ダークサイドソウル







先に動いたのは小竜姫だった。
タマモには立っていた場所から消えたかのように見えた。
その姿はすでに横島と切り結んでいる。
先ほど小竜姫が立っていた後ろの大木が、輪切りにされてゆっくりと倒れていく。
横島が真横に飛んで小竜姫から少し間合いを離す。
すると、またしても小竜姫の姿が残像を残し横島に後ろから切りかかる。
横島は気づかなかったのか、袈裟懸けに斬られた。
タマモは悲鳴をあげそうになったが、よく見ると斬られた横島の姿が薄くなって消える。
それとほぼ同時に剣を振りぬいた小竜姫の姿がまた消える。
一瞬遅れてまた後ろにあった木がばらばらになった。
タマモには二人の動きが速すぎて理解しきれない。
ガンっと一際大きい剣の打ち合う音がすると、横島は小竜姫に強引に弾かれ、
雨に濡れた地面を滑るように転がった。
横島は泥まみれになりながら立ち上がるが、隙があるはずの横島に小竜姫は追撃しなかった。

「術の触媒も無しに幻術まで使うとは流石です」
「アイツの得意技だったんでな」

横島は手にしていた竜の牙をポイと投げ捨てた。
それはあちこちが欠けており、細かいヒビが無数に走っている。
横島の手に魔力が集まると同時に小竜姫の姿が消える。

「チッ見えるってのかよ!」

横島は舌打ちをしながら、後ろから来た小竜姫の剣を辛うじてよけ、
手の中の”転”の文珠を発動させた。
振りぬいた剣を、重さなど無いかのように放たれた小竜姫の弐の太刀は空を斬る。
少し離れた場所に現れる横島の足元には”移”の文珠が転がっていた。
もともと横島は剣術で小竜姫に勝ち目など無い。
それはお互いに理解していた。

「無刃剣といいましたか、見事な技です」
「まさかアンタに破られるとは思わなかった」

横島はその技に絶対の自信を持っていた。
確かに小竜姫なら避ける事は不可能ではないだろう。
だがそれは見切らなければならないのが大前提となる。
小竜姫の霊力は以前とは比較にならないが、それとこれとは話が違うはずだった。

「皆勘違いしてるんですよね。横島さんのそれは正確な意味で霊波刀ではない。
あくまで栄光の手を刀の様にしているに過ぎない。本来、形は変幻自在。
そう、どんな形にでもなる。そして横島さんの霊力は収束に特化している。
髪よりも細く、刀よりも強靭に収束した、目を凝らしてもほとんど見る事も出来ない程の物を、
横島さん自身は何の動きもなく超高速で振り回す。そして速さは切れ味を霊波刀の形の時など
比較にならない程の物にする。間合いも恐ろしく広い。
ただでさえ見えないものを高速で動かすから見切る事は出来ない。
恐らく横島さん自身も文珠で内側から加速を施している。どうですか?」 
「・・・完璧な回答をどうも」

小竜姫の無刃剣の説明は完璧だった。
横島はここで違和感を憶えた。
いくつかの予想が頭を過ぎる。
以前なら迷わず否定したが、今の小竜姫を見ると否定しきれない。
ネタを知ったところで回避不能が無刃剣最大の特徴だ。
小竜姫も言った。
見切る事は出来ない、と。

「随分と完璧に見切ったじゃないか。完璧すぎるぜ。
アンタ、ヒャクメから目を借りたのか?」
「借りる? いいえ違います。ヒャクメは私のしようとしている事に気づいて、
事もあろうに上層部に報告しようとしたんです。ですから消えてもらいました。
丁度いいからその時に奪ったんです。ヒャクメの目がなければ、私は最初の一撃を
避ける事も出来ずに殺されていたでしょうね」
「アンタはヒャクメとは親友と言ってなかったか?」

横島の問いに小竜姫は答えなかった。
ただ口の端を歪めて笑っただけだった。

「そうかい。で、何がばれそうになったんだ?」

横島は油断無く構える。
力、速さ、接近戦闘力、霊力、全てが小竜姫の方が上。
何より以前に戦った時とは別人のような霊力。
神族や魔族は霊体の塊である。
故に小竜姫は霊力が上がれば、おのずと基本的な能力も上昇する。
だが何故ここまで霊格が高くなっているのか。

「横島さんに魔族になってもらおうと思いまして」
「何?」

あ、と気づいた時には遅かった。
横島の目の前に小竜姫の剣が迫っていた。
霊気の盾を作り出して突きに合わせるのが精一杯だった。
だが剣はそれを事もなげに貫いた。
小竜姫の剣は右胸の辺りを貫き、鍔まで刺さり、そのまま斬ろうとするが、横島はその状態で小竜姫
に抱きついて、その背中にありったけの文珠を爆発させた。
轟音と地響きが響き渡り、タマモとひのめも吹き飛ばされて結界の端にぶつけられる。
一瞬気を失った小竜姫だが空で姿勢を立て直し、さっきまで自分がいた所を見下ろした。
爆発の威力を物語る巨大なクレーターが出来上がっており最早、魔法陣など大部分が
消し飛んでしまっている。
背中から受けたダメージは大きいが、致命傷ではない。
小竜姫は上から横島を見つけるとその前に降り立った。
それに比べて横島はダメージが大きかった。
文珠を爆発させた右腕は肘から先が完全に無くなっていた。
だが残っている腕で、自分に突き刺さっている剣を引き抜くとそれを構える。

「さすがです横島さん。それでこそ、です」
「アレでも死なんとはな。大したパワーアップじゃねぇか」

横島とて好きで”爆”などの文珠を使ったわけではない。
しかし”滅”などを使ったとして、効かなかった場合はそのまま斬られて死ぬか、
自滅すかのどちらかしかない。
だから絶対に効果のある方法をとったのだ。
絶対に避けられない状態でゼロ距離からの攻撃にも関わらず倒しきれなかった。
刺された胸から血が止まらない。
ただの剣ならともかく神剣というのがまずい。

「目的を果たすためには強くならなければなりませんでしたから。
これでもいろいろ苦労したんです」
「苦労ね・・・。アイツらみたいに寿命と引き換えに霊力を高めたのかと思ったんだが、
それだけじゃそこまでとどかねぇ。何をしたのやら」

横島が無刃剣を放つと、やはりかわされる。
横島の傷は立っているだけでも消耗していくほどだし、文珠も後1つか2つが限界。
傷を癒すのに使ったなら、ここぞという時に決められなくなるため使えない。
横島の状況は非常に悪かった。

一方、離れた場所では爆発で目を回していたタマモだったが、
すぐ隣で気を失っているひのめを見つけると叩き起こした。

「答えなさい! アンタのいたところでヨコシマはどうなったの?! 
もし、殺されたなんて言ったら・・・!」

物凄い勢いで襟首をつかんでガクガクと揺さぶった。

「わ、分からないわ。横島さんの行方は不明だった」
「不明? なら小竜姫は? あいつはどうなったよ?」
「あの方は・・・え?」

ひのめの視線の先には美智恵が転がっている。
その亡骸から魂が抜けていくのが見える。
本来ならそれほどはっきり見えるものではないが、特別な結界内のため見えた。
それは問題ではない。
だがいつの間に移動したのか、小竜姫がその魂を捕らえて飲み込んだのだ。

「な、ママの魂を・・?」
「食ったっていうの?」

小竜姫は落ちていた竜の牙を拾いあげると、横島に向き直った。

「そうか、最大の禁忌を破ったってわけか。神が魂を導かずに食って糧にするとはな。
なるほど、本来なら上級神族が罰しに来るのが、今は下級しかこれない。そしてそいつらも
食ったってわけだ。もうアンタは死んだ後に、生まれ変わる事も出来ず、永遠に魂の責苦を
受け、未来永劫闇に落ちる。そこまでする理由はなんだ? そんなに俺が憎いのか?」

人間の魂は特に強力な力を秘めている。
アシュタロスが宇宙の卵のエネルギー源に使うくらいの代物だ
だが誰かの魂を契約も無しに食らうという行為は魔族でさえ、最もしてはならない行為。
食われた者は力の糧とされ、その存在は消滅し転生も許されなくためである。
故に勝手に魂を食った者は力を得られる代わりに罰を受ける。
神魔族から追われ、永遠に許される事はない。

「憎い? いいえ違います。貴方に敗れ、神界に戻った私は竜神の一族から追放されました。
そして外から神族というモノを見る事により気づいたんです。”神”を名乗るモノにその価値など
無いと。その心にある澱が浄化される事なく沈殿した神族は、以前にピートさんが言ったように
力を持った悪霊と同じ。そんなモノ、消えてしまえばいい」
「心の澱か・・・。本来なら世界が浄化するものが、アシュタロスがあの卵を使ったせいで
システムの一部が狂ったという事だろうな。その結果がコレってわけだ。
だがどうやって神族を消すってんだ? アンタが強くなっても神族全体相手に勝ち目などないだろう?」

いくら小竜姫が強くなっても限界があるし、やがては神族だけでなく魔族も捕まえにくるだろう。

「誰が私がやると言いました? 神族を滅ぼすの魔族が適任でしょう? 
今はアシュタロスが抜けた分、神族が優勢です。だから偉そうにしてるんです。
ですが、もっともっとバランスが崩れたらどうなりますか?  
間違いなく神族と魔族の間でハルマゲドンがおきます。
両陣営ともに人界への接触を控えていますから、人界には関係の無い戦いになるでしょうけどね」

小竜姫は笑っていた。
自分は間違いなく永遠の苦しみを与えられると分かっているのに、
かつての同族が滅びるのが楽しくて仕方が無いように笑っていた。

「バランスを崩す、だと? さっき俺を魔族にすると言ったな・・・そうか!」

横島はようやく小竜姫の思惑に気づいた。

「あら気が付きましたね。高い霊力を持った人間が死後に肉体という枷から解き放たれ
その魂を導かれた時、爆発的に霊力を増し、神族か魔族に変化する。
神族の方は横島さんの魂を封じるつもりですから、私が滅ぼしました。
私が導きます。横島さんなら間違いなく、いきなり最高位の魔族になれます」
「俺がなんで完全な魔族になるのが嫌がってるか知ってるか?」

横島にとって肉体を捨てて魔族になる事は簡単だった。
だがそれはしてはならない事だった。

「いいえ、知りませんし、横島さんが嫌がっても、完全な魔族になってもらいます。
そう、横島さん以上の存在なんていません」
「そりゃそうだろうな」

離れて聞いていたタマモには全く分からない話だった。
横島が完全な魔族にならない理由は知っていたが、最高位の魔族になれるなど考えたこともない。
隣で呆けているひのめをよそに前世の知識を引っ張りだすが想像もつかない。

「どういう事なの? なんでそんな事になるのよ?」

タマモは横島に尋ねるが、小竜姫が先に答えた。

「つまり、生前の力によって、変化した時の力は左右される。
ですがそれ以上に、知名度によって世界がさらに力を与えます。こうあるべきとね。
今現在、横島忠夫は”人類の敵”であり”魔王を倒した人間でも相手にもならず”
”神でさえも逆に倒す””最悪の悪魔”と世界中の人間が認識していますし、間違っていない。
その知名度は魔界の魔王の名よりも高い。悪魔の概念としては間違いなく最高です。
その上変化前でさえその力は、高位の魔族に匹敵する。その横島さんが完全な魔族に変化すれば、
魔王でさえも足元にも及ばない力を持つでしょう。横島さんを恐れた人間と神族が逆に概念武装と
いう形で圧倒的な力を与えるのですから、皮肉なものです」

神の力は人間の信仰心。
人にとっての正の感情。
魔の力は人間の負の感情。
妬み、憎しみなどの心が力となる。
人でなくなった者は自分だけでなく、そういった思いが力の源となる。
ならば全人類の全ての横島への負の感情は、魔となる横島の力に変わる事となる。

「じゃあ、横島を殺しに来た神族を殺したってのは・・・」

タマモは、自分の手で横島を殺して、魔族に転身させるためだったと、
ようやく小竜姫の思惑を悟った。

「いや、それだけじゃねえ。俺が間違っても神族に深手を負わされたりする訳には
いかなかったのさ。もし、その場で追っ手を倒しても、その時に受けた傷とかで
死んだ後に、魔族に転身させては駄目なのさ。それは”神によって倒された”という
事になる。すなわち”悪魔横島忠夫は神には勝てない”と世界に概念として刷り込まれるから、
俺の力がどこまで高まるか怪しくなる」
「その通りです。そして私は神族ではない。ですからおとなしく私に一度殺されてください」

小竜姫は竜の牙に霊力を注ぎ込んで構える。

「お断りだ。アイツとの約束でな。俺は俺でいる」

横島も片手で神剣を構えた。














作者の一言
ようやく小竜姫の秘密公開
次回決着予定