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[会計] 企業会計をめぐる課題と会計専門家の役割



会計基準等のコンバージェンス
 さる10月12日,わが国会計基準の設定主体である企業会計基準委員会(ASBJ)は,国際財務報告基準(国際会計基準IFRSs)を設定している国際会計基準審議会(IASB)とともに,対外発表を行った。現行の両会計基準の差異を可能な限り縮小するための共同プロジェクトの立上げに向けて協議を開始したとのことである。
 プロジェクトの具体的な進め方等については今後,両者の間で話合いが進められることとされているが,世界の主要な会計基準設定主体が連携を図り,会計基準の差異を可能な限り小さくしていくことは,証券市場の国際化が進展している中,重要な課題であり,今回の発表はこれに向けた貴重な第一歩であると受け止めている。
 わが国の会計基準は,会計ビッグバンとよばれる一連の会計基準の改訂の結果,国際的にみても遜色のない水準のものとなっていると考えているが,国際的に必ずしも正確な理解を得られていないのではないかとの懸念もある。このような機会を通じてわが国会計基準の考え方について情報発信を行い,会計基準の国際的なコンバージェンス(収斂)に向けて積極的な貢献を行っていくことは極めて重要なことであり,私共としてもASBJの取組みを支援していきたい。
 監査の分野でも動きは急である。米国における公開企業会計監視委員会(PCAOB)の設置をはじめ多くの国において監査人監督機関が強化され,わが国でも公認会計士・監査審査会が設立されている。その中で,各国監督機関の間での連携・協力の動きも始まっている。
 監査基準についても,米国では,内部統制に関する監査強化の動きがあり,また,国際監査・保証基準審議会(IAASB)では,国際監査基準(ISA)の設定作業が精力的に進められている。わが国の企業会計審議会においても,これらの動きを踏まえ,今後,精力的な審議をお願いしていくことが想定される。
 監査分野での最近の国際的な動きには,エンロン事件等を契機にするものが少なくない。将来的にどのような形で国際的な収斂が行われていくのかといったことにも十分留意しながら,会計不正の防止等に向けたわが国のありようについて真剣に検討を進めていく必要があると考えている。

■開示制度の信頼・実効性の確保
 わが国の開示制度は,この数年,会計・監査・開示のあらゆる分野において大きな変革を遂げた。経済社会の変化等に対応して,今後も制度面での不断の検討が必要になろうが,同時に,これからの大きな課題は,この開示制度の下で真に制度の趣旨に適った,適正できめ細かな開示が実践されていくこと,これを通じて開示制度が真に信頼を得て社会に定着していくことであろう。
 以上のような問題意識に立って,金融審議会第一部会ディスクロージャー・ワーキング・グループでは,この10月から,開示制度の信頼・実効性の確保をめぐる諸問題について幅広い検討をお願いしている。ここでは,四半期開示など新しい開示制度の整備に関する論点と併せて,企業における内部統制のあり方,これをチェックする会計監査のあり方,財務情報を分析して投資家へ投資情報として提供するアナリスト機能のあり方,電子的技術を活用した財務情報等のタイムリーな提供のあり方などの論点がとり上げられている。
 金融審議会にこのような形での審議をお願いしている背景には,この数年間における開示制度の整備作業が一巡してきている現在,今後は,行政がルールを整備すればそれで直ちに開示内容が充実するというものではなくなってきているとの認識がある。
 そもそも適正な開示は,自社の企業価値が市場で過小評価を受けることを防ぐという,企業にとってもメリットの大きいものである。市場における監視の下で,このような開示に対する企業のインセンティブを最大限に引き出していくことが,開示内容の充実には重要となる。このためには,市場の参加者(企業,会計監査人,株主,機関投資家,アナリスト,取引所,情報ベンダー等)のそれぞれが開示の重要性を十分に認識し,自らの機能をフルに発揮していくことが強く求められる。

■会計専門家の役割の重要性
 各市場参加者が開示の重要性を認識して的確に行動していくためには,単に会計監査人だけが会計に精通するというのではなく,市場参加者のそれぞれの中に会計の専門家が存在し,会計的な視点を十分に尊重して意思決定が行われることが望ましい。
 平成18年から公認会計士試験制度の改革が実施に移される。このねらいが,広く一定の水準を有する監査と会計の専門家が多様な形でわが国の経済社会に多数存在するように,との点に置かれているのは,以上のような認識に通じるものである。
 平成17年度からは会計専門職大学院も開校する。専門職大学院の修了生に公認会計士試験の一部が免除されるといった事情が,専門職大学院の設立を促進する一因となっているものと考えるが,専門職大学院には,そういったことにとどまらない高度な教育機関であってほしいし,これらを志望する方々にも,適正な開示の確保に向けた高い志を抱き続けていただきたい。
 監査と会計の専門家をわが国の経済社会に幅広く配置していくとの要請に的確に対応していくためには,最近の国際化の動向等をも踏まえて,@国際性,A適正な開示に向けた情熱,Bバランスのとれた判断力と論理的な説得力,といった素養を持つ人材の養成が強く求められているように思う。関係者には,ご苦労の多いことと思うが,ご尽力を切に願っている。

(企業会計 2005年1月号より)

―筆者紹介―
池田唯一(いけだゆういち)
1982年東京大学法学部卒業後,大蔵省入省。IMFエコノミスト,銀行局中小金融課,証券局企業財務課,証券市場課課長補佐,金融監督庁総務課企画官,金融庁保険企画室長,協同組織金融室長,保険課長等を経て,2004年7月から現職。