あとがきにかえて

突然ですが、去る99/3/30に南条あやが他界いたしましたので、お知らせいたします。
死因は向精神薬中毒によるものでした。

3/30日午前11時くらいに学校へ絵の具を取りに行くと、南条は家を後にしております。12時10分くらいに親友のYさんに携帯電話より連絡を入れております。そのとき、南条は、「これから死にに行く」と友人に語っておりました。「そんなの許さない」というYさん、居所さえいわない南条との押し問答は30分くらい続いたそうです。
その後、南条は下北沢のカラオケボックスに一人で入店。
平行して、私と、親友のYさん、お父様で南条の居場所を懸命に探しておりました。

カラオケボックス内でその後3時間のうちに向精神薬とおぼしきものを大量服薬 。
3時間のうちに意識の喪失、心停止を迎えた模様です。
午後4時くらいに国立病院東京医療センターに収容されていたことが判明。同時刻に 30分間の蘇生措置の末、死亡に至りました。
私は同病院霊安室にて、哀しい彼女と再会をいたしました。
毒物の使用の有無、事件の可能性の有無は現在警察が、確認作業中です。3/31日午後1時、司法解剖が行われました。
何故、司法解剖が行われたのかというと、向精神薬でたった3時間すらの間に心停止が起こることはないそうなので、何らかの毒物を使用した疑いがあるからです。

通夜は行わず4月1日にごく内々で荼毘にふされました。

以前、南条が元気であった頃、南条は「私が死んだらどうする?」という問いに私は「後を追うよ」と冗談ながらに答えておりました。南条は真顔で「絶対に私の後を追わないで」と答えておりました。
それが最後の彼女のメッセージであったように私には感じられます。

今となっては追えるに追えない遠い場所、逢おうにも逢えぬどこかに行ってしまったという気がいたします。

南条を、また南条の文章を愛していただいた、皆様にどうか、これだけは守ってください。南条のまねををして、南条の後を追ったりしたりしないでください。
彼女は勝手にどこかに逝ってしまいました。
一見自由に見えるこの行為は、私たち残されたものには絶望と哀しみしか置いていきません。この気持ちこそが、残された我々に生きなければいけないという事を教えてくれるのではないでしょうか。

新規に共同作業で作っていた南条のHPは多少時間がかかりますが必ず完成させて、ごらん頂けるよう努力しております。
それが、南条あやを救えなかった私の今、唯一できることなのです。   

99年5月12日、死体検案書という一枚の紙切れが、この一連の物語の最後に残りました。

死体検案書
氏名 南条あや(仮名) 女
生年月日 昭和55年8月13日
死亡したとき 平成11年3月30日午後3時頃
死亡したところ 下北沢カラオケボックス(仮)
死亡の原因 ア) 直接死因 向精神薬中毒
発病又は受傷から死亡までの期間 不詳
手術
解剖(主要所見) 向精神薬中毒
(毒物使用は無し)
1.マウスの毒性反応 昏睡後に死亡
2.胃内容から*************検出
3.血中より***************検出
その他の所見 諸臓器のうっ血
死因の種類 不明
外因死の追加事項  上記場所で死亡発見
東京都監察医務院 検案年月日 11年3月31日
本書発行(死因決定)年月日 11年5月10日
東京都監察医*******

皆様、今まで南条あやをかわいがってくれてありがとうございます。
彼女は、生の苦しみと痛みのなかで、南条あやとして生きることで、楽になれたのだと思います。
皆様ありがとうございました。

1999/4/29改訂
1999/5/14最終版改訂
                                             

文責 ヰワヲ



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