自分を救うのは誰か?

――南条あや『卒業式まで死にません』――
相馬ヰワヲ



 南条あやは、一九九九年三月三〇日、一八歳で逝ってしまった。死因は「推定自殺」。彼女は私にとり最も大切な人物であり、形だけではあったが婚約もしていた。

 あやはとりたてて特別な人間ではなかった。テレビゲームやコミック雑誌に興味があり、プリクラやカラオケが大好きなどこにでもいる普通の高校生だった。一つだけ違っていたのは、彼女が鋭敏な感受性と尖りすぎた神経をもっていたことだ。
 彼女は襲い来る不安や鬱に悩まされ、リストカットを繰り返してしまう自分をどうしようもできずにいた。だからかもしれないが、あやは異常な程のクスリマニアでもあった。クスリの話になると目を輝かせ、錠剤は見ただけで何のクスリか判別できた。
 そんなあやは、インターネットのホームページでほぼ毎日自分の日記を公開し、日々の生活を大胆過ぎるほどオープンに明るく描写していた。
 あやは本当に死のうとしていたのだろうか。今度刊行される『卒業式まで死にません』で、その謎がいくらか解ければいいと思う。余談であるが、「卒業式まで死にません」というタイトルは、彼女が親友に約束した言葉である。その通り、彼女は卒業式が終わった後に逝ってしまった。
 南条あやは、いじめを受けた心の傷やままならぬ葛藤、愛情の齟齬、鬱に沈みリストカットしてしまうどうしようもない自らの姿を、あっけらかんと描いていた。
 決して暗い文章ではない。奇妙に明るいが、痛みを感じる文章だった。たぶん、彼女は自分を笑い飛ばしたかったのだろう。あやはただ楽しく生きたかったのだ。リストカットや鬱をクスリでごまかし、時間を稼ぎながら。

 あやの世代を包む空気は、ただ楽しく生きるためには、それまでと何かが決定的に異なっていた。満たされた世界が延々と続く現実、その日々のリアリティーのなさに原因の一端があるように思う。満たされた透明な檻の中で、何かが暴走する。
 鬱積したものが外に向かえば他者へのいじめや暴力となり、裡に向かえば自殺や自傷になる。腕を切り、痛みと共に流れる血の暖かさや、いじめられ、苦痛にゆがんだ相手の顔を見るのが、彼らのリアリティーなのだろう。
 南条あやの本がこうして刊行され、ある意味現代の一側面を表しているとするならば、それは彼女がいじめを受け、自殺未遂をし、リストカットをしてまで、文章で自分の日常を残したからであったと思う。
 この本は評価も分かれるだろうし、センセーショナルにだけ映ったり、様々な批判を受けることになるかもしれない。ただ、こういう少女がいたのは事実なのだ。

 そして、彼女は死んでしまった。
 一つ言えるのは、あやはぎりぎりまで楽しんで生きていたかったということだ。私は、彼女が負けたなどとは決して思わない。透明な檻の中で正体不明な何かと闘い、力尽きたのだと思う。
 私は南条あやを失ったが、彼女を愛したことは今も後悔していない。
 あやが死んで一年以上が過ぎた。だが、今でもあやは私の中に住んでいる。あやを失ってから苦しみ混乱し、呆然とした日々が続いた。倒れそうになりながら、沢山の人たちに助けられた。そして、知り合いの詩人が出している「僕は僕自身を救いたまえ」というミニコミに出会って、本当に救われた思いがした。

 現在、私は彼女の残した日記を整理し、大勢のボランティアスタッフの力を借てホームページ「南条あやの保護室」を制作中である。
「この世界は、おかしくて残酷で、そして哀しい……」これは、生前あやと私がふたりで考えたホームページのサブタイトルだ。しかし、今は「――だがきっと救いはある」と結びたいと考えている。最近やっと、救われぬと思っている自分を救うのは、自分以外にないと分かりかけてきた。
 ホームページ「南条あやの保護室」(http://www.nanjou.org/)は、メモリアルサイトとして半永久的に残そうと思っている。同様に、今度刊行される南条あやの『卒業式まで死にません――女子高生南条あやの日記』が、ずっと読み継がれていってくれれば、と思う。
 そして、この本を読んでくれた人たちが、どんな些細なことでもいいから「自分自身を救う」きっかけを手にしてくれればと願ってやまない。


(そうま・いわを 南条あやの婚約者)

▼『卒業式まで死にません――女子高生南条あやの日記』は発売中
                 2000年9月号「波」新潮社刊より


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