人間に右手と左手があるように、分子の世界にも右型と左型があり、これを化学用語では「キラル(左右非対称)」と呼んでいます。分子の右型と左型は、電子顕微鏡で観察しても小さすぎてわからないのですが、特別な光を用いると簡単に識別することができます。
光には進行方向があり、進行方向に対して垂直に電場と磁場が振動しています。そこに「偏光板」という板を挿入すると、光を特定の面の中だけで振動する「偏光」に変えることができます。
2つの偏光板を直角に組み合わせて、2番目の板が回転するような仕組みをつくり、その間に右型の化合物と左型の化合物を置くと、偏光面を回転する方向がまったく逆を示します。右に回転する性質を右旋性(dextrorotatory)、左に回転する性質を左旋性(Iaevoro‐tatory)と言います(図1)。
分子の世界の右と左は、実は立体的な原子の配列に関係しています。このことに初めて気づいたのが、パスツールです。パスツールはワイン工場の樽の底から「酒石酸」を取り出し、水に溶かして偏光面の回転を観る機械にかけると、偏光面を右に回転することを発見しました。ところが、酒石酸と同数・同種の原子をもつ「ブドウ酸」は、まったく回転しなかった。
そこで、ブドウ酸の結晶は靴下のように左右対称であると考えて、実験室でブドウ酸の結晶をつくってみると、予想に反して靴のように右型と左型の結晶が同じ数だけ入っていました。
その後、スカッチがパスツールの実験を追試したところ、結晶は靴下のように左右対称になっていました。果たして、パスツールの実験は間違っていたのでしょうか?実は、酒石酸分子のナトリウム・アンモニウム塩は、温度が27。C以上ではスカッチのように左右対称な結晶になり、27℃以下ではパスツールのように右型の分子と左型の分子がそれぞれ結晶をつくるのです。
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