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八十二、

 疲れた顔をした中年の女性だった。僕はその人が座っているすぐ前で、吊革につかまって立っていた。その人は丸中スーパーと書いてある袋を膝の上に乗せて、それに手を添えるようにして座っていた。
 僕はその女性をちらっと見て、何かおかしいなと思った。でも何がおかしいのか、最初はわからなかった。ちらちらと目をやり、考え、やっぱりわからずまた目をやり、考えた。
 10分くらいしてようやくわかった。おかしいのは袋の持ち方だった。スーパーの袋なのに、スーパーの袋の持ち方ではなかった。あれは葬式の時の遺骨の持ち方だった。そういえばその女性の表情も雰囲気も、葬式そのものだった。
 遺骨なのだ。遺骨に違いない。
 僕は吊革を離し、手すりにつかまった。あまり変わらないような気もしたけど、吊革にぶら下がってるより手すりの方がきちんとした態度に見えるだろう。遺骨を持っている人のそばなのだ。少しでも礼儀正しくいなければならない。
 女性は3駅くらい後に電車を降りた。僕の横を通る時、悲しそうな顔で小さく頭を下げた。僕はホームに降りる女性をずっと目で追い、階段を降りて見えなくなったのを確認してほっとした。

 スーパーの袋を持った中年の女性が改札を通ろうとしていた。しかし切符を出すのを忘れていたらしくもたもたしていた。私はその後ろにいたので少しいらだったが、それと同時にその女性を見て、何かおかしいなと思った。
 女性はスーパーの袋を持ったまま、コートのポケットを探していた。おかしいのはその時の袋の持ち方だった。決してぶら下げたりせず、そっと抱くように持っている。割れやすいものでも入っているのかと思って見ていたが、どうもそうではなさそうだった。何だろう。改札の他のところはもうあいていたけど、私は気になって女性の後ろにじっと立っていた。
 ようやく気づいたのは女性が切符を見つけ、改札を通った時だった。切符を改札に入れた女性は、スーパーの袋を両手でそっと体の前に抱え持った。それを見て私はやっとわかった。
 遺骨なのだ。遺骨に違いない。
 私は女性の後ろから改札を通った。女性はゆっくりと歩いていたので、追い抜いたりしないように気をつけた。
 改札の外で、出口は2つに分かれている。私と女性は別々の方向に進んだ。背を向ける寸前、私はそっと女性を見た。すると女性も私を見て、悲しそうな顔で小さく頭を下げた。私はそこに立ち止まって女性の後ろ姿を見送り、角を曲がって見えなくなったのを確認してほっとした。

 休日だが特にやることもなかった。借りていたビデオを返しに行く途中、駅前で知っている顔を見かけた。
 名前は知らない。俺が働いている丸中スーパーでよく見るおばさんだ。今日も丸中スーパーの袋を持っている。買い物帰りなのだろうと考えかけたが、何かおかしいなと思った。
 少し考えてわかった。おかしいのは袋の持ち方だった。あのスーパーにあんな持ち方をしなければならないような商品は置いていない。というより、あの持ち方は……。そこまで考え、俺ははっとした。
 遺骨なのだ。遺骨に違いない。
「あら」
 俺がそれに気づいたのと、あの人が俺の顔を見て声をあげたのはほぼ同時だった。顔見知りだ。けれど、今は少し気まずかった。
「今日はお休みですか?」
「ええ」
 俺はスーパーの袋を見て、店員なのにこれについて何も言わないのは不自然だろうかと考えた。
「それじゃ、また」
「はい」
 あの人は悲しそうな顔で小さく頭を下げた。俺も頭を下げた。後ろ姿を見送り、人混みの中にまぎれて見えなくなったのを確認してほっとした。


八十一、

 ぼくのうちには三匹のお犬様がいらっしゃる。本当はこんなことを考えてはいけないのだろうけど、そのうち二匹のことは、ぼくはそんなに尊敬していない。気が向いた時に家を訪れて何か召し上がって、気が向いた時に外に出ていく。お犬様なのだから当たり前なのだろうけど、こっちの都合なんてちっとも考えてはくれないのだ。
 だけど藤吾様は違う。藤吾様はたいがい家の中か、戸口の前にいらっしゃる。江戸の町のお犬様は年々増えているので、突然家の中にどなたかが押し入ってこられることも以前にはよくあった。けれど藤吾様がこの家を選び、この家の主となられてからは、他のお犬様が近づくことは少なくなった。何度か決闘をされているのを見たことがある。藤吾様はとても強い。
「立派なお姿ね」
 いつだったか、戸口に座る藤吾様を見ながら母がぼくにささやいたことがある。藤吾様は外を見据えていた。灰色で、背中は黒っぽい。堂々としていて少し近寄りがたい。でもぼくらなら近寄っても許してくださる。本当に立派な姿だと思った。
 強くて立派な藤吾様は優しい方でもある。家の中の食べ物を何も言わずに召し上がったりしない。主なのに、ぼくらのことを考えてくださるのだ。ぼくらと同じ時間に、ぼくらと同じような貧しい食べ物を、不満ももらさず召し上がる。
 お犬様は何をしても許される。だから好きなことをするものなのだと思っていた。藤吾様に会って、そうとは限らないと知った。ぼくは藤吾様に心服し、こんな主に出会えたことを幸福に思った。

 時々、藤吾様のお供をして町を歩く。藤吾様を見ると他のお犬様方はたいていしっぽを低くする。ぼくは藤吾様のお供ができるのが誇らしくてならなかった。
 そんな気持ちが態度に出てしまっていたのかもしれない。他のお犬様を馬鹿にしていたつもりはないけど、やっぱり馬鹿にされたと思うお犬様もいたのだ。ある日、ぼくが少し遅れて藤吾様から離れた時、突然一匹のお犬様が飛びかかってきた。
 それが合図だったかのように、たちまちそばにいた他のお犬様方も襲いかかってきた。八つ裂きにされる。その時考えられたのはそれだけだった。
 何かぶつかり合うような音がしたが、ぼくは無傷だった。ただぼんやりと立っていた。目の前に背中を噛まれている藤吾様がいた。おそろしい吠え声があがった次の瞬間、目の前でつむじ風のようなものが起こり、まわりのお犬様が次々となぎ倒されていった。
 お犬様方が逃げ去って、ぼくはようやく藤吾様に近づいた。
「……藤吾様、大丈夫ですか」
 背中に傷があった。ぼくをかばってできた傷だった。震えが止まらなかった。お犬様が人間のために傷つくなんて。ぼくを守ったって何の得にもならないのに。
「ありがとうございます。ありがとうございます、藤吾様」
 藤吾様の傷から流れる血を見てぼくは泣いた。
「ご恩は一生忘れません。あなたのためなら、おれは……」
 藤吾様はぼくを見て鼻を鳴らした。笑ったように見えた。

 何もかもが変わったのは突然だった。突然ではなかったのかもしれないけど、ぼくはそこに至るまでの経緯を何も知らなかった。
 家でくつろいでおられた三匹のお犬様の首に縄を巻き始めた父を見て、気が狂ったのだとぼくは思った。
「何やってんだよ、父ちゃん!」
 藤吾様は動じる様子もなかったが、他の二匹は暴れた。当たり前のことだ。首に何か巻かれるなんて、きっと初めての経験だっただろう。父は太い棒で二匹を殴りつけた。ぼくはもう言葉も出なくなった。こんなことをしたら死罪だ。一体父はどうしてしまったのだろう。
 二匹はぐったりとなった。そこに、近所に住む鉄五郎さんがたずねてきた。
「おい、大丈夫か」
「ああ」
 こんな光景を他の家の人が見たら大騒ぎになると思ったのに、鉄五郎さんも平然とした顔でお犬様と棒を持った父を見ていた。
「それじゃ、連れてくぜ」
「こっちの二匹はもう死んだかもしれねえ」
「ちぇっ、加減できねえのかよ」
「すまねえ。けどよ、何もひとところでいっぺんにやるこたあないと思うがな」
「こういうことは派手な方がいい。みんなずっと苦しんでたんだ。これで終わりだってはっきりわかるようなのがいいんだ」
「鉄五郎さん」
 ぼくはたまらなくなって叫んだ。
「お犬様をどうするの?」
 鉄五郎さんは父と顔を見合わせた。
「お犬様、か」
 二人とも苦笑いを浮かべている。
「終わったんだよ、こんなくだらねえことはな」
 鉄五郎さんは荒々しく縄を引っ張り、藤吾様は引きずられて戸口に倒れ込んだ。
「藤吾様!」
 駆け寄ろうとしたぼくを父が止めた。
「父ちゃん、どうして! このお方は!」
「ああ、そいつには本当に世話になった。野良犬からおれたちをいつも守ってくれた。藤吾がいてくれたからおれたちは、あんな頭のおかしい法がまかり通ってる中を、生き延びることができたのかもしれん」
 父がお犬様を呼び捨てにするのをぼくは初めて聞いた。
「けど、もう終わったんだ。今までは野良犬に襲われたって、殴り返せば死罪だった。今は違う。そいつに頼らなくたって追い払うことができる」
 何か途方もないことが起きて、一夜にしてこの世の仕組みが変わってしまったらしいことにようやく気づき、ぼくは呆然と立ちすくんでいた。
「さあ、行くぞ」
 我に返ると、藤吾様はもうずいぶん離れたところにいた。
「藤吾様!」
 追いかけようとしたぼくの腕を父がつかんだ。
「父ちゃん! 藤吾様が!」
「おれだってつらい。本当に世話になったからな。でも、もう決まったんだ」
「決まったって、何が」
「今の江戸には犬が多すぎる。いくつかの町内で犬を一匹残らず始末することが決まった。この町内の犬もだ」
 ぼくは頭が真っ白になった。始末? お犬様を? 藤吾様を? 振り返ると藤吾様はまるで逆らわず、いつものように淡々と歩いていた。
「行っちゃだめです、藤吾様!」
 ぼくは声を限りに叫んだ。藤吾様が遠ざかりながら少し首をこちらに向けた。その目を見てぼくは震えた。藤吾様はわかっているのだと思った。殺されることを、いやそれだけじゃなく、今まで敬われていたのは何か嘘の話だったことも、みんなわかっていたのだと思った。
 ご恩は一生忘れませんと誓った自分を思い出した。もうどうにもならないとわかっていても、ぼくは大声をあげるしかなかった。
「藤吾様!」

 宝永六年、生類憐れみの令廃止。当時のぼくは何も知らない子供だった。
 けれど、あの法令の時代を誰かが笑い話にするたびに、今も思い出すのはあの時の光景だ。ぼくが崇め敬っていた犬が、こちらを振り返った時のあの目。何も知らない子供だったからあの犬を敬っていたわけではないと、そのたびに思う。
「まさに、天下の悪法だったな」
 誰かの言葉にぼくはしみじみとうなずく。


八十、

 夫はサンタクロースなので、イブの夜には出かけなくてはなりません。
 私は夫の帰りを待ちながら、こたつの上にきず薬や包帯をたくさん並べて、じっとそれを見ています。こんなものは気休めにもならないってわかってはいるけど、やっぱりじっと見ています。

 三年前のクリスマス夜明け前、夫は血まみれで帰ってきました。瀕死の状態で、トナカイに抱えられて家に入ってきたのでした。
「奥さん、止血を」
 トナカイが患部をヒヅメで押さえながら言いましたが、私はすっかり動転して、救急車、救急車とうわごとのように言いながらおろおろするばかりでした。
「だめだ……病院には知らせるな」
 意識がないとばかり思っていた夫が苦しい息の中から言いました。
 なんでこんなことに。涙が勝手にあふれ出して、止まらなくなりました。
 私はサンタクロースのことをよく分かっていませんでした。イブの夜、世界を一巡りする。それが夫の役目です。「サンタクロース」というものが実在し続けるためには、誰かがそれをしなければならないのです。プレゼントを配ったりする必要はありません。誰かがサンタクロースとして、空飛ぶトナカイが引くソリに乗って世界を一周する。そうすることで世界中の人々の心の中に、サンタクロースが生き続けることができるのだそうです。
 けれども空を飛んで世界一周するなど、やはり無謀な話なのです。領空侵犯容疑で夫は毎年激しい攻撃にさらされます。銃弾の雨の中をトナカイとともにかいくぐりながらイブの夜を過ごします。
(視界が)
(振り切るぞ)
(死角に入れ)
 手綱を引き、ゆるめる。一瞬も気の抜けない狂った夜です。
 夫もトナカイも、その分野では一流です。それでもこういう事態は起こりうるのです。そしてそんなことが起こっても、病院に連絡もできない。まるで指名手配中の犯人みたいだ。あんなに血が。赤い服がますます赤く。
 私は泣いて泣いて、まわりがぐるぐるして見えるくらいでした。自分が何の役にも立たないことも、夫がこのまま死ぬかもしれないことも、何も考えられなかったし、多分考えたくなかったのだと思います。
「奥さん、落ち着いて。大丈夫だから」
 トナカイが熟年の渋みを帯びた優しい声で言いました。

 今度あんなことがあったら。
 その時はあんなに取り乱したりはしないでしょう。あの時の私はあまりに幼稚でした。今は家で一人、もっと悪いことを想像しながら、ただじっと座っています。想像したことは現実にならないような気がするので、悪い想像を止める気にもなりません。ひとりぼっちになった自分、夫の遺体に泣きながらすがりつく自分を何時間も思い描き続けます。
 鈴の音。
 私はこたつから飛び出しました。窓を開けると宙に浮くトナカイとソリ、それに乗る赤い服の太った男。一瞬、のどがつまって声が出なくなります。
「…………」
「た、だいま」
「おかえり」
「み、水、水くれ」
 凍りつくような空気の中で夫もトナカイも汗だくで、荒い息を吐いています。私はあわててコップと、トナカイ用に深い皿に水を入れます。
「おかまいなく。それではまた来年」
 トナカイはそれを飲まず、急ぐように去って行きました。彼にも帰る場所があるのです。
 夫はサンタの衣装を脱いでいました。重ね着していたので太って見えていましたが、本当はむしろやせ型です。ひげは付けひげです。プレゼントを配らないから、袋は最初からからっぽです。
 サンタクロースを形作ってる部分は全部嘘です。目の前にいるのはどう見てもサンタではありません。けれどこの人は、サンタクロースの実在のために命がけで働いているのです。
「ふー」
 水を飲み、夫は大きく息を吐きました。
「お疲れさま」
「疲れたねー」
「今年は怪我しなかったの?」
「服が少し焦げた。でもそれの出番はないな」
 夫はこたつの上の薬と包帯を見て笑いました。
「今年は多めに用意したのに」
 私も笑いました。
「あ、言うの忘れてた。メリークリスマス」
「ああそうだ、メリークリスマス」
 胸が痛いようで、熱いようでした。控えめに言って私は、この人を世界一愛しているのだと思います。


七十九、

 生まれ育ったこの館で過ごすのも今日が最後になる。思い出にでもひたろうかと思い、ひたるような思い出は特にないことに気づいた。
 この館で生まれて、育った。色々なことを習った。そんな気がするが、それだけだった。いつのまにか結婚の話がまとまっていて、明日から私はその人の館で暮らすことになる。私はずっとこんなふうに生きていくのだろう。まるで眠っているようだと思い、その先を考えようとしたが、それ以上何も思いつかなかった。何かを考え続けるのには向いていないのだと思う。

 時計塔の鐘が鳴ったので、窓の外を見た。この季節、鐘は日が沈む頃、空が赤い頃に鳴る。そういえばこの鐘を聞くのも最後になるのだった。今日が晴れていてよかったと思う。
 ここからでは建物に隠れていて見えないけど、あの塔の下は広場になっているのだそうだ。実際に行ったことはない。私はあまり館の外には出ないし、出る時の目的地はたいがい街の中心だ。時計塔とは逆の方向だった。
 行きたい、時計塔を近くで見たいと言ったらどうなるだろう。そんなことを考えたこともあった。言えば連れていってもらえるかもしれない。広場に降りることは許されないだろうけど、横を通るだけでも広場を見ることはできる。少し考えてみただけだった。別にそれほど行きたいわけでもない。ここに住んでいれば夕暮れどきに時計塔の鐘が鳴るのが聞こえる。ただそれだけのことだ。
 そういえば、なぜ私はあの塔の下が広場だと知っているのだろう。ああそうだ、以前に使用人に聞いたことがあったからだった。
「あの塔の下はどうなっているの」
「あそこは広場でございますよ」
「広場」
「ええ、あまり人が多くはございませんが、毎日子供が遊んでおります」
「そう。今の時間でもまだ遊んでいるの」
「ええ、多分。まだ明るうございますから」
 私は見たこともないその場所のことを考えた。赤い空に、鐘と広場。子供は何人くらいいるのだろう。走っているのか、笑っているのか。日は傾いているから、その影はずいぶん長く伸びているだろう。

 鐘の音が止まってずいぶんたつのに、まだ余韻が響いているような気がした。空がまだ赤いせいかもしれない。
 ここを離れて、別の場所で暮らす。その場所で私は、この鐘に代わる何かを見つけなければならないのだろう。きっと見つからない。そんな気がしている。でも見つけなければならなかった。
 私はまた、時計塔の下のことを考えた。赤い空、鐘と広場。子供たちは今日も遊んでいるだろうか。その影は、やはり長く伸びているのだろうか。


七十八、

 近所の公園に生えているあの木には、私しか知らない秘密がある。
「体調が悪いんですよ」
 あの木の下に寝転がってそう言うと、薬が一錠落ちてくる。漫画に出てきそうな派手な色のカプセルだ。いつも顔の上に落ちてくるので、それを受けとめる。右手の親指と人差し指でつまんで、木の上の方の枝に見せるように振って、
「ありがとう」
 そう言ってから飲み込む。目を閉じて、葉の音を聞く。体の中に薬がしみじみと広がっていくような感覚がある。しばらくそうしてから帰る。あたたかくして寝る。
 いつだって、それで翌日には元気になった。

 友達が入院した。病名は知らない。けれど見舞いに行くたびに、彼女がただごとではなく衰えてゆくのがわかった。ある日私は公園に行き、木の下に寝転んだ。
「体調が悪いんですよ。友達の」
 何も落ちてこなかった。
「ここに連れて来ちゃだめですか」
 返事の代わりのように、顔の上に枯れ葉が一枚落ちてきた。

 友達はその一週間後に死んだ。それ以来薬はもらっていない。


七十七、

「それじゃ、また来るから」
 駅まで見送りに来てくれた母さんにそう言いながら、僕はあの面倒な手続きのことを考えた。一週間街を離れるための手続きに半年かかった。次に来れるのはいつになるだろう。
「体に気をつけてね。危ないことがあったらすぐに逃げるのよ」
「大丈夫だよ。外で思われてるほどひどいところじゃないんだ」
「でも……」
「おれ、あの街好きだよ」
 母さんは困ったような笑ったような顔をした。
「じゃ、そろそろ」
「気をつけてね。本当に気をつけて」
 うなずいて改札に入った。予定の電車に乗り、座って窓の外を見る。ようやく一息ついたような気がした。これから僕はパニック市に帰る。
 パニック市。本当の名前は何だっけ、と思った。なかなか思い出せなかった。

 パニック触媒遺伝子を持っている人間は一万人に一人と言われている。けれど、これまで歴史上にあった集団ヒステリーともいえる騒ぎ、そこから派生したもっと悲惨な混乱の陰には、必ず彼らの存在があったのだそうだ。なぜそう言いきれるのか僕にはよく分からないけど、研究の結果だんだんと明らかになったことらしいので、きっと正しいのだろうと思う。
 攻撃的なわけでも被害妄想が強いわけでもない。人を煽動するわけでもない。けれど、パニック触媒遺伝子を持った人間が含まれた集団は、危険な騒動を起こしてしまうことが多いのだそうだ。
「君はパニック触媒だ」
 そう診断された三年前、僕はわけもわからないうちに家族から離されてパニック市の中学生寮に引っ越した。パニック触媒と診断された人々が隔離されるように暮らしている街。あちこちに監視カメラが設置されていて、それがあまり無駄でもない。毎日どこかで悲鳴が聞こえ、群衆が走り、恐怖の叫びをあげながらの殴り合いが始まる。
 母さんが心配するのも無理はない。治安の良し悪しの問題でなく、日常的にパニックが起きる。すぐ怪我人や死人が出る。催涙ガスの出番になる。パニック市はよくテレビの取材対象にもなっているし、そのカメラの前でも期待通りの騒ぎが起きたのだ。
「昔にも、パニック触媒によって起こった事件は多かった。しかし罰せられるのは事件を起こした当事者、つまりパニック触媒に影響されてしまった人々だった。それは正しくないことだ」
 以前、テレビでそんなことを言っていた人がいた。もっともだな、と思う。パニック市に引っ越す前、僕がいたクラスにはよく変な騒ぎがあった。それが僕のせいだなんて思いもしなかったけど、本当は僕のせいだった。
 パニック触媒は、ただそこにいるだけでパニックになりやすい空気をつくり出してしまう。全国に散らばっているより一カ所にまとめて監視した方がいいという理由でパニック市は作られた。当初は非人道的だという反対もあったそうだけど、できあがったパニック市の状況が知られるにつれて反対意見は消えていった。誰もパニック触媒に身近にいてほしくはないのだ。

 厳重な入り口を通ってパニック市に入った。僕が住んでいる高校の寮は、そこから徒歩で十五分だ。
「あれ」
「あ」
 途中で同級生の女の子に会った。
「どこか行ってたの?」
 僕が肩から下げている大きめのカバンを見て、彼女は不思議そうな顔をした。
 そのとたん、周囲の空気が変わった。いつもと違うという小さな違和感を感じただけで、まわりの人間にそれが何倍にも増幅されて伝わる、それがパニック触媒だ。何倍にも増幅された違和感は違和感ではなく、恐怖になる。パニック触媒はそこにいるだけで、恐怖に満ちた空気をつくり出す。
 彼女が触媒だと知らなかったら、そんな空気の変化は感じとれないだろう。けれど知っていればはっきり分かる。そして僕も、これと同じ空気をまき散らしているのだ。
「うん、実家に帰」
 言いかけた時、悲鳴が聞こえた。
 振り返ると、大勢の人々が恐怖の叫びをあげながら走ってきていた。何か恐ろしいものに追われているような騒ぎだった。
 僕も彼女もあわてて逃げ出した。何が追ってきているのかは分からない。何も追ってきてはいないのかもしれない。けれど、逃げるしかない。走る人波はどんどん大きくふくれあがってゆく。悲鳴も恐怖もふくれあがってゆく。パニック市という呼び名にふさわしい光景だ。僕がまき散らしている空気と同じ空気の街。
 帰ってきたんだな。必死で走りながら、ふとそう思った。


七十六、

 占い師になって十年が経った。あいかわらず私の占いはまったく当たらない。水晶玉の中にははっきり未来が見えているのに、それは決して訪れることのない未来だった。五分五分の選択もことごとく外して、0%の的中率は十年間変わらないままだ。
 けれども客は途絶えることなくやってくる。まったく当たらないのなら、それはそれで何かの参考になるのだろう。

「来週から海外旅行に行くんですが、どうなるかちょっと占ってもらえますか」
 私は目の前の客の顔をながめ、それから水晶玉をのぞきこんだ。たちまち水晶玉の中に鮮明な像が現れる。
「飛行機が墜落しているのが見えます」
「はあ」
「テレビのアナウンサーが叫んでいます。『乗客は全員絶望的ということです!』怒号。悲鳴。遺族の泣き顔を映すテレビカメラ。『やめろ』別の遺族が怒ってカメラを押しのけたため映像が斜めになりました」
「はあ……あの、それだけですか」
「続いて犠牲者一人一人が紹介されます。金婚式のお祝いに子供達から海外旅行をプレゼントされて旅立った立野さんご夫妻は」
「いや……もういいです」
 客は少し不満そうに立ち上がり、私は水晶玉から目を離した。
「いい旅を」
 あまり役には立てなかった。分かったのは飛行機が落ちないということだけだ。でも少しは安心できたかもしれない。水晶玉の中の出来事を説明するのは嫌いではない。

「あの……実はプロポーズされまして」
 なんとなく暗い雰囲気をただよわせた女性だった。
「それはそれは」
「それで、結婚したらどうなるかを占ってほしいんですが」
 水晶玉をのぞきこむと、中で目の前の女性が笑っていた。優しそうな男性が彼女の髪をなでている。
「『やめてよ、くすぐったい』あなたが指を軽くつねると、『いててて』ご主人がおおげさに痛がります。笑うあなた。そのまま二人で見つめ合って、『あのね』ふとあなたが口を開くと、さっき投げたフリスビーを取ってきた犬が戻ってきて二人の間に座り、ワンと一声吠えます」
「…………」
「『偉い偉い』犬をほめるあなた。川面をわたってくる心地よい風。ご主人は澄んだ秋の空を少し見上げてからまたあなたを見つめます。『さっき、何を言いかけたの?』『え? ああ……』少し首を傾げてほほえむあなた。『私、こんなに幸せでいいのかしら』『ばか』少し真顔になるご主人。『僕は君をもっともっと幸せにしたいんだよ』『今のままで十分よ』」
「…………」
「『欲がないなあ。まあそこが君のいいところだけど』『ワン!』『ほら、ムクもそうだそうだと言ってるよ』『うふふ。ありがとう、ムク』あなたはもう一度犬の頭をなで、それからそっと付け加えます。『この子もそう言ってくれるかしら』『この子?』不思議そうな顔をしたご主人が、あなたがお腹にそっと手をそえているのを見て目を見張ります。『もしかして……ぼくらの子が!?』ほほえみ、うなずくあなた。歓喜のご主人が犬と一緒に万歳を」
 目の前の女性の顔がどんどん暗くなってゆく。少し胸が痛んだ。でも、水晶玉の中の出来事を説明するのは嫌いではない。


七十五、

 いつのまにかずいぶん離れた場所に来た。もう大丈夫だと思うと、なくしたしっぽの跡が急に痛んだ。猫に襲われたので、ぼくはしっぽを切って逃げたのだ。
「ようし!」
 猫の爪の下で、しっぽが満足そうな声をあげたのが聞こえた。

 ぼくとしっぽは一緒に生まれた。何をするのも一緒だった。けれど役割は最初から決まっていた。いざという時にはしっぽが犠牲になり、ぼくは生き延びる。
「トカゲなのは君だから」
 しっぽはそう言った。ぼくらはいざという時の動きを練習した。何度も何度も練習した。完璧にできるようになってからも練習した。もう何も考えずにその動きができるようになった頃からは、ぼくとしっぽは練習しながらいつも笑っていた。

 あの練習の通りにやれて、ぼくは生きている。しっぽはもういない。猫はしっぽをどうしただろう。空はすでに暗い。岩のすきまにもぐりこんだ。今日は星が多いように思う。しっぽはもういない。


七十四、

 男が持っていた楽器はパグワという名だった。パグワは底が丸い花瓶のような形をしていた。いくつか穴があいていた。男は底の丸いところを叩いたり、穴を指でふさぎながら、笛を吹くようにして吹いたりしていた。
 ある日、男はこの街にやってきて、街角でパグワを演奏し始めた。演奏は評判になり、男のまわりには連日人垣ができた。わたしもパグワが好きになったので、毎日のようにその人垣に混じった。
 けれども、男の演奏を鼻で笑う者もいた。
「あんなつまらんものをわざわざ聞くやつの気がしれない」
 誰かがそんなことを言った。
「あのパグワという楽器はあの男が作った物で、世界に一つしかないらしい」
 誰かがそう反論した。
「一つしかなくたってつまらんものはつまらん」
 誰かがそれにそう返した。

 男がこの街に来て数日後、パグワが何者かに盗まれた。パグワが好きな人々がみんなで街の中を探したが、結局パグワは古い家のわきで、ばらばらになって見つかった。
「ごめんよ」
「また来てくれ」
 パグワが好きな人々は、同じ街の者の暴挙に心を痛めながら、去っていく男を見送った。男はすこし笑って、すこし手を振って街を出ていった。
 わたしはそっと街を出て、歩いてゆく男を追いかけた。
「あの!」
 男は不思議そうな顔をして振り返った。
「あの、わたし……」
「ああ、何度か聞きに来てた」
「はい!」
 覚えていてくれた。私はうれしくて、なんどもうなずいた。
「何か用か」
「あの、街のみんなを嫌いにならないでください。また来てください。あんなことした人もいるけど、あなたの演奏が好きな人もたくさんいるんです」
「わかってるよ」
「もしかしたら盗んだ人だって、あなたの演奏が好きで、それでどうしても欲しくなったのかも……いえ、だから許してあげてくれっていうんじゃないけど、でも」
 男はフンと鼻を鳴らした。
「好きなやつが壊すわけないだろう。盗んだのは、俺のパグワが嫌いなやつさ」
「でも」
「別にいい。故郷の森に帰ればパグワはまた作れるんだ」
 そういえば、男の声を聞いたのはこれが初めてだった。思っていたよりもずっと冷たい声だった。
「お前、わざわざそんなこと言いに来たのか」
「はい……あの、あなたにまた来てほしくて」
「同じだな」
「?」
「わざわざ追ってきてそんなことを言うお前も、パグワを壊したやつも同じだ」
 わたしは呆然とした。そんなことを言われるなんて思ってもみなかった。男は小さな荷物を背負い直しながらつまらなそうに言った。
「お前らは哀れだ。お前らは自分の好きな音を自分では出せないから、自分の好きな音を出してくれそうなやつを必死でおだてるのだろう。自分の好きな音を出そうとしないやつを必死で消そうとするのだろう。いつも自分の好きな音が聞こえている世界を、そんな方法で作ろうとしているのだろう」
「わたしは……」
「おれは自分の好きな音を聞くために、故郷の森でパグワを作った。パグワがあれば、いつでも好きな音を聞くことができた。ある時森を通ったやつが、いい音だと言った。街でもっとたくさんの人に聞かせるといいと言った。だからおれは街に出た。いろんなやつがパグワを聞いて、手をたたいたり石を投げたりした。おれは最初はそれを不思議に思ったが、そのうちにやっと、お前らが自分では自分の好きな音を出せないからそうするのだとわかった」
 違う、と思った。しかしどう違うのか、言葉にすることはできなかった。黙っているわたしを見て、男はすこし笑った。
「おれは多分、お前らのことが好きなのだと思う。おれの一番いいパグワを、またお前らに聞かせてやりたい」
 背を向けて歩き出した男を、わたしは長い間見送っていた。男に声が届く間に何か言わなくてはと思ったけど、やっぱり言葉は見つからなかった。

 街に帰ると、まだあちこちで男のことが話題になっていた。
「誰があんなことをしたんだ」
 怒っている人がいた。笑っている人もいた。
「いいじゃないか。うるさい音がなくなってせいせいした」
「俺はあの演奏が好きだった。もっと聞きたかったのに」
「あんなものをいいと思えるなんて幸せ者だな。うらやましいよ」
 わたしはなんだか泣きたくなった。
『お前らは哀れだ』
 でも、それでもわたしは、男が言っていたことは違うと思う。いつかまた、男がこの街を訪れたら、その時は必ずそう言おうと思う。


七十三、

「おい、ロボ」
 声を聞くと嫌な気分になる。私は確かにロボットだが、偉そうに大声でそう呼びかけるあいつは私の主人でも何でもないのだ。
「お呼びでしょうか」
「掃除は終わったのか」
「はい」
「じゃあ部品の点検をしてやる。腹のふたを開けろ」
 またかと思う。点検ならおとといもやった。もっとも他に何かやることがあるわけでもない。私はいやいやながら筒状の胴体部のふたを開ける。あいつは時間をかけてたんねんに点検してゆく。今日一日はこれで終わるだろう。

「おい、ロボ」
 私は大声で呼びかけた。突っ立っていたあいつがやってくる。
「お呼びでしょうか」
「掃除は終わったのか」
「はい」
 表情はなくても、あいつが私に命令されることに抵抗を感じていることはわかる。けれどしかたがないことだ。
 二週間前。「留守を頼む」という漠然とした命令を置いて、主人は旅行に出かけていった。初めのうち、私とあいつは二人で相談しながら家事を分担していた。しかし相談とか分担とかは私たち旧式のロボットには向いていないらしい。結局一日交代で仮の主人になり、相手に命令するという形に落ち着いた。
「じゃあ他にやることもないし、部品の点検を……いや、やっぱりやめておこう」
「やめるのですか」
「今日はご主人がお帰りになる日だ。夜とおっしゃっていたが、気まぐれな方だからな」
「ああ、そういえばそうだな」
 本物の主人の話が出ると、仮の主従関係はあっさりと崩れる。
「早くお帰りになるといいな」
「まったくだ。こう言っちゃなんだが、お前に命令されるのは気持ち悪くてかなわん」
「こっちだって同じだよ」
 そう言い返した時、玄関でガランガランと鐘が鳴った。主人が気に入ってつけた鐘で、やたらと大きな音が出る。
「お帰りだ!」
 あわてて玄関に飛び出そうとした時には、すでに家の中にどかどかと主人の足音が響いていた。出迎えた私たちがお帰りなさいませと言う前に主人は大声を出した。
「おい、ロボども。何か変わったことはなかったか」
「いいえ、何も」
「おれは疲れたから寝る。起こさなくていいぞ。飯は起きてから作ってくれ」
「はい」
 そのまま寝室に入ってゆく。飛び込んだのか、ベッドが大きくきしむ音がした。すぐに寝息が聞こえてきた。
「やはり、本物は違うな」
「まったくだ」
 私たちは感心しながら言い合い、旅行カバンの整理にとりかかった。


七十二、

 村を見下ろす小高い丘に、小さな墓が一つある。いつからあるのか、誰のものかもわからないけど、みんなはこの墓をとても大切にしている。
 村の者の多くはそれぞれ「命日」を持っていて、その日に丘を登って墓参りに行く。毎日誰かの「命日」なので、墓は始終清められ、墓のまわりはいつもきれいだ。

 ぼくはまだ命日を持っていない。命日は一人一日ずつ。この村の人口は四百人を超えているので、持っていない者も多いのだ。けれど、ぼくは持っていない者の中ではいちばん年かさだから、次に村の誰かが死んだら、その人が持っていた命日をもらうことになる。
 別に命日がとてもほしいというわけでもないけど、でもなんとなく丘を見上げてあの墓が目に入ったりすると、頭の中に村の年寄りの顔をいくつか思い浮かべ、誰の命日をもらうことになるのだろうなんて考えたりもする。
「おい、千太」
「うわっ」
 思い浮かべた顔の一つが目の前にあった。二軒隣の十郎さんだった。
「なんだ? なに驚いてんだ」
「別に驚いてないよ」
「そうだったかな」
 どっこいしょと言いながら、十郎さんは道ばたの石に腰をかけた。
「千太。次に命日をもらうのはお前だったな」
「え? あ、ああ。たしかそうだよ」
「じゃあ、俺の命日をやる」
 ぼくはぽかんとして十郎さんを見た。
「なんだいそりゃ? 十郎さん死ぬのかい」
「なに言いやがる縁起でもねえ」
「いや、だって……」
「だいぶ足が弱ってきてな、あそこまで登るはちいと無理なんだ。だからやる」
「やるってそんな」
「ありがたく受け取れよ。いつだか知ってるか」
「たしか……あ、もうあと三日じゃないか」
「よく知ってるな」
「そりゃあ……」
 ぼくの命日になるかもしれない日だと思っていたからだ、とはさすがに言いにくかった。
「なら話は早え。今からあの命日はお前のもんだ。三日後にはお前が行け」
「…………」
「いいな。俺の命日、たしかに渡したぞ」
「あ、うん」
「よし」
 またどっこいしょとかけ声をかけて、十郎さんは立ち上がった。
「まあ命日なんてものは、若いやつが持ってた方がいいんだ」
 ひとりごとのように言い、ずいぶんな早さで歩いていった。丘を登れないほど足が弱っているようには見えなかった。

 墓に水をかけ、まわりを掃き清める。こんなにこの墓に近づいたのは初めてだ。別に禁止されているわけでもないけど、なんとなく近づきがたかった。
 墓に向かって手を合わせると、ふしぎな感慨がわいてきた。会うことはできなかったけど、ぼくにとってとても大切な人が、ここに眠っているのだと思う。来年またここに来た時、ぼくはこの墓に何を言うのだろう。そしまたその次の年。次の年。立派な男にならなくてはいけないな。そんなことをなんとなく思う。何度か振り返りながら、丘を降りた。
 家に戻る途中で十郎さんに会った。
「よう、どうだった。いいもんだろう」
 まるで自慢でもするようにそう言った。
「うん、いいもんだった」
 十郎さんはなぜ、ぼくに命日をくれたのだろう。墓の前で過ごすことのできる日、命日がどれほど大切なものか、今のぼくにはよくわかる。ぼくだったら、ちょっと足がつらいくらいで手放したりしない。
 ぼくのためだったのだろうか。また頭の中に、村の年寄りの顔がいくつか浮かんだ。みんなあと数年は生きていそうだ。命日は若いやつが持っていた方がいい、と十郎さんは言った。ぼくも今もらえてよかったと思う。ぼくのために、ゆずってくれたのだろうか。
 それとも……。頭の中に並んだ、村の年寄りの顔をもう一度見直した。十郎さんより先に逝きそうなのは誰だろう。3〜4人はいる。いや、もっとかな。本当だったら、ぼくが十郎さんの命日をもらうことはなかったと思う。
 十郎さんには昔からかわいがってもらった。大切な日だからこそ、自分の命日をぼくに渡したかった、そう思うのはうぬぼれだろうか。
 まあ違ってもいいと思う。ぼくは十郎さんの命日をもらえて嬉しい。
「ありがとう、十郎さん」
 改まってお礼を言うと、十郎さんは少しそっぽを向いて笑った。


七十一、

 ある日突然、世界中の鳩サブレがこなごなに砕けたとする。同時に鳩サブレの形を記録したものが全て消え、鳩サブレ工場にあったはずの鳩サブレの型やらなにやらもなくなってしまったとする。
 一度は完全に世界から消えた鳩サブレ。しかし人々の記憶を頼りに型は作り直され、しばらくの時間をおいて復活するに違いない。
 けれどもそれを買い、袋をあけた人々は悲しそうな顔をするだろう。味は同じなのに、形も同じように見えるのに、やはり何かが違う、と。


51〜70
1〜50




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