They live a cat-and-dog life.

kaz(P3pro).
kaz-a@po7.lunartecs.ne.jp

 むかつく。いらいらする。腹立たしい。イヤ。見たくもない。

 アレはここには存在しない。目の錯覚かつ幻聴。

 とにかくアタシのカンに触る。だからアタシはそいつの存在を無視することにした。いないモノと考えることにした。

 だけど……ため息ついてもイイかなぁ。

 アタシが何故ため息つきたい気分なのか、それは多分同居人のせい。

 ここでちょっと断っておくけど、もう一人の同居人は今キッチンで何か――多分明日の朝食とお弁当の準備――をしているはずだし、無能な保護者は今日も仕事場にお泊まりと言い訳しつつ、何処かで飲んだくれてるのは間違いない。

 つまり、アタシのため息の原因は3人目の同居人のせい。同居人の名は旧姓綾波レイこと碇レイ。絶対アタシと相容れない存在。

 だけど……

「何でここじゃなきゃいけないワケぇ」

「たかだか二週間じゃない。一人でも生きていけるわよ」

「ふつーそういうことは事前に話し合うべき事じゃない!」

「勝手に決めないでよねぇ!!」

「納得いかない!!!」

「アタシ絶対イ・ヤ!!!!」

 アイツとの同居は唐突に決まった。

 発端は伊吹マヤ二尉への二週間の出張命令。

 アタシにとって大問題なのは、マヤのところで生活をしていたファーストが明日から二週間一人暮らしをするというだけの事が、馬鹿なおばんがちょっと気まぐれをおこして、ちょっとお節介をやいて、ちょっと勝手に段取りを決めて、ちょっと走り回ったその結果がこの深刻な事態となったって事。

 くそぉ、なにが家族なんだから大切なことは話し合って決めましょうよ。一人で決めて一人でかき回してぇ、だ・か・らあれは保護者失格なの、断言してやる。

 ちなみに本件に対してもう一人の同居人は……考えたくもない。

 アタシが正論をこの事態を招いた名目上の保護者に対して叩き付けている間、おろおろとアタシとミサトの顔色をうかがっているだけだったのに、最後の最後で、

「ぼ、僕は、かまいませんけど」

「じゃ、アスカ、そういうことで」

 ……ウラギリモノぉ!!

 2対1。多数の横暴。民主主義の基本は少数者への配慮を忘れないことではなかったのだろうか?

 赤い旗を振りながら革命をなんて100年ほど時代遅れなことを考えているアタシ。頭の中では天秤がゆらゆら揺れる。

 右の皿には最終兵器”出ていく!!”宣言。

 左の皿には三食昼寝に召使い付きの優雅な生活。ただし無粋な同居人が二週間滞在。

 考えるまでもない。

「わかったわよ、二週間、二週間なら我慢してあげるわ」

 今にして思えば、これがすべての間違いの始まりだったのよ。

***

 日曜日、葛城邸。

「アスカ、爪かむのやめた方が、それに」

 うるさい、裏切り者のくせに偉そうな口をたたくな!

 アタシは声のした方をにらみつける。

 そりゃあんたはいいわよねぇ。義理の妹とはいえファーストだものねぇ。だけどアタシはこれからアイツと同じ空気を吸って、同じものを食べて、同じ部屋で寝て起きて着替えて、顔をつきあわせて暮らさなきゃならないのよ!

 我慢、我慢よアスカ。二週間、14日、336時間、2,0160分、120,9600秒。うう、長い!!

「ただいまぁ」

 帰ってくるなぁミサトぉ。事故って二人一緒に入院しろ。

「ミサトさんお帰りなさい」

「うん、ただいま。さぁ、レィ。教えたとおりにね」

「はい……ただいま」

「お、お、おか……」

「ん? どったのシンちゃん。アスカ! あんたもお約束でしょ」

 お約束ね、ふん。

 ん? へんだな、なぜあの馬鹿は口ごもったんだ?

 アタシはちょっとだけ頭を横に動かして、視線を玄関に向けた。

 大爆笑。

 だって、だって、ファーストが、あのファーストが、制服とプラグスーツ以外の姿を見せたことのないファーストが、こともあろうに、この暑いさなかに、暑苦しいとしか表現のしようがない、リボンとピンタック、そして恐ろしいことにピコフリルと呼称されるフリルに更に小さいフリルが山のように付く独特の、俗にふりふり系ともカネコ系とも称されるファッションで玄関に立っていたんだもの。これが笑わずにいられるかよ。そのときの写真がないのがホントに残念だわ。

 その後アタシがミサトに昼食抜きの刑を食らったことは絶対忘れてやらないから!!

「いいこと、これは絶対壊れることのないジェリコの壁。一歩でもこっちに踏み込んできたらわかってるわね」

 アタシはちょこんと座り込んで本を読んでるファーストに対して、十畳の部屋を半分に仕切るカーテンを指さして宣言。以前似たようなことやった覚えがあるけど、それはそれ、これはこれ。

 思いっきりカーテンを引っ張ると、そのままベットに倒れ込む。おなか空いたなぁ。枕元の時計を見る。午後2時41分。日曜日の午後だし遊びに行こうか、でもちょっと出かけるには半端な時間。

「ちょっと、いい」

 アイツの声がした。

「なに?」

 カーテン越しに声を返す。

「私のこと、嫌い?」

 当然じゃない。

「嫌いよ!」

「よかった。私も貴女のこと嫌いだから」

 むっかぁ。頭に血が逆流していくのが自分でもわかる。

「ちょっと、いい」

 しばらくして再び神経を逆なでする声。

「なによ」

「なぜ笑ったの?」

 へこませてやる。

 アタシはカーテンを開けるとベッドに腰掛け、頬杖をつきながら、一つ質問。

「その服マヤの趣味?」

「違うわ、私が買ったの」

 ふ〜んそう、だったら、

「思いっきり趣味悪いからに決まってるじゃん!」

 アタシは立ち上がると、指さして言ってやった。

「……そう」

 ちょっとだけ語尻が上がったような、もしかして、動揺してるのかなぁ。

「でもそれは貴女の趣味にあわないというだけだわ。それに」

 それに?

「貴女の趣味が悪いという可能性がある限り、私の趣味が良くないことにはならないもの。葛城広報担当部長は私の服装を”かわいい”、”にあってる”と評価したことも付け加えておくわ」

 このアマぁ、今なんと言ったぁ! この、このアタシの趣味が悪いだとぉ!!

「だったらそう思えば! ただ……」

 こん身の一撃、発射。

「シンジはアンタを見て口ごもったわよ!」

 アタシはカーテンを閉め、再びベッドに転がった。顔がほころぶ。勝ったぁ。これで主導権はアタシのもの。

 ファッション雑誌を広げて今月の流行をチェック。さっきはやりすぎたかなぁなんて、これっぽっちも思ってない。さすがに嗚咽でも聞こえてくればちょっとは良心の呵責ってものがあるかもしれないけど。

「ちょっと、いい」

 今度は何だぁ?

「碇ううん、お兄ちゃんがホットケーキ焼いたって」

 ラッキー! 馬鹿シンジにしては気がキクじゃん!

 ベッドから飛び出しカーテンを開ける。ええい、リビングへダッシュだぁ。

「駄目、貴女は駄目よ」

 ドアの向こうから頭を出してアイツが言った。

「そのカーテンは絶対壊れることのないジェリコの壁。私がそれを越えないかわりに貴女もそれを越えてはならない。貴女が決めたのだからきちんと守って」

 ……このアタシが、アイツに貸しを作るとは、一生の不覚。

***

 月曜日、朝。

 信号は赤。予告灯は後半分。現在、8時3分。思わずその場で足踏みしたくなる衝動を押さえる。

「おはよう、アスカ。あんたも? 珍しいじゃん」

 げ、万年遅刻娘の霧島マナ!

「あれ、シンちゃんは? 一緒じゃないの」

 信号が変わる。ダッシュ! なりふりかまっていられない。

「ちょっと、なんか言ってよ。感じ悪いぞ!」

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさぁああああい。

「後5分、話はその後」

「大丈夫だって、豊富な経験からだと次の信号に引っかからなきゃ」

 無情にも赤。

「たははははは、遅刻だねこりゃ」

 アタシは無言で、マナの尻に蹴りを入れた。

 放課後。喫茶店 Sugar Bomb!

「アスカ、やっぱり?」

 ここのプリン・ア・ラ・モードは絶品なんだから、食べ終わるまで待ってよね。

 声にあわせたみたいに顔を上げるアタシ。

「そういうことに?」

「なったのでしょうか?」

 ヒカリにマナにマユミの6つの目。なぜにアタシがまな板の鯉状態?

「そういうことってなによ」

「とぼけてますね」

「そのようですけど、演技でしょうか、それとも単なる照れ隠しなのでしょうか」

「やはり照れ隠しじゃない」

「そうでしょうか? 私は人目もはばからずにいちゃいちゃ路線だと推測していたのですけど」

「人目なんて今までも気にしていなかったじゃん。それがさぁ今日に限って妙に距離おいてるとこがね」

 なんだかマナとマユミは二人して盛り上がってやがる。正面に座るヒカリは……ありゃ、こいつも変だ。なにが何で何とやら。

「あ〜あ、先越されちゃった。一番ねらっていたのになぁ」

「マナさんには無理です。相手が必要なことを忘れていませんか」

「だったらマユミだって無理じゃん。ヒカリは悔しくないわけ、アスカに先越されちゃってさ」

「私は……別に……そんなこと」

「いいかげんにしてよね、放課後話があるって連れ出しときながらぁ、話ってなによ、話って」

 目を伏せる三人。

 斜め前のマナがヒカリを肘でつつく。え、でも、とか、つきあい一番長いんでしょう、とか、いろいろ聞こえてくる。マナらしくないなぁ。話があるならストレートに始めるタイプなのに、歯切れが悪い。ところでヒカリ、なぜに頬を赤く染める。なぜに目を潤ませる。

 前の二人を無視。横に座るマユミに視線をロックオン!

「話ってなあに?」

 どこから取り出したのか、文庫本を開いて顔を隠す。眼鏡の中の黒い瞳は必死になってアタシの視線から逃げ回る。

 沈黙。

「わかったわかった。私が代表して聞くから。アスカちょっと」

 マナが議長宣言。

 テーブルから載りだしてくるマナ。アタシもついついつられてしまう。

「あのさぁアスカ、昨日ね」

 昨日? げ、思い出したくもない。しかしアイツとのことをなぜこいつらが知ってるのだ?

「シンちゃんとやっちゃったの?」

 は……??

「DAKARA、シンちゃんを押し倒したの?」

 へ……!?

「それとも押し倒されたわけぇ」

 ……!!

「痛かった?」

 こ、こいつらぁ、友達やめるぞ。こらぁ!

「勘弁、勘弁、勘弁」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「お願い、機嫌なおして」

 目の前に並ぶチーズケーキとイチゴタルトとアップルパイ。ほかにも何か見えるけど無視。

「だってさぁ、アスカとシンちゃんいつもと違ってぇ」

「妙に何かよそよそしい感じでしたから」

「霧島さんがアレは絶対間違いないって、わ、私はそんなことないって言い張ったんだけど」

「ヒカリぃ自分だけいい子になるきぃ」

 アタシにはな〜んにも聞こえない。女同士の醜い罪のなすりつけあいなんて、聞くだけ無駄。せっかくのケーキがまずくなる。

 窓の向こうへ視線をそらす。ゴッツイ体の男が二人無表情のままこっちを見てる。監視してま〜すってアピール中か、月曜日担当は誰だっけ? まあいいわ今度加持さんにあったら文句の一つも云って、隠密監視モードに変更してもらおう。

 だいたいアタシもシンジも24時間監視されてる身なんだからそんないいことできるわけないじゃん。……まてよ、その件で確か通達があったような、内容なんだったっけ。

「もう、アスカったらあ、いいかげん機嫌なおしてよ」

「そうです悪気があったわけではないのですから」

「私たちアスカのこと心配してるの、わかって」

 心配してるのじゃなくて暇つぶしの生け贄にしてるの間違いだろうが、まったくぅ。

「いいわよ、許してあげるから。そのかわりこれはいっさいそっち持ちね」

 アタシはマユミの前にあった請求書をマナの前に押しやる。アタシをのぞく三人が顔を見つめ合ってたけど、

「へへぇ、ありがたく払わせてもらいます」

 うむ、よろしい。

「ところで二人になにがあったの」

「変でした」

「ちょっとね」

「また喧嘩?」

「ど〜せアスカが悪いんだから早く謝っちゃいなさい。こっちまでとばっちりが来るんだから」

「喧嘩じゃないと思いますよ」

「マユミぃそれホント?」

「ええ、喧嘩ならシンジさんがコメツキバッタになりますから」

「うわ〜辛辣ぅ」

「あんたたちいい加減にしなさい。ところで本当になにがあったの」

 ヒカリの目がマジだ。話した方がいいかな。

「来たのよ。天敵が」

「へ」

「は」

「天敵?」

「馬鹿シンジの義妹」

「ええ〜、シンちゃんに妹いたのぉ」

「まぁ、私初めて聞きました」

「碇君の義妹ってレイさんのこと?」

「ヒカリぃ」

「ヒカリさん、ご存じでしたのですか」

「ま、まぁ、アスカや碇君ともつきあい長いから。ところでアスカ、確かレイさんは」

「アイツだけ別居していたんだけど、保護者の都合ってことで昨日から家にいるわけ。おまけにアタシの部屋を半分占拠。頭にくるったらありゃしない」

「あのぉ、レイさんとはもしかして1−Bの?」

 手にしたレモンスカッシュをストローですすりながらこくんとアタシはうなずいた。

「うぞぉ、何であの二人が? 全然似てないじゃん」

「碇君の家庭にはいろいろあるのよ」

 委員長モードのヒカリが水を差す。

「ああ、義理って事。それで天敵。納得」

「そういうことでしたか、それで天敵」

 マナとマユミは二人でうんうん頷きあってる。そして、

「アスカ大変ねぇ、今から嫁と小姑の争いなわけかぁ」

「兄と義妹の禁断の恋。それをじゃまする勝ち気な少女の横恋慕。ありきたりな設定が直に見られるなんて思いもしませんでした」

「あんたたちわぁ」

 アタシとヒカリの声が重なる。

「だって他人事」

 今度はマナとマユミ。二人そろって笑っていやがる。女の友情なんてこんなものよ。

***

 火曜日、朝。

 信号は赤。予告灯は後半分。現在、8時3分。思わずその場で足踏みしたくなる衝動を押さえる。

「おはよう、アスカ。え〜と、碇さん?」

「おはよう、霧島さん。兄さんから聞いてるわ」

 げ、万年遅刻娘の霧島マナ!

「あれ、シンちゃんは? 一緒じゃないの」

 信号が変わる。ダッシュ! なりふりかまっていられない。

「ねえ、碇さん。シンちゃんは」

「兄さん、今週週番だから。それからレイって呼んで」

「それじゃぁこれからそう呼ぶね」

「ありがと」

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさぁああああい。

「霧島さん、間に合う?」

「大丈夫だって、豊富な経験からだと次の信号に引っかからなきゃ」

 無情にも赤。

「たははははは、遅刻だねこりゃ」

 アタシは無言で、マナに蹴りを入れた。

 夕食前。

「今日泊まりだから、よろしくねん」

 定期連絡。

「ミサト今夜も夜遊びだって」

 いつもの事とはいえ、何だかなぁ。

「シンジ、台所の模様替えした?」

「いいや、してないけど」

 そうかなぁ、何かいつもと違うような……

「何か変な感じなのよね」

「レイもそんなこと云っていたけど……そういえば加持さんが今日来てたよ」

「ふ〜ん、それで」

「監視装置はずすために壁紙一部張り替えたって。それでかな」

 納得。

「じゃぁ、さあ。アタシたちの部屋のもはずしたのかなぁ」

「アスカとレイの部屋? 多分はずしたんじゃない。僕の部屋ははずしたって」

 びんた一発!

 アタシたちと云ったらアタシとアンタのこと。なんでアイツとアタシって受け取るわけぇ。だからアンタは万年馬鹿シンジなのよ。

 夕食後。

 役立たずな保護者はアル中街道一直線。我が家の主夫は多分明日の朝食とお弁当の献立に頭を痛めながらも鼻歌混じりに洗い物。

 退屈。退屈。本気で退屈。雑誌読むのも飽きちゃった。

 自室に戻って長電話もちょっと、今や自腹の携帯電話。来月の請求書を考えるだけで恐怖の対象。メール打つのもかったるい。

 リビングでごろごろ。すると突如、リボンいっぱいフリフリ仕様のアイツが現れ、TVの前にちょこんと――何故か”ちょこん”という言葉が似合う――膝を抱えて座り込む。

 へー、アイツにもお気に入りの番組があるのか。ちょいと足で番組表を引き寄せて、パラパラパラとめくってみる。

 おや、DVDですか。帰りにわざわざレンタル? それとも購入品? よけいな事なのはわかってるけど好奇心がむくむくと。知らないそぶりで横目でちらちら。

 BEAUTY AND THE BEAST ……お子さまぁ。でもアンタにはお似合いね。

 完全にアイツのことを頭から消し去って、読んでいるとゴシップとダイエットしかこの世には存在しないんじゃないかと思えてくる婦人雑誌をあくびしながらぺらぺらと。

 1時間もたったのだろうか、ミュージカルなBGMに何か聞き慣れないノイズがちらほら。知らないそぶりで再びちらり

 ……!!

 頭は真っ白。口はぱっくり。顎はガタガタ。あは、あは、あはははは。

「なに」

「あ、あ、あ、アンタ、うぞぉ」

 は、初めて見た。ファーストの泣き顔。

「……私、泣いてるの……」

 なぜ、なぜ泣けるの。あんな、あんなお子さまアニメでなぜ泣ける。い、いやそうじゃない。あのファーストが、嫌みな鉄面皮女のファーストが……泪、涙、なみだ。

 アタシは目をそらすことができずに、TVに釘付け状態のファーストを斜め後ろからじっと黙って見つめていた。

 ハッピーエンドなラストシーン。エンディングテーマとスタッフロール。

「そう、よかったわね」

 ファーストが漏らした一言。我に返るアタシ。でも頭の中はまだ白い異世界。

 顔ぐちゃぐちゃのファーストがふりふりワンピの端を持って……ああ、ばかぁ、やめ、やめ、やめなさ〜い。

 アタシは大声を張り上げた。

「タオルもって来てぇ、バカシンジぃ」

 バタバタバタと足音がドップラー効果を伴って接近。アタシも急いでリビングのドア口に立つ。

「どうしたの」

「いいから、タオル持ってきて」

「う、うん」

 再び足音がドップラー効果を伴って後退。後ろの方からイヤな音。振り返ってオーダー追加。

「シンジ、タオルは濡らして持ってきて、それとファーストのシャツにホットパンツも一緒に」

「わかった」

 全くもってファーストわぁ。平和な生活をかき回さないで。

「レイのシャツって、アスカ、頼むよ」

 そりゃそうだな。いくら主夫に洗濯任せきりとはいえ、馬鹿シンジにファーストのクローゼットを開けさせるのは。待てよ、アタシ、ファーストの普段着ってふりふり以外見たことないぞ。

「ファースト、あんた、シャツもってる?」

 首は左右に往復運動。

「タンクトップは、チューブトップは?」

 再び往復。

「シャツブラウス、シースルーでも、Yシャツでも、アロハでも、ポロシャツでも可」

「……ないわ。こういうのと制服だけ」

 ……脱力。壱高の制服はセーラーだし。

「シンジぃ、アンタのでもいいからシャツもってきて、それと一緒に何か穿くものも」

「え〜、僕の? いったいなにが」

「ファーストがお茶こぼしたの。いいから早く!」

 ドア口で濡らしたタオルとシャツとジーパンを受け取る。げ、これアタシの。

「着替えさせるから、覗くんじゃないわよ。わかってるわね!」

 仁王立ちのまま宣言。でも、その後気づいたのだけど、アタシがファーストの顔をふいてやって、着替えさせなきゃならないってことぉ。再び脱力。かくんって音を立てて首から上が下を向き、手にしたタオルが床に落ちる。

 今回だけだからね。塩を送ってあげるのは。アタシはファーストの顔をふいてやる。

「ファースト、あんた泣くんだったらハンカチなりタオルなり準備しときなさいよ。いい、今度やったら承知しないからねぇ」

 白目の部分まで真っ赤になった瞳がこくんと肯く。そして上目づかいにアタシを見つめて、

「……ありがとう」

 といって笑顔を見せた。

「……ウエスト、ゆるい」

 恩を仇で返すかぁ!!

***

 水曜日、帰宅時。

「ただいま」

「あ、お帰りアスカ」

 玄関でちょうど鉢合わせ状態。

「買い物?」

「うん、それもあるけど」

 シンジの手には大きな紙袋が二つ。なんだそりゃぁ。

「ああ、これ。クリーニングに出す服だよ」

 ふ〜ん。

「いつもより量多くない?」

「三人分だからね」

 それにしてはちょっと多すぎる気がするけど。

 一つかっぱらって、中身をチェック。おや、まあ、あら、さて、全部ふりふり。

「これって、全部?」

「そっちはね。タグ見たら洗濯機不可みたいだったから、手洗いするのも悪いと思って」

 ふ〜んそういうモノなんだぁ。

***

 木曜日、夕食前。

「今日泊まりだから、よろしくねん」

 定型文による定期連絡。ど〜せ、いてもいなくても一緒だし。

 夕食後。

 アタシはリビングでごろごろごろごろ猫モード。主夫はお皿やお茶碗と格闘中。そしてもう一人は、

「ファースト、昨日みたいな事はゴメンだからね」

「問題ないわ」

 膝の横にはお徳用のウエットティッシュ。今日もお涙ちょうだいなわけね。

「貴女も見る?」

「興味ない」

 ぶっきらぼうに答えたけど、実はほんの少しだけ興味津々。雑誌読むふりしながら横目でチラリ。

 ナニナニ、タイトルは CITY OF ANGELS アタシ知らない。きっとベタ甘の恋愛映画でしょ。

 なに、こいつ! 何で馬面ハゲが天使なワケぇ。

 横に寝そべり、左手を枕。

 ふ〜ん、こっちがヒロインねぇ、自信をなくしているところにつけ込むってわけかぁ。

 左手が痛くなったから、体をおこして、横座り。

 この中年ファットマンが元天使? もしかしてこれコメディ?

 無理な姿勢で腰が痛い。いまだになれないけど正座に移行。

 あっという間にエンディング。この監督、後味の悪さと芸術性を勘違いしてない?

「これ」

 ぐしゃぐしゃ顔のファーストから差し出されるのは赤いタオル。S.A.Lの刺繍入り。

 アタシ、感涙しちゃった。

***

 土曜日、祝日。

 青い空、白い雲。常夏の国、Japan。なのにアタシはリビングでごろごろ。

 マナは行方不明。きっと市営プールで男あさり。

 ヒカリは学校。マネージャやるなんて今時の学園モノだってそんな設定やんないのに。

 マユミは留守電。多分居留守。今頃活字でできた別世界で冒険中。

 アタシは貧乏。ネルフのケチ。電話代ぐらい払ってよね。こちとら世界を救ったチルドレンだぞ。

 遊びに行きたい、遊びに行きたい、遊びに行きたい、遊びに行きたい。シンジ、アタシを何処かへ連れてって。もちろん全部アンタ持ち。

「出かけるから、つきあって」

 後ろから唐突に声。振り向くとそこに Frill&Ribbon フル装備のファースト。

「はいはい、で、どこ行くの」

「O9」

 買い物かぁ、だったら、へへへ。

「着替えてくるからちょっと待って」

 やりぃ、今日一日退屈とオサラバよ。おじゃま虫とは途中でバイバイすればいいしね。

 クルーゼットをこじ開けて、アタシはちょっとシンキングタイム。ファーストはふりふり系だからワンピース系はお蔵入り。う〜ん、どうしよう、そだ、体の線をちょっと出すか。

 チョイスしたのはビスチェにシャツにサマー・ジャケット。シャツのボタンは、悩んで悩んで第二ボタンまではずしてみる。第三まではずすと下品になるから。スカートはミニのタイトで出来上がり。

「おまたせ、あれ、シンジは」

「洗濯中」

 全く、なにやってるのやら。早くシンジの首に縄付けてお風呂場から引きずり出さないと、アイツ一日中洗濯してるわきっと。

「どこに行くの」

「馬鹿シンジ呼んでくる」

「お兄ちゃんは関係ないわ。さあ行きましょ」

 でぇえええええ、シンジと一緒じゃないのぉおおおおおお。

「アタシやめた」

 なにが悲しゅうてファーストと一緒にお出かけしなきゃならないわけぇ。ばっかばっかしい。うちでごろごろしてた方がマシってものよ。それにあの馬鹿もいるしさ。

「命令。拒否は認めない」

「イヤったら、イヤ」

「だったら今、借りを返して」

「借りってなによ!」

「初日の一件、貴女があの時、借りよって叫んだこと、忘れたの」

 ぐ、イヤなことを思い出させやがって。

「な、な、なんのこと」

「とぼけないで、それとも貴女一人で留守番する?」

「シンジが行くわけないじゃない! この天気なんだからアイツは一日洗濯してるわよ」

「そうかしら、聞いてみなければわからないわ」

 まずぅ、あの馬鹿は押しに弱いから、ファーストにお願いされたら行くわねぇ。ま・て・よ、そのときアタシも一緒についていけばイイじゃん。へん、甘いわよファースト。

「なにしてるの二人とも」

 そのときシンジがひょっこり顔を出した。

「お兄ちゃん、今から二人で出かけるから。何か買ってくるものある?」

 ちょ、ちょい、ファーストあんた。

「特にないけど。ところでお昼、どうするの」

「外で済ませるから、イイ」

 話が勝手に進んで行くぅ。

「二人ともあまり遅くならないようにね」

 そう言い残してあの大馬鹿野郎は引っ込んでいった。

 洗濯日和な青い空なんて、ダイッキライ。

 視界に入るはリボンとピコフリルとピンタック。そしてファーストと同系統のファッションで着飾った女の子。

 このての服に興味ないアタシはブティックの入り口近くでマン・ウオッチング。しかしながらこうやって眺めていると、ファースト意外にサマになってるじゃん。

 でも、なんだかアタシ浮いてるなぁ。周囲の視線がちょっと痛い。

 違和感に悩まされながら30分経過。ウロウロしていたファーストは、四、五着抱えて試着室へ。ようやく購入候補を絞ったみたい。

 なかなかファーストは出てこない、5分、10分、イライライラ。アタシの足が規則正しいリズムを刻む。結局アタシはその場に1時間近く立ちつくしていた。

 店のレジでファーストがアタシを見つめてる。手を上げて手招き。いったいなんなわけぇ。

「なによ、ファースト」

 アタシの横でファーストが、店員から受け取ったキャッシュカードを財布に入れる。

「これ、もって」

 差し出されるのは二つの大きなロゴ入りの紙袋。中身は多分試着していたファーストの服。

「なぜよ!」

 当然の疑問。

「私が貴女を連れてきた理由」

 目が点。

 アタシに、このアタシに、惣流・アスカ・ラングレー様に荷物持ちをやれっていうのかぁ。馬鹿にするなぁ、ファースト。

 無言でUターン。アタシ帰る。

「明日、碇君と」

 アタシの耳が反応する。

「約束」

 アタシの足が止まる。

「貴女も来る?」

 アタシの手が紙袋をひったくる。

 ・

 ・

 ・

 自己嫌悪。

「ちょっとぉ、まだぁ。」

 ファーストは抗議を無視してトコトコトコ。

「アタシ、この階の休憩所で待ってるからね」

 先を歩くファーストが振り返る。無言のまま右手が肩の高さにあげられて、アタシにコイと手招き。

 ハイハイ、行きますよ。行けばいいんでしょ。行けば。

 右手にふりふりワンピの入った大きな紙袋を二つ。左手にはサンダル、パンプス、ローヒール、スニーカーの入ったショッピングバック。

 朝から歩きずくめで足が痛いったらありゃしない。

 ここは乙女の聖域。ランジェリーコーナー。ファーストはブラの選定中。白のフルカップと同じく白の3/4カップのワイヤー入りフロントホックブラをもって首を斜めに傾けてる。悩むほどのことかよ、アンタなんてバーゲン品で……65のD! Under65のTop83!!

 ミサトみたいに胸、たれちゃえ!!

 左には500mlリサイクルペットボトルなウーロン茶をちびちび飲んでるファースト。右の椅子にブランドマークの紙袋が3つ、足下にデパートのロゴ入りのショッピングバックが二つ。内股の間にショッピングバック。足を開いて堅い椅子に腰掛け、高い天井を見上げるアタシ。

 疲れたぁ。

「一度やってみたかったの」

 唐突にファーストはつぶやくように云った。

「衝動買い?」

 アタシは上を見上げたままつっこんでみる。

「違うわ、あなたと同じ事。それと」

 意外な言葉がファーストの口から漏れた。

「碇君」

 へ、どこ?

「荷物をいっぱい持たされてた」

 なんだシンジいないのか。つまらん。これ全部持たせてやるのに。

「貴女の荷物全部持たされていた。でも、碇君、笑ってた。貴女に振り回されながら、笑ってた」

「うらやましいかぁ」

「……」

「悔しいかぁ」

「私、貴女のこと嫌いよ。昔も今も、いいえ今の方がもっと嫌い」

「アタシだって、レイ、アンタのこと大嫌い」

 祝日の昼下がり。総合デパートO9のエントランスホール。子供を連れた若い夫婦。豪華絢爛有閑マダムの団体様。家でも無視されていそうなさえない親父。どこぞのファッション雑誌そのままに中身が伴ってない大学生のカップルたち。家族サービス真っ最中のお父さん。どう見ても恋人いない歴十数年な野郎。何となく怪しい年の離れた男と女。ぺちゃぺちゃとおしゃべりしながらグループ単位で行動している同世代の男の子と女の子たち。そして隅で一休みしながら悪口言いあってるアタシとレイ。

 嫌い……じゃないな。

 この光景をミサトが見たら、いったいなんてのたまうだろう?

「……ただいま」

「シンジぃ、帰ったわよ」

「二人ともおかえりぃ」

 出迎えの声は、ミサト。この時間にいるなんて、珍しい。

「う〜んと、二人ともちょっちこっちに来てくれる」

 荷物は玄関にほっぽりだして、食卓へ向かう。レイがアタシを非難する目をしていたけど知らない。なんだって云うのよ。早く着替えて、お風呂入りたいのだけどなぁ。足がむくんじゃって、おまけに痛い。

「シンちゃん、あなたも来てくれる」

 ミサトの斜め前にアタシ。正面に、レイ。そしてアタシの正面に、エプロンつけたシンジ。おい、シンジ、何でアンタは目をそらす。

「ぢつわぁ、ちょっちイイにくいんだけど」

 ミサトが手にしたビールを一気のみ。はん、想像がつくわ。どうやらこれは、

「特にアスカにはひぢゃうに申し訳ない」

 アタシは席を立つ。後の話は聞いても無駄無駄。

「シンジ、風呂わいてる」

「駄目だよアスカ。ミサトさんの話をきちんと聞かなきゃ」

 常識的にはもっともだけど、今のアタシには常識なんて通じない。お風呂お風呂、汗流してむくんだ足のマッサージが何より優先。

「アスカ、アンタ!!」

 うるさいなぁオバンは。

「アタシ反対しないから、何か文句ある!」

 お〜お、ミサトの驚いた顔って久々。シンジ、ぽかぁって口開けた顔見せるな。間抜けな顔がもっと間抜けだ。

「レイ、部屋のカーテン片づけといて、それが条件。いいわね!」

 どうでもいいことだけど、マヤの出張一ヶ月になったそうだ。

***

 月曜日、朝

 信号は赤。予告灯は後半分。現在、8時3分。思わずその場で足踏みしたくなる衝動を押さえる。

「まずいわね」

「そうね」

 漏らした一言にレイが同意。

「でもマナに会っていないから大丈夫かも」

「そうね」

 漏らした一言に再び同意。

「あの馬鹿も馬鹿よ、ネルフで検査だからってアタシを起こしてから行けよな。朝弱いの知ってるくせに」

「それは貴女のわがまま」

 うっさい、わかってるわよ。

「何よその目は」

「……わがまま……」

「いいじゃん、わがまま云ったってぇ」

「……わがまま……」

「レイだって、でしょ」

「……うん」

「おっはよ、アスカ、レイ。信号青なのに何やってるの?」

 げ、マナ。やばい。

 三人でダッシュ。でも次の信号は赤。

「あはははははははは、今日も遅刻だぁ」

 笑うしかないよなぁ。

 月曜日、帰宅後。

 今、アタシの部屋の前のプレートは、

『アスカ&レイの部屋 無断で入るもの、すべての望みを捨てよ』

 に変わっている。

 アタシとレイが犬猿の仲って誰が言い出したんだ?

***

 後日談。

 ある晴れた日の朝。アタシが部屋から出てくるとシンジが洗濯していた。

「アスカ、枕カバーとシーツと布団カバーも洗うから」

「レイ、聞こえた? 枕カバーとシーツと布団カバー持ってきて」

 5分後、眠たそうな目をこすりながら部屋から出てくるレイ。律儀にもシーツと布団カバーをきちんと畳んでその上に枕カバーを二つ乗っけている。どうせ洗うんだから丸めたままでいいのに妙なところで丁寧なのよねぇ、レイったら。

「あれ、これだけ?」

「ええ」

「シーツと布団カバー一組しかないけど?」

「問題ないわ」

 アタシはキッチンで冷や汗。

 断っておくけどアタシ……猫じゃないモン。

つづくの? そう、よかったわね