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恩知らずの子

レイ・ナカザワ
Translated by Yoshiya Shindo

生と死の神、否命の物語

 道三(どうさん)の午後の瞑想は、顔を舐める濡れた紙やすりのような舌で中断させられた。彼は魂を己の中に戻し、目を大きく見開いた。目と鼻の先で、大きな灰色の目の狼の仔が米と魚の臭いの息を吐きかけていた。しかし、彼が動くよりも早く、その狼の仔は、同じぐらい大きな目と大雑把に刈った汚れた髪と染まった頬の人の顔に取って代わった。

 「道三様!」と亮は叫んだ。「こんなの見つけたんだ!」

 「わかったわかった……。」 初老の僧がその瞬間に口に出せたのはこれだけだった。人懐こい生き物の毛皮が、年月に皺の刻まれた額をくすぐった。彼は慎重に手を伸ばすと、雪のように白い眉の片方から下がるよだれのしずくをぬぐった。

 「森の中で一匹だけだったんだよ! 周りを見たけど、お母さんはどこにもいなかったの! 健次郎(けんじろう)って名前にしたんだ! こいつ、僕の弁当を全部食べちゃったけど、僕、全然気にしないよ!」 簡単な布の肌着をまとったこの六歳になる少年は、明らかに当惑している狼の仔と森の空き地ではしゃぎまわっていた。亮は最近になって神からの守護を求めて流れてきた難民の中の一人だ。彼と共にいた他の多くの人々とは異なり、彼の両親は両方とも生き残り、悟りを求めるにふさわしい数少ない者の一部として、僧院に残ることを許された者たちである。

 「(りょう)よ、」と道三は、最も信頼置ける教え子から最も下劣な鼠人(ねずみびと)の虜囚にいたるまで変わらぬ、落ち着いた静かな声で語りかけた。「親御はどこにおる?」

 少年ははしゃぐのをやめたが、面食らっていた狼の仔はそれで救われたようだった。彼の顔は曇っていた。「今日は外に出る番なんだってさ。何か要るんなら道三様に言うようにって。」

 「そうだろうのお。」 彼は亮が仔狼の頭を撫でるのを眺めていた。それはうなり声をあげながら亮の顔に鼻先をこすりつけていた。「で、何か要るものはあるのかね、若者よ?」

 「ううん。」 少年は困惑と怖れが混ざった表情をしていた。「わかんない。」 彼は道三の目の前に地面にぺたんと座り、脚でじたばた暴れる仔狼を抱え込んだ。道三は優しく手を伸ばし、仔狼の耳の間をかいた。狼はそれに喉を鳴らして答えた。

 道三にはその日することがたくさんあった。武道家たちと計画も立てなければいけないし、検討し学ぶことも数多くあった。しかし、彼は座から立ち上がりはしなかった。「何か面倒があるなら、言うがいい。」

 亮はふくれっ面をしながら、仔狼を胸にかき抱いた。「お母さんがね、健次郎を飼っちゃだめって。こいつには本当の家族がいるからって。そんなのないよ!」 彼の目から一滴の涙が落ち、彼はそれを素早くぬぐった。「友だちはみんな街に残ってるんだ。みんなのお父さんも残って神から町を守るのに戦ってるんだよ! 僕のお父さんだって同じことすればいいのに! 僕だって戦えるもん! でも僕ここに来ちゃったし、友達もいないのにさ、お母さんは僕のたった一人の友だちもどっかやっちゃえって言うんだ。」 彼は健次郎を抱きしめ、頬を仔狼の毛皮にこすりつけた。「そんなのないよ!」と彼は繰り返した。

 道三は、その子の涙が収まる少しの間、彼のことを眺めていたが、やがて話しかけた。「お話を聞きたくはないか?」

 亮はまばたいた。森のことより、僧院のことより、これは彼にとって注目すべき出来事だ。「お話?」

 「そうだ。おそらく、お前も親御がどう考えているか、わかることだろう。聞きたいかな?」 それは道三がいつもしている質問で、少年のまっすぐな背中と大きく開いた眼から、その答えは明らかに「うん」だった。健次郎ですら暴れるのをやめ、年老いた僧を狼なりの魅せられた表情で見上げていた。

 世界が始まった最初の頃、と道三は語り始めた。水も下に向けて流れることを知らず、星にも光る理由が必要だった時に、神がいた。偉大なる空虚から生まれた彼らは、存在が存在するよりも長い間、たゆたい、音もなく眠り続け、やがて目を覚ました。空虚の中で惨めで孤独だった彼らは、すべての神がそこで行うことを行い始めた。創造だ。もちろん、その時には空虚こそがすべてであったから、神すらも無垢の魂で白く手付かずで、自分らの手によって自身の意味と夢が描かれるのを待ち続けていた。世界と知恵、途方もない不可思議とすさまじい恐怖が思いつかれ、そして同時に捨てられていった。それからさらに、人々が思いつくよりも長い時が過ぎ、造物主たちが満足した頃、彼らは我々が現在神河(かみがわ)と呼んでいるものを組み立て始めた。

 しかし、すべての神が自分の進むべき道を知っていたわけではない。そこには若い、神の中でも生まれたての、否命(いなめ)と呼ばれた者がいたが、彼はまだ自身が何をしたいのかを知らなかった。彼はまだ姿を持たず、まだ考えに過ぎずに実体無く、何かの形を取ることを求めてはいたが、何になるべきなのかを知らなかった。彼は自分の兄と姉が天と地を動かすのを眺め、それを自分のために思いつかなかったことに対する畏敬と嫉妬に満たされていった。彼らは自身を、今日の我々が純然たる意志の力を持った古代の力ある神としてその名を知る神となしたが、否命はその力にもかかわらずまだ子供で、意志や目的意識を持たず、彼は自分自身を何者かにする必要に駆られていた。彼は自分自身については少ししか知らず、ましてや周りの世界についてはほとんど知らなかった。彼はすぐに、兄弟たちと話をすべきだと心に決めた。そして彼らは彼に存在というものの術を教え、彼が自身の運命を探すことを喜んで助けてやった。

 彼は最初に兄弟の一人、混沌の神を訪れた。「兄者よ、兄者は何をせんと?」と彼は甲高い声を上げた。「おぬしは我が最たる事を妨げしか! おぬしの手の入りて事の良くなりしか!」

 「許したまえ、兄者よ」と否命はその怒りに頭を下げながら言った。「しかし、我は卑しくも兄者の助けを求めん。我は姿と目的を欲すもの。」

 「ほぉ、おぬしがか? しかして我の元に来たりと?」 彼は長い間考えに沈んだ。「試してみるもよかろう。来たれ、弟よ。我が成すことを見よ。おぬしも気に入ることであろう。」

 「兄者の成すべきことは何か?」

 神は笑った。「なんと無学なる雛児であるか! おぬしはこれまで、すべての物の色をあせさせずにおくことの理に気付くこと無きか? すべての物が変わらずんば、そは退屈ならざらんや? 我がもたらすは混沌であり、興奮であり、変化なり! ここに寄りて、我が理の枷を破るを見よ!」

 そこで否命は兄に従った。世界ができて間もなくの頃ですら、混沌は今日と同じぐらい破壊的な力であった。星は星と争い、太陽は太陽と争い、星々は世界を飛び交い、生き残りをかけて争っていた。否命は兄がこの戦いを喜んで指揮しているのを眺めていた。時に彼はその中に飛び込み、彼が望んでいた混沌をそこに生み出していた。否命は何千年もの間、兄を助力した。しかし時が過ぎ、彼は気の向くままの破壊にうんざりしていた。そこで彼は言った。「すまぬ、兄者よ、我は行かねばならず。」

 「行くとな?」と彼は詰問した。怒りが煮えたぎり始めた。「しかれども、我はおぬしに混沌の脅威を見せてきたではないか! 我が終りなき怒りの力を見せたではないか! 己が鬱積をこの無価値な世にて晴らすは快からずや?」

 「そは認むるところ。なれど、兄者の道は我が望む道にあらず。」

 「なんと愚かなることよ。しかし、それも良かろうて。我は己が事に戻りぬ。おぬしが齢を重ぬる頃、そが欲せらるる訳もわかるであろう。」 彼は否命に背中を向けて、破壊の道を進んでいった。長いこと彼の仕事を手伝っていた小さな神のことはすぐに忘れてしまっていた。否命は自分の目的を探し続けた。

 彼は次に、彼の姉である、目がくらむほどの光に包まれた神の元を訪れた。「我の元を訪れしは良きことなり、弟よ。」と彼女は静かに言った。「兄弟を助くるはいつでも構わぬこと。我に何を求めしや?」

 「許したまえ、姉者よ」と否命はその慈愛に頭を下げながら言った。「しかし、我は卑しくも姉者の助けを求めん。我は姿と目的を欲すもの。」

 「ここに来しは嬉しきことなり、弟よ。おそらく我なればできることであろう。隣に来るがよい。さすれば我が世界に成す役割を見て取れるであろう。」

 「姉者の役割とは?」

 「おお、そなたはこの生命の道をいまだ学ばずや。我は他が影の中に失いしものを捜し求め、それに光を当てる者なり。世にはさなるものかく多く、神の思うよりも遥かに広く散らばりぬ。我はここに座し、それらに光をあてん。我独りのかそけき行いが、しばしの間とても闇を消し去らんとて。ここに座して、空虚の消えし所にいかなるものありしかを見るがよい。」

 そこで否命は姉の隣に座った。すべてが始まったその頃、空虚はすべてを覆っていた。星から降るわずかな光では、すべてを飲み込む闇にはわずかの穴すら作ることはできない。否命は何千年もの間、姉を助力し、彼が生み出すことのできる光を究極的な栄光のために捧げた。しかし時が過ぎ、彼は終り無い作業に飽きが来ていた。そこで彼は言った。「すまぬ、姉者よ、我は行かねばならず。」

 「まことかえ?」と彼女は当惑に顔に皺よらせて尋ねた。「しかれども、我はそなたに光の重きを見せてきたではないか。影に隠されし偉大なるものを見せてきたではないか。そなたが光を我の肝要なる業に捧ぐは快からずや?」

 「そは認むるところ。なれど、姉者の道は我が望む道にあらず。」

 「あいわかった。それも良かろうて。そなたの探索に幸運あらんことを。我が望むは、そなたがいつか我の業の必要なるを理解するほどに成長することのみ。」 彼女は否命に背中を向けて、光を当てることを続けていった。長いこと彼女の仕事を手伝っていた小さな神のことはすぐに忘れてしまっていた。否命は自分の目的を探し続けた。

 彼がようやくたどり着いたのは、彼の兄弟の一人、知識と学びの神だった。「兄者よ、ご機嫌はいかに。」「おぬしは我が探求を妨げおる。おぬしが我に何を望むか、疾く申せ。」

 「許したまえ、兄者よ」と否命はその知恵に頭を下げながら言った。「しかし、我は卑しくも兄者の助けを求めん。我は姿と目的を欲すもの。」

 「なれば我の元に来たるは賢きこと。我なればおぬしが正しき道得ることも叶おうぞ。ついてまいれ、弟よ、我より学ぶがよい。」

 「何を学ぶと?」

 「おそらく我はおぬしの知恵を買いかぶりすぎておったわ。若き頃を見れば知れように。おぬしの問いの答はこうだ。すべてを、そしてあらゆる物を。今在りし世は生まれてより未だ若きもの。更なる不可思議が毎刹那飛び出でたり。我はその不可思議を探求し、吸収し、理解する。すべての歩みが新たな旅。我に共せば、おぬしもそがわかるであろう。」

 そこで否命は兄に従った。最初の頃は、すべてが未だ新しく、世界には果てしない数の学ぶべきものがあった。二人の神はそれらをすべて探求し、否命は新しい事実や新しい経験を兄と一緒に見つけていった。何千年もの間、彼らはすべての存在の間を渡り歩き、求め、探り、探してきた。しかし時が過ぎ、否命はひたすら続く探求にうんざりしていた。そこで彼は言った。「すまぬ、兄者よ、我は行かねばならず。」

 「行くとな」と彼は何かに気をとられたような声で尋ねた。「しかし我は世界のすべての不可思議を見せたではないか。未だ見つからぬままの知識の趣を見せたではないか。我が学ぶを助くる中に現れるものに好奇を感ぜずや?」

 「そは認むるところ。なれど、兄者の道は我が望む道にあらず。」

 「されば行くがよい。我が求むるものさらに多く、ただちに始めずんばならず。おぬしが齢経し後、我と同様の好奇を抱くことを望むのみ。」 彼は否命に背中を向けて消え去り、長いこと彼の仕事を手伝っていた小さな神のことはすぐに忘れてしまっていた。

 否命は満たされぬまま何百年も考え続けた。彼の兄弟姉妹は賢く、正しかったが、誰も自分を真の意味で助けてはくれず、ただ単に彼を自分たちのために使っただけだった。彼らは弟の若さと実体の無さをさげすみ、自分たちの必要を優先して彼のを無視したのだ。他の神に助けを求めても意味は無いだろう。彼らも同じことをするに違いない。しかし、他に何が彼を変えてくれるというのだろうか? 何か神以外のものがありさえすれば、何か彼がそこから学び、話すことのできるものがあれば……。

 この考えは彼の中に、津波のように満ち溢れていった。世には神以外の者は存在しない。ならばその何かを作ってはどうだろう? 彼は新しい考えに興奮し、ただちに仕事に取り掛かった。物質や力を光を自分の指で形作り始めたのだ。新しい生命が形を作るに従い、否命も姿を得ていった。彼の身体は伸びて緑色に、髪は燃えるような赤に染まり、木の葉の羽が背中に生えた。しかし彼はほとんどそれに気付かなかった。彼の自分の仕事にのみ集中していたのだ。他の神とは異なり、彼は自分の創造物を試すことをせず、満足できない時は捨ててしまうだけだった。彼は本能のおもむくままに従い、気まぐれが与えるあらゆる形を喜んで見ていた。それには数百年を要したが、かれはついに満足のいく姿を作り出した。最後に彼は神の生命の力のほんのひと撫でをその創造物に与え、ここに時が始まって後の最初の神の子供が生まれた。そして、否命は生命の神となった。

 子供の最初の言葉は挨拶だった。「こんにちは、父様。」 事実、否命の創造物が後に人間性へと至っていくことから、彼はすべての父の中でも最初にして最大のものとなった。彼が目的としていたものは、彼が夢見てきたことを越える驚くべきものだった。

 最初、その子供は否命の後を付きまとい、否命がしてきたように生命と目的について尋ねた。否命は、彼が新たに発見した目的にもかかわらず、世界のほとんどは未だに理解できないものであることを知っていた――この点では、彼は自分の子供と変わりはしない。そこで、子供に何をしろとかどこへ行けとか言う代わりに、彼は一緒に世界を探求に出ることを提案し、気の向くままに道をたどっていった。ある遥か遠くの星で、子供は気まぐれに没頭し、最初の創造物を生み出した。それは柔らかく色鮮やかな花弁を持った繊細な植物で、否命がこれまで嗅いだことの無い甘い芳香で満ちていた。間もなく、その星は多くの色で満たされ、幾千万もの春の日差しの下に浮かび上がる花粉で満たされていった。そして、その子供は最初の花の神となった。否命は非常に喜んだ。

 否命にとって、それは子供以上のものだった。それは彼の一部だったのだ。そして、彼の兄弟姉妹は、彼が目的を見つけるには若すぎるなどということがないのを知った。実際、その子供自身が、彼の目的だったのだ。それはまるで世界やその栄光が、彼のその最初の小さな生命として生まれ出てきたようだった。新しく生まれた最初の神の存在が、否命より強い兄弟姉妹に伝わるまで長くはかからなかった。すべての大いなる神はこの生命と呼ばれるものが作られたことを喜び、彼を囲んで新たな生命を生み出すことを求めた。激憤の神には、永遠の戦を作り出すことのできる、命と意志ある者が生み出された。その時には、死などと呼ばれるものは存在しなかったのだ。浄火の神は彼を信仰し彼に仕え、彼の栄光を広める者を手に入れた。風見の神は、研究し学ぶ対象となるものを手に入れた。生網の神は、自らの素晴らしい存在の綴れ織りに、いつか新たに生命を与える力を分け与えられるであろうものを付け加えた。そして夜陰の神は、もちろん空虚に触れることで崩れ去る心を作り出した。

 否命と子供は、庭である星を可能な限り訪れた。そこに来るたび、子供はさらに多くの思いつきと意気込みを見せていった。星の面には、花と草むらと蔦が満ち溢れ、新しい試みが新しいもの生み出すにつれ色を変え続けていった。ある日、否命は奇妙な血のように赤い花を見つけた。彼にはそれが非常に不自然なものに見えた。彼は子供に、そんな奇妙なものをどこから思いついたのか尋ねた。

 「遥か彼方を探った時に思いついたのです。」というのが返事だった。「『薔薇』と名づけました。」

 否命は眉をひそめた。「お前がさように遠くまで旅したとは知らなんだ。我の目の届くこと無しに。」

 「気になさるとは思いませぬに。いずれまた参ります。私が求めるものはまだそこに数多くありますゆえ。」

 子供が否命の下を離れてしばらくの間、彼は庭に残って薔薇を見つめていた。子供の物欲しげな言葉がまだ空に漂っていた。 子供は学んでいる。しかし彼は今まで、それがこうも多く、こうも早くとは思わなかったのだ。おそらく、それは否命自身の成長よりも早かったのだろう。一つの思い付きが、彼の思いを混乱させた。夜が来た後も、偉大なる生命の神は悩んでいた。否命の心の声が彼に囁いた。その声はわずかではあったが、恨みとなって彼にひびを入れた。「いずれ子供はおぬしを要せぬものとなるであろう。それは自ら発ちて、おぬしはまた独りとなるのだ。」

 「くだらぬことよ。」と否命はつぶやいた。「我が子が我を見捨てるなどと……。」 しかし、その考えはあっという間に否命の心を捉えていった。「それに、我は新たなるものを生み出すことあたいたり。」彼は誰にともなく、元気付けるような強い口調で応じた。

 「あたうであろう。」と声は続けた。「しかし、これがおぬしの初の子なり。それがおぬしを忘るるは正しきなりや? それが己が父に対してかくも恩知らずなるは正しきなりや? 我がおぬしなれば、かく無分別には心痛み、怒り覚えるであろうて! そは己がなすことにておぬしの心痛むを知るや? されば何ゆえ構いはせぬのか?」

 「黙れ!」 彼は大声で怒鳴った。声はしばらくおさまりはしたが、彼にはそれがまた戻ってくることがわかっていた。そこで彼は、できる限りその言葉を無視することにした。彼は周りの花に新しく増えた色に気付きもしなかった。それは花びらをしおれさせる、暗い茶色のしみだった。ある日、子供が彼の下にやってきた。「父様、お尋ねしてもよろしゅうございましょうか?」

 「無論だ、我が子よ。何を知りたきか?」

 「我が目的は何なのでしょう?」

 否命は、自分自身の目的を見つけようと行ってきたすべての事を思い、それを見つけるために、どれだけ遠く、どれだけ長く旅してきたかを思い出していた。子供が彼と同じように旅に出れば、彼の下を数千年は離れることになる……否命はその考えに震え上がった。「目的とな? のお、お前の目的は、我とともにここにいて、我が子であること。他に何の目的があろうか?」 子供はうなずいて彼の下を離れたが、その答えに満足できなかったことは彼にもわかった。

 「見たか?」 声はくすりと笑った。

 「黙れい!」と彼は言った。しかし、それは聞いてもらえなかった。

 子供はさらに二度同じ質問を尋ねた。「我が目的は何なのでしょう?」と。否命はさらに二度同じ答えを言った。「お前の目的は、我とともにここにいて、我が子であること。他に何の目的があろうか?」 子供の去り際はいつも前よりもより不満に満ち、声はあざけるような笑いに満ちていった。声を追いやろうとする否命の努力はだんだん萎え、ついには失われてしまった。彼はそれに慣れはじめ、そんな嘘は聞かないと思っていても、心のどこかはその言葉を真剣に聞いていた。

他の神は、自分たちの生命あるものの姿に妙なことが起こっているのに気がついていた。かつて神秘な力に満ちていたものが、疲れが来ているように見えてきたのだ。彼らは滋養を必要としていた。これは今までなかったことだ。その中には齢を経るにつれ弱るものまで出てきた。それは命の綴れ織りが、手入れを怠ったことでほつれ、ほどけていくようだった。しかし彼らが否命に何が起こったか尋ねても、彼らは無視された。

 子供がいなくなる時間はだんだん長く、頻繁になり、否命が彼にどこで何をしているか尋ねても、答えることはなくなっていた。二人が再開するたびに、否命は子供の才がどんどん伸びているのに気がついた。この限られた場所ですら。子供の業や想像力が否命のものを追い越してしまうのが時間の問題であることを、彼も知っていた。否命自身の旅にかけた時に比べてほんのわずかの時間で!

 二人の心に恨みが生まれていった。否命は子供が恩を忘れたことに怒り、子供は否命の増え続ける要求に捕らえられたと感じ、声はその間もずっと否命を刺激し続けた。否命は他の神からの要求にだんだん注意を払わなくなっていった。彼は庭に座り、野原を見つめていた。彼の心はだんだん重く、だんだん暗くなっていった。子供は否命の望みに逆らって遠征に出かけていた。彼の存在がなくては、かつては暖かい喜びの地であった場所も冷たく孤独に満ちている。しかし、そこには子供の感触が残っているので、彼はそこに留まっているのだ。

 「利己たるはならじ。」と否命は独り言を言った。「いずれにせよ、我が望むは我が子に良かれと思わしきこと。」

 「なぜ利己たるはならじと?」と、彼の内なる囁き声は低い、耳障りな声で言った。「おぬしは考慮に値せぬものなりや? よいか、おぬしは親で、あやつは子。おぬしが作りしものは、おぬしが操るべき。」 声は間をおいた。「そしておぬしが滅するもまたしかり。」

 否命はあえいだ。「ありえぬ。さようなことは……。」

 「操らざられし命とは何ぞや?」と声は尋ねた。「そは混沌たるもの。そはおぬしの兄の戦と代わらぬ。そは広がり続け、己が利己なる成長に、何がおのれを破壊するかも気にせぬわ。おぬしが子とて同じこと。そはおのれの要に懲りすぎて、おぬしを忘れし。おぬしよりもそれが良きと考えし。そは多くを教え、見せるものなれば。おぬしは生命の神なり! おぬしを小馬鹿にするは恩知らずの子にあらずや? そは持たざる力を持つが如く偽るもの! 力を持つはおぬしなり! 用いよ!」

「黙れ!」と彼は吼えた。「さもなくば、我は……我は……。」 何を罵っているかに気づいた時、彼は自分の怒りに締め上げられた。それは何者でもなかった。対立するものもなく、争うものもなく、あざける声でもなく、彼をあっという間に追い越していった子でもない。彼の怒りを晴らしてくれるものは、彼の周りを囲む巨大な草地しかなかった。

 否命の心の虚無の穴に、石が一つ湧き出た。彼はそれを、かつて自分の子にしたように撫で、育てていった。それは冷たく固かったが、彼はそれが育つに任せた。彼の中の虚無が膨らむにつれ、それは否命の力にはけ口を求めた。

 闇の力に花は萎れ枯れていった。かつては色に満ちた青々とした草原は、茶と黒の枯れ草の陰鬱な地となった。花は散り、茎は折れ、根は灰となった。否命はそれに気付いていなかった。彼は枯れた薔薇を踏んだことに気付かなかった。それが塵と鳴る前に、新しい棘が彼を刺した事にも気付かなかった。彼の思いは一つだけ、我が子を見つけなければと、それだけだった。見つけて我が下に戻さねば。

 彼は何百年も探し続けた。仲間の神は助けてはくれなかった。むしろ、彼らは否命から、彼の結界から後ずさりしていたが、彼らはそれを気にとめもしなかった。そして彼はついに、創世の遥か隅で我が子を見つけた。「まいれ。」と否命は言った。彼の声は山々を振るわせた。「我らは己が場所に帰るのだ。」 子供は震えたが、譲らなかった。「行きませぬ。まだ行きませぬ。言わねばならぬことがあります。」

 否命の心は再び冷え切っていった。「そは何ぞ、我が子よ?」

 「父様、私はあなたの下を去ります。永久に。」

 それは否命が最も恐れていた言葉だった。彼はうろたえた。「ならぬ!」と彼は叫んだ。「それは許さぬ!」

 父の絶望に、子供の心はほとんど折れかけた。しかし、それは素早く立ち直った。「よいですか、父様? 父様は我を子と為し、永遠に子とするを望みます。それは我には無理なこと。父様は我に、満たされるよりもなお多くを与えてきました。これが二人に最良のこと。我は己が目的を見つけます。父様も新たな子を作るとよいでしょう。それも悪くはなきこと! いずれ、父様は我を忘れましょう。」

 しかし、子供の言葉は、恐怖と嫌悪に焼き焦がされた否命の心には届かなかった。「そは許さぬ。」

 「もう父様の事にはありませぬ。それは我が事。我はすべきことをします。」 子供は背中を向けた。「これにて。」

 「ならぬ!」と彼は叫び声を上げた。「我が下を去ることはならぬ! ならぬのだ!」 子供は否命の怒りに震え上がり、動くことも話すこともできなかった。「なればお前を滅するのみ!」 彼の指から闇の力が発せられ、子供を覆った。それは叫び、慈悲を求めたが、否命はその声に耳を貸さなかった。子供の身体は萎え、闇の力に皺だらけになり、最後には塵となって天空からの風に吹き飛ばされた。初めて神が死んだのだ。

 邪悪な力はすぐに消え、否命は恐怖に満たされたまま我が子供のいた場所を見つめていた。「我は何をせしか?」と彼は囁いた。

 「おぬしは何をせしか?」と声が尋ねた。否命は辺りを見回した。なぜかは知らないが、その声は大きくはっきりとなってきたようだ。「おぬしはすべきことをせし。おぬしは我に命を授けし!」 そして、彼の背後に恐るべき姿が、何もないところから生まれ出た。それはとげだらけでねじくれ、よだれだらけの牙と剃刀のような毛とが逆立っている。皮の翼は言い得ぬ力に振るえ、その姿には邪悪な力が満ちていた。

 「おぬしは誰ぞ? 我に何をなさしめしか?」

 「おぬしには何もなさしめぬ。」と邪悪なるものは甲高い声を上げた。「欲望も思いも常におぬしのもの。我はそれを押したに過ぎぬ。しかして、おぬしが子を殺せしによって、新たなる力を生み出しぬ。そは死。おぬしが大事にせし物の破壊。そして快きは、我はかつても、これよりもおぬしの一部なること。我は否命。」

 「偽りを!」

 「偽りは言わぬ。おぬしに囁きしときも言わぬ。これより後も。されど、喜ぶがいい! 我はおぬしの最良の旅の共となろうに。」

 「我の中のすべての魔法もておぬしと戦おうぞ。」と否命は叫んだ。「我はおぬしを認めぬ。」

 「望まらば、戦うがよかろう。」とそれは作り笑いをしながら答えた。「我を認むることにおいては、のお、多くを選ぶことあたわぬものぞ。」 それの目線は下を向き、否命の目もそれを追った。彼がこの生き物に全身で恐怖を覚えたのはそのときだった。彼の身体の一端から新たな身体が生え、その先と木の枝のようにしっかりと繋がりあっていたのだ。そのさらに先には、彼の目の前の身体があった。「言うたであろう。我はこれよりもおぬしの一部。それは誰の目にも明らかなること!」

 否命は自分の仕事を続けようとしたが、いつもそばには死の影が付きまとっていた。彼が暗い考えに及んだり、彼が自分勝手なことを思ったりすると、彼のもう半分が降り立ち、彼が手をかけて形作ったあらゆる物を引き裂いていくのだ。その後、彼は平静を取り戻しはし、失ったものよりも多くの生命を作ろうとした。しかしいつも、そこには彼のもう片方が現れるのだ。

 そしてこれが、生と死が今日に至るも争っている姿なのだ。

 道三は一呼吸置いた。亮はぽかんと口を開けたまま彼を見つめていた。お話が終わったことを理解するまでたっぷり間があった。健次郎すら魅入られたようだ。「時には、な。」と年老いた僧は言った。「親は自分よりも先に子供のことを考えねばならぬ。もし否命がそうしていたならば、我ら命あるものは死の恐怖と悲しみに見えずともすんだかもしれぬにのお。しかし、彼は我侭にも自分のことしか考えず、彼の決め事が彼のみにとどまらないことを忘れたのだ。彼は子供のために何が良いかを考えず、そのため手ひどい仕打ちを受けた。難しいかも知れぬ。受け入れることはさらに難しいかも知れぬが、受け入れねばならぬのだ。」 道三は狼の仔に手を伸ばし、毛皮をなでた。「わかるかな、亮?」

 少年はしばらくの間何も言わず、目線を腕の中の仔狼に落としていた。やがて、彼はゆっくりとうなずいた。「そう思います、道三様。」 彼が顔を上げた時、新たな涙がゆっくりと顔を流れ落ちた。今度は彼はそれを拭わなかった。彼はようやっと立ち上がった。「健次郎を見つけた場所はわかると思うんだ。お母さんが戻ってきてるかもしれないし。」

 道三はうなずいた。「おそらくな。」

 「道三様?」

 「ん?」

 「お父さんたちは、家にいないとき何をやってるの? 何を考えてるの? 何か作ってるの?」

 「わからぬな。なぜ彼らに尋ねんのだ?」

 少年は少しの間考えていたが、やがてうなずいた。「そうするよ! ありがとう、道三様!」

 亮は弾むように、樹の織り成す帳の中へと消えていった。道三は立ち上がり、衣についた草を払い落とした。するべきことはまだまだある。そろそろ生きるための事に向かうとしよう。



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