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No.2462に関するツリー
-紅き薔薇、獅子と共に (SEED DESTINY) [こうくん] (2005/07/23 14:07)
 └【PHASE1】 [こうくん] (2005/07/23 14:09)
  └【PHASE2】 [こうくん] (2005/07/23 19:38)
   └【PHASE3】 [こうくん] (2005/07/27 01:43)
    └【PHASE4】 [こうくん] (2005/07/27 02:04)
     └【PHASE5】 [こうくん] (2005/08/02 22:42)
      └【PHASE6】 [こうくん] (2005/08/02 22:47)
       └【PHASE7】 [こうくん] (2005/08/09 01:44)
        └【PHASE8】 [こうくん] (2005/08/26 01:31)
         └【PHASE9】 [こうくん] (2005/08/26 01:34)
          └【PHASE10】 [こうくん] (2005/08/26 01:36)
           └【PHASE11】 [こうくん] (2005/08/26 01:41)
            └【PHASE12】 [こうくん] (2005/09/01 23:45)
             └【PHASE13】 [こうくん] (2005/09/08 00:04)
              └【PHASE14】 [こうくん] (2005/10/11 08:10)
               └【PHASE15】 [こうくん] (2005/10/21 21:03)
                └【PHASE16】 [こうくん] (2005/10/29 22:36)
                 └【PHASE17】 [こうくん] (2005/11/13 22:34)
                  └【PHASE18】 [こうくん] (2005/11/21 01:26)
                   └【PHASE19】 [こうくん] (2005/11/27 22:54)
                    └【PHASE20】 [こうくん] (2005/11/27 22:57)
[2462] 紅き薔薇、獅子と共に (SEED DESTINY)
Name: こうくん
Date: 2005/07/23 14:07
紅き薔薇、獅子と共に

【PHASE0】  前書き


はじめまして。初めて投稿させていただく、ペンネームこうくんという者です。

このSSを考えたのは、ガンダムSEED DESTINY本編でのオーブの扱いが、完璧な当て馬だったことが背景にあります。
タケミカヅチと運命を共にしたトダカ一佐、軍人としての誇りを胸にミネルバに壮絶な特攻を掛けた馬場一尉など……
数多くの魅力的なキャラクターがいるのに、カガリの力量の無さで、彼らは有り余るオーブへの忠誠心と共に散っていきました。

早くも終末戦争の様相を呈するSEEDの世界にあって、たった一つだけの完全な中立国であるオーブ。
そんなオーブという国は、あるいは適切な指導者がいれば、あの世界においてなくてはならない存在、希望の光となったかも知れません。

今回は、そんな 『IF』 の世界、オーブが切り開くことが出来たかもしれない、もう一つのDESTINYを描いていきたいと思います。
正史の壁を打ち砕く鍵は、宇宙世紀において地球圏統一まであと一歩に迫りながらも、皮肉な運命の悪戯で散っていった、宇宙世紀最強の女性が握っています。
圧倒的なカリスマとニュータイプとしての素質を持ち、それを遺憾なく発揮した鉄の女。彼女の名は、ハマーン・カーン。
彼女が憑依することになったのは、世界で最も平和を愛する指導者、カガリ・ユラ・アスハ。

拙い文章ではありますが、彼女たちが奏でる新たなDESTINYに、どうぞ最後までお付き合いください。

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[2463] 【PHASE1】
Name: こうくん
Date: 2005/07/23 14:09
【PHASE1】  紅き薔薇、獅子の娘と共に
ザフト最新鋭艦、ミネルバ。晴れて今日進水式を行うはずだった艦は、それが初めから嘘だったかのように緊迫した空気に包まれていた。
本来ならば慌ただしくも兵士たちの顔には喜びが溢れている筈だが、少なくともブリッジであちこちに忙しく指令を出している兵士たちの顔には、それはなかった。

「そこの民間人、止まりなさい」

そして、MS(モビルスーツ)デッキでもそれは同じだった。
ザフトトップエリートの証である赤服を纏った女性兵士が、片腕を吹き飛ばされたザクから下りて来た、二人の民間人の男女に銃口を向けている。
彼女の名は、ルナマリア・ホーク。初陣でエンジントラブルを起こして戦線離脱という情けない事態に、多少気が立っているところであった。
だが彼女は、すぐにある違和感に気がついた。女性のほうは目を閉じてぐったりとし、男性に抱きかかえられている状態だったのである。

「こちらはオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハとその護衛の者だ!
 さきほどの戦闘において代表は負傷され、意識が無い。すぐに医務室に運んでくれ!」

端正な顔立ちを焦りからか猛烈に歪ませ、男が声を荒げる。
その迫力にルナマリアは思わず気圧されるが、それをぐっと飲み込んで再度彼女は銃を突き付けた。

「これは軍の最新鋭艦よ。どんな理由があろうと民間人を乗艦させるわけにはいかないわ」

「そんなことを言っている場合か!ここで代表に万が一のことがあれば、それは国際問題だぞ!
それ以前に負傷した者を民間人だからと見捨てるほど腐ったか、ザフトは!」

烈火のごとく怒りながらも、男の言うことに一理はあった。
ルナマリアは男の最後の言葉にわずかに眉を歪ませたものの、自分では処理できない問題だと判断し、艦長に通信を繋げる。
そして2,3のやり取りを経て、オーブ代表―――カガリ・ユラ・アスハは医務室へと搬送され、代わりに護衛の男―――アレックスは尋問のため、艦長のいるブリッジへと連行されていった。

「でも、さっきの言葉……」

アレックスと名乗った男を護送しながら、ルナマリアはふと思う。男の最後の言葉、そこにはまるで彼がかつてザフト兵であったかのようなニュアンスが含まれていた。

(この男……何者なのかしら)

ちらちらと視線を送りながら、ルナマリアは男の正体にわずかに疑問を持つ。
だがそれは結局、彼女が率先して調べようとするまでもなく、すぐに判明することになるのだが、それはまた別の話である。


「……なるほど。さきほどの戦闘で負傷されて、意識が戻らない、と。これは大変申し訳なかった。プラント最高評議会議長として、まずは謝罪させてもらいたい」

「……いえ」

連行されたブリッジでいくつか質問を受けたあと、アレックス―――もはやアスランと記しても問題はあるまい―――は同じようにミネルバに避難していたザフト評議会議長、ギルバート・デュランダルと面会していた。
さきほどカガリが医務室に運ばれてから数時間が経過したにも関わらず、彼女の意識が戻ったという報告はない。
自身が守ると誓っておきながらの体たらくに、アスランは誰が見ても分かるほど落胆し、また自身に対し猛烈に怒り狂っていた。

「艦長! アスハ代表の意識が戻られたそうです!」

そしてブリッジが沈黙に耐えられなくなった頃、オペレーターのメイリンが叫ぶ。
その言葉に反応し、アスランは思わず立ち上がった。それに反応してブリッジクルーが一斉に彼を見る。
しかしアスランはそれをどこ吹く風と、ミネルバの責任者であるタリア・グラディスに声を掛けた。

「あの、申し訳ありませんが、艦長……」

「ええ、構わないわ。貴方も代表が心配でしょう。ルナマリアに案内させるから、彼女についていってちょうだい」

「こちらです、Mr.アレックス」

艦長の言葉を話半分に聞き、アスランは案内すると言ったルナマリアより先に立ち、急かしている。

その尋問を受けていたときの落ち着き様とは正反対の慌てぶりに艦長は失笑したが、ただ一人、デュランダルのみは薄く笑い、誰にも聞き取れないような声でつぶやいていた。

「もとザフトトップエースたるアスラン・ザラでも、自身の想い人には甘いか……」

そしてそれ以上興味を失ったとばかりに、彼もアスランに向けていた視線を前方のモニターに向け直し、そこに記されている強奪されたモビルスーツのことに、その思考を切り替えていった。

「議長、それでこれからのことなのですが……」

直後わずかに言いにくそうに、艦長のタリアが彼に声を掛ける。
彼女の言っているのは、ミネルバがこれから強奪されたMSの追撃を行うということなのだろう。
それにプラントの最高責任者を同行させるのはどうか、といったことであった。
だが、彼には分かった。その言葉の裏に、彼女はもう一つのメッセージを隠していることを。

「構わん。強奪されたMSをそのままにしておく事は出来まい。私も同行させてもらおう」

そう言ってブリッジ全体を見回す。議長の言葉に、ブリッジクルーは全員戦意を鼓舞されたようだった。
ただ一人、艦長にしてギルバートの元想い人、タリアを除いて。
彼女の意味ありげな視線に同じように視線で返し、彼は今ここにはいない、アスランへと問いかける。

(男女の仲というのは不思議なものだ。なあ、アスラン?)

だが彼は知らない。同じ時刻、こちらでは一組の男女の間に、大きな亀裂が入っていたということを。
「貴様……誰だ?」

それは、2年という時を共に過ごしたアスランでさえ見たことのないような、冷たい、凍てつくような瞳だった。

「カガリ、俺だ。アレックスだよ!分からないのか!」

肩を掴んで必死に揺するアスランの手をうっとおしそうに跳ね除け、そしてすぐにカガリはベッドの上にうずくまる。

「おいカガリ!どうした!どうしたんだよ!」

「……すまない。頭を打ったせいで少し混乱しているようだ。悪いがしばらく消えてもらえないか」

「……!」

普段とは全く違う突き放したような物言いに、アスランは大いに違和感を感じたものの、そのまま引き下がるしかできなかった。
物言いたげな一瞥を向け、アスランは扉の向こうへと消えていく。

そして彼が消えた直後の医務室には、ベッドにうずくまり両手で頭を抱え、頭痛に耐える一人の女性の姿があった。
記憶が混濁しているのが分かる。明らかに自分のものではないさまざまな記憶が、脳裏を駆け巡っていくのが分かる。
そして、彼女自らの記憶が、 『あの宇宙(そら)で死んだとき』 で止まっていた記憶が、再び動き出したのが分かる。

「私は……私は何故、ここにいる?」

凄まじい悪夢でも見たように大きく目を見開き、そして小さく震える女。
彼女の名は、カガリ・ユラ・アスハ。

そして、今その彼女の身体から声を発しているのは、宇宙世紀におけるアクシズの指導者、ハマーン・カーンの魂であった。

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[2464] 【PHASE2】
Name: こうくん
Date: 2005/07/23 19:38
【PHASE2】   ファースト・コンタクト
彼女が死の次に感じたのは、あたたかい、例えるなら水に浮かんでいるような感覚だった。
紅い髪を肩の少し上で切り揃え、冷酷な光をその瞳に宿した女。
彼女は、名をハマーン・カーンといった。

(私は……ジュドーとの決戦に敗れ……)

彼女の脳裏に、自身の最期の時の光景が走馬灯のように浮かぶ。
敗北を期し、ジュドーの救いの手を跳ね除け、アクシズ外壁に自らのキュベレイを激突させ、確かに彼女は死んだ筈だった。
いや、確かに死んだのだろう。感覚として理解できるわけではないが、状況を考えればそんなことは当たり前だ。
MSの爆発に巻き込まれたのだ、塵すら残ってはいまい。

しかし実際に、彼女は今、こうして感覚を持って存在している。そのことだけが、聡明な彼女の頭脳を混乱させていた。
明らかに自分のものではない身体。確かに存在する、自分ではない誰かの、今までの記憶。そして、胸の内に巣食うほんの小さな違和感。
それに気がついたとき、彼女は自身の内側、言ってみれば心の底から響いてくるような声に気がつく。

(お前……おい、お前!)

彼女がその声が自分に向いているものだと理解するのには、多少時間が掛かった。
自分の中にもう一人の自分がいる、という感覚。
だが一般によく聞く二重人格のそれとは随分勝手が違う。
なぜなら、二重人格はあくまで一つの身体を、二つの人格が『交互』に使用するのに対し、今の彼女は、二つの人格が『同時』に存在しているからだ。

(私のことを言っているのか?)

はっきり言って状況はまるで分からないものの、ハマーンはとりあえずその声に対して応えることにした。

(そうだお前だ!人の身体を勝手に使って、いったい何のつもりだ!?)

(人の身体? ということは、この身体、貴様のものか)

胸に手を当ててなるほど、と納得する。どうやら、自分は呼ばれざる客であったらしい。
この私が現世に迷うことなどあったかと苦笑しつつ、ハマーンはひとまず純粋な興味からこの奇妙な会談を続けることにした。

(私はネオ・ジオンのハマーン・カーンである。地球圏の人間ならば、私の名を知らない者はいないはずだが……貴様は?)

(私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハだが……私はお前のことなど知らないぞ? 
 ついでに言えば、ネオ・ジオンなんて組織……だよな? の名前も聞いたことがない)

全く喰い違う、両者の会話。ここに至って、ハマーンは自分が抱いていた、かすかな違和感の正体に気が付きかけていた。
カガリと名乗った―――おそらくこの身体の本来の持ち主であるのだろう少女は、あれだけ悪名を轟かせた自身の名を知らないという。
それどころか、ハマーン自身、オーブ連合首長国などという名の国は聞いたこともなかった。

(……信じられんが、私は全く別の世界に飛んできたようだな)

それからもいくつか質問と回答を繰り返し、彼女は結局こう結論付けた。
最初は驚き喚いて彼女に精神的及び物理的な頭痛をもたらしていたカガリも、どうやらそれが本当らしいということに気がついたのだろう、多少はおとなしくなったようだ。

(さて、とりあえず多少は落ち着いたところで、これからの懸案事項を一つずつ解決していくか!)

しかしようやくおとなしくなったと思ったら、すぐに復活するカガリ。

(あまり大声を出すな。頭に響く……)

(あ?)

このやりとりだけで、ハマーンは今後自分が背負うであろう苦労を予感し、ハアと一つ大きなため息をついた。
そして、このやりとりだけで、もう一つだけ分かったことがある。

(身体の支配権……どうやら完全にハマーン、お前にあるらしいな)

カガリの呟き通り、カガリ・ユラ・アスハの肉体は完全にハマーンの統制下に置かれていたということだ。

カガリ。この肉体の本来の持ち主の少女とは、脳内を通して会話が出来ることは彼女たち自身理解していた。
しかし、その会話の中で『頭痛がした』のはハマーンの方である。それは、カガリ・ユラ・アスハの身体をハマーンが動かしているということに相違ない。

この状況を例えてみよう。例えば、カガリ・ユラ・アスハという車を、カガリ本人が運転していたとする。
ここで言う車は肉体。運転手は魂、つまりは人格と考えればいいだろう。
本来助手席にも後部座席にも誰も乗せないということが絶対条件である筈のその車に、なぜかハマーンというドライバーが突如現れ、カガリを運転席から助手席に追いやったようなものだ。
カガリは助手席に座っているわけだから、運転席にいるハマーンと見ているものは変わらない。
しかし助手席に座っている以上、運転手と会話したり同じ景色を見たりすることはできても、車の運転そのものには一切関わることはできないのだ。

この論法でいけば、多重人格というのは車の中に何人ものドライバーがいて、それぞれ状況に応じて交代しつつ運転しているということになる。
しかしハマーン自身なぜ異邦人である自分が支配権を持っているのかなど分からないし、カガリにもそれは分からない。
そしてそれはさして重要な問題でもないだろう。とりあえず、今、この時は。

(しかしこの身体を私が動かすということとなると厄介だ。私には、貴様の記憶は存在しない……?)

そこまで言って、ふとハマーンは思い出す。自分自身の中に、見慣れない、もう一つの記憶が存在することを。
そしてそれは、ほんの少し意識を傾けるだけですぐにこちらの呼びかけに応じた。とりあえず彼女は、『カガリ』の最近の記憶から反芻する。
オーブ首長国連合代表として、プラント評議会議長ギルバート・デュランダルと会談。その後、MSの戦闘に巻き込まれ……

これだけではない。あくまで『他人の記憶』であるわけだから、自らの記憶を辿るときのように、記憶と共に感情が蘇ってくるようなことはない。
むしろこれは、記憶を『記録』として読み取る作業に近いだろう。
よってわずかな時間に、大量の情報を習得することが出来る。
そしてそれは、これからハマーンが 『カガリ・ユラ・アスハ』 として生きていくためには、何よりも必要なことだった。
まずは、自身の情報、および近しい者の情報を得る。そしてその情報のトップに上がってきたのは、先程も見たあの黒髪翠眼の青年、アスラン・ザラだった。

(なるほどな。この男は貴様の想い人であり、そしてアレックスと名を変え、現在は貴様の護衛として生きているわけか……)

カガリに問いかけながら、ハマーンはわずかに顔を朱に染める。

もっとも、それは深層意識の中での彼女だから、外面は依然として難しい表情をしたままベッドにうずくまっているのだが……

(……何だよ)

(いや、この男、コーディネイターというのか? 
さまざまな能力に優れているというのは理解したが、随分と『夜の技術』の方も卓越しているな、と思ってな)

(お前!)

意識下で真っ赤になったカガリが叫ぶ。もっともハマーン本人には何らダメージはない。
ただ大声で叫ばれるといろいろな意味で頭が痛くなるだけである。だからこそ、彼女はこんな冗談を言ってみたのだが。
もしこの場にカガリ本人がいたら、「そんな大人、修正してやる!」とか無茶苦茶な論理でボコボコにされたことだろう。

こんな冗談を言ってみたのは、ハマーンの見た映像の中に、アスランの容赦ない『攻撃』にひたすら逝かされまくっているカガリの映像があったからだ。
『アスラン』というワードで検索をかけ、随分早くに出てきた映像だったから、カガリの中では随分と衝撃的な出来事であったのだろう。
もっとも、その映像に辿り着く前に、こちらは極甘な少女マンガでも読んでいるかのような場面に何度も遭遇し、 あまりそういった経験の無いハマーン自身、口から砂糖を吐きそうになったのだが。

こいつら、いったいどこのばかっぷるだよ。と、冷酷無比なハマーン様が真っ赤になって突っ込むほどに、それは見ているこっちが暑くなるような光景だったのだ。

(まあそんな愚にもつかん冗談は置いておいて、だ)

(お、お前……散々からかってそれかよ……)

突っ込み疲れてぐったりとしているカガリを差し置いて、ハマーンは一人復活する。
もっとも彼女自身、かなりらぶらぶばかっぷる光線にやられているのだが、そんなことはおくびにも出さない。
そして不意に真剣な表情を作り、カガリに向けて、あるいは自身に向けて宣言した。

(貴様の記憶は見させてもらった。私はこれから、まずはオーブにおける私自身の指導体制の確立から手をつける。とりあえずは私を疑われないよう、出来る限りのことはしていこう)

とりあえずこれからの指針が決まり、ハマーンは再び意識を表側に戻す。と同時に、医務室の扉が開きアスランと議長が顔を出した。

「カガリ! もう大丈夫なのか!?」

「ああ、ありがとう『アスラン』」

瞬間、密閉空間である筈の医務室に、冷たい隙間風が吹いた。
滅多なことで揺るがないカガリ(ハマーン)の顔に、わずかに焦りが見える。
額を伝っていく冷や汗は、気のせいではないのだろう。
このうっかりは、ひょっとしなくても憑依したこの身体に影響されているんじゃないだろうか、と考えるハマーン。
実際、そう考えなくてはやってられなかった。

(……ばーか)

心の奥底から、カガリの冷たいツッコミが届く。そして、目の前のアレックス(アスラン)も、同様に焦りまくっているようだった。
「あ、いや……」と、早速いつもの口癖が炸裂している。

「これはこれは。代表本人から公認を頂いてしまいましたな」

今この場にいるのが、議長とアスランだけであったのはまだ幸いだったのだが、今のハマーンにはそこまで考える余裕はなかった。
いや、このあと彼女は全てを見事に誤魔化してみせ、その口先八丁能力の高さを遺憾なく示したのだが、 それでもデュランダル議長の声が彼女のかつての恋人、シャア・アズナブルと瓜二つであるという事実をスルーしてしまったあたり、やはり相当焦っていたのだろう。

「よろしければこれからミネルバ艦内を案内したいのですが、お身体のほうは?」

「ああ、大丈夫だ。せっかくの申し出、受けさせてもらおう」

そう言ってベッドから跳ね起き、カガリ(ハマーン)は自らの健康振りをアピールするかのようにその場で身体をほぐしてみせる。
それを見てクスリと小さく笑みを浮かべる議長。
ハマーンにとっては、これからがひどく心配になるような、カガリ・ユラ・アスハとしてのスタートだった。
●あとがき

こんにちは。つい先程本編を視聴し、1カガリスキーとして大興奮しつつ、実はアマギ一尉の漢泣きに最も感動したこうくんです。

しかし、新しいMSに新展開はいいですけれど、SS作っている人間としては困りますね。おかげさまで後半部プロットを大幅に修正しなければならなくなりました。テレビを見つつ、そのことが不意に頭をもたげて、真っ青になってしまいました。

本作については、これからしばらく説明っぽく、単調になります。ですが出来るだけ彼女の魅力を引き出すことが出来るよう頑張りますので、応援よろしくお願いします。

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[2487] 【PHASE3】
Name: こうくん
Date: 2005/07/27 01:43
【PHASE3】   新たな道
「これは……ザクか!?」

デュランダル議長に案内された先のMS格納庫。そこで、カガリは思わず声を上げてしまっていた。


「おや? 代表はこの機体をご存知でしたか?」

「あ、ああ。先程戦闘に巻き込まれた折、少しな。すまない、少し取り乱したようだ」

「いえ。こちらこそ、代表を危険にさらしてしまい、申し訳ありませんでした」

「気にするな……と言っても無駄だな。その言葉、ありがたく受け取っておこう」

議長と代表首長。お互いに興味なさそうに呟き、カガリは再び目の前のMSに注意を向けた。
相手の腹の内が読めない。これほどまでに嫌な感じを覚える相手は、彼女にとっては稀だった。
しかも、この男の声は、彼女の中のオンナを引きずり出す。
殺したいほど愛しかったあの男を否応なく思い出させるこのギルバート・デュランダルが、彼女はどうしても苦手だった。

(ザク?供帖弔任呂覆い福?あそこまであからさまな量産機という訳でもない……
 それにビームライフルが標準装備か……マシュマーに与えたザク?靴曚匹寮?能は、ないようだが……)

彼女には珍しい非生産的な思考を振り払うように、カガリは目の前のMSを分析する。

この世界で最も驚いたこと。
それは、全く共通点のない世界であるにも関わらず、
かつてのUC世界と今のCE世界で、異常なまでに似通ったMSが開発されていたことだった。
ザクと言えばジオン系MSの基礎とも言うべき存在で、いまだにその機体は伝説となっている。
もっとも、性能という観点では、こちらのものとは比べ物にならないほどの旧式機であるが。

「あちらの赤い機体がガナーザクウォーリア。白い機体が、ザクファントムです」

「砲戦仕様に、高機動型か。量産機ならではのバリエーションだな」

「代表は、MSに興味がおありで?」

「先の大戦の影響でな、多少はかじっているつもりだ。
 もっとも、我が国の技術を使いながらも、こちらの技術は我が国より遥かに進んでいるようだが」

延々と続く、上っ面だけの会話。
表面上は穏やかに見えるが、その実お互いに視線を交錯させ皮肉を織り交ぜながらの腹の探り合いである。
背後に随行しているアスランも、冷や冷やしながらこの微妙な会話を聞いているようだ。
そしてさまざまな機体を見回していたカガリだが、ニュータイプの勘だろうか、不意に階下から視線を感じ、そちらを振り向いた。

「おや、どうなさいました?」

「……いや、何か視線を感じたものでな」

デュランダルの問いかけに、カガリはついと視線をデッキに向けることで答える。
視線の先には、赤い服をまとった三人のパイロットがいる。
そしてそのうちの一人は、カガリに対し明らかに敵意を含んだ視線を向けていた。
そしてデュランダルもそれに気がついたらしい。

「ああ、彼ですか。彼はあそこに見えるインパルスのパイロットです。
 シン・アスカといって、ここだけの話ですが実は彼はオーブの出身でしてな、連合の侵攻のおり家族を亡くしているのです」

「な……!」

「止せ、アレックス」

彼の言葉に暗にカガリを揶揄するような響きが含まれていたのを敏感に感じ取ったアスランが、思わず一歩前に出る。
しかしカガリはそれを片手で制し、ちらとシンに視線を向けたあと、再びデュランダルと対峙した。

「なるほどな。あの少年にとっては、アスハの名を持つ私は殺人者と変わらないというわけだ」

「代表……」

「だが真実だろうアレックス。ウズミ・ナラ・アスハの頑迷な中立主義が、結果として国を崩壊させたのはな」

自嘲気味にそう呟いて、カガリは立ち並ぶ機体に背を向けMSデッキを後にする。
その後姿を、アスランとデュランダルはそれぞれ複雑な瞳でみつめていた。

「もう、よろしいのですか?」

「これ以上あそこにいて、あの少年を刺激するわけにもいくまい。私は士官室で休ませて貰う」

そのまま歩き出すカガリを、アスランが慌てて追いかける。
遠ざかる二人を見ながら、デュランダルは大きな違和感を抱き始めていた。

つい数時間前会談した際に受けたカガリの印象は、老獪なデュランダルから見れば世間知らずな小娘に過ぎなかった。
そのくせ口だけは立派で、人の醜い部分を幾度も見てきた彼からすれば、反吐が出そうなほどの理想主義者。
ただの少女としてならばそれなりに魅力的なのだろうが、
一国を預かる代表としては、その能力はあまりにも低いといわざるを得なかった。

ならば今の彼女は何だ? 
言葉の端々に感じる頭脳の明晰さと、全てを見通すかのような、冷たい光を宿した瞳とを持った彼女は。

(まあどちらでもいいか。優秀な人間ならば、それはそれでいいことだ)

答えの出るはずのない問いかけを幾度か繰り返し、彼は簡単にそう結論付けると、ミネルバのデッキに向かう。
その彼の脳裏では、既にカガリへの疑問はどうでもいいことになっていた。
プラントを預かる議長である彼には、やらねばならぬことがそれこそ山のようにある。
強力な軍事国家とはいえ、たかが小国の代表がどのような人間であるかは、今の彼にはどうでもいい事柄だったのかもしれない。

「おい、カガリ! 一体どうしたんだお前は!? あれほど尊敬していたウズミ氏をけなすなんて……」

「アスラン」

周囲に人影がなくなってから、アスランはいつもの口調に戻りカガリに激しく詰め寄る。
だがカガリは視線とたった一言でそれを封じ、まっすぐにアスランの顔を見て言葉を紡いだ。

「私は父の判断を間違いだったとは思っていない。
 あの情勢下でオーブの信念を守り抜き、連合にマスドライバーを与えまいとした父は英雄といってもいいだろう。
 だが、それはあくまでも一面に過ぎない……」

(分かるな? カガリ……)

言葉そのものはアスランに向けて放たれている。
しかし本当は、その言葉は意識の深遠にあるカガリ本人の人格に向けられていた。

(…………)

「あの少年のように、連合に最後まで抵抗したことで家族を失った者もいる。
 そういった者たちからすれば、父は理想に傾き自己満足で国を滅ぼしたただの愚か者にしか映らないだろう。
 一つの物事には、必ず裏表が存在する。コインのようにな……」

そこでいったん言葉を切り、彼女は瞳を閉じる。
その彼女の脳裏に流れる映像は、自身が『ハマーン・カーン』として生きていたときのものだ。
自らの行いが正しいと信じて走り続け、しかしそれでも天の時は彼女に味方をしなかった。
自身を否定するジュドーの言葉がリフレインする。

「だからこそ、何が正義なのかを決めるのが所詮歴史であるなら、今自分が信じるもののために戦うのみだ。
 たとえ、どのような手段を使ってもな」

そして再び目を開けた彼女の言葉が、アスランへとまっすぐに突き刺さる。

ハマーン・カーンとして生きた彼女が不意に得た、カガリ・ユラ・アスハとしてのもう一つの人生。
過去の記憶を見た限り、カガリ本人にはまだ一国を導く能力はないだろう。
ならば、自分の持てる全ての力で、この女が何よりも守ろうとしているオーブの理念とやらを守り抜く。
そして、その過程でハマーン・カーン、自分自身が理想とする、この世界での生き方を見つける。
それこそが彼女の決意。見も知らぬこの世界を見極めるために、彼女がこれからとるべき行動。

(それでいいな? カガリよ……)

(……ああ。どうせ私の意志では動かない身体だ。お前の好きなようにするといい。けどな!)

(分かっている。私の記憶を見たのだろう?)

何か用事でも思い出したのか、複雑な視線を向けながらもきびすを返したアスランを見送ってから、
ハマーンは再び意識の底にいるカガリの人格に声を掛ける。
ハマーンがカガリの記憶を辿ることができたのなら、その逆もまた出来て然り。
ならばカガリは、ハマーンという一人の世紀の大悪役の人生を追体験したということになる。

(ああ。コロニー落としに地球圏の簒奪。お前は人を殺しすぎた!)

(だからどうした?理想のためには犠牲は付き物だ。それは当然のことであろう!)

(けどっ!戦争なんてあっていいものじゃないんだ!そのせいでどれだけ関係のない人間が死んだと思っている!?
 だからこその中立政策なんじゃないのか!?)

(甘いな。所詮口先だけの中立など誰も守る気などない。貴様は歴史から何を学んだ?だからこそオーブは蹂躙されたのだぞ!
 そのせいで先程の少年のような不幸を作ったこと、言い逃れの出来ることではあるまい!)

(くっ、でも……!)

そこまでカガリが言ったところで、艦内アラームが鳴り響く。ハマーンは即座に意識を外に出した。

「ふん、また何か起こったか。どうやら今回の旅路、楽なものにはなりそうもないな」

周囲を慌ただしく、ザフトのクルーが駆けて行く。
ほんの少し嘆息して、彼女もまたミネルバのデッキに向かって歩き出した。

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[2488] 【PHASE4】
Name: こうくん
Date: 2005/07/27 02:04
【PHASE4】   張り子の首長
ザフトの新造艦ミネルバの処女航海は、かつての大戦で『不沈艦』とまで謳われたアークエンジェルに勝るとも劣らない、波乱に満ちたものとなった。


所属不明艦『ボギーワン』により強奪された3機のMSとの戦闘。
そして、突如軌道を外れたユニウスセブンの落下と、それの破砕作業。
当時その艦には、地球上の国家であるオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハも乗艦していたらしいが、
ユニウスセブン落下の報にも、彼女は落ち着き払って、たった一言こう呟いたという。

「全く。いつの時代も人間の考えることは変わらんな……」

その半ば自嘲を含んだ一言を、混乱をきたしたミネルバ艦内で聞いていた者はいなかったようだが、
仮にかつての彼女を知る者がその台詞を耳にしたならば、あまりの違和感にしばし呆然としたであろう。

良くも悪くも感情的であり、誰よりも他人の痛みを理解しようとする少女、カガリ。
そこにいるだけで、周囲を照らす太陽の如き存在感を発揮する彼女は、
今は感情の読めない冷徹な女性へとその印象をガラリと変えていた。
彼女の性格が変わったのは、ミネルバに乗艦してからである。理由はここでは説明する必要もないだろう。
ただ、それによって一部の人間たちの『カガリ・ユラ・アスハ』に対する評価は、
本来のものとは大きく違ってきていることは確かだった。

ミネルバ艦長であるタリア・グラディスは、ユニウスセブン落下の報にも顔色一つ変えず、
なおかつユニウスセブンの質量から予想される地上の被害を冷静に分析してみせた彼女を、
『ナチュラルとしては』高く評価していた。
ただ同時に、その鋭利な刃物を思わせる冷徹な瞳に、若いながらも政治家としての冷酷さを感じ取り、多少の畏怖を感じたという。

ミネルバ所属のMSパイロット、ルナマリア・ホーク。
当初はアスハの名を知らない彼女だったが、気になってデータベースを検索し、
そして出てきた『弱冠18歳にして、一国の代表』という肩書きにはさすがに驚いたらしい。
同期のパイロットであるシン・アスカと一度衝突した(というより、シンが一方的に絡んでいった)ときも、
針先ほどの論理の矛盾すら指摘させずに論破した姿を見て、多少憧れを抱いたという。
ただ、それ以上に生理的な恐怖のほうが大きかったようだ。
自分はコーディネイターでありながら、ナチュラルである筈のこの女性には絶対に敵わないという恐怖が。

プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル。
彼の彼女に対するファーストインプレッションは180度変わってしまったが、
一方で同じ政治家として『近い』モノを彼は感じていた。
いまだ影を潜めてはいるものの圧倒的なカリスマと、独裁者としての非情な面を持ち合わせている彼女が連合にいれば、
先の大戦の戦局はより厄介なものとなっていただろう。
だがどれだけ才能があろうが、今の彼女は所詮傀儡の代表に過ぎないことも老練な彼は理解していた。
よって恐れる必要はいまだなしと判断したのだが、後日彼は自らの観察眼の甘さを大いに反省することとなる。

しかしこのほんのわずかなイレギュラーは、世界の大局に一石を投じるには、今はまだあまりに小さかった。
前回の地球・プラント間の戦争から約2年。
のちに『ブレイク・ザ・ワールド』と呼ばれたユニウスセブンの落下によって、世界は再び戦いへと加速していく。
そしてそれは、中立を表明しているオーブにも有無を言わさず飛び火しようとしていた。
「ウナト。先のユニウスセブン落下による我が国の被害状況は?」

長い航海を経てオーブに辿り着いたミネルバ。
それに乗艦していたカガリがオーブの地を踏んで最初に発した言葉が、これであった。
両手を広げてカガリを待ち構えている妙な紫モミアゲを軽く無視し、その隣のこちらも妙な色眼鏡に声を掛ける。

「おい、カガリ!せっかく久しぶりに婚約者に会えたのに、そんな態度は……」

「触れるな俗物!今はそんなことをしている時ではあるまい!」

顔を真っ赤にしてカガリの肩を抱こうとする自称婚約者ユウナ・ロマ・セイランをあっさり払いのけ、
カガリはさっさと他の要人たちの元へ歩いていく。
肩を抱こうとした手を払われたままの間抜けな姿勢で固まるユウナを見て、アスランは内心『ザマ見ろば〜か』と呟き、副艦長アーサーは多少このどことなく同じ匂いのする男に同情していた。

(か、カッコイイ……ぞ、俗物って……ちょっと言ってみたいかも……)

ルナマリアさんだけは、ちょっと違った感想を抱いていたようだが。

「(少し性格が変わられたか……?)予想よりは少なくて済みましたが……それでも沿岸部の被害は無視できません。
 対策本部を設置して、現在も対応に当たっております」

「ならば私も行こう。それとミネルバには補給と整備を、入念にな」

ウナトの答えを聞き、カガリは何かに急かされるようにまっすぐに歩いていく。
それは事実上セイランの傀儡である今の状態から権力を握るには、時間はあまりにも少なかったからだ。
だが記憶を見た限り、カガリ自身はアスハの名や自身のカリスマ性から、軍や国民からの支持は厚い。
ならばあとはオーブの政治中枢に楔を打ち込むだけだが、それは何よりも難しかった。

(やれやれ……オーブの獅子とやらも、厄介な物を残してくれたものだ……)

しばらく歩いてから辿り着いた対策本部に勢揃いしている、オーブ五大氏族。
カガリの姿を見るなり立ち上がって挨拶をする彼らを見回しながら、彼女は誰にも聞こえないように軽く舌打ちをした。

彼女の父親であるウズミ・ナラ・アスハがオノゴロで自爆した際、当時の五大氏族は全員爆炎と共に散っていった。
そして本来ならその時点で、盟友を全て失ったアスハの政治生命は絶たれたといってもいいだろう。
実際に、現在五大氏族となっているのは全てオノゴロののちに昇格した家柄である。
そんな中カガリが代表首長として担ぎ上げられているのは、もはや伝説的な英雄であるウズミの娘だということのみであった。
決して多くの盟友によって担ぎ上げられたわけではないし、もちろん絶大な信頼の下任命されたなどということでもない。

よって現在の政治中枢に、カガリの盟友はいない。事実上セイラン家による独裁状態にある。
あるいはクーデターも考えたが、相当な根回しをしない限り反乱というものは得てして無残な失敗に終わるものだ。
だがいかに傀儡であろうとも、代表首長という立場には変わりがない。その立場を使えば、多少の無理は利くはずである。
それにまだ誰も、彼女が『入れ替わっている』ことには気が付いていない。当たり前だ、彼女自身いまだに信じられないのだから。
だがそのおかげで、しばらくは彼らセイラン家も、多少動いたところで彼女の存在そのものを危険視するようなことはないだろう。

「まずは諸君らに聞いてもらいたい」

居並ぶ一同を前に、カガリは堂々と意見を述べる。それに対し、表面的にはしっかりと聞いているような顔をしているが、裏では歯牙にもかけないつもりの五大氏族たち。

(よくもまあカガリはこんな俗物どもの中で耐えられたな……)

褒めているのかそうでないのかよく分からないことを考えつつ、彼女は高らかに声を張り上げる。

「現在の地球圏の情勢は、極めて困難なものである。
 先のユニウスセブンの落下によって、我が国のみならず地球上の国家はほぼ全て、これの被害を受けている。
 またそれにより地球住民の不満は高まり、あるいは世界は再び悪しき方向に向かうかもしれない」

そこまで一気に言って、再び彼女は氏族たちを見渡す。
大して驚いていないところを見ると、元々カガリは弁の立つ人間ではあったらしい。
ただその内容があまりにも理想主義に傾いていたため、
国を焼かれた経験を持つ彼らからすれば、小娘の戯言に等しかったのだろう。

むろん、カガリ自身オーブ侵攻で大切な人を亡くしている。
だからこそその理念を守り、オーブを戦禍から守ろうと必死になっていたのだ。
だがハマーンに言わせれば、そんなものは現実を見ていない空想論に過ぎない。
その理想は気高く、人という種が進化するためにはなくてはならない通過点だが、
残念ながら今の人類にはそこまでの叡智はない。

「だがこんなときだからこそ、オーブはその理念を思い起こし、中立を守らねばならない。
 暴走する世界を止めるには、常に公正なる審判者が必要なのだ。
 ならば我らはその審判者となり、公正な瞳でこの情勢を乗り切ろう。
 それには諸君らの協力が必要不可欠である。
 これからも諸君がその力を発揮し、オーブを支え導いていってくれることを期待する」

演説が終わった瞬間、首長たちから拍手が起こる。
中にはにやついた表情を隠そうともしない者もいたが、
それでも少数の人間は、確かに彼女の演説そのものに感心しているようだった。
だがまあ演説の最後で彼女自身が思ってもいないことを言っているのだから、多少反応があっただけでもマシだろう。

「では代表。これからのご予定ですが……」

「まずは被災者の慰問をすべきだろう。その後モルゲンレーテにも顔を出す。
 それと書類の類は執務室に置いておけ。また後ほど目を通す」

氏族たちの反応を見て、彼女ははっきりと理解した。この場にいたところで出来ることなど限られている。
ただ演説をこなし、そしてそこにいるだけの存在。
少なくとも行政府において自らの地盤は全くといっていいほど無いということを、彼女は今はっきりと思い知った。

「では、後のことは任せる」

これ以上ここにいたくないとばかりに、彼女はきびすを返す。その素早い行動に首長たちは目を丸くしていた。

「代表……」

そして行政府を出たところでは、アスランが心配そうに待ち構えていた。

「アレックス。ミネルバの連中はどうした?」

「ミネルバは現在、モルゲンレーテのドッグに移送され、補給作業に入っております。代表はこれから、いかがなされるのですか?」

「私か?これより私は被災者の慰問に向かう。無論、貴様にも来てもらうぞ」

そしていつも以上に素早い行動におたおたするアスランを尻目に、カガリはさっさと車に乗り込んでいく。
慌ててその後に続いて乗り込むアスランの姿はどう見ても護衛には見えなかったが、それはまあ仕方がないといえばそうだろう。
口調から何から、今のカガリはアスランの知っている彼女とは全く違っている。
先程の会話でも、カガリの威圧感に思わず彼は敬語になってしまっていた。
そして普段ならば「敬語は使うな!」と言って怒るはずの彼女は、
今は全くそれを気にした風もなく、むしろそれが自然であるかのような感じすら受ける。

「カガリ……お前、どこか変わったか?」

走り出した車の後部座席、護衛としてカガリの隣に座っていたアスランは、思わず問いかけていた。

「私がか?まあ、確かに以前と比べれば変わったであろう、いや、だろうな」

なぜか言い直すカガリ。どう考えても怪しい。もともと態度はデカかったが、今のそれはまるで別次元である。
やんちゃなガキと一国の王様くらい違うとアスランは感じていたのだが、
それが全くその通りなのだから、彼の観察眼には恐れ入る。
伊達に2年間も、最も近い位置にいたわけではないということか。

「ミネルバに乗艦する前、頭を打ってからだよな。あの……本当に済まなかった」

「何度も言わせるな。あれは貴さ……お前のせいじゃない。それにもともと私はこういう性格だ。
 それが代表首長などやっているから、ついつい口調も偉そうになってしまっただけだ」

声は落ち着いているが、カガリの額にはほんのわずかに冷や汗がにじみ出ている。
だがもともとハマーン・カーンはこれしきのことで動揺するような女ではない。それは……

(おいハマーン!お前早速疑われてどうすんだよ!?バレちゃまずいだろうが!)

(黙れ!貴様がいちいち私に話しかけるからであろうが!外と内で二人の人間を相手にするのは、いくらなんでも厳しかろう!)

「あの……カガリ?お前、本当に大丈夫か?さっきからなんか一人で喋っているみたいだし……やっぱり頭が……」

「頭が、どうした?まさかバカになったとか抜かすのではなかろうな」

「いや、バカなのは昔からで……」

(ア、アスランお前……私のことをそんな風に思っていたのか……?)

「ほう……これは面白いことを聞いたな……」

「あ、いや……」

おかんむりになったカガリを必死に宥めるアスランは、もはや最初の質問すら忘れているようだ。
そんないつの間にかちちくりあいと化している二人を、運転手はバックミラー越しに呆れながら眺めていた。
だがとりあえず彼はここで自分の仕事をしっかりしておかねばならない。

「それで、慰問といっても具体的にどちらへ?」

車内内蔵スピーカー越しに、運転手の声が響く。

「いや、それはまた明日にしよう。今日はまだマスコミも来てはおらぬだろう?そんなときに行っても効果は少ない。
 このままモルゲンレーテの本社へ回してくれ」

「は?はあ、分かりました……」

普段ならマスコミなど関係無しに真っ先に駆けつけるカガリだが、今日は様子が違った。
運転手は多少腑に落ちないものを感じるものの、政治家には別に珍しくも何ともないのでそのまま気にしないことにした。
だが、それではすまない男がいる。

「おい、カガリ!やっぱりお前は変だ。普段のお前なら絶対に国民を自ら励ますのを第一に考える筈だ。
 それがいったい何で……!?」

運転手に聞こえないよう、アスランは今度は小声で話しかける。
だが後部座席と運転席の間の防音は完璧だから、本来は気にする必要はないのだが。

「アスラン。私が何故今、モルゲンレーテへ行くか分かるか?」

一方多少感情的になりかけているアスランと違って、
カガリの方は一向に落ち着き払った様子で、腕を組んだままの仏頂面でアスランの質問に答えた。
返答がないのを続きを促していると取ったか、彼女はもう一度口を開く。

「今の行政府は、ほぼ完璧にセイラン派で抑えられている。あそこにいたところで私に出来ることなど何も無い。
 だが現実問題として、世界は再び戦争へと向かおうとしている。そしてそれはすぐにオーブにも波及するだろう。
 だからまずはわが国の軍備をしっかりと把握せねばならない。そして軍内部での私の影響力を確保せねばならぬしな」

「影響力?」

「そうだ。クーデターなど起こす気はないが、
 私は行政府に後ろ盾がない以上、他の権力団体への影響力は早期に確保しておかねばならんだろう。
 モルゲンレーテはその手始めだ」

「でも、お前が行ったところでやれることは……」

「あるさ。見ておくがいい、私の力を」

そうして会話をしているうちに、車はモルゲンレーテ本社前に辿り着いた。
玄関口では、突然の訪問に驚いた様子のエリカ・シモンズら数人の技術者が出迎えている。

「突然連絡をしてすまないな。だが今日は貴様に頼みがあって来た。すまないが案内を頼めるか」

「はい、代表。ではまずは開発室の方へ」

うやうやしく頭を下げる技術者たち。カガリの記憶によれば、彼らはクサナギに乗艦していた者がほとんどである。
おそらくセイラン派であるという事はないだろう。
特に、主任開発設計者のエリカ・シモンズ。彼女は非常に優秀な頭脳と、オーブへの強い忠誠心を持っていた。
技術者と護衛のアスランに囲まれ、モルゲンレーテ本社内へと消えていくカガリ。
そしてそれを見ていた運転手はおもむろに携帯電話を取り出すと、いくつかボタンを押した。

「……はい……ええ、カガリ様は被災者の慰問を突如キャンセルされ……
 ええ、今はモルゲンレーテの本社内です……はい……分かりました。こちらで待機します……」

携帯電話の先にいる人間が誰かは分からない。
ただその男は、カガリが入っていった玄関を見て、深く、深くため息をついただけだった。


●あとがき

こんにちは。Zガンダムを再放送以来久しぶりにビデオを借りてきて観て、ハマーン様が本当に百式に乗ってくださるか、やっぱりものすごく不安になっているこうくんです。

アカツキ、世間一般ではもはや当たり前のように百式で通ってますね。肩の文字とか。
ガンダムタイプ、さらにシャアの元乗機とハマーン様にとってはまさに天敵なMSですが、どうやら本編での描写を見る限り、種運命版カガリ様を描くSSにおいて不可欠要素っぽいので、いずれは何としても搭乗していただく予定です。本編での登場は遅かったですが、このSSでは前倒しできないかなぁ…

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[2527] 【PHASE5】
Name: こうくん
Date: 2005/08/02 22:42
【PHASE5】  彼女の力





「代表の、専用機ですか……!?」

ガラス張りでドッグの様子が逐一観察できる構造になっている、モルゲンレーテ開発部設計主任室。
そこの主であるエリカ・シモンズは思わず声を張り上げていた。

「そうだ。ここにはフリーダムのデータがある筈だな?それを元に私の専用機を作ってもらいたいのだ」

そして普段冷静沈着な彼女を驚かせた張本人は、
ガラス張りの窓から階下で行われているモビルスーツの稼動試験の様子を見ながら、何事もないかのように話していた。
ガラスに映る彼女の表情には、迷いやそういった感情は一切見受けられない。
むしろ確固たる信念を持って言葉を紡いでいるようだ。

「カ、カガリ!いきなり何を言い出すんだお前は!?」

「おかしいか?仮にオーブが他国と戦闘になった際、
 代表である私が前線で戦うことは、それだけで士気に大きく影響する。
 もともと絶対的な戦力差において、オーブはザフトとも連合とも比べ物にはならない。
 ならばそれを補うためにさまざまな手段を講じるのはむしろ当然であろう。
 エリカが開発した強力な量産機である、この『ムラサメ』のようにな……」

階下のデッキで今まさに稼動試験の真っ最中であるムラサメの改良型を見ながら、
カガリは驚いているアスランとエリカに返答を返す。

そして、彼女の言っている事は、ある意味真実であった。
かつての大日本帝国の例を出すまでもなく、戦争とは結局戦力の差によって決まる部分が大きい。
かつてハマーンの母国であるジオン公国のドズル・ザビ中将が言ったように、まさに『戦いは数だよ、兄貴!』なのである。
それを覆すには、今現在ザフトがそうしているように、兵器の性能、兵士の錬度を相手のそれより高めるという方法がある。
言ってしまえば、前大戦でのキラ・ヤマト&フリーダム、アスラン・ザラ&ジャスティス、ラウ・ル・クルーゼ&プロヴィデンスといった、エースパイロットに超高性能機を配備する、『鬼に金棒』作戦なのである。

かつてハマーンのいた世界で起こった、ジオンと連邦間の一年戦争。
そこで数において劣るジオンに、赤い彗星、ソロモンの悪夢、黒い三連星などの名だたるエースパイロットが多く出たのはまさにそういった理由からだった。

「だがお前が戦場に出るのは危険だ。戦争はそんなに甘くはないんだぞ!」

「ほう、私と同じ歳のくせして、知ったような口を利く……だがまあ、確かにくぐった修羅場の数が違うか。
 よかろう、ならば貴様が直接相手をして私の実力を確かめるといい。エリカ、シミュレーターは使えるな?」

「え、ええ……」

アスランは純粋にカガリの身を案じているのだが、当のお姫様にはそんなことは関係ないようだ。
いや、これも中身が違うからだろう。
これがカガリ本来の人格だったら、ぶつぶつ文句を言いつつも、
結局自分を心配してくれるアスランが愛しくて仕方がないということがある。
そのためそんなこんなでいつの間にか口論は解決して、その原因は最終的にどうでもよくなっている場合が多い。
さらにそれでもカガリの駄々っ子が直らない場合は、アスランは最終奥義、
『強引に唇を奪う→ベッドに直行』の2段コンボでむりやりわがままを封じている。
というか、その場合カガリ本人が疲れ果てて足腰が立たなくなるからなのだが。
むしろ最近はコーディネイターを相手にして気絶しなくなっただけでもマシというものだろう。
さすがに以前文句を言ったときがあったが、
そのときも結局どことなく黒い笑みを浮かべたアスランに、彼女はいいように言いくるめられてしまっていた。

「体力、付いたろ?」

普段のアスランしか知らない者なら、女ならば一気に心臓を鷲掴みされ、
男ならば危険な趣味に目覚めてしまいそうなその微笑みと共に。

だがエリカの目の前でその奥義を発動させるわけにもいかない。
むしろ二人まとめてヤってやろうかこの野郎という多少どころではない危険な思考を追いやって、
アスランはカガリを止めるための方策を考え出していた。
が、なぜか彼は、今回のカガリにだけは勝てる気はしなかった。

「ハア、仕方がないな。一回だけだぞ」

もしカガリとの間に子供が出来たら俺は、きっとまた子供に全く同じ台詞を言っているんだろうなぁ。
そんな、ノロケなんだかそうじゃないのかよく分からないことを考えつつ、アスランはエリカとカガリのあとに付いていく。
そして、このときの彼は正直油断していた。カガリのパイロットとしてのセンスは、確かに優秀ではある。
ヤキンドゥーエでの戦闘データをのちに彼は見たが、
そこにはとてもナチュラルのMSルーキーとは思えない撃墜スコアが記録されていた。
才能だけで見れば、彼女のそれは、あるいはかの『エンデュミオンの鷹』に勝るとも劣らないだろう。
しかし戦場に立つ以上、才能だけが全てではないことを、幾多の死線を潜り抜けた彼は理解していた。

「カガリ。以前も言ったことだが、戦場とシミュレーションは全く違うんだ。よく覚えておけよ」

シミュレーションといっても、1対1の戦いだから、アスランは負ける気など微塵もなかった。
だが手加減をする気もなかった。
下手に手を抜いて調子に乗られても困る上に、
それが即カガリの命に直結する問題だから彼としては真剣にならざるを得ないのである。
ここら辺、この二人の普段の関係が窺い知れるというか何というか。
クサナギに乗艦していたときから二人を見守っていたエリカにとっては、微笑ましくもなかなか頭の痛い光景であった。

「では、始めるか。まず最初に10分、OSをいじらせてもらう。多少離れていたから感覚を掴みたい」

「はいはい。MSは両機ともムラサメ、武装はノーマル、戦場は大気圏内オーブ領海。これでいいな?」

すっかり駄々をこねる子供と、それをあやす父親の構図である。
だがその珍しさに、クサナギ時代からの彼らを知っている技術者たちが続々と集まってきた。

「ちょっとあんた達、仕事はどうしたの?」

「今は休憩中っすよ。というか、俺様権限で休憩にしました。
 カガリ様がシミュレーターでもMSに乗られるのは久しぶりなので、我々も楽しみなのですよ」

「それに、気になってどうせ仕事どころじゃないですもんね〜」

「代表のお力、是非この目で拝見したいですから……」

あきれ返るエリカの周囲には、いつの間にか人だかりが出来ていた。
気がつけば、ムラサメ改良型のテストを行っていたテストパイロットの少女までが降りてきている。
クサナギ時代から続く、モルゲンレーテのこの和気あいあいとした雰囲気が彼女は好きだったが、
さすがにこの光景を見せられると今度は胃が痛くなってきたらしい。
まあそれもカガリの人徳なんだろうと、彼女は無理やり自分を納得させることにした。

「では、始めるとするか。カガリ・ユラ・アスハ、ムラサメ行くぞ!」

「アレックス・ディノ、ムラサメ発進する!」



彼らが今使っているシミュレーターは、コンピュータ相手ではない、より実戦に近い訓練をするために開発されたモノである。
モビルスーツのコクピット部分を忠実に再現したそれは、実戦の少ないオーブにおいて、出来るだけ正確なデータが取れるように、開発部が苦心の末作り出したものだった。

「なかなかやるな、アスラン!」

「チィ!ミサイルでは当たらないか……!」

その対人戦闘データは、いくらバーチャルとはいえ重要なデータであることには違いない。
よってこのシミュレーターは、パイロットにかかるGなど、細部にわたってかなり精巧に作られていた。
そしてその戦いの様子を映す巨大モニターの前には、いつの間にか先程以上の人だかりが出来ていた。

「ッそこだ!墜ちろ!」

「甘い!」

MA形態のカガリの機体がアスラン機の上空に回りこんで即座にMS形態に変形。
そのままビームサーベルを展開し、上空から川の中の獲物を狙う鳥のようにまっすぐに突っ込む。
だがその程度の単調な攻撃を喰らうアスランではない。
こちらもMS形態に変形し、ビームライフルで牽制しつつスラスターを一気にふかし、
距離を詰めて必殺の意志を込めたビームサーベルを薙ぐ。

「す、凄い……」

「これは、本当に代表が……?」

そして時間がたつにつれ、がやがやとしていた人だかりからは、呆然と呟かれる言葉しか聞かれなくなっていた。
目の前の大画面で展開される、神速の戦い。
ただ聞こえるのは、ビームライフルの発射音と、ビームサーベルを展開した両機が激突する大音響。
そして高らかに鳴り響くエンジン音。
この戦いを目で追えているナチュラルが、果たしてどれだけいるだろうか。
両機とも、いまだにダメージはほとんど喰らっていない。だがそれは射撃能力が低いわけでは決してない。

「単調な射撃だな。弾道が予測できるぞアスラン!」

「減らず口を!しかしこの反応速度……キラ並みだぞ!?」

両者の反応速度と射撃能力が異常なまでに高いことにより、
正確にコクピットを撃ち抜きビームライフルを叩き落とすはずの攻撃は、逆に全て相手に回避されていたのだ。
むろん、アスランもカガリの軌道を予測しライフルを撃つといったことはしている。
だがそれすらまともに届かない。いや、予測が出来ないのだ。
以前からセンスは光るものがあったが、
クサナギにいたときシミュレーターで対戦したときとは、まるで別人のような強さである。

MA形態で、スラスター全開で海面すれすれを飛行するカガリ。アスランはそれを上空から狙い撃つ。
両機ともムラサメであるから、出し得る限界速度をアスランはよく知っている。
そしてその状態ではこれ以上速度が上がりようがない分、動きにかなり制限が出てくることも知っていた。
コーディネイターでも最強クラスの戦闘OSであるアスランの頭脳が猛烈な勢いで回転を始める。

「遊びは終わりだ、カガリ!」

そして即座にはじき出した、カガリが動くであろうポイントに三発、ビームライフルを叩き込む。
それが水面に着弾すると同時に、幾筋もの水煙が上がる。
そしてその中でも一つ、群を抜いて大きな水柱が上がったのをアスランは視認した。

「殺った!」

沈めた手ごたえを感じるアスラン。だが直後、彼のコクピットにアラームが鳴り響いた。水柱に巨大な機影が映る。

「油断したな、アスラン!」

「な……!」

そしてその水煙をぶち抜いて出てきたのは、MS形態に変形したカガリの機体だった。
おそらく一気に減速して、水面にあえて突っ込み水煙で撹乱したのだろう。
それだけでおよそナチュラルが耐え切れるGを軽く超越した運動のはずで、
当然コーディネイターも使用するこのシミュレーターも、Gがかかる機能は装備している。
だがカガリはそれを難なくやってのけた。
むしろ両者の激しい戦いに、シミュレーターそのものがオーバーヒートを起こしかねない勢いである。
アスランは一気にコクピットを貫かんと突き出されるビームサーベルをギリギリで避け、
がら空きとなった胴体を撃ち抜かんとビームライフルを構える。

「遅い!」

だがカガリが今度は読んでいた。左腕に隠していたもう一つのビームサーベルを薙ぎ、アスラン機の右腕を斬り落とす。

「なっ、しまっ……!」

「終わりだ、アスラン!」

右腕を失いバランスを失ったアスランの機体に、カガリのもう一つのビームサーベルが迫る。

「カガリ様!?」

既に沈黙の空間と化していたモニター前の人だかりも、全く予想だにしていなかった彼女の勝利を確信した。
だが、アスランはこの程度で終わる男ではない。

「ウオオォォぉぉ!!!」

雄叫びと共に、アスランのSEEDが弾ける。そして同時に右翼スラスターを爆発させ、強引に傾いた機体を立て直し、
同時に斬撃を回避する。

「何っ!?」

思ってもみなかった行動に、カガリはわずかに焦りを見せた。
それが、SEEDを発動させたアスランには又とない隙となる。
そして次にアスランが仕掛けた行動も、カガリの予想を上回るものだった。

「グッ……!?」

カガリのコクピットを激しい振動が襲う。そしてそれは、アスランがカガリの機体を蹴り飛ばした衝撃だった。
いくらカガリが優秀な肉体的ポテンシャルを持っていようと、ハマーンの反応速度が人知を超えていようと、
コクピットへの強烈な振動には耐え切れない。
その隙が、カガリにとっては間違いなく、敗北要因となるものだった。
彼女が最期に自らのコクピットに飛来するビームサーベルを視認したところで、
ブザーが鳴り画面が暗転する。

「フッ、相討ちと言いたいが……私の負けだな……」

これがシミュレーターから出てきたカガリの、最初の言葉だった。
ヘルメットを取った瞬間に飛び散る汗が、シミュレーションとはいえこの戦闘の激しさを物語る。
それに遅れることしばらくして、アスランもシミュレーションから出てきた。

「カガリ、お前いつの間にこんなに強くなったんだ?」

「実力だ、アスラン。で、どうだ?これで私が戦場に出ることに文句はあるまい?」

差し出されたタオルで汗を拭きながら、既に分かりきっている結果を述べているようなカガリの物言いには、
さすがにアスランもこれ以上何か言う気は起きなかったらしい。
それ以前に、アスランほどの実力者にSEEDまで発動させたカガリの力は、文句の付けようがなかった。

「というわけだ。これから私はここに残って、しばらくエリカと話をする。
 帰りはおそらく夜になるだろう、それまでゆっくりしておくといい」

「分かった。夜の8時に迎えに来る。それまで避難してきているキラたちにでも、会いに行ってくるよ」

その後2、3の言葉を交わし、アスランは玄関へと、カガリはエリカを伴い開発室へとそれぞれ歩いていった。

「あんたたちも、ちゃんと仕事に戻りなさいよ。ノルマはちゃんとこなさないとボーナス査定に響くからね」

にっこりと恐ろしいことを呟きつつ、エリカもカガリの後に付いて階段に消えていく。
しかし彼女らが去った後のドッグでは、しばらく先程の戦闘の衝撃が消えることはなかった。

「ねえ、キリカ。コーディネイターのテストパイロットである貴方の眼から見てどう?
 正直に言って、貴方は今の代表に勝てる?」

その興奮も冷めやらぬまま散発的に仕事に戻り始めた人ごみの中で、
一人の女性技術者が先程までムラサメのテストパイロットをしていた少女に声を掛ける。

「まさか……無理です」

真っ赤なストレートのロングへアに白いカチューシャをしたその少女は、そのままゆっくりとかぶりを振った。
少女の名は、キリカ・アンダーソン。コーディネイターでありながら、
現在オーブの若手では、人気・実力共にトップクラスにある女優である。
しかし彼女はコーディネイター用の新型ムラサメの起動実験のため、
幾度かここモルゲンレーテで密かにテストパイロットを務めていた。
その背景については、また後の機会に語ることにしよう。

「ウソォ……代表って確かナチュラルよね?」

「ですが、ナチュラルがコーディネイターに必ずしも劣るとは限りません。
 2年前のヤキンドゥーエ攻防戦でも、ナチュラルの『エンデュミオンの鷹』ムウ・ラ・フラガ少佐は、
 かなりの撃墜スコアを記録したと聞きました。
 所詮コーディネイターといえども人ですから、訓練を積んだ老練なパイロットには苦戦もするでしょう。
 しかしそれ以前に……代表はパイロットとしての才能が卓越しておられるのでしょうね……」

悩ましげなため息と共に、燃えるような美しい赤毛を耳に掛けながら、
キリカはつい先程まで恐ろしいほどの戦いが繰り広げられていたモニターを見上げる。
その視線を追って、彼女に声を掛けた女性技術者も同じようにモニターを見上げた。

コーディネイターといえども所詮は人だから。
そんな会話が、ナチュラルとコーディネイターの間で当たり前のように交わされるのは、
おそらく地球上ではオーブくらいのものだろう。
先程の女性技術者はナチュラルであるが、コーディネイターであるキリカに対して、
妬みや憎しみなどといった負の感情などを向けてはいなかった。
それは無論、オーブのお国柄でもあるし、
彼女らが勤務するモルゲンレーテ社自体がコーディネイターが多く勤務しているということもある。
しかしそれ以上にこの場では、ナチュラルのカガリがコーディネイター最強クラスのアスランを追い詰めた。
そういう事実が、くだらない偏見を打ち破るのに十分すぎる効果を発揮していた。

「それにしても代表、なんでいきなり本社に乗り込んできたのかしら?今まではMS開発自体に否定的だったのに……」

「戦いを呼ぶものであるMSは要らない。それこそが人が相争う原因である、と以前演説で仰っていましたね。
 私は彼女の考えを理解しているつもりです。世界に平和をもたらすために、武器は必要ではないのかもしれない。
 私もオーブの理念を信じて、2年前オーブが陥落しても、こうしてもう一度戻ってきた。
 ですがその理念を守るためには、やはり身を守る強力な武器が必要だということです。残念ながら。
 そして代表も、そのことに気が付かれたのでしょう」

「政治家として、力を付けられたのかしら?」

おそらくそれが答えだろうと、ツナギを着た女性とパイロットスーツの少女という異色の組み合わせは、
揃って元の仕事に戻っていった。
違和感は感じる。しかしそれは決定的なものとはならず、
むしろ現時点ではカガリ本人の評価を高めることにつながっていた。
しかし同じ頃開発室では、エリカ・シモンズのカガリに対する違和感は、決定的なものになり始めていた。

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[2528] 【PHASE6】
Name: こうくん
Date: 2005/08/02 22:47
【PHASE6】   協力者





「サイコミュシステム、ですか?」

「そうだ。2年前クサナギに乗艦していた貴様ならば知っているだろうが、
 ザフトの例のMS……確かプロヴィデンスといったか。
 それに搭載されていた物だ。あれはオーブでは開発してはいないのか?」

自分のデスクに座ってコーヒーを口に含んでいるエリカに、用意された来客用の椅子に腰掛けながらカガリは声を掛けた。

「ああ、あの技術ですか……あれはドラグーンシステムといいます。
 ドラグーンとは、Disconnected Rapid Armament Group Overlook Operation Network SYSTEM。
 訳せば分離式統合制御高速機動兵装群ネットワークシステムとなりますね。
 驚異的な空間認識能力を持った人間でなければ扱えない、とんでもない代物ですわ。
 ただ、オーブではその能力者がいないこともあって、開発自体はほとんど進んでいないのが現状ですが……」

エリカはそこで言葉を切り、カップをデスクに置き、
目の前のパソコンを操作して、ドラグーンシステムのデータを示したページを開く。
最も、彼女が今言葉にしたこと以外は、ほとんど 『UNKNOWN』 の文字で埋め尽くされてはいたが。
申し訳なさそうに語るシモンズを見て、カガリの中のハマーンは、
改めて自らのいた世界と、こちらの世界との違いを認識していた。

かつて宇宙世紀において、彼女が愛機としたMS、キュベレイに搭載されていた無線誘導兵器、ファンネル。
カガリの記憶を見たとき、こちらの世界でも似たような兵器が使われていたことに、彼女は大いに驚いたものだ。
ファンネルがそうだったように、ドラグーンもまた脳波を利用したサイコミュを使っていると思っていたのだが、
シモンズの説明によれば微妙にそうではないらしい。

「なるほど。量子通信システムの一種として開発されているわけか……
 それによって、ニュートロンジャマーの影響下でも、問題なく無線誘導が可能であるわけだな?」

椅子から立ち上がり、エリカのパソコンの画面を覗き込みながら彼女は呟く。

「はい。ですがこのシステム自体は、
 構造的欠陥としてそれを扱うことの出来る人間が極端に少ないということがあります。
 高度な空間認識能力自体は、たとえコーディネイターだからとて得られるものではありません。
 2年前のザフトにおいても、プロヴィデンスをあそこまで扱うことが出来たのは、
 結局ラウ・ル・クルーゼ一人であったといわれています。
 ですから、残念ながらオーブではこの技術は……」

そして俯いたまま言葉を濁すシモンズを見て、カガリはあることを考え始めていた。

(カガリ……聞こえているな、カガリ?)

(ああ、どうした?)

意識を内側に埋没させ、ハマーンはカガリ本人の人格を呼び出す。

(貴様から見て、シモンズは優秀な女か?)

(ああ。クサナギのときも思ったが、彼女は間違いなくオーブ随一の技術者だ。彼女なら……っておい!まさか……!?)

「シモンズ。これから私が話すことは、非情に馬鹿馬鹿しいことかもしれん。
 だが聞いてくれ。これは、貴様の力を認めてのことだ」

カガリの纏う雰囲気の変化に、シモンズも気がつく。
周囲には隠しているが、彼女もコーディネイターだ。その頭脳は極めて聡明である。
だからこそ、これからカガリが話す事がおそらくオーブの行く末すら大きく左右するものであることが、
彼女は直感として理解することが出来た。

「今の私は……カガリ・ユラ・アスハではない、別の世界から来た別の人格が動かしている……」

(おい、ハマーン!さすがにバラすのはまずいって!)

(いや、これでいい。私の持つ知識をスムーズに伝達させるには、これが最も効率のいい方法だ)

内側から文句をつけてくるカガリを軽くいなして、ハマーンはさらに言葉を続けた。

「いきなり何を言っているのか、といった顔をしているな……」

「え、ええ……」

そしてそのあまりにも突飛な内容に、さすがのエリカも目が点になる以外の反応を示すことが出来なかった。
代表、頭でも打たれたのかしら。と、口に出したら 「無礼者!」 と一喝されそうなことをエリカはふと思う。
だが、どことなく納得できる部分はあった。
それは先程のシュミレーションであり、なによりカガリが突然モルゲンレーテに足を向けたということそれ自体だった。

(どういうつもりだ、ハマーン!)

(どういうつもりもない。ただ、私たちの今の状況を正確に把握できる人間、つまりは協力者が必要だということだ。
 それにこの女は優秀だ。私が秘密を話したところで、周囲に漏らすといったような事はあるまい。
 だがまあ、まずはそれを信用させねばならんな……)

「シモンズ。これから私がカガリ・ユラ・アスハではないという証拠を見せよう。
 このコンピュータには、先程のムラサメのOSが入っているな?今からそれを書き換える。
 技術者の貴様なら、これで十分に納得できる筈だ」

言うなりカガリはエリカをデスクから追いやり、自らその椅子に座ってコンピュータを操作し始めた。

(なあ、ハマーン。何で、OS書き換えることが信用させることにつながるんだ?)

カガリ本人の頭脳ではすでに処理しきれないくらいの情報が溢れている画面から思考を逸らし、カガリの人格が表層のハマーンに声を掛ける。

(プラントでザクを見たときは、あるいはOSも同じようなものを使っているかとも思ったが、
 やはり世界が違えばその設計思想から異なる。
 エリカから見た私、つまりは貴様本人は当然OSをいじるような技術は持ち合わせていないだろう。
 そしてエリカもそれを知っている筈だ。
 だからこそ、 『根本から異なる』 OSを私が構築すれば、技術者のエリカも理解するのは容易かろう。
 そう、この世界では考えられもしなかった物が、 『完成した形で』 目の前に姿を現すのだ。
 それこそ異星人でも見たかのような気持ちになるさ)

脳裏でカガリ本人の質問に答えながらも、カガリの指は止まることはない。
それを見て、最初は半信半疑どころか彼女の頭そのものを心配していたエリカも、だんだんとその顔色が悪くなっていった。
エリカは技術者である。それこそキラの協力があったとはいえ、
M1アストレイのOS開発を担当し、そのノウハウを生かしてムラサメも考案した。
だからこそ彼女はよく知っている。新しい技術とは基本的に過去の土台の上に積み重ねられていくものであり、
モビルスーツのOS開発も、当然その限りであるということを。
だが今、目の前で一気に組み替えられていくOSはいったい何だ?
全く見たこともないプログラム。連合との裏取引や、フリーダム、ジャスティスから得たOSでもない。
設計思想からまるで異なるはずの、一から作れば途方もない時間が掛かるはずのそれを、
目の前でコンピュータを操る少女は、 『まるで初めから答えが分かっているかのように』 組み上げていく。

「あ……」

唐突に、エリカは自分が冷や汗をかいていることを認識した。
身体を落ち着かせようと冷めたコーヒーを一気に流し込むが、
技術者としての興味もあって、この異常な光景から目を逸らせない。

「さて、だいたいこんなところでいいだろう」

そしてどれだけ時間が経っただろうか。
一瞬たりとも目を逸らすことのできなかったエリカに、やや疲れた表情のカガリが声を掛けた。

「さて、貴様が優秀な人間ならば、これで私が
 『カガリ・ユラ・アスハではない、別の世界からの人間』 ということを理解できたであろう?」

「ええ……」

さすがのエリカも、目の前で全く新しいOSが組み上げられていくのを見せられては、反論のしようがなかった。
よくよく考えれば、魂が別の人格に入り込んであまつさえそれを動かしているなど、
科学者の彼女から言わせればオカルト以外の何者でもない。
しかし現実にカガリの肉体に入り込んでいる魂は、明らかにカガリ本人の物ではない。

「はっきり言って全く信じられませんが、それでも現実のようですわね……」

「まあな。私自身なぜこうなったかなど、想像もつかん。
 だがだからこそ、貴様にはこの謎の解明にも尽力してもらいたいのだ」

椅子をくるりと90度回転させて、カガリはエリカに向き直る。
その眼を見て、エリカは自分があるいはとんでもない物に手を付けてしまったのではないかということに思い至った。
このことを話したところで、自分が逆に痛い人扱いされることは容易に想像できる。
しかし、彼女がこうして自分だけにはその事実を話したということ。
それは、自分が期待されているということでもあり、
同時に決して捨て去ることの出来ない重荷を背負わされたということでもあった。

「私、どうなるのかしら」

「さあな。まあ技術者として、私の世界で培われた技術、そして何よりこの事態は興味の尽きぬものであろう。
 だがそれ以前に、貴様にはオーブのために働いてもらわねばならん。
 そう……たとえ、貴様が"裏でサハクとつながっていた"としてもな……」

言うなりカガリは懐に手を突っ込み、そこに隠してあった銃をエリカに向けた。

「きゃっ……!」

「言え。ロンドは今どうしている?」

まるで悪魔のような冷たい瞳で、カガリは驚愕の表情を浮かべるエリカの額に銃口を合わせる。
エリカ自身、人を疑うことを知らないカガリがいきなりこのような行動に出たことに、
自分が殺されかかっているにも関わらず驚いていた。

(お、おい!いきなり何をしているんだハマーン!)

(黙っていろ。すぐに分かる)

心の中でカガリ本人の言葉に反応し、しかしエリカから一切視線を逸らさずにカガリはそのまま椅子から立ち上がった。

「もともとオーブのMS開発の指揮を執っていたのはサハクだ。
 軍事部門を統括する奴等と、開発主任の貴様が無関係である筈がなかろう。
 それに奴等は国を焼いたアスハを憎んでいる筈だ。
 貴様とて、私の暗殺指令を受けたこと、一度や二度ではあるまい?」

額に銃口を当て、胸倉を掴んでエリカをデスクに押し倒す。安全装置が外される音が、エリカの耳元のすぐそばで響く。
しかしこうなってもなお、エリカ自身は恐怖というより驚きのほうが大きかった。
天真爛漫で人を疑うことを知らないカガリ。
政治家としては明らかに器量不足でも、オーブの象徴として彼女ほどふさわしい人間はいないだろう。
それが彼女の人徳であり、また代表に担がれた一つの要因でもあった。
だからこそ、エリカはカガリがそれに気が付くはずがないと思っていたのだ。

「確かにカガリ本人ならば気が付かなかったかも知れないがな。残念ながら今の私は彼女ほど純粋なわけではない」

カガリはその美しい唇を歪め、皮肉気な笑みを作る。
ああなるほど、やはり彼女の言っていることは真実だ。
エリカはカガリのその仕草に、どうやら本当に別の人格が乗り移ったらしいということをはっきりと思い知った。
そして、返答によっては、今この場で彼女はその引き金を引くことすら躊躇わないだろうと。

「ギナ様は……亡くなりましたわ。ミナ様も、アメノミハシラ陥落の折りに行方不明となられました。ですから……」

覚悟を決めて、エリカはカガリの目を見据えて言葉を発した。
そして、その吸い込まれるかのような琥珀の瞳に、改めて恐怖した。
まるで宝石のように綺麗な瞳。だが、そこに宿る光は恐ろしく冷たい。
きっと、この人は何人もの、いや、何万という人間を虫けらのように殺してきたのだと直感で理解する。
そしてそう認識したとたん、エリカの身体に心臓がつぶれそうなほどの恐怖が襲いかかってきた。

「あ……」

今更ながらに震える身体。情けない、怖いと思いつつも、しかし一方でエリカはカガリの琥珀の瞳に魅了されていた。
悪魔に魂を売るというのは、こんな気持ちがするものなのだろうか。そんな益体もないことを考えてみる。
そしてしばらく経った後、カガリはため息と共にエリカに向けていた銃の安全装置を入れた。

「貴様の働きには期待している。オーブと、そして私の為に。その力、存分に振るうが良い」



「それで、カガリ様本人の人格はどうなっておられるのですか?」

カガリがエリカに自らの状況を話してから、数時間が経っていた。
ハマーンとしての来歴。そして、彼女の世界でのMS技術について。
エリカにとってハマーンの知識はそれこそ宝の山であり、同時に最も重要なことを忘れさせるに十分な麻薬でもあった。

(今更かよ!遅えよ!)

半泣きのカガリ本人のツッコミが、意識の内側でこだまする。
ひょっとして自分はどうでもいい存在なのかと、今のカガリは本気で泣きたくなっていた。

「先程も言ったように、今この身体の支配権は私にある。だが、カガリの人格が消えたわけではない。
 意識の内側で同居しているようなものでな、今も貴様が気付いてくれないことに文句をたれているぞ」

「あ、あはは……」

技術者としての興味が勝り、ついついカガリ本人をなおざりにしてしまったのは事実なので、
エリカは乾いた笑いを漏らした。
だが不意に真面目な表情を作り、彼女はこれからの二人、カガリとハマーンにとって、ある種鍵となることを言った。

「ですが、カガリ様本人の人格も、あるいは表に出すことは可能なのでは?」

その一言に、カガリはハッとした表情になる。
今までハマーンが肉体を操作しているということが当たり前だったため、
カガリの人格を表に出そうとは考えなかったからだ。

「だが……肉体の支配権が私にあるというのはほぼ確定事項だ。ではどうやってカガリの人格を出せば良い?」

もっともな疑問に、エリカはついと手を口元にあてて考え込む。彼女が思考するときの癖である。

「解離性同一性障害……
 いわば多重人格症の場合は、主人格とその他の交代人格とで記憶の共有はほとんど見受けられません。
 一つの人格が動いているとき、その他の人格はたいていの場合眠りについています。
 それは、それら人格の乖離が進み、もはや 『同一のものであると認識できなくなっている』 からです。
 ですが代表のそれは、おそらくそれとは全く異なる……いえ、医学的なアプローチが全く意味を成さないものでしょう。
 実際、代表……いえ、 『貴方』 の証言を信じるなら、今の貴方は二つの人格が『同時』に存在していることになる。
 これは、解離性同一性障害にはほとんどみられない症状です」

そこまで一気に話してから、エリカは口元に持っていっていた手を下ろし、新たに淹れなおしたコーヒーのカップに伸ばした。
カガリは腕を組んだまま、じっとエリカの話に耳を傾けている。

「あまり言いたくはありませんが、この症状は幼少期の強いトラウマ、
 例えば性的虐待などから来ているケースが多いです。
 つまり、そのトラウマから逃れる方法として『自分以外の誰かがそれを受けている。自分は関係ない』と、
 強烈な自己暗示によってもう一つの人格を創り上げてしまうわけです。
 記憶を封印するのが目的ですから、それを共有するようなことがあるはずがありませんしね。
 その治療法としてはさまざまな手段がありますが、時間をかけてお互いの存在を確認し合い、
 人格の一致を目指していくという方法があります。
 ですが、今回のカガリ様の場合は、これとは違うアプローチをする必要があるでしょう」

「違うアプローチ、だと?」

「ええ。カガリ様の人格が主人格であると、貴方とカガリ様双方が自身に対して強力な自己暗示を掛けるのです」

その言葉に、ハマーンもカガリもまずは自分の耳を疑った。
強力な自己暗示。言葉にすれば簡単だが、それはひどく漠然としたものである。
つまりは、そう言われたところで何をすればいいのか皆目見当が付かないのだ。
エリカもまた同じことを考えていたのか、しばらく考えてから言葉を付け足す。

「私はコーディネイターとはいえあくまで工学の専門家であり、
 医学や臨床心理学などは全く自分のカテゴリーの埒外にあります。
 ですがこのことは、これ以上誰かの耳に入れることは危険でしょう。いえ、私以外の者が信じるかどうかも疑わしい。
 申し訳ありませんが、私自身これから少しずつ勉強いたします。
 ですからまずは、自分なりの方法で試してみるしかないでしょう」

申し訳なさそうにカップを置くエリカを見て、ハマーンもカガリも同時に同じ結論に達した。

(聞いての通りだ。やれるな?)

(ああ。要は私が主人格であると、強く念じればいいんだろ?)

意識の内側で互いに相槌を打ち、
カガリは瞳を閉じてハマーン・カーンたるその表層人格を深く、深く自己に埋没させていく。
ゴクリ、と、エリカが唾を飲み込む音が聞こえる。
だがそれを聞こえていながら意識しないほど、カガリとハマーンの集中力は高まっていった。
来客用の重厚な椅子に腰掛け、手すりに両手を預け、わずかに俯く。
他人であるエリカからは、カガリの身体の中で何が起こっているかなど全く分からない。
ただそれでも、しばらくしてから吹き出してきた玉のような汗に、見守る彼女自身の緊張感も極限に達しようとしていた。

「……ッ!」

極限まで集中していないと聞き逃してしまいそうな小さな声と共に、カガリの右手がピクリと動く。
そして、それがまるで始まりの合図だったかのように、強烈な痙攣が彼女の身体を襲った。

「グッ……ッアアアアァァァァ!!!」

「カガリ様!?」

椅子からほとんど転げ落ちるようにして落ちてきたカガリの身体を、エリカが慌てて抱きとめる。
だがその腕の中でも、彼女の痙攣が治まることはなく、激しくなっていく。

「カガリ様、カガリ様!! 大丈夫ですか!?」

彼女の身体を抱きとめたエリカが、必死に声を掛ける。
人を呼ぼうと通信機に手を掛けようとしたが、すんでのところでそれは思いとどまった。
まるで身体が内側から爆発するかのような激しい痛みで、カガリは半ばその意識を飛ばしかけている。
だが、カガリ本人の人格が表に出ることは、どうやら成功はしたらしい。
うっすらと目を開けたカガリが、エリカに対して作った笑いを向ける。

「……エリカ、か? 私、だ……カガリ・ユラ・アスハ、だ……」

この状況で嘘は言わない。眉を寄せ、苦しそうにそう呟くカガリの言葉は、間違いなくカガリ本人のものだ。
エリカはそれを見て安堵するが、人格が入れ替わると同時に起きた激しい発作は、どう見ても尋常ではなかった。

「とりあえず、ソファに横になってください。すぐに何か冷たいものをお持ちします」

そう言って女の細腕とは思えないほど軽々とカガリの身体を抱え、エリカは彼女をソファに運ぶ。
カガリはそれにほんの少し驚いたが、彼女がコーディネイターであるということを思い出して納得した。
だが、その後はもう、カガリは何も考えることは出来なかった。
これまで経験したどんな痛みよりも強烈な頭痛と、自分の身体に否定されるような感覚が、彼女の中に渦を巻いていた。

意識を保つことが出来ない。

濁流の中をたった一本の流木にしがみついているかのように、すぐにでも消えてしまいそうな感覚。

(まさか私は……『自身の身体に否定されている』とでもいうのか……?)

そう思った瞬間だった。表に出ていたカガリの人格は、
ブラックホールに吸い込まれるかのように再び意識の深遠に引きずり戻された。
直後、彼女の額に冷たい物が乗せられる。
再び表面に戻ったハマーンの人格がそれを意識すると同時に、エリカから声がかかる。

「だいぶ汗をかいておられるようですわ。大丈夫ですか?」

「……いや、おそらく大丈夫ではないな。今の私はカガリではない。
 彼女の人格は、表に出て幾ばくもしないうちに消えた……」

「……そうですか」

「理由は分からんが、どうやら何かの拍子で『私の人格が主人格である』と、身体が誤認したらしい。
 さきほどカガリが表に出たときの発作は、おそらくそのための拒否症状だろう」

ある程度予測をしていたのだろうか。エリカはそれほど驚いた様子もなく、しかも手馴れた様子でタオルを替える。

「随分と慣れているようだな」

「ええ。これでも一児の母ですから」

「フッ、そうか……」

そんな会話をしながら、カガリは横になったソファから見える天井を見つめていた。
そのまま右手をあげて、天井のライトにかざす。

(どうやら本当に、私はこの身体で生きていくということになりそうだな……)

その手を握って、はなして。それを数回繰り返した後、最後に彼女はぐっとそれを握り込んだ。
それは決意。地獄というものがあるのなら、そこに堕ちるとばかり思っていた自分が犯した、最後の過ち。
決して自らの意志でやったわけではないが、それでも一人の少女の人生を奪ったことは事実だった。

(……すまないな、カガリ)

(止せよ。今更そんなこと言ったって仕方がないさ。
 だが……出来る限り、私の意志を尊重して行動してくれると、その、嬉しい)

(フッ……了解した)

意識の奥でカガリに微笑みかけるハマーン。
それは、以前の世界での彼女を知っている者ですら、ほとんど見たことがないほどの、暖かな微笑だった。
皮肉にもジュドーに討たれたことで、彼女を縛っていた幾多の憎しみの鎖は、かなり軽くなっていたのかもしれない。

「もう、よろしいのですか?」

「ああ。これからは出来る限り、カガリ本人の意思を尊重して行動していくことにした。
 貴様も私の右腕として、存分に働いてくれることを期待している」

額のタオルを取りつつソファから起き上がり、カガリは改めてその身体を動かした。
時計の針が、約束の時間である8時を指そうとしている。
聞きなれた声と共に扉が開くのを見て、彼に余計な心配をかけないよう、彼女は静かに、その道を歩き始めた。





●あとがき


こんにちは。公式ページで見た戦国BASARAの、突き抜けた馬鹿っぷりとキラ君の中の人の熱血ボイスに思わず購入を検討するも、近所のどの店でも売切れていた、つくづく運のないこうくんです。Amazonも時間かかるっぽいですし。

さて、今回に関しては、反省点も多々あります。少し強引に持って行き過ぎた感がありますが、現在のカガリとハマーン様の状況は、これで説明できたと思います。
そして今回エリカさんに正体をバラしたことで、アクシズ系モビルスーツを導入できるフラグが立ちました。
そこで、このSSに目を通してくださっている方々にお聞きしたいと思います。

アクシズ系、または宇宙世紀のモビルスーツでこれは出したい!という機体を教えてください。
以下に詳しい内容を記載します。

・出来れば3つほど挙げていただけると嬉しいです。
キュベレイだけダントツで、某都知事ばりの得票数になりそうなので……

・ニュータイプ専用機、宇宙専用機でも大丈夫です。
ニュータイプ専用機に関しては、ドラグーン仕様にするなりパイロットを強化処理するなり方法がありますし、宇宙専用機も、エリカさんに頑張ってもらうなどSSだからこその抜け道があります。賛否両論あるかと思いますが、私は設定を徹底的に無視しない限り、多少の改変は容認したいと思っています。

こうして様々な意見を参考にしながら進められるというのも、SSの楽しみの一つだと私は考えています。そういった理由で、ご協力、是非ともよろしくおねがいします。

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[2572] 【PHASE7】
Name: こうくん
Date: 2005/08/09 01:44
【PHASE7】   旅立ち







「話があるんだ」

モルゲンレーテからの帰りの車のなかで、アスランがそう呟いた。だから、彼女はそこにいた。
アスハ邸の中庭。夜ともなればある意味死角となるこの場所は、アスランとカガリの絶好の密会場所でもあった。

「俺は、プラントへ行く」

今まで幾度となく想いを重ねてきた、二人だけの思い出の場所。
そこで告げられたのは、まぎれもなく、別れの言葉だった。

「……お前も、私を裏切るのか?」

「違う!俺はただ、議長の真意を確かめたいだけだ!」

アスランはそう言うが、カガリにとってそれは信用するに足る言葉には到底なり得なかった。
なぜなら、彼女の中のハマーン自身、以前全く同じ体験をしているから。
そう言って彼女の元を去った男は、もう二度と戻ってくることはなかったから。
疑念に満ちた表情を浮かべるカガリに、アスランも苦しそうな表情を向ける。
それがおそらく偽りでないことは彼女には分かっていたが、それでもトラウマは簡単には消えてはくれなかった。

(ハマーン……)

(……何だ?)

意識の内側から、カガリが声を掛けてくる。

(アスランを行かせてやってくれないか? あいつにはずっと、私のそばで苦労をかけてきた。
 だから、あいつが自分からしたいと思ったことは、叶えてやりたいんだ)

(貴様がそれでいいというならそれでも良かろう。だが、戻ってくるという保証は無いぞ。
 私の記憶を見た貴様なら、それも分かっているのではないか?)

(うっ……それは……)

実例を出されては、カガリもこれ以上強く出ることは出来なかった。
しかも、それがハマーンの心に強く傷を残したことを知っている彼女なら尚更だった。
嫌な沈黙が辺りを包む中、アスランが不意に空を見上げる。つられてカガリも上を見やった。
旧世紀と比べ格段に見える星の少なくなった空の向こうに、プラント群の光が見える。
そして、今日は満月。一月のうちで、最も夜空が明るく輝くとき。

「綺麗な星空だな……」

アスランが一人呟く。その決意を秘めた横顔に、月光が降り注ぐ。
その整った横顔は淡い光を浴びて、よりいっそう彼の魅力を高めているよう。
そしてそれを見て、説得など不可能だと悟ってしまったのは、悲しむべきことなのだろうか。

「プラントにいるときは、星空を見上げるなんてなかった。
 軍に入って宇宙空間に出るようになってからも、そんなものは背景でしかなかった。
 けど、俺はオーブに来て、初めてこの空が綺麗だと思ったんだ。
 そして、地球に住む人間がどれだけこの地球を愛しているかも、理解できた気がする。
 一度地上に降りてから、戻って初めて宇宙から見た地球は本当に蒼くて、俺は人間でよかったって、心底思ったんだ。
 だから俺は、こんな綺麗な星を戦いで汚すなんて嫌だし、止めさせたいと思う。
 平和に生きられるのなら、俺はどんなことでもしたい。
 だから行かせてくれ、カガリ。俺は、必ず君の下へ戻ってくる。これは、その、証だ」

真っ赤になって懐をまさぐるアスラン。カガリはそれを見て嫌な予感を覚えた。この展開だと、次に来るのは……

「俺の偽り無き想いの証だ。受け取ってくれないか……?」

(やはり!)

そう言いつつアスランが差し出したのは、紛れもない婚約指輪だった。
カガリ本人にとってこれほど嬉しいことはないだろうが、
残念ながら今彼女の身体に宿っているのは全く別の人格である。

(おいカガリ、意識を集中するんだ!せめて指輪くらい、貴様自身で受け取れ!)

(で、でも……意識を戻しても数秒しか保たないぞ!)

(いいから早くしろ!こんな人生の一大イベントを逃すなど、女として見逃すわけにはいかない!)

意識の深遠でそう言ってわめき散らすハマーンを見て、
カガリは実はこの女は結構いい奴なのではないかと思い始めていた。
普段自身の女としての部分を押し殺していたからなのか、
ほとんど見ず知らずの男から指輪を貰うのが単に嫌なだけなのかは分からないが、
そう言ってくれるだけでもカガリにとっては嬉しかった。

「カガリ……!?」

「ああ、すまないアスラン。ちょっと心の準備が……少しだけ待ってくれないか?」

人格交代時における拒否症状によって、カガリの顔は真っ赤に染まっている。
普段のアスランならばそれが調子が悪いということを表していると即座に理解しただろうが、
如何せん今回は彼もいっぱいいっぱいである。

(ああ、こんなに顔を真っ赤にして……耐えろ、俺の理性……!)

見事に自分に都合よく解釈して、彼もまた一人で大いに盛り上がっていた。

「すまない……待たせたな」

しばらくして、真っ赤な表情のままカガリはアスランに向き直る。
月光に少し潤んだ瞳が輝くのを見て、アスランの我慢もそろそろ限界に達しようとしていた。
その前にせめて、と、アスランはうやうやしくカガリの前に跪き、その左手を取って薬指に指輪をはめた。
この後すぐにプラントに旅立つため、アスランは糊の効いたスーツを着ている。
一方のカガリは、ハマーンの趣味なのか、マーナによって半ば無理やりたんすの中に収められている、
真っ黒なワンピースを着ていた。

淡い月明かりに、カガリのその黒いワンピースが映える。
それだけで一枚の絵が完成してしまいそうな幻想的な雰囲気に、二人は完全に酔っていた。

「俺は……いかなる困難が我が前に立ちはだかろうとも、必ず此処に戻ってくることを、誓います」

瞳を閉じて、アスランの唇が、カガリの手の甲に触れる。

「必ず……戻って来い。私は……いつまでも、貴方を待っています」

カガリも、普段の言葉遣いからは想像もできないような儚い声で、それに応えた。
手を離したアスランが、立ち上がって両肩に手を置く。
そして自身を覗き込む翡翠の瞳に応えるように、カガリもまた、その琥珀の瞳を閉じた。
唇が触れる。今まで何度となく味わった感触が、今宵はやけに苦く感じた。
だんだん激しくなる頭痛に朦朧としながらも、カガリはアスランの背中にその両手を回す。

今度は、いつ会えるのかわからない。正義感の強い彼がプラントに戻ったら、
再びMSに乗り込むことは容易に想像できた。
そして、自分自身、今度はいつ表に出られるか分からない。
だからこそ、彼の味を、匂いを、全てを身体に刻みつけて、ずっと覚えておきたかった。
しばらく繋がった後、アスランが名残惜しそうにその唇を離す。
指輪が光る左手を、泣き笑いの表情でまるで宝物のように握るカガリを見て彼は後ろ髪を引かれる思いをしたが、
一度唇を噛み締めると、彼は想いを振り切るように、早足でアスハ邸を後にした。

そしてアスランが去った後の中庭に、一人の少女が膝をついていた。
意識の表にいるのは、その表情からハマーンであることが分かる。彼女は、渡された指輪を複雑な瞳で見つめていた。
ハンカチで唇を拭き拭きしていないのは、ある程度アスランを認めているからなのだろうか。
それとも、カガリに遠慮しているからだろうか。

(少しだけ……休ませてもらっていいか?)

アスランとの逢瀬の間、猛烈な拒否症状に耐え抜いたカガリは、既に疲労困憊の状態だった。
意識の内側からその光景を見ていたハマーンも、何も言わずに彼女と人格を交代する。
やがて眠ってしまったのか、内側から語りかけることのなくなったカガリを見て、
ハマーンの思いはさらに複雑になっていった。

ハマーンから見ても、カガリはアスランを心の底から愛して信頼していることは容易に理解できた。
また、アスランの想いもまた偽らざるものであることも、先程のやり取りから理解した。

だからこそ、彼女は不安だったのだ。
信頼していた男に裏切られることは、心に尋常ではない傷を残す。
恋愛経験が無いに等しいこの少女がその現実に向き合ったとき、
その痛みを知ったとき、果たしてその精神は正常を保てるか。
自身の苦い経験からその痛みをよく知っている彼女は、そのときまるで妹に接するように、カガリのことを心配していた。
そして、その想いが二人の運命を大きく変えていくことを、この時の彼女はまだ、知らない。





「馬鹿な!」

オーブ行政府の実力者、ウナト・エマ・セイランの執務室に、普段は滅多に聞かれないような大声が響いた。

「そんなことを言っても父さん、仕方がないよ! 
 すでに大西洋連邦はプラントに対して宣戦布告と同時に核攻撃まで行った。
 これじゃあオーブが巻き込まれるのも時間の問題だ!」

その息子、ユウナ・ロマ・セイランが、テレビに映る大西洋連邦大統領の演説を聞きながら、
せわしなく部屋の中をうろついている。

「ええい、こんなときにカガリは何をやっているんだ!
 帰ってきてからロクに此処にも帰らず、ひたすらモルゲンレーテに篭って、
 たまに違うところに行ったと思ったら、マスコミを引き連れて難民の救援活動、それに演説だと!
 いったい何を考えているんだ!」

ここにはいないカガリに八つ当たりするかのように、ユウナは神経質そうにわめき散らす。
父ウナトはそれをわずかに呆れを含んだまなざしで見つめていたが、
やがてゆっくりと立ち上がると、せわしなく歩き回る息子の肩に手を置いた。

「何にせよ、事態が此処まで進展した以上カガリ様も好き勝手は出来まい。
 彼女はおそらく中立を貫こうとするだろうから、何としてもそれを潰さねば」

「そうだね。万が一もある、早めに他の首長たちにも根回しをしておかないと」

少しのことで感情的になってヒステリックに叫んだりと、人格的には多少問題のあるユウナだが、
政治家としての奸知は侮れないものがある。
ウナトもそれを知っているため、首長への根回しに関しては彼に任せることにした。
なぜならウナト本人は、大西洋連邦、さらにはその裏にいるブルーコスモスとの直接交渉という、
重大な任務があるからである。

そんな彼の脳裏には、すでにこれからのオーブの青写真が出来つつあった。
まずは、自身の息子ユウナと、現代表であるカガリの結婚。
これはセイラン家が確実にオーブの実権を握るためになくてはならない過程である。
セイラン家はアスハ家と違い、軍部や市民から圧倒的な支持を得ているというわけではない。
現実的な政治運営と、贈賄も含めた政治的策謀によって、
他の首長たち、特にウズミ自爆後に多く残った反アスハ派の糾合に成功しており、行政府内での支持は厚いが、
それだけではカガリが国民や軍部に直接訴えた場合、止めるのは難しい。
カガリ自身にそこまでの能力はないと分かってはいても、
それでも万全を期すためには、この結婚はなくてはならないことだった。

まあそんなことはいいとしても、やたらとうるさく中立を唱えるアスハは、いずれ消えてもらわねばならない存在である。
その最も現実的かつ穏便な手段として、ユウナと結婚させることによりその活動をセイラン家の監視下に置く、
というのがウナトの狙いだった。

そこまでしてカガリを押えることにこだわるのは、一つにはウナトの政治理念がある。
それは、『オーブはその立場を明確にすべきである』ということだ。
地球連合とプラント。両者の争いに中立でいたオーブは、確かにそれによって上がった利益もあった。
中立国という立場を利用しての、両者との貿易である。
これにより莫大な利益をオーブは上げたが、一方で国際社会からは卑怯者の烙印も押されていた。
それが爆発したのが、大西洋連邦によるオーブへの武力侵攻である。
この時点で投降すればいいものを、当時実権を握っていたウズミ・ナラ・アスハは、
最後まで、そう、国が滅びるまでその意志を曲げなかった。
これによりオーブは甚大な被害を被り、国際社会における影響力を失墜したことは、
ウナトにとっては我慢のならないことだった。

国民は、最後まで中立の理念を貫き、そして国と運命を共にしたウズミを英雄と讃えている。
ウナト自身、自身の政治理念を最期まで貫いたその姿勢には、同じ政治家として尊敬する部分もあった。
だが、オーブはもう二度と、国を焼くわけにはいかない。
ならばどうするか。中立は国土を戦渦に巻き込まないために有効であるか。
答えは、否である。
それを証明するのが、先の大戦におけるヘリオポリス陥落であり、なによりも大西洋連邦によるオーブ侵攻だった。

では地球連合とプラント、どちらかと同盟を組めばよいか。それが次に上る選択肢である。
まずはプラントと同盟を結んだ場合を考えてみよう。
コーディネイターの能力は、ウナト自身よく知っている。
かつてプラント非理事国であった国家は、
その能力を生かせないばかりに、他のプラント理事国との経済格差は広がる一方だった。
だが戦争が始まりプラントへの支持を表明した大洋州連合は、
カーペンタリア基地を提供する代わりに、プラントから莫大な恩恵を受けていた。
急速に進むインフラ整備、Nジャマーの影響下での合理的な経済活動、そしてMS技術などの発展。
それらによる効果は目覚しく、戦時という特殊状況下にあって大洋州連合は凄まじい勢いでその勢力を伸ばしていた。

だが、それによる結果はどうだ?

前大戦末期、MSの開発に成功した地球連合の巻き返しで、
大洋州連合はその国土を徹底的に蹂躙された。
その際コーディネイターに協力した裏切り者として、
投降したザフト兵と共に現地住民には恐ろしいほどの虐殺が加えられたという。
裏ルートから入手した、おびただしい死体をブルドーザーで処理している写真を目にしたとき、
ウナトは肝を潰す思いがした。

オーブ陥落当時は、自身やサハクが地球連合と繋がっていたこともあり、それほどの迫害はなかったが、
一歩間違えばこれはオーブで繰り広げられた光景だったかもしれない。
なによりウナトにとって悪夢だったのは、当時の大洋州連合を率いていた親プラントの政治家が、
ほぼ例外なく皆殺しになっていたということである。
そんな連中を敵に回すのは、はっきり言って愚策でしかない。
頼りのプラントでさえ、前大戦時は宇宙のプラント防衛のために、
カーペンタリア、ジブラルタル両基地を放棄して宇宙に脱出している。
ヘリオポリス、アメノミハシラなどの宇宙拠点を失っているオーブにとって、
プラントとの同盟による利は薄い。
そしてそれは、プラントの顔色を窺う必要性も薄いということを示している。
よってオーブが取るべき現実的な選択肢は、地球連合との同盟以外に存在しない、というのがウナトの結論だった。
だが、彼は思いもよらないところで、その路線変更を余儀なくされることとなる。





「オーブの立場は変わらない。今次大戦において、オーブはその理念に則り、中立を貫く」

大西洋連邦からの地球連合加盟要請を受けた直後に開かれた首長会議で、カガリが放った第一声が、これであった。

「カガリ様、ご再考を! 先の大戦においてその中立政策がオーブを滅ぼしたこと、お忘れか!」

「その通りです、カガリ様。理念は結構。ですがそれによって焼かれるのは誰か、貴方にもお分かりでしょう?」

その言葉に対して、首長たちからいっせいに反発の声が上がる。

「大西洋連邦が憎いのは、我々とて同じです。しかし国を守るために、これは必要不可欠な選択肢であります」

それらの言葉に重々しく頷くウナトに力を得たのか、首長たちはいっせいに大西洋連邦との同盟締結を叫ぶ。
だが、その光景を苦々しく見ている者たちも、ごく少数ながら存在した。

(ホムラ様……)

(ああ、分かっている。奴らの言うことも分かる。しかし、これでは隷属ではないか!
奴らは目先の安全しか考えてはおらぬ!)

小声で会話を交わすのは、前オーブ代表、ホムラ・アスハと、その秘書官、朝比奈俊彦(アサヒナトシヒコ)である。
ウズミからオーブを託されたとはいえ、彼の力量ではセイラン家の独走を止めることはできなかった。
その苦々しい記憶が、ホムラの脳裏に蘇る。
口々に勝手なことをわめく首長たちを殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られ、
彼は机の下に隠れて見えない握りこぶしを、きつく握り締めていた。

「貴様ら、少し黙れ」

だが、その喧騒も、この一言で水を打ったように静まり返ることとなる。
決して怒鳴ったわけでもないのに、なぜか恐ろしいほどの威厳を含んだその声に、会議場は一気に沈黙した。
勝手気ままにわめき散らしていた首長たちが一斉に振り向く。
その先には、代表の椅子に腕を組んで座っている、カガリ・ユラ・アスハの姿があった。

「貴様らは大西洋連邦との同盟にこだわるが、それは我が身可愛さではないのか?
 奴らについていれば確かに貴様らの地位は安泰だ。
 だが、奴ら大西洋連邦が先の大戦において何をしたか、忘れたとは言わせんぞ?
 アラスカ基地を、奴らはユーラシア連邦軍を囮にして、基地もろとも爆破させた。そういう奴らだ、大西洋連邦は。
 そして我がオーブの地理的条件を見てみろ。ザフト最大の基地カーペンタリアは、我らの目と鼻の先ではないか。
 カーペンタリアから発進した部隊がまず最初に狙うのは、間違いなく我らオーブだ。同盟に加盟していた場合な。
 そうなったとき、奴らが我らを助けると思うか? 否だ。 巨大な軍事力を持った我らは奴らにとっても脅威だ。
 仮に侵攻された場合、爆撃機によるザフトもろともの焦土作戦が関の山だろう。あるいは、核か」

違うか? とばかりに首長たちを見渡すカガリの冷徹な視線に、首長たちは皆顔を逸らす。

(この程度の視線に怯むか、俗物が)

カガリは、情けない首長たちのザマに、大きな失望を覚えていた。

「ですが言わせて頂きます。それはあくまで可能性だ。それも低い。
 地球連合がザフトを打ち破れば、その脅威は全くありません」

だがただ一人、そのカガリの視線をものともせずに意見を述べる男がいた。

(ほう……)

内心感心しているカガリの視線の先には、オレンジの眼鏡をかけた男がいる。ウナト・エマ・セイランだ。

「だが、貴様は大西洋連邦への隷属をよしとするのか? 
 国としての誇りを捨てるならば、貴様はオーブの政治家としては最低だが」

「国としての誇りなど関係ありません。大事なのは、今! 安全を確保できるかどうかです!」

「目先のことばかり追いかけるな。強欲な大西洋連邦が、同盟を結んだ我らに何を要求するか、貴様とて分かるだろう?」

「モルゲンレーテのことを仰っているのですか? ですが、それも止むを得ないことと考えます。国民の安全の前には!」

「確かに国民のことが第一だ。だがその先を見据えろ。
 貴様は今の安全を求めて、将来のオーブを潰す!植民地に成り下がりたいのか!」

ウナトとカガリの論争に、周囲の者たちは付いてすらいけずに、ただ呆然とそれを見守っていた。
そして彼らがそれ以上に驚いていたことは、普段ならあっさりとウナトに意見を封じ込められるカガリが、
今回はウナトと対等、いや、下手をすればそれ以上に議論を戦わせているということだ。

カガリの言葉には、重みがある。
普段は机を叩いて立ち上がったり、とても冷静な政治家とは言えず失笑を買っていた彼女だが、
今は冷静に意見を述べている。

いや、それだけではない。
意見を述べつつも、その氷のような視線は、常にウナトを捕えて威圧している。
一瞬その視線を向けられたユウナが、情けなく顔を逸らしたほど、そこに含まれるプレッシャーは圧倒的だった。
それを真正面から受けて立っていられるウナトは、本当に大した政治家だろう。

それからも、議論は白熱した。
カガリは、主として同盟によるオーブの地位の低下を理由に、中立を訴え。
ウナトは、国民の安全を盾に取り、大西洋連邦との同盟を訴えていた。
しばらくしてフリーズから立ち直った首長らが次々に論争に参加し、
中にはカガリの主張に一定の理解を示し、彼女の側につく者まで現れた。
そして議論は、徐々に建て前を切り崩し、核心へと迫っていく。

「オーブは確かにコーディネイターとナチュラルの共存を認めております。
 しかし、たとえそうであっても、あくまで国民の大部分はナチュラルなのです!」

「だからどうしたというのです?我らオーブの理念を信じて残ってくれたコーディネイターたちを、
 あなた方は見捨てると仰るのですか!彼らも同じ、オーブ国民なのですぞ!」

「綺麗事ばかりを申すな!そうして全ての国民を守ろうとした結果が、2年前の戦火だ!
 今再びその危機に晒されようというときに、なぜまた同じ過ちを繰り返す!?」

「そう言って最初から全てを諦め、マイノリティーを切り捨てることが、政治家のすることか!?
 全てが過去と同じように事が運ぶわけでは、断じてない!
 諦めず最後まで最善の結果を求め努力することが、我々のなすべきことではないのか!?」

カガリを中心とするアスハ派についた者たちは、確かに少数だった。
だが、ホムラとカガリという強力な論客に支えられ、その勢いはウナト率いるセイラン派に全く引けをとらない。
ユウナも面子のために必死になって意見を述べるが、残念ながら全てカガリやホムラによって一刀両断にされていた。

カガリの演説の要旨はこうだ。
現在のオーブの地位があるのは、ナチュラルとコーディネイターの共存を掲げる、独自の政治理念によるものである。
コーディネイターの力が、オーブ基幹産業である重工業の発展に寄与していることは言うまでもなく、
またその他さまざまな部分で彼らの果たす役割は大きい。
コーディネイター排斥を掲げる大西洋連邦と同盟を結んだ場合、
オーブはその貴重な人的資源を一気に失うことになり、結果他国に対するアドバンテージすら失う。
そうなればオーブは、観光産業にその多くを依存する、
極めて足元の不安定な脆弱な国家に成り下がることが目に見えており、
それは国に対する重大な背信行為である。

そしてそういった国家的な視点とは別にして、マイノリティーとはいえ国民を裏切ることは、
政治家として最もやってはならないことだ。

無論、カガリ本人はこんなことを考えてなどいない。
いや、考えているのかもしれないが、それを言葉にして首長たちを説得する武器とはし得なかっただろう。
それを成し得たのは、他ならぬハマーンの力量だった。
そして、その政治的手法を内側から見ているカガリ本人も、政治家として少しずつ力を付け始めていた。

「このままでは埒が明きませんな。今日はもう遅い。この続きは、また明日としましょう」

遂に夜の帳が下りるまで議論は続き、さすがに会場内の空気が澱んできた頃、ウナトの一声で場は解散となる。
続々と場を辞去する首長たちを横目に、カガリはホムラを呼びつけ、その耳元で一言二言呟いた。
2、3の単語を聞いて、ホムラの顔色が変わる。
そして彼も、カガリに対し複雑な視線を向けながら、秘書官のアサヒナに指示を出し、自身はその場を辞去した。
広い議場には、セイラン親子とカガリのみが残る。

「送ろうか、カガリ?」

「いや、ホムラ叔父の秘書官アサヒナが、いつものように車を出している。貴様には悪いが、今日はそれで帰るとしよう」

ユウナの露骨な誘いを付き合いきれないとばかりにあっさり断り、カガリは出口で待っているアサヒナに視線をやった。

「ホムラ様がお待ちです、お急ぎを」

「分かっている。ではさらばだ、ウナト、ユウナ。
 出来ればユウナよ、次の機会までに眼科へ行き、その狭い視野を何とかしてもらってくるがいい」

そう言い残して、カガリもまた会議場を出る。
その背中を見送るウナトの眉間には、深いしわが寄っていた。
隣で息子が何事かわめいているが、それどころではない。
自身の立てた計画が音を立てて崩壊を始めているのを、彼は今はっきりと認識していた。





●あとがき


こんにちは。先週発売のマガジンの某連載に出てきたディア×イザネタに、不覚にも爆笑してしまったこうくんです。

感想でたくさんの方がアンケートに答えてくださり、非常に嬉しく思っています。自分なりに見てみましたが、かなり人気があったようなので、まずは『ドーベン・ウルフ』を出したいと思います。実際に戦場に出るのはかなり先になるかと思いますが、どこかでさわり程度は出したいと考えています。

最後になりましたが、アンケートにお答えくださった方々、そして読んでくださった方々、本当にありがとうございました。お答えいただいた内容は、できる限りこのSSでも反映していきたいと思っています。これからも、応援よろしくお願いします。

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[2717] 【PHASE8】
Name: こうくん
Date: 2005/08/26 01:31
【PHASE8】   落とし穴





ウナト・エマ・セイランは焦っていた。
カガリと白熱した議論を戦わせてから数日が経過していた。
その間に安泰だと思っていたセイラン派の首長たちは次々に寝返り、
また幾人かはホムラやカガリ、そしてアスハ派に寝返った首長たちの説得に揺れ動いていた。
数の優位では、いまだにセイラン派が圧倒的優位を占めていることには変わりがない。
だが、ユウナに命じて多数派工作を仕掛けたにも関わらず、それが破られて、逆に切り崩されている。
それはセイラン派が揺らいでいることの証拠であり、ユウナがいまだ一人前とは程遠いということの証明でもあった。

迂闊だった。ウナトは自身の判断の甘さを呪う。
大西洋連邦が示した最終回答期限まで、もはや猶予は、ない。
傀儡に過ぎないカガリ一人を抑えることは、訳もないと考えていたのは間違いだった。
人形に過ぎないと思っていたカガリは、叔父であるホムラを巻き込み、水面下での多数派工作を仕掛けてきている。
数においてひっくり返されることはないが、代表の地位が彼女にある以上、
強権の発動によって数の優位を覆すことも有り得ない訳ではない。
国民の支持、軍部の支持を背景に、数日で驚くほどに行政府内での支持を伸ばしたカガリ。
これ以上放置しておけば、行政府の意見が中立に流れることも有り得る。
そしてそれは、ウナトにとっては最悪のシナリオだった。

ウナトは、裏で大西洋連邦と繋がっている。
裏取引で、カガリを引き摺り下ろし、同盟の締結に成功した場合、
彼の首長の地位は約束するという回答を取り付けていた。
だが、このままでは、それが現実になるかどうかすら危うい。
仮に失敗した場合、政治家としての自身の生命が絶たれるだけでなく、オーブは大西洋連邦との繋がりを失ってしまう。
それは、あってはならないことだった。
そのためウナトは、対抗手段としてユウナとの結婚を早めるという選択肢をとった。
だが、アスハ派のさまざまな妨害工作に遭い、さらにカガリ本人が全く乗り気でないこともあり、このもくろみは頓挫する。

最終期限まで、残り一日。
遂に胃薬を服用し始めたウナトに、この苦境を覆す朗報が舞い込んできたのは、天恵だったのか。それとも破滅の罠か。
いずれにせよ、ユウナが持ってきた書類と、数枚の写真を見たウナトは、
ここ数日見せることのなかった笑みを、その顔に浮かべる。
オーブの"今"を守るため、そしてオーブと大西洋連邦との同盟締結のために、
彼は今、一つの大博打を打つことを決めた。






アスラン・ザラは、迷っていた。
プラントに到着して、ギルバート・デュランダルと面会したまではよかった。
だが、そこで見たのは、もう二度とごめんだと思っていた戦争が、再び始まるという悪夢のような光景だった。

「ザフトに戻ってくれないか」

デュランダルは、悩むアスランにそう語りかける。

「少し、時間をください」

そう言って彼の下を辞去したはよかったが、アスランは再び戦場に出ることにためらいを覚えていた。
そうして悩んでいるうちにも、戦火は次々と広がっていく。
地球側との交信が途絶えがちになり、オーブの状況もロクに分からない暗闇の中焦るアスランの背中を押したのは、
自身のかつての同僚たちだった。

「アスラン」

その日彼はプラントに着いてから2度目となる、イザークとディアッカの訪問を受けた。
最初の訪問のとき、彼らは私服に身を包んで現れた。
そして共に先の大戦で死んだクルーゼ隊の仲間、ニコルとミゲルの墓参りをした。
墓前で敬礼し、彼らの想いを、プラントを守るという想いを決して無駄にしないことを誓った。
だが、MSに乗り人を殺すことが、本当に平和につながるのか? 
その思いが、アスランを2年間縛り付けてきたといってもいい。
しかし今回訪れた彼らは、それぞれ白と緑の軍服に身を包み、その表情も以前と比べていくらか険しいものになっていた。

「イザーク!? それにディアッカ! 今回はどうしたんだ?」

「どうしたもこうしたもない! 議長閣下から緊急の呼び出しだ! 貴様いったい何をやらかした!?」

隊を持っても相変わらず激昂しやすい性格のようで、顔を真っ赤にしてイザークが怒鳴り散らす。
ディアッカは相変わらずそれを宥める役割のようで、
彼がジュール隊の実質的な副官であるのは最高の人選だな、とアスランは密かに思った。

「議長が!? しかし俺も特に何かやらかしたなんてことは……」

アスランは考える。議長からは確かに、ザフトに戻って欲しいとの要請を受けた。
だが彼は答えを急かすようなそぶりは見せなかったし、
自分自身彼から何か他に呼び出されるような理由も思いつかない。
強いて挙げるとすれば、ラクスの影武者ミーア・キャンベルのことだが、
彼女に関してもなんら自身は喋ってもいないし、連絡も取ってはいない。

「とにかく緊急ってことだ。あんまりいいことじゃないみたいな口ぶりだったけど……」

ほんの少し言いにくそうに、ディアッカがぽりぽりと頬を掻く。これは2年ぶりに会って発見した彼の癖だ。

「分かった。とにかく行ってみるよ」

「そうしろ。我々が案内することになっている」

だから軍服か、と思いながら、アスランも彼らに付いて最高評議会議場まで足を運ぶことにした。
だが、そこでアスランは議長から衝撃の事実を語られることとなる。

「よく来たね、アレックス君。ザフト復隊の件、考えてくれたかね?」

「アスランで結構です、議長」

相変わらず議長という立場ながらフレンドリーに話しかけてくるデュランダルに、
ほんの少し安心感を抱きながらアスランはそんな返答を口にしていた。
うしろに控えているイザークが、ピクリと眉を上げたのが、感覚で分かる。
同時に腕を組んでこっちを見ているであろうディアッカの額に汗が浮かんだのが何となく分かり、
彼は少し吹き出しそうになるのをこらえて、再び議長に対して口を開いた。

「それで、今回お呼びになったのは、いったいどのようなご用件で……」

「そのことだが、あまり君にとってはいいニュースではない。それでもいいかね?」

「え?ええ……」

いつになく真剣な彼の声色に少し不審を抱きながら、アスランは続きを促す。
それを見たデュランダルは、なぜかアスランに対して同情のような視線を向け、
そののちにリモコンを操作してモニターを付けた。

『繰り返します。プラント時間午前零時半ころ、オーブ連合首長国において、政変が起こった模様です……』

アナウンサーの声が流れた瞬間、その場にいた、デュランダルを除く三人が凍りつく。
そしてアスランは、そのニュースを見た瞬間不覚にも思考が停止してしまった。
オーブで政変が起こった。それは、現代表首長であるカガリの身に何かが起こったということに他ならない。
アスランとカガリの関係を知っているディアッカが、わずかに息を呑む。

「これは、つい先程もたらされたニュースだ。オーブのメディアを見てみようか」

そう言って、議長は再びリモコンを操作する。続いて画面に映ったのは、アスランも馴染みのある、オーブ国営放送だった。

『詳しい情報はまだ入ってきておりませんが、
 アスハ代表は大西洋連邦との同盟締結に強硬に反対するあまり、
 国内のコーディネイター組織を通じプラントと結び、クーデターを計画したとのことです。
 現在、カガリ・ユラ・アスハ代表の叔父であり前代表のホムラ・アスハ氏の逮捕が確認されており、
 その他にも軍内部をはじめ多数の逮捕者がいる模様で……』

「そんな!」

アスランが思わず叫ぶ。画面では、アスランにとって第2の故郷ともいえるオーブの首都を、
何人もの兵士が駆けて行く異様な光景が映し出されていた。

「議長、これは……!」

後ろに控えていたイザークが、思わず声を上げる。
ニュースではプラントと結び、と確かに言っていた。イザークはそれに反応したのだろう。

「デマだ。私自身は彼女と全く連絡を取ってはいない。つい先程下の者にも確認を取ったが、そのような事実はないそうだ」

アスランとは対照的に落ち着き払って、議長は答える。が、その表情は幾分硬い。だがそれも無理はないだろう。
プラントと結んだ、というのが根も葉もない噂にしろ、オーブの国民感情に悪影響を与え、
また大西洋連邦の介入の絶好の口実にもなるのは間違いない。
議長は、それを危惧しているのだ。

『あ、新しい情報が来ました! クーデター発覚後不明となっていたアスハ代表の消息が掴めた模様です!』

画面には、次々に新しい情報が現れては、消えていく。しかし今回の情報は、簡単に消えるような情報ではなかった。

「カガリ!?」

アスランが素に戻って思わず叫び、モニターのすぐそばに近寄る。
二人のことを詳しく知らないイザークはぎょっとしてアスランを見るが、彼はそんなことを気にする余裕はなかった。

『アスハ代表は、首都近郊の軍事施設に立て篭もり、治安部隊と銃撃戦となっている模様!』

『あ、さらに新しい情報です!治安部隊が施設に突入しました!
 繰り返します、治安部隊、アスハ代表の立て篭もる施設に突入!』

そしてようやくカメラが現場に辿り着いたところで、
閃光弾の強烈な光と、催涙弾の煙の中、治安部隊が続々と施設に突入していく。
さすがにカメラは近くには寄れないが、それでも銃撃戦の様子が伝わるには充分だった。
機関銃の音と、爆弾が炸裂する音がひっきりなしに響く。
タチの悪い映画でも見ているかのように錯覚しそうになるが、紛れもなくこの光景は現実だった。

「あ、ああ……」

もはやアスランの口からは、まともな言葉すら紡がれなくなっている。

「おいおい、何の冗談だよこれは!」

カガリと面識のあるディアッカも憤るが、それで画面が変わるわけでもない。
そして茫然自失のアスランと、憤怒の表情を浮かべるディアッカ、
そして硬い表情で固唾を呑んで画面を見つめるイザークとデュランダルの目の前で、事態はさらに急展開を見せる。

『きゃっ……!』

アナウンサーが、一瞬我を忘れて悲鳴を上げる。
次の瞬間、画面越しでも目が眩むほどの強烈な閃光と爆音が周囲を覆った。

『あ……し、施設が爆発しました! 
 繰り返します、アスハ代表の立て篭もる施設が爆発!アスハ代表は自爆したのでしょうか!?』

そのあとはもはやリポーター本人がいっぱいいっぱいになっており、既にその言葉は日本語にすらなっていない。
やがて軍関係者と思われる人物がやってきてカメラに手をかざしたところで、画面は再び報道センターに戻った。

「私のところにも、つい先程専用回線から連絡が入ったのだ。君はおそらく知らないと思って呼んだんだが……」

デュランダルはそこで言葉を切り、振り返ってアスランを見やる。

「そんな……カガリ……」

だがかつての同僚であったイザークとディアッカですら見たことがないほどに落ち込んでいるアスランを見て、
デュランダルはそれ以上言葉を紡ぐことをためらった。
床に膝をつき、左手は苦しそうに胸を押さえ、眼は既にいくらか血走っている。

「お、おい、アスラン! 貴様本当に大丈夫なんだろうな!?」

「よせイザーク! 今はそっとしておいてやれよ! コイツが今にもぶっ壊れそうなの、お前だって見りゃ分かるだろう!?」

アスランを無理やり揺すろうとするイザークを、ディアッカが止める。
だが当の本人は、そんな問答などまるで意にも介していないかのように、相変わらず苦しそうにうめいていた。

「……精神的なショックが予想以上に大きかったようだな。君たち、彼を医務室に運んでくれないか?」

「は? ハッ、了解しました!」

慌てて敬礼してアスランに肩を貸そうとするディアッカだが、
直後ついたままになっていた画面から、一人の男の声が響いてきた。
それに反応してアスランが勢いよく立ち上がる。
そのせいでしりもちをついたディアッカは思わずアスランに文句を垂れそうになったが、
そのモニターを見つめる恐ろしいほど張り詰めた横顔を見て、沈黙した。

『国民の皆さんは、今回の事態にひどく驚き、また悲しんでいることと思います。
 ですがこれは、オーブの安定のため、なくてはならないことだったということを、まず初めに理解していただきたい』

急遽設けられたにしてはひどく整っている記者会見場で壇に立っているのは、
カガリの後見役となっていたウナト・エマ・セイランだ。その横には複雑そうな表情をしたユウナの姿もある。

『今回の騒動は、アスハ代表が大西洋連邦との同盟を何としても阻止するため、
 国内のコーディネイター組織と結んで、プラントに国を売ろうとしたことが発端であります。
 代表は軍内部の有力者数人に声を掛け、彼らを巻き込んで行政府を完全に制圧する計画を立てておりました。
 このことは、その際に声を掛けられた数人の将校らによる内部告発で明らかになったものであります。
 よって代表の暴挙を止めるため、我らはやむなく軍を動員し、代表を摘発するべく行動を開始したのであります』

「ふざけるなっ!カガリがそんなっ……人の血を流すような真似をするもんか!」

そこで、アスランが拳を握り締め、声を張り上げる。
それはデュランダルをはじめイザークやディアッカも驚くほどの大声だったが、
画面の向こうにいるウナトには聞こえるはずもない。
相変わらず、画面の向こうではウナトの演説が続いていた。
そのうち、記者から質問が飛ぶ出す。
最初は演説の途中だと黙殺していたそれらを、やがて無視できなくなったのか、いくつかを吟味して彼は答え始めた。

『アスハ代表がクーデターを計画したという情報は、本当なのですか!?』

『その情報の信頼度は!?』

『先程の映像で、アスハ代表が立て篭もったという施設が爆発しましたが、代表の生死は!?』

記者団からは、機関銃のように質問が飛ぶ。
ウナトはそれに顔をしかめながらも、一つ一つの質問に当たり障りのない答えを返していった。

『ですからアスハ代表の生死は!?』

『それは分かりません。ただあまりに激しい爆発であったため、現場検証はひどく難航しそうだと聞いております』

「……議長……」

すでに核心を突き終わった記者会見場は、
今は記者団とウナトが生産性のない質問と回答を繰り返しているだけだった。
それをBGMにしながら、アスランは下に向けていた顔を上げ、議長を直視する。

「何かね?」

「私を、ザフトに復隊させてください。私は、もうこれ以上、誰の犠牲も出したくはありません。
 俺が撃つことで一刻も早く戦争が終わるのなら、俺はもう躊躇いません。お願いします」

そしてすぐ、彼は議長に対して頭を下げる。

「私は嬉しいが……だが君も分かっているとは思うが、復讐は何も生みはしないぞ」

「分かっています。私は今、初めて父上の気持ちが分かりました……分かりましたが、俺は、父のように間違えはしません」

そう言いながらも、彼の内側では激しい感情が渦を巻いているのは簡単に理解できた。
一人称が私と俺との間で入れ代わり立ち代りしているのがいい証拠だろう。
そして再び顔を上げたアスランの瞳には、燃え盛る炎のような強い決意が宿っていた。
その瞳に宿る想いを見た議長は、即座にFAITHのエンブレムを渡す。
イザークも、突然戻ってきたかつての同僚が、いきなり自分よりも高い地位に就いたことに不満はあるようだったが、
それでもアスランの復帰そのものを純粋に喜んではいるようだった。

しかしただ一人ディアッカだけは、
エンブレムを手渡し、それを受け取るというやりとりをしている議長とアスランを複雑な瞳で見守っていた。
イザークは気が付かなかったようだが、アスランの瞳には、強い決意の裏に、ほんのわずかな狂気がまじっていた。
それが、自分が心の底から想いを寄せる人間を失った悲しみから来ているものであろうことは、ディアッカには理解できる。
振られたとはいえ、もしも『彼女』を失ったら、彼とて自分で自分がどんな行動に出るか分からない。
だが、だからこそもしも、議長が『それを見越してアスランにこのニュースをあえて見せた』とすればどうか。
今ここで見せ付けなくとも、これほどの事件、いずれは彼の耳に当然入るニュースだ。
それをあえて今見せた議長の真意は……?

「君の新しい剣となる機体を用意している。さあ、こっちへ」

襟に煌めくFAITHのエンブレムを付けたアスランを案内して、議長は何処かへと消えていく。
振り返ってイザークとディアッカに礼を述べる議長に、
こちらも失礼に当たらないような返答を返し、ディアッカはその後姿をいつまでも見守っていた。

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[2718] 【PHASE9】
Name: こうくん
Date: 2005/08/26 01:34
【PHASE9】   番外的ザフト軍本土防衛隊ジュール隊の日常



耐圧ガラスの向こう側に、星の海と、プラントの光が見える。
ザフト軍本土防衛隊のオフィスの一角、隊長クラスの人間が使用する執務室は、
洗練された室内デザインもあって、大企業の社長室に勝るとも劣らない素晴らしい空間だった。
先の大戦でこそザフトは連合の侵攻を受け本土陥落の危機に見舞われたが、
プラント本国に侵攻されるなど本来滅多なことでは有り得ない。
よってそこに勤務する隊は、国民に対する示しもあり実績のある部隊が配備されるのだが、
彼らの仕事はデスクワークが主になるのが当然の流れだった。
叩き上げの軍人などはそれに対して不満もこぼすが、軍というにはあまりにも整った設備のお陰で、
比較的そこは落ち着いた雰囲気を持っていたといってもいい。
そんな中でも、先の大戦でデュエルに搭乗して大戦果を挙げたイザーク・ジュール率いるジュール隊は、
そこの重鎮として今やなくてはならない部隊となっていた。

そのオフィスの中でも最上級ともいえる執務室で、白銀の艶のある髪を持った青年が、
頬杖をつきながらデスクに向かっている。
一見すれば線の細い美青年のため、たいていの人間は騙されるのだが、
彼に会ったときはその眉根に寄っているしわの数をしっかりと確認しなければならない。
彼自身隊を持つようになってからは、以前のように激昂することは少なくなったが、それでも一部の人間は知っている。
曰く、『しわの数で彼の機嫌を量ることができて、初めて一人前のジュール隊である』と。

まあこの定義に当てはめると、現在のジュール隊で一人前と呼べるのは、
隊長であるイザークの元同僚であり、実質的な副隊長でもあるディアッカ・エルスマンと、
鳳仙花のパーソナルマークを持つエースパイロットで、
赤服の着用を許されたシホ・ハーネンフースの二人だけなのだが。
その定義でいくと、今いくつかの資料と向き合っているイザークは、間違いなく不機嫌の部類に入るだろう。
レベル的には、『一度雷を落とされた者なら何とか分かる』くらいだ。
いつも彼の爆弾の後始末や解体作業に従事しているディアッカと、
何年も彼を見つめ続けてきたシホなら、簡単に見分けがつくのだが。
そしてそんな彼のデスクに、あくまで邪魔にならないよう控えめにティーカップが置かれる。

「ハーブ・ティーですよ。お疲れのようですし、少し休憩なさっては?」

「シホか、すまんな。確かに根を詰めすぎたか、少し休もう」

微笑するシホを見て、イザークも安心したのだろうか、目元に手をやってから大きく伸びをして、カップに手をつけた。
基本的に無能な者を嫌うイザークにとって、
このシホという少女は自分の要求するレベルに見合った、素晴らしい人間だった。
今も、こうして自分が疲れているときなどはそれを見逃さず、さり気ない気配りを示してくれる。
それは戦闘においてもそうで、隊長に何から何まで指示されるのではなく、
一を聞いて十を理解して行動できる、稀有な人間だ。
だからこそ彼はこの少女に自分の右腕ともいえる部分を任せているのである。

「では、私はこれで……」

「待て、シホ。せっかく茶を淹れてくれたのだ、お前も少し休んでいったらどうだ?」

丁寧に頭を下げて辞去しようとするシホを、イザークは呼び止める。
意外そうに顔を向けるシホに、彼はそれとは分からないくらいの微笑を向けた。

「で、ですが私はまだ仕事が……!」

「こうして茶を淹れてくれたということは、多少は時間があるということだろう。
 まあ、どうしても駄目だというなら止めないが……」

「い、いえ!是非!」

普段の落ち着いた雰囲気から一転、
わずかに顔を紅くして慌てるシホを見てイザークはなんともいえない穏やかな気分になりながら、彼女に席を促す。
妙に緊張しながら、それこそ両手を膝の上に置いて座るシホを見て彼は呆れたように笑う。

「おいおい、俺に休めといった人間がロクに休まずにおいてどうする。そんなに緊張するようなことでもあるまい」

「は、はひぇ!」

噛んだ。
耐え切れずに声を上げて笑うイザークと、わずかに紅潮させていた顔を今度こそ真っ赤にして、そっぽを向いてしまうシホ。
なんともいえない穏やかな時間が流れる。
軍に身を置く人間として慣れてはいけない感覚なのだろうが、それでもこんな時間もいいかと、彼らは思う。
やがて落ち着きを取り戻したシホにイザークが話を振り、二人はにこやかに談笑し始めた。
普段イザークにかなり近い位置にいるとはいえ、なかなかこうしてゆっくりと話すことはないものだ。
彼にほのかな想いを寄せるシホにとって、この時間は何物にも変え難い、最高の時間だった。
だが、そう簡単に事は運ばないのが世の中である。

「おーい、イザーク!」

いつものように隊長を呼び捨てに、執務室に入るというのに断りの一つも入れない色黒男の登場によって、
彼女の乙女モードはガラガラと音を立てて崩れ去った。
右手を上げてにこやかに入ってくる彼の名は、ディアッカ・エルスマン。
シホがイザークの右腕を任される存在なら、彼はその背中を任されるような人間である。

「ディ……」

「ディアッカさん。どうなさったんですか、そんなに大声で? 
 あといつも言っていますが、隊長の友人だからとはいえ公の場で呼び捨てにすることは控えてください。
 それと、入るときはせ・め・て、一言くらい欲しいものですね」

「……あ〜」

イザークが何か言うよりも早く、シホが立ち上がってディアッカに抗議する。
その視線は普段と変わりないものだったが、ディアッカにはその中に不満の色がありありと滲んでいるのが分かった。
イザークがびっくりしたようにシホに視線を向けている。
それを横目で見てから、やっちまったと後ろ手に頭を掻きながら、ディアッカは謝罪の色を視線に込めてシホに送った。

(すまん!この借りは絶対どこかで返すから!)

(……別に結構です。それより、いい加減隊長のことを敬語で呼べないんですか?)

(い、いやー長い付き合いだしさ、今更無理?)

(無理でも何でもそうして下さい。下の者にも示しがつきませんから)

(…………俺は、どうしてこう強烈な女ってのに弱いんだ?)

(何か?)

(! いや、何でもない……)

ハア、とため息をつくディアッカ。 視線でのやり取りは彼の完全な敗北といったところか。
シホにしてみればこっちがため息をつきたいよと言いたい所なのだろうが、
尊敬する隊長の前で出来れば本性を晒したくない。

「で、どうしたんだ?」

場の空気を敏感に察知した……訳では絶対にないだろうが、イザークが声を掛ける。
それに対してディアッカはチャンスとばかりに飛びつき、話を始めた。

「いや〜、せっかくの休憩時間だしさ、ビデオでも観ようと思って持ってきたんだけど……」

「なにー!まさか、またロクでもないヤツじゃないだろうなー!」

「バカお前、シホちゃんがいるのに俺がそんなもの見せようとするかよ!」

だったら私がいなければ観るんですか隊長?という視線を隊長に投げかけるシホ。もちろんイザークは気がつかない。

「ッ……持ってきても見もせずに付き返されるのが分かってるようなモン、わざわざ持ってくるかよ!ドラマだ、ド・ラ・マ!」

目ざとくそれに気がついて慌ててフォローを入れるディアッカ。苦労人である。
それにしても、ディアッカがドラマとは、いったいどういった風の吹き回しであろうか。
そんな視線で彼を見るイザークとシホなど気にせず、彼は嬉々として数枚のディスクを取り出す。
油性ペンで手書きでタイトルが書かれているのを見ると、大きな声では言えないような手段で入手したのだろう。

「これ、今オーブでかなり有名になってんだぜ!」

「ほう……『Princess of the MOON』か。話には聞いたことがあるが……」

「ああ、これ、ホンキで面白いんだぜ! アクション中心かと思いきや、すげえ深くストーリー練りこんであるし。
 それに、主人公の妹役で出てる、この『キリカ・アンダーソン』っていう女優。俺の知り合いなんだ」

「えっ!ディアッカ、それ本当!?」

とそこで、今まで男同士のやり取りを黙って見ていたシホが話に入ってくる。
年上とはいえ、彼女は私的な場では彼を呼び捨てにしている。
さっきまでの冷徹な声から一転して歳相応の声になった彼女にディアッカは少し驚いたが、すぐに表情を繕って答えた。

「あ、ああ。俺が日本舞踊をやってるのは、お前ら……じゃなくて、隊長とシホちゃんは知ってたよな?
 そのときの集まりで2、3回顔を合わせたんだ。
 十八番は道明寺だったかな……すごく綺麗に舞う娘だったから気になってさ、声を掛けたってわけ」

「……ナンパじゃないでしょうね」

「ち、違うって!彼女に関しては純粋に憧れたから声を掛けたの!でなきゃ今でも交流が続いてなんかないって!
 それよりシホちゃんはどうして彼女を知ってるんだ? 
 オーブじゃ確かに有名らしいけど、プラントではそうでもないはずだぜ?」

ジト目のシホに、彼女に関しては、と、半ば自分の首を絞めるような返答をするディアッカ。
だが今更なのでイザークもシホも気にしない。
それより急に話を振られたシホは、イザークのそういえばそうだなといった視線を受けて少し慌てたものの、
こちらも冷静に返答をした。

「もう何年も前だけど……彼女がプラントに留学してたとき、たまたま同じ学校にいたの。
 そのとき席も近かったし、お互い日系移民だったから仲良くなって……
 お互い仕事が忙しくなる前は、結構メールもしてたのよ」

「ほう……世間は狭いものだな」

感心したように腕を組んでイザークがうなる。
そして休憩が終わるまでの少しの時間でも観るかという話になり、ディアッカがいそいそとディスクの再生を始めた。

「ほう、ナチュラルが作ったにしてはなかなか良く出来てるじゃないか。
 それにしても、このキリカとかいう女優、どこかで見たことがあるような……」

「あ?イザークお前知らないのか……
 これはキャストもスタッフも、ナチュラルコーディネイター関係なく優秀な人材を集めたってことでも有名なんだぜ。
 まっ、だからこそ、コーディネイターのキリカちゃんがこうして出演できるんだけどな」

淡々としながらも、どこか惹き込まれるオープニング映像に、イザークも感心したように首を振る。
彼の反応に満足しながら、ディアッカは上機嫌に作品の説明をしていた。
ひょっとしなくても、よほどこの作品が気に入ったのかもしれない。

「それにしてもキリカ、どんどん綺麗になるわね……正直羨ましいな。これじゃ、私が勝てる要素なんか全くないじゃない」

オープニング映像で、役柄用に染めた漆黒の髪を揺らして颯爽と歩くキリカを、シホは心底羨ましそうに見つめる。
かといってそこに嫉妬などの負の感情が全く見えないのは、
彼女がキリカのことを本当に仲のいい友人だと思っているからだろう。
イザークにしてみれば、そんな風に儚げな表情でため息をつく彼女のほうがよほど魅力的なのだが、
ことこういったことに関しては鈍感呑気朴念仁を地で行く男であるため、それを言葉にすることは全くない。
ディアッカが突っついてみてもそれは変わらなかったため、彼は本人たちのペースに合わせることにしたのである。
間に挟まれる彼としては、見ていてイライラすることも、正直多い。が、今回のイザークは頑張った。

「そんなことはないぞ。女性の魅力としての容姿を否定する気はないが、それでもやはり一番は中身だろう。
 その点、シホ。お前は容姿も良いし、なにより我がジュール隊にとってなくてはならないエースパイロットだ。
 この俺が保証する。お前は決してそのキリカとかいう女性に全く勝てないというわけじゃない」

イザークは少しでもシホを元気付けようと、あえて一般論として言ってみたのだろうが、
途中からかなりシホ個人を褒める内容になってしまったことに言い終わってようやく気がついた。
ディアッカが言葉にこそしないが、心の中でいつもの彼を表す口癖、(グゥレイト!)を発動させている。
ようやく気がついて顔を紅潮させるイザークと、一瞬呆然としながらも、
すぐにその言葉を理解して普段の淑女というイメージを吹き飛ばすかのように立ち上がるシホ。
そんな彼らを見ながら、ディアッカはさり気なくビデオを一時停止にした。とことん気が利く男である。

「で、でも!キリカって本当に凄いんですよ!それこそ私なんか本当に勝てないくらいに!!!」

戦闘では冷静沈着でも、こういうときは大慌てのシホ・ハーネンフースとイザーク・ジュール。
ディアッカ視点では実にお似合いである。
現にシホは前後不覚になり、言っていることはなぜかわざわざ話を蒸し返すようなことだ。

「だって、彼女と戦闘シミュレーターで対戦したとき、私一回も勝てなかったんですよ!?」

だが、その一言が場を沈黙させる。

「シミュレーターで対戦?どういうことだ?」

即座に顔色の変わったイザークとディアッカを見て、シホはしまったと口元に手をやった。
そして言い辛そうに上目遣いでイザークを見やる。
その瞳に追求の色が薄いことは分かったが、この二人ならばそれほど話しても問題はないかと、シホは口を開いた。
なんだかんだで、イザークもディアッカも真面目で、義理堅い男であるということを彼女は知っていたからだ。
それでもやはり言い辛そうに、弱冠彼女は目を伏せる。

「あっ……あの、ですね。実は前の大戦でオーブが陥落したとき、
 彼女はコーディネイターでしたから、迫害を恐れてちょっとの間プラントにいたんです。
 そのときは私の部屋に秘密に泊めてたんですけど……」

そこまで言ってから、彼女は伏せていた視線をイザークに向けた。

「隊長、2年前のヤキンドゥーエの戦いのときに、
 私の紹介で一人の民間人志願兵をジュール隊に入れたことがありましたよね?」

「ん? ああ、そういえば……」

「彼女がキリカ・アンダーソンです。もっとも、眼鏡をかけて髪は黒く染めて結い上げていましたから、
 今の彼女とはかなりイメージは違いますけど……」

そこまで話したところで、イザークが突如デスクを叩いて立ち上がった。

「ちょ……待て、シホ。お前が言っているのは、あの、確か『エレン』とか名乗っていた女だよな!?」

「え、ええ……」

もうだいぶ慣れたとはいえ、突然大声を張り上げるイザークに流石のシホもびっくりしたように眼をしぱしぱさせる。
ディアッカも、何故そこでイザークが驚くのか分からず、思わず彼にそれを尋ねていた。

「イザーク、何でそこでそんなに驚くんだ?」

「驚かないはずがあるか! まさか彼女が……いや、少し落ち着こう。
 彼女は『エレノア・アサミヤ』と名乗っていた。愛称はエレンだと、シホからそう言われていたのだが……」

そこまで話して、イザークはキッとディアッカに視線を移す。

「貴様は当然知らんだろうが、奴はとんでもないパイロットだった!
 ゲイツのシールドを外してビームライフルの2丁拳銃で出撃し、十機の敵機を撃破。
 さらに被弾無しで帰投した、とんでもない奴だ!
 正直何故これほどの者が緑服すら着ていないのかと不思議でしょうがなかったが……」

そこまで言って、イザークはシホを見やった。

「なるほど。オーブの人間だったというわけか。それで、名前だけは伏せるように言われたのだろう?」

「はい。場合によっては話しても構わないと言っていましたが、彼女が女優をやるということで、今まで黙ってきたのです。
 隊長やディアッカさんなら、絶対に他に洩らすようなことはないと思って、話したのですが……」

複雑な視線で彼らを見やるシホに、イザークは「当たり前だ」と即座に答えた。
この義理堅くて真っ直ぐなところが、シホが彼を隊長として尊敬する一部である。
しかしディアッカは何か引っかかる部分があるのか、あごに手をやって何事か考えていた。

「なあ、イザーク……そのゲイツって、シールドを外して、ビームライフルを二つ、両手に装備してたんだよな?」

「ん? ああ、そうだが……?」

「やっべ……やっぱあの機体だわ……」

ぼそりと呟くディアッカに、イザークとシホから即座に追求の言葉がかかる。
ディアッカはかつて自身がザフトを離反していた時期のことだけに言いにくそうにしていたが、
やがて決めたのか、ゆっくりと口を開いた。

「2年前俺がヤキン近くで戦ってるとき、すげえ動きするゲイツに会ったんだ。
 バスターの苦手なゼロ距離に詰め寄られて、あん時はさすがに死んだと思ったな。
 そんでどんなエースだよと思ってたら、なんでか接触通信が入ってさ……」



『バスターのパイロット、聞こえるか?こちらはザフト軍ジュール隊所属、エレノア・アサミヤ。
 一つ聞きたい。貴殿はアークエンジェル所属か?』

『バスターのパイロット、ディアッカ・エルスマンだ。ああ、そうだぜ。あんたの言う通り、俺は今アークエンジェルにいる。
 で、どうしたってんだ? イザークから何か言われてるのか?』

『ディアッカ・エルスマン……?』

『ああ?どうかしたか?』

『いや、失礼した。貴殿に聞きたい。
 貴殿が所属するアークエンジェルは、オーブを脱出した艦、クサナギと共に行動していると聞いている。
 私はオーブ出身の者だ。かの艦が無事ならば、援護に回りたい』

『はあ!?』

『信頼できないならば教えていただかなくても結構だが、私は嘘は言っていない。
 今は故あってザフトに身を寄せているゆえ友軍は撃てないが、かの艦が墜ちないよう援護はできる。
 出来れば、座標を教えて欲しい』

『…………分かった。クサナギの現在位置は、ジェネシス方面。本機からの座標は、オレンジ25、アルファ』

『了解した…………情報、感謝する』



「そんなようなやり取りがあってさ。
 正直言ってクサナギは所属のM1がほとんど死んでる状況だったから、藁をも掴むつもりだったんだな、俺は。
 実際生き残ってたのは、姫さんや拳神のおっさん、煌めく凶星くらいだったしな……」

そこまで言って、ディアッカは思いを馳せるように天井を仰いだ。

「そんで後から、クサナギの連中にそのこと聞いたんだわ。『ビームライフル2丁拳銃のゲイツが来なかったか』ってな。
 そしたら何て言ったと思う?『突然現れてクサナギの援護に回って、十機のダガーを撃ち落とした』そうだぜ。
 だからな、イザーク。多分お前の言ってる十機って数字は正確じゃない。
 それを勘定すれば、倍の合計二十機は撃墜してる計算になる」

ディアッカのその言葉に、イザークもシホも今度こそ顔色を変えた。
二十機撃墜して、なおかつ盾のない状態で被弾無しなど、とんでもない能力だ。
実際戦えば、イザークにも匹敵するだろう。
いくら指揮系統が混乱していたとはいえ、戦闘の途中で勝手な行動を取り、
あまつさえ敵艦を援護するなどというとんでもない軍規違反を犯してはいるが、その行動力も凄まじい。

「……敵でなくて、素直によかったと思えるな……」

イザークがそう言って、その場にいる全員の気持ちを代弁する。
そして気がつくと休憩時間も残りわずかとなっており、ディアッカとシホはそれぞれの持ち場に戻っていった。
彼らを送り出してから、イザークも仕事に戻る。
だが、そのデスクの端にちゃっかりと例のビデオが置かれていたことは、彼ら三人の間での秘密だった。

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[2719] 【PHASE10】
Name: こうくん
Date: 2005/08/26 01:36
【PHASE10】   赤い髪の少女



「この演技力……相変わらず流石だね、キリカ」

明かりの消えた部屋の中、テレビの光だけが明滅し、狭い部屋の照明の代わりを果たしている。
その部屋の中で、ワイングラスを傾けながら、怜悧な眼をした青年が一人呟いた。
普段は眼鏡をかけているその青年だが、その眼鏡はたたまれ、テレビの上に置かれている。
にも関わらず彼がテレビを見ているということは、その眼鏡は、おそらく伊達なのだろう。

「脚本と原作のお陰よ。私はただ演じているだけ」

その言葉に反応して、真っ赤な髪をシーツの海に散らし、呟くように言葉を発するのは、
コーディネイターであるという偏見を乗り越え、若手では今一番の人気と実力を誇る女優、キリカ・アンダーソン。
彼女が画面の向こうで演じているのは、オーブで社会現象を巻き起こすほどの大ヒットとなっているドラマの、
主人公に実の兄妹以上の想いを抱く妹役だ。

「でも、こんなとんでもないことになって……撮影が終わってたのが本当に救いね」

シーツを手繰り寄せてゆっくりと身体を起こしながら、
キリカはテーブルの上に空になったワイングラスと共に無造作に置かれている新聞記事に目をやる。
半分に折りたたまれ、一面の記事のみが何とか分かるくらいのそこには、
行政府前に群れをなすデモ隊の様子が写し出されていた。

カガリがクーデターに失敗し、行方不明となってから数日が経過していた。
爆発した施設は、爆破に使われた火薬の量が半端ではなかったこともあり、遺体すら確認できない状況だという。
よって彼女の生死はいまだ不明なのだが、
直後宰相であったウナト・エマ・セイランが臨時代表に就任、
そのまま大西洋連邦との同盟をゴリ押しして締結してしまった。
そのときは不満も多く出たが、
中立を強硬に唱えていたカガリが、軍の力に訴えたことで説得力を欠いている状態だったために、
国民はただ黙ってそれを見つめるしかなかった。
それが、少し前の話。

だがその日の夕刊に、ウナトがカガリのクーデターの証拠として挙げた文書と写真が、
全くの偽物だったとする記事が掲載されたことから、事態は急展開をみせる。

その日。新聞各社、国営放送を含む放送各社にFAXが送りつけられた。
内容は、ウナトがカガリがクーデターを計画しているとした秘密文書と、それが全くの作り話であるという証拠。
そして当然の流れとして、翌日の新聞各社の一面、そしてニュース番組のトップは、この話題で持ちきりだった。
記者団の激しい取材攻勢、議会からの再三の説明要求にも関わらず、
ウナトはただそれに関して沈黙しているだけだったため、国民の不満は一気に高まっていく。

さらにこれに前後して、オーブ国内のさまざまな有力サイトに、
『アスハを継ぐ者』を名乗る人物の書き込みが目立つようになった。
主な内容は、徹底的な政権批判の文章。それと、ウナトをはじめとするセイラン家が行った不正。
こちらは証拠などないが、セイラン家への信頼が地の底に堕ちた現在のオーブでは、
それはこれ以上ないほどの効果を発揮した。
またインターネット上での煽りを受けたのか、デモ隊が自然発生的に組織され、
行政府周辺に集結し、打倒セイランを声高に叫ぶようになった。
そしてその規模は日を追うごとに膨れ上がり、
明日の時点で10万人近くになるであろうという予想が、その記事の主題だった。

「なんにせよ、貴方が今此処にいるのはまずいわ。
 今でこそ私たちの関係は家族以外には秘密だけど、いつどこでそれが漏れるか分からない。
 それに私も撮影が終わったとはいえスケジュールは詰まってるし……ずっと貴方を守っておくことはできない」

シーツを手繰り寄せ、キリカはワイングラスを片手にテレビを見ている自分の恋人に声を掛ける。

「逮捕されたホムラ・アスハ元代表の秘書官、トシヒコ・アサヒナ。クーデターが発覚する数日前に謎の失踪……
 公にはされていないけど、当局の知り合いが言ってたわ。
 ホムラ様の逮捕以降、政府の圧力で警察は貴方を血眼になって探しているって。
 ねえ、貴方は何を知っているの?そして何をやろうとしているの?
 そしてそれは、恋人の私にも話せないことなの……?」

ブラウン管の向こうの彼女、そしてスクリーンの向こう側にいる彼女、
そして、普段さまざまな友人に囲まれて過ごしている彼女。
凛とした、大人びた雰囲気を漂わせる美少女。
それが、そのどれを知る者でも抱く、キリカ・アンダーソンの印象だ。
だがそのどれを知っている者ですら見たこともないほど、今の彼女は儚く、また壊れそうな脆さを持っている。
それは、彼女にとってこのアサヒナという男が、
何者にも変えがたい大切な存在であるということを信じさせるのに、十分なものだった。
そしてそんな男から突然、二人だけしか知らないプライベート回線に『話がある』などとかかってくれば、
動揺しないほうがおかしい。

「……なあ、キリカ。君は何故、再びオーブに戻ってきたんだ?
 2年前のオーブ陥落で、コーディネイターへの迫害を恐れて、君はかつて留学していたプラントに疎開した。
 君ほど才能のある人間なら、向こうでだってそれなりの地位には就けたはずだ。だが何故……?」

しかし問われた当の本人は、画面から眼を離さず、キリカの問いに、また質問で返した。
本物が目の前にいるのにそちらを見ようとしないトシヒコに、
一瞬キリカは歳相応のぶーたれた表情をしてみせたが、すぐにいつもの凛とした顔を作って答える。

「確かに、プラントは居心地のいい場所だわ。戦争のときはちょっとおかしかったけど、
 本来だったらみんなそれぞれの場所で、それぞれの能力を発揮して穏やかに過ごしている。
 だけど私は、ナチュラルとコーディネイターが共に生きられるという世界を信じたいの。
 プラントには確かにナチュラルもいるわ。けど、彼らはあくまでナチュラルなの。
 能力的に劣る上にマイノリティーだから、彼らはプラントのために働くことすらできない。
 ただ保護を受け、第1世代コーディネイターを生み出すことのみを求められる存在。
 いくら市民権が認められていても、その立場は決して対等とはいえない。
 私は第1世代だし、何より貴方がいたから、ナチュラルとコーディネイターは共に生きられると信じてる。
 だから、その理想に最も近いオーブで、演じることを通してその理想に少しでも役立ちたい。
 コーディネイターの私が演じることで、両者の間の偏見が少しでもなくなれば嬉しいから。
 そう思って、私は帰ってきた……」

そこまで言って左手でシーツを押さえながら髪をかき上げ、彼女はほんの少し、媚びるような表情を浮かべる。

「今更言うまでもないけど、私は貴方が好きよ。ナチュラルだろうがコーディネイターだろうが関係ない。
 貴方と一緒に、同じ視点で同じ物を見て生きていきたい。それができる、このオーブで」

静かに、しかしそれでも確固たる意志を持って紡がれる言葉に、トシヒコは振り返って穏やかに微笑む。
そしてゆっくりと彼はシーツごとキリカを抱き寄せ、真っ赤になっている彼女の耳元でささやいた。

「そうだな……僕も、そんな世界を作りたいと願って、ホムラ様の秘書官を務めていた。
 僕らが、何の障害もなく結ばれることの出来る世界……
 今は理想でしかないけど、僕はその世界で、君と共に生きていきたいと願ってる。
 だから僕は、今の大西洋連邦に擦り寄ろうとするウナト・エマ・セイランを、そのままにしておくことは出来ない」

キリカの両肩に手を置き、トシヒコは彼女の瞳を覗き込む。
そしてその彼の瞳に、揺らぐことのない信念の色が現れる。
普段は優しいこの男だが、その信念は固く、それゆえに二十四の若さでホムラから圧倒的な信頼を得ていた。

「キリカ。君は今回の戦争について、どう思っている?」

テレビの上に折りたたまれていた眼鏡をかけ、トシヒコはキリカに問いかける。
この眼鏡は、彼のスイッチでもある。かけることで超真面目モードになるのだ。
そして交わされる会話はどう考えても恋人同士の甘い時間にふさわしいとは思えないものだが、それはそれ。
幼馴染みでもある彼らは、コーディネイターであるキリカの能力の高さもあいまって、
昔からこうして議論することが多々あり、今ではそれがごく普通のことになってしまっていた。

「今回の戦争に関しては、確かに、地球連合により多くの非があると思う。
 開戦と同時に核を使った無差別大量虐殺。
 幸い未遂に終わったけど、その後もプラントからの停戦の呼びかけを無視して戦い続けている。
 世論はプラントに流れつつあるし、実際そうなってもおかしくないでしょうね。
 けど、プラントに関しても、それはあくまで『今だけの話』よ」

「ふぅん?」

興味深そうに、トシヒコはかけていた眼鏡を親指でかけなおす。
その仕草に続きを求めていると理解したキリカは、再びゆっくりと口を開いた。

「以前ザフトにいたから分かるけど、コーディネイターのナチュラルを蔑視する感情は、凄まじいものがあるわ。
 確かに、ラクス・クラインのように完全なる融和を求める人もいる。
 現議長のギルバート・デュランダルのように、話し合いで解決しようとする人もいる。
 だけど、中にはナチュラルを完全に滅ぼして、新しい種であるコーディネイターのみの楽園を創ろうと、
 本気で考えている人間も多いわ。あの、パトリック・ザラのように。
 そしてそこまで行かなくても、野蛮なナチュラルは自身らによって管理されるべきだと考えている人間も多い。
 管理すべき?笑わせないで。そんなものが上手くいった試しなんて、人類の長い歴史を見てもありはしない。
 この広大な地球を、たった一つの国が管理するなんてできるわけがない。
 そしてそんな人間が多くいるプラントよ。
 もし大きな敗北でもしてデュランダル議長が失脚するようなことになったら、 間違いなく好戦派が権力を握るわ。
 そしてそうなれば、 ナチュラルとコーディネイターが対等な立場で手を取り合うようなことは、夢でしかなくなってしまう」

話しながらキリカは器用にシーツを巻いたままベッドから出て、脱ぎ捨てられていたトシヒコのワイシャツを纏った。
そして数時間前トシヒコとグラスを傾けていたときに自身が座っていた椅子に、もう一度腰を下ろす。
向かいに座ったトシヒコが自身のグラスに赤い液体を追加するのを見つつ、
さり気なく彼女は自分のグラスを彼に向けた。
それに気が付いて、横に置かれているオレンジジュースのビンを手に取ろうとするトシヒコ。
彼女は人差し指を唇に当ててそれを制すると、苦笑するトシヒコからそのグラスにワインを受け取った。
そう、彼女はまだ十八歳。コーディネイターなら成人扱いだが、ナチュラルではまだ未成年である。

「それで、話って何?追われている貴方のことだから、ロクなことじゃないでしょうけど」

二つのグラスが小さな音を立てたあと、ほんの少し中身を口に含んでから、キリカはまっすぐな眼でトシヒコを見つめる。
対照的に彼は、何か思うところがあるのか、中身を一気にあおってから答えた。

「君に、もう一度パイロットに戻って欲しい」

瞬間、キリカの視線が凍る。
そして六も年上のトシヒコですら冷や汗をかきそうなほどのプレッシャーが、彼女の身体から湧き上がる。
だがさすがに彼も行政府の古狸どもの間で鍛えられているだけあって、多少のことでは動じない。
テーブルの下に置かれていた彼のバッグから、一枚のディスクを取り出す。

「キリカ、落ち着いて聞いてくれ。僕がやっているのは、どんな理由があろうと現政権に対する反逆行為だ。
 巻き込まれたくなければ、今すぐ僕と縁を切り、女優の仕事に戻れ。
 だがもしも、君も僕と同じように今のオーブをよしとしないのなら、しばらく女優を廃業して欲しい」

無地の真っ白なディスク。それとトシヒコを交互に見ながら、キリカは静かに唇に手をやって考え込んでいる。
そしてしばらくの後、彼女は諦めたように笑った。

「貴方もたいがい知能犯ね。私がオーブのために頑張っていることを知ってる上で、そういうことを言うんだから。
 愛する人の考えくらい分からない貴方じゃないし、私もそう。
 オーブのために演じること以上にできることがあるなら、私は間違いなくそれを採るわ。
 それで、なぜ私をパイロットに?そして、そのディスクはいったい何?」

すっかり自分の考えを読んでいた彼女に対し、トシヒコは降参、といったようにおどけて両手を挙げる。
だがすぐに表情を険しいものに改めると、刺すような視線をつくり、彼は一度部屋をぐるりと見回した。

「女優ですもの、プライベートの管理は徹底してるわ。盗聴器の類の心配はないから、安心して」

「そうか、それじゃあ話す。まず始めに、これだけは言っておかなくちゃいけない。
 前代表、カガリ・ユラ・アスハは生きている」

キリカの表情が、驚きのそれに変わる。だがすぐにどこか納得したような表情で、彼女はため息をついた。

「ウナト代表は、完全にカガリ様にはめられたということか……
 カガリ様は彼を自分を殺そうとした反逆者に仕立て上げ、彼の影響力を完全に消滅させるつもりね。
 で、貴方はカガリ様が復権するのを手助けしようと?」

「ああ、いわゆるアスハ派ってやつだね。
 僕は僕なりにこの2年間、オーブの将来について考えてきた。
 ホムラ様の秘書官を務め、彼の命で何度かカガリ様の運転手兼監視役をしていたが、
 その中で僕は、この国の将来を託すことができる方は、カガリ様しかいないという結論に達した。
 もっとも、途中までは不安材料たっぷりのお姫様でしかなかったんだけどね。
 プラントで何を見たのかは知らないけど、今のオーブに彼女に勝る政治家はいない。
 実際、カガリ様の働きかけで、モルゲンレーテの開発部が秘密裏に動き出している。
 キリカ、それが、君に今回パイロットに戻って欲しい理由なんだ」

その言葉の意味するところをいまいち理解しかねているキリカをよそに、トシヒコはノートパソコンを立ち上げる。
起動したそれにディスクを挿入すると、画面にパスワードの入力画面が現れた。
訝しがるキリカを自分のそばに呼び、彼は一つずつ、パスワードを打ち込んでいく。

「エー、エックス、アイ、エス…………アクシズ……?」

「そうだ。新型の核エンジンと種々の新技術の開発に伴う、オーブの次世代型モビルスーツ開発計画。
 コードネーム、『AXIS』
 この計画の試作初号機の開発が、今モルゲンレーテの秘密工廠、ターミナルで進められている。
 最新技術を遺憾なく導入したこの機体は、はっきり言って並のパイロットに扱える代物じゃないらしい。
 だからこそ、隠れたエースたる君に、この機体のパイロットを務めて欲しいんだ」

パスワード確認の文字と共に、画面にモビルスーツのデータが現れる。
コーディネイターの頭脳でそれらを素早く脳内で処理しながら、キリカはだんだんと蒼ざめていった。

「このパワー……単純計算でムラサメの4倍はある……!?」

そこまで言ってから思わず口元を押さえるほど彼女は驚いているが、無理もない。
オーブ軍次世代型モビルスーツ開発計画、AXIS。
カガリの指示を受けたエリカによって秘密裏に立ち上げられたこのプロジェクトの根幹は、
かつてハマーンがいた世界の技術がどこまで応用できるかという一種の実験である。
動力炉はさすがに核融合技術を使うわけにはいかなかったが、
細かい技術を応用することで、Nジャマーキャンセラーを使用したエンジンの出力を、
かつての世界のモビルスーツが要求するスペック以上に届かせることに成功していた。

「AXIS試作初号機、開発コード『ドーベン・ウルフ』
 コクピットは新技術、『リニアシート』及び『全天周囲モニター』を採用。
 VPS装甲に、新規格OS、AXISを搭載。擬似全周囲攻撃兵器、『インコム』……
 実物を見ないと分からない部分も多いけど、スペック上ではとんでもない化け物ね、この子は」

記載されているドーベン・ウルフのデータに、キリカは思わず嘆息した。
事実、フェイズシフト装甲などのこちらの世界の技術も使用することによって、
キリカは当然知らないが、それは元のドーベン・ウルフすら上回る性能を持っていた。
そんな機体を自分が扱うという興奮。パイロットとしての自分が、再び頭をもたげているのが分かる。

「すまない。けど、これは止むを得ないことだと思っている。
 カガリ様が復権されたら、おそらく大西洋連邦はもう一度オーブを潰しに来るだろう。
 そのときに少ない戦力で対抗するためにも……君に、もう一度戦場に出て欲しいんだ」

そう言って、彼は立ち上がって机に両手をつき、頭を下げた。
キリカは慌てて彼の頭を上げさせようとするが、そのときに彼女が捕まえた彼の腕がかすかに震えているのを感じ、
即座にその手を離す。

「ごめん。僕も本当は、君に危険な真似はさせたくない。
 だけど君がオーブを大切に想っていることを知っているから、こうして君に頼んだんだ。
 僕はモビルスーツに乗って戦うカガリ様を守ることはできない。
 だから頼む。カガリ様とオーブを、君の手で守ってやってほしい」

溢れる想いのまま、彼はキリカの手を取る。
その手のひらを力強く握り締め、彼はもう一度だけ頭を下げた。
そして、そのまま静かに時が流れる。
やがて朝日がカーテンの隙間から差し込む頃、
部屋には空になった二つのグラスだけが、何かを言い残すかのように置かれていた。
 

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[2720] 【PHASE11】
Name: こうくん
Date: 2005/08/26 01:41
【PHASE11】   水底の天使



スカンジナビア王国領海内の、とある海中。
そこに、前大戦で『不沈艦』と謳われ、のちオーブによって秘密裏に修復されていた、
強襲機動特装艦、アークエンジェルの姿があった。
ザフト軍特殊部隊による、ラクス・クラインの暗殺未遂。
さらにその直後に起きた、彼ら旧アークエンジェルクルーの実質的な庇護者であったオーブ連合首長国代表、
カガリ・ユラ・アスハへの反逆。
その混乱に乗じてマリュー・ラミアス元アークエンジェル艦長は、
ラクス・クラインを含む旧3隻同盟に所属していたクルーを引き連れ、オーブを離脱。
秘密裏にスカンジナビア王国政府に連絡を入れ、彼らに隠匿してもらうことに成功する。
もちろん、いくつかの『おみやげ』を持参した上で。
なおこの脱出は秘密裏に行われたため、いまだオーブの一部の人間しか知らない事実だった。
この時点では、プラント、連合双方とも、アークエンジェルがオーブを脱出したという情報を得てはいなかったのだ。
そしてさらに、このアークエンジェル脱出に関しては、オーブの現首脳部でさえ知り得なかったことがあった。それは、

このアークエンジェル脱出劇そのものが、カガリ・ユラ・アスハ本人の指示で行われたということである。

そのアークエンジェルのデッキで、一人の青年がコンピューターを恐ろしい勢いで操作していた。
彼の名は、キラ・ヤマト。ハッキングやプログラミングにかけては、
コーディネイターでもトップクラスの才能を誇る青年である。
その彼の目の前の画面では、あるプログラムを通して、
いくつかの文章が次々に理解不能な記号の羅列へと変わっていく。
彼はそれをオーブ国内でも知る者のほとんどいない、アンダーグラウンドな掲示板に貼り付け、
さらにセイランを糾弾する文章を、足が付かないようにして他のいくつか有名な掲示板にも同じように貼付した。

「このような仕事を任せてすまないな」

その彼の背後から、オーブ軍の将官服を纏った少女が声を掛ける。
金色の髪に琥珀色の瞳。彼女は紛れもなく、カガリ・ユラ・アスハその人だった。
爆発に巻き込まれたなどという痕跡は、彼女のどこにも見当たらない。
それどころか、オーブの実権を奪われているにも関わらず、彼女は余裕の笑みすらその顔に貼り付けていた。

「ところで、今更だがこの暗号文は、安全なんだろうな?」

彼女のその問いに対し、双子の兄弟でもある彼はゆっくりと視線を上げて答える。
アークエンジェル自体隠れて行動しているというのに、彼の表情にも余裕が浮かんでいる。

「この暗号プログラムは、基本的に暗号を"作る"プログラムは僕しか持っていないんだ。
 解読するための"鍵"はあっても、それはあくまで解読するだけ。
 それに、"鍵"のソフトにはコピーガードを掛けているし、
 万が一それが流失した場合、人的ネットワークを通じてその事実はこっちに届くようになってるからね」

真っ白な無地のディスクを左手で器用にいじりながら、残った右手でこれまた器用にキーボードを操作する。
そしてその自信満々な言葉には、自身のプログラムが破られるという懸念は微塵も感じられなかった。
もともと暗号プログラムは複雑なもので、ホンキで解析しようとすればとてつもない人的資源と時間を浪費することになる。
だから、よほどのプロが"裏技"でも使わない限り、それは安全といってもいい。
だが旧世紀のドイツが誇った暗号、エニグマが解析されたといった事例もあり、油断は出来ない。
まあそのあたりの対策もキラは入念に行っていたため、カガリはこのことに関してはキラに一任することにした。

「それにしても、いったんあえて死亡したと見せかけて、時を待って軍を興すなんて……
 とんでもないこと考えるね、カガリは」

呆れたような表情で、キラは座っている椅子を180度回転させ、
姉(カガリ主張。詳細は不明だったが、のちにキラが折れたのか正式に姉になった)を見上げる。
それに対して自称姉は不敵な表情をつくり、

「ふん、我ながら古典的かつ幼稚だと思うがな。だがまあ、それがこの状況下での最適だったのだから仕方あるまい」

そう、唇の端を吊り上げた。



連合とザフトとの戦端が再び開かれてから、カガリはオーブ国内、特に軍の掌握に力を注いでいた。
一方でブレイク・ザ・ワールドにおける被害者への慰問を行い、
それをマスコミを通じて放送するなど、国民支持率を上げることにも神経を傾けていた。
それらの行動が非常にスムーズにいったのは、ひとえにセイランがカガリを無能だとみなしていたことにある。
カガリ本人はそのことにいたくご立腹だったようだが、
そのこともあり、秘密裏にカガリは軍や行政府での同志を増やしていった。
だが、大西洋連邦が同盟を求めてくるにあたり、彼女は時間切れを悟る。
ハマーンの力量を持ってしても、行政府におけるセイランの牙城を完全に崩壊させるには至らなかったからだ。

このままではウナトを始めとする親大西洋連邦派によって、
同盟がゴリ押しで締結されるのは目に見えていると悟った彼女は、まず始めにクーデターを考えた。
だが、セイランの影響力が完全に失墜したわけでもなく、
また軍備も整っているとはいえない状況下で大西洋連邦を敵に回すのは、自殺行為に他ならない。
そのために彼女は、軍備を整えるための時間稼ぎ、さらにセイラン家の影響力を完全に失墜させるための策として、
あえてウナトを焚き付けて軍を動かさせるという方法を取ったのである。

そのための下準備として、彼女は叔父ホムラを巻き込みなりふり構わない多数派工作に出た。
と同時に、ホムラから全幅の信頼を受ける秘書官、トシヒコ・アサヒナに命じて、
監視の目が厳しくなりつつあった自身の代わりに軍内部に潜入させる。
これらによってセイランを焦らせることに成功した彼女は、
次の段階としてクーデター計画書を捏造、それを裏ルートを通じてユウナにリークした。
普段は慎重になるはずのウナトも、驚異的な勢いで膨れ上がるカガリの影響力に恐れをなし、
ロクに裏を取ることすらせずに軍を動かしてしまう。

この時彼女は、治安部隊によって殺害されるのを防ぐため、
実質的に生け贄である叔父、ホムラを行政府に詰めさせている。
もしどこか別の場所にいれば、かつてのシーゲル・クラインのように問答無用で射殺される恐れがあったためだ。
また自身はあらかじめマリュー・ラミアスに連絡を取り、クーデター計画発覚と同時に逃走する算段を整えていた。

そして、当日。
期待通り治安部隊が動き出したのを確認した彼女は、混乱を尻目にアークエンジェルと共にオーブを脱出。
以降彼女は、熱烈なウズミ信奉者の一人である海軍の名艦長トダカ一佐や、軍本部の実力者ソガ一佐、
そして密かにアスハの理念に賛同している首長たちなどに、アサヒナを通して渡したキラの暗号解析の"鍵"を介して、
インターネット上のアンダーグラウンドな掲示板を使って指示を出すようになる。

実際、今のところ彼女の計画は完璧だった。
当初は国民も動揺するが、キラに命じて証拠となる文書が捏造であることを示すデータを、
何重にも足が付かないよう工作してマスコミ各社に送付、ウナトやセイラン派の影響力を失墜させることに成功した。
もともとこちらででっち上げたモノだから、それが偽造であることを証明するくらい訳もない。
あとはインターネットの書き込みなどを通じて、ボディブローのように政権にじわじわとダメージを与えつつ、
決起の時を待つだけとなっていた。
そんな時だ。オーブが軍を派遣する、というニュースが飛び込んできたのは。



ザフト軍新鋭艦ミネルバ。その通路に、二人の少年少女の姿があった。
その纏う軍服と同じ色の髪に、利発そうな眼をした少女。そして、真紅の瞳にかすかな怒りを滲ませる少年の二人だ。
彼らの間で話題に上っているのは、オーブが大西洋連邦との条約に基づき、軍を派遣したということ。
そして、おそらく自分たちがそれと対峙するだろうということだった。

「それにしても、中立を謳いながらあっさり連合に付いちゃうんだもんね。ちょっと意外かな?」

「意外でも何でもないさ。オーブなんてそんな国だ。結局政府は自分たちの事しか考えてない」

大したことではないかのように軽い口調の少女、ルナマリアとは対照的に、
握り拳を振るわせる少年、シンはその瞳に怒りの色を湛えていた。
そして彼らが歩く通路の向こう側から、実質的な隊長である、アスラン・ザラが歩いてくる。
それに対して敬礼するルナマリアとは対照的に、シンは彼に対して挑発的な視線を向けていた。

「オーブが軍を派遣するそうですね」

すれ違いざまに、視線すら合わせずシンは吐き捨てるように言う。それに反応して、ゆっくりと無言で振り返るアスラン。
ルナマリアがとがめるような視線を送るが、シンは気にしないのか、さらに辛辣な言葉を続けた。

「所詮オーブなんてそんな国なんですよ。貴方はザフトに戻ってよかったんだ。違いますか?」

「ちょ、ちょっとシン……」

仮にも上官だというのに、彼は全くそれを気にした風もなく、アスランを揶揄する。
しかしそのアスランは、その言葉に顔色を変えるでもなく、ただ無表情のままシンたちの下へゆっくりと歩いてきた。

「なんすか? 文句があるならオーブの連中に言ってくださいよ。俺は本当のことしか言ってませんよ?」

さらに畳み掛けるシンだが、アスランはそれにも動じず、ただ相変わらずの無表情のまま近づいてくる。
シンはその態度に少し怯んだが、逆にそんな自分が癪だったのか、遂に言葉を荒げ始めた。

「俺になんか文句でもあるんすか!? 悪いのは全てオーブじゃないですか! 
 アスハが死んだのだって、当然の報いですよ!」

今にも掴みかかろうかというほどの勢いで、彼はアスランへと言葉を発する。
だがその最後の言葉を発した瞬間、シンの視界からアスランの姿は消えた。
そして彼が次にアスランを認識したのは、自分が首を掴まれ、壁に叩きつけられたときだった。
その軍人にしてはスマートな腕からは想像できないほどの握力で、首を締め上げられる。

「オーブを悪く言うのも構わない。軍を脱走していた俺を揶揄するのも構わない。けどな、一つだけ言っておく」

普段のアスランを知るルナマリアが思わず呆然としたほど、そのときのアスランの表情は恐ろしいものがあった。
それこそ、今すぐにでもためらいなく目の前の人間を殺せるほどに。
至近距離で真下から見上られるその視線を受けるシンは、普段とのギャップに目を見開いている。

「カガリを悪く言うのだけは止めろ。次に彼女を冒涜した場合、俺はお前を殺す」

凍て付いた視線でそれだけ言うと、アスランはシンの首を掴んでいた腕を思い切り振って、彼を通路に投げ飛ばした。
シンは逆上して彼に掴みかかろうとするが、自分を見下ろすアスランの狂気じみた視線を真に受け、
昂ぶっていた炎が一気に鎮火される。
ルナマリアも、彼の普段とはあまりに違う冷たさを目の当たりにして、怯えたように壁に寄りかかっていた。

「……出来もしないことを言わないでくださいよ」

恐ろしいプレッシャーを前に、シンは搾り出すように、やっとのことでその一言を口にする。
だがアスランはそんな彼を鼻で笑うと、口元に冷笑すら浮かべて言った。

「出来もしない?出来るさ。俺は忌まわしき"パトリック・ザラ"の血を引く人間なんだからな……」

自虐的にそう笑って立ち去る彼を、ルナマリアはただ呆然と見つめている。
一方でシンは、妹をなくしてから自暴自棄になっていた頃の自分を思い出し、壁に拳を叩きつけた。
そういえば、とルナマリアは思う。

FAITHの紋章を付けてミネルバに配属されてきた彼は、どこか厭世的な雰囲気を漂わせていた。
その直後、彼女はオーブで政変が起き、
代表でありアスランが一時期護衛を務めていたカガリ・ユラ・アスハが行方不明になったというニュースを耳にする。
帰る場所を失い塞ぎこんでいるのかと思った彼女だが、
それ以降の作戦を冷静沈着にこなしていくアスランを見て、それは杞憂だったのだと安心した。
だが、そうではなかったのだ。
今にして思えば、ミネルバに最初乗艦していたときは彼は必ずしも戦いが好きな人間ではないと感じていた。
だが、今の彼は違う。
元ザフトトップエリートの名の通り、彼は自機であるセイバーを使いこなし、多数の敵を滅ぼしていた。
だがその戦い方は、コクピットを狙って一撃の下に相手を殺すという、情け容赦のない夜叉のような戦いぶりだった。
当時はただその技量の高さに惚れ惚れしていたのだが、
今思えばそれは全て世界への憎しみからきていたのかもしれない。



「オーブにいたのか……大戦の後ずっと」

シンたちと別れてから一人甲板にたたずんでいたアスランに、つい先日配属されてきたハイネが声を掛ける。

「いい国らしいよなぁ……あそこは」

半ば無視して変わらない表情で海を眺めるアスランをさして気にかけた風もなく、ハイネは彼の隣に立った。

「この辺も……綺麗だけどな……」

「ええ……」

そこでハイネは、柵を握るアスランの手に力が篭っているのを見る。

「さっきシンと遣り合ってたのを見てたが……やはり戦いたくないか、オーブとは……?」

「いや、それはない」

予想外にきっぱりと返答をするアスランに、ハイネは驚いた表情を向ける。
一方のアスランは、みっともないところを見られた照れ隠しか、その顔に皮肉気な笑みを浮かべた。

「俺は……力が欲しかったんだ。2年間オーブにいて、カガリ……いや、元代表のそばで護衛として生きて……
 けど結局、モビルスーツに乗るしか能のない俺には何の力もなかった。
 だからもう一度ザフトに戻って力を得て、彼女が守ろうとしているものを俺も守りたかったんだ。
 でも力を持ったところで、俺は本当に大切な人を守ることはできなかった……
 最高に皮肉だよな。失って初めて、自分の本当の想いが、本当の望みが分かるなんてな……」

柵を握っていた右手を離して、それを強く握り込みながら、彼は視線をまっすぐ前に向けた。
つられて、ハイネも視線を正面に戻す。

「けど……悲しいけど、俺たちは軍人なんだぜ。守りたいものを守れないなんて当たり前の世界だ。
 2年前のヤキンドゥーエで俺はホーキンス隊にいたけどさ、守ると誓った新人の女の子を目の前で亡くしたし、
 開戦からずっと同僚として戦い続けてきた奴も、俺の知らないところで逝っちまった。
 だから割り切るしかないんじゃないのか?
 そいつらの分まで生きるなんて偉そうなことは言いたくもないし考えたこともないけど……」

そこまで言って、ハイネはアスランを向いた。その気配を感じてアスランも彼に向く。

「割り切れよ。でないと、死ぬぜ?」

「……そうだな」

彼の生き様が凝縮されたような言葉に、アスランもただ頷くしかできなかった。
そのまま、二人揃って再び海を見つめる。

「俺はやるよ。カガリを、代表を殺したオーブに対する復讐心もある。それは、きっと否定できない。
 けどそれだけじゃやっぱり駄目だから。俺は、未来のために戦う。俺が戦うことで、一人でも多くの人が救われるのなら」

「そうだな……結局、俺たちはそうしておぼろげな希望にすがって生きるしかない人種なのかも、知れないな……」

そうして揃ってため息をついたところで、甲板への出口からレイが現れた。
彼曰く、艦長がオーブと地球軍の連合軍に対する、作戦会議を始めたいらしい。
彼に一言礼を言い、ハイネは一足先にブリッジへと消えていく。

「アスラン。貴方は行かないのですか?」

「いや、今行く。ありがとう」

最後にオーブがある方角を見つめ、レイに一言言ってから、アスランもまたブリッジを後にした。
後には、感情の読めない瞳でアスランとハイネを見送る、レイだけが残る。
晴れ渡る空とは対照的な、ミネルバを打つ高い波の音が、
これからの彼らの道程を暗示するかのように、彼の耳に響いていた。

そしてこの数日後。ダーダネルス海峡を舞台に、オーブ、地球連合軍と、ミネルバとの戦いの幕が開ける。



●あとがき

こんにちは。実家に帰ってみたら、知らないうちにパソコンが修理に出されていたこうくんです。

そんなわけでネットに繋がっていたパソコンが入院中だったため、繋がっていない方のパソコンを使って書き溜めていました。
それにしても趣味に走りまくってどうでもいい部分ばかり書いていますね、私。猛烈に反省しています。
さらにカガリの登場が少なく、また説明的な部分が長いためキレがいまいちですが、ようやく此処まできました。
自分の中で密かに設定していた目標であるトダカ一佐生存も目の前です。以降も楽しんで読んでいただけるよう頑張ります。

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[2760] 【PHASE12】
Name: こうくん
Date: 2005/09/01 23:45
【PHASE12】   歴史が変わる時





「コンディションレッド発令。繰り返す、コンディションレッド発令。パイロットは直ちに搭乗機にて待機せよ」

ミネルバ艦内に響く、メイリンの声。
開戦の時が近いことを告げるその声に、ブリーフィングルームの緊張は、一気に高まっていった。

「それじゃあ、先に行くぜ。アスラン、指揮、頼むぞ」

先陣を切って、ハイネがヘルメットを引っ掴み待機室を飛び出していく。
フライトユニットを装備し、飛行可能なグフは、
シンのインパルス、アスランのセイバーと共に真っ先に敵に突っ込む役割があるからである。
アスランはそれを見送ると、残った三人のパイロットに指示を出した。

「では、以降本作戦の指揮は俺が執る。
 ルナマリアとレイはザクで艦橋にてミネルバの援護を。シンはインパルスで俺と共に敵に当たる。
 なお、敵には例の奪取されたモビルスーツが確認されており、
 俺とシン、ハイネはこれらに当たらねばならないと予想されるため、母艦の守りは手薄になるだろう。
 ルナマリア、レイ。君たちの活躍が鍵だ。
 君たちがミネルバを守ってくれることで、俺たちは安心して前に出ることが出来る。
 それとシン。君の実力は今までの戦いから見ても、十分以上に強力なものだ。
 数十のモビルスーツに囲まれても、君ならば突破できる筈だ。
 以上。戦闘中における細かい指示は追って出す。君たちのいっそうの努力を期待する!」

そう言って敬礼するアスランに合わせて、ルナマリアとレイが即座に敬礼を返し、
シンは不満そうにしながらも、しぶしぶ敬礼を返す。

「? どうした、不満そうだな、シン。だが戦場では、個人的な感情は控えてもらわねば困る。
 俺の指揮に問題があるならそれも構わんが、そうでないならば余計なことは考えるな」

ぴしゃりと言うアスランに、シンも二の句が告げない。だがそれも無理はなかった。
アスランが来て以降彼が隊長としてモビルスーツ隊の指揮を執っていたのだが、
その指示が間違ったことは一度とてなく、
また彼の立案する作戦は、彼によって指示を出されるシンたちの活躍によって、
どれも完璧に近い戦果を収めていたからだ。
シンもエースパイロットとしてミネルバ内部や本国から認められるようになっていたが、
一方でアスランも天才指揮官としてその名声と信頼を不動のものにしつつあった。
それもこれも、カガリを失ったことによる半ばヤケクソを通り越した冷静沈着な状態だからこそなのだが、
周囲はそんなことは分からない。
唯一分かっているとすれば、先日甲板で彼の本音を聞いたハイネくらいだろうか。
憧れと畏怖を込めた視線で、ルナマリアはシンを伴って待機室を出て行くアスランを見送る。
また、レイも言葉にはしないものの、彼の戦闘能力を高く評価していた。
これまでとは比較にならない大部隊に、彼らの顔には緊張の色が見える。

「12時方向にオーブ軍ムラサメ多数。数……捕捉不能です!」

悲鳴に近い声が、オペレーターであるメイリンから上がる。
普段なら士気が下がると注意するタリアも、今回ばかりはそんな余裕はなかった。
前方には、シュライク装備型M1アストレイ、及びムラサメが狭い海峡を埋め尽くさんが如くに展開している。
アスランの指揮能力、シンの一騎当千の実力、その他パイロットたちの十分すぎる実力も知っているタリアでも、
こればかりはさすがに肝を冷やすだろう。
一方で、それはシンも同じだった。先陣はFAITH二人が切ることになっていたが、
自分はすぐその後に続き、あのモビルスーツの群れに突っ込んでいかなければならない。

だが、アスランだけは不思議な高揚感を覚えていた。カガリを殺したオーブ軍を、この手で撃ち滅ぼすことが出来る。
自身が嫌悪するパトリック・ザラの血が沸き立つようで、彼は苦々しく唇を噛んだ。
そんな思いを振り払うように、アスランはそのままセイバーをモビルアーマー形態に変形させ、
ムラサメの軍団の中に突っ込んでいく。
だが、その行く道を塞ぐかのように、次の瞬間、彼の前に天空より一条の光線が降り注いだ。





「なんだ、あれは!」

「あれは……ストライクルージュ? カガリ様!」

オーブ派遣軍旗艦タケミカヅチの艦内は、目の前に突如出現したモビルスーツに、大混乱に陥っていた。
敵の赤いモビルスーツが突っ込んでくる瞬間、
上空より撃ち込まれたビームライフルが、その機体の行く手をさえぎる。
そしてそれは、間違いなくオーブ代表首長カガリ・ユラ・アスハ専用機である、ストライクルージュだった。
その機体の背後には、フリーダム、そしてアークエンジェルの姿も見える。

「現海域に展開するオーブ軍に告げる。私は、オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハである!」

全周波放送で流れる声に、タケミカヅチのクルー、そしてモビルスーツのパイロットたちは思わず我が耳を疑った。
ウナト・エマ・セイランによって殺されたと思っていたカガリが突然目の前に現れたのだから、それも無理はない。

「代表首長、カガリ・ユラ・アスハの名に於いて命ずる。オーブ軍は直ちその中立の理念に基づき、軍を退け!」

「偽物だ!」

スピーカーから聞こえる声に、オーブ軍司令官としてタケミカヅチに乗艦していたユウナがヒステリックに声をあげる。

「しかし、あれはストライクルージュ!間違いなく、カガリ様の専用機です!」

「うるさい!だからと言って、カガリが乗ってるっていうことになるのか!?
 それに、カガリは死んだんだ!僕らに楯突いて、その報いとして死んでるんだ!」

指揮官席から立ち上がり、ユウナが声を張り上げる。
クルーはそんなユウナとストライクルージュを交互に見ているが、
トダカとアマギだけは沈黙を保ち、ストライクルージュを見つめ続けていた。

「ですがユウナ様!カガリ様が反乱を起こしたという情報は虚偽だったと……」

「うるさい!仮にそうだったとしても、現代表は父で、僕は今此処にいるオーブ軍の総司令官だ!
 お前たちは僕に従うのが仕事だろう! 過ぎたことをいちいち蒸し返すんじゃないよ!」

「ぐっ……貴方という人は……!」

一触即発の状況下にあって、しかしユウナの言うことは正論だった。
彼に対して口を開いた操舵士が、悔しそうに口をつぐむ。
そしてそれは、他のクルーたちも同様だった。
ミネルバとその所属モビルスーツは、突然の事態を何とか把握しようと努めているのだろうか、
攻撃を仕掛けてくる様子はない。
地球軍の艦船も、オーブ軍の出方を窺っているようにも見える。
それらの状況を見たカガリは、一度全周波に設定した通信をアークエンジェルに繋げ直した。

「アークエンジェル、聞こえるか?バルドフェルドに出撃準備をさせろ。だが、私の指示があるまでは出すな」

「了解!アンドリュー・バルドフェルド、ムラサメにて待機する!」

画面の向こうで、バルドフェルドが座っていた副操舵士の椅子から立ち上がり、ブリッジを後にする。
それを見届けたカガリは、再び通信回線を全チャンネルで開いた。

「繰り返す。私はオーブ連合首長国の正統なる代表、カガリ・ユラ・アスハである。
 現在オーブ本国において代表を名乗るウナト・エマ・セイランは、卑劣な手段を用いて私を亡き者にしようとし、
 さらに代表首長位を簒奪した不当な代表である。
 よって彼によって現在オーブが大西洋連邦、及び地球連合軍と締結している同盟条約は、すなわち無効のものである。
 今一度、オーブの正統なる代表である私、カガリ・ユラ・アスハの名に於いて命ずる。オーブ軍は、直ちに撤退せよ!」

「ユウナ・ロマ・セイラン。これはどういうことですかな?」

後方に控えている地球軍の司令官として、ネオ・ロアノーク大佐はタケミカヅチに通信を入れる。

「アレは何です?本当に貴国の代表ですか?」

「ああ、いや……」

「ならば、何故そんなモノが今になって現れて、軍を退けと言うんですかね?
 これは今すぐきっちりお答えいただかないと、お国元をも含めて、色々と面倒なことになりそうですが……?」

そう言いつつ、ネオは密かに三つの奪取したモビルスーツを出すよう指示する。
そしてその言葉は、もはや隠す気すらない堂々とした恫喝だった。
その言葉に、遂にユウナは恐怖を爆発させる。

「ええい、あの疫病神の艦(ふね)を沈めるんだ!合戦用意!」

「ユウナ様!」

早まる彼を制止しようとした部下を振り払い、彼は恐怖とも焦りともつかない感情で顔を猛烈に歪ませ、叫び続ける。

「でなきゃ、こっちが地球軍に撃たれる!国も!
 僕らは、オーブのために此処まで来たんだぞ!それを今更、はい止めますで済むかぁ!」

ヒステリックになっているためその言葉は説得力には欠けているが、それは一面では真実を言い表していた。
ウズミほどの理想を持たない、よく言えば現実的な彼は、損得計算は得意だった。
今此処で地球軍に刃向かえば、オーブに待っているのは戦禍だけである。
それもクルーたちは分かっている。十分に分かってはいるが……
だからといってその理念まで躊躇いもなく捨てられるユウナに、彼らは反感を抱いていた。

「カ、カガリ……!?」

一方、ミネルバサイドも混乱をきたしていた。
いや、タリアの冷静な指示でブリッジは比較的静かだったが、
一方でモビルスーツ隊の冷静な指揮官アスラン・ザラは、今までが嘘のように焦っていた。
セイバーに牽制とはいえビームライフルを浴びせたのは、間違いなくストライクルージュだ。
続いてあとから現れたフリーダムが、そんなことをできるはずもない。
だとすれば、カガリが自分に刃を向けたということになる。いや、そもそも彼女は死んだ筈だ。
だが、あの声は……

「アスラン!?おい、アスラン!聞こえてんのか、おい!?」

思考の渦に呑まれて、戦場ということすら忘れて呆然とするアスランのセイバー。
それを見咎めたハイネから通信が入るが、アスランはそれにも反応しなかった。
コクピットの中で、何事かをぶつぶつ呟いている。普段の彼からは考えられない醜態だ。

「クソッ、コイツは駄目だ!以降、モビルスーツ隊の指揮は臨時に俺が執る!アスランを下がらせろ!」

「ちょっと待って。指揮権の譲渡もですが、今下手に動くのは良策じゃないわ。少し様子を見ましょう」

しかしそこでハイネの通信内容に、タリアが待ったをかける。
今戦場は、突然の乱入者によってとてつもなく緊迫した状態にある。
薄氷の上をスパイクで渡るようなもので、その薄い氷が割れたとき、
最も不利になるのは、数で劣るミネルバだからである。
ハイネは不満そうにしながらも、同じFAITHの命令である以上、仕方なくその指示に従った。
その通信が終わって、タリアがふうと一息つく。

「まさかこのままオーブが……退くなんてことはないわよね……」

唇に親指を当て、彼女は考える。歴戦の優秀な軍人であっても、こんな状況は初めてだ。
艦長としてこの苦境を最小限に切り抜けるべく、彼女の優秀な頭脳は高速で回転を始めた。

「ええい、何をしているの!ここでアレを討たなきゃ、こっちが地球軍に討たれるんだよ!トダカ、やれ!」

そしてもはや指揮官とはとても思えない醜態を晒しながら、
タケミカヅチではユウナがストライクルージュを攻撃させようとしていた。

「落ち着いてください、ユウナ様!」

クルーが今にも暴れだしそうなユウナを押さえるが、泣き喚く小さな子供のようなユウナに振り払われる。
指揮官である以上下手に強く出ることの出来ないクルーたちは、吹き飛ばされて壁に背中から衝突した。
と、そこで、一人の兵士がとうとう堪忍袋の緒が切れたのか、
ユウナを憎しみの篭った目で睨み付けると、彼に飛び掛かろうと拳を構える。
だが、それはさらに予想外の事態により、未遂に終わることになった。

「ユウナ様は、アレがカガリ様ではないと仰るのですね……?」

今まで一言も発しなかったトダカが、ここに来て初めて口を開く。

「そうだよ!カガリは死んだんだ、お前だってそれは知ってる……」

「貴方が殺した。いや、殺したと『思い込んでいた』―――違いますか?」

そう言いながらゆっくりと振り返ったトダカに、ユウナは思わず口をつぐむ。
同時に、クルーたちの間にもどよめきが走った。

「ト、トダカ……貴様」

「ユウナ・ロマ・セイラン。
 貴様はカガリ様がクーデターを画策しているとの『デマ』を流し、
 彼女の名誉を失墜させたうえ、父親と共謀し代表の地位を簒奪した。
 これは、オーブという国家に対する、れっきとした反逆である!」

強い口調でユウナを弾劾するトダカの手には、黒光りする銃が握られている。
その銃口は、正確にユウナの眉間に向けられていた。
ざわめくクルーと目を見開くユウナとは対照的に、彼の表情に揺るぎはない。
その彼の脳裏では、オーブを脱出する直前に自分の元を密かに訪ねてきたカガリとの会話が思い返されていた。





『トダカ……正直に答えろ。貴様は、今のセイランを、正しいと思うか?』

『……はい。残念ながら、現状の戦力を鑑みれば、彼らの判断は妥当であります。
 しかし、彼らの主張は理解できても、その手法、特にオーブの理念を躊躇いなく捨て去るといったことは、
 許されるべきではないと考えます』

『そうだ。私もそう思う。
 確かに仮に今私が貴様ら軍を動かして政権を握ったとしても、
 すぐに大西洋連邦の介入を招き、再びオーブは破滅に向かうだろう……』

『……………』

『だが、私は奴らにオーブを好きにさせるつもりはない。いずれクーデターを起こし、奴らを完全に潰す。
 そのときはトダカ。貴様にも、協力してもらうぞ……』

『ですが、カガリ様は今、それは危険だと仰ったではありませんか!』

『そうだ。あくまで今はな。だから私は、しばらくあえて身を隠す。我が軍の軍備が整うまでの時間稼ぎだ。
 奴らには、私がクーデターを企てているという偽の情報を掴ませてある。
 ウナトがエサに喰い付かねば、ユウナを焚き付ける。
 浅はかなユウナのことだ、父に相談したとしても、いずれ何らかのボロを出すだろう。
 そして奴らを国民が完全に見放したとき、私が再び戻り、この国の実権を握る』

『ですが、仮に大西洋連邦との同盟が締結された場合、彼らの要請でオーブは軍を派遣することにもなりかねません。
 そしてザフトと一度でも事を構えれば、もはや中立を謳うことは不可能です!』

『そうだな。それは私とて分かっている。だからこそだ……』

『だからこそ?』

『ああ。だからこそそのときのことを考え、貴様は軍を派遣することになった場合、そこに潜り込め。
 そのときが、少し計画を前倒しすることになるが、
 セイランの奴らを打ち倒し、オーブがその真の理念に立ち返る瞬間だ』





「しょ、正気か貴様……」

向けられた銃口に怯み、ユウナはへたへたとその場に崩れ落ちた。
目をこれ以上ないほどに見開き情けなくへたり込む彼を、醒めた目で見下ろしながらトダカは声を張り上げる。

「確かに今ここで地球軍に従えば、今ひとたびの安息は約束されるでしょう。
 かつてのように、地球軍に討たれるということはないでしょう。
 ですが、そのほんの少しの平和のために、我々が何を失うか、貴方にお分かりか!」

「う、うるさい!お前たちはしょせん軍人だ!政治なんか分かるもんか!
 僕が日頃どれほどオーブのために働いているか、分かるものか!」

正規の訓練を積んだ軍人であるクルーたちすら思わず竦み上がるほどのトダカの怒りに、
あくまで一般人であるユウナはすでにまともな判断すら出来ていないらしい。
感覚が麻痺でもしたのか。
自分に対して銃を向けた相手に向かって、ユウナはさらに相手を逆上させるような言葉を吐いた。

「本当にそうですか?貴方はオーブのために働いていると言った。それは真実国のためですか?
 今ここで恫喝に屈し連合に与(くみ)すれば、今ひとたびの安息は得られるでしょう。
 ですがその先に何が待ちましょうか!?
 世界は、中立を謳いながらもそれを軽々しく放棄したオーブを、もはや信用などしないでしょう。
 その理念を信じてオーブに居住するコーディネイターは、
 開戦当初ユーラシア北部の街で起きたように、一方的に容赦なく虐殺されるでしょう。
 そして、それゆえにオーブはコーディネイターからの憎しみの対象にすらなるでしょう。
 そんな国に、いったい何が待っているというのですか!
 一方的な破滅と、歴史に残る醜い汚点だけではありませんか!」

「黙れ!だったら貴様らは地球軍に勝てるのかよ、ええ!?
 勝てるんだったら2年前あんなことにはならなかったよな!?
 貴様らじゃ地球軍に勝てないから、僕らは地球軍に与するしかないんじゃないか!
 それを一方的に僕のせいにして……現実を見ろよ!」

軍のど真ん中でその存在意義を真っ向から否定するような言葉を吐くこの男は、
もはや指揮官としてお飾りで座っていればいいだけではない。
今の彼は、士気を著しく下げる、害悪ですらある。
だがオーブ軍がかつて地球軍に敗れたのは事実なため、クルーは眉を寄せつつも、
ユウナのその言葉にはっきりと反論できずにいた。

「いいえ、勝てます」

しかし、今度はトダカの後ろに控えていたアマギが、そこで初めて言葉を発した。
その言葉に含まれた絶対の自信に、クルーが、ユウナが一斉に彼を向く。

「カガリ様がお戻りになれば、我々は勝てます。
 現に、カガリ様はすでに現在のオーブ軍再編案を考えておられます。
 あなた方が自分たちの身の保身しか考えなかったときに、カガリ様はすでに、その先まで見通しておられた。
 その理念すら示せず、目先の安全を追いかけるしか出来ない貴方の、どこが政治家ですか!?
 国を焼かれないためと謳いながら、コーディネイターの国民を躊躇いなく犠牲にできる貴方の、
 どの口がオーブのために働いているなどと言うのですか!?」

アマギの糾弾に、ユウナはぐっと詰まり、反論することが出来ない。
そしてそのアマギの言葉を継いで、トダカがゆっくりと、ブリッジ全体を見渡しながら言った。

「確かに我々は力が足りず、2年前連合の侵攻を止めることができませんでした。
 ですが我々は軍人です。もし再び国土が危機に晒されるならば、
 この命を盾にしてでも国を、そしてその理念を守るために最後まで戦うでしょう。
 少なくとも、今ここにいる人間は、その決意を持ってこうして軍に志願したのです」

そうだな、とばかりに見渡すトダカの視線に応えるかのように、クルーたちは無言で、しかし力強く頷く。
その反応に満足したのか、口元にほんの少し笑みを浮かべると、
トダカは一転厳しい瞳になり、ユウナに向けた銃口をさらにその額に近づけた。

「カガリ様の下でなら、我々は最後まで戦い抜くことが出来ます。
 彼女は未来を照らす光。その確固たる信念で以って、オーブの行く末を指し示すしるべ。
 そして我々は、その行く道を妨害する輩を排除し、彼女の剣となる存在。
 貴方にカガリ様のように、オーブの未来が示せますか?幾多の国民の命を、一挙に背負うことが出来ますか?
 それが出来ない貴方とウナト・エマに、オーブと我々の命を託すわけにはいきません!」

その最後の一声が合図になったかのように、アマギを先頭に次々とクルーがユウナに飛び掛り、彼を拘束する。
そして何事か喚き散らしながら連行されていくユウナを見て最後に大きくため息をつき、

(これでよかったのですね、カガリ様……)

トダカは一度遠くでその獅子の紋章を煌めかせるストライクルージュに目をやると、
指揮下の全艦隊、及びモビルスーツに向け回線を開き、威厳のある声で宣言した。

「国家反逆罪の罪人、ユウナ・ロマ・セイランは逮捕された!
 よって現時刻を以って、オーブ全軍の指揮は、私、トダカが執ることとなった!
 司令官権限にて命ずる。
 今後、オーブ全軍はカガリ様の指揮下に入る!繰り返す。今後、オーブ全軍はカガリ様の指揮下に入る!
 モビルスーツ各隊は、カガリ様の指示通り撤退を開始しろ!」





「おいおい、冗談だろう?」

次々に撤退し、母艦に戻っていくオーブ軍のモビルスーツを見て、ネオ・ロアノークは呆れたようにつぶやいた。

「大佐……」

そばに控える将校が遠慮がちに声を掛ける。
口調こそ軽いものの、彼の内心は思わぬ事態に煮えくり返っていることが、その発する雰囲気から理解したためである。
一方ネオはそんな将校を眼中に入れず、先程と比べれば少々荒っぽい動作で、タケミカヅチへ通信を入れた。

「オーブ軍。きっちり説明していただくといった筈ですが……これはどういうことですかな?」

怒りを隠そうともせず、彼は通信機を握る。
だが帰ってきた答えは、彼の怒りの炎にそれこそガソリンのポリタンクを投げ入れるようなものだった。

「ユウナ・ロマ・セイランは、国家反逆罪で、たった今逮捕いたしました。
 よって、タケミカヅチ艦長であり副司令の地位にある、私、トダカが指揮官となりました。
 オーブ軍司令官として申し上げます。
 我らオーブはその中立の理念を捨て、他国と同盟し罪のない者にその銃を向けることをよしといたしません。
 また、さきほど本国において我らの同志が決起、
 ウナト・エマ・セイラン現代表をカガリ様の殺害未遂、及び国家反逆罪で逮捕いたしました。
 よって、我が軍はあちらにいらっしゃるカガリ・ユラ・アスハ様を正統なる代表として認識し、
 彼女の命令である軍の撤退に従ったものであります」

「ふざけるなぁ!」

普段の彼からは想像もできないような大声で、ネオは通信機を叩きつけた。

「おい、奴の言っていることは本当か!?」

嫌な音を立てて壊れる通信機を尻目に、彼はブリッジに怒号を響かせる。
それに一瞬本気で驚いたクルーだったが、すぐにその中の一人が、悲鳴じみた声を上げた。

「お、オーブでクーデターが起こったというのは、どうやら事実のようです。
 現地時間18時、オーブ首都方面軍を中心とする部隊が一斉に蜂起、
 瞬く間に行政府を制圧し、代表であるウナト・エマ・セイランを逮捕したとのことです!
 また、現在オーブは逮捕され収監されていたホムラ・アスハ元代表が代表代理として、
 一方的に大西洋連邦との同盟破棄を宣言したそうです!」

その言葉に、ブリッジは静まり返る。
もちろんオーブの無茶な論理にもだが、せっかくミネルバを撃墜できるというのに、
それをみすみす逃すことになるのを、皆理解したからである。
そして地球軍のブリッジが嫌な沈黙に包まれる中、戦場は、誰もが予想しなかった方向に向かおうとしていた。





「オーブ軍が撤退していく……!?そんな馬鹿な!」

いくつかある可能性の中で、最も低いと考えていたオーブ撤退という事態。
それが現実に起こったことで、ミネルバ艦長、タリア・グラディスは思わず声を上げていた。
全周波放送での、カガリの宣言は聞いていた。聞いてはいたが……
反逆にしてはあまりにスムーズに事が進んだことに、彼女は違和感を抱く。
だがメイリンの報告よってオーブ本国でもクーデターが起きたということを知り、
彼女は思わずアークエンジェル、そしてストライクルージュを睨み付けた。

「あらかじめ周到に計画していたというの……カガリ・ユラ・アスハ!」

かつて彼女がミネルバに乗艦していたときに垣間見せた、冷酷な政治家としての一面。
それが今、歴史を変えようとしている。
タリアは不覚にもその瞬間思考が停止したが、
メイリンが声を掛けたことで思考の海から脱出、即座にタケミカヅチに通信を繋いだ。

「こちら、ザフト軍所属艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります。
 貴軍の中立宣言は本当に信用してもよろしいのでしょうか?」

電波妨害によって少しノイズが入るものの、比較的鮮明な画面の向こうに、立派な軍人といった男が写った。

「あの人は……!」

モビルスーツにも繋げられたその映像によって、シンが思わず声を上げる。
トダカ一佐。彼こそ、家族を失って憔悴していた自分を救ってくれた、恩人だったからである。
だがその画面は、すぐに切り替わった。
そして続いて現れた画面の向こうの人物に、ミネルバの人間は皆一様に驚きの声を上げる。

「オーブ軍現総司令である、カガリ・ユラ・アスハだ。
 一瞬とはいえ貴艦に銃口を向けたこと、まずは謝罪させてもらいたい。
 だが、現在我々オーブは大西洋連邦との同盟を破棄し、中立を宣言している。
 そのため貴艦から攻撃してこない限りこちらから攻撃を仕掛けることはないし、
 また貴艦が地球軍から攻撃を受けたとしても、我々はそれに一切関知しない。
 私、カガリ・ユラ・アスハの名に於いて、それは保証する」

パイロットスーツも付けずにそう断言するのは、間違いなく、彼らがミネルバで見た、カガリその人である。
その映像が写った瞬間シンは複雑な感情をその瞳に宿し、またアスランは完全にコクピットの中でへたり込んだ。

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[2806] 【PHASE13】
Name: こうくん
Date: 2005/09/08 00:04
【PHASE13】   混迷の海





アークエンジェルと、それに乗艦していたカガリ・ユラ・アスハによって、
ダーダネルス海峡を舞台に対峙する連合とミネルバは、その第一手をお互いに欠く状態になっていた。
彼らが見ている目の前で、悠々とオーブ軍は撤退作業を行っていく。
もともと不利な立場にあったミネルバはいいが、
ミネルバを潰すために徹底的な準備を行ってきた地球軍は、それはどうあっても笑って見逃せる状況ではなかった。

「オーブ軍。一方的な同盟破棄があなた方にどういう結果をもたらすか、お分かりでしょうな?
 我が軍は今からでも攻撃目標を貴軍に設定し、交戦する用意があるのですよ……?」

キレて自分でぶっ壊したはずの通信機をどうやって直したのか、
再びネオ・ロアノーク大佐の声がタケミカヅチブリッジに響く。
同時に地球軍艦艇からは次々にモビルスーツが出撃、布陣を整え始めていた。
だがトダカは毅然とした態度で言い放つ。

「我が軍はその中立の理念に基づき、行動するまでです。よって、こちらから貴軍を撃つ事はいたしませんし、
 貴軍がミネルバを撃つというならそれを止めることもしません。
 ですがそちらから攻撃を仕掛けた場合……我が軍は武力をもってその脅威を排除するものであります」

言いながらも、指示を出していまだ撤退しきれていない部隊を展開させ、地球軍と正面から向き合う。
そしてカガリの指示が行ったのか、アークエンジェルがタケミカヅチ後方に付き、これを援護するような布陣を組んだ。
戦場はミネルバを無視し、味方同士であったはずの地球軍とオーブ軍の間で緊張が高まっていく。
だが、直後にネオが繋いだ通信は、この停滞した海に一石を投じるものだった。

「ならば、我が軍がミネルバに攻撃しようとも、そちらは一切手を出さない、というわけですな?
 オーブ軍現総司令官、カガリ・ユラ・アスハ殿?」

あえてミネルバにも届くように設定された通信で、ネオは言い放つ。
その言葉にミネルバクルーは息を呑むが、カガリの返答ははっきりとしていた。

「そうだ。貴軍が我々に対し攻撃を仕掛けない限り、我が軍は一切手を出さない。
 ミネルバが沈もうが貴艦が沈もうが、我々は一切これに関知しない!」

このはっきりとした宣言には、流石のミネルバクルーも落胆を隠せなかった。

「まあ……退いてくれただけでも幸いかしら……」

ミネルバ艦長のタリアは、残念そうにしながらもモビルスーツに指示を出そうとする。
そのままオーブ軍を無視して激突すると思われた両軍だが、
次の瞬間ミネルバの側がとった行動によって、事態は思わぬ方向へ転がり始めた。

「…………アンタは…………どうして…………」

インパルスのコクピットの中、誰にも聞き取れないような声で、少年は呟く。
突然出てきて自分勝手なことを喚き散らし、挙句自分たちを助けようともしない。
少年の脳裏を、オノゴロで無残にも死んでいった家族の姿が掠めていく。

「!?―――インパルス、応答願います!シン!!!」

「どうしたの!?」

「インパルスとの通信が、向こう側から遮断されました!繋がりません!」

「何ですって!?」

アンタだけは、絶対に許さない。
オノゴロで誓った、家族の復讐。
力がないのが悔しかった。仇すら取れないのが悔しくて、ただがむしゃらに力を求めた。
その結果が、今、ここにある。
オーブのアスハ家の娘。家族の仇、カガリ・ユラ・アスハ―――

「俺は、アンタを殺す!」

瞬間、インパルスが突如スラスターを最大限に吹かし、ストライクルージュに一直線に向かっていった。
コクピットに座るのは、怒りの炎をその瞳に宿した少年、シン・アスカ。
種が弾けた彼の瞳には、ただ、『殺す』という思念のみが宿っていた。

「!?」

勘、とでも言えばいいのだろうか。アラートに気が付いたカガリが、
即座に反応して機体を上昇させ、つい先程まで自分がいた場所を正確に撃ち抜くビームライフルを回避する。

「あれは―――インパルス? あの少年か!」

瞬時に体勢を立て直して、ビームライフルを構えようとするカガリ。
だが、覚醒したシンがそんなことを許すはずがなかった。

「アンタは……アンタだけはァー!」

怒りに燃える彼の前には、ビームライフルの直線的な攻撃など止まった棒に過ぎないのだろうか。
確実にコクピットを狙った筈のビームを全て回避し、
インパルスは凄まじい速度で自身のビームサーベルのリーチに、ストライクルージュを捕捉する。
そして薙いだビームサーベルは、ストライクルージュの持つライフルを根元から切り裂いていた。

「クッ!」

どう考えても押されている。モビルスーツの操縦ならば、彼女とて並の人間に遅れをとるつもりはなかった。
事実、先の大戦で英雄とまで謳われたアスラン・ザラ相手に、途中までは互角以上の勝負をしたのだ。
コーディネイターだろうがナチュラルだろうが関係ない。
事実圧倒的な反応速度とニュータイプとしての勘で、カガリの現在の能力は、キラ・ヤマトにすら匹敵している。
だがなぜか、アスランと今のシンには勝てない。
その理由がカガリには分からなかったが、このままでは危険であるということだけは理解できる。
シミュレーションではない、これは現実なのだから。

「カガリッ!」

フリーダムとセイバーが即座に援護に回ろうとするが、
インパルスとルージュの距離が近すぎるために下手に手出しが出来ない。
牽制も込めてビームライフルを放つが、ルージュしか目に入っていないはずのインパルスは、それすら軽くかわしていく。
もっとも、キラもアスランも、ルージュに当たることを恐れてしっかりと狙えていないのだが。

「艦長!シンの行動は独断でのものであり、私はFAITHの権限で彼を止めます!」

アスランが一方的にそう言って通信を切り、インパルスに向かう。
だが彼もまたキラと同じように、インパルスを引き剥がすことができない。
そしてそうしているうちにも、カガリは徐々に追い詰められていた。

「ええい、もっと早く反応しないか!」

機体に文句を言ってみるが、それをしたところでどうにかなるということもない。
もともとサイコミュシステムを搭載したキュベレイに乗っていたこともあり、
ルージュのこの反応の遅さだけは彼女は我慢がならなかった。

「アスハが殺したんだ!両親も、マユも!綺麗事を言ったと思ったら、次はクーデターか?ふざけるなっ!」

インパルスの右手が持つビームサーベルが、ルージュに肉薄する。
避け切れないと悟ったカガリは即座にシールドを前面に展開したが、
インパルスの斬撃で上半分を持っていかれてしまう。

「終わりだ、アスハ!」

「ッチィ!」

半分に割れて使い物にならなくなったシールドをインパルスに投げつけ、その一瞬の隙でルージュは距離をとる。
だがそれすらも、怒りに燃えるシンの前には無意味な行動でしかなかった。

「ウオァァァァアアア!!!」

雄叫びを上げて、シンはインパルスを駆り飛んでくる盾をこちらも盾で防ぐと、
自分の盾ごと放り投げ、まっすぐコクピットに向かってビームサーベルを突き出した。

「カガリッ!!!」

もはや躊躇うのは危険すぎる。
インパルスに直接体当たりしてでもルージュを守ろうとフリーダムがスロットルを全開にするが、間に合わない。
即座にモビルアーマー形態に機体を変形させ、加速するアスラン。
シンの突然の行動の意味がまるで分からずただ見守るハイネ。
フライトユニットがないため、こちらは動こうにも動けないルナマリアとレイ。
通信を切られてどうしようもできないタリア。
タケミカヅチでは、ほとんどのムラサメが空母に戻っていたため、救助にも出動できなかった。
二、三の機体が向かっているが、
カガリとシンの間で展開される驚異的な反応速度を持った者たちの戦いに、介入することが出来ない。

「カガリ様!!!」

「シン!!!」

オーブ軍のクルーが叫ぶ。キラが悔しそうに眉を寄せる。タリアが必死に指示を出す。
アスランが祈るような気持ちでカガリの無事を願う。
インパルスのビームサーベルが盾を失ったルージュを貫く。そう、誰もが思った。

「カガリ様、お下がりください!!!」

だがコクピットを貫く直前、インパルスのレーダーに新たな機影が写る。
慌てて視線をやったシンとカガリの目に入ってきたそれは、
モビルアーマー形態で突っ込んできたムラサメだった。
パイロットが、カガリに確実に声が届くよう全周波に設定されたスピーカーから、必死の声でカガリに呼びかける。

「馬鹿者!むやみに出て来るな、死ぬぞ!」

その彼に警告するようカガリは声を荒げるが、その声が彼に届くことはなかった。

「邪魔をするな、どけぇー!」

怒りに燃えるシンが操るインパルスが、躊躇いもなくビームサーベルを突き出す。
そしてその切っ先は、モビルスーツ形態に変形して立ちはだかろうとしたムラサメのコクピット部を、正確に貫いた。

「グフッ……カガリ様、お逃げ、下さい……」

スピーカーから漏れる声と共に、ムラサメの腕がインパルスを拘束する。
それはまるで、死してなお敵に立ちはだかったという、武蔵坊弁慶のように。
インパルスは何とかそれを引き剥がそうとバルカンを撃ち、いったん分離しようとするが、
がっちりと押さえ込まれているために身動きが取れない。

「な、何だよ、このっ!?」

バルカンで装甲がボロボロに削り取られていく。だがそれでもムラサメはインパルスを放さない。
その必死の抵抗に、シンの口から思わず恐怖が漏れた。
主君をやらせまいとする意地、身体を張ってでも忠義を貫く誇り高き武人の魂。
既に爆散する寸前であるにも関わらず機体を動かしたのは、気力なのか奇跡のなせる業か。
だが、コクピットを貫かれ、バルカンでボロボロになった機体が生き残れる筈などない。
パイロットが最後の気力を振り絞って、血に濡れた手で自爆スイッチを起動し、コードを入力する。

「我らオーブの未来に…………栄光あれぇ――――――!!!」

スピーカーから、パイロットの最期の絶叫が木霊する。
刹那、ムラサメのコクピットから閃光が奔った。
そしてその機体は、インパルスをその腕に抱きかかえたままパイロットもろとも爆散し、
その破片は海へと還っていった。

「………………!」

スピーカーを通して聞こえた、最期の声。
オーブのために散ったその声を聞いたトダカは、無言で爆散した機体に向かい、敬礼をする。
アマギ以下呆然としていたクルーたちも、すぐにそれに従った。

「馬鹿め!出てこなければ、やられなかったものを……!」

だがパイロットが自分をかばって死んだにも関わらず、カガリの言葉は冷たかった。
シンはスピーカーを通して聞こえた鋼鉄の意志に、自身の昂ぶっていた感情を挫かれ呆然としている。
インパルスはフェイズシフト装甲のため機体自体にそれほどの損害はない。
ただビームライフルとフォースシルエットの一部が破損しただけだ。
だがそれでも、彼の瞳の色は元に戻りかけていた。
あまりの出来事に、地球軍のネオ・ロアノーク大佐すら、部隊に攻撃開始の指示を出せずにいる。
混沌の海を、沈黙が支配する。
ミネルバも、アークエンジェルも、タケミカヅチも。
いや、この戦場にいる誰もが、この突然の出来事に呆然としていた。

「……許さない」

しかしそこで、誰にも聞き取ることは出来ないくらいの小さな呟きが、ルージュのコクピットから漏れる。
その声の主はカガリ。しかしそれは、今の彼女、すなわちハマーン自身が意図して出した声ではなかった。

(何っ!いったいどうなっている!?)

友軍機が撃墜されたにも関わらず凪のように静かだった彼女の心で、なぜか怒りの炎が急速に燃え広がる。
そしてそれは、明らかに『ハマーン自身』の感情ではなかった。

「お前だけは……絶対に許さない……!」

そしてまた、彼女自身が意図しない言葉が漏れる。
ここにきて、彼女にはそれが何か分かりかけてきていた。

(カガリ、落ち着け!今貴様が外に出たら、貴様の腕では間違いなく死ぬぞ!)

自我が急速に意識の内側に引きずり込まれる感覚に、彼女は必死にカガリに対し声を掛ける。
カガリ本人の意識が、外に出ようとしている。彼女はそう悟った。
そしてそのカガリの意識、感情が、自分の心を侵食していく感覚に囚われる。

(止めろ!たかが一兵卒など気にするな!その場の怒りに身を任せるのか、愚か者が!)

既に心の半分以上が、カガリの感情に支配されつつある。
自身の中に沸き立つ身に覚えのない怒りに、既に彼女は呑み込まれる寸前だ。
それでもわずかに残った理性が、暴走するカガリの心を抑えようと必死になる。
だがそれも、結局のところ無駄な抵抗でしかなかった。
カガリの意識に呑まれた身体が、ハマーンの意図を離れて勝手に動き出す。
自然に動いた指が通信チャンネルをインパルスとミネルバに合わせ、再び操縦桿を握る。

「インパルスのパイロット。貴様は中立を宣言した我が軍に対し、一切の通告なく一方的に攻撃を開始し、
 なおかつ一人の兵士の命を奪った。これは我が軍に対する宣戦布告と同義とみなされる」

カガリの感情に既にそのほとんどを支配されたハマーンの意識が、その言葉を告げる。
ここに至って、彼女の人格は既にカガリの身体を操ることが出来なくなっていた。
押し寄せる感情のままに、彼女の意識は本人の意図するところとは別の方向に動き始めている。

「また、それ以前に、私を守ろうとした忠義の士を殺した貴様を、私は断じて許さない!」

カガリの迫力に、チャンネルの向こうで、シンが息を呑んだような気がした。
ハマーン自身の人格、思考そのものが、カガリのそれに侵食されていく。

「結果として国を焼き、貴様の家族を犠牲にした父上を悪く言うのも構わない。
 その娘たる私を、憎んでくれても構わない。
 だが、だからといって復讐のため我が国の民に手を掛けるということを、私は認めるわけにはいかない!
 私はオーブの民を守る!たとえこの手を血に染めようとも。
 そしてそのために、この身が地獄の業火に焼かれようとも―――!!」

刹那、彼女はそれまで感じたことの無かった感覚が己を包んだのを自覚した。
脳髄の中枢で、何かの種子が弾けるような感覚。
それを認識した途端、思考が異常なまでに澄み切っていくのを彼女は感じた。

「貴様はァー!」

両手にビームサーベルを構えると、ルージュはインパルスに迷うことなく突っ込んでいく。

「くっ!」

インパルスもさせじとビームサーベルを薙ぐが、
まるでそれは太刀筋を最初から読まれているかのように、ルージュの機体にかすりすらしない。

(この感覚は……いったい何だというのだ!?)

ハマーンは、それにある種の恐怖を感じていた。
自身のニュータイプとしての力を完全に覚醒させたのとはまた違う感覚。
無色透明な思考の中、ただ敵を殺すための最短距離が脳内で瞬時に算出され、
また身体がそれに従って恐ろしいほどのスピードで反応する。

そして何より驚いたのは、『自身がカガリと完全に融合』した感覚の中にいるということだ。
カガリが表に出ている筈なのに、機体を動かしているのは、まるで自分であるかのように感じる。
一方で、彼女の想い、オーブを守るという鋼鉄の意志が、ハマーンの中に流れ込んでくる。
それは、まるでかつてニュータイプ同士感応したときのように。

心の奥で、彼女の泣き声が聞こえる。国民を殺され、その怒りに打ち震える心が分かる。
その純粋な想い。かつてハマーン自身どこかに置き忘れてきたような想いが、彼女を急速に満たしていく。

(止めろ!私を惑わせるな、カガリ!)

意識の奥底に封じられた、ほんのわずかに残ったハマーンの意志が、
勝手に身体を動かすカガリに必死に訴える。
だがその程度で、瞳に冷徹な光を湛えた彼女が止まるわけはなかった。

「ウオオォォォッ!」

知らずあてつけのつもりなのか、先程インパルスにやられたのと全く同じ動作で、
今度はルージュがインパルスのビームサーベルを弾き飛ばし、右腕を斬り落とす。

そしてそんな中、心に染み入ってくる感情に、ハマーンは恐怖していた。
理解できる。
この少女の痛み、悲しみ、苦しみ、そして自分とは違う信念が、心に染み渡っていく。
だが、それを理解するということ。それはすなわち自己を否定するということ。

『これから』の展望については、この世界をいまだ把握し切れていないことから、
とりあえずはこのカガリという少女が唱える中立を守ると決めたが、そこに至るまでの手段などは、大きく違っていた。
現に、これはまだほとんどの人間が知らない事実だが、
ハマーンはクーデターの際、軍の特殊部隊に、主だった反対派の首長の中でも、
とりわけこれからの政権運営に邪魔になるであろう人物、喚くだけの無能な人物、
さらには軍内部のセイラン派の実力者を暗殺するよう命じている。
言い訳など、自分が逃走したときのように、混乱のさなか銃撃戦になったとでも言えばいい。
今頃オーブ国内では、歓喜の嵐の裏で、幾人もの人間に血の粛清の嵐が吹き荒れていることだろう。
これはハマーンにしてみれば、政権運営をより確実なものとするための当然の選択肢だが、
カガリならば絶対に採らなかった案だ。

目的のために多少の犠牲など構わないという考えのハマーン。
対照的に、殺すという行為自体に嫌悪を抱くカガリ。
普段のハマーンならば、子供の戯言と一蹴していたであろう考えが、
今の彼女には純粋な思念として触れることが出来る。

レジスタンス時代、目の前で友人を亡くした。オーブ本土に侵攻され、戦火の中父を失った。
宇宙に上がって、友であり大切な部下である少女たちを亡くした。
殺されたから殺して、殺したから殺されて、それで本当に平和になるのか?
過ぎた力は、また更なる争いと悲劇を呼び起こす。
だからこそ自分は、やがて兵器など要らないような世界にするために、
政治という世界で戦っているんじゃないのか?
自分も大切な人たちを多く亡くした。だが、だからこそ憎しみの連鎖を断ち切らなければならない。
人を全て救うことなどできやしないと知った。だからせめて、自分を愛してくれるオーブの民だけは、絶対に守る。

カガリのこの決意が、純粋に平和を求める意志から来ていることを、
心と心の壁のないこの二人だけの世界ならば、ハマーンにも理解できる。
そしてそのとき、彼女は初めて、このカガリという少女自身に人間としての興味を覚え、
また初めて自分と相容れない他者の考えを、正面からまっすぐに受け止めた。

「てやああぁぁぁあああ!!!」

ルージュの左のビームサーベルが、インパルスの頭部を貫く。右手のそれが、左腕を叩き斬る。
ニュータイプとしての勘なのか、敵の動きが手に取るように分かる。
そして、カガリ本人に秘められた力なのか、
種が弾けるような感覚と共に、自身の戦闘能力が圧倒的になったのを理解する。

「クソッ!何なんだよアンタは!」

頭部と両腕を破壊されながらも、なおも抵抗しようとするインパルス。
だがその動作すら、あらかじめ分かっていたかのように、ルージュはビームサーベルを一閃し、両脚を斬り落とす。
そしてダルマになったインパルスのコクピットに強烈な蹴りを加え、
その衝撃でパイロットは気絶したのか、抵抗するまでもなく海中に落ちていった。

「ハア……ハア……」

派手に水しぶきを上げて海面に落下するインパルスを見下ろしながら、
ルージュのコクピットでカガリは荒い息をつく。
瞳の色が、ゆっくりと元のそれに戻っていく。
それを感じながら、ハマーンは自身の意識が再び表へと浮上するのを、どこか他人のように見つめていた。

「アークエンジェル。バルドフェルドにスカイグラスパーで出るように要請しろ。エールでな」

ようやく表に戻り、カガリの身体を自分が動かしているのを確認したハマーンが、通信を出す。
海域では突然の出来事に、第三軍のオーブも含め、誰もが一歩も動けないでいる。
だが戦闘が終わったのを確認したらしい地球軍艦艇から、モビルスーツが次々とミネルバに向かい始めた。

「ザフト軍艦ミネルバ艦長、タリア・グラディスに告ぐ。
 先程のインパルスのパイロットの行為は、我が軍に対する明らかな敵対行動である。
 一分以内にこの件に関しての何らかの説明がない場合、我が軍は貴艦に交戦の意志ありと見なし、
 この脅威を排除するため貴艦を攻撃する」
 
続々とミネルバに押しかけようとする連合のウィンダムを横目に、カガリはミネルバに一方的な通信を入れる。
回線の向こうでタリアが渋い表情をしているのが容易に想像できたが、
今のカガリは実のところそれを考える余裕がなかった。

(あの感覚は……いったい……?)

ハマーンは思考する。
さきほど、目の前でムラサメが撃墜されたとき、突然カガリの感情が自分の中に入り込んできた。
そして、それはどこか似て非なるものではあるが、以前にも感じたことのある感覚だった。
かつてグリプス戦役で、カミーユ・ビダンの駆るZガンダムと対峙したときだっただろうか。

手元の液晶が、20秒経過したことを告げる。
ミネルバからの回答は、いまだ、ない。
空中でホバリングしているルージュから見て10時の方角で、ウィンダムとミネルバのモビルスーツとの戦闘が始まる。
オレンジ色のグフそっくりのモビルスーツが、ヒートロッドをメインに使いながら、見事なまでに敵を翻弄している。
だが赤いモビルスーツは、絶妙な反応で敵の攻撃を回避しているものの、その動きはどこかぎこちなかった。

ハマーンはさらに考える。
ニュータイプ同士の感応とは、似ているが、違う。
もともと一つの身体に二つの意識が同居している、不自然な状況。
その状況下で、むりやり二つの意識が一つにまとめられるような、そんな感覚。
だからこそ、自身とは全く異なる筈のカガリの考えを、一瞬であろうと自分は理解できたのか。

「スカイグラスパー、発進位置へ。
 ストライカーパックは、エールを装備いたします。
 ―――進路クリア。バルドフェルド隊長、スカイグラスパー発進、よろしいですわ」

「了解した。アンドリュー・バルドフェルド、スカイグラスパー発進する!」

モビルスーツ管制のラクスの声と共に、
エールストライカーを装備したスカイグラスパーが、アークエンジェルから発進する。

「お姫さん、新しいライフルとシールドだ。大事に使えよ!」

手元の液晶が、40秒経過したことを告げる。
ルージュの上方につけたスカイグラスパーから、シールドとライフルが切り離される。

「ご苦労。一度戻り、ムラサメに乗り換えておけ。ミネルバを落とすことになるかもしれん」

重力にしたがって落下してくるそれらを器用に受け取り、ルージュは再び完全装備に戻った。
役割を終えたスカイグラスパーが、反転してアークエンジェルへ戻っていく。
それを見送りながら、カガリはタケミカヅチに通信を入れた。

「トダカ。モビルスーツ各隊を、艦上空に展開させておけ。
 それとムラサメの1個小隊をこちらにまわせ。時間がきたら、ミネルバに攻撃を仕掛ける」

「は……ハッ、了解しました!」

通信を切ってすぐに、近くのムラサメが自分に向かって飛来する。
トダカの素早い指揮にカガリは感心しながらも、心の大部分は、先程の不可解な現象について考えていた。

種が弾けるような感覚。あれはいったい何だったのだろう。
モビルスーツの腕は、ハマーン自身自惚れではないが、間違いなく以前いた世界ではトップクラスだったはずだ。
実際のところ、最終決戦以外はまず負けなしである。
だが、そんな自分でも機体の性能差が有るとはいえ、押されていたインパルスのパイロット。
それをあっさり打ち破るほど、その種が弾けた感覚は凄まじかった。
余計な思考が一切削ぎ落とされ、ただ戦うことのみに意識が集中する。
敵をどうすれば最も効率よく殺せるか。この場での最適な行動は何か。
そういったことが、ほとんど思考するまでもなく、瞬時に身体に伝達されて実行される。

この世界の人間が持つ因子?違う。カガリの記憶の中に、そんな知識は存在しない。
以前いた世界での『ニュータイプ』という概念も、この世界には全くないし、類似するものも存在しない。
ドラグーンシステムは、どうやらまた別のものであるらしいから。
だが瞬時に戦闘能力が跳ね上がるということは理解できた。
だとすれば、以前シミュレーターで戦ったアスランもまた、もしかしたらこの因子を持っているのかもしれない。
途中までこちらが押していたにも関わらず、ある時を境に一気に戦闘能力が跳ね上がったのだから。
だとすれば、それはいったいどういった理由で?そして何故、カガリがそれを持っている?

しばらく考えたが結論が出ないことを悟った彼女は、
後でエリカにでも訊いてみるかとそこで思考を中断する。
手元の液晶が指し示す時間は、ちょうど60秒。
それを見たカガリは、全回線を通じて、オーブ軍、地球軍、そしてミネルバに向かって宣言した。

「我が軍はこれより、ザフト軍艦ミネルバに対する攻撃を開始する!
 モビルスーツ各機、私に続け!!敵戦艦を叩き潰す!!」

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[2995] 【PHASE14】
Name: こうくん
Date: 2005/10/11 08:10
【PHASE14】   新しき運命へ





インパルスがバラバラにされて海面に叩き落とされたのを見たミネルバのブリッジは、
まるでお通夜のような空気に包まれていた。
間違いなくミネルバの中ではエースと呼ばれる戦闘力を持ったシンが、
途中からいきなり強くなったストライクルージュに圧倒され、撃墜された。
しかもタケミカヅチから発進したムラサメ隊によって、インパルスの残骸は回収されている。
予想外の事態の連続に、さすがのタリアもただストライクルージュを睨み付ける事しかできなかった。

「艦長!!地球軍からのモビルスーツの発進を確認。交戦許可を!!」

「……分かりました、交戦を許可します。落とされないでね」

了解、と軽く返事をして、モニターからハイネの顔が消える。
そしてふと手元の時計に視線を落とすタリア。針は、ちょうど20秒を指していた。

ストライクルージュのコクピットにいるであろうカガリのことを考えながら、
タリアはこれからのことについて思考を巡らせていた。
アスハが描いていたであろう最高のシナリオはおそらく、地球軍とミネルバが潰し合うこと。
オーブが真に中立を保つには、両勢力間を上手く立ち回り、
自国にその切っ先を向けられないようにすることしかない筈。
ミリタリーバランスから言っても、それは確実だ。それに、中立とはそういうもの。
万が一ここでミネルバが沈めば、オーブはザフトとの関係を修復することなど出来はしない。
そうなれば、再び連合の傘下に入るか、滅ぼされるか。どちらにせよ、オーブは確実に滅びる。
だからこそ、本来ならば彼女はミネルバを本気で落とそうとは考えないはずなのだ。

「艦長!!ソナーに敵影、アビスです!!」

「撃ち方、急いで!」

アラートに気がついたメイリンが叫ぶ。
それに対して的確に指示を出しながら、タリアはさらに考えていた。

オーブ軍が抜けた地球軍ならば、ミネルバのみでも九割方切り抜けられただろう。
そして間接的にミネルバを救ったことを手土産に、
アスハはプラントとの関係修復に乗り出したかったはずだ。
失うであろう現在の連合との友好関係は、アスハが真なる中立を唱えるならば容認できるものではない。
その立場は決して対等などではなく、また今回のように命じられればザフトとも戦わなければならないのだから。
そしてそれは、危険な賭けだが各戦線で苦戦を強いられている現在の連合を見れば正しい判断だっただろう。
連合からの、オーブへの信頼度は地に堕ちる。
だが砲火を交えない限りは、オーブは連合にとっての『敵』とはならない。
現在各地で苦戦が伝えられる連合に、敵でないオーブ攻略にまで回す兵力などない。
そうすれば、あとはカガリ・ユラ・アスハの外交手腕がモノを言う。
彼女が上手く立ち回って、最終的に戦火に巻き込まれることなく戦争が終結すれば、
そのとき中立国たるオーブは、その存在感を確固たるものにしているだろう。
そしてそれこそが、アスハが描いていたであろうシナリオの、最高のエンディングだった筈なのだ。

たった一つのイレギュラー、シン・アスカの暴走を除けば。

「艦長、残り時間20秒です!!」

カガリが指定した時間は、もうすぐ。
流石にセイバーとグフだけでは無理があるらしく、それらを突破してきたウィンダムがミネルバに攻撃を仕掛ける。

「なめんじゃないわよー!!」

ルナマリアのザクウォーリア(以下ルナザク)のオルトロスがその凶悪な火力を見せ付けるが、
2、3撃墜するだけで、さすがに隙が大きいためか全てを撃墜するには足りない。
そしてその隙をレイがカバーすることで、辛うじて彼らは撃破されることなく戦っていた。
もっとも、これ以上敵の数が増えれば、確実に彼らの機体は蜂の巣になるだろうが。
頼りのグフとセイバーも、ウィンダムの数の多さとカオスのしつこさに、徐々に防戦一方になりつつある。
ここに来て、ミネルバクルーは改めてシンの存在の大きさを思い知った。
そして、さらに2機のザクを突破したウィンダムが、対空砲火を掻い潜りミネルバに直接攻撃を仕掛ける。

「クッ!!」

「左舷ミサイル発射管被弾!!航行には支障ありません!!」

弾着の衝撃に、ブリッジが揺れる。もはや圧倒的な戦力差に完全に悲鳴になっているメイリンが、
それでも自らの仕事だけは着実に遂行する。
だが一度防衛を突破されたら、あとは次々と砲火が放たれるのみ。
それらの衝撃に揺れるブリッジの中、タリアはとにかく結論を急ごうとしていた。

シン・アスカの暴走は、確実にカガリ・ユラ・アスハのシナリオにはなかっただろう。
彼の行動によって、オーブはザフトと敵対せざるを得なくなってしまった。
連合に後ろ足で砂をかけた以上、オーブはプラントと関係を修復し、
それを連合に対するプレッシャーとして使用する以外に生き残る術はない。
だからこそこのままでは、確実にオーブは生き延びることはできない。
そして、インパルスを撃墜されて戦力が実質半減している、このミネルバも。

オーブがカガリの失策によって滅びようがどうしようが、タリアにとってそれは関係のないことだ。
彼女が気にしなければならないことは、何が何でもミネルバを生還させること。
そう。たとえ、どんな手段を使ってでも。
そしてそれが、アスハという底の知れない女に、結果的に身を委ねることになるのだとしても。

「回答期限まで、あと5秒……きゃっ!! き、機関室に着弾、火災発生!!」

さらに強い衝撃に、タリアはかぶっていた軍帽を吹き飛ばされた。
アーサーも必死に手近なものにつかまっている。
衝撃に傾く船体。その中でタリアは一度前方のアークエンジェルを睨み付けると、

「メイリン、全回線で通信を開いて早く!!」

そう、怒鳴り散らすかのように大声で叫んだ。

「う、うわぁっ!!オーブ軍が……!!」

アーサーが恐怖に引きつった声を上げる。
回答期限60秒経過と同時に、沈黙を保っていたストライクルージュが、
ムラサメの小隊を引き連れて全速でミネルバに向かう。
ビームと対空機銃の嵐を軽くかわしていくその姿に、多くのクルーは死を覚悟する。
だが、そこでタリアが思っても見ない行動に出た。

「ミネルバ艦長タリア・グラディスより、この海域に展開する、全ての軍に告げます」

覚悟を決めたタリアの声が、凛として戦場に響く。
その声に、それまでミネルバに攻撃を加えていた地球軍の動きが止まり、
今まさにミネルバをその射程に捉えようとしていたストライクルージュもまた、
こちらはまるでそれを待っていたかのように停止した。

「当艦、ザフト軍所属艦ミネルバは……」

タリアの言葉を聞き逃すまいと、戦場にいる全ての兵士が耳を傾ける。
空間が、張り詰める。
つい先程まで命のやり取りをしていた戦場が、一瞬にして氷の海へとかわる。
一触即発の戦場。たった一つの銃弾が均衡を崩壊させるだろうこの混迷の海で、
タリアの声は異様なまでに透き通り、そして、戦場にいる全ての兵士の耳に届いた。

「当艦は……先のインパルスによる『独断での』オーブ軍総司令官への攻撃を謝罪すると共に、
 オーブ軍に対し全武装を解除……投降いたします」

震える手が、タリアがこの判断を苦渋のうちに下したことを物語っている。
それを見ていたブリッジクルーは、物言いたげな顔を最初こそ向けたものの、
ただ黙ってその判断に従うしかなかった。

「レイ!?艦長はいったいどうして!?」

「いや、賢明な判断だ。インパルスを欠く状況では、いくら相手が地球軍のみであろうと俺たちはもたない。
 投降したとしてもそれがオーブならば、連合よりはまだマシだということだろう……」

「カガリ……」

ミネルバ所属のパイロットたちに、衝撃が走る。
相変わらず凍りついた戦場で、彼らはただ、状況が動き出すのを待つことしか出来ない。

「大佐、これはいったい!?」

「なるほどね。さすがザフトの最新鋭艦の艦長さんだけのことはあるな。大した判断力だこと。
 オーブに対して降伏すれば、その時点でミネルバは捕虜という扱いだが、
 実質的にオーブ軍のものとなる。
 こっちがそれに対して攻撃を仕掛ければ、所有者たるオーブが黙っちゃいない……っていうことさ。
 つまりミネルバは―――自分の身を守るために、オーブと俺たちとを潰し合わせるつもりなんだよ!!」

「!!!」

クルー全体にどよめきが走る。彼らは、一斉に指揮官たるネオを向く。
だが彼のほうはそんな慌てることしかできない連中に気を向けることもなく、
カガリの判断を今度も一言一句聞き漏らすまいと、ただスピーカーに神経を集中させていた。

「ザフト艦、ミネルバに告ぐ」

しばらくして、同じ全周波帯からカガリの声が響く。
ここでどう判断を下すのか。オーブにしろミネルバにしろ、凄まじく重要な賭けである。
特にそれによっては間違いなく落とされるミネルバは、極限の緊張状態にあった。
映像回線は切っているため見えないが、カガリの口元がゆっくりと吊り上がる。

「我が軍は貴艦の投降を受諾。また、以降地球軍はこれに攻撃した場合、我がオーブ軍への攻撃とみなす」

タリアが、張り詰めていたものが切れたかのように、どさりと艦長席に座り込んだ。
ミネルバのブリッジに安堵の息が漏れる。
彼らは、自身の命を賭けた大勝負に、辛くも勝利したのである。

そして、カガリもただ何となくこの投降を受諾したわけではなかった。
いや、もとより、インパルスに突如攻撃されて、
彼女の思い描いていたベストエンディングに到達できないことが確定してから、
この展開こそを狙っていたのだ。
ラクス・クラインに匹敵する、プラントに対する強力無比な政治的カード。それを、彼女は今手中にした。
しかも半ばジョーカーであるラクスのように、こちらがよほど追い詰められない限り使用をためらうようなモノでもない。
プラント最新技術の塊であり、さまざまな作戦に従事するための最強の戦闘部隊。
使い方を誤れば自らの破滅を招くのはラクスと同様だが、それでもカードとしての汎用性は、
こちらのほうがはるかに高い。

しかし、そんな艦に護衛も付けず単独で圧倒的な戦力を誇る地球軍にぶつける。
そのプラント上層部の考えだけが、彼女にはいまいち理解できなかった。
護衛戦力にまで事欠くほど苦労しているわけでもなかろうに、と彼女は思う。
だがまあ、インパルスのあの実力を目の当たりにすれば、それも無理のない話ではないかとも思った。
実際ネエル・アーガマ一つに、正確にはジュドー・アーシタにネオ・ジオンは相当の苦汁を呑まされていたのだし、
こちらの世界でも、不沈艦伝説を創り上げたアークエンジェルという艦があるのだから。

何にせよ、このカードを完全に掌握するために今必要なこと。
それは、現海域に展開する地球軍の排除だった。

「地球連合軍司令官に告ぐ。たった今ミネルバは、我が軍に対して投降した。
 よって以降これに対し攻撃を加える場合は、我がオーブ軍への攻撃とみなし、その脅威を排除する。
 だが中立という立場上、貴軍が当方に対し攻撃を加えない限り、
 当方は貴軍に対し一切の戦闘行為を行うつもりはない。
 貴軍が速やかに撤退することを望む」

丁寧な口調だが、その内容は地球軍にとって到底呑めるものではなかった。
ようするに、死にたくなければさっさと帰れと言われているようなものだからだ。
さきほど突然同盟を破棄したこともあり、すでにオーブ軍と地球軍は一触即発の状態にある。
そこに来てのこの宣言なのだから、それは崩落寸前の岩盤にダイナマイトをぶつけるに等しかった。

地球軍を敵に回すという、最低な判断を下さざるを得なかった自分を、彼女はあざ笑う。
理念を追い求めすぎたために、結果として国を滅ぼした、『カガリ』の父の姿が重なる。
隷属であったとしても、安定を求めるか。それとも背水の陣に臨みそれを打破するか。
どちらが正しいかなど、今この時点では判断はできない。
ただ、一つだけ言えることは、そのどちらも、絶対の正義とはならないということだ。
そして、どちらをとったとしても、必ずどこかで誰かが涙を流す。
だからこそ、彼女はシン・アスカを否定することなどできない。

だが、少なくとも人類の革新を信じて、そしてそれを目指して戦ってきた彼女にとって、
隷属という名の下での停滞など、最終的な選択になどなるはずもなかった。
そして、彼女は勝てない勝負は、絶対にしない。
予想通り、ウィンダムの攻撃目標がオーブ軍に変更され、地球軍艦艇から、ミサイルの雨が放たれた。

「全軍、オールウェポンズフリー。目標、地球軍!攻撃開始!」

トダカのその声が上がった瞬間、堰を切ったかのように、オーブの艦艇から反撃のミサイルが放たれる。
空中でぶつかり、いくつかのミサイルは相殺されるが、それを掻い潜ったミサイルが、タケミカヅチに迫る。
だがオーブの艦艇に着弾する軌道のミサイルは、フリーダムのフルバーストで全て叩き落された。

「キラ、オーブ軍が布陣を完了するまでの時間を稼げ!アークエンジェルは前へ!バルドフェルドを発進させろ!
 モビルスーツ各隊は、アークエンジェルを盾に前進!
 私はミネルバ周辺の敵を掃討後、この艦所属のモビルスーツと共に援護に向かう。
 馬場一尉、モビルスーツ隊の指揮を任せる!!」

カガリからも、アークエンジェルとオーブ軍に対し即座に指示が飛ぶ。

「了解しましたわ、カガリさん。バルドフェルド隊長、ムラサメ発進、お願いしますわ」

「了解!アンドリュー・バルドフェルド、ムラサメ出るぞ!」

ラクスの声と共に、黄色のムラサメがアークエンジェルより発進する。
そしてモビルアーマー形態のまま一気にキラのフリーダムに近づくと、
そのままモビルスーツ形態に変形し通信回線を開いた。

「キラ!お前はあの厄介な緑の空飛ぶ奴と、ウィンダム共を頼む!
 俺は今展開しているムラサメの連中と一緒に水中用をやる!」

「分かりました!バルドフェルドさん、お願いします!」

それだけ言って通信回線を切り、キラはウィンダムの群れへ、
バルドフェルドは近くのムラサメ三機を引き連れ、アビスへと向かった。

「イーゲルシュテルン起動。後部ミサイル発射管全門ウォンバット装填。ヴァリアント、ゴッドフリート照準。
 当艦に近づく敵はムラサメが排除してくれます。
 よって当艦は、フリーダムへの援護及び敵艦艇への攻撃を最優先とします!!」

アークエンジェルのブリッジに、マリューの声が鋭く響く。
今まで実質的にキラのフリーダムのみで戦ってきた彼らにとっては、
大勢の味方と行動を共にするのは実に久しぶりのことだった。
しかも烏合の衆だった連合と違い、全軍がカガリの指示の下彼女の手足のように動き、それぞれの役割を全うしていく。
大勢の中で自分たちが必要とされる感覚。久しく忘れかけていたそれを、彼らは身に染みて感じていた。

「目標、地球軍駆逐艦ビネガー。ヴァリアント、ゴッドフリート、撃てー!」

驚異的な火力を誇るゴッドフリートが、敵艦の甲板に直撃し、これを沈める。
強襲機動特装艦、アークエンジェル。その本来の役割を、彼らは今果たそうとしている。
強力な武装と厚い装甲。ミサイルやビームが飛び交う最前線に艦が突っ込むのは自殺行為だが、
アークエンジェルは本来そういった役割を期待されて開発された艦だ。
援護のムラサメがミサイルを叩き落し、敵艦の注意を逸らすことで、
アークエンジェルは次々にその強力な火力で敵艦を脅かしていく。

「アークエンジェル、聞こえるか?こちらストライクルージュ。
 ミネルバ付近の残敵の掃討が終了した。
 これよりミネルバのモビルスーツを伴い援護に向かう。
 墜ちるなよ!」

そしてアークエンジェルの砲撃が敵艦をもう一つとらえたところで、カガリから通信が入った。
ミネルバを脅かしていたモビルスーツは、およそ二十。
これをミネルバとムラサメ一個小隊の援護があるとはいえ、全て撃墜したのだから大したものだ。

「了解しました。当艦は地球軍駆逐艦ビネガー、及び巡洋艦アナスタシアを撃沈。
 敵戦力はかなり削ったと思いますが、いまだ抵抗が止む気配はありません。
 よって、今しばらく戦闘を継続します」

戦況はどうやらこちらに有利に展開しているらしい。
マリューからの返答にほっと一息つくと、カガリはミネルバに通信を入れてタリアに指示を出し、
同じ台詞をオレンジ色のグフそっくりのモビルスーツに対して接触回線で言った。

「ミネルバ所属のモビルスーツに告ぐ。
 ミネルバは我が軍に降伏したことにより、 現在君たちへの指揮権は私にある。
 空中戦闘可能なモビルスーツは私に続け。敵艦を潰すぞ、来い!」

「―――了解。こちら、ザフト軍FAITH、ハイネ・ヴェステンフルス。
 乗機の『グフ・イグナイテッド』と共に、新しい指揮官殿を仕方なく援護させてもらうぜ」

FAITHならばタリアの判断に反対することも出来た筈だが、現実的な男なのか、
ハイネと名乗った男は悪態をつきながらも、カガリの指示に従い乗機を反転させ、ルージュのすぐそばに付く。

「ほう、『グフ』か。まったく、『ザク』といい面白い国だな。
 開発部の人間に会う機会があれば言っておけ。
 『次の機種の名前は"ドム"にしておけ』とな」

そう言って笑いながら彼女はアークエンジェルに向かおうとするが、あと一つ、
空戦可能なのにも関わらず動こうとしないモビルスーツがあった。
それに眉を寄せた彼女は、ハイネからコードを聞き出し、やや乱暴に通信を開く。

「そこの赤いモビルスーツのパイロット、私の言ったことが伝わっていないのか? 
 空戦可能なモビルスーツは私に従え。さもなくば命令違反で撃ち落とすことになるが……?」

ビームライフルを構えながら、ルージュはゆっくりとその赤いモビルスーツに近づいていく。

「お、おい。アンタ、それには……」

ハイネが通信を入れるが、カガリは取り合う様子もない。
そしてそのモビルスーツに乗っているのがアスランだということを知っているミネルバのクルーは、
固唾を呑んでこれを見守っていた。
そしてそのモビルスーツ、セイバーのコクピットでは、一人の男が頭をたれ、悄然として操縦桿を握っている。

「……こちら、ザフト軍FAITH、アスラン・ザラ……」

ささやかれるような声では、雑音も混じる無線では聞き取れない。
だが聞き覚えのあるその声に、カガリは思わず問い返す。

「……悪いが聞こえなかった。貴様は今何と言った?」

「ザフト軍所属、アスラン・ザラだ……」

続いて聞こえてきた声に、カガリは思わず操縦桿を握る手に力を込めた。
自身の中に、怒りとも絶望ともつかない感情が渦巻く。
それは、かつて一度だけ味わった感触。

(あ、アスラン?そんな……)

カガリ本人の意志が、ハマーンにまで影響を及ぼす。

「カガリ、聞いてくれ!俺はっ……!」

「黙れ、裏切り者」

アスランが必死に何かを言おうとするが、彼女はそれに取り合わなかった。
冷たい声に、アスランが絶句するのがスピーカー越しに伝わってくる。

(しょせん奴も『あの男』と同じだ。私が必要でなくなれば、簡単に裏切るのか……)

諦観の表情で、彼女はため息をつく。
心のどこかで、ハマーンは期待していたのかもしれない。
真摯に想いを寄せるカガリを、アスランが受け止めてくれることを。
なにより自身と同じ思いをさせたくはなかった。
だが、結局アスランはザフトに戻り、結果としてカガリを裏切ることとなった。
そこにいたる彼の心は分からなくもないが、結果は同じだ。

(ハマーン……言いたいことは分かるが、そこまで思い詰めなくてもいいんじゃないか?
 アスランは責任感の強い奴だから、きっと再び戦争が起きようとしているときに、
 自分が何もしないでいるのが、ただ耐えられなかったんだと思う。
 それに……必要だったとはいえ、死亡を偽ったことは事実だろ?)

遠慮がちにカガリが意識の内側から声を掛けるが、ハマーンがそれに頷くことは、ない。
シャアが裏切ったことは、彼女にそれほどの傷を残していたから。
過去の記憶を見たことでカガリもそれは分かっていたから、遠慮がちな声になったのだ。
気まずい沈黙が両機を支配する中、ルージュにタケミカヅチから通信が入る。

「カガリ様、地球軍が撤退を始めました」

「撤退?」

彼女はルージュを反転させて、その機体を地球軍に向ける。
見れば、確かに地球軍の艦艇は背中を向け、撤退準備に入ろうとしていた。
艦艇がいくつか火を噴き、モビルスーツに至っては、かなりの数が戦闘不能に陥っている。
馬場一尉の指揮が良かったのもあるだろうが、メインカメラやフライトユニットを潰されて
海面をぷかぷか漂っている数多くのモビルスーツは、間違いなくフリーダムにやられた連中だろう。

「こちらの被害は?」

「はい。我が軍の損害は、ムラサメが4機撃墜、M1が4機戦闘不能です。
 艦艇は護衛艦ミロクが小破しましたが、アークエンジェルを含め全て無事です。
 敵の被害は、駆逐艦ビネガー、巡洋艦アナスタシアが撃沈。空母ジュピターが大破。
 モビルスーツは、約半数が戦闘不能及び撃墜。圧勝ですが……」

トダカの声が、圧倒的な戦果の割には心なしか暗い。
まあ多少でも頭の回る者なら、誰でもそうなるだろう。
いくら相手の先制攻撃とはいえ、地球軍に直接砲火を向けたという事実は変わらない。
中立違反という大義名分すら、同盟破棄という事実の前に霞むだろう。
これで、オーブは大西洋連邦との友好関係は、完全に絶たれたわけだ。
メリットといえば、大西洋連邦との実質的な不平等同盟という鎖から抜け出したことくらいか。
そしてデメリットは、民主主義国家にとって絶対不可欠である、『安定』が失われること。
随分と不利な取引だが、この苦境をひっくり返すこともやってやれないことはない。

(そう。だからこそ、私はこうしてこの世界にいる)

ハマーンの自信が、不安に苛まれるカガリを勇気付ける。
事実、彼女の脳裏では、すでにいくつかのプランが動き出していた。
そう。確かに彼女の指揮は、オーブの未来を切り開く指導者として、申し分のないものだ。
それがオーブの未来に対して吉と出るか凶と出るかまでは、誰にも判らないことではあるが。

しばらくたって、海峡から地球軍の姿が完全に消え去る。
オーブ軍はといえば、アークエンジェルを盾代わりにしたことで、その被害を最小限に食い止めていた。
さらにフリーダムの獅子奮迅の活躍で、カオスが撤退、さらに他のウィンダムも海に多数叩き落とされている。
そしてタケミカヅチから小型の救助艇が発進し、フリーダムにやられたパイロットの回収作業を開始していた。
それらの光景を見たカガリは、警戒しつつ作業を急がせるよう命じたあと、再びアスランに向けて回線を開く。

「ザフトのアスラン・ザラ。セイラン家を打倒するため死亡を偽っていたこと、まずは謝罪する。
 だが貴様は私の護衛、アレックス・ディノだった筈だ。それに私はザフトに戻れとは、一言も言っていない。
 さらに私は現在貴様に対して命令権を有しているが、これはあくまで対等な立場での話と考えてくれていい」

オーブ軍から少しはなれた場所で、ルージュとセイバーが向かい合っている。
その少し後方からは、フリーダムがミネルバとそのモビルスーツに対して睨みを利かせている。
バルドフェルドと彼に従っていたムラサメがミネルバを囲む。
地球軍の脅威が去った後で、ミネルバは更なる試練を課されていた。

「オーブに戻れ、アスラン。再び代表となる私には、貴様が必要だ。
 ミネルバは悪いようにはしない。貴様が仮にこの申し出を断ったとしても、
 貴様も含め、ミネルバクルーに手を出すことはないと誓おう。
 私の下に戻れ、アスラン!その上でこれからのオーブを、共に築こうではないか!」

カガリの声が、アスランを苛む。
地球軍が去った後のこの場所は、カガリとアスラン、二人だけの戦場だった。
難しい顔をしたタリアが、セイバーとルージュを交互に見やる。
セイバーからの回線が切られているため二人の会話は分からないが、そんなものは簡単に想像がつく。
そしてその問いに対し、アスランがどのような回答をするのか。
アークエンジェル、そしてミネルバの乗組員。さらにはオーブ軍。
皆がそれこそ固唾を呑んで見守る中、アスランは一人コクピットの中で悩んでいた。

「クソッ!」

こぶしをきつく握りしめ、ひざを思い切り殴る。
じわりと広がる痛みは、まるで彼自身の心を表しているかのようだった。
アスランとしての自分。アレックスとしての自分。
ザフトのエースとして生きるか。将来を誓ったカガリのもとで生きるか。

「残念ながらあまり悩む時間は与えられない。そもそも私に与えた指輪は何だったのだ?
 軽い気持ちで渡したというなら、貴様は最低の人間だぞ?」

秘密回線のため二人の会話は外には漏れない。
実際聞こえたとしても、他人からしてみれば修羅場以外の何者でもないこの状況、聞きたいはずがない。
カガリの一言一言が、少しずつアスランを追い詰めていく。
その彼の脳裏では、先の戦争が終わってからの自分が歩んできた道が、走馬灯のように流れていた。

そもそも自分は2年前、真の平和を求めてオーブに降りたはずだ。
だがカガリの護衛官としての日々が充実していたかといえば、それは嘘だ。
カガリを守る以外何もできない自分。だが自分には、この世界で他に何かできることがあるはずだ。
混迷を極める世界において、その悩みはいっそう顕著なものとなり、確実にアスランを蝕んでいた。

そして思いもかけないところで、彼は再びザフトにその身を置くことになった。
オーブ代表の護衛として、ただ沈黙していただけの日々。ザフトのFAITHとして活躍する日々。
どちらが心地よかったかと問われれば、間違いなく自分は後者を選択するだろう。
クルーたちの尊敬を一身に集め、タリアや議長の信頼に応えて働く日々。
カガリ以外の人間からはロクに労わられもしなかったオーブに比べれば、それはとても心地よい感覚だった。
脳裏にザフトの面々の顔が浮かぶ。
皆が彼を必要としており、そして自分はそれに応えることができる。
その信頼を、裏切るわけにはいかない。

「悪いが……俺はオーブに戻るわけにはいかない。
 ザフトには、俺を必要としてくれる人たちがいる。だから、その人たちの信頼を裏切れない……!」

うめくようなアスランの声が、カガリの耳元に届く。
半ば以上予想できていたとはいえ、それは彼女を失望させるには十分だった。
だが一方で、カガリ自身は、彼のその誠実な性格をどこか誇りに思う部分もあった。
ハマーンにしてみれば、殺すリストというものがあれば、ダントツでそのトップにきそうな発言ではあったが。

「……分かった。貴様の好きなようにするがいい。
 残念だよ、アスラン・ザラ。貴様のことは、多少なりとも気にかけていたのだが……」

心底残念そうにつぶやき、カガリはルージュを反転させ、タケミカヅチへと向かう。
それは、アスランに対する事実上のさよならだった。
振り返ることなくまっすぐ帰投するルージュを見送るセイバーのコクピットでは、
アスランが唇を強く噛み締めている。

「……ごめん」

最後にたった一言、その言葉がルージュに届く。
強く噛み過ぎたため彼の唇からは血が流れ出しているが、それを気にはかけない。
そして返答の代わりに聞こえた回線を切る音に、

「くっそおオォォォォォオオオオ!!!」

通信を全て切断したたった一人だけのコクピットの中、彼はあらん限りの大声で叫んだ。
フリーダムが、まるでアスランを見限ったかのように反転して去っていく。
アスランは、まるで心に大きな風穴が開いたかのような、あるはずのない痛みを覚えていた。

「……ラ……ん……アスランさん!聞こえますか!?」

しばらくしてミネルバから、すでに聞き慣れたメイリンの声が届く。
その声にどこか心地よさを感じながら、次に顔を上げた彼の瞳には、もう迷いはなかった。
吹っ切れた、とでも言うのだろうか。
心に開いた穴。大切な親友と恋人を裏切ったことへの痛みは消えることはないが、
それでも、目指すものは彼らと全く同じであるということに、偽りはない。
自分には、生きるべき場所がある。そしてそこで、この戦争を一刻も早く終わらせるよう、努力する。

セイバーもまた反転してストライクルージュに背を向け、ミネルバへと帰投する。
コクピットの中、アスランは小さな決意を固めていた。

いつか全てが終わったとき、彼女に謝るために再びオーブへ行こう。
そしてそのとき、笑顔で二人笑い合っていられるような世界をつくろう。
俺にできることは、きっと少ないけれど。
そして、冷酷な性格に変わってしまった彼女を優しく受け止めてやれることも、きっとないだろうけど。
でも俺は、彼女と、彼女が目指す理想を、愛した男だから。

全てが収束した混迷の海を、あらためて彼は見渡した。
ウィンダムの破片が浮いていて、オーブ軍によるパイロットの収容作業が続いている。
ミネルバには、ムラサメが二個小隊ついて監視に当たっているようだ。
何にせよ、この場にいるはずの地球軍の姿は、もはやどこにもない。

凪のように静かなこの海から、今巨大なうねりが巻き起こるのを、アスランは感じていた。
このうねりはやがて世界を巻き込み、あるいは『運命』すら捻じ曲げていくのかもしれない。
いや、すでにそのうねりは、『運命』というものがあるなら、かなりの部分でそれを侵食しているのだろう。
連合とプラント。ナチュラルとコーディネイター。
それらが織り成す単調なメロディーに、たった一つの、しかし致命的な不協和音が入る。
カガリ・ユラ・アスハ。ついに目覚めた眠れる獅子が、今動き出す。
彼女の咆哮が世界を震わせることを、セイバーのコクピットの中、アスランは確信していた。






●あとがき
お久しぶりです。ついさきほど、ためていた本編を見終わったこうくんです。
たくさんの感想を読ませていただきました。手厳しい意見も多かったですが、とても参考になりましたし、また続けようという意欲にもつながりました。ですが正直この話をどう落そうかと、ものすごく迷ったのも事実です。話の性質上どうしてもカガリマンセーになりますし、オーブの中立も言い方を変えればただの独善ですから。今回の話にも、それは現れていたのではと思います。
だんだん期待してくださっていた皆さんを裏切るような低レベルな文章になっていっている気がしますが、まだまだ頑張ります。応援よろしくお願いします。
最後に一つだけ。私は、アンチシンではありませんし、この話もそうする気はありません。PHASE12ではそう見えたかもしれませんが、カガリとは対極の正義を持つ彼を描けないことには、この話も彼女も、ただの悪を許さぬ暴れん坊将軍です。彼が味方になるか、敵になるかは分かりませんが、要所要所で活躍して欲しいと考えています。

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[3038] 【PHASE15】
Name: こうくん
Date: 2005/10/21 21:03
【PHASE15】    灰色の女王(クイーン)





「オーブ連合首長国の全国民、及び地球圏全ての人々に申し上げる。
 私はオーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハである!」

オーブ本島にある、オーブ最高議会の壇上。
その上で、一人の少女が数多のカメラのフラッシュ、そしてテレビカメラを向けられて立っていた。
彼女の名は、カガリ・ユラ・アスハ。

「私は、代表首長たる私の意向を無視して専横する者たちによって、権限のほとんどを奪われていた。
 それを打破するためとはいえ、このような手段をとってしまったこと、
 そしてそれによって国民諸君に多大な迷惑と不安を強いたことを、まずは心から謝罪したい。
 だがこれは私にとって、いや、何よりオーブにとって避けては通れぬ道であったことを、
 誰よりも国民諸君に、理解していただきたいのだ」

ダーダネルス海峡での戦闘ののち、アークエンジェルと共に一足先にオーブに帰還した彼女を待っていたのは、
叔父であるホムラをはじめとする、アスハ派の軍人、首長たちだった。
すでに宣伝が行き渡っていたのか、港にはカガリを歓迎する国民が群れを成し、
行政府への道には、横断幕まで掲げた国民が列を作っていた。
彼らの声援に背中を押されながら、カガリはゆっくりと行政府に入り、
カメラ写りを考慮して、顔にほんの少しのメイクを施し、
多くのカメラが主役を今か今かと待ち構える壇上へと向かった。

「二年前の代表であり、私の父でもあるウズミ・ナラ・アスハが唱えた、オーブの中立。
 これは我が国の掲げる崇高な理念であり、そしてなにより我が国を半世紀の長きにわたり、
 戦争の炎から守ってきたかけがえのない存在である。
 だが今、一部の者たちによって、この崇高なる理念が打ち砕かれようとしている。
 彼らはオーブの安全を守るためと言いながら、他国と結託し自身の身の安全を図ろうとし、
 あろうことかオーブの理念すら捻じ曲げた、非常に許しがたい国賊である。
 そんな者たちにこのオーブを、そしてその理念を好きにさせるわけにはいかない。
 だからこそそのために、私は、今ここに立ち上がった!」

よく通る澄んだ声が、マイクを通して議会の大きなホールに響く。
行政府の外と、そしてオーブ首都西部の繁華街にある巨大モニターからも、
力強く凛とした声が、その熱弁を振るう少女の映像と共に溢れ出している。
そこにできた黒山の人だかりからは、模様を伝えるキャスターの声がマイクに入らないほどに、
天を衝かんばかりの歓声が沸き、熱気があふれていた。
オーブに存在するほぼ全てのチャンネルで伝えられる、彼女の演説。
家庭のテレビで、そしてモニターを通じて人々が見守る中、演説は滞りなく進んでいく。

「諸君らも知っての通り、我がオーブはナチュラルとコーディネイターの共存を認める、
 地球上で唯一の国家である。
 そして今、地球圏ではそのナチュラルとコーディネイターとの間で、多くの血を流す戦いが起きている。
 二年前、父ウズミはこのナチュラルとコーディネイターという枠組みの中での戦争に反対し、中立を宣言した。
 悲しいことにこれは他国によるいわれのない暴力によって蹂躙されたが、
 父は決して、彼らが言うように我がオーブのみを戦渦に巻き込まないために、中立を宣言したのではない。
 なぜなら、オーブの真の中立とは、ナチュラルとコーディネイター、その双方に対しての中立だからである!」

そして諸外国にも、この演説はテレビやラジオを通じて流されていた。
プラント最高評議会では、評議員たちが固唾を呑んでこの演説の行方を見守っている。
地球連合軍最高司令部ヘヴンズベースでは、最高幹部たちが一様に苦り切った表情をしていた。
ブルーコスモスの盟主たるロード・ジブリールの屋敷では、
キレて物に当たる主人によって、またしても何かが破壊されている。
そしてラジオに耳を傾ける東アジア共和国軍の一人の将校は、
ここ2年間まったく浮かべることのなかった笑みをその強面に貼り付けた後、
大きな笑い声と共に、勢いよくその制服を脱ぎ捨てた。

そしてザフト地上軍第二の基地、ジブラルタル。
ここの貴賓室で、チェスの盤上で駒を弄びながら、モニターから流れる演説を無表情で聞いている男がいた。
彼の他には誰もいない部屋の中、彼が弄ぶ駒は、灰色の女王(クイーン)
白か黒かできっちりと分けられたチェスの盤上には、本来あるはずのないモノ。
駒が複雑に入り乱れるその盤上において、その瞳に恐ろしいまでの知性の光を宿した彼ですら、
状況次第で白にも黒にもなりうるそのクイーンの扱いを、決めかねているようだった。
やがて申し訳程度にその駒を盤の中央に配置した後、彼はそのクイーンの頭を、人差し指で軽く弾く。
くるくると回りながらも決して倒れなかったそれを見、彼は卓に備え付けられている通信機を手に取った。

「二年前の戦争で行われた、核による無差別攻撃。
 そして、巨大破壊兵器ジェネシスによる、地球連合軍基地をも含めた大量虐殺。
 これら悲惨な出来事の根底にあるのは、ナチュラルとコーディネイター双方が、
 戦う相手に対しまったくの無理解であるという事実である。
 同じ人間というカタチを持つ我々がなぜ争わねばならないのか。
 同じ時を生きる人間に対し、なぜ無差別大量虐殺という行為に走ることができるのか。
 認めぬ者同士が際限なく争う世界。我らの未来がそんなものでいいはずは決してない!
 だからこそ我が父、ウズミ・ナラ・アスハは、混迷の時代に新たなる道を指し示そうとしたのだ。
 その道とは、ナチュラルとコーディネイター双方が共に在り、共に歩むという道である!」

黒海沿岸都市、ディオキア。
ダーダネルス海峡での仕事を終えた女性が、
さびれた酒場で彼女の師匠と共にテレビを食い入るように見つめている。
カメラを小脇に抱えた彼女は、画面の向こうで力強く話す少女の姿に何かを決意したのか、
師匠である初老の男に、必死に頭を下げていた。
男はいつものように厳しい表情のままタールの強いタバコを吹かせ、
彼女の真摯な瞳を見て、やがて諦めたかのように肩をすくめた。
続いて男の口から出た言葉に女性は目を輝かせ、カメラを入れたバッグをつかんでコーヒーの代金を置くと、
それこそ脇目も振らずに座席の間を駆け抜けていく。
それを見送った男は、ついこのあいだようやく作ったという彼女の名刺を取り出し、苦笑いを浮かべた。
男の名刺入れのトップに入っていた、まだ二十にも満たない女の子が持つには不似合いなほど、
シンプルなデザインの小さな紙切れ。そこにはさっぱりとした書体で大きくこう書かれていた。
『フリージャーナリスト/ミリアリア・ハウ』

「事実、対等な立場での双方の居住を認めているオーブですら、
 いまだにナチュラルとコーディネイターとの対立の根は深い。
 ナチュラルとコーディネイター間での離婚率の高さ、彼らの子であるハーフの扱い。
 数々の難問を抱え、このオーブにおいてでさえ、いまだに決してその立場は対等とはいえないのが現実だ。
 だがそれでも、現在戦闘状態にある国々のように、互いを滅するまで戦うという野蛮な姿勢とは、
 我がオーブの立場はまったく違うものだということを、私は今ここではっきりと宣言する!」

強襲機動特装艦、アークエンジェル。そのブリッジに集ったかつてのクルーたち。
彼らもまた、ブリッジのモニターから流れる演説に瞳を輝かせ、そして耳を傾けている。
だが艦長であるマリュー・ラミアスと、副官であるアンドリュー・バルドフェルドは、
そんな彼らとは違い、苦笑しながらその演説を見守っていた。
セイラン家の転覆計画と、『傭兵雇用』という名目でのアークエンジェルのオーブ軍への編入。
その計画を持ちかけられたときは、さすがの彼らも仰天した。
だがラクスとキラを含めた五人での一晩に及ぶ会談で、彼らはカガリの下につくことを了承する。
根無し草だったアークエンジェルは、ここで国家という後ろ盾を得ることとなるのである。

「人類のこれまでの歴史を見よ!それは、ある意味差別の歴史といってもいいだろう。
 男女の違い、人種の違い、思想の違い。そして、国家の違い。
 だが我々はこれらを乗り越えてきた!時に血で血を洗いながらも、
 我々はこれを相互理解によって、少しずつとはいえ乗り越えてきたのだ!
 ナチュラルとコーディネイターという違い。
 それを互いを絶滅させるという野蛮な手法などではなく、
 これまでの人類の歴史と同じように、互いに理解しあうことによって、
 その対立を乗り越えることができると私は信じている。
 そしてそれを牽引するのは、共存という崇高なる理念を掲げる、諸君らオーブ国民である!」

テレビは、カガリの演説とそれに熱狂する市民とを交互に映し出している。
だがオーブ国防本部の一室で、それらを複雑な表情で見守る一団があった。
ザフトの制服に身を包んだ彼らは、戦艦ミネルバに乗艦していたクルーたちである。
接収の名のもとにミネルバを追われた彼らは、現在は保護という名目で国防本部の一室に軟禁されていた。
国際法に則り捕虜としての扱いに落ち度はとりあえず見当たらないが、
形だけとはいえ投降した以上、これからどう扱われるかはまったく見当がつかない。
カガリに対して攻撃を仕掛けたシンは、一人別に拘束されていた。
不安がクルーたちを包む中、画面からは対照的な歓声が響いている。

一方で、同じ部屋で同じように演説を見守る青年、アスラン・ザラは、誰が見ても分かるほど悄然としていた。
熱弁と共に振るわれる彼女の左手。その薬指に、本来はまっている筈の指輪は、ない。
そんな彼を、ルナマリアとメイリンがまた不安そうに見つめている。

「今一度国民諸君、そしてさらに全世界の方々に申し上げる。
 世界は今、地球連合とプラントという強大な力を持った二者による、泥沼の戦争状態にある。
 二年前、そして今。連合は我らにその立場を明確にせよと云い、臣従を強いた。
 よろしい。ならば私はその立場を、今ここで明確に宣言しよう!
 我ら誇り高きオーブの国民が、連合に従いコーディネイターの排除に手を染める必要はない!
 そして、プラントに付き従いコーディネイター主導の世界をつくる必要も、また存在しない!
 オーブ連合首長国は、ナチュラルとコーディネイターの共存という理念の下、
 この戦争においてどちらかの陣営に与することなく、独自に中立を貫く!
 また私は、交戦中の両陣営に対し、この愚かな戦争を、即刻終わらせるよう呼びかけていく所存である。
 オーブの理念。互いの違いを尊重し、そして共に歩めるような世界をつくるために。
 そして何より、この愚かな戦いを一刻も早く終結させるために!
 オーブの国民よ、そして世界中の同志たちよ!
 私と共に、平和な世界をつくるために。志を同じくし、共に歩んで欲しい!」

そして演説が終わった瞬間、それまでで最高の歓声が議場を包んだ。
鳴り止まない拍手の中総立ちになったオーブの首長たちと、国内の主要人物の間には、
その目に涙すら浮かべる者もある。
そんな中、目が眩むほどのフラッシュを浴びながら、カガリはゆっくりと壇上を降りていった。
議場の外からはオーブ万歳の声が鳴り響き、ホムラが降りてきたカガリを穏やかに出迎える。

「素晴らしい演説だった、カガリ。だが、大変なのは無論、これからだぞ?」

「分かっております、叔父上。それと、叔父上を人質としたこと、申し訳ありませんでした」

握手をして、ホムラに肩を抱かれながらゆっくりと議場を後にするカガリ。
今ではアスハ唯一の血縁ともなったホムラと談笑しながら、彼女は行政府を歩いていく。

「気にするな。兄上の理念を貫くお前の心、確かに見させてもらった。
 兄上の遺志を継ぎ、立派な元首となったお前のためならば、私はどんな苦労でも甘んじて受けよう」

「叔父上……」

「無論私も、これから宰相としてお前を精一杯支えていく。まずは、私の秘書官だったアサヒナを、お前に託そう。
 彼は優秀だ。これから元首としてオーブを導いていくお前にとって、彼ほど頼りになる男はそういないだろう」

そう言ってカガリに向けていた視線を外し、前に向けるホムラ。
そして彼女がその視線を追った先には、アサヒナが横にキリカを伴って待っていた。
さらにその後ろには、フリーダムで一足先に帰国するカガリを護衛してきたキラの姿もある。

「お前は、確か女優の……?」

「キリカ・アンダーソンと申します。お目にかかれて光栄です、アスハ代表」

黒いスーツに身を包んだキリカが、そう言って右手を差し出す。
一瞬目を細めるカガリだったが、横のアサヒナが穏やかに笑っているのを見て、力強くその手を握り返した。

「アスハ代表。彼女が、僕が推薦した『ドーベン・ウルフ』のパイロットです」

まるで宝物を自慢するかのように、アサヒナがキリカを紹介する。
それにわずかに照れたような顔を向けるキリカを見て、カガリは二人の関係を悟った。
事情を知っているらしいホムラが笑う。
それにつられてカガリも微笑を浮かべ、キリカに向かって話を始めた。
目の前で年相応の表情で照れている彼女が、かつてヤキンを巡る乱戦の中、
二十機撃墜して被弾なしで生還した天才パイロットとは、とても思えなかったが。

「キリカ・アンダーソン。我が軍でパイロットを務めてくれるというのは嬉しい。
 だが仕事はいいのか?お前ほどの女優ならば相当な苦労もあると思うが……」

「それについては心配要りません。つい先日、女優業を休業すると記者会見を行いましたから。
 実は感謝しているんですよ。アスハ代表のおかげで、
 私を追いかけるマスコミがぐっと少なくなったんですから」

そう言ってほんの少しいたずらっぽく微笑む彼女からは、若いながらも女優としての貫禄がうかがえる。
ラクス一筋のはずのキラでも、オーブのトップスターである彼女の笑みには、さすがに見惚れているようだ。
それとも、赤い髪の少女に、何か思い入れでもあるのだろうか。
とりあえずまあ、この場にラクスがいたら、確実に後で滅殺されていたことだろう。
男というのは難儀な生き物だとつくづく思う。

「とりあえずアサヒナよ、これからのことについて、私に何か言っておくことはないか?」

しばらく和やかに話した後、カガリはアサヒナに問いかける。
その言葉を耳に入れた瞬間、彼の表情はいつもの冷静なものに戻った。

「はい。まずはこれからよろしくお願いします……と言わねばならないのでしょうが。
 ですが今はそれ以上に重要なことがございます」

そう言って愛用の伊達眼鏡をかけなおす仕草に、キリカとホムラの表情もまた一変する。
おそらくその仕草は、彼が何か重大なことを話すときの癖なのだろう。
カガリも、場を包む緊張した雰囲気を感じ取った。

「さきほどの演説の途中で、行政府にプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル氏から、
 会談の要請が来ました。彼は現在、地上に降りてきているそうです」 

「ほう……早いな……」

その言葉に息を呑むホムラやキラとは対照的に、カガリは感心したようにため息をついた。
ミネルバが投降した時点で何らかのアクションはあると踏んでいたが、さすがに仕事が早い。
大西洋連邦、そしてプラントに正式な外交文書を提出する前に、接触してくるとは。

「カガリ……如何するのだ?」

ホムラが心配そうに声を掛ける。
だがカガリはその顔に皮肉気な笑みを貼り付かせると、まっすぐに叔父を見据えて言った。

「叔父上。オーブは中立を宣言したとはいえ、間違いなく大西洋連邦はそれを認めはしないでしょう。
 近いうちに、我が国はもう一度、確実に彼の国から侵攻を受けることになります」

分かってはいるが、それでもこうして言葉に出されると、それは格段に重みを持つ。
キリカも、アサヒナも、ホムラも。そしてキラも。一様に厳しい表情を浮かべてカガリを見た。

「我が国の現在の軍備でも、それを一度跳ね返すだけならば可能でしょう。
 ですが、我が国の場合はそれだけでは足りません。
 向こうに二度目があっても、こちらにそんな体力はないのですから。
 ですから、まずは水面下でプラントと結ぶ必要があります。
 むろん、中立を宣言した手前はっきりとは示せませんが、少なくともオーブ侵攻が現実になった場合、
 カーペンタリアからの援軍は確実にもぎ取らねばなりません。
 向こうにとっても、連合に回っていたオーブが中立になるのですから、それはまあ歓迎すべき事態でしょう。
 つまるところ両者の利害が一致しているわけです」

そう。カガリの読みが正しければ、プラントはオーブを生かそうとするはずだ。
オーブ軍は戦闘経験が少ないとはいえ、兵士の錬度は高く、またモビルスーツの質も高い。
ザフトには及ばないかもしれないが、精強さでは地球連合でもトップクラスに入るだろう。
それが丸々地球連合からいなくなるのだ。プラントにとってこれは無視できないほどの重大な意味を持つ。
自軍に入るわけではなくとも、連合への楔としての効果は圧倒的だ。
何よりカーペンタリア基地はオーブを警戒する必要が薄くなるため、その機能を存分に発揮することができる。

「ですがアスハ代表。プラントがそう簡単に我らに軍を派遣してくれるでしょうか?
 こちらが中立である以上、彼らは我が国を守る必要などありません。
 マス・ドライバーを渡したくないとしても、二年前彼らは何も行動を起こさなかった。
 それに連合とオーブが喰い合えば、こちらの劣勢は明らかとはいえ、連合もかなりのダメージを負います。
 さらにオーブ軍は、『アークエンジェル』という一種の不確定要素を取り込みました。
 デュランダル氏がこれをスルーするとは思えません。
 プラントが漁夫の利を得ようと静観の構えを見せるのも、十分に有り得ると思いますが」

クールな瞳で、キリカが的確な指摘を入れてくる。
彼女の言葉にキラがわずかに顔をしかめるが、自分たちが一種のジョーカーであるのは事実なため、
ただ黙って彼女の言葉を聞いていた。

「キリカ君。それは確かに有り得る話ではあろう。万が一交渉が決裂すれば、必然的にそうなるだろうしな。
 だが今は二年前とは状況が違う。何より、こちらはプラントに対するカードを所持している。
 その筆頭が、ミネルバだ。
 さらに現在デュランダル氏は、連合との話し合いによる解決を前面に押し出している。
 これが彼の真意かどうかは知らないが、少なくともそう言っている以上、
 同じように停戦を呼びかけるという我が国を無視するわけにはいかない。
 上手く立ち回れば、ザフトを戦場に引きずり出すことも不可能ではないだろう。
 あの男も、それら全て分かった上でこうしてしゃしゃり出てきたのだ。とんでもない狸だな」

伊達に獅子ウズミの弟として立ち回っていたわけではない。
ホムラもまた、かなりの政治力、先見力を持っていた。足りないのは、カリスマ性くらいか。
宰相としてなら、ウナトに匹敵する人材だ。

「とにかく。私はデュランダル氏のこの会談要請に応じよう。アサヒナ、彼にそう伝えてくれ。頼むぞ」

そう言って、カガリは四人に背を向けた。表には車が到着している。
了解しましたと呟いて行政府に向かうアサヒナとキリカ、ターミナルへ向かうカガリとキラが別れる。

「ギルバート・デュランダル……」

先に車に乗り込んだアサヒナとキリカを見送って、カガリは小さく、そう呟いた。
隣のキラが、わずかに不安を宿した瞳で、自身の姉(結局キラが折れた)を見やる。
その視線の先で虚空を見据えるカガリの瞳には、今この場にはいない、最大の敵が映っていた。





●あとがき
こんにちは。フェイトのファンディスク発売まで一週間を切り、あんなとんでもなく時間のかかるゲーム、買ったところでやる時間はないのに、今から楽しみで仕方がないこうくんです。
今回のカガリの演説は、中身よりも雰囲気を重視したものになっています。
ギ○ン閣下の大演説っぽくしたかったのですが、難しいですね。
そして、この次にはVSデュランダルという難題が控えているため、戦闘にまでなかなか到達できません。 今しばらく退屈な話が続くかもしれませんが、お付き合いくだされば幸いです。

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[3090] 【PHASE16】
Name: こうくん
Date: 2005/10/29 22:36
【PHASE16】   王者への挑戦





マルマラ海、そしてボスフォラス海峡に面した港湾都市。旧世紀から続く永遠の都、イスタンブール。
その中でも、旧世紀オスマン帝国期のスルタンの居城を改造した最高級ホテルに、
オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハと、彼女の護衛官、キラ・ヤマトの姿があった。
そのホテルは、長い年月のうちに数え切れないくらいの改修を施されているにも関わらず、
かつては皇帝の住まう宮殿であったという、重厚な雰囲気が損なわれていることはない。
ザフトの兵士たちが立ち並ぶ廊下を、二人はゆっくりと、そして堂々と先方から指定された部屋へ歩いていく。

「ようこそいらっしゃいました、代表。まずはお久しぶり、といったところですかな?」

そして高級感漂うホテルの中でも、おそらく最上級なのだろう部屋に入ったカガリは、
プラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル自らの出迎えを受けた。
この会談において、彼女はオーブの首長服ではなく、軍の将官服を着ている。
そして握手する二人に続いて、キラがゆっくりと入ってくる。
サングラスをかけて、線の細い彼にやたら似合うグレーのスーツに身を包んだその姿は、
まるでどこぞのホストのような出で立ちだ。これならお姉さま方からの指名率ナンバーワンは固いだろう。

「政治会談というには随分と洒落た場所を指定したものだな、議長閣下?」

「おや?代表はこういった趣向はお嫌いですか?」

「まさか。このような気の回し方は嫌いじゃない。
 しかし、宇宙に飛び出した人類を束ねる立場にある閣下が、
 こうして地球の重力に魂を引かれ、このような場所を指定するとは恐れ入ったよ」

「地球の重力に魂を引かれ……ですか。なかなか面白いことを仰いますな、代表は。まあお掛けください。
 この美しい海を見ながら、これからの地球について語り合うのも、悪いものではない筈ですが」

ボスフォラス海峡に面したテラスに、純白のクロスをかけられた小さな円卓が鎮座している。
そこにある二つの椅子のうち一つをカガリにすすめたのち、彼もまた反対側の椅子に腰を下ろした。

「ところで議長閣下。今回は互いに護衛を一人ずつ付ける、と聞いていた。
 しかしどうやら見た限り、そちらの護衛官の姿は見当たらないが?」

スッと目を細めて、カガリはデュランダルを見据える。その瞳から、感情の一切が消える。
しかしオーブの首長たちを軽く黙らせたその視線にも、彼は全く動じない。
まあ彼女にしても、この程度で会談の主導権を握れるなどとは考えてもいないが。

「そういうそちらは、護衛というには随分線の細い青年のようですな。
 もっとも、彼の本分はモビルスーツのパイロットなど、そういった方面かもしれませんがね。
 違うかい、君」

そう言ってデュランダルは、カガリの後ろに立つスーツに青年にその鋭い視線を向ける。
唐突に話を振られたキラは、自分が今サングラスをかけていることを幸運に思った。
動揺を顔に出していない自信はあるが、サングラスがなければ一瞬泳いだ目までは隠せない。
そのまま沈黙するキラをよそに、デュランダルは自身の護衛官を呼んだ。

「失礼します」

そして慇懃な挨拶と共に入ってきた男に、カガリとキラは一瞬目を見開いた。
無表情を顔に貼り付けてはいるが、入ってきた彼の身体からは複雑な感情がにじみ出ている。
ワインレッドの軍服に、FAITHの紋章を煌めかせる男。

「アスラン・ザラ……」

普段は冷静なカガリも、これにはさすがに眉を寄せた。続いてデュランダルを睨み付ける。

実はこの会談の一日前に、事実上捕虜として拘束していたミネルバクルーは全員解放していた。
それはつまるところ、この会談が少しでもスムーズに行くように、あらかじめ渡した『おみやげ』のようなものだ。
もちろん、戦艦ミネルバとその所属モビルスーツは、接収の名の下にいまだにオーブにあるが。
そして、カガリに刃を向けたシン・アスカも、いまだにオーブで拘束しているが。
『おみやげ』として使用するもの。そしてプラントの譲歩を引き出すため、この場で使用する『カード』
ミネルバクルーも本来は『カード』として使う予定だったのだが、カガリはオーブの人道的な立場を強調するため、
あえてこのカードは手放したのだった。

(まずは、議長から一発、ジャブをもらったか……)

それがまさか、早速次の日に相手側から使われることになるとは。

プライドの高い彼女は、こうして相手に主導権を奪われるのは我慢がならないことだ。
だが目の前にいる男は、彼女がかつての人生で相対してきた中でも、トップクラスの曲者。
巨大軍事組織ティターンズを率いていたジャミトフよりも。ずば抜けた思考回路を持つ天才シロッコよりも。
そして数々の因縁を持つ、クワトロと名乗っていたシャアよりも。
その率いる団体の強大さ。カリスマ。そして頭脳。さらには心に掲げる理想。
個々の比較は置くとして、それら全てを総合すれば、間違いなくこの男は彼らの上を行くだろう。
常に冷静にならねば、ハマーンですら、下手をすればこの男に呑み込まれてしまう。 

「実は今回彼が私の護衛になったのは、彼が是非にとも言い出したからでしてな。
 オーブに滞在していたという経歴を生かし、プラントとオーブの友好のために働きたいそうです」

その言葉の裏には、アスランはすでにザフトの人間なのだというメッセージが込められている。
デュランダルにしてはつまらない手だが、この程度彼は当たりもしないジャブ程度にしか思っていないだろう。
実際、カガリもキラも表面上は全くそれに対して動揺した様子はなかった。
だがキラの、サングラスの底からアスランを睨み付ける視線は本物である。
アスランはそれに対して少しだけ辛そうに視線を外したが、
やがて視線を戻し、意外なほどしっかりとした口調で、言葉を紡ぎ始めた。

「かつて代表の護衛を務めておきながら、こうして今またザフトにいるということは、申し訳なく思っています。
 ですが、先日の代表の演説を聞き、戦争をなくしたいという想いは、我々と同じであると感じました。
 プラントとオーブが共に手を取り合って、戦争をなくしていけるよう、
 私も橋渡しとして精一杯努力したいと考えています。
 ここから先は議長と代表の仕事ですが、私もここでお二方の会談が成功するよう、祈っております」

他人行儀なアスランの言葉に、内側にいるカガリはひどくショックを受けている。
だがハマーンは、その彼の言葉を軽く受け流して、カガリに語りかけた。

(カガリ。ショックなのは分かる。だがここで貴様が動揺すれば、それは少なからず私にも影響を与える。
 自分より格下の相手と会談するときには、場の主導権を握るのは当然だ。
 自分と同格の相手と会談するときは、場の主導権を握った者の勝ちだ。
 そして自分より格上の相手と会談するときは、何としてもペースに巻き込まれないことが第一だ。
 正直に言おう。私は自惚れでなく優秀ではあるが、この男は私と同格か、あるいは、それ以上。
 これから貴様も、幾度となくこういった場面に遭遇することになろう。
 そのときのために、私のやり方をその目に焼き付けておけ)

ホテル専属のソムリエらしき男が現れ、二人のグラスに赤い液体を注ぐ。
そしてそのグラスに、双方の護衛であるキラとアスランがまず最初に口をつけた。
オーブの成人年齢はナチュラルで十八歳だから、コーディネイターである彼らは別に法律上問題はない。
それでは味などまるで分からないだろう緊迫した視線を一瞬交錯させ、彼らはグラスを置く。
続いてデュランダル、カガリがそのグラスに口をつけ、
それぞれのグラスが再び卓の上に置かれたところで、まずデュランダルが口火を切った。

「アスハ代表。今回こうして代表が中立を宣言されたこと、我々プラントとしても歓迎したいと思っております。
 プラントは、貴国に中立国として、我々と地球連合を繋ぐ役割を期待しております。
 現在地球圏に存在する中立勢力は、実質的にジャンク屋組合くらいであることは御存知でしょう。
 しかし彼らは、多少は力があるとはいえ、あくまで組織です。国家ではない。
 彼らの果たす役割は、今の世界にとってなくてはならないものですが、それでも。
 国家という看板は、彼らの想像以上に重い。
 ですから主権国家で、かつある程度国力のあるオーブの存在を、我々は非常に頼もしく思います。
 しかし、中立を宣言される以上、貴国は地球連合、そして我々プラントに対しても公明正大でなければならない」

「……何が言いたいのだ?デュランダル議長閣下」

平坦な声と共に、それだけで人を殺せそうな視線で、カガリはデュランダルを見据えた。
それは、オーブでの二年間、もっとも長くそばにいたアスランですら一度も見たことがないほどの、
冷たく、それでいて無機質なものだった。……感情が、読めない。

「代表も、二年前のユニウス条約の内容を覚えておられるでしょう。
 その中の一つに、大量破壊兵器の禁止、いわば核の使用禁止があります。
 ですが、貴方を救ったというアークエンジェルに搭載されていた、フリーダム。
 アレが何を動力にして動いているか、当然貴方も御存知でしょう。
 このことについて、貴方がどう考えているかを、聞かせていただきたいですな」

(……来たか)

完全に予想できた展開とはいえ、さすがに一瞬カガリの頬に緊張が走る。
しかし、それはあくまで一瞬。続けざまに放たれるデュランダルの挑発的な視線にも、彼女は動じない。
一方でキラとアスランも、同じように視線だけでやり取りをしていた。
デュランダルが言っていることとは少し異なるが、アスランもまたキラに対して言いたいことがあるのだろう。
だがキラの方は、どこか涼しげな瞳で、感情的になりかけているアスランをまっすぐに見据えた。
そんな彼の様子に、アスランの眉がピクリと動く。
そしてそれに呼応するように、カガリの口から返答の言葉が紡がれた。

「閣下の言いたいことは分かる。
 フリーダムは、かつて貴国で開発された、Nジャマーキャンセラー搭載機。
 つまりは、完全なる核兵器。
 だがこれに関して、我が国、また我が軍は一切の関与を行っていない。
 またアークエンジェルは、身の危険を感じた私が『依頼』した『傭兵』だ。
 ……ヒビキ、あれを」

名前を呼ばれたキラが、スーツの内側から綺麗に折りたたんだ紙を取り出す。
キラ・ヒビキ。『カガリの新しい護衛官として』の、キラ・ヤマトの偽名である。
もっとも、デュランダル相手には隠す気すら全くないような、意味のない偽名であるが。
そしてそれを受け取ったカガリは、それを広げてデュランダルに見せ付けた。

「傭兵部隊アークエンジェルとの契約書ですか……
 失礼ですが、これはオーブ連合首長国政府のものですかな?」

「違う。これはアスハ家当主としての私的なものだ。謝礼も、当然アスハ家の資産から出している」

丁寧にアスハの朱印が押してあるその契約書を、デュランダルはただじっと見つめていた。
アークエンジェルが傭兵になったという話など聞いたこともない。
そもそも前大戦で最強の名を欲しいままにしたアークエンジェルが傭兵をやるとなれば、
かの最強の傭兵部隊、サーペントテールをも凌ぐ部隊となっただろう。
いや、逆にその力を警戒されて、潰されるか。
いずれにせよ、これが傭兵雇用などただのごまかしに過ぎない。
そして、アークエンジェルがこれから傭兵をやるなど、全くもって有り得ない話だろう。

「なるほど……フリーダムは、あくまでも個人の所有物。
 しかも依頼を出したのはアスハであり、オーブ自体は関係がないとおっしゃるのですね」

椅子に一段と深く腰掛け、デュランダルは両腕を組んだ。
視線はいっそう厳しくなり、下手な人間ならその眼を見ただけで、
あることないこと全てを告白してしまいそうなほどの、妖しい光を放っている。

「そうだ。そしてアークエンジェルには、これからオーブの国防に参加してもらうよう、
 正式に我が国政府と契約を結んでもらった。
 だが、これは我が国が核武装をするということでは断じてない。
 何なら、IAEAでもザフトの査察団でも何でも寄越していただければ、はっきり分かるであろう」

しかしカガリには、その悪魔のような瞳すら、何の効果もないらしい。
こちらも余裕を見せているのか、中身が半分残ったグラスを手に取り、残りをゆっくりと流し込む。
キラはその手元を注視しているが、そこに震えは全く見られない。
以前から度胸だけは一人前だと思っていたが、まさかこれほどとは、と心の中で一人笑う。
だが、本来ならば彼らにそんな余裕はないはずなのだ。
この場での会談が失敗に終われば、オーブは間違いなく、かつての二の舞になる。
ならば、彼らに見えるわずかな余裕は、一体なんだというのか。

「フリーダムが核搭載機と知っていてなお、これを国防に使うと仰るのですか?
 これは、ユニウス条約に引っかかる可能性も十分に考えられますが」

「ユニウス条約……か。あの条約をないがしろにするつもりなど私には微塵もないが、
 アレが本当に今現在、機能しているとお思いか?
 少なくとも、大西洋連邦などは全く意にも介していないように思えるが」

「だからこそですよ代表。向こうが条約を破った。だから我々も破るではいかんのです。
 そうなれば、世界は再び混迷へと舞い戻ってしまう。
 我々だけでも条約を守るという意志を貫かなければ、
 数多の犠牲の上にようやく勝ち取ったあの条約そのものが、骨抜きになってしまう。
 ……過ぎたるチカラは、また新たな争いを生む。かつて代表ご自身が仰ったことですよ」

「……争いが無くならぬから、チカラが必要なのだ。
 かつて、閣下ご自身が仰ったことだが」

平行線を辿る言葉が、放たれては、また投げ返されていく。
その応酬の中、アスランは自分の掌が、やけに汗ばんでいることに気が付いた。
じっとりと湿った掌。握り拳が、上手く作れない。
空気が重すぎるのだ。
すでに両者のグラスは空になっているが、
ソムリエの男もこの一種殺気に満ちた空間に、入ってくるのをためらっているようだ。

「まあ建て前はいい。こうしてわざわざ会談の場を設けたのは、本音で語り合うためだ。
 ……正直に言おう。私は、モビルスーツにおける核動力を認めようと思っている」

そしてしばらく平行線の議論が続いたところで、カガリが動いた。
この発言には、さすがの議長も面食らったように黙っている。
アスランは、自分の立場も忘れて食って掛かろうとし、キラの視線でそれを封じられた。

「先の中立宣言以降、私は地球連合諸国にも会談を要請している。
 オーブの立場を、はっきりと理解してもらうためにな。
 だが、その中で色よい返事は、まだただの一度としてない。
 それどころか、彼らは私を正式な首長として認めないとまで言ってきている。
 まあそれも分からなくはない。オーブの中立宣言で、一番ワリを喰ったのは彼らだからな。
 だが、事態はそれだけに留まらなかった。
 大西洋連邦最大の海洋基地、ハワイ島パールハーバー。
 ここに、連合の艦隊が集結しつつあるという情報が入った。当然そちらにも入っているだろう。
 そして目標は間違いなく、オーブ。
 彼らが侵攻を開始すれば、現状の戦力では十中八九オーブは陥落(おち)るだろう。
 だから、我らには手段を選んでいる暇はない。
 フリーダムでもアークエンジェルでも、そして、ミネルバでも。
 戦力として使えるものは、全て使っても足りないほどなのだ。
 ……ここで、オーブが滅びるわけにはいかないのだから」

ミネルバの名を出した瞬間、デュランダルの眉がピクリと動いた。
チャンスと見たカガリは、ここぞとばかりに押し通す。

「我が国が陥落れば、貴国も無事ではいられまい。
 私は、オーブの理念よりもまず、オーブの国民を守りたいと考えている。
 だからこそ、オーブ本土が戦火に焼かれるようなことがあれば、
 私の首と共にオーブは全面降伏するつもりだ。
 そうなれば、カーペンタリアも終わりだろう。いや、ザフト地上軍自体が、かな」

見ようによっては薄ら笑いとすら思える表情で語るカガリを、デュランダルはただ黙って見つめていた。
彼の脳内で、すでに彼女は世間知らずの姫君などでは断じてない。
だからこそ、彼はカガリ・ユラ・アスハという人物評価の修正を急いでいた。

オーブの獅子ウズミは、獅子の名の通り、最期まで孤高に戦い、散っていった。
策謀を得意とする彼からすれば、愚かとしか言いようのない行為だったが、
その鋼鉄の意志は、彼の姿勢を評価する人々は、いまだにオーブに多く残っている。
でなければ、二十にも満たない姫君のクーデターなど、成功し得なかっただろう。
だが、獅子の娘たるこの少女。
先日の演説を聞いた限りでは、獅子姫という二つ名がぴったりだったが、それがどうだ。
こうしてザフトにほとんど堂々と援軍を求めるあたり、獅子よりも女狐の称号のほうがしっくりくる。

カガリの言葉を吟味するふりをしながら、デュランダルはオーブをどう扱うかを考えていた。
可哀想に真っ青になっているソムリエを呼び、自分とカガリのグラスに再度注がせる。
暗黙の了解でキラとアスランが口をつけ、それを確認してからゆっくりと彼は自分のグラスを手に取った。

自分が密かに進めるデスティニープランにとって、このままではいずれオーブは最大の障害となるだろう。
オーブが連合に与したままなら、事は楽だった。
どういう経過を辿ろうが、最終的にオーブは連合と枕を並べて仲良く滅びていただろう。
いや、そもそもヘヴンズベースが陥落れば無力化していたか。
だが、アスハの復権と共に、アークエンジェルがオーブに付いた。
これには、ただ戦力的なもの以上の意味がある。大天使の雷名は、いまや幼い子供すら恐れさせるのだから。
さらにラクス・クラインを仕損じた今、アークエンジェルがザフトに付く可能性は、ほぼ皆無だろう。
仮にオーブを攻めようものなら、ラクスの息のかかった連中が援軍に押し寄せ、
攻略部隊は甚大な被害を被る事は想像に難くない。
ザフト参謀本部の試算では、アークエンジェルが付いたオーブ軍の殲滅に必要な部隊は、
カーペンタリア全駐屯兵力の二倍強。いや、ひょっとすればそれでも足りないかもしれない。
しかも恐ろしいことに、攻略につぎ込んだ部隊の最低半分は、地獄の道連れにされる計算でだ。
この驚異的な戦力が敵に回れば、ザフトの地上作戦にとって痛恨の打撃となる。
だからこそ、フリーダムなどの核動力モビルスーツを抱えられるのは困る。
―――デュランダルは、ここにはどうしても釘を刺しておきたかった。

しかしオーブが連合から離脱した事は、そうそう悪いことばかりでもない。
オーブが離反したことで、連合の制海権はぐらついている。
緩衝地帯ができたことで、連合はパールハーバーからの兵力を、カーペンタリアまで一息で回せない。
連合の幕僚連中は今頃、真っ青な顔で戦略の練り直しを迫られているだろう。
もし……連合の太平洋艦隊が大挙してオーブに攻め寄せ、しかしオーブがこれを撃退した場合。
その場合ザフトは圧倒的戦力を保持したまま、ヘヴンズベースを攻略することができる。
さらにオーブが生き残れば、連合の支配下で不満を持っている国々も、
オーブに続けといった具合に一斉に連合に反旗を翻すだろう。
そしてそれは、自由の名を冠した殺戮の天使、フリーダムなしでは到底成し得ない事だ。
いくら獅子といえど、自由の牙を抜かれていては、連合という巨象を倒すことは不可能なのだから。

中立国オーブという、諸刃の剣。
その特性をよく理解して、巧みにこの女は自分(オーブ)を売り込んでくる。
男(デュランダル)を惑わすことに関して、百戦錬磨の娼婦よりタチが悪い……
さて、このあとどう出るか。

「……まあ、難しい問題である事は重々承知している。
 プラントが援軍を出してくれたところで、中立国たる我が国には、返す物はない。
 だからザフトが援軍を出せないと言っても、私は別に構わないがな……」

デュランダルの沈黙をどう取ったのか、カガリのこの発言に、
その他の三人は一様に複雑な表情を浮かべた。
聞きようによっては、オーブが滅びるのを覚悟しているようにもとれる。
だが彼女の顔には、相変わらずの薄笑いが浮かんでいた。

「軍の派遣が困難ならば、せめてそちらの著名人をオーブに招き、
 両国の友好のための橋渡しとしたいと考えている。
 ……ラクス・クライン。彼女は今、プラントで活動を再開していると聞いている。
 彼女がオーブに来てくれれば、両国の友好にとって、これ以上ない良い効果をもたらすだろう。
 政治的な発言を控えれば、大西洋連邦とて口出しはできまい。
 検討してはいただけないだろうか、議長閣下?」

しかし続くこのカガリの発言で、その場の雰囲気は一変した。
デュランダルの視線はいっそう厳しくなり、それは眼前で笑うカガリを射殺さんばかりだ。
アスランも、カガリの言葉に強烈な違和感を感じている。

アスラン自身、ミーア・キャンベルのことに納得しているわけではない。
だが議長の言っていることも分かるのだ。
気持ちだけで政治が動くわけではないことは、カガリの護衛を務めた二年間で、嫌というほど理解した。
だからこそ、国民を半ば騙すような手段であろうと、その先の最高の未来を描く議長を、アスランは否定できない。
自分自身モビルスーツに乗って人を殺すという、決して胸を張れるわけではないことをやっているのだから。

だが、カガリは違う。
彼女の性格ならば、決して偽者のラクスの存在を認めるような事はしないだろう。
……いや、本当にそうだろうか?プラントのラクスが偽者であることくらい、彼女は百も承知のはずだ。
しかし彼女の言葉は、それを半ば肯定しているようにも見える。
いや、そうと知って揺さぶりをかけているのか。しかしあのカガリが、果たしてそんなことをするものか……
脳内処理が追いつかなくなっているアスランは、何かを振り払うようにその頭を振った。

だが、ただ一人キラだけは、カガリの言葉に彼女の決意を感じ、沈黙を深くした。
デュランダルとアスランからは見えない位置で握られた拳が、小さく震える。
下手を打てば相手の神経を逆撫でしかねない、ラクス・クラインのカード。
それを切り出してきた以上、カガリは一切の妥協なく、最高の条件でこの会談を終わらせるつもりなのだと。

……自分とラクス、マリューとバルドフェルド、そしてカガリを加えた五人での会談で、
カガリはラクスに対して、しばらくオーブに留まるように要請した。
思えば、この二人が本気で自分の政治信念をぶつけ合ったのは、これが初めてかもしれない。
世界を変える力を持った二人の少女の本気の会談は、
マリューが思わず途中退席するほどに絶大な緊張を孕んでいた。
そう。その少女たちをよく知る自分すら、彼女たちの『存在そのもの』に恐怖を抱くほどに。

そして一晩に及ぶ話し合いの結果、ラクスはカガリの下につくことを了承した。
今はまだ、非合法組織である武装クライン派が動くときではない。
だが、もしもまた世界が二大勢力の暴走で滅亡の危機に瀕したとき、
少なくともそれを食い止めるだけの力でも、保持しておかなければならない。
アークエンジェルだけで出来ることなど、テロリストに近いことしかないのだから。
そして、たとえどれだけ信念があろうと、テロリストが世間の信用を得るなど出来はしない。
だからこそラクスは、カガリの下に付き、その影響力の行使を自ら制限する道を選んだ。

自由と平等の国オーブという、半ば以上虚ろな幻想に彩られた座敷牢に、自らを鎖で拘束するということ。
それは同時に、自身がオーブの外交の道具に使われることすら見越しての、
彼女の壮絶なまでの決意だったのだが。

「それに、恥ずかしい話だが、ラクス・クラインに来て頂きたいというのは、
 多分に私自身の個人的な想いもあるのだ。
 ……マルキオ導師の名を、閣下も御存知だろう。
 実は先日、彼と彼が運営する孤児院の少年少女たちが、
 所属不明のテロリストによって襲撃される事件があったのだが……」

「そんな……彼らは無事だったのですか!?」

ふっとそれまで浮かべていた薄笑いを消し、カガリは一転して穏やかに語りだした。
しかしそんな穏やかな語り口からは想像もできないくらい物騒な話題に、
デュランダルは何を思ったのか、卓に両手をついて立ち上がり、似つかわしくない大声を上げる。
キラは、自分からしてみればあまりに白々しい彼の言葉に、思わず眉を寄せた。
だがカガリは、自分のこの発言でアスランが動揺しているのを見、満足げに頷く。

「ああ。幸いにして、テロリストは『我が軍』のモビルスーツが撃退した。一切の犠牲者を出すことなくな。
結局搭乗していたモビルスーツごと自爆され、所属は分からなかったが、
 現在破片などをモルゲンレーテで分析中だ。
 撃退したパイロットの証言と合わせ、近日中には『何らか』の報告が上がるだろう。
 だが、全員無事だったとはいえ子供たちの心の傷は大きく、
 中にはいまだに怖がって、一言も口を利かない子供もいるという。
 そしてだからこそ、彼らに憧れの『ラクス・クライン』の姿を見せてやりたいのだ。
 ……私も何度かお邪魔した、思い入れの深い孤児院だからな……」

どこか遠くを見るように、彼女は腕を組んで大きく息を吐いた。
その目元は、今までの刺々しい感じが嘘のように、まるで子供たちを慈しむかのように、穏やかになっている。
だが白々しいのは、彼女もまた同じだった。
言葉だけを聞けば、この表情だけを見れば、彼女は慈悲深い立派な君主と映るだろう。
しかしそんなモノはまやかしに過ぎない。
彼女が本物のラクス・クラインの所在を知らないはずがないし、
またこの口ぶりでは、襲ったのがザフトのモビルスーツだということも知っているのだろう。

(捨て身で来たか……アスハの女狐め……)

内心毒づくデュランダルだが、こうなることを予測できなかったわけではなかった。
オーブは追い詰められている。それこそ、プラントに媚でも何でも売って、援軍を引き出さねばならぬほどに。
だからこそ、下手をすればプラントを敵に回しかねないラクス・クラインのカードを切る確率は、少ないと踏んでいた。
そこまでせずとも、フリーダムの破棄を宣言すれば、それだけでプラントの色よい返事は確実だから。

デュランダルの明晰な頭脳が、猛烈な勢いでこれからの展開をシミュレートする。
ここでザフトが援軍を拒否した場合、アスハは最後の賭けとばかりにラクス・クラインを立てるだろう。
そして、本物のラクス・クラインを暗殺しようとした機体がザフトのものであったことも、
ここぞとばかり世界中に知らしめるはずだ。
今でこそ圧倒的な支持を誇るデュランダルだが、ラクス・クラインの贋作を仕立てたことが明るみに出れば、
どれほど繕ったとしても、支持率の急降下は目に見えている。
デスティニープラン発動のときまで、その支持率を下げるわけにはいかない彼にとって、
これはあまり歓迎すべき事態ではない。

今度はオーブの、アスハの口車に乗った場合を考えてみよう。
ラクス・クラインがオーブに潜伏していることは、状況からまず間違いない。
だがいくら偽者であろうと、長期に渡って活動するうちに、市民の心は『現在』のラクスに向く。
時間がたってから私が本物だと公表したところで、
一般市民にとってのラクスは、そのころにはとうに偽者にすり替わっている。
苦しい時に傍に居てくれた者に心が向くのは、人間として当然の心理だ。  
そして此処まで自信を持ってラクス・クラインのカードを切った以上、ラクスは彼女の掌中にあると見ていいだろう。
いや、仮に掌中になくとも、彼女たちの間で何らかの合意が成立していることは確かだ。

……自分を今すぐにでも殺しかねない武器を第三者に握られるのは、あまり気分のいいものではない。
たとえそれが、時間が経つほどにその効力を失っていく武器だとしても。

「……分かりました。ラクス・クラインについては、帰国後彼女のマネージャーと話し合い、検討しましょう」

デュランダルが、こわばらせていた表情をふっと緩める。
今まで平行線を辿っていた両者が、ようやく歩み寄った瞬間だった。
だが、ここで言う『検討』は、文字通りただの『検討』である。
ラクスのことは『検討』という表現で濁して、遠まわしに、援軍の派遣を了承したということだ。
カガリも分かっているのか満足げに首を縦に振るだけで、以後ラクスの話題は出さない。

「私は、我々プラントと同じように争いを無くそうとする貴国を、大切な同志だと考えています。
 連合が和平を唱える貴国を攻撃するというのなら、これは大変遺憾なことであり、
 プラントはこれに対し、断固たる措置をとることを、ここに明言しましょう。
 ですが、我々は貴国と本当の信頼関係を築くため、貴国にいくつか条件を提示したい。
 構わないだろうか?」

今までとはうって変わってにこやかに語るデュランダル。
条件、という表現が多少気に入らなかったが、
彼女はここまで歩み寄ったデュランダルをこれ以上後退させないために、あえて承諾の返答をした。
その言葉に、彼はわずかに笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開く。

「まず、現在そちらが接収している戦艦ミネルバ。これの即時返還を願いたい」

「……いいだろう。もともと貴国のもの、返還するのが筋だろうしな。
 当方でも、ザフトの援軍がない場合を考えて接収していたものだ。
 修理などはあらかた終わっているから、そちらのクルーを寄越していただければ、
 我々オーブ軍が責任を持って、カーペンタリアまで護衛しよう。
 ……それで、もう一つは?」

言い終わってから、愚かな質問をしたものだと、彼女はそれと気付かれないよう笑った。
問わずとも分かる。おそらく、フリーダムの破棄をアークエンジェルに要求せよということだろう。
いや、核そのものの全面破棄か。
しかしそれをすれば、現在水面下で推し進めるAXISは、その計画を根本から練り直さねばならない。
さて、どうするか……

「……現在貴国で拘束中の、シン・アスカ。彼の罪状を、抹消してもらいたい」





●あとがき
こんにちは。hollowを買ってきて、案の定どっぷり浸かったこうくんです。あれ?もうニワトリが鳴いている……

VSデュランダル。今回は、某死のノートでのキラとL風味でやりたかったのですが……難しいです。
ちなみにカガリとデュランダルでは、どっちがキラでどっちがLかという判断も難しいです。どうでもいいことですが。
互いに認め合う最強の敵。彼らの常に緊張感の漂う関係が好きだったのですが……L無念……
よってこの話では、片方が途中退席するようなことはないと思います。

ところで、今回の話の中で、アークエンジェルがオーブに付くことが正式に決まりました。
カガリが抜けたアークエンジェルは、実質常勤パイロットはキラのみ。
本編を見る限り、アレで十分すぎる気もしますが、せっかくオーブに付いたのにもったいないと思いますので、
四人ほどパイロットを補充したいと考えています。
基本がオーブですからどうしてもオリキャラになりますが、顔見せ程度ですし、他作品から設定を流用しようかと。
あくまで本編キャラがメインの話なので、四人で何とかカオスを倒せるくらいのレベルですが。

妙なフリで終わってしまいましたが、これからも自分なりに頑張って書いていきたいと思います。
どうかよろしくお願いします。

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[3204] 【PHASE17】
Name: こうくん
Date: 2005/11/13 22:34
【PHASE17】  SIN





「……現在貴国で拘束中の、シン・アスカ。彼の罪状を、抹消してもらいたい」

鋭い眼光と共に放たれたデュランダルのこの言葉に、カガリは大きく衝撃を受けた。
たかだかパイロット一名を、政治的取引、それも極めて重要な意味合いを持つ取引に、使うというのか。
彼のこの発言には、キラやアスランですら、疑惑の表情を浮かべている。

だがカガリは、言われてみればどことなく、デュランダルの思惑が理解できるような気がしていた。
何故なら、彼女自身、シン・アスカという少年に、『運命』じみた何かを、感じていたから。





二、三日前のことだった。
カガリは、一人の女性、そして数人の護衛を連れて、シン・アスカが拘束されている軍本部に向かった。
案の定カガリの姿を見るなり、シンは敵意を剥き出しにして、彼女に食って掛かる。
カガリの後ろで控えていた兵士が、怒りを露わにシンに銃を向けるが、
次の瞬間少年を黙らせたのは、決して銃という暴力などではなかった。

「あの人を返して!返してよ!返してよぉ……!」

カガリが連れていた女性が、シンの言葉を聞くなり鉄格子を血が滲むほどに握り締め、
まっすぐに彼に怒りをぶつけたのだ。
錯乱状態に陥った彼女は、傍の兵士たちによって押さえられ、別室へと運ばれていった。

「彼女が誰か分かるか?貴様が殺した、ムラサメパイロットの御婦人だ。
 ……此処に連れて来るべきでは、なかったかもしれないが、な」

彼女が去った方向を見つめて悲しそうに呟くカガリを、シンは疑惑と怒りに満ちた表情で睨み付ける。
そしてそんな彼の視線に、彼女は一瞬だけ辛そうな表情をしたが、
それでも言いたいことがあるのか、シンに対して真正面から向き直った。

「……三ヶ月だそうだ」

その言葉が意味するところが分からないほど、彼は馬鹿ではない。
カガリの言葉を聞くなり、彼は茫然自失といった様子で、冷たい床に座り込んだ。
思わず彼は、自分の両手を凝視する。
そこには、自分が今まで撃ち殺してきたパイロットたちの血がべったりとこびり付いているように、彼には思えた。

突然の震えが、シンの身体を襲う。
今まで意識してこなかったもの。あえて考えないようにしてきたことが、一気に彼の身体を駆け巡っていく。

……オレは今まで、敵を殺すことが全てだと思っていた。
撃ち落としてきたパイロットたちは、殺されるべくして殺されたのだと無意識に考えていた。
でも、そうじゃなかった。
彼らにだって、家族はある。守りたいものがある。
オレが殺したあのパイロットの子供は、ザフトに父を殺された恨みを抱えたまま、これから成長するのだろう。
そう。家族を殺したオーブを憎んできた、このオレと同じように……

「畜生!畜生畜生畜生畜生畜生畜生畜生ォォォッ!」

自分が正しいと信じてきたことを根本から否定され、シンはただ叫ぶことしかできなかった。
結局自分は、自分と同じような境遇の子供を量産することしかしていなかった。
本当は、本当に大切なのは、オーブに対する復讐なんかじゃない。
ただ、自分と同じような子供たちが生まれないような世界にするために、ザフトに入ったというのに。
愕然とする彼を、カガリは黙って見つめていた。
どこか、何かしら含むものでもあるような表情で。

「……私の下へ、来ないか?」

そして思わず呟かれた言葉に、誰よりもその言葉を発したカガリ、いや、ハマーン自身が驚いた。
シンも、訝しげにカガリを見やる。

「カガリ様!この男は「黙れ」……はい、申し訳ありませんでした……」

後ろで控えている兵士が何か言おうとするが、彼女は即座にそれを切り捨てる。
そのまま、自分でもよく分からない感情のまま、彼女は牢獄の中の少年に、手を差し伸べた。

……この少年に、ハマーンはかつてジュドーに対して抱いたような想いを持ち始めていた。
恋愛感情などではない。もっと別の、例えるならその存在そのものに魂が惹かれる。そんな感じだった。

「……何を考えている、アスハ……」

「代表だ。一国の元首に敬語を使うくらいの分別は持ち合わせていよう?」

「……代表。貴方は何故、オレのような者を?オレは、オーブを捨てた人間です。
 そして……オーブを憎んでいる」

今彼の視線にあるのは、純粋な疑惑だけだ。
抑え切れない憎しみを必死に押し殺し、一人の人間として、このアスハを継ぐ少女を見極めようとしている。
彼も、おそらく頭では分かっていたのだろう。
二年前のオーブの判断を完全な誤りだったと断ずることは、誰にもできない。
ましてや、多くの者が避難している中、逃げ遅れていた家族のことで、
命令を出したウズミではない、目の前の少女を憎むのは、むしろ滑稽だということを。

「いや。お前がオーブを憎むのは、分かる。
 そして、ウズミ・ナラ・アスハの判断を完全な誤りと断ずる権利が、お前にはある。
 だが、それだけでは何の解決にもならぬことを、お前は今、はっきりと思い知った筈だ」

心の中を見透かしているかのように、言いにくいことを、はっきりと言ってくれる。
シンは、自分にとっては忌まわしいアスハの名を継ぐ者ということも含め、
やはりこの少女は好きになれそうになかった。
そして同時に、自分の器の小ささを、これ以上ないほどにこの少女はその身にまとった威厳で示してくる。
こっちはアスハを憎むことで自分を保たなければ、とてもじゃないがやってられなかったというのに。

「どうすれば世界は変わる?敵である者を、全て滅ぼして?……いいや違う。
 仮に今そこにいる敵を打倒したとて、しばらくすれば共に戦った者たちの中から、新たな敵となる者が現れる。
 ……ヒトというのは難儀な生き物だ。だからこそ、私はヒトとしての意識から変えていきたいと考えている」

その言葉を、半ば自嘲が交じった風にカガリは呟いた。
自身の裏切られた過去が、それを言わせたのだろうか。
彼女の内面を知りえないシンには、それが自嘲だとすら分からなかったが、話を聞く気にはなっていた。
口先だけの姫でもない。行動力だけの獅子でもない。
今目の前で圧倒的な存在感と共にある女は、両者を併せ持った獅子姫と呼んでいいだろう。
強烈なカリスマ。揺らぐことのない鋼鉄の信念。悪魔といってもいいほどの行動力。
これだけで多くの人間が彼女に付き従うだろうが、
あいにくと似たような人間のおかげで大切な人を奪われたシンは、
それだけで彼女に全てを委ねられるほど楽観的ではなかった。

「意識を変える?そんなことが簡単にできると思って……いらっしゃるのですか。
 現に今も戦争は続いている。それによって関係のない多くの人が殺されている。
 アンタ……失礼しました。代表が仰ることは、確かに正しいかもしれません。
 でも!それによって犠牲が出るとしたら、貴方の仰ることはただの綺麗事です!」

興奮すると簡単に地が出るのは、この少年の特質だろう。
誰よりも純粋であるが故に、家族を守りきれなかったオーブを恨み。
そして二度とそんな悲劇が起きないよう、直接的な力である、軍という場所に居場所を求めた。
昏い牢獄の中で、彼の紅い瞳だけは少女を射殺さんばかりに輝いている。

「綺麗事、か。たしかにそうだ。オーブの政治家としては、私は失格なのかもしれない。
 国民の命を真に考えるのなら、例え隷属であったとしても大西洋連邦の傘に入るべきだったろう。
 だが今はもう、国のことだけを考えていればいい時代ではない。
 ボタン一つでオーブという国家が簡単に吹き飛ぶような時代に、
 ひとたび戦争が起きれば、それが即人類そのものの存亡に直結するような時代に、
 私は国のことだけを考えて行動することなどできない。
 ……無論、オーブは私の故郷であり、誰よりも大切だと思える者達が住む土地だ。
 オーブあっての私であり、優先順位が他より高くなるのは当然だろう。
 それはこれからも、変わらない」

彼女とて、シンにとってアスハの名を冠する自分の存在そのものが鬼門であることを、十分に承知している。
しかしそれでも、暴発しそうな憎しみを必死に押し殺して、
一人の人間としてのカガリを見極めようとする少年の瞳に、彼女は応えてやりたいと思った。
彼女にとって目の前の少年は、誰より尊敬する父を虫けらのように言った、許しがたい人間だ。
一発ぶん殴って修正してやりたいくらいの感情を、彼女も元首である前に人である故に、持っていた。
またカガリの感情に多少なりとも引きずられるハマーンも、正直この少年を高くは評価していなかった。
感情のままに動く俗物。ハマーンがもっとも毛嫌いするタイプの人間だった筈だ、この少年は。
あえて冷たく突き放すように、彼女はシンを見下ろしながら言葉を紡ぐ。

「ヒトは、変わらねばならない。
 敵だから殺す。認めることができないから撃つ。
 ―――その憎しみの連鎖の果てにあったのが、二年前の核攻撃、そしてジェネシスだ。
 貴様は当然知らんだろうな。
 二年前、三射目を目前に破壊されたジェネシスの照準が、地球『そのもの』に向けられていたことを。
 もしアレが放たれていたら地球に住む者達がどうなっていたか……語るまでもなかろう。
 そして、パトリック・ザラの暴走を止めるため、息子であるアスラン・ザラが、
 ジェネシス内部で当時の愛機であったジャスティスを核爆発させ、
 父の過ちを、忌まわしきザラの名を継ぐ自らの死を以って、贖おうとしていたことも」

「嘘だっ!そんな……」

「嘘ではない。どうしてもというなら、アスランにも聞いてみろ。
 あの戦いの最後、ヤキンのコントロールに突入した私とアスランが見たのは、
 ジェネシスの照準をワシントンに向け、それを咎めた部下によって射殺された、パトリック・ザラの姿だった。
 しかもあろうことか、ジェネシスの発射シークエンスは、ヤキンの自爆と連動していた。
 だからアスランは、ジェネシスそのものの破壊のため、私と二人、ジェネシス内部に突入したのだ。
 もっとも、私が引きずってでも帰らねば、アイツはあのままあそこで父の後を追っていただろうが」

どこか懐かしむようなカガリとは対照的に、シンの紅い瞳が、驚愕に見開かれる。
伏せられていた二年前の真実が、明らかにされる。
嘘と否定するのは簡単だが、少なくとも、目の前の少女は、嘘だけはつかない。
彼の心の中を、いくつもの想いが駆け抜ける。

彼女は、間違いなくオーブを愛する人間だ。
さっきオーブのことを故郷と言ったとき、彼女は間違いなく、どこか愁いを帯びてはいたものの、
それを誇りに思い、ミネルバで出会ったときからは考えられないような、優しい笑顔を浮かべていた。
……本当に?彼女が愛しているのはオーブじゃなく、その理想じゃないのか?
いや、それこそつまらない見方だった。
ダーダネルスでオレが撃墜(おと)されたとき、ムラサメを撃墜したとき、間違いなく彼女は本気で怒っていた。

自分を見下ろす少女を、シンも負けまいと睨み返す。
たった一人の兵士のためにあそこまで本気になれる、彼女は間違いなくオーブの真(まこと)の女王。
だがいくら取り繕ったところで、彼女も所詮は政治家だ。
政治家は大局を見ているのかもしれない。だが、その足下を、彼らは本気で気にかけてくれているのだろうか?

「憎しみの連鎖の果てに何が待つ?今のお前ならば、答えはその胸の中に既にあろう。
 だからこそ、誰かがこの愚かしき連鎖を断ち切らねばならぬことも、お前には十分に分かる筈だ。
 そしてそれを成すには、戦う相手を完全に見下す連合、そしてプラント共に不可能であることも。
 もっとも、平和を目指す理想を掲げた我がオーブには、それを成し得る力が少々足りぬということもな」

「分かってんじゃ……ないですか。
 貴方の言うことは確かに正しく聞こえる。実際貴方にとっては正しいんでしょうね。
 ですが身の程をわきまえてください!
 今のオーブに連合を撥ね退けるだけの力がありますか?ないですよね!?
 だったらまた同じことの繰り返しです!届かない理想のために、また罪のない人が大勢死んで行く。
 結果が伴わない理想なんて害悪です!だからあんたらは……!」

「ではこのまま連合に従い、貴様らコーディネイターを全て殺し尽くすまで戦うか?
 別に私はそれでも構わん。それで本当に人類が救われるのならな。
 だがそんなことは有り得んだろう。ひとたびコーディネイターという存在が創られた以上、
 今あるそれを全て滅ぼしたところで、またどこかで新たなコーディネイターが生まれる。逆も然りだ。
 貴様らがナチュラルを駆逐したところで、次に目が向けられるのは、出来損ないのコーディネイターに他ならない。
 同じことの繰り返しでは人類は変わらん。既にあるモノを全否定するなどできるはずがない。
 だからこそ、私はオーブを一つのモデルとして、世界をその理念で変えていく。
 そこにどうしても犠牲が伴うのだとしたら、私はそれを新世界への礎として肯定する。
 貴様も既に十分に理解しているだろう。全てを救うことなど出来ん。
 ならば貴様はどうする?闇雲に、ただ盲目的に敵を撃つことでは、何も変わらないと知った、今の貴様は。
 プラントに戻り、現状を変えることのないまま、デュランダルをただ盲目的に信じて戦うか。
 それとも、私の下で、人類としてよりよき未来を目指すか。
 どのような道を選ぼうが貴様の自由だ…………さあ、答えろ」

カガリの琥珀の瞳が、シンを捉えて放さない。
かぶりを振る彼に、選択の時が、ゆっくりと迫る。
思わず彼は顔を上げ、カガリの顔を凝視した。
凍て付くような眼光が、自身の闇を容赦なく切り裂くかのように輝き、自分を見下ろしている。

「オレは……オレはっ……!」





デュランダルがその言葉を発してから、どれだけ時間が経っただろうか。
熟考しているにしても、その時間はあまりに長い。
三人の男が訝しがる中、カガリの唇が、ようやくにしてゆっくりと言葉を紡いだ。

「……分かりました。シン・アスカの罪状は、抹消しましょう。
 …………彼もまた、ザフトへの帰還を希望しているから、な」

しばらく考えた末、カガリはデュランダルの言葉に対し、こう返答をした。
わずかに紅く染まってはいるが、その能面のような表情からは、
彼女が何を考えているかまでは、デュランダルには理解できない。
だが、彼はそれを気にするようなそぶりは見せなかった。
もはや彼にとっての目的は達せられたのだし、
おそらくこの会談は、終わってみれば両者にとって文句なく成功といえる内容であったから。

フリーダムを生かしておくのは賭だが、オーブが実質ザフト色になっている今、
これは間接的にザフトの戦力強化にもつながる。
そしてそれを既成事実として、オーブをザフトの中に取り込む。
……ここまで上手くいくことは100%ないだろうが、それでも今すぐ消えてもらうには、
オーブの獅子姫(クイーン)は、駒として優秀すぎた。

「今回は非常に実りある会談であった。これからも平和を目指す同志として、我ら共に力を尽くそう」

立ち上がって握手を求める少女の瞳は、最後のそのときだけ、
かつてアーモリーワンでデュランダルが初めて出会ったときそのままの、まっすぐなものだった。
彼は様々な意味も込めて、力強くその手を握り返す。
次いで両者の護衛を務めていたキラとアスランも、こちらは形だけの握手をしてすぐに互いの視線を外した。

アスランが先頭に立って部屋のドアを開き、キラ、カガリの順番に退席していく。
そしてカガリが部屋を出る直前、彼女はアスランに対し、何かを言い残すように視線をやった。
刹那、二人の視線が交錯する。
その瞬間だけ、そこには、彼ら以外の誰もいない空間が出来上がった。
ラクスのこと。オーブのこと。そして、何より自分たちの別たれた道のこと。
言いたいことは山のようにあるはずなのに、それを言葉には出来ない。
もどかしい想いがアスランの胸を駆け巡る中、
彼女のその瞳が深い悲しみの色に染まっていることに、アスランは気が付く。

「カガ……リ……?」

一瞬の邂逅だったが、アスランには分かった。
最後のあのときの表情は、アーモリーワン以降変わってしまったカガリじゃなく、
自分が二年間ずっと傍で見守ってきた、誰よりも愛しい彼女、そのものだったと。

考えを変えれば永遠にも思えるような数秒が経った後、カガリは視線を外してキラの待つ外へと向かう。
アスランが思わず伸ばしかけた手は、中途半端な位置で固まり、やがてゆっくりと下りていった。
重厚な扉の向こうに、カガリの後姿が消えていく。
それを見ながら、デュランダルが訝しがっているのも構わず、アスランはその拳を握り締めていた。
(カガリ)

心の内側から、『ハマーン』が声を掛ける。
せめて会談の最後だけでも、自分自身で締めくくりたいと言ったカガリのために、
彼女は最後の瞬間だけ、退席するとき、カガリとその意識を入れ替えていた。
だが、カガリが本当にしたかったのは、そんなことではない。
本当にこのまま終わってしまいかねないアスランとの関係に、自分自身で決着を付けたかったのだ。
結局ほんの数秒しか時間はなかったが、カガリは自分の全ての想いを込めて、アスランを見つめた。
言いたいことがすべて伝わったとは思えなかったが、それでも、彼女はある程度満足しているらしかった。
それを証明するかのように、『カガリ』の意識はあっさりと内側へ戻っていく。

「お疲れ様、カガリ」

意識の入れ替えで疲れた表情を見せたカガリに、キラは優しく声を掛ける。
あのデュランダルとの会談を終えたのだ、多少疲れているのを見せたところで疑いようはない。
だが、その言葉の中に、どこか含むものがあったように感じたのは、気のせいだろうか。

「……シンのことか?」

当たらずとも遠からずだったらしく、キラの笑顔が一瞬だけ固まる。
カガリに対して無謀ともいえる攻撃をしてきたインパルスのパイロットのことを、
キラはカガリから事情を聞くことによって理解していた。
そして、カガリがその少年に対して執着ともいえる態度を見せたことも、
護衛官として、カガリとシンの邂逅にも密かに立ち会っていたために知っていた。

「アイツの最後の言葉を、お前も覚えているだろう。
 "それでもオレは、今泣いている誰かを助けないなんて、出来そうにない"
 "理想の裏で誰かが必ず涙を流すってことを、オレは身をもって知っている"
 "だから、アンタが言っていることが正しいって理解は出来ても、絶対に納得は出来ない"
 私に言わせれば、大局の見えない子供の言い草だが、ああいった純粋な想いが、
 世界を変えてゆくのだろうか」

それは、キラに問いかけているようで、その実自分自身に向けられたものだったのかもしれない。
ホテルの廊下から見える蒼い海は平穏そのもので、
これからいくつもの困難が降りかかるであろう現実を忘れさせるのに、
それは十分すぎるほどのものだった。





――――――イスタンブール 午後六時三十分

この日、プラントとオーブの最高指導者による、歴史的な会談が行われた。
世界中のマスコミが見守る中、プラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルと、
オーブ連合首長国代表カガリ・ユラ・アスハ両名は、共同で記者会見に臨み、
さらにその後両者による共同声明に署名した。
以下にこの共同声明の内容を記す。


●オーブ連合首長国は、プラント、及び地球連合両者の間で、中立の立場を堅持する。
●プラント及びザフトはオーブの中立宣言を支持し、
 その中立が何らかの勢力によって脅かされうる場合は、それに対し、断固たる措置をとる。
●プラント、オーブ両国は、戦争において一般市民を巻き込みうる大量破壊兵器を認めず、
 この脅威がある場合のみ、オーブはその平和維持の理念の下、軍事力の行使を認められる。


噛み砕いて見るならばこれは、
オーブは中立を守るが、それが脅かされる場合は、ザフトと共同しうると宣言したようなものである。
ここでいう中立を脅かす勢力とは、地球連合のことを指しているのは世界情勢から自明の理であり、
そのため、ここで言うオーブの中立は、完全なものでは決してないことは明らかである。

また第三項に見られる、"大量破壊兵器の脅威がある場合、オーブは軍事力を行使しうる"
という文章からも、ザフトとオーブがより接近したという事実を垣間見ることが可能であろう。
なぜならこれは、裏を返せば、『大量破壊兵器の存在を確認さえすれば、オーブはザフトと共同しうる』
ということになるからである。
今次大戦において、ザフト軍による大量破壊兵器の行使は(公式には)確認されておらず、
この文章はプラントによる、連合の大量破壊兵器行使への楔(くさび)と考えることも出来るだろう。
しかしながら、これによってオーブは、元代表ウズミ・ナラ・アスハ氏が唱えた、
『他国の争いに介入しない』という中立要件を、この一文によって条件付きながら放棄したことにもなる。

この声明に対し、地球連合の中核とも言える大西洋連邦、及びユーラシア連邦両政府は、
いまだに何らコメントを発表しておらず、
そのため両国の反応を見ているのか、地球連合を構成する各国からも、
この宣言に対する中身のあるコメントは聞かれない。
中立組織であるジャンク屋組合、カーペンタリアを抱える大洋州連合、
そしてオーブとは長年の友好関係にある我々スカンジナヴィア王国のみが、
この共同声明を歓迎するというコメントを発表しているのみである。

いずれにせよこの共同声明が、これからの戦争の行方を大きく左右するものであることは疑いようがなく、
今後世界がどのような方向に向かうのか、目を離せない状況である。


――――――文責:スカンジナヴィア共同通信 アレキサンドル・ネッツェル





●あとがき

こんにちは。ホロウをクリアした余波かどうかは分かりませんが、風邪をこじらせて寝込んでいたこうくんです。

ああ、もうゲームで徹夜が出来ない歳なのか……


今回は、必死こいて悩んだ割に、いまいち満足行く出来にはなりませんでした。

シン君を扱うのは素晴らしく難しいですね。ただ、彼は理想に走りがちな種な人々の中では珍しく、市民の痛みを分かる人間だと思うのです。ですから出来るだけ尺はとりたいと思います。

大きな流れは本編に準拠したいと考えているこの作品ですが、私の筆力から、ここに来てシンに関する重大な問題が発覚してしまいました。
……シンルナカプ成立を書けそうにないんですけど、いいですか?(爆死)
 

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[3260] 【PHASE18】
Name: こうくん
Date: 2005/11/21 01:26
【PHASE18】     黄金の意志





世界を揺るがせたオーブとプラントによる共同声明の発表から、数週間が経った。
かつて地球連合によって滅ぼされ、歴史の表舞台から姿を消した筈のオーブ連合首長国。
その国が再び、強力な指導者を得て復活したという話題は、
一般市民や各国政府関係者に大きな衝撃を与えていた。

プラント・オーブ共同声明発表の直後。
シン・アスカを含むミネルバクルーは、ようやく手元に戻ってきた戦艦ミネルバに乗り込み、
敵、味方双方から様々な視線を向けられながらも、カーペンタリアから再び戦いの中に身を投じていった。
のちにカガリの耳元にも、さるルートを通じて情報が入ってくることになるのだが、
彼らはザフトトップエリート部隊であることを証明するかのように、
さまざまな作戦に従事し、そして着実に戦果を残していた。

―――さらに、シン・アスカの性格は、やはり一朝一夕で変わるようなものではなかったらしい。
さる理由からガイアと交戦、パイロットの捕縛に成功するも、彼はよりにもよってその捕虜を逃がしたそうだ。
結局本来ならば銃殺モノの彼の行いも、議長が裏から手を回したのか、抹消されたらしい。
ザフトの公式の記録には載らないことだが、それだけ派手にやらかせば、
どこからか確実に情報というのは漏れるものだ。

オーブ・プラント共同声明から二日後。
大西洋連邦大統領ジョゼフ・コープランドは、オーブの姿勢を激しく非難する声明を出した。
また、彼は同時にオーブへの武力侵攻を視野に入れた報復措置を議会と参謀部に提案する。
軍部は戦線の維持で手一杯であり、オーブ侵攻にまで回す兵力がないことからいったんは難色を示すが、
ブルーコスモスの横槍によって、ハワイ島パールハーバー基地には多くの艦船が集結する結果となっていた。

そして、共同声明発表から二週間後の、オーブ連合首長国内閣府。
この日ここには、普段この部屋では見かけない、珍しい人物が訪ねて来ていた。





「……それで、今日はどういった用事だ?」

人払いをした代表首長執務室で、その部屋の主であるカガリは、
先程まで目を通していた書類から顔を上げ、目の前にいる男女を一瞥した。
彼らの名は、キラ・ヤマト、そして、ラクス・クライン。

「三十分後には、すでに予定が入っている。
 ……そのように怖い顔をして突っ立っていられても、困るのだが」

肩をすくめて、カガリは目の前に立つ二人のうちの女―――ラクスを見やった。
普段は柔和な笑みを湛えているこの少女が、このような表情をするのは珍しい。
カガリが覚えている中では、二年前、ジェネシスが撃たれたときくらいだったか。
最近では、ラクスに事実上自分の支配下に入るよう迫ったときがあったが。

そして、ラクスはその張り詰めた表情のまま、ゆっくりとカガリに歩み寄った。
横でキラが不安そうに、対峙する二人の少女を見やる。

「カガリさん……貴方は本当に、私たちの知っている『カガリ・ユラ・アスハ』ですか?」

ラクスの鈴の声が、おだやかにカガリを捉える。
だが、優しい声色に反して、そこにはたとえカガリといえど逃れることの出来ない強さがある。
ラクスの後ろに控えているキラは、その言葉にさらに不安の色を濃くしたようだった。

「私がカガリに見えずに、他の何に見えると言う?気でも違ったか?」

カガリの嘲笑にも、ラクスは堪えない。
思えばこの少女は、自分が決めたことは、例え何があっても最後までやり通す、鋼の意志を持った人間だ。
その彼女がこうして口を開いた以上、たとえ何を言ったところで、彼女は退きはしないだろう。

「……ふん、まあいい。で、何を根拠にそのような無礼を申すのか?」

投げやりな口調ながらも、目の前に置いていた書類を片付けている以上、カガリも本気らしい。
こうしてラクスが動く以上は、無理にカガリの口調を真似て喋るのは逆効果だ。
ならば、ハマーンとして、正面から受けて立ってみせよう。

「貴方はプラントにデュランダル議長との秘密会談に行かれてから、どことなく雰囲気が変わられました。
 最初は気にするほどのことではないと考えておりましたが、ここ最近の貴方を見て、その考えは変わりました。
 ―――貴方は、危険です」

ラクスの最後の言葉に、キラは思わず身を固くした。
誰よりも優しい彼女がこうして、人の存在そのものを否定するような発言をするというのは、よほどのことだ。
カガリも、不機嫌そうに眉を寄せる。

「貴方がクーデターを起こして以降、オーブ国内は貴方への賛美に沸いています。
 ですからその陰で、何が行われているか、彼ら一般市民は気付く筈もありません。
 ……ウナト・エマ・セイランの最大の盟友であった、キリト・ライゼン。
 クーデター当日、銃撃戦に巻き込まれ、死亡。
 セイランの台頭を裏から支えていたとされるオーブ造船社長、アルベール・ジュノ。
 一週間前、自宅から出てきたところを待ち構えていた暴漢によって、刺殺。
 そして三日前ですわ。旧セイラン派の首長がクーデターを計画しているとの密告により、
 本島西、旧ガダルカナル島に集っていたセイラン派首長及び賛同者。
 駆け込んできた特殊部隊により、全員が射殺。
 もっとも、全員が死亡した以上、『本当にそんなことを計画していたのか』など知る由もありませんが。
 これらは全て、貴方にとってひどく都合がいい死ですわ」

穏やかに、しかし力強く、ラクスは目の前に座って自分を睨み付けるカガリを弾劾していく。
彼女が言っていることに証拠などない。カガリがそこから自分に繋がる糸を残しているなど思えない。
しかし、状況だけはそうは言っていないのだ。
これらいずれの事件も、重要人物が変死を遂げたにしては、国内のメディアの反応は、あまりにも鈍い。
だがそれも、カガリが自分にとって邪魔になる人物を排除していると考えれば、説明は付く。
ウズミという傑物が世に出て以来、オーブ連合首長国は、その実アスハの独裁国家としての性格を強めていた。
かつてアスハに対する対抗馬としてもてはやされたサハクも、もう国内にはいない。
さらにクーデター以降、国内の主要メディアのトップは、ほぼ例外なくアスハに近い思想の人間が就いている。

「言葉を慎め、ラクス・クライン。場合によっては、この場で貴様の頭が胴体と別れることも有り得るのだぞ?」

腕を組んだまま、カガリは余裕たっぷりにラクスに脅しをかける。
が、ラクスのほうも、ピクリと柳眉を動かしただけで、それに屈するようなことはなかった。

「そうですわね。今のオーブ国内の人間ならば、たとえキラといえど、貴方に異を唱えることは許されません。
 いえ、建設的な意見ならばいいのでしょうが、今のわたくしのように、貴方を否定するようなことは、とても言えない。
 ですがわたくしならば言えます。わたくしはまだ、貴方にとって手放すには惜しすぎる駒ですから」

「ラクス……」

親しい少女たちがこうして争うのを、キラは沈痛な表情で見ている。
ラクスが世界を動かす者であることを彼も承知しているが、
だからといってよりにもよって自分の姉と争うなど、見ていられない。
だが彼もまた、カガリの暴走を危惧する人間の一人だった。

以前の彼女は、キラやラクスにとって太陽のような人間だった。
まっすぐな意志を持って、たとえどんなことがあってもくじけない。
見ていて危なっかしいところはあるが、だからこそ、多くの人を惹き付ける魅力を持っている。
だが、今の彼女は、自分にとって都合の悪い人物は容赦なく消す、冷酷な鬼だ。
そんな姉を、政治家として成長したのだと自分を納得させながらも、キラはどことなく認められないでいた。
そして、そんなふうにキラが色々と考えている横で、ラクスの弾劾は続いていく。

「以前の貴方なら、こうして短期間で国内をほぼ完璧に掌握することなど出来なかったでしょう。
 なぜなら、以前の貴方は、簡単に人を殺せるような冷酷な人間ではなかったからです。
 この混迷の世界で、今の貴方のようでなくては、国家をまとめることなど出来ないのかもしれません。
 ですがわたくしには、今の貴方のやり方は、正しいとはとても思えません。
 ……わたくしは、貴方やキラ、アスランのように、自ら剣を握り、多くの将兵たちと共に戦い、
 彼らと苦労を分かち合うことは出来ません。
 彼らの後ろから、安全な位置から、彼らに死ねという命令を出すことしか出来ません。
 ですが、そんなわたくしにも、唯一あなた方より優れていることがあります」

「ほう。お前自身の言うように、自分では何もできないお前が、か?」

「……人を見る眼(まなこ)。
 わたくしは、幼いときからプラントで舞台に立ち、多くの方々を見てまいりました。
 その方が何を考えているか、何を見ているのか。
 舞台で歌い、多くの方々からさまざまな賛辞を受け、妬みや憧れなどの感情を向けられるにつれて、
 いつからかわたくしは、そうした人の深い部分を当たり前のように見透かすようになっていました。
 だから分かるのです。カガリさん、今の貴方は、以前とは全く別の人間であるということが。
 今からわたくしが言うことは、わたくしの完全な推論です。
 ですから、間違っていると思えば、即座に直してくださって構いません。
 しかし、もしそれがあながち間違いでないのならば、どうかわたくしの話に耳を傾けてください」

ラクスの揺るぎない言葉に心を多少なりとも動かされたのか、カガリはただ黙って机にひじを突き、
ラクスの姿をじっと眺めていた。
彼女のほうも、カガリが黙っていることを了承ととったのか、ゆっくりと口を開く。

「貴方が変わられたのは、プラントにデュランダル氏との会談に向かわれたときです。
 これはわたくしに賛同してくださっている方からの情報ですが、貴方が向かわれたアーモリー・ワン。
 あそこであの日、モビルスーツの強奪事件があったそうですわね。
 そして貴方は偶然停泊していたザフトの艦に乗り込み、オーブへと戻った。
 偶然?いえ、偶然と片付けるには、ずいぶんと出来すぎた事件ですわ。
 貴方が爆発に巻き込まれたのを、現場にいた作業員が確認しております。
 その後、貴方の姿を見た者は、貴方がアスランに連れられてミネルバに降り立つまで、一人もいない。
 そしてその最大の証人であるアスランも、開戦と時を同じくしてプラントへと戻った。
 ……面白いお話だと思いませんか?」

「……ふん。お前の勝手な妄想にしては、なかなか興味深いものだ。
 続けるが良い。早々に妄想を垂れ流し終えて満足せよ」

確認をとるようにカガリを一瞥するラクスに、彼女はぞんざいに応じた。
さすがのラクスといえど、人格が丸ごと入れ替わるといった非科学極まりないことは思いつかないのだろう。
このあたりがまだ、ラクスが自身がコーディネイターであるという枠組みから、
本人も意識していないほどの小さな部分で抜け出せていないところだ。
まあ、そんなことに思いが行く人間など、いたらいたで大変なことだろうが。

「……デュランダル議長は、政治の裏も表も知り尽くした恐ろしい方です。
 わたくしの身代わりを立て、あわよくばわたくし自身をも消し去ろうとなさいました。
 そんな彼が、貴方の身代わりを立てようと考えたところで、わたくしにはそれが不思議とは思えません。
 現に、貴方がオーブに戻って以降、この国はプラントにとって極めて都合がいいように動いている。
 答えてください、カガリさん。
 貴方がもしデュランダル議長の傀儡なのだとしたら。本物のカガリ・ユラ・アスハではないのだとしたら。
 わたくしはこの命を犠牲にしてでも、貴方を止めなくてはなりません」

言い終わると同時に、キラが泣きそうになりながら銃口をカガリに向けた。
それを見ながら、ハマーンは内心ため息をつく。

相変わらず、ラクスの言うことはめちゃくちゃだ。だが不思議と、彼女には真実を見通す力がある。
キラの動揺が手に取るように分かる。彼も、信じる二人が争うのを、これ以上耐えられないのだろう。
おそらく彼はその引き金を引けない。そして、それはラクスも分かっている筈だ。

(……なあ、さすがにこれはヤバイと思うんだけど……)

だが、ただ一人分かっていないっぽいのが、ここに一人だけいた。
不安丸出しの声で、ハマーンに訴えかけてくる本物のカガリだ。

(貴様はずいぶん弟を信用しておらんのだな。
 あの優しい男が、お前を撃てるはずがなかろう)

(いや、でもアイツはキレて親友を思いっきりぶっ殺そうとしたヤツだぞ。
 言いたくないが、私はテンパッたときのアイツは信用ならん)

(……なるほど分かった。だが、私は正直、あのラクス・クラインという女はどうも苦手だ。
 奴らを協力者とするのはいいだろう。が、あの女を説得するのは貴様に任せる。さっさと上がってくるが良い)

(……ごめん。私もマジモードのラクスは、ちょっと苦手なんだ。
 普段女友達として付き合う分には、ふわふわしてて楽しいヤツなんだけど……)

(ええい!こういうときくらいしか貴様は役に立たんのだ!
 四の五の言わずにさっさと私と代わらんか!)

(ひどいな!私が色々やりたいって言ってるのに、勝手に何でも推し進めていくのはお前だろ!)

(えぇいうるさい!こうなったら、私が無理やりにでも、貴様を引っ張り出してやる!)

(おわっ!?何すんだ、やめっ……!?)

「……カガリさん?」

心の中で不毛な争いを続けるハマーンとカガリ(外からは一人でぶつぶつ悩んでいるようにしか見えないが)
に、ラクスは不信感も露わに声をかける。
そしてラクスの声に弾かれたように顔を上げるカガリ。
あまりにも勢いが良かったためキラが思わず引き金を引きそうになり、内心慌てる。

「……あー、キラ?それにラクス。私はとりあえずお前たちを殺す気はないから、そんなに警戒しないでくれ。
 あと余計なお世話だけど。
 キラ。いくらテンパッていても、銃のセーフティーくらいは無意識に外す癖をつけような。
 一応お前も栄えあるオーブ軍人なんだから」

それまでの威厳はどこに行ったのか、カガリは両手を白々しく上げて、
冷や汗をたらしながら降参の仕草をとってみせた。
そして口調が突然素に戻った彼女に、ラクスも不信を通り越して、いつものふわふわした表情に戻ってしまった。
「あらあら」と呟いているあたり、思いっきり気勢が削がれたのかもしれない。
そして、真っ赤な顔で銃のセーフティーを外すキラ。
撃つなと言っているのに外すのはどういう了見だろうか。
このあと「問答無用!」とか言われて射殺されたらどうしよう。と、本気で心配になるカガリ。
これなら焦って代わらないほうが良かったのではないか、と思えてしまう。

「ラクスの言っていることは、3分の1は当たってる。
 今の私はカガリであって、カガリではない。また後ほど説明してやるが、その前にそろそろ時間なんだ。
 これから私は、エリカとお父様の遺産とやらを見に行くことになっている。
 せっかくだ、お前たちも付いて来い…………っと、その前にコイツだけ……」

椅子から立ち上がり、そして何かを思い出したかのように、カガリは二番目の引き出しを開けた。
キラがもう一度銃と格闘を開始したのを尻目に、ラクスは彼女の手元を注視している。

(なあ、やっぱラクスにコレ渡すの、まずいかなぁ?)

(いや、別に構わんだろう。何より、この疑り深い歌姫様を納得させるには、これくらいしか方法はあるまい?)

ハマーンの恐ろしく皮肉っぽい声に後押しされ、カガリは一枚のディスクをラクスに手渡した。
何も書かれていない無地のラベルが、異様な不気味さを醸し出している。
しかし、ハマーンはラクスのいったいナニが気に入らないのだろう。

「……これは?」

「私がカガリであって、カガリでないことを証明するモノだ。
 ああ、絶対にキラ以外には見せるなよ?虎とか論外だからな、お喋りだから。
 んで、ラクス……」

くいくいっと人差し指を動かし、カガリはラクスの耳を、自分の口元に寄せた。
雰囲気がぶち壊れたためか、キラやアスランにとって、今はもう懐かしく、
そしてもう二度と戻ってくることはない、無印種前半モードラクスの表情で、
彼女もゆっくりカガリの唇に自身の耳を近づけていく。

(うっ、ヤバイ。マジで可愛いぞコイツ……)

その純真無垢な表情で眼を閉じて迫ってくるラクスに、カガリは不覚にも胸が熱くなった。
そして同時に、こんな表情されてとって喰わなかったアスランはいったいどんなヘタレなんだと、
今はもう遠い記憶の彼方に追いやった男を、思わず本気で心配してしまう。自分にはあんなにがっついたくせに。

(ううっ、可愛い。思わずこう、ふにふにの耳たぶをかぷっと……)

「お・ね・え・ちゃ・ん?」

そして当初の目的を忘れて口をぱくっと開きかけたカガリに、キラのどす黒い声が降り注いだ。
そこには初めてお姉ちゃんと呼んでもらえたという喜びなど微塵もない。
先程外した銃のセーフティーを今度はしっかりと確認して、
愛しの弟君は容赦なく姉上に銃口を向けている。
さすがに撃ち殺すことはしなさそうだが、かぷっといった瞬間にも、
カガリ自慢の金髪には無様なおこげができそうだ。
再び降参の意を示して両手を上げ、彼女はラクスに当初の目的である『コトバ』を伝える。

「カガリさん、それは……」

「パスワードだ。キラ対策として、二度入力に失敗すると自動防衛プログラムが発動する。
 データが一発で吹っ飛ぶから、絶対に忘れるな。
 そして、今聞いた言葉を、決して誰にも他言するな。
 ……公になれば、世界がひっくり返りかねんのだ。かつての、Nジャマーキャンセラーのように」

その言葉に大きく目を見開き、カガリを凝視するキラとラクス。
まあキラは、半分以上タチの悪いハッカーとして姉から見られているということにも、ショックを受けていたが。
そしてその視線に答えるわけでもなく、彼らを見ようとしないカガリにキラが思わず詰め寄るが、

「悪いが、タイムアップだ」

ちょうどタイミングを見計らったかのように、エリカとアサヒナの声がドアから響いてきた。
なおも訝しげな表情を浮かべる彼らをカガリは一瞥する。
そして、彼らに向かいおもむろにその両手を広げた。

「そのデータを見、お前たちがどう考えるかまでは分からない。
 だが、これだけは言っておく。
 私は、デュランダルの傀儡になるつもりなどない。
 そして、私は本物のカガリ・ユラ・アスハだ。
 これからの世界にとって、よりよき道を、より効率よく選び取るために、
 私は自らの足で立ち、歩んでいる。
 私自身、自分のやり方に必ずしも納得しているわけではない。
 だが、それが、きっと明日へとつながると私は信じているのだ。
 だから……お前たちには、どんなことがあっても、私の味方でいてほしい」





オーブ領オノゴロ島、モルゲンレーテ社地下格納庫。
軍部にも究極的なまでに秘密にされ、そして今日を迎えたモビルスーツがあった。
ウズミ・ナラ・アスハが、自身の財産を大西洋連邦に接収される前に隠し、
そしてそれを使って建造された、オーブ渾身のフラグシップ。
形式番号ORB−01。通称アカツキ。
偉大なる父の遺産。
だが、入る直前までハマーンの人格だったカガリは、それを見て本当に一瞬、ものすごーく嫌そうな顔をしたらしい。
そのとき偶然彼女の隣にいたキラ君が、後にこっそりと語ってくれた。

曰く『百式って、何?』





エリカ・シモンズ。モルゲンレーテ社MS開発部門技術主任。
レドニル・キサカ。オーブ軍総帥直属親衛隊隊長。
ヘイハチ・トダカ。オーブ軍第一護衛艦群総司令官。
キラ・ヤマト。特務隊アークエンジェル所属モビルスーツ部隊隊長。
シェリー・ブルーフィールド。特務隊アークエンジェルCIC担当。
そして、カガリ・ユラ・アスハ。オーブ軍総帥。
このようなとてつもなく目立つ組み合わせは、当然のようにモルゲンレーテでも浮きまくっていた。

東アジアから帰還したレドニル・キサカは、かつてカガリの護衛をたった一人務めた実績から、
モビルスーツに搭乗して前線で指揮を執ることになったカガリの、親衛隊の隊長に抜擢された。
それ以来、彼は親衛隊長の任もそこそこに、必死にモビルスーツでの戦闘訓練に励んでいるという。
この親衛隊には紅薔薇のエンブレムが配布され、現在その着用を認められているのは、
オーブ軍の中でも、キサカを含めたったの五人だけだった。
だが、その五人とも屈指のパイロットであることは疑いがない。
何しろ、最前線で敵を殺しまくる、しかも指揮能力は文句なしという、
ある意味最凶な指揮官の護衛部隊なのだから。まあ、キサカの実力だけは未知数だが。

タケミカヅチ艦長だったトダカ一佐は、クーデターでの功績から将へと抜擢され、
第一護衛艦群を任されることになっていた。
若すぎる抜擢には疑問の声を上げる人間も多いかと思われていたが、
いずれはオーブ海軍を背負って立つと噂されていたこと、そしてなによりカガリの圧倒的な信頼によって、
彼は熱烈な歓迎と共に、オーブ軍第一護衛艦群総司令官へと着任した。
のちに世界を震え上がらせる、アドミラル・トダカの誕生である。

シェリー・ブルーフィールド。ラクスのオーブにおける偽名である。
働かざるもの食うべからずという、オーブ伝統のありがたーいお言葉によって、
彼女はアークエンジェル所属の士官として、オーブにその身を潜ませていた。
そのため、彼女はシェリーとして行動するときには、
例のはれんちくのいち衣装の代わりに、三尉の階級章が付いた軍服を着用していた。
もっとも、彼女はオーブ軍の士官服にはなかなか満足しているらしい。
曰く、『わたくしも一度でいいから皆さんと同じ格好をしてみたかったんですの!』だそうだ。

ちなみに、この形態の時のラクスは、髪を結い上げて眼鏡をかけるという変装にありがちな格好だが、
それはそれでイイ!と、オーブ軍の方々からは大変に人気だという。
彼女の士官服と、カガリのパイロットスーツのブロマイドは、
超の付くプレミア物として、オーブ軍内で高値で取引されているらしい(普段着ないから)
ただ、この時点で変装の意味などとっくに消え失せているというのは、気のせいだろうか。

そして、キラ・ヤマト。彼の所属するアークエンジェルは、オーブ代表首長直属の特務隊として生まれ変わった。
といっても、搭乗員は以前とほとんど変わっていない。
ただ、特殊部隊としての誇りを持ってもらうために、アークエンジェルに乗艦する者には皆、
天使を模したエンブレムの着用が認められていた。
また、カガリとバルドフェルドが抜けた穴を補充するため、
アークエンジェルにはキラの部下として、新たに四人のパイロットが着任していた。
戦闘機乗り出身で、かつて漆黒に染め抜いた機体で地球の空を震え上がらせた天才パイロットたち。
陰謀から故国を追われた彼らが流れ着いたのが、オーブだった。

「これが、ウズミ様の遺言……そして貴方の、貴方だけの剣(つるぎ)です」

エリカがスイッチを入れた其処に現れたのは、全身を金色にコーティングされたモビルスーツ。
キサカとトダカは知っていたのか、あまり驚いた様子はない。
キラはただ純粋に驚き、ラクスは自分の情報網にもなかった機体の存在に、驚いているようだ。
だが、もっとも反応が著しかったのが、冷静沈着で通っていたカガリだろう。
その機体を目にした瞬間、彼女はこめかみに青筋を立てながら小声で呟いたらしい。

「ひゃ、百式……これは私に対するあてつけか?」

だが、直後に聞こえたウズミの娘に対して呼びかける声を聞き、
ハマーンはその身体をカガリの人格に明け渡した。
そして、ウズミが娘に宛てた最後のメッセージが放送される。

「もしもお前が力を欲する日来たれば、その希求に応えて、私はこれを贈ろう」

オーブの獅子と呼ばれた男の威厳ある声が、格納庫に響き渡る。
エリカから、カガリは数日前に話を聞いていた。
曰く、『ウズミが自分のために用意させた、専用機が存在する』と。
そしてそのために今日、カガリはかつてのウズミの想いを知る者たちと共に、この場所に向かったのだ。

「教えられなかった事は多くある。
 が、お前が学ぼうとさえすれば、
 それは必ずや、お前を愛し、支えてくれる人々から、受け取ることが出来るだろう」

集団の一番後ろにいたトダカが、誰にも気付かれずに、一人静かに涙を流す。
眼を閉じ、過去に静かに思いを馳せる彼の脳裏には、かつてのウズミの姿が鮮やかに蘇っていた。
オーブ落日の直前、信頼を寄せる数名の軍人を集め、オーブの後事を託した彼。
最期まで政治家であることのみを貫いた彼に、トダカは複雑な想いを抱えていた。
だが、その想いは彼の最後の言葉で解消されることとなる。

『娘を、頼む』

万感の想いを込めて呟かれた言葉に、トダカは今一度、オーブ、いや、アスハへの忠誠を誓った。
政治家として、そして父として最期まで凛とあった彼の姿を、トダカは自らにダブらせる。
彼の胸ポケットに仕舞われた、彼の幼い娘の写真。そして、ウズミから受け取った、オーブ軍の紋章。
同じ娘を持つ父親として、同じ物を守る者として、彼はウズミの意志を継ぐ決意をした。
だからこそ、父の黄金の遺志に触れる娘の姿には、
冷静な彼ですら、溢れる涙を抑えることが出来なかったのだ。

「故に。私はただ一つ、これのみを贈る」

かつてあれほど戦力を否定した男が、
その力の象徴とも云うべきモビルスーツを遺すとは、どういった皮肉だろう。
カガリは、父の想いに涙しながらも、どこか冷静に父を分析している自分に驚いていた。
これもまた、ハマーンとシンクロしていることの、影響だろうか。

「力はただ力。多く望むのも愚かなれど、むやみと厭うのもまた愚か……
 守るための剣(つるぎ)。今必要ならば之(これ)を取れ!
 道のまま、お前が定めた成すべきことを成す為ならば」

ウズミの一言一言が、ラクスの胸を突き刺す。
多く望むのも愚かなれど、むやみと厭うのもまた愚か。
ならば、どこでその境界線を引けばいいのだろう?
ウズミは云った。これは、守るための剣だと。
だが、その守るための剣もまた、使い手の心が変われば、それはたやすく殺人剣となりえるのだ。

自分が成すべき事、成し遂げたい事。
ラクス・クラインもまた、この偉大なる指導者の魂に触れて、自らを省みる。
自分がやってきたことは、本当に正しかったのだろうか。
暴走する世界を止めるためとはいえ、強大な兵器、フリーダムを隠し持つ自分は、正義なのだろうかと。
強烈なカリスマを備えるとはいえ、まだ若い少女は、その優しき心を大いに悩ませる。
だが、今だけは。
理想に燃えた男の魂を悼むかのように、彼女もまた、静かに涙を流していた。

「が、真に願うは、お前が是(これ)を聞く日の来ぬことだ。
 今、この扉を開けしお前には、届かぬ願いかもしれないが……
 どうか、幸せに生きよ――――――カガリ!」

キラの心にも、自分たちに託された責任が重くのしかかっていた。
何より、カガリを一人の少女として幸せにすること。
それは、弟である自分の果たすべき役割だったのに。
なのに自分はまだ、彼女を戦いの場に縛ってしまっている。
泣き崩れるカガリを見て、彼はやさしく姉を背中をたたいた。

「ORB−01、アカツキ。ウズミ様の遺言により、二年前から開発を開始していたモビルスーツです。
 基本設計自体は二年前に完了しておりましたが、時代の変化に合わせた改良を加え、
 今ようやく、こうして貴方の元にお届けすることが出来ました」

エリカが、肩の荷が下りたかのようなゆったりとした口調で呟く。
軍部にも秘密裏に、ただカガリのためだけにアカツキ建造の指揮を執ってきた彼女の心労は、
いかほどのものがあっただろう。
なればこそ、彼女の達成感に満ちた穏やかな表情にも、納得がいくというものだ。
やがて涙を拭って顔を上げたカガリに、彼女は人格がまた交代したことを悟りつつも、
あえてそれをカガリに悟らせないよう、スペックデータの説明に移行する。

「本機アカツキの最大の特徴は、機体表面を金色に覆う、ミラーコーティング装甲です。
 システム名称、対ビーム防御・反射システム"ヤタノカガミ"
 この装甲は、理論上ビーム兵器を一切通しません。
 また、上手く扱えば、相手の放ったビームを減衰させることなしに跳ね返すことも可能です。
 装甲の相性の関係からフェイズシフトは搭載できませんでしたが、
 小型陽電子リフレクターの搭載によって、中型ミサイル程度なら問題にならないでしょう。
 またこれも理論値ですが、アカツキの盾、試製71式防盾は、
 アークエンジェルのローエングリンすら無効化します」

エリカの口から紡がれる反則的なスペックに、キラはもとよりラクスですら開いた口がふさがらないようだ。
それはそうだろう。ハマーンですら、ヤタノカガミの反則ぶりには頭を抱えたのだから。
だが、地下で眠っていたこの機体のそれは、あくまで理論値。
実戦データを収集していない以上、それは机上の空論に過ぎない。
そしてあくまで中立を唱えるオーブにおいて、実戦とは国の存亡がかかった戦いとなるため、
この機体が活躍する機会は、そうそう訪れることはないだろう。

しかし、運命の歯車は歪に噛み合い、そして皮肉なメロディーを奏でる。
アカツキの初陣。それは少なくとももうしばらく先の話になる筈だった。
だがハマーンによって一度狂わされたオルゴールのシリンダーは、
もう二度と通常の音を奏でることはない。

「シモンズ主任、大変です!国防本部から緊急入電!
 現在国防本部は、所属不明の機体の襲撃を受けている。至急応援を請うとのことです!」

モルゲンレーテの社員が、大慌てで格納庫にまで駆け込んでくる。
その言葉に、その場にいた全員の顔色が即座に変わる。
そしてその言葉を聞いた瞬間既に、カガリの身体はアカツキへと走り出していた。

「エリカ!アカツキは出せるな!?」

有無を言わさぬその迫力に、彼女はためらいながらもすぐに大きく頷く。
だが彼女はやるべきことがあると、ラクスに発進シークエンスを任せ、
言葉を伝えた社員と共にどこかへと消えていった。

「カガリ!」

「大丈夫だ、キラ。私は強い」

あろうことかパイロットスーツすら着ずにコクピットに滑り込む姉を見、
キラは無駄と理解しつつも彼女を引き止めようとした。
だがすぐに本格的に無駄だと悟り、遊んでいる暇はないと、彼も別の格納庫へと走り出す。
ほどなくして、モルゲンレーテ内部に緊急ブザーが鳴り響いた。

「キサカ君!我々も行くぞ!」

「分かりました、提督!」

トダカとキサカも、自分たちの役割を果たすべくそれぞれの部署へと走る。
そして残ったラクスは、エリカに指示された管制室に入っていた。

「ORB−01、アカツキ。システムオールグリーン。発進、よろしいですわ。
 ―――気を付けてくださいね、カガリさん」

ラクスの声に背中を押され、カガリはその身をシートに固定した。
OSを確認する。バージョンは、ストライクルージュに搭載されていたもののアップデート版か。
ならば、動かすのに支障はない。

「カガリ・ユラ・アスハだ。アカツキ、出るぞ!」

黄金の意志が目を覚ます。
そしてそれは、確実に獅子の王から、娘へと受け継がれた。
その手に戴くは、大切なものを守るための黄金の剣。
その剣を携え、最強の獅子姫が今、大空へと舞い上がる。





●あとがき
こんにちは。今はもう懐かしい本編第41話で、ラクスのパイロットスーツ姿に萌え狂っていたこうくんです。
ちなみに、それがあまりにもストライクゾーンだったため、当時MSに乗るラクスを主人公に設定したSSすら企画してしまったものです。ですがこの作品を完結させるのを優先させたため、泣く泣く企画倒れになりましたが。
そしてネットサーフィン中に、某サイトでラクス様オーブ軍服バージョンのイラストを発見し、
それが今回の、ラクスがオーブ軍の士官服を着てアークエンジェルに紛れ込んでいるという設定につながりました。
いや、くのいち衣装も好きなんですが、カガリがわがままを許さなかったということで。

今回はかなり強引な展開になってしまいましたが、これでようやく次回、戦闘を描くことが出来ます。
アカツキはハマーン様にとって鬼門なはずですが、さすがにカガリの身体を借りている以上、
アレに乗せないわけにはいかないだろうという結論に達し、今回こうしてアカツキに搭乗することになりました。
この話以降、オーブも否応無しに戦闘に巻き込まれていくことになります。
私は戦闘シーンをなかなか上手く書けないのですが、少しでも楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。

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[3325] 【PHASE19】
Name: こうくん
Date: 2005/11/27 22:54
【PHASE19】   暁の狼





オーブ国防本部は、未曾有の混乱状態にあった。
突如国防本部に潜んでいたと思われる裏切り者が一斉に蜂起。
隠し持っていた重火器を用い、国防本部内部を制圧し始めたのだ。
ソガ一佐らの活躍によって中央司令室は死守したものの、本部機能は半ば麻痺状態に陥ってしまう。
そして、まるでタイミングを計ったかのような、所属不明モビルスーツの襲来。
本部のモビルスーツ発進施設が押さえられたのを見たソガは、即座にモルゲンレーテに打電、援軍を要請する。
近場の施設からスクランブル発進したムラサメ隊もいくつかあったが、
敵は相当な技量があるのか、すでに防衛体制は崩壊寸前、中枢部を破壊されるのも時間の問題となっていた。

「!ソガ一佐、沖合上空に、アンノウンモビルスーツ!高速でこちらに向かってきます……これは!?」

モニターに座る士官が、声を張り上げる。
その言葉に何事かと振り返ったソガの目に映ったのは、
若くして国防本部の司令室長にまで上り詰めた彼の明晰な頭脳をもってすら、
すぐには理解できないような、アリエナイモノ。

「これは……総司令官権限の、最上位コード!?まさか……!?」

驚愕の面持ちで、彼はアンノウンを映し出すモニターを凝視した。
そこに映ったのは、全身を黄金で統一された、見たことのないタイプのモビルスーツ。
今まで数えるほどしか見たことがない、最上位コード。
このコードの所有者は知っている。だが、そんな馬鹿なという思いが彼の中にはあった。

オーブ軍の最高指導者は、国の性質上代表首長ということになっている。
だが他国との戦争というものをほとんど経験したことのないオーブ軍にとって、
そのコードを目にする機会というのは、あまりにも少なかった。
そして、現在そのコードを所有している者。彼女の名は……

「こちらはオーブ軍総帥、カガリ・ユラ・アスハだ。
 国防本部、聞こえるか?今からそちらにこの機体のデータを送る。
 状況を知らせろ」

聞き間違える筈のない凛とした声が、スピーカーに響く。
彼女の声に、焦りが支配していた中央司令室はにわかに活気に湧いた。

「こちらは国防本部中央司令室室長、ソガ一佐であります!
 現在国防本部は機能停止状態、モビルスーツ発進施設も押さえられました!
 ですが、いまだ敵の攻撃は止みません!状況から、彼らの目的は、国防本部の破壊と思われます!」

ソガの報告を聞いて、カガリは愕然とした。
国防本部へのテロ。これでは自分への信頼は地に堕ちたに等しい。
混迷の世界を乗り切るには、足下、すなわち民衆や軍からの信頼を強固に固めておく必要があった。
だからこそ、このような事態を防ぐために、あえて反対派の粛清という手段をとったというのに。
誰だ……国内でまだこのような力を持っている者は……?
いや、これが国内の者とは限らない。が、仮に国外の者だとしたら……事態は一気に厄介になる。

とにかく、この状況でも攻撃が止まないということは。
おそらく国防本部を完全に潰し、オーブの面目を叩き潰すのが目的だろう。
だが。

「私とオーブに逆らって、生きて帰れると思うな!」

瓦礫の地上に、撃墜されたと見られるムラサメの残骸が転がっている。
カガリがちらっと見ただけでも、すでに二個小隊以上は撃破されている。
わずかに残った部隊が必死の抵抗を見せているものの、
数の差からか、彼女の目の前でまた一機、ムラサメがコクピットを撃ち抜かれて爆炎を上げた。

「お前らァ―――ッ!」

炎に包まれて崩れ落ちるムラサメを見、彼女の身体にダーダネルスで味わった種が割れるイメージが再来する。
思考が研ぎ澄まされ、これから自分が敵を殺すイメージが、はっきりと脳内で算出される。
そのまま彼女は、当たる筈のない遠距離からビームライフルを放ち、そして一機のウィンダムを撃ち抜いた。
敵が新たなモビルスーツの出現にうろたえるものの、すぐに体勢を立て直し、迫ってくる。

―――状況確認。
敵モビルスーツ:ウィンダム9。ダガーL10。合計19。
敵パイロットの戦闘能力:優秀。歴戦の力を感じさせる。
大西洋連邦……?違う。識別コードが確認できない以上、傭兵か。
いや、宣戦布告はまだだが、それなしの奇襲攻撃が当たり前のようにまかり通る御時世だ。
こちらにも非があるとはいえ、ヘリオポリスがそうだったように。そして、血のバレンタインも。
だがまあ、おそらくは大西洋連邦の武器供与を受けた傭兵と見るのが妥当だろう。
幸い、肩口にサーペントテールのエンブレムはない。彼らではないか。だが、強いことに変わりはない。

対してこちらの戦闘力:ボロボロのムラサメ、アストレイが合計5。パイロットの能力は、敵より下。だが……

―――結論:『私の敵ではない』

即座に抜き放ったビームサーベルが、飛来するウィンダムのコクピットを横薙ぎに斬り裂く。
背後で爆発するウィンダムを振り返ることなく、
アストレイに止めを刺そうとしていたダガーのコクピットを、正確に撃ち抜く。
その隙に背後に迫ったウィンダムから放たれたビームを盾で防御し、即座にこちらから撃ち抜く。
だが、ここで彼女はふと思った。

「ふむ……殺しては証言を得られんか」

目的変更。戦闘力のみを排除する戦闘に移行。

「私はキラほど上手くはない……殺されたのなら、運が悪かったと思って諦めるんだな」

そう呟くと同時に、彼女はレバーを引き、アカツキを高く舞い上がらせる。
そして上空にいたウィンダムの右腕をビームライフルで撃ち抜き、
続いて即座にサーベルにマウントし直し、バランスを崩しているウィンダムの左腕を叩き斬った。
そのまま背後に回りこみ、姿勢制御に手一杯なそれのフライトユニット、メインモニターを斬り落す。
姿勢制御が完全に不可能になったウィンダムは、きりもみながら地上へと落下していった。

「五つ……」

呟く彼女は、そのまま何気なく地上を見た。

先程までムラサメやアストレイの残存部隊に気をとられていた敵は、
桁違いの一機が登場したことにより、目標をこちらに変えたようだ。
ウィンダム、ダガーのジェットストライカー装備型が、
自分を囲むように舞い上がってくる。
そして、目の前の二機のダガーが、自分に向かいビームライフルを発射した。

「カガリ様!」

完全に狙い撃ちにされた。
正面から二つのビームを浴びせられて撃墜されない筈がない。
ソガや将兵たちの悲鳴に似た叫びが、中央司令室に木霊する。
だが、これこそが彼女の狙い。

「なっ!?」

そう呟いたのは、黄金の機体によって跳ね返されたビームによって自機を貫かれた、哀れなダガーのパイロットか。
それとも、司令室で固唾を呑んで見守る、オーブ軍の人間だろうか。
だがどちらでも大して変わりはないだろう。
そこにあるのは、結果だけ。
『黄金のモビルスーツが跳ね返したビームが、正面の敵を貫いた』
ただ、そういった厳然たる事実だけがそこにあるのだ。

ビームを跳ね返すという前代未聞の事態に硬直する、敵モビルスーツ、そして中央司令室。
だが中央司令室の人間はともかく、戦場に立っているパイロットたちにとって、
その隙は絶対にあってはならないものだった。

「貰ったな」

即座にその隙を突いたカガリによって、ウィンダムがもう一機、四肢を切断されて叩き落とされる。

「八つだ」

カガリとアカツキの力は、圧倒的だった。
ヤタノカガミは、どうやら正常に機能しているらしい。
もっとも、回避を身上としたハマーンにとって、あればありがたい程度の装備でしかなかったが。
そして九機目の機体をスクラップにしようとしたとき、
アカツキにエリカから通信が入った。

「カガリ様。ご無事ですか?」

「当たり前だ。お前が簡単に落とされるような、ヤワなものづくりをしているわけがないだろう?」

「フフッ、そう言って頂ければありがたいですわ。
 それで、お伝えしたいことがございます。こちらから一機、援軍を向かわせました。
 今から機体コードを、そちらと本部に転送します」

エリカは、100%カガリが苦戦しているとは思っていなかったようだ。
仮にも戦闘中なのだから、もっと声が焦っていてもいい筈なのだが。
何ともいい部下を持ったものだと、カガリはダガーを一機潰しながら苦笑する。

「機体コード受信完了……AXIS−01、ドーベンウルフ。完成したか!」

思わず弾んだ声を上げる彼女だが、そこで思いもかけない事態が起こる。
レーダー上に突如示される味方機のマーク。
だがそれは、おそらくエリカの言っていた援軍ではない。
その証拠に、それが現れたのは、『押さえられた』はずの国防本部。

「まさか……!」

彼女の脳裏を、最悪の予想が駆け抜ける。
そしてその味方機、ムラサメは、彼女の予想が正鵠を射ていたと言わんばかりに、
即座に機体をモビルアーマー、戦闘機形態に変形し、『アカツキとは逆』の方向に飛び去った。

「大西洋連邦め……狙いはセイランか!」

国防本部への直接攻撃など、無謀だと思ったのだ。仮にただのテロ行為だったとしても。
なるほど、国防本部地下に軟禁していた、セイランの救出が目的か。
ちょうど彼女がそう言ったタイミングで、アカツキのレーダーにもう一つ機影が写る。
示されるデータは、AXIS−01、ドーベンウルフ。
パイロットは、もちろん彼女だろう。
かつてヤキンドゥーエで出会った、二丁拳銃のゲイツ。
あのときの彼女の鮮やかな戦いは、今も目に焼き付いている。

「アスハ代表!ドーベンウルフパイロット、キリカ・アンダーソン特務三尉であります!ご命令を!」

ブラウン管の中で何度も聞いた声が、今度はモビルスーツのスピーカー越しに聞こえる。
その不思議な縁にカガリはもう一度苦笑し、軍の総帥として、彼女に命令を発した。

「キリカ・アンダーソン。総帥命令である。
 残りの敵を全てお前一人で排除し、ドーベンウルフとお前自身の力を見せ付けよ。
 私は裏切り者の始末に向かう」

ある意味ふざけた命令である。
敵は残り十機以上。しかも、アカツキに搭乗したカガリにとっては雑魚だが、かなりの強者。
対して味方は単騎。たとえ熟練のパイロットでも、これでは生還も難しいだろう。だが。

「任務了解!これより敵を殲滅します!」

キリカは楽しそうにそう宣言すると、飛行に使ってきたサブフライトシステムに乗ったまま、
まずはウィンダムを一機ミサイルで破壊した。

「出来るだけでいい、殺すな。大事な生き証人だからな」

「あっ、そうですね……すいません、興奮しちゃって……」

とは言っても、反省しているのは分かるが、それで気分が沈んだようには聞こえない。
むしろちょっとした悪戯がばれた少女のような、可愛らしい反応だ。
下手をすれば、訓練を受けた軍人以上に人を殺すことに抵抗のない彼女に、カガリは戦慄する。
だが、考えようによってはそれはひどく心強いことだ。
キリカは代表首長親衛隊のメンバーの一人。
その彼女が敵を殺すことをいちいち躊躇っているようでは、カガリも安心して背中など預けられないのだから。

そしてその言葉に安心し、カガリはアカツキをムラサメが飛び去った方角に向ける。
だが、距離が開けば、戦闘機形態のムラサメに通常のモビルスーツでは追いつけない。
仕方なしとばかりに、彼女は中央司令室に回線を繋ぐ。

「ソガ。スクランブル体制を敷いている全基地に通達。
 現在オノゴロ島南西5キロを南に向け逃走中のムラサメを、ただちに撃墜せよ!」

必要事項を告げると、カガリは戦闘状態に入ったドーベンウルフを見やった。
サブフライトシステムに搭乗したまま、ソレは驚異的な攻撃力で敵を圧倒している。

AXIS−01、ドーベンウルフ。
AXISシリーズ最初の機体であり、宇宙世紀の技術を流用した、完全なる実験機である。
だがそれでも、かつてのAMX−014ドーベン・ウルフを上回る装備がいくつか、こちらには付けられていた。

まずは、大気圏内飛行能力である。
巨体なため大量の推進剤を消費するので、長時間の飛行は出来ない。
だが短時間とはいえ飛行能力を確保したことは、この機体の戦術を大きく広げるのに一役買っていた。
そして、フェイズシフト装甲。
核動力による大出力によって、事実上この機体はフェイズシフトダウンはない。
そして宇宙の世紀のものとは違う、かつてのジャスティスのような、真っ赤なフェイズシフト展開色。
これは、開発直後からテストパイロットに決まっていた、キリカによるオファーだそうだ。
左肩には、彼女のパーソナルマークである、鎖を喰いちぎる狼のエンブレムが描かれている。
そして右肩には、紅薔薇のエンブレム。親衛隊にのみ許される、トップエリートの証。

「私は、この胸の薔薇にかけて……貴方たちを倒すわ」

パイロットスーツにも縫い付けられた、紅薔薇のエンブレムを見て、キリカは妖艶な笑みと共に呟いた。
そのままサブフライトシステムを目前に迫っていたダガーに向ける。
そして、それがダガーにぶつかる直前、彼女は機体をサブフライトシステムから離す。
その高速で迫るサブフライトシステムに、ダガーは反応できずにぶつかり、轟音と共に炎上した。

(……大丈夫か?なんかそこはかとなくバンザーイ!とか言って死にそうな雰囲気が漂う台詞だけど)

(大丈夫だ。キリカは詰めが甘いわけではない。むしろあの容赦のなさは、ときとして恐ろしいくらいだぞ)

最後に聞こえたキリカの呟きに、本物のカガリが反応する。
だが、ハマーンは自分の人を見る眼に、ラクスほどではないが自信を持っていた。
おそらく彼女なら、あの程度の敵ならほぼ無傷で屠るだろう。
彼女の腕、そしてドーベンウルフ。見る者が見れば、到底負けるはずなどないということが分かる。

そして、実際その通りだった。
ボロボロのアストレイやムラサメを背にした状態で国防本部前に降り立ったドーベンウルフは、
まるでトーチカのようにそこから一歩も動かず、圧倒的な火力で敵を葬っていく。
無尽蔵とも思えるようなミサイルの雨に、正確無比なビームライフルによる射撃。
さらにいくつものビーム砲による、飽和攻撃。
それによって4機のウィンダムとダガーを戦闘不能にしたのち、
ドーベンウルフはその手に持ったライフルを、腹の部分に接続する。

「喰らいなさい……この火力を」

キリカはそう呟くと、コクピットの中でも一際目立つ、赤いレバーを引いた。
同時に、凄まじい反動がドーベンウルフの機体とパイロットを襲う。
だが、リニアシートという反動を抑制するシステムを積んだ新型コクピットは、
現状のコクピットならナチュラルでは軽く意識を刈り取られるその衝撃を、たやすく緩和した。

「な……なんだアレは!」

そして戦いの様子をモニターする中央司令室でも、ソガが愕然とした面持ちで画面を眺めていた。
見れば、司令室に集結している他の将官や下士官たちも、開いた口がふさがっていないようだ。
中には、ソガのように思わず叫んでしまった者もいる。
しかし、それも無理のないことだろう。
本日二つ目の新たなモビルスーツ。コードはAXIS−01、ドーベンウルフ。
モルゲンレーテはクーデターでも起こす気なのかと、ソガは一瞬本気で考える。
最初の黄金の機体が有するのが驚異的な防御力なら、こちらは圧倒的な火力だ。
腹部に接続したランチャーから、超高エネルギーのビーム砲が放たれる。
そしてその火力は、残っていた敵モビルスーツを、まるで赤子の手を捻るかのごとく簡単に粉砕した。

「申し訳ありません代表。二機しか戦闘力を奪うことが出来ませんでした」

そして、暴虐の嵐を吹き荒らした後に、キリカのこの台詞である。
余裕すら感じられる彼女の言葉に、カガリはある意味それを恐ろしいと思った。
そして、一度周囲を確認し外の脅威が片付いたことを悟った彼女は、回線を司令室に回す。

「ソガ。そちらの状況はどうだ?」

「はい。モビルスーツ隊が全滅すると同時に、残っていた反逆者は降伏しました。
 ユウナ・ロマは逃がしましたが……ウナト・エマの脱出阻止には成功しました。 
 しかし、銃撃戦の際ウナト・エマに流れ弾が当たり、彼は重傷を負いました。
 幸い命に別状はないため、しばらくすれば尋問も出来るでしょう。
 以上であります。我々はこれより、事後処理に当たります。
 ……それと、今回の失態、本当に申し訳ありませんでした」

ソガのその言葉を最後に、通信が切れる。
カガリは、上空で旋回していたアカツキを、ドーベンウルフの近くに寄せた。

ドーベンウルフ。かつてグレミーが自分を裏切った際に敵に回った、厄介なモビルスーツ。
しかし、味方としてみるとこれほど心強い存在だとは思わなかった。
機動性と防御に主眼が置かれているアカツキとは対照的に、
ドーベンウルフは火力重視の設計思想を持って生み出されている。
自分の弱点を埋めるのに、これほど適任なモビルスーツもないだろう。

「アスハ代表……この襲撃はいったい……?」

しばらくして、モルゲンレーテの方角から、黄色に塗装されたムラサメが飛来する。
それと時を同じくして、国防本部から出てきた部隊が敵のモビルスーツを確保し始めたところで、
キリカが回線を通じてカガリに問いかけてきた。

「おそらく大西洋連邦だろう。ユウナやウナトを大西洋連邦に亡命させ、そこに亡命政府を作らせる。
 ……いよいよ、連中も本気で我が国を潰す決意をしたらしい」

カガリの呟きに、回線の向こうでキリカが絶句するのが、雰囲気から伝わってくる。
そして、黄色のムラサメから聞き慣れた声が響いた。

「カガリ!無事だった!?」

「キラか。私はご覧の通り無傷だよ……もっとも、国防本部の被害は甚大だが」

キラの操るムラサメもまた、モビルスーツ形態に変形し、アカツキのそばに降り立つ。
彼はカガリが無事だったことに安堵しているようだったが、
カガリのほうは、とてもそんなふうに手放しで喜んでいられる心境ではなかった。

国防本部を辛うじて潰されなかったことで、オーブ軍はとりあえず恥の上塗りだけは避けた。
だが軍の中枢ともいえる場所でテロが起こったことで、アスハ現政権にはかなりのダメージとなっただろう。
そして、それだけだったらまだ良かったのだ。

大西洋連邦は、いまだにアスハ現政権をオーブの正当な政権として認めていない。
政権を奪った手段がクーデターということもあり、大西洋連邦大統領コープランドは、
アスハ政権を圧制を強いる軍事政権として一蹴した。
そして、ユウナに亡命政府を作らせ、圧制を強いる軍事政権からの解放を謳い、
彼らは二年前のようにオーブに攻め込んでくるだろう。
このタイミングでセイランがさらわれた以上、それくらいしか思いつくことはない。
第一、主だった反対派をほとんど粛清している中、これほど大規模に軍を動かせる力を持つ者など、
もはや国内には存在している筈がなかったのだ。

「アスハ代表……」

「キリカ。おそらく、我らの次の戦いは、予想以上に早まるだろう。
 ……嵐が来る。それも、オーブ全土を呑み込むほど巨大な、嵐が」

果たして二週間後、彼女の予想は、それも最悪な形で的中することになる。
この事件から四日後、大西洋連邦首都ワシントンにて、ユウナ・ロマ・セイランによる
オーブ連合首長国亡命政府の成立が宣言された。
そして大西洋連邦は、ユウナの亡命政府という錦の御旗を掲げ、オーブ解放を宣言。
同時にオーブのアスハ軍事政権に対し宣戦を布告した。

世界は激しく動いている。
一時膠着していたかに見えた戦争は、皮肉にもオーブの中立によって、再びその激しさを増すことになった。
そして当然のように、キーパーソンであるカガリ・ユラ・アスハ率いるオーブも、その渦中に呑み込まれることになる。
プラント、連合、オーブ。三者の思惑が複雑に絡み合い、戦争は新たなる局面へ向かう。





●補足
・オーブ軍あれこれ
カガリを総帥、最高司令官とし、その下に陸海空の三軍が存在する。
これらを統括するのがオーブ国防本部であり、中央司令室室長にはソガ一等陸佐が着任している。
また、これとは別に最高司令官権限で国防本部を経ずに直接行動する部隊がある。
オーブ軍第壱特務隊、代表首長親衛隊ロサ・キネンシスと、
オーブ軍第弐特務隊、突撃機動部隊アークエンジェルである。
これらの部隊は陸海空軍とは独立して存在するため、
所属する士官は階級に、『特務』の名前が付与される。
なお、原則として待遇は三軍と同じであり、キラ・ヤマト特務一尉の場合、
海軍のアマギ一等海尉と同列に扱われる。

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[3326] 【PHASE20】
Name: こうくん
Date: 2005/11/27 22:57
【PHASE20】   嵐の前に





オーブ軍本部付属病院。オーブ軍本部から程近い、オノゴロ最高水準を誇る医療施設である。
そこにウナト・エマが運ばれてきてから、四日目の夕刻。
その日カガリは、そこの屋上にてキラとラクスと共にあった。
三人ともオーブ軍の関係者という立場で来ているため、
その身に纏っているのはオーブの軍服である。
ラクスも、一応シェリー・ブルーフィールドとしてのいでたちだった。

「……ラクス。先程のウナトの話、お前はどう思う?」

長い沈黙の後、カガリはラクスに問いかけた。
問いかけられたラクスの瞳に、普段の穏やかさは欠片もない。
キラも、沈痛な表情で腕を組み、フェンスにもたれかかったまま押し黙っている。

「レクイエム、ですか」

そして問いかけられたラクスもまた、その一言だけを発し、沈黙に戻ってしまった。
彼女の脳内では、事態がより混迷へと加速するという危惧が渦を巻いている。

ウナト・エマの容態は、それほどひどいものではなかった。
銃弾は彼の右肩を貫いたが、適切な応急処置のために大事には至らずに済んでいる。
だが取調べが出来るほど体力、気力とも回復していわけではなく、
麻酔がほぼ完全に覚めた今日、カガリは特例として面会を許されていたのである。

そして彼女を見たウナトが苦しみながらも発した最初の言葉こそ、ラクスの言った、『レクイエム』だった。

「宇宙で進行している、連合の一大反攻作戦か。
 ロード・ジブリール曰く、『私が宇宙に上がりレクイエムが流れれば、この戦争は終わる』らしいが」

侮蔑を多大に含んだ表情で、カガリは一人ごちる。
ウナトが言った言葉が、今彼女の中でリフレインしていた。

ウナトは、カガリの予想に反し、彼女を見ても怒りを表すことはなかった。
ただ、その瞳に諦めともとれる感情を乗せているだけだった。
その眼が癇に障ったカガリは、看護師の静止を話半分に聞き流し、半身を起こしたウナトに詰め寄る。
だが直後に彼が言った言葉は、カガリ、そしてハマーンをも驚愕させるものだった。

『オーブという国を、決して潰さないで下さい』

カガリは今までウナトを、自己保身に走る低俗な人間と見ていた。
政治家としての有能さは理解しつつも、オーブの理想を軽んじる彼を、どうしても認められないでいた。
だがそれは違う。彼はあくまで、オーブという国家そのものを見ていたのだ。
ウズミ・ナラ・アスハがオーブを通して世界を見ていたのとは違う。
彼は誰よりも、そう、はっきり言えば、ウズミやカガリよりも、
『オーブという国家そのものを存続させる』ことを願っていた。

『こうしてユウナが大西洋連邦に奪われた時点で、彼らはそれを大義としてオーブに乗り込んでくるでしょう。
 ですが、それではまたしても、オーブが戦火に呑まれてしまう。
 貴方が抵抗すれば、間違いなく、オーブは焦土と化してしまう。
 だから私の、ウナト・エマの全てを賭けて、貴方に願います。
 大西洋連邦の侵攻を防ぎきれないと分かったら、即座に降伏してください。
 お父上のように、理想に殉じて本当に大切なもの、国民を見放すようなことは、決してなさらないで下さい。
 ……貴方やお父上は、乱世の傑物といってもいいでしょう。
 ですがその前に、なによりもまずオーブを守るべき者であるということを、決して忘れないで下さい』
 
彼のこの言葉には、同席したキラやラクスも衝撃を受けていたようだった。
当然だろう。キラやラクスもまた、理想を追い求めた過程で、多くの命を犠牲にしてきているのだから。
その言葉を言い終えたところで、疲れからか崩れるようにベッドに横になったウナトを横目で見、
カガリたちはゆっくりと病室を後にしようとした。





「……そして、彼は最後に言ったんだったよね。
 『それでもなお、オーブを守ること、そして理想を求めることを願うならば、連合の動きに特に注意すべし』って。
 『宇宙』『レクイエム』……今のところはコレだけしか情報はないけど、連合が何かを企んでいることは確かだ。
 ……そしてそれは、一昨日ベルリンを蹂躙した、あの巨大モビルスーツとは、また別のモノだってことも」

キラは、拳を震わせながら、まるで搾り出すように言った。
隣のラクスが、そっと彼の手を握る。
そんな彼らの何気ない仕草にほんの少し羨望を感じながら、カガリはキラの言葉を肯定した。

「ああ。あの巨大モビルスーツ、あれはどう考えても宇宙で造られた物ではない。
 アルザッヘルにしろダイダロスにしろ、いくら連合支配下の月とはいっても、
 あんなものを地上に送り込もうとすれば、間違いなくザフトが勘付く。
 それに、もし仮にザフトに襲撃でもされたら、せっかくの戦略兵器が無に帰してしまう。
 ……アレは『レクイエム』とは違う。
 アレ単体で都市を駐留軍ごと殲滅できる決戦兵器だが、だからこそアレは地上で造られた物だ。
 まあレクイエムが兵器を指すのか、それとも作戦名なのかも、まだ分からないのだが」

「そして、あの巨大モビルスーツによって、ヨーロッパ戦線のミリタリーバランスは完全に崩壊しました。
 こちらの情報では、ベルリンにミネルバが向かったそうですが、
 ミネルバはもとより、インパルスが全く歯が立たなかったそうですわ。
 ……ですが、交戦中に何かあったのか、例の巨大モビルスーツは、インパルスとの交戦直後に撤退。
 そして、半壊したインパルス、そしてミネルバとも、無念のうちにジブラルタルに帰還したそうです」

ザフトにいまだ根を張る旧クライン派からの情報は、カガリにとってこれ以上ないものだ。
ラクスも、今は自分の力をオーブのために使うことが最善と理解しているのか、
ザフトの機密をオーブに流すことをためらう様子はない。
いや、これでも、信用できる『カガリ』だからこそ、情報を漏洩しているのだろう。
以前のまっすぐなままのカガリも、ある意味人間としては信頼できるが、
政治家として信用できるかといえばそうでもなかった。
だがプラントで何を見たのか、性格が掌を返したように変わったカガリは、
逆にこれ以上ないほど信用の置ける政治家になっていた。あくまで、信頼ではなく、信用なのだが。
屋上の向こう側に見える、夕焼けに染まる海を眺めながら、フェンスに指を絡ませ、カガリはさらに言葉を続ける。

「そして連合は、大西洋連邦軍第五艦隊の本拠地ベルファストに、部隊を集結させている。
 さらにヘヴンズベースの勢いも増してきている。
 ハワイの真珠湾基地に集結する気配を見せていた艦隊の一部も、どうやらそちらに流れたようだ」

「さらにザフトも、主だった拠点を失い、ヨーロッパからの部隊の撤退を急がせています。
 今やジブラルタルは、ヨーロッパ戦線の残存兵力、さらにアフリカ戦線の一部の部隊をも吸収し、
 これ以上ないほどに膨れ上がっていますわ。
 そう。まるで、『来るべき侵攻に備える』かのように」

瞬間、病院の屋上に強い風が吹く。
その風にあおられ、シェリーとしてラクスの桃色の髪を結い上げていたリボンが、ふっと解けた。
慌てることもなくそれを拾い上げ、少し払ってから、彼女は強い意志を秘めた瞳でカガリを見る。
その視線を感じたのか、フェンスに掛けていた手を解き、カガリもゆっくりとラクスに向き直った。
彼女たちの琥珀とアクアマリンの瞳に、夕焼けの朱がうっすらと混じる。

「これでジブラルタルが陥落するようなことがあれば、次はオーブですわ。
 彼らの最終目標は、ザフトの地上からの一掃。
 そのためには、ザフト最大の基地カーペンタリアを攻め潰すことが必要不可欠です。
 ……二年前連合は、宇宙軌道からの大洋州連合への奇襲攻撃を通じて、カーペンタリアを落としました。
 ですが、それだけでは戦力的に十分とはいえません。
 もう一つ、必要不可欠なことがあります。それは……」

「オーブを陥落させて、自軍の前線基地として運用すること、だね」

言いにくいことを、キラは何でもないことのように言う。
この二年間で、彼もまた否応なしに学んだのだ。
戦争とはどういうものか。なぜ人は争うのか。そして、効率よく敵を殺すには、どうすればいいのか。
隠棲していた二年という時間は、少年を大人に近づけるには十分だった。

「そうですわ。それに彼らには、裏切り者に制裁を下すという大義があります。
 攻撃は苛烈を極め、住民は容赦なく虐殺されるでしょう。
 ですから、だからこそそれを避けるために、私たちは今出来ることをしなければなりません」

ラクスの決意の篭った言葉が、三人の間に響く。
屋上を流れる風が、三人の少年少女の髪を、ゆっくりと梳いていった。
カガリの金色の髪が、ラクスのリボンが解けた桃色の髪が、キラの茶色の髪が、
嵐の前の旋律を奏でる穏やかな風に乗って、さらさらと流れていく。
そして自然と、キラとラクス、そしてカガリが対峙するような構図になる。

「アークエンジェルを、ジブラルタルに派遣してください。
 根拠は、先の共同声明における『大量破壊兵器を許さない』という部分で十分ですわ。
 ここであの巨大モビルスーツを止めなくては、オーブが、そして世界が危機に晒されてしまいます。
 そしてもう一つ。平和を願うザフトのクライン派代表、ラクス・クラインとして、わたくしを宇宙へ上げてください。
 難しい判断だとは思います。今オーブの防衛を薄くするのは、危険極まりないことも理解しているつもりです。
 ですがあえて、平和を願う同志であるオーブの代表首長、カガリ・ユラ・アスハ様に申し上げます。
 オーブ軍第弐特務隊アークエンジェルの、ジブラルタルへの派遣許可を!」

ラクスがその言葉を放った直後、再び屋上を強烈な風が駆け抜けた。
風に煽られる髪を押さえ、彼女はじっとカガリを凝視する。
そしてその視線を向けられた少女は、獅子のたてがみを彷彿とさせる金色の髪を風に揺らしながら、
そのラクスの視線に、まっすぐに相対していた。
沈み行く夕陽を背にした彼女の姿が、逆光の中鮮やかに浮かび上がって見える。

「……アークエンジェルが行って、奴を倒せるのか?」

カガリの言葉が二人、いや、キラに向けて放たれる。
クライン派からもたらされた映像にあった、巨大モビルスーツによる虐殺の瞬間。
巨大な砲身から奔る一撃が、街を焼き尽くし、並み居るモビルスーツを瞬殺していく。
そして映像の中では、起死回生を狙ったミネルバのタンホイザーまでもが、
巨大モビルスーツの陽電子リフレクターによって、あっさりと防がれていた。

「……出来るか出来ないかじゃない。やるんだ。
 それに、リフレクターを突破すればあれだけの巨体だ、フリーダムの機動についてこられる筈がない。
 危険な賭けだけど、僕とフリーダムなら、やれる」

キラの自信に満ちた言葉が、三人の空間に響く。
しかしモビルスーツの知識があるカガリは、その言葉が半分は虚勢であることを、理解していた。
驚異的な破壊性能に加え、アレを操っていたパイロットの技量は、間違いなく一級品。
あくまでも仮定の話だが、キラのフリーダムのみでは、おそらく守勢に回るだけで手一杯だろう。
かといって、ムラサメの火力では、アレの装甲に傷を付けることは難しい。
だが……ジブラルタルには、彼らがいる。
彼らと合同するなど夢にも思わなかったが、もしかしたら……

「分かった。いずれ正式な辞令を出すが、今ここで命じよう」

カガリの態度が、キラやラクスの友人、盟友としてのそれではなく、
オーブ軍総帥として彼らに命令をする立場のそれになる。
空気が変わったことを敏感に察知したキラとラクスも、直立不動でその場に立った。

「私の盟友、ラクス・クライン殿に申し上げる。
 我がオーブのため、万が一のときはその力、オーブのために振るってほしい。
 そのために、貴方を宇宙まで確実に送り届けることを約束しよう。
 なお、それに伴いシェリー・ブルーフィールド特務三尉を、本日付で解任する。
 続いて特務隊アークエンジェル所属モビルスーツ隊隊長、キラ・ヤマト特務一尉に命ずる。
 我がオーブ軍は、平和維持の理念に基づき、ザフトと共同し人道に反するあの巨大殺戮兵器を破壊する。 
 そしてこの任務を遂行するにあたり、オーブ軍第弐特務隊アークエンジェルに、
 ジブラルタルへの出撃を正式に命ずる。
 目標はただ一つだ。世に災いを為すあの巨大モビルスーツ。アレを完膚なきまでに破壊し、生還せよ!」

敬礼するカガリに合わせ、キラも直立不動で敬礼を返した。
そしてラクスも、オーブ軍人シェリー・ブルーフィールドとしての最後の敬礼を返す。
これ以降、ラクスは宇宙に上がり、カガリは地上でそれぞれ事態の推移を見守ることになるだろう。
二つの強力な駒を離すのが、果たして妙手か悪手かは分からないが、それでも。
彼女たちが取るのは、そのとき最善と思われる手段である。

「……最後に。
 カガリさん、あのディスクの中身を拝見させていただきました。
 正直、あれを最初に拝見したときは、身体の震えが止まりませんでした。
 貴方は、こちらとは全く別の技術が、しっかりと体系立てて用いられている、いわば別の世界から来た者。
 しかし、貴方の中には、わたくしたちが知っている、カガリさんの人格もある」

端から端まで緊張させていた身体をふっとゆるめ、ラクスは最後にそう、カガリに語りかけた。
隣のキラも、何か言いたいことがあるような顔で、二人の少女を見やる。
だが対照的にカガリは、自身の秘密を抉るラクスの言葉にも、泰然として動じなかった。
すでに夕陽は沈み、辺りには夜の帳が降り始めている。
闇に沈み行く屋上に、ラクスの声だけが小さな蛍火のように、その場をゆっくりと流れていった。

「二つだけ、聞かせてください。
 まずは一つ目。貴方は、カガリ・ユラ・アスハという人間を使って、この世界で何を成そうというのですか?」

全く別の異世界からやってきた人間が、自らの親しい者に憑依する。
そんなおよそ人智の及ばない異常事態の中にあっても、思った以上に冷静なラクスの反応に、
カガリはこの少女には敵わないといった表情で、やれやれと肩をすくめてみせた。
どんなときでも強さを失わない、吸い込まれるような蒼いアクアマリンの瞳。
ラクスのその瞳が、穏やかな語り口に似合わず、一切のごまかしを許さない強い光を放っている。
その眼に直接相対するように、カガリ、いや、ハマーンも、まっすぐに歌姫を見据えた。

「私は以前の世界で、成すべきことを成せずに死んだ者だ。
 私には理想があった。ニュータイプという人類の革新を信じ、それによる理想の世界をつくろうとした。
 そのために、ずいぶんたくさんの人間を殺したよ。地球上に、コロニーを落としたこともあった」

どこか遠くを見つめるようなカガリ、いや、ハマーンの告白に、キラは衝撃を受けたようだ。
彼の表情から、抑えようにも抑え切れない嫌悪の感情が湧き出ているのが分かる。

彼女の中に二つの人格が同居していることは、先日の会見で理解している。
そして、そんな冷酷な人格をカガリが許容していることが、キラには衝撃以外の何者でもなかった。
だれよりも人を傷つけることを嫌う彼女が、人間を虫けらのように殺せる人間を、理解したとでもいうのか。
しかし、同じようにむやみな人殺しを何よりも嫌う筈のラクスは、コロニー落としという単語を聞いても、
その冷静な顔色を変化させることはなかった。
逆にじっと、彼女の言葉の続きを待っている。

「だが私の理想は、とある若者によって否定されたよ。
 恐怖で支配するのは手っ取り早い。実際、私はそれこそが最良だと信じて疑わなかった。
 だが駄目だった。確かに私は、後一歩で地球圏を完全に支配下に置くところまでいったのだが。
 恐怖による抑圧は、それに耐えられない者による反乱を起こすだけだった。
 ……私は、理想に敗れたのだ」

穏やかに語る彼女からは、とてもかつて彼女がそんな苛烈な者だったとは信じられない。
そして、どこか寂しそうな彼女の声に、僅かながらカガリを羨むような節があるのに、キラは勘付く。
―――当の彼女が、胸に手を当てて、優しい眼をしていたからだ。

「だからこそ私は、この少女―――カガリの理想に賭けてみようと思ったのだ。
 たった一人、理想のために孤独に戦った私では届くことのなかった、
 多くの仲間たちと共に理想を追い求める、太陽のようなこの少女の。
 ナチュラルと、コーディネイター。誰もがその違いと隔たりの前に二の足を踏む中、
 彼女だけは、その壁を取り払った、本当の意味で両者が共存できるような世界をつくろうとしている。
 ……まあ、そんな大それた理想を成すには、この少女はまだあらゆる意味で幼すぎるのだが」

他ならぬカガリの身体で、彼女は苦笑しながらそんなことを言う。
きっと今頃、あの身体の中の本物のカガリは、照れて真っ赤になった表情で、
『何だとー!』なんて言って大騒ぎしているのだろう。
キラはふと思いついたそんなことに、思わずクスッと声を出して笑った。
ラクスもまた、彼の考えていることが分かったのだろうか、こちらはまるで彼をたしなめるかのように苦笑している。

「そうだ。この少女はまだ若い。だから、理想を叶えようにも、その力はいまだ足りぬ。
 権謀術数渦巻く政治の世界の荒波を切り抜けるには、その力は弱すぎる。
 誰よりも美しく崇高な理想を持ちながら、それを叶える力が足りぬというのなら。
 なればこそ私が。彼女のため、そして私自身のために。
 その理想を我が力で叶える。いや、叶えてみせる。
 そしてそれが、それこそが。一度死んだ私が出来る、この世界での唯一のことだ。
 ……質問の答えになったかな、ラクス・クライン?」

カガリの身体を借りた女性(ひと)が、力強くそう言い切る。
そして思わず呑み込まれてしまいそうなその真っ直ぐな琥珀の瞳で、
とりあえず今はカガリである女性は、静かな、しかし力強い表情を保ったまま、ラクスに問いかけた。

「ええ。これ以上ない、最高の答えをいただけましたわ。
 彼女の友人として、そして盟友として。これからもカガリさんを、よろしくお願いいたします。
 ……二つ目の質問、してもよろしいですか?」

そしてこちらもこれ以上ないほどの最高の笑顔で、ラクスはカガリに頭を下げる。
カガリの身体をした女性に、他ならぬそのカガリのことを頼むという、何とも不思議な情景。
そして顔を上げた後、ラクスは不意に悪戯っぽい表情を浮かべて、彼女に問いかけた。
その表情が意外だったのか、カガリである女性は身構えていた身体を弛緩させる。
そして苦笑しながらラクスに話の続きを促す彼女に、今度はキラがゆっくりと進み出た。

「貴方の、貴方自身の名前を、聞かせてください。
 カガリ・ユラ・アスハとしての貴方ではない、『本当』の貴方の名前を」

そう言って、キラはカガリにゆっくりとその手を差し伸べる。
やけにキザったらしいその仕草も、彼がやると妙に絵になるから不思議なものだ。
そしてその仕草がつぼに入ったのか、はたまた別の理由か。
彼女は耐え切れなくなったかのように、ついに大声を上げて笑い出した。

「わ、笑わないでよカガリ……!って、カガリじゃ駄目だから、名前を聞こうとしたんだっけ」

天然キラ様降臨。
真っ赤になってあたふたするキラの姿に、ラクスまでもが伝染したかのように笑い出す。
そして相変わらず、腹を抱えて大笑いするカガリ。
キラやラクスは知らないだろうが、それはかつての世界での彼女を思えば、
非常に貴重で、そしてそれゆえに大切なモノだった。

ひとしきり笑った後、彼女は目の端にたまった涙を拭い、キラとラクスに向き直る。
その涙がただ笑いすぎただけのものでないことにラクスは気付いたが、
あえてそれを突っ込むような野暮なことを彼女はしない。

「ハマーンだ。ハマーン・カーン。
 かつて世界の全てを手中にし、そして一夜にしてそれを失った。
 愚かで、無様で、不器用で。だがそれが自分自身何よりも誇らしい。
 ……そんな、私の名だ」

その表情。言葉にするなら、泣き笑いの表情といったところだろうか。
穢れを知らない少女のようなその笑顔に、キラは思わず胸が高鳴り、ラクスは彼女を思い切り抱きしめる。

「ラ、ラクスッ……!?」

「大丈夫ですわ、カガリさん。そして、ハマーンさん。
 あなた方の想いを成し遂げるのを、わたくしもお手伝いいたします。
 そしてわたくしも歌いますから。
 あなた方の崇高な理想を。熱く気高き想いを。このわたくしの、平和への旋律に乗せて」

最初は驚いたようにバタバタしていたカガリだが、優しく語り掛けるラクスの言葉にやがて、
ふっと体中の筋肉を弛緩させ、ラクスにされるがままになった。
キラが優しく見守る中、抱きしめるラクスの口から、穏やかな旋律が流れ出す。


静かなこの夜に  貴方を待ってるの


ラクスの平和への想いを乗せた歌が、小さく、しかし力強く、彼女の口から紡がれていく。
そしてしばらく彼女を抱きしめたまま囁くようにラクスは歌い、やがてゆっくりとその腕を解いた。
そのまま彼女は、優しい声色で続きを歌いながら、静かにキラとカガリ、二人の前へと歩みだす。
まるで、たった二人の観客が見守る舞台へと、上がっていくかのように。


星の降る場所で  貴方が笑っていることをいつも  願っていた


宵の明星、そしてプラントが淡い光を放つ空の下、ラクスの澄み切った歌声が屋上にゆっくりと染み渡っていく。
心を洗われるようなこの表現力、これは決して偽者では出し切れないものだろう。
これが本当の、ラクス・クラインの歌声。
カガリの頬に、気付かないうちに涙が一滴、あふれていた。

やがてラクスの歌が終わり、すっかり宵闇に覆われた屋上に、二人だけの拍手が木霊する。
いや、それでは語弊があるかもしれない。
カガリの身体の中の本物のカガリも、ラクスに向かって惜しみない拍手を送っている。
実質三人だけの演奏会。
今はまだ、この平和の歌を聴くことの出来る人間は、これだけしかいないけれど。
いつかこの歌が、この平和への想いが、世界中に届いたなら。
その想いを乗せて、最後に闇の向こうの海を見、三人はゆっくりと屋上を後にした。

この二日後。オーブは『連合の大量破壊兵器』に対して宣戦を布告。
ジブラルタルにアークエンジェルを派遣する。
モビルスーツ管制の担当をラクスからミリアリアに変更し、
新たなパイロットに漆黒の特別チューンのムラサメを配備し、
生まれ変わった大天使は再び大空へと舞い上がる。

同日。オーブのマスドライバー、カグヤから、シャトルが一つ飛び立った。
プラントへの亡命を希望する民間人が乗り込んだとされるそのシャトルだが、
宇宙空間に出てしばらくしたところで、所属不明のモビルスーツ集団の襲撃に遭遇し、失踪。
密かに監視していたザフト軍が駆けつけたときにはもう、
そこには残骸のみが無残に浮遊しているだけだったという。
だが彼らは知るまい。それに乗り込んでいた者こそ、本物のラクス・クラインであり。
そして今、彼女は本来あるべき永遠(エターナル)へと戻ったのだということを。





●補足2
・オーブ軍特務隊について
第壱特務隊ロサ・キネンシスは、とりもなおさず暴走娘カガリの親衛隊である。
レドニル・キサカ特務一佐を隊長に、イケヤ、ニシザワ、ゴウの三人、
さらにこれにキリカを含めた五人で構成されている。
搭乗機は、キリカがドーベンウルフ、他四人はムラサメ親衛隊仕様機を使用する。
なお親衛隊仕様とは言っても、カラーリングを真紅に塗装し、耐ビームコーティングを施しただけで、
実質的な性能はムラサメと大差はない。
また、ムラサメはガンダムタイプであるにも関わらず、
キサカの隊長機には実はツノが生えているという噂が、まことしやかに流れている。

第弐特務隊アークエンジェルは、ザフトで言えばFAITHに当たる部隊である。
マリュー・ラミアス特務一佐を艦長とし、半独立行動権が認められている。
MS部隊は、キラ・ヤマトを隊長とし、以下
ハリー・マクレーン(コールサイン:ブレイズ)
ケイ・ナガセ(コールサイン:エッジ) 
アルヴィン・H・ダヴェンポート(コールサイン:チョッパー)
ハンス・グリム(コールサイン:アーチャー)
の合計五名で構成されている。
搭乗機は、キラがフリーダム、他四名がムラサメのラーズグリーズ仕様機を使用する。
ラーズグリーズ仕様機も親衛隊と同様の仕様であり、こちらはカラーリングのみ漆黒に変更されている。
また、マリューとキラの階級だが、これはそれぞれ部下に自分より高い階級の人間が(マリューの場合は一佐相当のバルドフェルド。キラの場合は一尉相当のクロフォード、ナガセ、ダヴェンポート)いたため、特例で二階級の特進を得たもの。
ラクスとバルドフェルドが抜けた後は、ミリアリアと作者が勝手に復活させたサイがそれぞれの席に座っている。





●あとがき
こんにちは。今週末遊びすぎて、懐がえらく寒いこうくんです。来月忘年会シーズンなのに……

さて、本編イベントでいえば、【PHASE32】『ステラ』まで来ました。
ここに来るまでに費やしたPHASEは20。よくここまで書けたものだと、自分でも驚きです。
現段階は、カガリとラクスの会話でもあったように、ベルリンにデストロイが侵攻したあたり。
しかしアークエンジェルの助力がなかったミネルバではデストロイを止められず、
シンとの会話でステラがヒステリーを起こし、両者痛み分けの状態でベルリンを去った、ということになります。

ここまでで随分重くなってきた気がするので(私はナロー回線)、これ以降の話は新スレッドに移行します。
切れ目がいいとは言い難いですが、ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございました。
できれば、『赤き薔薇、獅子と共に 第弐幕』も読んでいただけると嬉しいです。

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