二〇〇二年ワールドカップも終わって、既に一月以上がたってしまった。別 にサッカーが好きなわけでもないのに今頃サッカーの原稿を書いているのは私くらいだろう。同じタイトルを三回も続けるとういうのは能のない話だが仕方ない。
 たかだか一ヶ月前のことをさっさと忘れてしまっていいのだろうかとも思うが、それもまた仕方ない。さっさと本題に入らないと、同じタイトルを四回続けることにもなってしまう。というわけで、前回の続きである──。

頭を使わなくても頭のいい人間のスポーツ
 その昔私は、ラグビーをこそ「野蛮人のスポーツ」と思っていた。そしてサッカーを「知性ある人のスポーツ」と思っていた。そして、「自分には知性がないから、ラグビーの方が向いている」と思った。なぜそう思ったのかというと、サッカーが手を使わないからである。なんでそんなことを考えていたのかというと、どうも、「手先の器用な人間は頭
がいい」と思っていたからである。
 そんなことを考えていたのは、中学から高校時代の私が、手先の不器用な人間だったからである。だからこそ私は、テニスとか野球の方が、知性を必要とするものと思っていた。なにしろこっちは、小さなボールを手でどうとかする。
 ラグビーのボールはずっと小さくて、「どうとかする」が面倒臭くなったら、抱えひたすらに走ればいい──走って相手を蹴散らせばいい。そうである以上、あんまり「手先の器用」はいらない。ただボールを抱えて相手を突き飛ばす肩の力と、その上体を支える足腰の丈夫さがあればいいと思っていた。つまり、「あまり細かいことを考えなくても大丈夫。だったら自分にも出来るだろう」と思っていたので
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