エホバの証人のためのガイド

より効果的な伝道活動のために

樋口 久・著

 あなたは、伝道活動を行っているエホバの証人の方ですか。最近、伝道がやりにくいと 思ったことはありませんか。もしそうなら、それは自然なことです。

 変に懐疑的な態度に出たり、はじめから「エホバの証人の言っていることは嘘です」など と言ったりする人が増えているのです。「可哀想に」という哀れみの態度をとる人さえいま す。真理を述べ伝えているエホバの証人にしてみれば、あちらの方がよほど可哀想な人たち なのですが、しかしだからこそ伝道を行うのではありませんか。サタンに迷わされている人 を放っておくことは、エホバ神の望まれるところではありません。今まで通りのやり方では 駄目な人が増えているのですから、「私たちの王国宣教」に従ってより効果的な伝道の仕方 を研究することはもちろん、さらに一歩進んで、次の二つの点に気をつける必要があります。

1)「終わりの日」をすぐには口にしない
2)聖書をできるだけ前面に出さない。

意外に思うかも知れませんが、これは本当のことです。次にこれを説明しましょう。

1 「終わりの日」をすぐには口にしない

 いつもの通り、身近なニュース記事などを取りあげて、世界のあちこちで悲惨なことがた くさん起こっていますね、と言うと、「いや、そうでもないでしょう」という答え、あるい は、「さあ、考えたことがありません」というようなはっきりしない答えが返ってきたこと はありませんか。特に日本では、生活が安定してくるにつれ、こんな風に思っている人が増 えているのです。

 『論じる』にも、ある程度の対策は載っていますが、最初から共感が得られないのでは、 その後の話し合いも効果の少ないものになりがちです。エホバの証人になってくれそうな人 は、ある程度暇と余力のある生活をしていて、しかも何か満たされない気持ちをどこかに感 じている人です。ですから、その辺をくすぐらないといけないのです。また、こういうタイ プの人は、日頃何かを実感して生きているということが少ないので、実感のこもった言葉に 弱いのです。ですから、例えば、「エホバの証人として活動していると、毎日が充実してい て、楽しくて、しかたないほどです」というような言葉をどこかに入れるのが効果的なので す。もちろん、話しかけられているという実感を与えるために、「××さん」という風に相 手を名前で呼びかけるのも忘れてはいけません。

 「終わりの日」を言わない方が良いのには、もうひとつ理由があります。近頃では、情報 が出回っていて、ものみの塔協会が何度にもわたって「終わりの日」の予言をし、その度に はずれてしまってきている、ということが知られていることが多いのです。もちろん、もの みの塔協会は過去の過ちを素直に認めていますし、だからこそ徐々に明るくなってくる真理 の光を追い続けている組織と言えるわけですが、そんなことはエホバの証人になってもらっ てからでないと聞いてもらえなかったりします。  最近ではもう1975年のことを蒸し返す人も少なくなりました。それ以前のはずれた予 言の数々を指摘する人もたまにしかいません。しかし、「あの1914年から一世代のうち に終わりがくるというのはどうなったのですか」と聞かれたエホバの証人が実際にいるので す。説明は今一つわかってもらえなかったようで、どちらかといえば要領を得ないものに なってしまいました。ものみの塔協会の教義を一般の人に納得してもらうのは難しいのです。 教義については、仲間に入ってもらってからゆっくり学んでもらうのがベストなのです。

2 聖書をできるだけ前面に出さない

 これは、意外かも知れませんが、大変重要です。もちろん、「私たちは、聖書の真理をお 伝えしています」と言うことぐらいは構いません。しかし、聖書についてそれ以上踏み込ん だことは、言わないのが賢明です。『論じる』をはじめとする書籍類は結構一般に出回って いて、エホバの証人が言いそうなこと、というのは相手にわかっていることが多くなってき ているのです。少し熱心な人になると、エホバの証人の教義上の問題を細かに研究している 場合もあります。そんな人と『新世界訳』を一緒に読んでいって、とうとうエホバの証人を やめてしまった人もいます。

 あなたは、「それでも私は絶対大丈夫」と言えますか。実は、こういう人たちと議論をし て、最終的に説き伏せられてしまうのはエホバの証人の方であることが多いのです。これは、 残念ながら、事実です。嘘ではありません。エホバの証人の教義について書かれた本はたく さんあり、背教者が書いたものではないものもあります。これなら読んでも構いませんから、 研究してみてください。結構手強いのです。聖書を本当に読んでいくことで、ものみの塔の 教義の誤りに気付いたと言って、自分から断絶したり、排斥に至る言動に出たりするエホバ の証人が急速に増えているのです。

 あなたも、教義についてはっきりわからないと思ったところがあるかもしれません。ある いはまた、書籍などで学ぶすばらしい聖書の教えと、会衆におけるいろいろな人間関係の問 題との間に、随分差があると感じたこともあるでしょう。長老、監督と上になるに従って、 よけいに自分を低め、他の人のために奉仕するしもべとなるはずなのに、現実はそれとは正 反対です。もちろん、人間は不完全であり、だからこそ、この組織にすがっていかなければ ならないのですが、それでも、これがクリスチャンのすることだろうか、と思ったりするこ とがあります。ですから、信仰を強めるため、そして排斥などというとんでもない事態に至 らないためにも、聖書に深入りしてはいけないのです。できれば『ものみの塔』をはじめと する協会発行の書籍だけで自分の信仰を強め、伝道を行うという風にしないといけません。

 以上を要約すると、次のようになります。伝道に当たっては、教義について、特に聖書に 関することについての深入りを避ける。もし相手が深入りしたがっても、できるだけ相手の ペースに乗らない。そして、とにかく自分の信仰がどれほど強いものであるかを協会発行の 書籍などを使って伝える。

 くれぐれも、聖書をゆっくり読んだりしてはいけません。集会や宣教奉仕などで忙しいの でそのような心配はないとは思いますが、万一空きの時間ができたりしたら、テレビを見る などがよいでしょう。聖書をじっくり読んだ結果、エホバの証人をやめていく人が後を絶ち ません。もちろん、素直な心を失い、傲慢な自分の解釈をするためです。聖書を本当に読ん だエホバの証人はみんな傲慢になってしまうのです。ですから、聖書は、書籍研究などの時 にときどき開いてみるだけ、という風にしなくてはなりません。

 また、言うまでもなく、『新世界訳』以外の聖書に手を出すのも、危険ですから避けるべ きです。最近の訳は、正確で、わかりやすいものになっていますので、読むと、理解できて しまいます。協会の解釈に合わないと感じる部分が、必ず出てきます。これは信仰を弱める ことになります。傲慢な心になるのを避けるためにも、協会発行の書籍類だけを読むことで す。そうすれば、これからも、心に迷いを持つことなく、信仰において強められながら宣教 奉仕を続けることができ、効果的に仲間を増やすことができることでしょう。


ウェブマスターより

この記事は樋口 久氏の投稿によるものです。樋口氏への連絡はつぎの宛先にお願いいたします。

Q-Higuchi@ma2.seikyou.ne.jp


上の樋口氏に記事に対し、読者の方から筆者がエホバの証人であるのかどうかの問い合わせがありました。以下は樋口氏の返事です。

私の書きました「エホバの証人のためのガイド:より効果的な伝道活動のために」にコ メントをお寄せ頂き、有り難うございました。残念ながら私はエホバの証人ではありま せん。申し訳ありません。ただ、エホバの証人の皆さんにも読んで頂きたいとも思って います。事実、私はこれを手持ちのワープロで印刷して、訪問してこられるエホバの証 人の皆様に渡したりしています。私なりの、エホバの証人の皆様との、そして他の多く の皆様との、対話の試みなのです。

読み手によって色々に受け取られるかと思います。1)エホバの証人の皆様には、自分 たちのやっていることを、言ってみればぶっちゃけたレベルで再確認して貰えれば、と 思います。2)エホバの証人に神学的なことでアプローチしようという皆様には、エホ バの証人にとって、実のところ教義はそれほど本質的ではない、という事実を確認して もらえれば、と思います。(これは結構大事な点なのです。)3)その他の人たちで、 ある程度事情を知っている人たちには、風刺文として楽しんで頂ければ、と思います。 他にも色々な読まれ方があるでしょう。実は私は風刺のつもりで書いたのです。自分で も書いていて相好が崩れた箇所もあります。ふざけやがって、と言われればそれまでで すが、現実から遊離した、肩肘を張った論争がすべてではありますまい。むしろ、それ ではもっと大事なことを見失うように思うのです。

何がそのもっと大事なことか、というと難しいのですが、これについて皆さんにもご意 見を伺おうと思い、「対話に向けて」という、もう少しまじめな文章を書きました。村 本さんにうんと言って頂ければ掲載されると思いますので、併せてご参照頂ければ幸い です。


「対話に向けて」もお読み下さい。
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