POCKETMONSTERS ; The animation
Vol. 2 仲間 Nakama (The Pal) P171-177

EP TOP POCKETMONSTERS ; The animation
三章のふろく ……タケシのポケモン日記より……
Supplement of Chapter 3. ---Extracts from Takeshi's "Pokemon diary" ---
Written by Shudou Takeshi Translated by ITOMARU
Japanese English
……タケシのポケモン日記より……

×月×日
 私がサトシというポケモントレーナー志望者と旅を共にすることにしたのは、一匹でも多くのポケモンと出会い、様々なポケモンの生態と育て方を知りたいからである。
 だが、いまのところ、サトシの未熟さのせいか、目新しいポケモンに出会えてはいない。
 出会えたといえば、それぞれの街にいるジュンサーさんやジョーイさんだが、この人達は、誰もが素晴らしいし、美しい。生態も謎が多く、育て方はおろか、おつきあいの方法もわからない。話しかけるには、「お茶を飲みませんか」というのが効果的だと、「チャート式職業別 おつきあい作法」という参考書に書いてあった。だが、なにぶん硬い石と岩の古い街、ニビシティの古本屋で見つけた参考書なので、いつの時代のジョーイさんやジュンサーさんに通用したのか……ときどき疑問に思う事もある。
 残念ながらその参考書は表紙と裏表紙が破れていて、出版された年月日がわからないのだ。
 だが、いずれにしろジョーイさんもジュンサーさんも、ポケモンではなく人間である。
 このポケモン日記に書くべきことではないと、ときどき、反省しているのだが、ともかくポケモンについては書くことがあまりないので……つい書いてしまうのだ。

(以下……さまざまな街のジョーイやジュンサーのみならず、ロケット団以外の十歳以上の女性なら誰のことでも書かれているが……内容は、ほとんど変わりばえがない。出会いがあって……いろいろあるにはあるが…結局、お別れをして……感想は女性が年下ならば**年後が楽しみだ……。年上ならば、**年前に会いたかった……。**は、タケシと出会った女性との歳の差が書かれている。どうやら、タケシとしては、ニビシティに残した弟や妹の母親の役目をしてくれる女性を探しているつもりらしいのだが、そんな気持ちで女性とおつきあいしようとする限り、お別れ以外の結果は望めないだろう。したがって、タケシの日記に書かれている、人間の女性についての記録は、今後、その記載を避けることにする)

×月×日
 ……というわけで、今日もこれといったポケモンには出会えなかった。こうなったら、身近なポケモンを観察するしかない。で、周りを見れば、意外なことに、かなり珍しいポケモンが、すぐそばにいることに気がついた。それは、ほかならぬサトシのピカチュウである。ピカチュウが珍しいわけではない。ペット用ポケモンとしては、いつも人気のベスト3に入っているし、実用ポケモンとしても、電池代わり、自家発電用としてよく使われている。当然、その生態も知り尽くされているかに見え、最近の手抜きな辞典には、「ピカチュウ……ねずみポケモン……電気を出す、おなじみのポケモン」としか書かれていないものもある。だが、よく考えてみると、我々の知っているピカチュウは、人間に飼いならされたピカチュウであり、野生のピカチュウについては、ほとんどわかっていないことに気がつくのである。
 よく考えてみよう。我々は、本当に野生のピカチュウに会ったことがあるのだろうか?
 もちろん、ポケモンレッドデータブック(絶滅しかけているポケモンを発表している本)に、ピカチュウの名前はない。
 ポケモントレーナーの中には、野生のピカチュウをゲットして持っている人も多い。
 だが、そのピカチュウは本当に野生のピカチュウだったのだろうか。
 昔、人間に飼われていて逃げ出したピカチュウは少なくないだろう。捨てられたピカチュウもいるはずだ。それが、町中にいればドブピカチュウだが、野原や山や森の中にいて、繁殖して増えたものを我々はなんと呼べばいいのだろうか。もしかしたら、それを、我々は野生のピカチュウと呼んでいるのではないのだろうか。
 たとえば、昔、イヌという動物がいた。その起源はオオカミという動物が人間に飼われるようになってイヌになったといわれている。
 そんなイヌが、人間の手を離れて野生化したものを野犬というそうだ。

 野犬はイヌである。野犬は野生に戻ったからといってオオカミではない。
 我々が、日常、野生のピカチュウと呼んでいるのは、もしかしたら、野犬になったイヌのようなものではないのか?
 本当の意味のピカチュウ。イヌにおけるオオカミのような、野生のピカチュウは、ほかにいるのではないか。
 わたしは、そんな気がしてならない。
 そして、今、そんな野生のピカチュウは絶滅しかけているのか?それとも、絶滅してしまったのか……
 そういえば、古本屋で立ち読みした昔のポケモン図鑑には(今、手元にはないが)、ピカチュウのことを数が少なく、なかなか見つからない……と書かれていた覚えがある。
 わたしは子供心に、こんなに有名でみんなが知っているピカチュウが、どうして珍しいポケモンなのだろう?と不思議に思ったことがあるのだ。
 辞書と図鑑は新しいものほど正確だというが、最近の図鑑による「おなじみのポケモン」という表現とは、あまりに違いすぎる気がする。
 じつは、こんな疑問をもったのも、サトシのピカチュウを見ているからである。

 サトシのピカチュウは、我々の知っているピカチュウとは明らかに違う点がある。
 まず、モンスターボールに入りたがらない。もっとも、我々は、普通ポケモンがモンスターボールに入るものと思いこんでいるが、入るというのと入りたがるというのは少し違うのである。
 我々は、ポケモンは、モンスターボールに入りたがる生き物だと思っているから、入りたがらないという表現をする。
 だが、サトシのピカチュウは、どうやら入りたがらないのではなく、入るのが嫌いなのだ。
 これは、もしかしたら、ピカチュウのみならず、ポケモン全体としても、めったにないことだと思う。
 しかも、サトシのピカチュウは、ほとんど、サトシのいうことを聞かない。
 サトシがいくら未熟だとしても、サトシのピカチュウの飼い主に従わない度合いは、並ではない。異常といってもいい。
 普通、人間に飼われているのに飼い主のいうことを聞かない生き物を、我々は頭が悪いと呼ぶ。
 しかし、サトシのピカチュウは、どう見ても、頭が悪いとは思えない。私から見れば、飼い主のサトシより、よほど頭がいい。
 わたしのイワークがジム戦で負けたのも、サトシの力ではなくピカチュウの創意工夫だとしか思えない。
 そして、特筆すべき点は、ポケモン同士の戦いの際のピカチュウである。
 普通ポケモンは、飼い主に従って戦う。命令以上のことはしないし、それ以下のこともしない。
 しかし、サトシのピカチュウは、サトシ以上に挑戦的なときがある。

 かと思えば、まるでやる気のないときもある。
 相手と戦う、戦わないは、どうやら、サトシのピカチュウ自身に判断の基準があるようなのだ。
 と、なると、ポケモン愛護団体からポケモン戦に対して、しょっちゅう注意をされる……自分はなにもしないでかわいいペットを戦わせて喜んでいるのは残酷である……という批難も、サトシのピカチュウに関しては、例外ということになってしまう。
 サトシのピカチュウは、飼い主の命令に関係なく、戦うときは戦い、戦いたくないときは、戦わないのだ。
 さらに、不思議なことは、飼い主のいうことが聞きたくないのなら、または飼い主が嫌いなら、サトシを捨てて逃げればいいのに、サトシのピカチュウは、それもしない。
 ようするに、今のところ、サトシは、ピカチュウを自分のポケモンと思っているらしいが、ピカチュウ自身は、とりあえずいっしょにいるという感じでしかなさそうだ。
 これらは、普通のピカチュウにはない特徴だ。
 普通のピカチュウは愛嬌があるといわれている。確かに、姿かたちはかわいいが、それ以上に、ピカチュウというポケモン自体が、人間にかわいがられようとして、ゴマをすっているような感じがなきにしもあらずだ。
 いわゆる、人間に愛嬌をふりまいている。
 だが、サトシのピカチュウは、そういう意味での愛嬌はまったくない。
 ともかく、サトシのピカチュウは普通のピカチュウとは違うところが多い。

 そこで、わたしはふと思うのだ。
 もしかしたら、本来のピカチュウとは、サトシのピカチュウようなポケモンだったのではないか……と……。
 そこで、さっきの野生のピカチュウのことである。
 もしかしたら、サトシのピカチュウの特徴は、本来の野生のピカチュウが持っていたものではないか……
 わたしのいう野生のピカチュウは、実際にいるかどうかはわからない、幻の野生のピカチュウにすぎない。
 でも、それが、今、目の前にいるサトシのピカチュウの中にあるとしたら、わたしは、日常の中で、幻のポケモンを見ていることになる。
 今、幻のポケモンと呼ばれるポケモンの名は、いくつもある。
 人々は、幻のポケモンを追いかけている。
 でも、身の回りにいるポケモンの中に、幻のポケモンがいるとしたら、こんなに楽しいことはない。
 わたしの日記には、だったら……とか、もしかしたら……とかいう言葉が多い。
 わたしは、その言葉を、減らしたい。
 サトシのピカチュウに対しては、そんな気持ちで、ずーっと観察を続けるつもりだ。

注意…タケシは、普通の会話のとき、「自分」という表現を使いたがる。しかし、さすがに日記にまでは「自分」という言葉を使っていない。
 とはいえ、「わたし」という表現も、タケシにとってはめったに使わない言葉である。
 タケシにしては、ていねいな言葉すぎる気もするが、もしかしたら、この日記は、人に読まれることを意識した文章なのかもしれない。

---Extracts from Takeshi's "Pokemon diary" ---

*/*/****
The reason why I concluded that I go on a journey with a candidate for pokemontrainer who named Satoshi is because I want to meet more pokemons, and I want to know diverse pokemons' ecology and how to breed them.
However, I couldn't meet a novel pokemon so far [probably] because Satoshi is an inexperienced pokemontrainer.
The 'creatures' whom I could meet by now are Junsar(s) and Joh-i(s) who are in each town. All of them are wonderful and beautiful. There are many mysteries in their ecology, I don't know how to breed, let alone how to keep company. I read in a study-aid book entitled 'Diagramed by Occupation/The Manners of the Company' that The most effective method to start a conversation with them is "Shall we go to a tearoom?". But it was the study-aid book sold in the secondhand bookstore in Nibi City, the old town of hard stones and rocks. Therefore, I often think, ---"Which century did the method had effect to them in?".
Unfortunately, because the study-aid book's cover and back cover were torn, I can't know the issue date of the book.
Anyhow, Joh-i(s) and Junsar(s) are not pokemons but human beings.
Though I sometimes reflect that I shouldn't write topics about them in this Pokemon Diary, I write it carelessly because I have no topics about pokemon.
( In the following pages--- it was being written about not only Joh-i(s) and Junsar(s) of the various cities but also all the women who are 10 years old and over except for the Rocket-dan member.---But, the story is much of a muchness. An encounter--- a conventional melodrama unfolded itself--- in the end she said good-bye---. His impressions were, if she was younger than he, "I look forward to meeting her after ** years. ". ---If she was older than he, "Why didn't I get to know her ** years ago? "---. ** is the difference in age with Takeshi and the woman. I think Takeshi wants the woman who will act for the mother of his younger brother's and younger sister's still staying in Nibi City. Unless he changes his attitude, he won't be able to get an ending except "good-bye". Accordingly, I won't quote the record about the human women whom it is being written to in Takeshi's diary from now on.)

*/*/****
---That's why I couldn't meet a pokemon worth mentioning today either. I have no option but to observe familiar pokemon. Then, I noticed that a rare pokemon was by the side of me unexpectedly. It is simply that Satoshi's Pikachu. I don't mean that a Pikachu is rare. Pikachu always got a place in popularity vote of pet pokemons, and they make themselves useful as a battery or a dynamo. We take it for granted that the ecology is known thoroughly, by the latest pocket dictionary, the definition is "Pikachu mouse pokemon. The familiar pokemon which generates electricity." --- only this. However, I reconsidered about Pikachu, our familiar Pikachues are tame Pikachues. When it tries to think well. I noticed we are in complete ignorance of wild Pikachues' ecology.
Consider it. Have we really seen wild Pikachues?
Of course, there is no mention of Pikachu in 'Pokemon Red Date Book(The book of the endangered pokemons)'.
A good many pokemon trainers got a wild Pikachu and carrying it.
However, was the Pikachu really "wild" Pikachu?
I think there are many Pikachues which were kept by human beings and which ran away. There are many deserted Pikachues too. If they are in the downtown, they are called brown Pikachu. But if they are in the field or on the mountain or in the woods and they bred, what should we call them? Possibly, aren't we calling them 'wild Pikachues'?
For example, there were animals called 'dog' long ago. I hear dogs were domesticated wolfs.
The dogs which left the keeper and which they grew wild in were called stray dogs.
A stray dog is a dog. Stray dogs are never called wolfs even if they grow wild.
Possibly isn't the pokemon which we are calling Pikachu a being like the dog which became a stray dog?
Pikachu in the true sense.
Perhaps the wild Pikachu like a wolf for a dog will be found.
I can't help thinking that way.
And now, are the 'wild Pikachues' on the way to extinction? Or, have they already died out---?
Well, I remember an old Pokemon guide which was browsed in a secondhand bookstore (I haven't got the book by me now) said that Pikachu is rare and it isn't able to meet easily.
Mere child as I was, I wondered why well-known Pikachu is called rare pokemon.
They say a latest dictionary or a latest illustrated reference book has more accurate contents. But the explanation is too different from the expression of "a familiar pokemon" by the latest pocket dictionary.
So I have such a doubt because I see of Satoshi's Pikachu in daily life.
Satoshi's Pikachu has some distinct points of difference from Pikachu which we know.
First, It doesn't want to go into a monsterball. Though we are convinced that pokemons go into a monsterball, but "go into" differs from "want to go into".
Because we have preconceptions that pokemons are the creatures who want to go into a monsterball, we say "It doesn't want to go into a monsterball.".
However, I guess Satoshi's Pikachu doesn't want to go into a monsterball, rather than he hates to go into a monsterball.
I think such nature is rare not only for Pikachu but also for all pokemons.
And furthermore, Satoshi's Pikachu hardly obeys Satoshi.
Pikachu's disobedience is excessive, however Satoshi is a too inexperienced trainer. It's unusual, I think.
`Dull' is the common word to describe A creature what doesn't obey the owner's orders though it is kept by a human being.
However, as far as I judge Satoshi's Pikachu isn't dull. He is smarter than his trainer Satoshi, I think.
I think my Iwark's defeat chiefly caused not by Satoshi's capability but by Pikachu's ingenuity.
And it is worth special mentioning when Pikachu fights a battle with other pokemon.
A pokemon usually fights in accordance with the trainer's directions. It never does an action superior to the directions, but it is never doing an action inferior to the directions.
But, sometimes Satoshi's Pikachu is bellicose more than Satoshi, and sometimes he is passive.
Fight or doesn't fight, it is presumably decided by Satoshi's Pikachu.
The Society for the Prevention of Cruelty to Pokemons criticized Pokemon Battle for "it is cruelty that darling pet is treated like a gladiator", but I must say Satoshi's Pikachu is exception to their criticism.
Satoshi's Pikachu fights when he wants to fight, he doesn't fight when he doesn't want to fight independent of his trainer's directions.
And strangely enough, why doesn't Satoshi's Pikachu run away from Satoshi if he doesn't want to obey to his trainer's directions or if he hates his trainer?
The upshot is that Satoshi regard Pikachu as his pokemon but I must say Pikachu stands by him so far from caprice.
These are the characteristics which are not in common Pikachu.
They say that Pikachues are charming pokemon. Indeed they have a charming figure, but I feel Pikachues flatter a human to win their favor.
Frankly, they make themselves pleasant to everybody.
However Satoshi's Pikachu hasn't the charm in such meaning.
Anyhow, there are many differences from common Pikachues in Satoshi's Pikachu.
So I think that natural Pikachu was possibly like Satoshi's Pikachu---?
So I consider again the wild Pikachu.
Possibly, Satoshi's Pikachu has the same peculiarity as the "original" wild Pikachues---
The "original" wild Pikachu which I say is only a phantom.
But if Satoshi's Pikachu now in my presence has the essence of it, I'm watching a phantom pokemon in the daily life.
Several pokemons are called phantom pokemon today.
Many people pursue phantom pokemons.
But it will be the greatest pleasure if a phantom pokemon is in our familiar pokemons.
In this diary, I often used the words of "possibly " and "probably".
I want to reduce those words.
I will continue observation of Satoshi's Pikachu with such intention.


NOTE: Takeshi likes using the first person "jibun" usually. But, even he isn't using "jibun" in his diary.
Though, "watashi" is the first person which is seldom used by Takeshi.
I think it is too polite language for Takeshi. Possibly, this diary may have been written presupposing that it will be read by someone.
ITOMARU's NOTE : "Jibun (one)" is the very formal first person which a soldier and a policeman use. It isn't a colloquial expression but Takeshi uses "jibun" for a stranger.
He uses the informal manly first person "ore" when he speaks to Satoshi and Kasumi.
"Watashi" is a unisex polite first person.
EP TOP POCKETMONSTERS ; The animation