BIOGRAPHY



永友聖也 ナガトモセイヤ Vocal & Guitar(写真中央)
昭和51年2月22日生 宮崎県出身
今年の抱負… 宮部みゆき完全読破
好きなもの… 67年頃のロック、71年頃の日本のフォーク、グループサウンズ、水木しげる、ゴジラ、山田風太郎、手塚治虫、つげ義春、ドリフ、みそ汁、墓場の散歩、雨の日の読書
嫌いなもの… なし

梅田啓介 ウメダケイスケ Bass(写真左)
昭和53年9月20日生 秋田県出身
今年の抱負… 活字アレルギー克服
好きなもの… グランジオルタナ、モータウン、ジェームスジェマーソン、ジャッキーチェン、自転車、水泳、料理、ラム酒、時代劇、道の駅、もりそば、ドリフ
嫌いなもの… 人参(しかし2003年に克服)、レバー、粉薬、花粉(2005年花粉症デビュー)、あかなめ(妖怪の一種)、電車の乗り換え

菊住守代司 キクズミモリヨシ Drums(写真右)
昭和53年6月13日生 熊本県出身
今年の抱負… 煮物・蒸し物をマスターする
好きなもの… ハードロック、メタル、90年代に流行った音楽、今流行りの音楽、健康、福本伸行(マンガ家)、クーラー、魚、睡眠、インスタントラーメン、キムチ
嫌いなもの… 日焼け、うめぼし、花粉、静電気

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1999年
宇都宮大学の音楽サークル「Band Standうたう会」の部員であった永友(宮崎県出身)、梅田(秋田 県出身)により結成。名前はまだ無い。

当初はクリーム等の楽曲をコピーしていたが、技術が追い付かず断念。オリジナル曲の作成に取りかかる。
同年初夏初ライブを行うに当たり、バンド名を決める必要に迫られるが難航する。ある日、梅田が興奮気味に練習に現われ「いい名前を思い付きましたよ!西部警察ってどうですか!」と得意顔で提案するも、永友激しくいやがる。というか無視する。
結局、メンバー共通の愛読書「グラップラー刃牙」の名脇役の名前を取りバンド名は「キャプテンストライダム」に落ち着く。

ちなみに、初ライブ時の梅田のルックスは金髪、リーゼント、メガネ無しであった。

1999年 秋
現在も続いている自主企画イベント「おばけナイター」第1回目を開催。
その後も宇都宮でライブを重ねていくが、2000年春、初代ドラマーが脱退。
「ドラムを叩いている時の顔が面白いから」という理由で現ドラマーのモリヨシ(熊本県出身)が加入し、活動を続ける。

2001年 春
モリヨシ加入後の初ライブ。「マウンテン・ア・ゴーゴー」初披露。「スレスレガールズ」なるバックダンサーを従えてのステージだった。

2001年 夏
初のデモ音源『はたらくくるま/フェイドアウト』を制作。「今から思うととてもじゃ無いがシングル向きとは言えない楽曲」(by 永友)ではあった。カセットテープ、MD合わせて約50本程をしめやかに完売。

メンバー3人で仲良く「千と千尋の神隠し」を初日に観に行く。

また、この頃から梅田が日常的にメガネを着用する様になる。

2002年 正月
永友が勤めていた会社を辞め、同時に2枚目のデモ音源の制作に取りかかる。前回の反省を生かし、ポップな楽曲でまとめられたCDに対して、永友は当初「地獄の盆踊り」というタイトルを提案したが、梅田、モリヨシ激しくいやがる。というか無視する。結局タイトルは永友の造語であるところの「ノーテンフラワー」に落ち着き、永友のモスト・フェイバリット・イベントである節分の日に発売。

その「ノーテンフラワー」を引っさげ、2002年夏頃からバンドは各種オーディションや都内のライブハウスにアプローチを開始する。
また同じ頃、某楽器店主催のコンテストに参加し北関東大会で準グランプリを受賞するも授賞式でのメンバー(主に永友)のふて腐れた態度が物議をかもす。

この頃、初めてウメダが帽子を着用。現在のスタイルに。

2002年 秋
松本隆設立の新レーベル「風待レコード」と運命の出会い。宇都宮⇔東京の往復生活が始まる。

2002年 冬
12月、NHK-FM「ミュージックパイロット」にて、松本隆の選曲により「マウンテン・ア・ゴーゴー」初オンエア。
当日はメンバー全員永友宅に集まり、のんきに鍋をつつきながら番組が始まるのを待っていたが、放送時間が迫ると次第に無言となり最終的には正座してオンエアを聴いていた。

2003年 春
4月17日 風待茶房主催「風待フラッグvol.2」出演。ゲストに川本真琴さんを迎えての開催。張り切りすぎた永友が本番でギターのケーブルを折るアクシデントが。

5月 5日 「新宿ミーティング'03」出演。この頃から同世代のロックバンドとの交流が活発に。

2003年 夏
メンバー、スタッフ一同空腹やら睡眠不足やらムチウチやらと闘いながら作り上げた記念すべきデビューシングル『マウンテン・ア・ゴーゴー』を発表。風待レコード先陣を切ってのリリース作として注目を集める。

8月8日店舗限定先行リリース開始(9月25日全国発売)。
(渋谷HMV第1位、タワーレコード宇都宮第1位、新星堂カルチェ5宇都宮第1位、ハイラインレコーズ第10位、タワーレコード京都第5位etc...各地インディーズ・チャートを席巻。)

8月、9月にかけてファーストアルバム『ブッコロリー』レコーディング。

2003年 秋
9月11日 風待レコード主催「風待フラッグvol.6」出演。ゲストのつじあやのと面会した梅田のうかれぶりには目を覆いたくなるものがあった。

10月 4日 「風待フラッグvol.7」出演。鈴木茂、南佳孝という大先輩のステージに興奮。

10月19日 MINAMI WHEEL 2003参加。FM802「ミッドナイトガレージ」レコメンドにより、初の関西ライブにもかかわらず入場者規制がかかるほどの大行列ができる。

11月26日 ファーストアルバム『ブッコロリー』発表。テレビ・ラジオ・有線で「マウンテン・ア・ゴーゴー」がかかりまくる。

この頃から永友の温泉ブームが過熱。心なしかちょっとふやける。

日本テレビ系情報番組「AX」出演。アルバム収録曲「肉屋の娘」のモデルとなった「ミートショップこしみず」(栃木県内にある、お肉とギターを一緒に売っているお店)で初のインストアライブ。カリスマ店員モモヨおばあちゃんの人気も爆発する。

この頃、冬でもネルシャツ一枚で過ごすモリヨシに、松本隆さんからお下がりのフライトジャケットのプレゼントが。

11月30日 宇都宮VOGUEにて自主イベント「おばけナイター」開催。『ブッコロリー』のラストナンバーにして初のバラード「サンドバッグの夜」を初めてライブで演奏するメンバーの目には光るものが有ったとか無かったとか。

12月23日 タワーレコード心斎橋店でインストアライブ。

2004年
正月特番NHK-FM「松本隆スペシャル」永友ゲスト出演。松本隆、渡辺満里奈という並びに臆することなくそのピュアなキャラクターを発揮。

1月17日 下北沢ハイラインレコーズでインストアライブ。

新宿LOFT・渋谷O-EASTなど500〜1000人キャパのライブハウスに出演。

フジTV系音楽番組「FACTORY」に出演、くるりと共演。くるりの楽屋で、挨拶もそこそこにカープファン岸田氏とカープの歴代最強助っ人について議論を戦わせる。

東京で初となる自主イベント「花の都のおばけナイター」(渋谷La.mama)を、永友のモスト・フェイバリット・イベントである節分の日に行う。
梅田がステージで太巻きを丸かぶりするなど大いに盛り上がる。

この頃、メンバーの時代劇好きが高じて「暴れん坊キャプテン」なるキャラクターが誕生。各種コメントなどで大暴れ。

2004年 春
フジTV系音楽番組「ELVIS」出演。上京1カ月前の宇都宮生活メモリアル総特集。
もちろん「ミートショップこしみず」にも訪れ、餞別変わりに特製コロッケをたらふくご馳走になる。
このときの食べっぷりが、あるCMディレクターの目に留まり、後日CM出演依頼が舞い込むことになる。

5月11日 3人揃って上京。ライブ活動もいよいよ本格化。

2004年 夏
メンバー直筆による新聞「月刊キャプテンタイムス」創刊。この新聞制作時の永友のラクガキから生まれたキャラクター「バケナイくん」がその後「おばけナイター」イメージボーイに大抜擢。

7月15日 自主イベント「真夏の夜のおばけナイター」(下北沢CLUB QUE)開催。公演ひと月前にチケット売切れ御免。
おみやげとして配られた「バケナイくん折り紙セット」も好評を博す。

「おばけナイター」と前後して行われた全国ツアー「飛び出せ!梅雨祭り」(名古屋・大阪・広 島)「線香花火大会」(福岡・岡山・神戸)も大盛況に終わる。

メンバー3人揃っての出演、崎陽軒の「シウマイ」&「シウマイ弁当」-青春の横浜編- テレビCM放映スタート。
宇都宮で結成されたギョーザ大使は、東京に上京しシュウマイ大使の号も頂きましたとさ…。

2004年 秋〜
11月 3日 シングル「マウンテン・ア・ゴーゴー・ツー」発売。

2004年ツアー第3弾「CAPTAIN A GO GO!」(仙台・大阪・広島・福岡・名古屋)を行う。

12月 4日 ツアーファイナルとして、初のワンマンライブ「サンドバッグな夜」を下北沢CLUB QUEで開催。

ワンマン終了後、すぐ新曲のレコーディングスタート。
新曲の歌詞作りに悩む永友、風待レコードレーベルオーナー松本さん宅に通い、作詞講座を受講。

2005年 正月
1月 8日 テレビ宮崎「HOT WAVE」出演。梅田、人生初の飛行機で、平静を装いつつ1時間以上硬直。

約50程の候補の中から、新曲の正式タイトルが「流星オールナイト」に決定。
レコーディングも大詰め、現場はお祭り状態の盛り上がりを見せる。
またこのレコーディング中、モリヨシがあいうえお作文に隠れた才能を発揮する。

2月 3日 「西の都のおばけナイター」(京都磔磔)今年も節分に開催。恒例のお土産は「バケナイくんすごろくセット」。

2005年 春
2005年ツアー第1弾「ポカリンピックツアー」スタート。

3月 24日 シングル「流星オールナイト」発売。

4月 16日 大阪初ワンマンライブを十三ファンダンゴで開催。

4月 23日 ツアーファイナルのワンマンライブを渋谷クアトロで開催。

まだまだ旅は始まったばかりである。

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