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氷と炎の縛め

ジェイ・モルデンハウアー=サラザー
Translated by Yoshiya Shindo

 山崎征太郎(やまざきせいたとう)は部屋に入ってきた少女を見ていた。彼女は青ざめ、痩せこけ、ぎこちなかった。彼女の黒い目は大きく見開かれていた。薄暗い光のせいもあるだろうが、基本的には彼女の元からの表情のせいだ。少女の腕には、胸元に子供を抱きかかえるように、ぼろぼろになった巻物入れがいくつも抱えられていた。

 「大叔父様?」と彼女はだんだんと慣れてきた闇に向かって言った。部屋――それは粗末だが威厳があった――は大きく、征太郎の木の椅子の両脇の二本の蝋燭だけが灯っていた。木材は霜剣山(そうけんざん)連峰深くにおいては貴重で、それは老人の影響力そのものだ。事実、住まいそのものも巨大で、何か起こった際には村人全員が逃げ込めるほどもあった。遠くから見れば、それは老人とその兄弟のための家というよりは、山の砦のように見えた。

 征太郎は年齢と戦のせいで痛んだ関節を曲げながら、椅子の中で身体をずらした。椅子は意のままには動かなかった。少女はその音を耳にして慌てて頭を下げたが、うっかり巻物を床に落としてしまった。

 「よく来たな、万梨子(まりこ)。」と彼は細い声で言った。彼は自分の声が老人のものとなってきたことが気に入らなかった。「わしを探しておったんだろう。」

 「はい、大叔父様。」と万梨子は巻物入れを拾いながら言った。もっとも、そのせいで逆にいくつかが腕からこぼれ落ちていた。「聞きたいことがたくさんあるんです。」

 「何を聞こうがかまわないがな、万梨子、先にこちらから聞きたいことがある。」

 少女は巻物を集める手を止めた。「なんでしょう、大叔父様?」 蝋燭の灯りに照らされた彼女の目は大きく見開かれた。

 「案ずるな、娘よ。水面院(みなもいん)での勉強がどうだか知りたいだけだ。」 彼は微笑んだ――口元から隙間だらけの歯が見えた。

 「ああ、それが今日来た理由の一つなんです。勉強はうまく行ってます。先生は私に、いつかは偉い呪師(じゅし)になれるだろうって言ってくれました。」

 「素晴らしい。魔法とはうまく付き合っていかなくてはいかん。お前がいつか偉大なる院への道に迷って、学者ではなく戦士の人生を追い求めるようになることを願うのは、思い込みが過ぎるかもしれんな。」

 万梨子は敬意をもって頭を下げた。今回は巻物をしっかりと抱えていた。「私はこれがすごく気に入っているんです。大叔父様。」

 「うむ、うむ。」 征太郎は少女の媚びを手で払らった。「そうだろうともさ。文字を好まぬ魔術師などに会った事など一度とてないからな。而して、戦士は人生のすべてに対する愛を持っておる。すべてだ。」 彼は笑った。「文字と魔術師は別だろうがな! ああ、素晴らしき、戦士としての人生よ。わしと秀次郎(しゅうじろう)が今田めのもとで侍になるための稽古をした時の話はしたかな?」

 「聞きました、大叔父様。」

 征太郎は顔をしかめた。「それは残念。この話は好きだからのお。」

 「話を聞きたいのは、大叔父様の戦士の時のことと、戦に臨んだ時のことなんです。」

 征太郎は白くなった眉を上げた。「そうなのか? ならば聞くがよい、娘。」

 万梨子は落ち着こうと息を深く吸った。「村中の皆は大叔父様と秀次郎大叔父様を尊敬しています。神の乱の英雄だって言ってました。」 彼女の声は、先を続けていいものか迷って小さくなっていった。

 「そうだろうとも。」 征太郎は精一杯背中を伸ばしながら、偉そうな声で言った。「秀次郎とわしは、いつも一緒に神の乱の様々な戦を闘ってきた。わしらは数え切れないほどの神を倒してきたわ。」

 「その話はいつもしていただいてます、大叔父様。ただ、あの……。」 再び彼女の声が途切れた。

 「言うがよい、娘! 聞きたい事を聞くのでなければ、老人を寝かしておけ!」

 万梨子は睨みつける目線をかわす様に頭を下げた。「私は神の乱に関して、大書庫の全部の書物を読みました、大叔父様。私はほぼ四年かけて巻物を探しました。それこそ『神乱見聞録(しんらんけんぶんろく)』から無名の文書までです。でも、あの……。」

 「……秀次郎大叔父の名もわしの名も無かったと言いたいのだろう、ん?」 彼は不意に物思いにふけりながら言った。

 万梨子は床に目を落としたままだった。「どうしてなのですか、大叔父様? 大叔父様が本当の英雄なら、なぜ歴史はそれを忘れ去ってしまったのですか?」

 征太郎はあざ笑った。「馬鹿馬鹿しい! 英雄というものは岩斬峡(がんざんきょう)やら絹の合戦やらでだけ作られるわけではないわ、娘よ。お前が探したような巻物に名を残す戦の真の英雄はごく僅かよ。だがの、お前のために少し物語を聞かせてやろう。座れ、娘。座って話を聞くがいい。村人が今も大叔父を覚えているというのに、何故歴史が忘れてしまったか、それを教えてやろう。」

 少女は顔を上げた。目は一段と見開かれていた。彼女は床に胡坐をかき、巻物入れを彼女の膝と征太郎の椅子の間にきちんと並べて座った。

 征太郎は咳払いをした。「さて、どこから話を始めようかの。以前も話したように、秀次郎とわしは、神の乱が始まったときには君主今田(こんだ)に仕えておった。その時わしらは、今田が霜剣山連峰の兵を引き揚げて永岩城(えいがんじょう)の軍を強化するという話を聞いたのだ。秀次郎とわしは子供の頃に稽古に出て以来郷に戻ったことがなかったが、今田の移動はすなわち我らの村やその周りが、神の攻撃によって破壊されたことを意味していたのがわかっておった。」

 「その事実に嫌気がさしたわしらは今田の下を離れ、霜剣山に戻った。そこでわしらは伍堂(ごどう)と言う名の蛮人の頭と出会ったのだ。巻物にはその名はあるだろう、ん? よろしい。そう、伍堂は徹底して今田に刃向かっていた勇猛な戦士だ。秀次郎とわしは彼に最も信頼される手下となった。」

 征太郎は話を切り、瞳の中に思い出を宿した。彼の声が物悲しいものになった。

 「永岩城への襲撃が失敗に終わった後、わしらは伍堂の下を離れた。使者が来て、わしらの父が是非ともわしらに郷に戻って欲しがっているという書簡をよこしたのだ。それによれば、彼は魔法で神から村を守ってはいるが、わしらの助けが必要とのことだった。秀次郎とわしはその件を長々と話したが、敗北を食った後になってみれば、今田よりも伍堂よりも父の方がわしらを必要としているのは明らかだった。伍堂は義理と言うものを理解しておったのであろう。彼はわしらを追いたてはせんかったからの。」

 「しかし、秀次郎とわしが村に近づくにつれ、わしらは遅すぎたことを薄々感じ始めたのだ……。」

* * *

 征太郎はしかめっ面のまま馬を走らせた。彼の葦毛は道とも呼べないほど細い山道を抜け、低木地や雪野原や氷や岩の中を進んでいた。

 征太郎の山賊鎧は、毛皮裏の上に詰め物がされて重かったが、ようやら寒さを防ぐ役には立っていた。白い息は一瞬凍った髭にまとわりついて後へと消えていく。神河のほとんどの地では秋が始まったばかりで、ようやく葉が色づき始めたところだったが、ここ霜剣山連峰に冬が来てからはずいぶんと経っていた。

 しかし、征太郎の仲では炎が燃え盛っていた。彼は猛烈に怒っていた。もし彼が立ち止まって心の中を覗いて見たなら、その炎は恐怖によるものでもあることを認めていたかもしれない。ここ数日、征太郎は神に破壊され生きるもののまったく残っていない村々を見てきた。その村を見るたびに、彼の耳には父の書簡の言葉が響いていた。我も弱りぬ、とそこには書いてあった。お前らの助け無かりせば、村も間もなく落ちん。

 彼は後をちらりと見やった。彼の後には、やはりしかめ面の弟、秀次郎が栃栗毛の背に跨っていた。秀次郎と征太郎は双子で、背格好もまったく同じだった。二人は鼻や顎に同様に髭を蓄え、同じ赤い鎧を着込んでいた。唯一の違いは、猛々しい兜にあった。征太郎の兜の雄羊の角は後ろ向きに巻かれ、あたかも頭突き合わせるような形につけられている。一方秀次郎の角は、恐ろしい怪物の牙のように前方に向いて曲がっているのだ。

 征太郎は浮かない顔のまま微笑んだ。おそらく、この兜の形は兄弟の真の違いを語ってくれるだろう。指揮を取るのは征太郎だった。彼の感情は、まさしく雄羊が頭から突撃をかけるように道を塞ぐものに向かっていったからだ。一方秀次郎は、狐人(きつねびと)の矢に首を射られて生死をさまよって以来、口数は少ないもののより向こう見ずになった。その怪物を抑えるものは兄の不屈の意思だけだ。

 「どうした?」と秀次郎が叫び、征太郎は物思いから我に返った。どうやら弟への目線は、ちらりと、どころではなかったようだ。

 「こいつらはもっと速く走れんのか?」と征太郎が叫び返した。個人的な思いを秀次郎に説明するのは、鬼に慈悲の何たるかを説明するようなものだ。そんなことはする意義が無い。

 「もうすぐだ。」と秀次郎は言った。

 征太郎は前を向き、道に意識を向けた。確かにその通りだ。現在の居場所を把握するにつれ、それは彼の意識のなかに夢のように染みこんできた。この道は狭い谷へと続き、霜剣山連峰からの吼えるような風をほんの少し防ぐ役に立っている。夏には小川になる所だ。雪が溶けて草が見える頃になると多くの熊牛が現れ、容易く狩ることができる。征太郎の祖父は、彼の先祖が山の中にこの場所を見つけたときに、その幸運を神に感謝した時のことを語ってくれた。そして今、神はその贈り物を取り返そうとしているようだ。

 「煙だ。」と秀次郎が後からうなるように言った。

 細い煙の筋が曲がり角の向こうから出てきていたが、村はまだ視界に入らない。征太郎はその煙が炊事の火のものであることをひたすら願ったが、これまでの村が示していたものはそれではなかった。希望を抱くには、あまりにも多くの破壊を見すぎていた。

 そして、彼が道に立つ人影を見たとき、彼の心はそのまま沈み込んでいった。神から村を救うには遅すぎたのだ。

 それは人の大きさで、氷でできた侍の鎧をまとっているように見えた。顔のあるべき場所には炎の幕が張り付いていた。炎は氷の鎧の周りの妖気の中ではぜる音を立てている。兄弟が近づくと、その化け物は炎の刀を振り上げてきた。止まるよう警告しているのは明らかだ。

 征太郎の中で怒りが煮えたぎり、恐怖の影はすべて消え去った。彼はときの声を上げると、驚いている栗毛の背中から飛び降りてその化け物に向かっていった。彼の手には、死のように黒い柄の広刃の薙刀(なぎなた)が握られていた。

 氷と火の侍は驚きにたじろいだが、すぐさま気を取り直すと征太郎の残忍な一撃を払うべく武器を構えた。征太郎が身体を翻し長物(ながもの)を振り回すと、腹へと続く鎧に裂け目が走った。

 しかし、その化け物が手をかざすと、指から氷が放たれて征太郎の胴へと食い込み、彼の腕は脇で凍りついた。征太郎は地に倒れ、武器を取り落とすと怒りに叫び声を上げた。

 秀次郎が戦いに加勢すると、谷間に鋭い音がこだました。彼の両手の大小二本の鋸刃の剣が光った。化け物が炎の剣を防御に構えるよりも速く、秀次郎は幾太刀かをそれに浴びせていた。

 征太郎は吼え、氷の縛めを吹き飛ばすと薙刀に手を伸ばした。彼は熟練した動きで長物の柄を岩だらけの地に立てると、身体を引き起こした。彼の足が地に据わるや、彼は武器を敵めがけて振り抜いた。長物が氷の肩を横殴りにすると、化け物は崩れ落ちた。

 「村を襲ったのはこやつか?」と秀次郎はあざけるように言った。「やり返すこともできぬに!」

 征太郎は化け物が立ち上がろうと必死になっているのを見て目をしかめた。双子の刃が食い込んだ鎧は欠片になっていた。その身体には炎が走り、風に煽られている。顔となっていた炎の幕が何かを思うように上を向いた。征太郎にはそれが、むしろ何かを哀願しているように思えた。

 「待て!」と征太郎は叫んだが、それは遅すぎた。秀次郎は自分の立場に笑みを浮かべながら、神に向かって近づいていた。両の刃が振られ、彼の前で幕を引くような形に交差するや、化け物の首は飛んでいた。炎は煙となって消えた。氷はすぐさま溶け、やがて水となった。かつて敵だったものは、いまや単なる湯気を上げる水溜りでしかない。

 「村へ向かおう!」と征太郎は叫んだ。彼らは確かに神を倒したが、その勝利からは何とも言えない不安がよぎってきた。駆ける足元で長靴が音を立てる。

 秀次郎は征太郎が通り過ぎる様に肩をすくめたが、兄の後に続いた。征太郎は思った。弟が着いてくるのは同じ不安を抱えているからではなく、単に新たな神を見つけようとしているからだろう。彼の戦への思いは尽きることが無いのだ。

 征太郎は先を急ぎ、岩の角を回り込んだ。驚くべきことに、村はまったく被害を受けていないようだった。谷には煉瓦と熊牛の皮でできた丸い小屋が散らばっている。いくつかの炊事の煙は遥か遠くの霜剣山の頂めがけて立ち昇っていた。その風景は、征太郎が覚えていた通りだった――子供の頃の思い出よりは小さかったし威厳も無いのだろうが、慣れ親しんだものだ。しかし、記憶の中にあるものが一つだけ抜けていた。

 「皆はどこだ?」と彼は、立ち止まって風景を眺めている秀次郎に尋ねた。弟はうなった。二人は用心しながら村へと進んでいった。征太郎は長物を前に構えて進み、清次郎は両の刃を、今後起こることを期待して振り回していた。

 彼らが村の周辺に近づくと、小屋の影に男が現れた。歳の頃は中年あたりで、毛皮の外套と傘の間から見える体は明らかに痩せ細っている。その男は兄弟の戦いの装いに気付いたようで、武器に目を丸くしていた。彼は深く頭を下げた。

 「ようこそ、山崎の征太郎殿、秀次郎殿。」と彼は慌しく言った。「ようこそ、お生まれの村へ。私は峰松英彰(みねまつひであき)。あなたのお父上の弟子で、お迎えに参りました。ところで、」 彼は顔上げた。その顔には再び困惑が表れた。「護衛の者は?」

 「護衛だと?」と征太郎は尋ねた。「ここのところ、二日前の悪忌(あっき)の連中とさきほどの神のほかは、生きている者どもにはまったく会わなんだわ。」

 「そいつらは皆死んでいるがな。」と秀次郎が付け加えた。

 「なるほど。」とその男は頷きながら言った。「しかし、それは妙ですな。お父上はあなた方の道中を心配して、送り届けのための護衛を送り出したのですが……神、とおっしゃられましたか?」

 「そう、氷と火の神だ。」

 男は突然平手打ちを食ったかのように青ざめた。

 「父はどこだ?」と征太郎が求めた。「我らが来たことを知ったなら、共にここに来ているはずであろう。何より、我らの助けを求めたのは父なのだしな。」

 「お父上!」とその男は大声を上げた。その表情はほとんどうろたえているようだ。「護衛を倒されたとありますれば……おお! 山崎師に会わねば!」 彼はそれ以上は何も言わず、振り返ると村に走り去った。征太郎は戸惑いの表情を弟と交わしたが、弟はすぐさま彼を追った。

 征太郎が村に入ると、何人かの村人がまた生活を始めたのが目に入った。おそらく、戦いの音に恐れて隠れていたのが、英彰の声で再び安全になったことを知ったのだろう。あるいは、山賊の鎧を着た者が二人いるごときでは、警戒にも値しないのかもしれない。傍らでは男が屋根を直していて、その下では女が根をすりつぶして糊を作っている。子供の集まりは、様々な遊びに興じていた。そして僅か数瞬で、村は活気を取り戻した。村人の半分以上はあからさまに二人の兄弟を眺めていたが、その顔には微笑みと値踏みするような眼差しが混じっていた。

 英彰は村の中心の大きな小屋に飛び込んでいった。彼は儀礼も抜きで戸口の皮布を跳ね上げると、中へと消えていった。

 「何がどうなっておるのだ?」と征太郎はあたりの人々に向けて大声を上げた。彼は乱暴に皮布を脇に跳ね除けて中に入ると、秀次郎がその後に続いた。

 香と薬草の匂いが征太郎の鼻を刺激した。小屋の中は暗くあっさりとしていて、反対側の壁の小さな木製の櫃以外は飾りも家具も無かった。巻物や書物に加え、無数の蝋燭や灯籠や筆があちこちに散らばっている。部屋の中央には毛皮が何枚も敷かれ、その中に男が一人横たわっていた。

 英彰はその男の脇に跪き、口にやせ細った手を当てた。彼の頬は涙に濡れていた。征太郎の目は蝋燭の光に徐々に慣れ、英彰の喉からは嗚咽が漏れていた。

 「父上か?」と征太郎は毛皮に近寄って尋ねた。目の前の骨と皮ばかりの顔は、記憶の中の父の面影とはなかなか一致しなかった。記憶にある彼は、肩幅広く、表情は抜け目無く、激しい黒い眼差しと誇らしげに後で束ねられた灰色の髪とが面影にあった。しかし、ここにいるのは骨の面に皮が張られただけの、紙は真っ白で薄く、唇は半開きで歯も抜け切った男だった。それはまるで、何かが父から精気をすべて抜き取り、鞘だけが残っているようだった。

 「お父上は死んだのです!」と英彰は嘆き悲しんだ。「死んだのです! 護衛は彼を映し出した者。彼の内より生み出された者。その護衛を殺すことは、すなわち……。」 英彰は先を続けようとしたが、もれ出たすすり泣きにそれもかなわなかった。「ああ! 我々は何としましょう? 我が村はお父上の魔法でのみ耐えていたと言うのに!」

 死んだ。征太郎は、外で英彰の嘆きを盗み聞いていた女性の声を聞いた。「山崎様が死んだ!」と彼女は叫び、誰もが恐怖に叫び声を上げていた。声はさらに広がり、村中に響き渡っていた。

 彼の背後の秀次郎は何も言わない。

 征太郎は己の考えに沈んだ。彼の中の炎は消え、後には冷たい空洞だけが残った。彼の中に、不名誉と恥とが染み込んでいった。征太郎の耳には、外で様々な声で叫ばれている、最も聞きたくない言葉だけが響いていた。死んだ。死んだ。死んだ。父は護衛を、彼自身の魂の何某かを召喚し、村を神から守っていた。しかし、偉大なる魔術師も失敗を恐れ、戦士たる息子に助けを求めたのだ。我も弱りぬ、とそこには書いてあった。お前らの助け無かりせば、村も間もなく落ちん。助けを呼ぶ中で、征太郎の父は自分と村が運命を共にすることのみに成功したのだ。

 征太郎は神の乱の中で数多くの死を見てきた。あらゆる残虐な死を。しかし、これまでに征太郎が肉親の死に直面したことといえば、秀次郎の死を覚悟した時の矢の傷だけだ。弟がゆっくりと怪我から回復していく中で、征太郎は口には出さない確信を取り戻していった。神の乱でどんな死と直面しようと、それが山崎一族を襲うことは無いはずだ。

 しかし、今や父が、自分の息子の手によって殺されたのだ。山崎征太郎と秀次郎の手によって。

 数瞬が過ぎた。突然、征太郎は外の叫び声が衝撃から供覧へと変わっているのに気がついた。叫び声は、そのほとんどが走りすぎる人々のものだったが、小屋の回り中を飛び交っている。征太郎は英彰に目をやったが、その男は己が悲しみの中に沈んだまま、父の手をとってむせび泣き続けていた。征太郎は大声をあげて外に飛び出た。

 そこにあるのは混沌だった。編み籠はひっくり返され、中身は放り出されたまま。村人たちはあらゆる方向へ駆け回っている。女性が一人、背中を若者に突き飛ばされ、征太郎の足元によろめき倒れた。彼女の大きな目は彼の赤い鎧と、その手にがっしりと握られた黒い長物にと向けられている。

 「お助けください!」と彼女は叫んだ。「神が来まする!」

 秀次郎が天幕から現れ、何かを指差した。征太郎はその指先を追って、東の空を見た。

 その姿は人の二倍ほどもあり、絹の布のようにそこに浮かんでいる。胴は橙と緑の半透明の皮が絡み合ったようで、赤い鱗で覆われていた。その姿からは闇が裂けた布のように垂れ下がり、手足と胴の境目が見分けられなくなっている。中でもとりわけ恐ろしいのが白く磨き上げられた芝居の面がかかる頭で、そこには笑みを浮かべた女の顔が描かれていた。神の周囲には、さらにいくつかの面が胴から離れて、炎の中に浮かんでいる。

 「戦うのか?」 秀次郎は尋ねた。彼の腫れぼったい目には炎がたぎっていた。

 「戦うとも。」 征太郎は答え、武器を握った。彼の内に炎が戻っていた。「我らが護衛とならねばならぬ。父上は我らに助けを求めたが、我らは父上を失った。哀れにも殺されたのだ。我らは遥か昔に今田を離れ、伍堂をも離れた。弟よ、もう離れることはなるまい。我はここに、小屋一つ、子一人たりとも神に触れさせぬことを誓うぞ!」

 秀次郎は笑みを浮かべ、刃を振り回した。

 そして、彼らは突撃していった。

* * *

 「神を倒されたのですか?」 万梨子は息をのんだまま尋ねた。

 「倒したとも。」 征太郎はむっつりとしたまま言った。その声は固い紙のようだった。彼はこの話をすることで、こうも苦い思いが甦るとは思っていなかった。「その後のすべての神もな。村は乱の間、秀次郎とわしのおかげで神の手に落ちることもなかった。明神(みょうじん)すら我が村を恐れておるわ。」 彼は身体を震わせ、口元に笑みを浮かべて万梨子を見た。「かくして、巻物に名前が無くとも、村は我々を英雄と呼ぶに値すると考えておるのだ。」

 「どうして村の外にそのことを話さなかったのですか?」

 「馬鹿馬鹿しい! 誰に話せというのだ? 我々は今田の軍勢にも伍堂の手下にも戻らなかったのだ。何とか死んだか落ちぶれたと思わせるように努力を要してな。実際、遥か以前に村を訪れて以来、秀次郎大叔父とわしはここを離れておらぬ。」

 「さて、娘よ、すまぬがそろそろ出て行ってくれんか。死が連れ去れるまでの大事な午睡の時なのだ。院まで気をつけて戻るのだぞ。」

 万梨子はゆっくりと、敬意を現しながら頭を下げた。「仰せの通りに、大叔父様。お話いただきありがとうございます。ただ……院に戻る前にもう一度ここに来て、戦いのお話など伺ってもよろしいでしょうか?」

 征太郎は顔を上げた。少女の口元には笑みが浮かんでいるようだ。蝋燭の炎が彼女の目の中に揺れていた。「戦士としての人生に魅せられたかな、娘よ? ふむ。よかろう、戻ってくるがいい。」

 彼女は満面に笑みを浮かべ、ここを去るために巻物入れを集め始めた。彼女が戸口のところまで行ったところで、征太郎が彼女を呼び止めた。「ただし、聞いてはならぬ質問が一つあるぞ。」

 万梨子は立ち止まり、大きな目で彼を見つめた。

 「秀次郎とわしが、何故言葉を交わさなくなったかは聞くでない。どうしても知りたくば、この大屋敷の反対側の秀次郎の部屋に行って彼に聞くがいい。もっとも、彼が他に話す以上にお前に話すかどうかは疑わしいがな。わしに尋ねるようなことをすれば、わしはお前を追い出して、二度と会わぬだろう。わしの目の黒いうちは、おぬしのことを知りたいと言う輩には話を聞かせぬ。それでよいか?」

 「わかりました、大叔父様。尋ねません。」

 「素晴らしい。それでは立ち去るがよい。」

 木の扉が閉じられ、彼に静寂が訪れた。その闇の中で、山崎征太郎は一人腰掛け、自分の胸の鼓動だけを聞いていた。



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