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    熊野三山   神秘紀行
  七、 牛王 災い除き、福を呼ぶ護符 

 何羽ものカラスが集まってかたち作った「烏(からす)文字」と、「宝珠(ほうしゅ)」が描かれた護符を「牛王(ごおう)(宝印)」という。
 もともとは「牛玉」と書いた。ウシの胆嚢(たんのう)などにできる結石のことだ。霊薬とされ、これを混ぜた墨や朱で刷った札にも、災いを除いたり、福を呼ぶ力があるとされる。
 熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)の朝日芳英宮司(69)は先月、天皇陛下ご入院の際、「熊野牛王」に「病気平癒」と書いて神前に供え、連日祈りを捧(ささ)げた。「牛王は本当に大事なときにしか使わないもの。宮司になって初めて使いました」という。

 
◆「心中天網島」でも重要な役割
 那智大社、本宮大社、速玉大社の熊野三山にはそれぞれの牛王があり、デザインなどが微妙に異なる。中でも那智大社は牛王の制作で古くからの儀式を守っている。正月に行われる「烏(からす)牛王神璽(しんじ)祭」がそれだ。
 元旦、那智の滝近くの池からくんだ水で墨をすり、2日、牛王を刷る。それを神前に置き、7日間、神事を行う。
 神事では宮司は祝詞を奏しながら打板(うちいた)と呼ばれる机を、柳で作られた「牛王杖」で激しく打つ。それに合わせて参列者も打板を打ち、魔よけなどをし、牛王に祈願を込める。7日間、普段は静かな社殿に「バチバチ」という音が響く。8日には那智の滝の前で打板を打ち、祭りは終了。牛王が参列者に授与される。
 こんなふうに祈願が込められた牛王は、護符としてだけでなく、かつては、神仏に誓いを立てる起請文(きしょうもん)として広く使われていた。
 有名な近松門左衛門の浄瑠璃『心中天網島』でも熊野牛王が重要な役割を担っている。
 主人公の治兵衛と、遊女の小春とを別れさせようと、治兵衛の兄の孫右衛門は懐中から「熊野の牛王の群烏」を取りだし、治兵衛に「小春と別れる」との内容の起請文を書かせる。それでも結局、治兵衛と小春は心中してしまう。
 ♪あれを聞きやふたりを冥途(めいど)へ迎ひの烏。牛王の裏に誓紙一枚書くたびに、熊野の烏がお山にて三羽づつ死ぬると昔よりいひつたへしが、われとそなたがあらたまの年の初めの起請のかきぞめ、月の初め月がしら書きし誓紙の数々。そのたびごとに三羽づつ殺せし烏はいくばくぞや
 熊野牛王が起請文として使われた最も古い記述は、鎌倉時代中期の文永3(1266)年のもので、奈良の東大寺文書に収められている。僧の間でもめごとが起こり、熊野牛王に誓ってそれを解決したとの内容。僧が熊野の神に誓っている点がおもしろい。
 かつてはこのように、広く認知されていた熊野牛王だが、もちろん今は、一般の契約書として利用されることはない。
 今年は統一地方選の年だから、候補者の公約は熊野牛王に書いてもらうというのはどうだろうか−。                    文  袖中陽一

 写真左上/熊野那智大社の牛王。古くから護符や起請文として広く使われてきた=和歌山県那智勝浦町
 写真右下/熊野牛王といっても三山で微妙に違う。手前は熊野速玉大社、後方は熊野那智大社の牛王だ                  写真 大西正純
                                             (2003/02/25)