「映画秘宝」ができるまで
〜C○T、侍ジャイアンツ、蓮實重彦〜

町山智浩インタビュー その2

 「映画秘宝まつり」も無事に終了し、今回はインタビュー後編です。「映画秘宝」という雑誌の成り立ちから、町山氏の批評家としての姿勢まで、じっくりどうぞ。

ヤバイ感じ、不良な感じ、ダメな感じ

−−「映画秘宝」の読者欄ってすごい過激ですよね。面白いけど。あと無職とかフリーターとか多い…

 「映画秘宝」の読者ってなぜか自分がいじめられてると思ってるのが多くて。読者はがきの職業欄に「うるせえ!」って(笑)。あと「聞くなよ」「ほっとけよ」「おまえの知ったことか」とか。

−−雑誌を立ち上げた経緯を伺いたいのですが。まず雑誌を読んだ印象として、エロでグロでバカでモテない…。

 (笑)モテない。

−−なんでこうなったんでしょうか。

 映画を観ることでモテたいって状況があったんですよ。蓮實重彦とか難しい評論読んでゴダールのこととか話してモテようとしてるヤツ。あと岩井○二とか辻仁○とか映画を作ることでモテようとしてるじゃん。そんな動機で映画作るヤツは死ねって言ってるのオレは(一同笑)。

 映画を語ることでモテようとするなよ! スピルバーグが映画を作ることでモテようと思ったか? モテようと思ったら「未知との遭遇」(80年米)なんか作らないよ。タランティーノだってモテようと思ったら「パルプ・フィクション」(94年米)なんて作らない。ゴダールだってモテようと思ってないよ、ただ映画作ることで女優となんかしようと思ってたかもしれないけどね(笑)、それは辻仁○と同じかもしれないけど。別に(映画製作は)カッコいいことでもないオタクなことなのに、映画批評とかでモテたい、偉く思われたいとか、不純な動機で映画を語る雑誌があって、自分が利口になりたい読者がいて、それは何か違うなと思って。

 一番の動機は、オレが子供のころ映画を観るのって悪いことだったんだよ。盛り場や映画館に行くことが禁止されてた。映画って悪いものなんだよ。だって暗いところで観るんだからいいものじゃない。映画観ることなんて誰にも誉められることじゃない、スポーツやってるほうがカッコいいわけだから。それがいつのまにか映画について語るとカッコいいってノリになってきた。オレが子供のころは映画を観るのはダメな人間で、馬鹿にされたり、コソコソして人におおっぴらに言うことじゃなかった。

 だからヤバイ感じ、不良な感じ、ダメな感じを出そうと思ってた。

アンチ、○ッキング○ン

 それと一番頭に来たのはC○Tが出たとき。C○Tって書いてるヤツらが映画について全然詳しくない。今まで映画なんか全然観てこなかったのに、ロック雑誌に就職して映画の原稿書いてるだけ。小中学校のときに映画を観てきてないから、蓄積が何にもない。だから全然元ねたがわからないんだよ。でもなんかカッコつけて、自分の私生活とかと絡めて書いてあるんだけど、「オレは」とか「自分は」とかが批評に入ってくる時点で異常なんだよ。彼らのやってることは上っ面だけで、文体とかノリだけでムーブメントを作ってた。それに対してすごい反発があって。最近も三池崇史とか黒沢清とか取り上げて「日本の映画界は彼らに注目していない」って俺たちがず〜っと昔からやってんじゃん! まあ「映画秘宝」のこと知らないんだと思うけど。

 とにかく映画好きでもないし、今まで観てきてない人間が作ってるのに(雑誌は)売れてた。それに対して「ふざけんじゃねえよ! オレなんかお前らの100億倍くらい観てるぞ! 何にも知らないで書いてるんじゃねえ」っていうのがあって何とかしてやろうと。英語も楽器もできないでロックを語るのと同じ方法論で、映画についても印象批評ばかり。だったらこっちは映画も作ってたし、資料は見てるし、徹底的に調べて全く逆の方法でやろうと思ったの。

「千と千尋−」はバブル批判だった

 宮崎駿の本出したり、一生懸命褒めてる人がいるけどさ「空飛ぶゆうれい船」(69年)も観てないだろうし、宮崎駿語るんだったら「侍ジャイアンツ」(73年・TVアニメ)観てんのか?と。

 「千と千尋の神隠し」(01年)もすごく持ち上げられてるけど、まず10歳の少女に向けて作ったって意味では「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル)と動機は同じだからね。

 カオナシが千尋にお金をあげるじゃない、女の子にお金をあげるってどういう行為なの? あのシーンてみんな何も言わないけど考えてみないのかな。あれって援助交際、売春でしょ? でも誰もそんなこと言わないし書かない。C○Tでもユ○イカでも他の雑誌でも、誰もそのことについて触れてない。あれはどういうことなのか、この映画は一体何を言いたいのか?なんて考えるまでもなく「お金を渡す」って行為がそのまま描かれてるんだから明らかにテーマは「売春」なんだけど誰もそんなこと論じない。一方で新聞やテレビでは「すばらしい」「国民的映画」とか絶賛だけど、少女にお金をあげる映画のどこがすばらしいの!?(笑) 「千と千尋−」ってあれだけ各メディアで論じられたけど誰もカオナシの行為の意味について論じてない。日本の映画評論ってでたらめなんだよ。それについて触れることがまずいって思ってるのか、ただ鈍感なのかわからないけど。

 アメリカでも公開されて評論家とか「お子様を連れてどうぞ」とか言ってる。向こうではお風呂屋さんで売春って制度がないから、アメリカ人は誰も気づいていないんだよ。だから「アニメリカ」って雑誌に書いた「あれは売春の話ですよ」って(笑)。

 この映画は「もし、お父さんとお母さんがバブルなんかで投資に失敗して破産したら、子供が一生懸命働くんだよ」っていう話でしょ。豚になってしまったお父さんの世代が経済的に失敗したために、日本が現在のような社会状態になってしまった。その中で女の子たちは売春するしかなくなってしまった、ということを描いてる映画なんだよ。バブル崩壊後の社会を背負わなきゃならない少女たちへのメッセージではあるんだ。それ自体はすごく評価してるんだよ俺は。でも誰もそんなこと気がついてない。

 なぜ飯を食って豚になるのか。今10歳の少女の親になってる世代は、将来のビジョンもないままバブルを楽しむだけ楽しんだ。その結果、日本の経済はぐちゃぐちゃになっちゃって子供たち、とくに女の子は就職さえも困難な世界になってしまった。そんな中でも一生懸命がんばってねって映画ですよ。

 “千”って源氏名だし、最初に出てきた川の精はいわゆるヨゴレの客で(遊郭に)最初に入ってきた女の子はヨゴレの相手をさせられる。赤いランタンって全世界共通で売春宿の符丁だし。「回春」なんて看板もあったしめちゃめちゃストレートに描いてるんだけど…。あと、千尋がおなか痛くなったりしてたし。なんで誰も触れないのか。ほんとに評論する人が鈍くなってきてる。淀川(長治)さんとか鋭かったんだけどね。あとおすぎも昔「薔薇族」に書いてた批評とか鋭かった、誰も読んでないと思うけど(笑)。

 「映画秘宝」はふざけた感じでやってるんだけど、みんなが言わないことをちゃんと言おうとしてるんです。

マトリックスとトトロ

 今の批評家はみんな映画観ても全然元ねたに気付かない。例えば「モンスターズ・インク」(01年米)のネタは「となりのトトロ」(88年)。あの映画の製作者はずっとジブリに行ってるんだから。女の子が泣くところとか体にしがみ付くところなんてそっくりなのに誰も「トトロですね」とは言わない。批評家って何を見てるのか。

 「ロード・トゥ・パーディション」(02年)は「子連れ狼」。この映画の原作はアメリカの漫画なんだけど、その漫画の冒頭に小池一夫(「子連れ狼」の原作者)の言葉が引用されてる。「冥府魔道」を直訳したのが「ロード・トゥ・バーディション」なんだけど。

 「マトリックス」(99年米)だって、そもそも「マトリックス」ってどういう意味なのって誰も考えないの? あれはボードリヤール(フランスの社会学者)の『シミュラークルとシミュレーション』って本をそのまま引用してる。映画の中でキアヌ・リーブスがZIPディスクかなんかを隠すシーンでこの本が使われてるんだよ。だから「マトリックス」論じるときにはボードリヤールから論じなければならないのに日本もアメリカの映画批評家一人もやってない。

「映画宝庫」とペキンパー

−−「映画秘宝」を作る上で影響を受けた雑誌ってあったんでしょうか?

 「映画宝庫」(芳賀書店)って雑誌があったんですよ。石上三登志、筈見有弘、増淵健って人がやってて。ひとつの映画って背景に過去に何本もの映画があってそれの集積として出来てくるもので、その雑誌はある作品について、過去にまで遡って徹底的にやる。すごく詳しかったんですよ。それを現代に蘇らせようっていうのがありました。

 あと蓮實重彦は昔好きだったんですよ。「映画芸術」って雑誌がベストテン・ワーストテンっていうのをやってたんですけど蓮實さんずっと書いてて、原稿がメチャクチャなの(笑)。ギャグ、ギャグ、ギャグの連続でお笑い原稿。そのころは面白かったんですよ、あの人。蓮實さんが評価する映画も芸術映画なんかなくて「ジャグラー/ニューヨーク25時」(80年米)「続・激突カージャック」(73年米)「戦争のはらわた」(75年米)とかそんなんばっか誉めてて、映画の趣味がメッチャクチャよかったんですよ。B級アクションばっか(笑)。そのころ彼が褒めた映画みんな見てたんです、「ビッグ・バッド・ママ」(74年)とか。

 いつのまにかそういう映画をあの人観なくなってね。その(B級の紹介)係がいないから僕たちがやるって感じですね。

−−映画評論家として影響を受けたというと。

 影響っていうか、川本三郎さんと石上三登志さん、双葉十三郎さん、増淵健さん、当時の蓮實重彦、あと山田(宏一)さん。彼らはすごかったんですよ。(サム・)ペキンパーって監督が出てきたときに、残酷な西部劇で、血みどろで、女の人をメチャクチャに扱うし−アメリカでも日本でも評論家のほとんどにボロカスに叩かれた。でもさっきのメンバーだけは「スゴイ!」って褒めてた。ペキンパーって今、巨匠でしょ。

 過激だったり、それまでの枠組みから外れた映画が出てきたときに、それを褒められなくて怯えて逃げる人や、批判する人って絶対その後で失敗するんですよ。(自分で下していたはずの)評価が絶対変わるから。そういうときにいち早く「スゴイ!」って言った人を僕は、その後もずっと信用する。このメンバーはペキンパーもそうだし、スピルバーグが出てきたときも「続・激突カージャック」(73年米)って大コケした映画なんですけど、彼らはメチャメチャ褒めてる。そういうことができなくて評価が高まってから褒める人は絶対に信用できないし、過激な表現とか異常なものが出てきたときにそれに対して拒否反応を示すのは評論家としては全くダメ

 宮崎駿もこんなに有名になってからみんな褒めてるけど、オレは「空飛ぶゆうれい船」(69年)のころからスゲエって言ってるんで、今さらお前ら何言ってんのって思うんです。「空飛ぶゆうれい船」ってものすごい映画なんですよ。僕が小学校1年くらいのときに「東映まんがまつり」で観たんだけど、人は死ぬし、自衛隊は出てくるしでメッセージの強烈な作品で「これを作ったやつは<クレイジー>だ〜」と幼心に思ってたら宮崎駿だった。今でもビデオで出てますが、今観てもスゴイですよ。これ観てからコーラ飲めなくなって、ずっと飲んでないですよ。トラウマ(笑)。

 こういうの観ないで宮崎駿褒めてるのはインチキだな〜って思うんですよね。あと「侍ジャイアンツ」もね(笑)。

 この後も、ハリウッド映画システムの問題点から、膠着した日本の社会などなど、さまざまな話は尽きることなく続くのですが、「映画秘宝」という雑誌の成り立ちから、町山智浩という映画評論家の立脚点までで、このインタビュー記事は終了させていただきます。

 最後になりましたが町山智浩著「<映画の見方>がわかる本」を2名さまにプレゼント。ここまでの長文に付き合ってくださった方なら持ってると思いますが、貴重なサイン本です。どしどしご応募下さい。あて先はvideo@zakzak.co.jp。表題に「秘宝」プレゼントと入れてください。あ、住所、氏名、年齢、職業(うるせえとか言わずに)、もお忘れなく。熱い一言なんか入れてもらえるとうれしいです。※締め切りました

町山智浩(まちやま・ともひろ)
 1962(昭和37)年東京生まれ。早稲田大学法学部卒業。学生時代より出版活動に携わり大学卒業後、JICC出版(現・宝島社)入社。「月刊宝島」「別冊宝島」「宝島30」編集部に在籍。「映画宝島」を企画編集。書籍では「異人たちのハリウッド」「地獄のハリウッド」「怪獣学入門」4冊を刊行。またこの時期、特殊翻訳家の柳下毅一郎と映画漫才ユニット”ファビュラス・バーカー・ボーイズ”を結成。  95(平成7)年に洋泉社に移籍。「映画宝島」を発展させた形で「映画秘宝」を創刊。 その後渡米、現在サンフランシスコ在住。ハリウッド映画にインディーズ映画の発掘、TV事情までを報道するジャーナリストとして活躍中。  主な著書は「ファビュラス・バーカー・ボーイズの地獄のアメリカ観光」「ファビュラス・バーカー・ボーイズの映画欠席裁判」(柳下毅一郎との共著)「アメリカ横断TVガイド」「<映画の見方>がわかる本」(いずれも洋泉社刊行)。

(取材:斉藤葉子、菊池真一郎 協力:ジャンクハンター吉田)