Interlude.

kaz(P3pro).
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「いい?」

「62秒で」

 アタシとレイのアイコンタクト。

「OK. 現時点を持って作戦開始」

 レイはリビング、アタシはキッチンに向かってダッシュ。

 食器棚から大皿、冷蔵庫からえびちゅを三つ。リッター缶は帰ってくるなり電話機に向かったミサト用。

 TVの前に三つ並んだクッション、そのうち二つはアタシとレイのお気に入り。そこに向かって、えい、ダイブだぁ。

「レイ」

 一声かけてえびちゅをトス。DVDのトレイが収納される様子を見ているレイの手がコンビニの白い袋に伸びて、多種多彩なおつまみの中からポテトチップの徳用袋が宙を舞う。

 クッションを文字通りクッションにして着地のショックをやわらげる。大皿でダイレクトキャッチした徳用袋を、寝ころぶアタシは口と左手で袋を引き裂き、中身を皿へてんこ盛り。

 横を見るとレイがアタシと同じように寝転がって右手でリモコンを操作中。左手にはアタシの投げだ缶ビール。

「作戦終了……声かけた方がいい?」

「ほっといていいって、すぐ来るわよ」

「そうね」

 今宵は女だけのちょっとしたパーティ。じゃまな実質的保護者を追い出して、憂さばらしのパジャマパーティ。

 涙ぼろぼろのミサトとレイ。よくもまあこんなファンタジックなシンデレラストーリーで……

「これ」

 ぐしゃぐしゃ顔のレイから差し出されるのは赤いタオル。S.A.Lの刺繍入り。

 前言撤回、泣けるものは泣けるのよ!

 顔を洗ってリビングへ。私と同じく席を外したミサトが戻っていた。手には一枚のDVDディスク。てっきりキッチンにビールを取りに行ったと思ったのに。

「さぁ〜て今度はアタシのお薦めね」

 ミサトがリモコンを操作する。

 画面にたなびく星条旗、下から上へスクロールしていく英文。

 何々、へ、ほ、はぁ? げ、げげぇ!

「ちょっとミサト、これって」

「興味あるっしょ」

 やめんか、その怪しいニタニタ笑い

「それにぃ、勉強になるかもねぇ。ア・ス・カ」

 スタカートをつけて名前を呼ぶなぁ! ミサトあんたは何歳なのぉ。

 そこでアタシは気づかされた。

 やば、ばれてる。間違いない。でもなぜ? まさかシンジが口を滑らしゲロったとか。

「へへぇ、私もあんな歩き方したから。な〜んていうか、丸一日ぐらい何かが入っているような感じが残るのよねぇ」

 歩き方でばれたとは、迂闊。いいわよ、こっちも開き直ってやるから。

 つんつん。

 アタシが反撃ののろしを上げようとした瞬間、背中に触感。

「勉強って、何?」

 だあ! レイの大ボケぇ。まじめな顔してアタシに聞くなぁ。

「アタシ、知らない」

 ぶっきらぼうに答えて、ぷいって横を向く。大人げないと思い直して。 フォローのつもりで顎を使ってミサトを指してみる。

「……」

「レィ、今から保健体育のお勉強」

再び怪しげに笑いながらミサトが答えた。

 ビールの残りを一気飲み。空き缶を握りつぶしてその場に転がす。モニターの中では若い男女がつんぐほぐれつ軽快な音楽に乗って有酸素運動の真っ最中。

 趣味じゃないなぁ。でも、マナの家に集まってこっそり見た、妙にノイズが乗ってて、照明が薄暗くて、音声がはっきりしないMade in Japanも趣味じゃない。

 だいたい秘め事って見るもんじゃないと思うわけよ。

 膝を抱えてため息一つ。てもちぶたさでやな感じ、飲み足りないなぁ。

「ちょいまち」

 台所に行こうとしたアタシをミサトが引き留めた。

「リッター缶追加?」

「それもあるけど、これ」

 手渡されたのは錠剤4つ。

 なんだこれ??

「The Morning-After Pill。使い方は、初めにっていうか、ヤッチャッてシマッタ! と思った後、72時間以内に2錠。12時間後に2錠ね。嘔吐感に悩まされて、相当きついけど、ま、何心配してるかわかるっしょ。ナニかの時のためにね」

 アタシがそんなミスをすると……まあ、トチッタ時のためにもらっておくか。

「ついでだけど低容量のも……いる?」

 これだからおばんって、そう思いながらも、アタシの意志に関係なく頭が上下に動く動く。あ〜あこれで当分ミサト、リツコ、マヤ達行き遅れなネルフ・ウイッチズたちの酒の肴かぁ。

「レィ、あんたもいるぅ? 低容量ピル」

 まったぁ、よけいなお節介を。レイはフリーなんだから必要ないじゃん。

「必要ありません。服用していますから」

 ……い、いま、今、なんて、レイは今、なんて言ったぁ。

 まさか、まさかレイあんた、相手はもしかして……音を立てて血が引いていくのがわかる。

 レイ、事と次第によっちゃぁ、コ・ロ・ス。アイツとあんたをブッ殺して、アタシが立派な墓を建ててやる。

「月経痛と経月量の軽減及び月経不順対策。並びに月経前緊張症PMS(月経前の抑うつ状態)軽減用に伊吹二尉から処方してもらいました。ストックなら後半年分あります」

「へ、そ、そう」

 知らなかった、そんな効用があったなんて。アタシも月一は憂鬱だし、ラッキー。

「良かったじゃん、アスカ。あちしも三人そろって兄弟、ん、姉妹か? てな事態はちょっちねぇ〜」

 うるさい!

 にたにた笑いながらちゃかすなミサト。でも、兄弟? 姉妹? 何のことだぁ。今度耳年増なマユミに聞いてみよう。

 ……気持ち悪い……

 こみ上げてくる嘔吐感。アタシはあわてて便所に駆け込む。後ろの方でミサトのいかれた笑い声が聞こえる。知ったこっちゃね〜ぞ、馬鹿野郎。

 嫌な音がアタシの口から漏れ、嫌な臭いがアタシの鼻腔を占拠する。妙にさめた頭の中で今のアタシの姿を想像。ロミオだって洋式便器を抱きながら嘔吐しているジュリエットの姿を見れば……ふつ〜百年の恋も一気に冷めるって。今日この場にシンジがいないことを神に感謝。

 う、吐く物がなくなって口の中が酸っぱい。さいて〜。恨むわよ、ママ。ALDH2ことアセトアルデヒド分解酵素欠損はママの遺伝子のせいだ。ん、まて、あれは二日酔いだったっけ? とにかく、マジでほしいぞ鉄の肝臓。

「これ」

 背後からタオルが差し出された。ダンケ。

「こっちも」

 ありがたや、ありがたや。再び背後から差し出されたイオン飲料入りのペットボトルをこじ開け一気飲み。左手で口を拭う。

 さいて〜。考えるまでもなくここって、便所じゃん。飲食する場所じゃね〜よ。

 振り返るとレイがアタシを見つめてた。相変わらず無表情だけど、瞳の中には不安の二文字が読みとれる。

「大丈夫よ」

「みたいね」

「……どうする、アレ」

 リビングからだみ声。

「くぉらぁあ、夜は長いぞぉ。アスカぁ、レえぇぇぇイ、二人で隠れて背徳的で非生産的なことヤってるんじゃなぁあああい、ヤるんだったらアタシも混ぜろぉ」

 酔っぱらいに論理は無いとはいえ、なんとかならんか。

「現時点をもって葛城広報担当部長を第壱拾参酒徒と識別。殲滅します」

 お〜お、レイの目がマジだ。

「装備は?」

「"ALDH Breaker" PEN2の冷蔵庫に原料あるから」

「時間稼ぎ、お願い」

 目を合わせ、二人でうなずいた後、アタシはキッチンに向かった。技術部長制作対ミサト用特製カクテル"ALDH Breaker"。アセトアルデヒド分解酵素阻害薬をベースにした至上の一品。明日起きたら二日酔いでのたうち回れぇ。

***

 あが、あがが、頭の中で除夜の鐘が108つ。口の中はサハラ砂漠のど真ん中。水、水、水ちょうだい。

「シンジぃ、水ぅ」

 がぁ、自分の叫び声が洞窟で反響するかのように頭の中に響く響く。じ、自爆だぁ。

 アタシは白いシーツの海の中に轟沈。

「これ」

 うん? ほのかに匂う緑茶の香り。

「お茶漬け作ったから」

「今、何時」

「十二時半」

 ズキズキと痛む頭を腫れ物に触るように動かして、アタシは声のした方を見た。おぼんに乗った急須にお茶碗と湯飲みと、それを差し出すシンジの顔。

 もぞもぞと体を動かして上半身を起こす。むっとしたまま左手で頭を押さえ、右手をのばすと、ベットの横に正座したシンジがその手に湯飲みを握らせてくれた。

 少しだけ口にお茶を含む。少しぬるめ。猫舌なアタシにはちょうどいい。残りを一気に喉へ送り込む。

「落ち着いた?」

「何とか」

 昨夜はちょっとすごかった。

「アスピリン、いる」

 湯飲みを渡すとシンジが聞いてきた。

「ん、いい。多分大丈夫。それよりレイは」

「まだ眠ってるよ」

「どこで」

「横」

 そういってシンジが指さした先には、部屋着姿のレイが枕を抱きしめて眠っていた。

「リビングで眠っていたから風邪引いちゃ悪いと思って」

 アタシは横目でシンジをギロリ。

「何もやましい事してないよ」

 どうだか、前科持ちの癖に。でも、マァ、信じてやろう。

「ミサトは?」

「昼前に起きだして出かけた。たぶん加持さんとこだと思う。鼻歌歌いながら指輪にキスしてたから」

「マジ?」

「うん」

 人間じゃない、絶対アレは人間じゃない。"ALDH Breaker"6杯も飲んで何で平気なんだぁ?

 なんだか頭痛がひどくなってきた。左手の親指と人差し指で左右のこめかみをぎゅっと押さえてみる。

「アスピリンと水持ってくる」

 アタシの仕草を曲解したシンジがすくっと立ち上がり、部屋から出ていった。

 ベッドの横におかれたお盆、そしてアタシ専用のお茶碗とお箸。未だにはっきりしない頭を軽く左右に振った後、アタシはベットの縁に腰掛けると、シンジの持ってきたお茶漬けに手をつけた。

 シンジの味つけ、こんな時にはなぜか何時もわさびが多め。鼻につんと来てむせそうになるけど、この匂いのおかげで頭の中がはっきりしてくる。

 くぅ、き、きくう。涙出てきたじゃない。アタシは箸をおいて目頭を押さえた。今日のはいつもより多いぞ、マジで。

 ようやく落ち着き、上を向いたまま目を開ける。その時、不意に涙が頬をつたわって落ちた。

 何処に行ったのだろ?

 あの頃のアタシは何処に行ったのだろう。

 何処に行くのだろう?

 これからのアタシは何処に行くのだろう。

 今の生活、何も不満はないなずなのに、今、沸き上がってきた不安は何なのだろう?

 薬を持って戻ってきたシンジに、アタシはちょっとだけ文句。

「お茶漬け、ワサビ効き過ぎぃ」

 あいつは何も言わずハンカチを貸してくれた。

 後日、漠然とした不安は、アタシの前に姿を現した。それも、意外な形で。

つづくったら、つづくのよ!