減にもつながる)。このようなかたちでセクショナリズムの弊害をなくす動きがある。
電子化について:(1)入力を無駄にしないシステムを構築する必要がある。掲示板の場合,入力→WEB・ケータイ・掲示板にそれぞれ同じ情報が反映される必要がある。ばらばらに入力しなければならないなら意味がない。(2)学生による履修登録・教官による成績入力をWEBで行えないか? あと出席確認の電子化が進んでいるが,入力・確認の作業がたいへんで,業務の軽減にはさほど直結していないところが多い。とりわけしろうとがマシンにかかる情報処理を行うところが多く,メンテナンス等あまりうまくいっていないところが多いようだ。結論として学生が自由に自らの履修を登録し,成績を閲覧するためには銀行並の128ビットレベルの暗号化で対応すれば可。教官の成績入力は証拠のため紙で残すことも検討すべき。阪大は入力を外部業者に委託しているが,小規模の大学はすべて自ら入力。大変である。(3)シラバスの電子化は要は紙媒体をWEBにするだけなので簡単である。(4)出席確認のためカードリーダーを使う大学もある。この場合,学生証の規格に注意。
コスト意識の涵養について:職員のみならず学生に対しても必要。ペナルティとしてお金を取る方法はある程度の効果があがっている。例として遅延分の成績交付・再試験・追試験(8割換算)・休学料・復学料等の徴収がある。
教員問題について:欠席の多い教員については補講・教授会報告で対応。事務引き受けの見直しとして,コピー取りは選任のパートか秘書に対応させる。TAや副手を使うことも検討する。教員評価を外部で出させる。内部報告は核心が触れられず事務が増えるのみで文部科学省を喜ばせる参考資料にしかならない(がやらないわけにはいかない)。

<参考・いかれたくたばりぞこないが起こした傷害事件>
愛知県警は15日、春日井市の無職、富士道春夫容疑者(73)を傷害容疑で逮捕した。富士道容疑者は7月1日午後6時5分ごろ、県営住宅自転車置き場に段ボールを放置したことを小6の男子児童(12)に注意され、児童の顔を殴るなどしたほか、助けに入った高校生の兄(15)にもはさみを振り回してけがを負わせた。(毎日新聞)

<参考・格安バスのリンク集>
http://www.swa.gr.jp/fare/osa_bus.html #大阪から東京までの格安路線バス概論(交通費節約のヒントより)。
http://www.j-bus.co.jp/bus/menu/bustop.htm #高速バス空席照会サイト



●8月13日(火) 親猫と猫電話する。明日から人間ドックに行くらしい。



●8月12日(月) 事務部長に呼び出される。特別昇給の辞令をもらった。



●8月11日(日) 親猫帰る。
朝、親猫・少女と3人で猫ゲームをし、神戸の元町に行き南京街「南翔」で昼食。ここの小籠包は個人的に「鼎泰豊」よりお勧めだと思うのだが…肝心の小籠包については感想がわかれてしまった。うぅむ。少女は餃子が、親猫はパオズがいいと言っていた。そのあとぶらぶら歩き、「惠記商行」で干しマンゴをたくさん(#台湾で食べた干しマンゴは不味くて食べられなかったので、結局日本で買ったのであった)、あと親猫とふたりで猫柄の小銭入れを買う。元町から電車に乗り,三宮から新快速で新大阪まで行き親猫を見送る。少女とも別れ、自宅に帰りさっさと寝る。



●8月10日(土) 親猫と大阪。
猫ゲーム。親猫とふたり午後遅くまでのんびりと猫のような生活をして、午後4時半梅田ヨドバシカメラで少女と待ち合わせ,「カプリチョーザ」でお茶をするが,ここはコーヒーもしくは紅茶がサービスで出るので喫茶として使えば割安だということがわかる。夜はチアマオ嬢と親猫・少女の4人で大正「うるま御殿」に行き、沖縄料理と濃い空間を堪能する。煮豚(壷屋焼の器で出てきた)・山羊の刺身・ガシラの唐揚・マンゴーのチャンブル・ソーキそば・ブルーシールのアイスクリーム諸々を食べる。ステージがはじまりとんでもない阿鼻叫喚の世界となる。隣にとんでもないところに来てしまったと後悔しているカップルがいたりしてとても面白かった。親猫・少女とともに家に帰り、軽く飲茶をし,猫ゲームをしてから寝る。

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写真:「うるま御殿」のとんでもない阿鼻叫喚の世界。

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写真左:ソーキそば。写真右:煮豚。

<参考・「うるま御殿」について(「Yahoo!グルメ」より転載)>
住所:大阪府大阪市大正区南恩加島2-7-27コーポ中村1F,電話:06-6555-8111,営業時間:17:00〜23:00,月休,JR環状線大正駅から鶴町4丁目行きバスで20分、南恩加島下車すぐ



●8月9日(金) 親猫と大阪。太いニャア,丸いニャアといって怒られる。
猫ゲーム。午前はのんびり。午後はヨドバシカメラへ写真の現像、あいだに「エピソード2」を見に行く。ふてぶてしい感じのアナキン君がとても素敵だった。「コムサカフェ」で現像された写真をアルバムに入れる。ふたりであわせて1700枚近く撮影し、現像したのは440枚前後、決定版写真集の完成である。夜は淡路・丸山さんの家で四川鍋パーティ。ジャガイモの千切りはとても美味しかった。鍋は辛かった。



●8月4日(日)−8日(木) タイワン=ノート2002。

8月4日(日):関西空港→台北→圓山→建国玉市・花市→士林夜市。
 午後2時半,ホテル=マルヤマに到着。今回僕と親猫が宿泊するホテル=マルヤマは宋美鈴氏が経営する素晴らしい中国宮殿(建築はもはやホテルの域を越えている)で,台北観光のコースにもなっている。ホテルの値段もかなり安い(#日本円で2人18000円,朝食付き)が,サービスはほとんどなしだから人によっては不満かもしれない。台湾では5つ梅のホテルだが,星数だと3つか4つといったところ(#台湾ではホテルの格付けに梅の数を使うが,これは格式ではなくベッド数で決める)。小高い丘の上にあり,松山空港の眺望がとてもうつくしいところである。
 到着後,早々にタクシーで建国街の玉市・花市に行く。玉市・花市は毎週土日に建国南街の遊休車庫を利用して開かれている市場で,屋台の総数は600以上,四天王寺太師市の倍近い数だ。翡翠(硬玉)・軟玉・大理石から鉱物標本まで売られている。天井には蓋(がい)がついているので雨の日でも安心して買い物できるところがよい。
 週末台北に行くならここはお薦めである。最近の売れ筋は玉でできた携帯電話のストラップ。台湾人も携帯電話にストラップをつけるのを好む。最近はアジア結びなどと称しする「中国結」が流行しているのだ。僕もそろそろ携帯電話のストラップを新しいものにしようと思っていたので,気に入った玉(#きれいな石という意味)があればいいなと思っていた。インターネットで読んだ話だと,中国の人間は玉に対して特別な思い入れがあるらしく「自分と玉とは心が通い合う」と信じている人が多いらしい(#オタクが美少女抱き枕と愛を通わせることが出来ると考えるのと同じである)。人気のある玉は,だいたい掌よりやや大きく,しっとりしていて,重厚感ある猫や栗鼠などおだやかな意匠がやわらかく掘り込まれているものだ。こういった玉を文机のそばに置き,疲れたら握り締めたりして自らを癒せるようなものを買おうとすると死ぬほど高い。南米のカトリック聖堂にあるような後期バロックのごときゴテゴテ意匠のものはあまり好きではないらしい。よく龍や唐獅子牡丹の文様が彫られたものを見るが,ああいうものはヤンキーの持ち物でしかない。
 僕は仔豚が4匹ついた携帯電話用ストラップを買う。玉の色・輝きがとても美しい。以前,こういう紐グッズはビーズやキーホルダーぐらいで細々たる需要しかなかったのだが,携帯電話用ストラップという新需要がうまれてからは美しいものがたくさん競って売られるようになってきたのである。1個100元のものを親猫分あわせて5つ買う。内訳,親猫2つ,僕2つ,くま嬢に1つ。
 この市場は長い。天神橋筋商店街でたとえると天六から天三までの長さぐらいだろうか? 玉市の南側にある花市にも行く。蘭がとても安い。台湾では温室に入れなくても蘭がそのまま育つので,100元〜250元と日本では信じられない安さだ。立派なミリオンバンブーや睡蓮の生け花もあり,日本に持ち帰れたらごっそり買い占めたいものだと思う値段だった。「HB−101」という日本製肥料のサンプルを配っていた。親猫はしっかりともらっていたが,どうしたんだろう? まさか食べたとか?(#そんなことは絶対にないだろうが,でもこういうものを食べて大きくなっていそうだ) 反対に高かったのは薔薇。日本の卸で買ったほうが安いかもしれないという値段だった。
 玉市を出て街をぶらぶら歩く。たくさん写真を撮りながら,途中で一般の市民がなにげなしに食べている小汚い店に入り排肉麺を食べる。太平洋そごう附近を歩いていたが暗くなってきたので士林夜市に行く。夜市はことばで説明するより実際に食べに行くほうがいい。僕たちが食べたものは愛玉とかき氷,親猫はシャーベットもきれいに平らげていた。この季節のお薦めはかき氷。隣に座っていた日本人の女の子は特大かき氷を1個まるごと平らげていた。一日目から食べ過ぎである。

8月5日(月):故宮博物院→圓山で飲茶→中正記念堂→新光三越で夜景→公館夜市
 午前は故宮博物院。ここには何度も行っているので特に感想なし。行くたびにぜひ見たいと思っていた多宝格(ミニチュア細工)が改装のためなかったのでくやしかった。親猫いわく「また行けばいいにゃ」。昼食は4階の喫茶室「三希堂(もとの意は故宮の宝物殿のことである)」に行き軽く台湾烏龍茶を飲む。吉兆尹の技術指導が入っているというここのお菓子はとてもレベルが高い。遅い時間に行くと売り切れになってしまう藍苺(ブルーベリー)の点心を頼む。1個35元。結構高いけれど,ミルフィーユのように皮が何重にもなっていてとても丁寧なつくりで,淡い色がとても美しく甘さも控え目で上品。台湾のお菓子は(ひどい駄作も多いが)果物を利用したこういった微妙な味わいのものが多い。お土産は,親猫と僕にお互いTシャツを買いあい,鍋敷き2つと多宝格の子ども用絵本(日本語で書かれていた)を買う。外に出ると建物の写真を撮ろうとするイケテイナイ人たちがいた。どぎつい色の衣服を着た男が「この格好のほうがいいかな」などと言いながら写真を撮っていたが,土台が悪いのでまあ無理だろうと思い,鉄塔が見えないように工夫して親猫を撮影する(#故宮博物院の後ろにはよりによって台湾電力の鉄塔が建てられていて,旅行会社のパンフレットは背景に鉄塔が見えないよう工夫して撮影しているのだ)。タクシーに乗ってさっさかさっさのさとホテルに戻る。
(追記:故宮博物院で勘違いしていたことがあった。それまでは博物院内にカメラを持ち込むことは厳に禁止されていたのだが,最近になって一部の展示で写真撮影が解禁されたらしい。)
 ホテル=マルヤマに戻りその足で飲茶に行く。赤の大きな柱がまるで宮殿のよう。ここで大根豆腐や焼売を食べ,最後のデザートにマンゴプリンを。マンゴプリンは1個132元。ここのプリンはババロア状でとても好きなのだ。もっとも飲茶の営業時間はすでに終了していたので,ボーイがいつ食べ終わるかを手ぐすね引いて待っていたけれども。
 シティに出る。台北駅へで明日の切符を取る(新型車輌の自強号に乗るのである)。明日は九分に行く予定で,九分の帰りは蘇澳まで行き冷泉に浸かるつもり。駅の中に屋台が何軒か出ていて,台東名産のオバタリアンの頭のかたちをした果物・釈迦(シャカトウ)が売られていたので2個買う。1個20元。台北駅付近は台湾新幹線施設工事のためとてもかしましい。2005年に台北・高雄間に新幹線のぞみ型車輌が走るとのことである。シティを歩く。夜は男同士が遠慮なく裸で乳繰り合う気色悪い発展場となる二二八公園を経由して中正記念堂に行き,午後5時の交代式を見て果物の写真を撮り退出。門を見ると「大中至正」などと心にもないことが書かれていた。記念堂から大広場を望む。見よ,この広大なる広場を! 蒋氏はおそらくここに住む貧民から土地を強制収用したのだろう,いやきっとそうに違いない! 
(追記:「大中至正」とは蒋介石の座右の銘。「誠心誠意国民の福利を図り、横逆や困難を恐れない」という意味。)
途中「アイシテル,アイシャンiMode」のビルを見る。今年6月に上陸した台湾のiModeは中国語繁体字と日本語のJISコードに対応しており、日本語のウェブページを見たり日本語メールを打ったり見たりすることも出来る。総督府を経由して新光三越百貨店へ。地下の食品売場に行き,果物コーナーに行くと,山竹(マンゴスチン)が売られていた。6個69元だったので買う。楊桃(スターフルーツ)や火龍果(ドラゴンフルーツ)も合わせて買う。新光三越大楼の屋上に登り夜景を見る。
 そのあとMRTに乗って公館夜市に行く。台湾大学前の眼鏡屋で親猫のフレームを買う。いろいろ出してくれと頼み,親猫に次々とかけさせてみる。なかなか決まらないので店員がみつくろってくれたものを親猫につけると,感想「佐野史郎!」。結局ごくふつうのレノマのフレームとなる。自分のも買おうかと思ったがやめた。
 親猫は臭豆腐を食べたいと言ってきたのでしぶしぶ買う。買ったはいいが,注文をとってからつくりはじめやがった。ちょうど僕のほうが風下。うれしい心遣いで鼻がひん曲がりそうになる。味はまあまあなのだが,体じゅうの毛の穴に臭豆腐の匂いに襲われたようで,むしょうに風呂に入りたくなる。知っている台湾人は臭豆腐を部屋の中で食べたがるのだがいったい…と思う。
 餡餅(#餡とは具のこと。アンコが入っているわけではなくって肉や野菜が入っている)と鶏肉揚げステーキ(#大きなフライドチキン)を食べる。それぞれ10元・40元だったが,味付けがとても美味しかった。餡餅をほおばっている僕たちを見た台湾人カップルが「道を教えて欲しいのですが…」と道を訊かれる。そんなに現地の人間っぽいのか?
 ホテル=マルヤマに戻り,親猫と山竹を食べる。しばらく絶句して「おいし〜ぃ!」と甘い声を出していた。とても甘ずっぱくってバランスの取れた美味しさだった。釈迦を黙々と食べる。いくつか食べて猫ゲームしてから寝る。茘枝プリンはまずかった。

8月6日(火):
 今日は汽車旅行。お金を下ろしてから九分と蘇澳の予定。今日は世界でも珍しいサイダー冷泉に行くのだ。プチ旅行の前に駅の近くの台湾銀行で現金を補給しようとすると,…パスポートを忘れてしまい,うら若き女性から「不能」だといわれてしまう。一瞬顔色が変わりとぼとぼと銀行を出ようとすると,ATMに「PLUS」の4文字が見えるではないか! 僕の使っている三和銀行のキャッシュカードはPLUSに対応しているため,海外でお金を下ろすことが出来るのだ。無事おろすことが出来ホットする。
 瑞芳から九分へ行き昼を過ごすが,尾道と熱海を足して3で割ったようなところであった。次はあまりいきたくない。帰りのバスがなかなかやってこないので焦る。電車に乗れないやんかと思いながらタクシーも拾えず心細くなるが,なんとかバスが来てほっとする。死にそうな坂道を下り,瑞芳の駅に着いた頃には顔面蒼白。気持ち悪い。 
 蘇澳新駅に着く。ここもさびしい駅であるが,駅前の信号がまだ動いていただけましだと思う。のどかとはまた異なる雰囲気を持つ街に行くのもまたいいものである。日本の脳病地方自治体はできもしないのにミニ東京をつくろうと必死になって結局没個性的な街で終わってしまっているのをみるにつけ,いろいろな「近代化」があるものだと思う。ダムや高速道路が地方を生き生きとさせ,エル特急が走れば観光客が増えるというわけではないことは,多くの赤字再建団体を見れば一目瞭然で,脳みそに活性炭でも張って考え直したほうがまだいい意見が出るだろう。ここからバスに乗って蘇澳駅に行き,歩いて冷泉まで。
 冷泉。入場料70元に50元の個室料金を払えば個室に入れる。入ってみるとシャワシャワしていい気分だった。親猫の浅黒い太ももも撫でてみた。シュワーとしていた。冷泉は夏場に行けばアタリ。ただし冬場に行ったら死にそうかも。
 午後5時半,切符を買いおとなしく台北に帰ることにする。当てもない旅行だったらそれほど遠くない花蓮まで足を伸ばしていたかもしれないなと思いながら,僕たちは台北経由樹林行きの急行に乗り込んだ。
 現在,蘇澳から花蓮まで行く方法は汽車に乗るぐらいしか方法はない。以前はバスがあったのだが,ここ数年前に廃線となった。バスに乗りながら東海岸の絶景を楽しめなくなったと嘆く人も多いけれど,東海岸の長距離バス,たとえば太魯閣や蘇花公路越えのバスに乗った人から碌な話を聞かない。
 太魯閣に行くときバスに乗ったことがある。絶景の岩場をウネウネと越えてそれはそれは素晴らしい風景なのだが,ふと天井からガツンという音が聞こえてきた。いぶかしそうにバスの天井を見つめる僕に「ただの落石ですよ」と日本語で言われてしまった。なんて恐ろしいところなんだ! 旅行ガイドブックで読んだ話にはこんなものもある。雨のなか太魯閣越えをしようとしてひどい落石のシャワーに見舞われてしまい,バスの中で「南無阿弥陀仏」の大合唱がはじまった…。南無阿弥陀仏は北京語で「ナンウアミトフォ」,こんな話題で題目の唱え方を覚えてしまう。蘇花公路も似たようなもんで,以前は800メートルの清水断崖(#超高所恐怖症の僕としては,この言葉を聞くだけで脚に蟻が這うような感覚を覚えてしまう)にガードレールひとつない危険道路が延々と続き(#今はしっかりしたガードレールが整備されている),しょっちゅうバスが海にドブンと落ちて付近を鮫が徘徊していた。台湾客運のバスは廃線になっているので,現在ではタクシーでの訪問あるいは台北・花蓮間の長距離バスに乗るぐらいしかこの道を行くことはない。もっともたとえいくら素晴らしい風光明媚の地だなどと言われても,800メートルの絶壁だなんていわれた日にはまったく行く気がしない(#ガードレールがあっても落ちるときは落ちるのだから,そのときは空葬+水葬+魚葬の3点セットを無料で行ってくれるのだと納得して諦めるしかない)。
 汽車に乗り込む。九分で買った餅と涼もち,優等模範生(ベビースターラーメン)を食べたあと,親猫とふたりうとうとしてしまう。途中の宜蘭駅で,目の前にキャッスルのような建物の麦当労(マクドナルド)を発見,そのあとずっと意識不明になる。
 松山駅のあたりで目がさめ隣の座席を見ると聾唖者の家族が手話でそろそろ降りるよと言っているようだった。午後8時20分台北到着。せっかくなので新光三越に寄り6個入り例の山竹(マンゴスチン)を3箱買いタクシーでホテルに戻る。鏡を見ると顔色が白くなっていたようだが,時計を見るとまだ9時過ぎ。僕たちはさらに士林の夜市に行きマンゴづくしのかき氷を食べる(80元)。親猫はマンゴがちょっと少ないにゃと言っていた。

8月7日(水):
 ホテル=アンバサダに寄ったあと,「ウィンザー城」というふざけた名前のエステクラブに行き,足ツボマッサージ・全身・フェイシャルを行う。個人的には脂取り(僕は強烈な脂性なのだ。お肉や油モノをたくさん食べるというわけではないのに…)に期待していたのだが,鼻の脂取りはへらでえぐりとられるような強烈に痛いものを連想していたのだが少し撫でられた程度で不満だった。足裏マッサージで悪いところがわかると言っていたが,親猫などは「××××が悪い」とみもふたもないことを言われてしまっていた。僕は胃腸が悪いらしい。全身マッサージで女性が僕のからだの上をピョンピョン飛んでいく。気持ちいい。親猫が寝ぼけて「ニャ」と言っていたのには笑ってしまった。
 双連の駅のそばで皮の紅い美しい茘枝が売られていた。台湾茘枝の収穫期間は5月から7月末あたりだからかなり晩期らしく,じっさい街なかでもなかなか売られていなかった。以前から茘枝にはこんな紅あざやかな品種があるのかと気になっていたのだが,単に冷凍させると皮が焦げ茶色に変色してしまうとのこと。いくらかと聞いてみると1斤65元という。少し高い気がしたので親猫に「買う?」と聞いてみると当然といわれた。1房で2.5斤ほど,165元。
 台湾茘枝の有名な品種は「黒葉」と「糯米磁」のふたつ。前者は代表品種で,後者は佐藤錦や白鳳と同様のネームバリューを持っているという。見分け方は枝ごと買えばよく,「黒葉」はたわわに,「糯米磁」は1枝に少しずつ実っているのですぐわかるとのこと。今回親猫が買ったものは台湾の人に写真を見せたところによるとたわわに実っていたから「黒葉」,「糯米磁」はとりわけ美味しいと聞くので,今度の台湾旅行では是非買って食べてみようと思う。または,いつか新竹あたりで茘枝もぎに行きたいものだ。
 ちなみに最近日本で比較的売れている種の小さい甘い茘枝,これは「玉荷包」という品種らしい。もうひとつ茘枝を大きくした紅毛丹(ランブータン。ベトナムではチョムチョムという)というものもあるが,こちらは見かけなかった。茘枝を持って信号を待つ親猫を撮る。路地のような道を歩きながらひたすら西へ向かう。
 迪化街に着く。ここは問屋街で,何をかうにもとても安い。台北付近の都市計画はこのへん(萬華という)から進められていったため,街のいたるところで清末から日本時代にかけて建てられた洋館の普請を見ることが出来る。日本時代につくられた建築基準法では道路沿いの建物の1階部分に歩道をつくることを義務付けたため、いたるところで「亭仔脚」(アーケード)があるのも特徴で,だいぶ前に「台湾では歩道は私道だ」といわれたのを思い出す。にんにくが小山になっているところがあった。
 有名な中華料理の素材店である「新亦勝」に行く。ここへ親戚に頼まれていた烏魚子(からすみ)を買いに来たのだ。店のおばさんに出された烏魚子は僕の顔よりでかい! 値段を聞いてみると2600元,約1万円弱である。買う。親猫もいくつか買っていた。パートの大ハマダキ嬢にも天然モノ烏魚子を買うが,380元とかなり安い。この店にはなまこ・鱶鰭や燕の巣といった高級中華料理で使うような食材がたくさんあったので,興味のある人には垂涎モノかもしれない。
 他の店を見てまわってからくまこぐま嬢に会いにグロリアプリンス=ホテルに行く(ここはチップをもらわないことで有名なホテルらしい)。ここで軽く昼食を摂り,彼女らに会い,ホテル=マルヤマに行ったあとマングローブへ。マングローブって,マングローブという樹のことかとずっと思っていたのだが,特別にそういう種類の樹があるわけではなく,海岸沿いの海水と淡水が混じりあう場所に生育する植物もろもろを指すらしい。実家の近所の河辺に生えている葦の林もマングローブというのかと思ったら「熱帯の」という但し書きがつくらしい。
 紅樹林駅に着く。駅を降りるとマングローブ散策コースこちらという看板があった。看板にしたがって歩いていくと,河川敷のようなところに出た。しばらく歩くとマングローブの林が見えてきたが,じめじめとした湿度の高い気候が僕たちの体力を奪っていく。マングローブイコール南国の大自然あふれる水豊かな美しい河を僕たちはカヌーでくだる…などと勝手な幻想を抱いていたのだが,ここは台湾。そんなに甘くはない。広大な淡水河・鬱蒼たるマングローブの大自然,シオマネキ,水鳥が翔ぶ,ここまでは同じ。振り向くと旧淡水線現MRTの路線がびゅんびゅんと走り,「霞ヶ関」なる日本名を持つ高層マンションがひしめいていた。そしてなんといっても,臭い! ここのマングローブはたれ流された生活排水を吸って大きくなっていたのである!
 このマングローブを見て思い出したところがあった。田子の浦である。何年か前,僕は沼津にある超頭の悪い養護学園・沼津北高校(現・誠恵高校)を見に行った帰りに田子の浦に立ち寄ったことがあるのだが,山部赤人も千年後にはこんなババい悪所になりはてているとは思いも寄らないほど汚いことこの下ないところであった。同行の二人は「アマゾンで見たものとちがう」と絶句していたが,これが台湾なんだとあきらめてもらうしかないんだろう。
 百聞は一見に如かずということばがあるが,ここはとにかくすさまじいところで,結局僕は妹に頼まれていたマングローブの黄色い葉っぱを持って帰らなかった。妹は「マングローブの黄色い葉っぱをかじってみたかったのにぃ!」と言っていたが,そんなことをすれば奇病に苦しめられるだろうから絶対にやめたほうがいいと思った。しかし写真だけはきれいに撮れたので,「こんなすんばらしいところに今度行ってみようよ!」などと薦めてやろうと悪魔的なことを考えていたのであった。シオマネキがいた。見学に来ていた学生どもが肥さらいのときに使うような腰まである黒い長靴を履き,立ち入り禁止の区域に入りふんづかまえようとしていた。
 マングローブ見学で親猫以外は精神的にくたびれてしまっていた。駅の自動販売機でハイシーのマンゴーを買って飲む。黒松沙士や有糖烏龍茶などろくでもない飲み物で苦しめられた僕にとってひさびさに当たりだった。日本に帰ったら大自然の素晴らしいところはないと大々的に宣伝してやろうと思いながら淡水へ行く。
 淡水。街は悪くはないのだろうが,「台湾のヴェネチア」などと格好をつけているのだからいらぬ幻想を抱いて泣きを見る人が多い。毎度毎度のことながらこの街は二度と行きたくなくなると幻滅してしまうところである。今回同行のこぐま嬢は中途半端な都会が大っ嫌いらしいが,まさに彼女が嫌いそうなところである。鐵蛋(てつたまご)という硬くて黒っぽさが気持ち悪いものを食べる。黒いゴムでも食べているような奇妙な感じだったのでさっさと飲み込む。中途半端な盛り場を歩く。いろんなものがあったが,どれもこれも安っぽいものばかりだ。またいかがわしい形状のものもあり,こういうものをお土産に買って帰るとセンスが疑われてしまうものも堂々と売られていた。カワニナの屋台もあった。大辣・中辣・小辣などと書かれていたが,泥抜きや煮沸をまともにしていなさそうな代物で,食べると肝ジストマのみならず日本住血吸虫病にでも引き起こし一生を棒に振りそうな毒々しい汚貝だ。写真だけ撮ったが,まったく食指をそそらない。これらの気持ち悪い食べ物を「好吃(おいしいよ)!」なんて言って売りつける輩がいるけれど,誰か注意してやるべきだろう。歩きに歩いたあげくようやくたどり着いた紅毛城はすでに閉まっていた。外から少しは見えるかなと期待したがまったく見えない。もっともどこかの本には「夏に行くと暑苦しく見える」などと書かれていたので見なくてよかったのかもしれない。
 汚水が垂れ流されくさいマングローブ,黒くまずい食べ物,じめじめと暑い鉛色の空,なんともひどい街である。猩々のような人間が僕たちが日本人だと見るや悪質な商貨を日本より高い値段で売りつけようとし,たまにチラシをもらうと「牛糞美術館」などと書かれていたりする。あぁいやだいやだいやだいやだ! 駅に着いた僕たち4人は星巴克(スターバックス)に寄りさっさと台北に戻る。星巴克でマグカップを見たら「店内専用」と漢字で書かれていた。親猫が「これはよさそうだにゃ」という目つきをしていたので1個拝借してきた。彼女らの泊まるプリンス=ホテルに戻り晩餐,かなり豪華なものを食べたような気がする。
 その後,4人して某ゴーゴーバーに寄るが,あからさまに強引な若作りをして若い男をひっかけようとしているキモ中年がいた。日本の発展場とまったく同じである。そしてああいういやらしい中年にはなりたくないものであると自戒してさっさと退散し,夜市でかき氷を食べたあとホテル=マルヤマに戻る。
 疲れ果てていたがホテルの自動販売機でマンゴのHI−Cを買えるだけ買いに行き,部屋に戻りパッキングしてから寝る。

8月8日(木):
 最終日。台湾では父の日,八を「パ」と発音するかららしい。
 早めに朝食を食べてから哈密街の保安宮という道観に行く(道教の宗教施設は寺といわず観という)。ここは医学の神様・保正大帝が祀られているが,もともと泉州の人が信奉していた地域の神様。台湾にはこういった神様が多くかなりややこしいのだが,日本でいう大黒さまとお稲荷さんのちがいぐらいだと思えばよいらしい。真剣にお祈りに来る人が多く、家族がどんな病気で悩んでいるのだろうかと他人事ながら思わず感じ入ってしまうものがある。
 「ドメスティックバイオレンスに悩んでいる人はここで」という看板を見ながら道観を回り,おみくじをひいている中年女性を見る。日本の脂肪太り僧侶が経営する悪徳税逃れ寺社とは異なり,台湾のおみくじは基本的に無料である。日本人観光客は占い横丁で1万円2万円も費やすらしいが,台湾人には占いにそれだけのお金を使うことが信じられない以前に,一生懸命日本語を勉強して彼らからお金をもらおうと考えるようだ。親猫も僕もおみくじを信じない人なので(#僕ははなっから信じていないのに人前では信じている振りをしている),興味なし。
 関羽もまつられていた。左右に関平と周倉をしたがえている。三国志を読むと高圧的な性格で同僚の反感を買い敗死した武将だが,中国でも日本でもなぜか人気が高い神様である。
 隣には孔子廟があったので寄る。老人体操が行われていた。お手本となって体操している女の人が中にいて,その女の人を見ながらオバサンたちが体操している。体操しているオバサンを見て体操しているオバアサンもいて,彼女の体操は女の人のそれとかなりかけはなれた動きだった。台湾栗鼠(タイワンリス)を発見する。尻尾の太い栗鼠で,食パンを一生懸命食べていた。鎌倉ではタイワンリスが増えすぎて電線が切られて大変らしいが,こちらのリスは電線より食パンのほうが大好きらしく,まことにのどかである。写真を撮ろうとすると,オジサンが「アッチニイッタ」と日本語で教えてくれた。
 台湾の動物はそうじておとなしい。台湾では元気はつらつな犬を見たことがないし,猫もニャアニャア鳴かずに黙々としている。南国の気質なのだろうと思っておく。
 その後,くまこぐま嬢のホテルへ行き,迪化街へ行く。彼女らと「新亦勝」へ鱶鰭を求める。1枚約900元弱,気仙沼のものよりずっと安いけれど,鱶鰭ってどうやって食べるんだろうと疑問に思うので訊いてみたら,食べ方を詳しく教えてくれた。布地を買いに行く。彼女らはチャイナドレスをつくるんだそうな。洋裁の出来る人っていいなぁと思う。
 時間。ここで彼女たちとお別れ。僕たちは山竹を買いに行こうとするが結局買えなかった。残念だったので警察署前で写真を撮り,ホテルに戻るが,ズーズー弁のような中国語で話し掛けられて(#四声がまったく消える台湾中国語だった)頭のなかがニャーとなってしまう。
 帰りは免税店に寄らされる。ここで食べた干しマンゴがきわめつけにまずく吐きそうになった。飛行機に乗り日本へ帰国。なんと鞄を開けろと言われてしまう。禁制品を入れているのでかなり焦ってしまう。関西空港から関空快速で大阪まで帰る。大阪駅から家までタクシーに乗るが,雲助の態度が悪かったのでちょっとむかつく。もっとも少しばかりの「世間話」を聞かせてやればコロリと慇懃な態度になる。人によって態度を変えるなよなと言いたくなる。家に帰ってから買ってきたお土産の写真を撮影する。まぁこんなにたくさん買い込んだものだと苦笑して親猫と寝る。親猫は今回の台湾旅行で1.5キロほど体重が増えたらしい。

その後:
 日本。台湾で撮った写真を現像に出した。ふたりあわせて400枚強。ずしりと重いアルバムができた。盂蘭盆に実家へ帰った親猫は僕の写真を母親に見せたらしい。
 閉店間際の阪急大食堂へ女友達とカレーを食べに行った。昭和はじめの荘重なホールのなか、僕たちのはす向かいで恋愛とは何かを語る人たちを見た。必死そしてせつない表情、ふと数年前の自分の姿を見たような気がした。(終)



●8月3日(土) 親猫と京都。
親猫と京都北野白梅町「クリタメガネ」に行き眼鏡を新調しようとするが、親猫の左右視力が極端に異なるというとんでもない事実が発覚し、結局新調できず。嵐電に乗って嵐山に行き、渡月橋をぶらぶら歩く。ハロハロを食べる。夜は桃谷「とさや」でにゃにゃにゃんとする。猫ゲーム。



●8月2日(金) よろこばしい出来事が2つあった。双喜臨門である。
午前出張(出張報告については後日発表)。午後は京都駅「都路里」でパフェを食べてから大学へ出勤する。夜は哥さんと千里中央「陳麻婆豆腐」(成都でいちばん有名な店である)で麻婆豆腐を食べに行く。山椒と「鷹の爪みたいなもの」が一杯入っていて、ソースがどす黒い。激辛!胃が熱い! そのあと絨毯屋に寄るがぱっとしない。ピーちゃんから絨毯の見方を教わっているおかげでツッコミどころ満載の説明だったが(#チベット絨毯と書きながら青海製造だったり、1インチあたりどれだけ編み数があるかが書かれていなかったり)、胃が熱すぎて何もコメントできず。哥さんがアイスクリームでもと薦めてくれたが珍しく断り、第三セクター・北大阪急行を噛ませているために運賃が妙に高い地下鉄御堂筋線に乗って新大阪へ。親猫と会い自宅に戻り、アンドリューのエッグタルトと桃を食べてから猫ゲームをする。

<参考・「陳麻婆豆腐」について>
http://gourmet.suntory.co.jp/m/0668358010.html #今回行った店
Googleによる「陳麻婆豆腐」の検索結果



●8月1日(木) 出張。特に何事もなし。