入場テーマ曲
ECLIPSE
田 上 明
1961年5月8日生まれ 出身地/埼玉県秩父市
身長/192cm 体重/120kg 血液型/A型
デビュー戦/1988年1月2日(13年) 東京・後楽園ホール 対 バディ・ランデル&ポール・ハリス組戦
(パートナーは、ジャイアント馬場)
大相撲時代は玉麒麟の四股名で十両まで昇進が思うところあって廃業。1987年8月にジャパンプロに入門を果たし、翌1月に全日本でデビューへ。当初は恵まれた体格を活かしきれず、むしろ持て余し気味なところもあったが、ジャンボ鶴田の助言と本人の努力の甲斐あって怪物殺法を習得。
今では巨体を利かした喉輪輪落としを最大限に駆使するなど、ダイナミックな攻撃がウリとなっている。潜在的な強さにかけてはマット界一といえよう。
NOAHにきてからはシングル、タッグと共にここ一番に弱く、未だ王座奪取は果たせていない。それでも今年1月の三沢&蝶野戦を見れば分かるように、その実力が健在なのは間違いなく、むしろ結果がついてこない事実が不気味にさえ感じられる。その証明が2003・10・24広島でのタッグ選手権でもあり、この試合でもGHC初挑戦の池田と共に、トコトンまで王者チームの小橋&本田を追い詰めて見せた。そういう意味では、昇り調子の池田とタッグを組んだことが、本人にとってもいい刺激となったのであろう。新たなエキスを注入することにより、これから田上が再浮上を果たすのか、ここは注目したいところ。

入場テーマ曲
KING EXPLORER
泉 田 純
1965年10月28日生まれ
出身地/宮城県栗原郡
身長/185cm 体重/132kg 血液型/B型
デビュー戦/1992年5月25日(8年) 仙台・宮城県スポーツセンター 対 渕正信&永源遥&大熊元司組戦 (パートナーはジャイアント馬場&ラッシャー木村)
青雲竜の四股名で大相撲の幕下まで進み、その後は相撲教習所で教官を務めていたが、思うところあってプロレス界に転身。
当初はコミカルなファイトを中心に戦っていたが、経験を積むことで次第にシリアス・ファイトの方を前面に出すように。
かつてはジャイアント・キマラとのイベント・コンビなども結成したが、本田とのコンビでアジア・タッグ王座を獲得して初戴冠も経験。NOAH旗揚げに伴い田上と組むことで、さらなる上昇を狙う。
後輩に先を越された悔しさや、自らへの憤りを無限のエネルギーに変えてあらゆる者に噛み付いていた…が、その怨念パワーもトーンダウンしてくると、土曜日の怪人・IZUに変身。しかし飛躍するには至らず、やがて秋山にSTERNNESS入りを直訴して脚光を浴びたが、再度の試験にも結果はNO。再三のストーカー作戦も効果を得ず、ならばと出した結論が、「これからはBURNING入りを目指す!」と宣言。早速、その日からBURNING Tシャツを着込んで、勝手に小橋のセコンドに着いている。STERNNESS不合格の無念をBURNING入りで晴らすことはできるのか、そしてSTERNNESS入りできなかったことにより、今度は違う意味での秋山のストーカーとなるのか、ある意味、今の泉田は輝いている!?

入場テーマ曲
NO SUVIVORS
本 田 多 聞
1963年8月15日生まれ 出身地/神奈川県横須賀市
身長/188cm 体重/127kg 血液型/B型
デビュー戦/1993年10月8日(7年) 大分県立荷揚町体育館 対 テッド・デビアス戦
小学校4年の頃から始めたアマチュア・レスリングで、ロス、ソウル、バルセロナと3期連続でオリンピックに出場した本田。その戦績も全日本選手権8度、83年のアジア選手権のも優勝と、輝かしいばかりである。
しかし、プロレラーに転身すると、あえてアマレス殺法はは封印。プロレスの基礎的な動きや頭突きなどの打撃技に重点をおき、プロレスラーとしての確立を目指していた。それが2000.10からNOAH参戦と共にアマレス殺法の解禁を果たし新境地を開いた。
'01年夏、トーナメントを制してGHCヘビー級王座に挑んで以来、アマレスの極意である”投げる、極める、押さえる”という技術をフルに活かし、その真骨頂を見せている。特にオリジナルの回転地獄五輪という技を編み出すと、'02・4・13有コロでは敗れこそしたが、小橋とのGHC選手権で存分にその実力を発揮。秋山&斎藤とのGHCタッグ戦では6・6日本武道館で何と秋山から回転地獄五輪スペシャルで3カウントを奪取。第6代タッグ王者となると共に、小橋の正パートナーの座をも手にしてみせた。また初防衛戦では小橋を執拗に挑発してきた新日本の真壁に対し、本田は自らその眼前に立ち塞がって厳しい攻撃を連発。田上&池田との防衛戦においても積極的な動きを見せ、最後も新たな回転地獄五輪で池田を料理。一歩ずつ着実にステップアップしている感じだ。となれば、これからはシングル戦線での活躍も期待したいところ。タイトルマッチだけが自分の力を見せ付ける場ではない。これからどんな相手とどのような試合を展開していくのか、タッグ王者としてはもちろん、本田個人にも期待が高まる。

入場テーマ曲
BRAHMAN
井 上 雅 央
1970年3月6日生まれ 出身地/山梨県巨摩郡
身長/180cm 体重/106kg 血液型/O型
デビュー戦/1991年4月4日(9年) 岡山武道館 対 リチャード・スリンガー&浅子覚組戦 (パートナーは百田光雄)
高校時代はハンドボール部に所属していた井上が、同郷の英雄・ジャンボ鶴田に憧れてプロレス入り。試合タイツとは裏腹に、地味な試合スタイルを若手の頃から一貫して通しているが、そこには自身のプロレスに対する深い思い入れが込められている。
それでもデビューから年月を重ねるごとに着実な成長を遂げており、今では関係者筋から常に高い評価を受けるほどの実力者に。その安定度、試合運びの上手さは"これぞプロ"と呼べる選手である。
'01年は怪我で欠場、今年1月は盟友の本田とのコンビ解消と、まさに踏んだり蹴ったり続きの井上。だが逆にシングル路線を歩まざるをえない状況になったことにより、逆にチャンスを得たともいえる。なぜなら井上独特の地味な個性が、タッグではバイプレイヤー的な存在止まりだったが、シングルになると他の選手にはない独自の輝きとなってくるからだ。ならば後は、その個性をさらに輝かせるべく、ドンドン己をアピールしていってほしいところ。「互いに成長して、またいつかタッグを組んで王座を手にしましょう!」といった本田との約束を果たすためにも、これからの活躍が期待される。ここで終わる訳にはいかない。



入場テーマ曲
STERNNESS
秋 山 準
1969年10月9日生まれ
出身地/大阪府和泉市
身長/188cm 体重/110kg
血液型/AB型
デビュー戦/1992年9月17日(8年) 東京・後楽園ホール 対 小橋健太戦(建太)
大阪府立高石高等学校時代、アマチュア・レスリングのフリー・スタイル81キロ級でインターハイ、 国体に出場。専修大学進学後は1年生の時に全日本学生選手権で準優勝し、4年生時にはレスリング部主将も務める。
92年大学卒業後、プロレス界に入るとデビュー時から"超新星"の異名をとりトップ・レスラーへの道をまっしぐら。
どんな危機的な状況においても咄嗟に戦略を考えつく回転の速い頭脳と、抜群のレスリング・センスを武器に大暴れを果たす。
'01年7月に三沢を破り、第2代GHCヘビー級王者に。3度の防衛でその名を轟かせたが、'02年の4月にまさかの王者転落。ならばとタッグ王者になるや5度の防衛に成功し、その最多記録を保持。しかしこれも転落すると、今度は新日本マットで真夏のビックイベントGIに参戦。ここで準優勝という結果を残すと、今度は何とIWAのリングに初登場し、ユーモア溢れる試合を展開。最近では「俺は崇高じゃないから小橋さんの持つGHCには挑戦できない。俺のGHCを作る」と宣言。本当に新たなベルトを作ろうというのか、それとも秋山流の駆け引きなのか、謎は深まるばかりだ。

入場テーマ曲
MAXIMUM
ジュニア・ヘビー級王者
金 丸 義 信
1976年9月23日生まれ
出身地/山梨県甲府市
身長/173cm 体重/85kg 血液型/O型
デビュー戦/1996年7月6日(4年) 愛知・江南市民体育館 対 浅子覚&志賀賢太郎組戦
(パートナーは井上雅央)
山梨学院大学附属高校時代には野球部に属し、投手として甲子園まで行っている金丸が卒業と同時に全日本プロレスへ入門。しかし思うように体重が増えず、一時はレフリーとしてのデビューまで検討されたが本人の意思は堅く、 努力を重ねることで約1年半もの練習生期間にピリオドを打ってレスラー・デビュー。
以後はそれまでの期間が嘘であったかのようにメキメキと実力をつけ、今では上手くてずるいオールラウンド・プレーヤーに成長した。
'01年、軽量級のの錚々たるメンバーを破り初代GHC王者となり2度の防衛に成功。その後は新日本との対抗戦でもその名を強烈にアピールし、橋の返上したGHC王座もトーナメントを制して2度目の戴冠。ライガー&田中も破りIWGPジュニア・タッグ王座になると4度の防衛に成功し、現在は無冠となってしまったが、今では名実共にNOAHジュニアの牽引者としての地位を勝ち得ている。'03年9月には丸藤&KENTAの持つタッグ王座に挑戦して敗れはしたが、この一戦においてもその実力を如実なく発揮。ますます評価を高めることに成功している。ならば、本格的な巻き返しはいつから始動されるのか!?

入場テーマ曲
TRADITION'02
志 賀 賢 太 郎
1974年12月6日生まれ 出身地/茨城県ひたちなか市
身長/187cm 体重/90kg 血液型/A型
デビュー戦/1994年2月21日(7年) 千葉・館山市民センター 対 浅子覚戦
学生時代は柔道に打ち込んでいた志賀。入門時から細身ではあったが、プロレスラーとしてデビューしてからもなかなか体重が増えず、思い悩む日々が続いた。
しかし人並み外れた豊富な練習と、何事にも全力で打ち込むその姿勢が同時に将来の成功を物語っており、誰もが熱い期待を寄せて見つめているはずだ。普段は謙虚すぎるほど謙虚な人間であるが、その裏には誰よりも負けず嫌いな芯の強さを持ち合わせていることも忘れてはならない。
BURNING〜STERNNESS〜BURNINGと小橋&秋山からそれぞれ教えを乞うことで、着実に成長を遂げている志賀。冷厳と熱魂、この両極端な2つの持ち味こそが、新たなスタイル開拓への道標といえよう。そして昨年は三沢&佐野を破り、何度叩き潰されても秋山に噛み付いていくなど、積極的な姿勢も見せていたが、その激闘の連続で首を負傷。その箇所が首だけに、現在の長期欠場も仕方ないところか。ここで無理をすれば今後のレスラー生命にも響くことが予想され、今は完治させて戻ってくることだけを願いたい。本人も懸命に治療に専念しているだけに、きっと元気な姿でまたリングに戻ってきてくれることは間違いないはずだ!

入場テーマ曲
RIGHT NOW
〜Wild Moment〜
森 嶋 猛
1978年10月15日生まれ
出身地/東京都江戸川区
身長/190cm 体重/120kg 血液型/AB型
デビュー戦/1998年3月22日(2年) 東京・後楽園ホール 対 志賀賢太郎戦
高校時代に柔道を経験し、卒業後に全日本プロレスへ入門。恵まれた体格を持ちながらも、温厚そうで人の良さそうな風貌がプロレスラーとしてはマイナス的な要素を持ち合わせていたが、日を追うごとに逞しく成長。
それに伴い、顔付きもドンドン精悍さを増していき、試合自体もパワフルかつ思いきりのいいファイトが目立つようになってきた。「NOAHに来ることを決めた時から前の自分はもういません」と旗揚げ戦の時もそう豪語していた。
下克上を宣言して秋山軍を飛び出し、それまでライバルだった力皇とWILDIIを結成。'02年2月にタッグ王者となると4度の防衛に成功。今年1月には丸藤&力皇のアクションを静観したが、WILDII結成の地・大阪(2・21)で再合体すると、丸藤とGHCタッグに挑戦。奪取こそならなかったが新風を吹き込んだ。ならばと次なるターゲットとしてシングル戦線へ参入を果たし、9・12日本武道館でハリスを破り、WLW世界ヘビー級王座を獲得。続く11・1日本武道館ではヨネを相手に防衛戦を敢行し、若さ溢れるファイトを展開。初防衛を飾ると共に、GHCにはない新鮮な可能性を感じさせることに成功した。ならば次は誰と選手権を行うのか、俄然、注目される。


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