大連方言について

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大連外国語大学漢学院学生(初級) 三上吉彦
2002年5月30日

はじめに

大連へ来て9ヶ月、中国語は半分くらい分かるようになり、話すのも少しできるようになりました。しかし、タクシーに乗った時、運転手が無線電話の連絡で話す言葉は少しも分かりません。これは、彼らが話すのが早いからだけでなく、大連方言を使っているからだと最近思うようになり、大連方言を少し調べてみました。

大連方言は中国語7大方言のうちの、北方方言の東北地方方言に属しています。北方方言というのは、北は黒龍江省から南は安徽省・湖北省まで、東は山東省・江蘇省から西は甘粛省まで、広い範囲で話されていて、それぞれの地方独特の多くの方言(土話)があります。その中で、東北地方方言は黒龍江省・吉林省・遼寧省(大連を含む)で話されている方言の総称で、この地方は新しい地方なので、他の方言に較べて普通話に比較的似ていて、例えば黒龍江省の省都・ハルビンと吉林省の省都・長春の人々は、ほぼ標準語(普通話)を話すといわれています。

大連方言について話す前に、大連の歴史を簡単に理解しておきましょう。大連は遼寧省の一番南にあって、1998年に百年祭を祝った比較的に新しい町です。日清戦争(1894〜95年)以降、旅順の軍港を租借したロシアが、当時青泥窪(チンニーワー)と呼ばれていた小漁村に大連の商業港と町の建設を始めました。まもなく日露戦争(1904〜05年)が起こり、日本がその後40年間大連の建設を続け、大連は日本の満州国の基地となりました。このころ多くの山東省人も煙台〜大連間の連絡船を利用して大連にやってきて、大連人の大多数は山東省出身といわれています。1945年の日中戦争終了から1960年代は、中国東北地方の解放を助けたロシア人が大勢大連と慮順に滞在しました。

発音

大連方言の発音は、普通話が第1声・第2声が多く「軽い」のに対して、第3声と第4声が多く、「重い」といわれています。数字の一yi1はyi2、三san1はsan1と始めたあとすぐyi4、七qi1はqi4、八ba1はba4と発音します。(もっとも、この数字を第4声で発音する方言は多く、西安方言でもそうでした。)大連の喫飯chi1-fan4はchi3-fan4と、好喫hao3-chi1はhao3-chi3と第3声で発音します。

巻き舌音の重zhong4はzong4と巻き舌なしに発音され、同様にして大厦da4-sha4はda4-sa4と発音され、この種の発音は瀋陽など遼寧省全体でおこなわれています。大連独特の発音としては、「吃薬chi1-yao4」(薬を飲む)はchi1-yue2と、「鑰匙yao4-shi」(鍵)はyue2-siなどもあります。

用語

大連独特の言葉としては、「イ尓彪口阿Ni3-piao4-a」(あなたバカね、イ尓sha-3子 ni3-sha3-ziの意味)、「老対児lao3-tui4-er」(同僚、同級生)、「開餉kai1-xiang3」(給料、北方語:工資、南方語:薪水)、「而+女単児shua3-dan1-er」(寒いのに薄着をするヤツ)、「汗衫han4-san1」(シャツ、襯衫chen2-shan1)などがあります。大連の人は「空が暗くなった」という意味で「天墨盒墨盒Tian1-mo1-he2-mo1-he2」(普通話では「天黒了」)といいますが、「盒he2」のところは「黒hei1」をhe2と発音するので、これかも知れません。交通が混雑することを中国では一般に「塞車sai1-che1」というのに、「堵車du3-che1」という言葉をよく使います。

用語の用法について、中国語には「我々」という言葉に、自分たちだけの「我イ門wo3-men」と相手を含むことを強調する「?イ門zan2-menの」がありますが、大連や瀋陽などでは後者が前者の意味で使われ、また前者に俺イ門a1-menという言葉も使います。

山東省方言、日本語、ロシア語の影響

私はハイキングが好きでよく大連の丘に登りますが、そこでときどきお墓に出くわすので、上に述べた大連の人のほとんどが山東省出身なのを実感しています。しかし、山東省の方言は北方方言の一つですが、我々外国人には分からないと聞いています。上に述べた大連の方言の「吃薬chi1-yao4」(薬を飲む)、chi1-yue2と、「鑰匙yao4-shi」(鍵)のyue2-siは山東省方言(東部の煙台、威海あたり)です。また、大連人が休暇で「回家郷」(故郷に帰る)というのは「山東省の故郷に帰る」という意味だとはよく聞きます。

日本語の影響も、大連には多少残っています。Wai3-xia2-ziとはワイシャツ(襯衫)のことで、muo2-jiはおもちのことです。ロシア語の影響はほとんどなくて、斯大林広場からスターリンの像が取り払われて人民広場になった現在は、高尓基路(ゴーリキー通り)が唯一のロシア語名が残る地名になりました。大商デパート1階でロシア・パン「大列巴da4-lie4-ba1」(ロシア語の хлеб フリェープから)を売っていて、外見は丸くて茶褐色でロシアの黒パンですが、実際は甘くて黒パンとは似つかない味です。

食べ物

大連は独特の食べ物というのがあまりなくて、強いていえば海鮮料理が安くておいしいことでしょう。「火+悶子men4-zi」という外見はコンニャクの油炒めのようなもの(実際はサツマイモが原料と聞いている)が大商の1階などで食べられ、これはダイエット食としては最高と思われるので、1度試食をお勧めします。(2度はお勧めしません。)西紅子炒鶏蛋(トマトとタマゴを炒めたもの)も、大連料理でしょうか。

終りに

大連外国語大学の学生は、皆「大連方言は発音がきたなくて、私は興味がありません。」といいます。これは言語を学ぶ学生の態度としては、少し残念です。日本でも2、30年前には、方言はこうした扱いを受けてきましたが、最近はその地方へ引っ越すと、なるべくその土地の方言の基本を早く学び、その土地の活動に参加するような風潮です。「郷に入っては、郷に従え。」のことわざを学生のころから実行したいものと思いますが、若いころは皆そんなものでしょう。

以上は、漢学院・口語授業(趙芳先生)の私の作文として書いたものです。調査に当ってお世話になった、柳桂鳳先生(大連出身)と呉麗鳳さん(瀋陽出身)に感謝します。

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Created by Yoshi MIKAMI on June 27, 2002. Last update: June 27, 2002.