Scene2:マルパソ 険しい道
 
 
 
渡辺さんはもともと、アニメーションという表現についてはどのように考えていたのでしょうか。

僕は、アニメというものをそんなに熱心に見ていたわけではなかった。しかし高校生のときに観た『宇宙戦艦ヤマト』('74)には驚きましたよ。「こんなに面白いアニメがあるのか」と感じてました。そして大学生のときに放映された『機動戦士ガンダム』('79)。これはすごい作品だと感じた。原色のロボットが出てくるんですけど、そこでやっていることは原色ロボットの世界ではなかった。「こんな空気感、世界観がある作品をつくろうとしてるのか」と驚きました。

我々の世代は、ほとんどの人間がこの2作品の洗礼を受けていると思うんですけど、僕もその洗礼の基礎の上で仕事をしているのは間違いないでしょうね。ただね、僕の場合は、いちばん好きなのはアクション映画。それもクリント・イーストウッドのが大好きなんです。『ダーティハリー』('71)がいちばん好きなわけです。続編は駄目。僕は252回、スクリーンで観ています。ビデオで観た数は数えていません。パート1だけです。これに関しては完全におたくです。

252回ですか……!

今販売されているDVDの5.1音声版では、最初のほうにある銀行強盗と銃撃する場面で、5発のはずの銃声を6発に修正してしまっているんですよ! 蛇足の極み。あれが僕には納得いかない。252回も観てますから、効果音のひとつひとつまで僕の脳裏に刻み込まれているんです。僕が生まれたのは、福島の産院。その産院が実は映画館の隣にあった。それがなにかを暗示していますよね(笑)。

クリント・イーストウッドは、もう本当に大好きです。『ローハイド』('58)時代からのファンですからね。幼稚園のときにはもう、『ローハイド』の「ローレン、ローレン、ローレン」という主題歌をラジオで覚えて、「5円、5円、5円」と歌いながら、おふくろにこづかいをせびっていました。あのころ、こづかいが1日5円だったんですよ。その当時からイーストウッドと縁があったわけです(笑)。

イーストウッドという俳優を明確に意識したのは、中学生のときにテレビで観た『荒野の用心棒』('64)。しばらくしてから『ダーティハリー』を観て、もうこれで完全にはまりました。

『ミスティック・リバー』('03)など、今ではイーストウッドはむしろ監督して有名になってしまいましたね。今年のアカデミー主演男優賞のショーン・ペンや、助演男優賞をとったティム・ロビンスのように、俳優の演技を引き出すのもうまい。初監督の『恐怖のメロディ』('71)のときは、「俳優に監督なんかできるか」と言われながら、ギャラはただでいいからと言って監督したそうですけど、立派な監督になっちゃった。僕は俳優としても彼を好きですけど、それ以上に生き様として尊敬しているんです。奥さんを何回ももらったというところは別ですけどね(笑)。

渡辺繁氏インタビュー

もともと売れない役者で、下積み時代がずうっと長かった。テレビ西部劇の『ローハイド』でやっと芽が出ましたけど、「所詮はテレビ俳優」としか見てもらえなかった。それがマカロニウエスタン、つまりイタリアでつくる西部劇という、主流どころかもはやアウトローの世界で成功して、大スターになった。そしてイタリアから帰国後、自分のプロダクションをつくって映画を製作するようになる。映画づくりに向けて必ずしも恵まれていたわけではないキャリアを、コツコツと積み重ねていって今日に至った。その道程が映画人として、素晴らしいなと感じるんです。死ぬまできっと、ファンですね。メジャーストリーム、日の当たる道を歩いてきた人ではなく、脇から入ってきた人間でも、ポリシーを持ってことに当たれば成功する。そういう希望をイーストウッドはつくった。彼のプロダクションの名前がすべてを表していますよね。「マルパソ・カンパニー」、マルパソとは、スペイン語で“険しい道”という意味です。

クリント・イーストウッドは日本人にとってもかっこいい男の代名詞でした。監督作品では『バード』('88)が、題材の選び方も含めてかっこいいです。しかし日本映画についてはいかがですか。

僕は黒澤明さんの大ファンですよ、はい。なぜ黒澤ファンになったかというと、それはやはりイーストウッドがきっかけで(笑)。彼が世界的なスターになるきっかけとなった『荒野の用心棒』。あれは黒澤監督の『用心棒』('61)を下敷きにというか、盗作した作品ですよね。そこで『荒野の用心棒』を観た後に、オリジナルを知りたいと思い、『用心棒』も観たんです。そうしたら確かに面白かったんですけれど、僕にとっては、続編の『椿三十郎』('62)のほうが「黒澤映画の魅力はこれだ」というものが感じられて、面白かった。この『椿三十郎』を踏まえて『天国と地獄』('63)を観て、『赤ひげ』('65)を観て、当然『七人の侍』('54)も観て、結局全作品を観て(笑)、やっぱり黒澤明はすごいなと思いましたね。

今のバンダイビジュアルの事務所の近くにある地下鉄銀座線の稲荷町駅。その上にある交番のすぐ裏に、永昌寺というお寺が建てられている。そこは僕の聖地なんです。

講道館柔道を起こした嘉納治五郎が下宿した寺が永昌寺。彼は講道館四天王とともにその場所で稽古を積んでいた。その四天王の一人、富田常次郎の息子が小説『姿三四郎』の作者である富田常雄です。だからもし永昌寺がなければ講道館の四天王はなくて、その息子の富田常雄もいない。富田常雄がいなければ『姿三四郎』がなくて、『姿三四郎』がなければ、映画『姿三四郎』('43)で監督デビューした黒澤明もいない。そして黒澤明がいなければ、『用心棒』のマカロニウエスタン翻案で世界的なスターになった、今のイーストウッドもいない。だからあそこは僕に言わせると聖地なんです(笑)。