自己誅心 世間一般 其の三 靖国神社と気合いの関係

○靖国神社と気合いの関係

 【北京・浦松丈二】中国の唐外相は9日、訪中している野田毅・保守党幹事長(日中協会会長)と北京で会談し、小泉純一郎首相の靖国神社参拝問題について「国民感情の火に油を注ぐことになる。行かないでほしい」と要請した。唐外相は「これは民族の尊厳を大事にしなければならない問題だ」との認識を示し「日本政府には慎重な対応を希望する」と述べた。
(毎日新聞6月10日朝刊)

 またか、と正直、思った。
 と同時に、まだなのか、とも感じた。
 首相が変わるたびに、いちいち浮上しては沈んでゆくこの議論、決着を付けるどころか、毎度のごとく同じ議論に新たな議論を上乗せしてはいないか。
 そうするうちに、だんだん、靖国神社の参拝の、何がどう、批判の対象になっているのか、妙に分からなくなってくる。
 今回の小泉首相の公式参拝の是非を巡る議論は、直接・間接的に、小泉内閣の改革の是非を巡る議論ともなるため、個人的に、「分からない」ではなんとも気持ちが済まなくなってきた。これはいかにも、一度、私論を固めねば気が済まない。
 要するに、一席、ぶちたい。そういう欲求があったにはあったが、その心根に、どうも、これは日本人であるということを再認識するような、意外に根深い問題なのではないか、という気がしてきたのである。

 一席ぶつためには、まず、そもそも靖国神社というものが、どういうものであるかという判断がなければならない。

 靖国神社は、僕は仕事でそのそばをたまたま通りがかった以外では、特に知識も無い。存在は知っている。一見した印象があるばかりである。これが僕の前提である。すなわち印象判断しか持っていない。
 そしてその印象判断に即して言えば、「落ち着くところだな」というのが正直なところである。疲れたときに「お参り」することで、「元気」がもらえるかもしれない。そういう漠然とした肯定である。
 これは靖国神社がどうというのではなく、日本全国の神社全般から受ける印象である。

 ちなみに、僕は生粋の日本人ではない。日本で生まれたが、育ったわけではない。血も、ここ数百年のうちに、どの文化に属したものか、と問われると、日本ではない血を持っている。同時にまた、生粋の日本人の血も持っている。そういうハイブリッドな存在である。
 今は亡き岐阜県知事の孫娘と、在日朝鮮人二世との間に生まれた子供なのである。
 生まれてすぐ、海外で生活をした。特に思春期はネパールのカトマンズで過ごした。北東の方角、遙か彼方に、自分の生まれた故郷がある。エヴェレストの峻厳たる様から目を離して、右の方のぽっかりとした青空が、自分のやってきた彼方なのだと思いながら過ごした。
 時折聞こえてくる日本の噂が、妙な親しみとともに記憶された。ハイテク国、飽くほどの豊かさ、信じがたいほどの急速な経済発展、エキゾチックな民族――
 のち、ちょうどバブルが崩壊した辺りで帰国した。不況だ不況だと騒ぎ立てる一方で、浮浪者が新聞を読む。学生服に統一された生徒たちも同じような格好をしているのだからさぞ仲がよいのかと思えば、老若男女のいさかいが絶えない。迷惑という言葉が一般的でありながら、実際に迷惑をかけた時の対処など無きに等しい。
 本当によく分からない国だと思いながら過ごす一方で、しばしば、自分が日本人であり、日本の文化風土というものが、色濃く心根に生きているのが実感される瞬間があるのも事実である。

 靖国神社に対する印象判断や、また、靖国神社のホームページを覗いてみたときなど、そういう、自分の中で無自覚に根付いた日本的感性の存在を感じて驚いてしまう。
 何がどうというのは難しい。
 靖国神社が祀っている多くの「霊」についての解説をざっと読んだだけでも、中には「うっ」と眉をしかめるものもある一方で、妙にしんみりと自分の中に流れ込んでくるものがある。
 これは、印象判断の根底をなす、感情機能によるものである。
 感情の最大の役割は、「拒絶か受容か」の判断である。それが自分にとって拒むべきか、受け入れるべきかの判断を即座に行うのが感情機能であり、その機能によれば、僕にとって神社は受け入れるべきものである。
 しかし、思考による事実判断の場合はどうか。物事の因果関係を明確にし、将来への予測や、問題の解決をはかるための、思考機能によって靖国神社のホームページの解説を事実判断すると、また違ってくる。
 たとえば、ざっとこれらのキーワードがある。
 「行動の美」「戦友愛」「気合い」「孝心」「母性」「献身」「幸せ」「使命」
 
 行動の美では、殺到する敵陣に身をさらして剣を掲げて、「見事に」討ち死にすることを美としている。
 壮絶である。とはいえ、日本に特有の感性かといえば、そうでもない。欧米諸国にもあるし、どこにでもある。
 映画『グローリー』を観ても分かる。敵の砲弾の雨の中を、真っ直ぐ横に並んで歩いてゆく。這えよ、と何度思ったか知れない。真っ正面からバタバタ死んでゆく。それを哀切な美感をもって描く。
 これは、文化がどうというよりも、個人としての存在意識のあらわれである。別に死ぬ必要はないが、陰影として死があると生が際立つのである。人間の意識の在り方自体の問題である。
 だがその有様が、宗教儀礼の場に堂々と飾られているところが日本である。
 ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂において、ミケランジェロによる最後の審判と一緒に大型爆撃機の写真や、戦死者の遺影が並んでいるようなものである。
 そのミスマッチが悪いというのではない。ヴァチカンに、そんなものは必要ないのである。キリストの磔刑像や、最後の審判における人間の有様があれば、十分に宗教理念を表す事が出来るのである。
 では靖国神社では、なぜそれが必要か。そこが日本である。
 宗教における最大のキーワードは「死」である。生の陰影としての死を、様々に表すところに宗教の意義がある。それによって生が規定され、予測不可能な将来への断固とした態度を持つことが出来るようになるのである。それを、信念という。死の観念を持たなければ信念という観念も無い。それが人間の意識の在り方である。
 同じように、靖国神社のホームページに飾られた、近代兵器の数々も、死を表すために必要な素材である。
 なぜ宗教の場に、殺人の道具が置かれているのか。ヴァチカンの大聖堂に、キリストを刺し貫いた槍が置かれているのと同じである。
 死には、殺人という色もふくまれている。それがなくては死として完成しない。殺されることによる死を、いかにしてとらえるか、という問題である。
 それを、日本では「美」という感性を強調することで、信仰の域にまで達しようとする。
 普通、宗教理念を強調するために「美」が用いられるが、日本では「美」そのものが理念である。根拠である。そこが他の国との大きな違いである。「美」を求めて生きるのである。それが人生の意味である。そういう論脈になる。
 死ぬこと、殺されることが、悪なのではない。「美しくない」ことが悪なのである。そういう文化風土が、この靖国神社では結晶している。
 
 そして一方で、その美しき「生」を賛歌している。死ばかり称えているわけではない。
 それが「戦友愛」「気合い」という言葉に表れている。

 「氏、益々意気旺盛、途中ニテ倒レントシタル候補生一名ヲ気合ヲ以テ助ケ其ノ決断力ニ心服セリ」

 戦闘行動中に倒れかけた候補生を、「気合い」で助けた、その「決断力」に、「心服」するのである。
 
 「当時肋膜ナリシガ氏ノ気合ニヨル余波ニ依リ吾将又一命ヲ得ル」 

 当時、結核であったが、相手の「気合い」の「余波」によって、「一命」を得るのである。

 これをして「戦友愛」と呼んでいる。すなわち、自己の生命の輝きを、相手にも分け与えるという観念である。こういう観念は、実は、あまり諸外国に見られない。特に欧米ではあまり一般的ではなく、オカルトの部類である。
 自らの生を輝かせることによって、死に瀕した仲間をも救出することが出来る。そしてそれによって自らの生を失ったとしても、それは、「美しい」ということである。
 ここにおいて、生と死という個人の問題が、共同体への貢献という問題に敷延されている。宗教理念としては、必須の問題である。ただ個人の在り方を説いているだけでは、宗教ではない。かくあるべき集団相互の在り方を明確に表さなければ、人間の生と死を真に語ることは出来ない。
 その様子を「気合い」と呼んでいる。「気」を「合わせる」わけである。それは、状況への「気合い」であると同時に、他者への「気合い」であり、自己自身への「気合い」である。
 これが非常に日本的である。中心から無限に放射してゆく状態である。真ん中に「気」という漠然とした観念がある。それが「合う」という、混在の状態から、より澄明な統一への意思を持つようになるのである。

 しかも、この「気」は一カ所から出ているのではない。個人個人が出している。特定の教祖がいて、その人物が最大なる「気」を出しているのではないのである。いるとすれば「天皇」であるが、「天皇」が「気合い」で人民を幸福にする、というような論脈はない。
 あくまで個人個人が、共同体において、互いに、「気合い」で助け合うという趣旨である。

 この「気合い」が、「戦友愛」となり、「孝心」となり、「母性」となる。
 またときに「慰め」となり、「酬い」となり、「鎮め」となり、「真心」となる。
 およそ、あらゆるものの原材料となるのが、この「気合い」であり、全ての論旨の根拠ともなりうる観念なのである。
 そしてその観念、すなわち「気合い」の「最も美しい使い道」とは何であるか、というところに、神社が祀る様々な慰霊の意義がある。
 すなわち、自分自信に「気合い」を込めるときは、「百年に一度あるかないか」くらいに輝かなければならない。もはや即死といって良い、人生の輝きである。
 また、他者に「気合い」を込めるときには、「友人」「親」「子」「恋人」「国」といったものに、無数無限に放ち続けなければならない。
 その代償として、

 「陸軍野戦病院に勤務中、チフス・マラリア・赤痢を一度に患い、遂にその同じ病院でたおれたのであった」

 かのように、恐るべき厄災を一身に招いたとしても、それは「美しい」のである。

 そして更には、死者への「気合い」がある。死んだ人間たちを、「霊」としてとらえ、いかにしてそれらの霊に「気合い」の「余波」を与えるか。

 「昭和21年、いまだ敵愾心の見られる米軍の厳重な統治下にあった沖縄で、『自分の責任において、たとえどんな危険があろうとも、戦歿者を祀る塔を作る。英霊とともに生きる』と決意」

 というように、命がけで慰霊碑を建立し、遺品への愛着を持ち、あらゆる弔いを行い、そして墓前へ参拝する。ここに、靖国神社自体の存在理由があるほど、それは「気合い」の使い道の最大のかたちとして、独自の宗教理念を形成しているのである。

 更にこの「気」の面白いところは、それがあらゆる物に当てはまるということである。
 動植物のみならず、建物、大地、諸道具、天候、星辰に至るまで、「気」を持っており、それらと「気」を「合わせる」こと、あるいは、「元気をもらう」ことが重要な共存方法となっているのである。
 すなわち、靖国神社から特定の墓を取り除くということは、この「気」が欠け、「気持ちの持っていきよう」がなくなるということである。それはどういうことか。
 『ドラゴンボール』で孫悟空が元気玉を作り出すところを想像すればよい。あらゆる人物草木に至るまで、「気」をもらうわけである。
 冗談かと思われるかもしれないが、それが神道の神髄であり、日本人の生活観念の真理である。ありとあらゆるエンターテイメントは、結局のところ、それを作った人間の宗教理念にかえっていかざるをえないのである。欧米のあらゆる物語が、聖書にかえっていくのと同じである。

 眉唾な人は、一度、靖国神社の遺影の説明文を読んで回ると良い。
 あらゆる日本的なキャラクターが、ずらり取り揃えられているのに驚くであろう。
 昨今では、「萌え」という言葉が一部のジャンルで、特定のキャラクターや物語などへの愛着と衝動的欲求を意味する言葉として用いられているが、おそらく日本人が最も「萌える」タイプの人間像やシチュエーションが山のようにあるのである。
 すなわち、日本人が無意識下で育んでいる、様々な「気合い」の観念を、人物像において成り立たせることにより、宗教理念の高みにまで持ち上げようとしたものが、靖国神社における諸々の遺影なのである。

 もっといえば、こういう文化風土は、島国であるからこそ培われたという気がしてならない。
 島国の特徴は何か。
 「後がない」ことである。
 「断崖絶壁」である。「背水の陣」である。どこにも行くところがないので、そこにいるしかないのである。だから、なかなか「嫌気がさしても」離れられないのである。
 これは、状況としてどうというのではない。民族的な心理の問題である。日本人は常に「後がない」ところで生きている。それが良い方向に働く場合もあれば、悪い方向に働く場合もある。もうちょっと日本人は自由になっても良いんじゃないか、とたびたび思うのが、その点である。

 さておき、こうした「気合い」の「美しい」使用によって、「幸せ」や「使命」が全うされるというのが、靖国神社における論脈の趣旨である。
 日本人の「信念」の根底がそれである。もっといえば、靖国神社ではそれが最も激しいかたちで表される場面として、戦場を選んでいる。
 戦場における「気合い」の在り方を教える場所が、靖国神社であり、それは、戦う元気を与えるための、きわめて巧妙な装置であるのである。

 さて、その靖国神社に首相が公式参拝する。
 そして中国側が、自国の人民の感情において、それに非を唱える。
 靖国神社が、そのあおりで、批判の対象になる。

 この三方の関係の中で、ここで靖国神社は、どうすべきか。あるいは首相はどうすべきであるか。
 首相の意図がどこにあるにしろ、靖国神社としては「気合い」でどうにかしたいというのが本音なのではないか。
 しかし、どうにもならない。「気合い」が通じる通じない以前の問題である。「態度をはっきりしと」と言われるが、「はっきりと気合いを入れている」のに、諸外国はその「気合い」を理解しない。ふざけているのかと思うばかりである。
 
 これは本当に難しい問題である。そもそも靖国神社に権威があるようでない。宗教理念を掲げた一大権威であるならば、また話が変わってくるだろうが、世界的にその理解が足りていない。
 たとえば、靖国神社に祀られている戦死者の遺影などを、「教会が十字架を立てているのと同じだ」と言ったところで、「キリストと戦死者を一緒にするのか」と猛反発を食らうに決まっている。
 しかも戦死者の中には、自殺者もいるのである。敵が攻めてくる最中、通信業務に殉じた、「九人の乙女」などがそれである。

 『昭和20年8月20日ソ連軍が樺太真岡に上陸を開始しようとした。その時突如日本軍との間に戦いが始まった。戦火と化した真岡の町、その中で交換台に向った九人の乙女らは、死を以て己の職場を守った。窓越しに見る砲弾の炸裂、刻々迫る身の危険、今はこれまでと死の交換台に向かい「皆さん これが最後です さようなら さようなら」の言葉を残して静かに青酸カリをのみ、夢多き若き尊き花の命を絶ち職に殉じた。
  戦争は再びくりかえすまい、平和の祈りをこめ尊き九人の乙女の霊を慰む』

 言うまでもなく、キリスト教において自殺者は破門である。教会の墓地にさえ入れてもらえない場合が多い。それをして「夢多き若き尊き花の命」とは呼んでくれない。道ばたに捨てられるだけである。
 A級戦犯の墓をどうするか、という議論は、自殺者の墓を全て墓地から撤去すべきだ、という主張が日本のどこかで起こったらどうなるか、と考えると分かりやすい。
 どかせば良いというものではない。「気合い」の問題である。「気合い」を込めて死者を慰霊の場から放り出せば、どんな「祟り」「障り」があるやら分からない。それ以前に、死者の遺族の「気合い」の行き場がなくなってしまう。
 ではそもそも自殺は悪なのか。自殺をした人間の中には、社会的に貢献した人間もいるではないか。いや、自らの命を絶つなど、命をくれた親への孝心に反する。しかし自ら死ぬことによってそれが「気合い」になる場合もあるではないか。
 ――云々。
 その結果、「自殺」にも色々なレベルが設定され、どこからどこまでが「美しい自殺」で、どこからどこまでが「美しくない自殺」なのか、という議論になる。
 そしてでは、「美しくない自殺」者は、本当に墓を撤去すべきなのか。撤去するとして、どこに持っていけば良いのか、という問題にぶつかって、思考の限界に達する。
 待つのは妥協と忘却ばかりである。

 さて、ここまでこの文章を書いてきて、既にお気づきの方がおられるかもしれないが、なぜ、「靖国神社参拝」に対して「中国が非を唱え」たことを論ずる上で、「キリスト教的観念」がいちいち対比されねばならないのか。
 ここに、この問題の複雑怪奇な根がある。

 第一に、日本の靖国神社における「気合い」の観念に、当時のGHQによる「政策」が微妙にブレンドされていて、批判の対象が無数に分散しているのである。東京裁判、サンフランシスコ平和条約などの見直し論がそれである。東条英機論もそれである。犯罪者を宗教理念の場から排除するというのは、もっぱら欧米の観念に近いものがある。

 第二に、中国の言う「A級戦犯」を規定したのが、英米仏ソによる法規制であり、中国はそれに参加していないのである。A級戦犯という言葉が出てくる時点で、中国は英米仏ソの法規制に準じていることになる。そうするとその反論もまた、英米仏ソの法規制に準ずるしかなくなる。そうなると中国も日本も英米仏ソも、全てが入り交じった観念の言い合いになる。

 第三に、そもそも日本は「気合い」の問題と、「歴史」の問題を、一緒にしてないのである。「気合い」の観念は、常に現在の観念である。それが歴史を形作ったとは一言も言っていないのである。「気合い」が天に届いたとはいうが、それによって歴史が動いたとは言っていないのである。悪い歴史を繰り返さないための「気合い」があるばかりである。だから、「歴史教科書問題」とは、微妙に論旨が違う。靖国神社自体が、歴史の権威であるかのような論旨になってしまうからである。

 第四に、中国は、外務省の人間が口にしているだけで、法規制にのっとった主張をしているのかといえば、微妙に怪しいのである。それこそ漠然とした「人民感情」であり、具体的な処置が前提となっていないのである。つまり条件がない。首相が参拝しなければ、逆にこれこれをする、という取り決めがあった方が、恐らく、外交的には分かりやすく事が運ぶと思われる。
 
 第五に、靖国神社の奇妙な位置どりがある。とある自衛隊員が事故死して殉職として扱われ、靖国神社に埋葬されたが、その遺族が靖国神社に埋める気は無いと言い出した。そのことで裁判になり、結果、なんと遺族側が敗訴して靖国神社に遺体が埋められることになった。妙な話である。信教の自由という点では首を傾げてしまう。前後の事情もまた複雑なのであろうが、そういうことが起こるから、靖国神社という存在自体が嫌な印象を与えてしまっている。

 かのように、中国の観念、日本の観念、欧米の観念が、あらゆる形で坩堝と化している。
 これは、簡単に説明しようとすればするほど、かえって複雑になってゆく典型と言って良い。
 いっそのこと「日本はアメリカです」と言えれば、楽であろう。大統領は参拝したりはしないだろうから。しかし日本は依然として日本である。日本の立場において議論せねばならず、その議論の材料が、英米仏ソによって規定されたもので、更にそれを中国の人民感情に適した回答とせねばならない。

 そして、この、「十人十色」を無理矢理「一色」にせねばならない事態にこそ、真に、物事が明確に分別される機会があるのではないか。
 日本がこれまで出してきた回答は、「参拝しない」あるいは「私的に参拝する」という、ただそれだけの、「気合いの抜けた」回答なのである。
 これは日本人に向けての回答にもなっていない。「気合い」を入れた回答を出すべきである。そして今が、まさにその機会なのではないか。

 では、いかにしてその「気合い」を出すか。
 半ば素人考えだが、まず第一に、全員が黙る。余計なことは言わない。特に右翼の宣伝カーは、靖国神社への悪印象の最たるものなので自主規制を敢行する。

 第二に、中国側に、再度、明確な訴えを提出してもらう。首相公式参拝に対して、それが非であるという訴えである。戦争裁判における、条約不履行の訴えでも良いし、終戦時における条約不履行の訴えでも良い。

 第三に、その訴えを、日本の司法が受け取る。特別な組織を結成して、当時の戦没者全てを総ざらいし、戦犯者が真に戦犯者であるかどうか、その戦犯を祀るということがどういうことか、そして行政の中枢にいる人間が、それを参拝するということがどういうことかを、現代の日本の法に照らし合わせて判断し、首相参拝を認めるか禁ずるかを断ずるのである。

 そしてその判断の過程全てを、世界中にアピールし、日本の文化風土を理解してもらうとともに、日本が法治国家であり、その行動の根底には法的な判断があるのだというところを示すのである。

 こういう喩えはまずいかもしれないが、かつて魔女とされたジャンヌ=ダルクが改めて裁判で聖女に列席された例もある。もしかすると、その通りのことが起こるかもしれないし、あるいは、その逆の事態が起こるかもしれない。
 そしてその過程で、歴史解釈の問題、戦犯者の問題、戦争裁判の問題、開戦と敗戦の問題、どこからどの時期までがどの戦争なのかの問題、宗教と戦争の問題、日本という文化風土の問題を、次から次へと論じ、そのつど回答を出して行けば良いのである。
 日本人民と中国人民、両者の感情機能による判断もふくめ、印象判断と事実判断をすべからく統合し、最終的な価値判断を下すことこそ、靖国神社の首相公式参拝にまつわる議論の終止符になるのではないだろうか。
 
 いわゆる有識者たちや、当事者たちが、お祭り騒ぎで議論していたところで、何が解決するわけでもない。
 法治国家として、また独自の宗教理念を持った国家として、真に諸外国にアピールするためには、司法における判断こそが最適でありましょう。


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