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はちこの日記(2003年1月)

ぼぼるパパの日記はこちら

2003年1月19日

主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。 エレミヤ20:9

皆さん、ただいま! これからまた、日記を少しずつつけていこうと思います。休んでいる間も、多くの方が私を励まし、見守り、そしてゆっくりと再開を待っていてくださったことを心から感謝します。この2ヶ月半は私にとって、意味のあるお休み期間でした。多くの時間を、独りで静かに神さまの前に出て主を礼拝することに当てました。この2ヶ月でジーンズが2本、ひざに穴があいてしまいました。(笑)今、私の心は神さまを賛美する思いではちきれそうです。私が口を開かなければ、道ばたの石ころが叫び出すでしょう! 皆さん、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

*****

私の教会は、今、大変な状況にある。ある事情で、牧師一家への批判が一部の信徒のうちで高まっており、このままでは教会が分裂、または牧師が罷免されるかもしれない、というところにまで来ている。私やぼぼるパパはもともとトロく、また普段から信徒間のゴシップには一切関わらないようにしているため、何が起きているのか最近までよく知らなかった。10月頃に、牧師夫人がぼぼるパパに直接いろんな話を聞かせてくれたことがあり、その時初めて、ひえええ、そんなことになっていたのかぁ!と思わされたのだったが、それは牧師一家のなかだけの問題だと思っていた。 

先々週の土曜日の朝、ワーシップチームの練習があった。その時来ていたのは、私たち夫婦と、牧師夫人と、ほか4人。どうも夫人の元気がないなぁと顔をみた瞬間から思っていたら、案の定、歌の練習をしている最中に泣き出した。練習を一旦中断して、みなで彼女に手をあてて祈ったら、今度は大声をあげて号泣した。そして、いくつかのことを私たちに分かち合ってくれたのだが、私は事態がそんなにも悪化していたのかと、ショックだった。牧師一家に、匿名の批判レターやら、「あなたたちが悔い改めなければ、教会にひどいことが起きると神が語られた」的な助言(?)の電話が相次いでいるらしい。助言電話をする人たちは、おそらくみんな善かれと思ってしているのだと思うが、結局それが牧師一家を深く傷つけている様子だった。

いろいろと複雑な事情があり、一口に説明できないけれど、この教会内での混乱は、神様の御手のなかで起きていることだと確信がある。今朝のサンデースクールで、金の精錬過程についての話題が出た。よく、炉のなかに入れられた金は火によってその不純物が焼かれる、というけれど、実際には不純物は焼き去られるのではなく、溶けた金の表面に浮かび上がってくるのだそうだ。それから、その不純物をすくい取って捨てるものらしい。今、うちの教会も神様の精錬する火のなかに置かれているのかもしれない。不純物は、できるなら人知れず焼き去ってもらう方がありがたい。だけど、一旦表面に浮かび上がらせてから処理するというのが神様のやり方ならば…

牧師夫人の話しを聞いた時は、そんなにも心無い批判を浴びせかける人たちは一体誰だろう、と私自身が懐疑的になり、ネガティブな思いに襲われてしまった。先週はずっと、とても心が重く、誰かを責めたい気持ちに駆られて苦しかった。しかし今朝、私の中でこの苦しさの方向が変わった気がした。精錬する火の中に置かれるのが苦しいことには変わりないが、今は希望を感じている。今朝の礼拝では、主を賛美しながら、教会に対する愛が込み上げてくるのを感じた。イエス様御自身がこの教会を愛しておられるその愛が、私のなかにも注がれていくのを感じた。イエス様が教会を愛しておられるとは、なんという尊い真理だろう! イエス様の愛に応えるとは、私自身もまた教会を愛する者になることだと思わされた。それは、私が所属する地方教会のことでもあり、それを超えた『キリストの御体』のことでもある。 イエス様は教会を愛しておられる。そしてキリストの花嫁として教会を迎えるために、私たちのことを整えてくださっている。ハレルヤ! 主よ、感謝します。

2003年1月20日

Gさん事件:この秋から暮れにかけて、ちょっとした事件があった。

うちの右隣に住む御家族は、大学で看護学を教えている奥さんのジェーン(仮名)と、10代の男の子3人の4人家族。奥さんはとても感じのいい凛とした女性。彼らは私たちがイギリスへ行く直前に引っ越してこられたため、御挨拶などをするようになったのはほんの半年ほど前のこと。

去年の11月のなかば頃、突然、年のころ40代後半くらいの見知らぬ黒人男性がうちを訪ねてきた。彼いわく、名前はG、隣のジェーンの弟で、最近同居するようになったのだとか。車がちょっとガス欠になってしまったので、予備のガソリンと、お金を2ドルほど貸してくれないかと言う。ちょうどぼぼるパパが家にいた時で、彼は「それはお困りでしょう」とすぐに小さなタンクに入ったガソリンと2ドルを彼に渡した。

ガソリンはともかくとして、2ドル(200円ちょっと)貸してくれというのはおかしいな、と思ったのだけれど、Gさんはちゃんとその日のうちにガソリンと2ドルを返しに来てくれた。

それから1週間ほどして、今度は夫がいない時に、再びGさんがやってきた。もごもごと不明瞭なことを言いながら10ドル貸してくれと言う。ちょっとひるんだのだけれど、前回はちゃんと返してくれたことだし、聖書には「借りようとするものを拒むな」と書いてあるし、私は彼に10ドル札を渡した。

次の日の朝、またもやGさんが現れた。昨日借りた分を返していないのにこんなことを頼むのはなんだが、もう10ドル貸してくれないかと言う。 何だかろれつがうまくまわっていなかったし、目線も定まらずにそわそわしている様子だし、これはかなりおかしいと思いつつも、夫は留守で、玄関口でもめるのも嫌だったので、また10ドル渡した。

その晩夫といろいろ話して、機会があればジェーンさんに事情を話してみようということになった。

しかしジェーンさんは昼間は働いているせいかなかなか会う機会もなく、そうこうしているうちにまたGさんがやって来て、今までと同じことを言った。さすがの私もこのときは断ろうとしたのだが、あまり強く断りきれず、結局数ドル渡した。

こんなことがいつまでも続いても困るし、だいたいGさんがどういう人なのかわからないので私はかなり不安になっていた。しかしその後はGさんも来なくなり、ジェーンさんと話をする機会もなく、この件のことは次第に忘れていった。

ところが、暮れの押し迫ったある朝、7時頃、ドアのベルが激しくなった。私たちはまだみんな寝ていてベッドのなか。夫はこういう時、絶対起きたりしない。速達かな、と思い窓から外を見たが、配達のトラックはなかった。おかしいなぁと目をこらして見ると、玄関のポーチにGさんが立っているのが見えた。私はさっと血の気がひいた。彼はなおもベルを鳴らし、そのうちドンドン激しくドアを叩きはじめた。あまりにもものすごい勢いで、ドアが壊れるんじゃないかと思ったほどだった。

「ねぇ、Gさんだよ」と夫に言うと、さすがの彼も起き出した。玄関に出ようとするので「恐いからやめて」と私が止めた。こんな朝っぱらから、こんな勢いでドアを叩くなんて、尋常じゃない。もしかしたら酔っぱらっているか、薬物の影響下にあるのかもしれない。ドアを叩く音はなかなか止まない。へたに相手をしてからまれて、刃物か銃でも出されたら大変だと思った。真剣に恐かった。よほど警察に電話しようかと思った。

結局、Gさんは20分以上もドアを激しく叩き続けてから、ついに諦めたのか、去っていった。

私はとても恐ろしくなって、その晩、玄関のドアに手を当てて祈った。イエス様の血潮でこのドアを被い、この家全体を被い、悪いものが一切近付けないようにしてくださいと。

何人かのクリスチャンの友人に相談したところ、みんな、これ以上彼にお金を貸してはいけないと言った。確かに、一人暮らしで生活に困っているというならともかく、ちゃんとした職を持つお姉さんと同居しているのに、他人の私たちにお金を借りに来るのはおかしい。ある人は、Gさんはもしかしたら犯罪歴のある人かもしれないのでよく気をつけるように、特に子供達にはいくら隣人とはいえ、Gさんに絶対ついていかないようによく言っておきなさい、と忠告してくれた。彼のフルネームがわかれば、警察にコネがあるから調べることも出来るよ、と言ってくれた人もいた。 またある人は、私たちが恐れることがないようにと、第二テモテ1:7を宣言しながら祈ってくれた。そして、もしかしたら神様が、彼の霊的必要に触れてあげるようにとおっしゃっているのかもしれないと助言してくれた。

友人たちの祈りに支えられ、ぼぼるパパと一緒に祈っているうちに、私たちのなかからGさんに対する恐れは消えていった。そしていつしか、Gさんを祝福してください、と祈るようになっていた。ジェーンさん一家のためにも祈った。神様が私たちに、Gさんの霊的必要に触れるようにとGさんを送ってくださったのなら、私たちが神様からの知恵をいただきながらGさんと関わっていくことが出来ますように、もしも、サタンが私たちを攻撃するために彼を送り込んで来たのなら、彼を遠くへ去らせてください、とも祈った。

あの暮れの日からもう3週間が過ぎたが、以来Gさんとは一度も会っていない。どこかへ行ってしまったのだろうか。今度ジェーンさんに会ったらさりげなく聞いてみようと思う。

これでCase closed(一件落着)になったのかはまだわからない。もしかしたらまたひょっこり現れるかもしれない。でも、イエス様の血潮によって被われ、イエス様の愛によって満たされていれば、何があっても大丈夫だよね。 いつも共にいてくださる主に感謝。

2003年1月21日

お風呂でま〜やの髪の毛をシャンプーして、コンディショナー(リンス)をつけてあげた時の会話。

ま〜や:Mommy, is it air conditioner?

はちこ:..... Hair conditionerよ。

*****

最近エミは、学校でがっかりするようなことが続いていた。たとえば… 冬休み前に、二月にヴァイオリンとヴィオラのコンテストがあると学校のオーケストラの顧問の先生から聞いたエミは、出場するぞとはりきって、休み中ずっと熱心に練習していた。ところが休みが明けてから申し込みをしようとした時、締めきりが冬休み前だったということを知り、愕然となった、など。

そうでなくても中学校生活はストレスが多くて大変な毎日で、エミはずっと落ち込みぎみだった。挙げ句に、先週の木曜日のこと。学校から帰って来たエミが「今日はtremendously sadなことがあった」と言う。事情を聞くと、spelling beeのクラス予選がその日あったのだそうだ。スペリングビーとは、全国規模の英単語のつづり方コンテストで、クラス予選、学年予選、地区予選…とずっと勝ち進んでいくと、最後にはアメリカ全土の全国大会にまで続いている。全国大会なんていうのは夢のまた夢で考えてもいないけれど、学年予選で上位に食い込みたいというのがエミの願いだった。

その日のクラス予選で、エミは好戦していた。しかし、最後の数人に残ったところで、エミはオーケストラの練習に行く時間になってしまったのだそうだ。アメリカの学校のオーケストラというのは面白くて、メンバーの子たちは授業を途中で抜けて練習に行くことになっている。せっかくここまで残ったのに、というところで、エミはコンペティションからドロップアウトしなくてはいけなくなってしまったのだ。最後まで戦って駄目だったのなら諦めもつくけれど、途中で棄権しなくてはいけなかったというのがとても悲しかったらしい。 代表はアレックスと、エミのクラスで一番の仲良しのエマに決まったらしい。 エミは夕食の時間もずっとため息をついていた。

「ねぇ、エミのためにもっと祈ってあげなくちゃいけないね、私たち。」 夜、子供たちが寝静まったあと、パパと二人でエミのために特別に祈った。エミの生活の細部にいたるまで神様が関心を持っておられ、心に留めてくださっているということを、エミに示してあげてください、エミを大いに祝福してください、と祈った。

次の日エミは帰宅すると、おやつのネクタリンを頬張りながら、満面の笑顔で「今日はA+の日だったよ!」と言った。

「どうしたの?」

「クラス代表は一人だけにしぼらないといけなかったんだって。それでエマとアレックスが決定戦をやることになったんだけど、二人だけだと激戦になり過ぎるからって、ヴァン先生が私も一緒に入って3人でやりなさいって言ったの。 それでね…」

「キャーーー!」私は話しを最後まで聞かずに叫んだ。「ジーザス! ありがとうございます、ありがとうございます、祈りを聞いてくださってありがとうございます! エミにコンペティションに参加する機会を与えてくださってありがとうございます!」

思わず涙で目をうるます私にエミは、「そんな、泣くほどのことじゃないでしょ。」といたってクール。

「だってエミちゃん、ママとパパは、夕べこれこれしかじかってお祈りしたのよ。 イエス様は本当に優しいお方だね! あ、ところで、結果はどうだったの?」

「うん… 私が代表に選ばれて、エマが補欠になった。」

「ああ、そう… エマは、昨日は代表だったのに、今日は補欠になっちゃって、がっかりしてなかった?」 このエマというお友達も、祈りへの答えとして神様が与えてくれた子だった。新学期が始まったとき、知っている子がクラスにいなくて寂しがっていたエミのために、どうかエミと気のあういいお友達をお与えくださいと祈っていたのだ。せっかく与えられたお友達との関係に亀裂が入っては困る。

「ううん、エマは、『エミが選ばれたらいいな!って思ってたの』って言ってた。」

「そうなの… 優しいお友達でよかったねえ…」改めて神様に感謝する私。

そんなわけで、神様の優しいお心遣いにとても感謝していたのだが、今日になってまたエミがこんなことを言った。

「そういえばね、クラス代表は、やっぱり二人でよかったんだって。ヴァン先生の勘違いだったんだって。それでエマも補欠から代表に格上げになったの。私とエマが二人でクラスを代表するんだよ!」

こんな小さな出来事に、全知全能で宇宙全ての造り主であられる大いなる神様が、こんなにはっきりとご介入してくださるなんて…

「エミ、イエス様は生きておられる。そして、エミのことを愛しておられるよ。」真剣な顔で私が言うと、彼女はにっこり笑ってこう答えた。「うん!!

イエス様… ほんとに、ほんとに、ほんとに、ありがとうございます…
 あなたが注いでくださるあまりにも分不相応な愛に、私はただ恐れおののき、うち震えます。
 主よ、人とは何者なのでしょう。あなたがこれに心を留められるとは。人の子とは何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。
 主よ、まことにあなたはいつくしみ深く、赦しに富み、あなたを呼び求めるすべての者に、恵み豊かであられます。
 今、私はただあなたに感謝し、あなたの栄えに満ちた御名をほめたたえます。
 そうです、主よ、ただあなたの御名だけが全てのものの上に高く掲げられ、全地があなたを誉めたたえますように!

2003年1月22日

今日は、ケンスケを初めてベビーシッターさんに預けた。

私がま〜やの学校に1時間ほどボランティアでお手伝いに行く間、近所の奥さんのサンディーに来てもらったのでした。教会の託児室に預けられるのは毎週のことだけれど、うちにベビーシッターさんが来たのは初めて。ケンスケは人見知りが激しいから、泣いちゃうんじゃないかなぁと思っていたらとんでもない。最初からすっかりサンディーに慣れちゃって、私が出かけるときもビクともしなかった。サンディーと二人きりの間も、少しもぐずらず終始ハッピーだったらしい。私が帰宅しても、さほど嬉しそうなそぶりも見せなかった。驚いたのは、サンディーが帰るときになって、上着を来て、バッグを持って、玄関の方に歩いて行ったら、ケンスケは悲しそうな顔で走って追いかけて、それから私に抱きついてウワーンと泣いてしまったこと。 まあ! ママが出かける時には泣かなかったくせに、サンディーが帰る時には泣くなんて! そんなに彼女のことが好きになっちゃったのね。 ママはちょっぴり妬きもちかも。

*****

学校に出かける前、寝室に隣接しているバスルームで軽くお化粧をしていた時のこと。ケンスケは寝室に置いてあるCDプレーヤーをがちゃがちゃいじって遊んでいた。そのうち「バキッ」という鈍い嫌な音が。私が覗くと、ケンスケはCDプレーヤーのふたをぐいぐい無理に閉じようとしている。慌ててケンスケの手を払いのけ、ふたを開けると、そこには無惨に割れたCDがあった。しかもそれはパパとママのお気に入りの、Faith Camp 2000 のライブワーシップCDだ。これには大好きな「Send the Fire 」が入っているのに。(泣) ああ、ショックだ。

「こらぁ、ケンスケ! Look what you've done!」 割れたCDをケンスケの前に突き付けると、彼は「ヤバイ!」という顔をして、一旦うつむいてからゆっくりと向きを変え、それから一目散に走って逃げていった。 まったくもうっ!

Send the Fire:割れたCDに収録されていた「Send the Fire」と同じものが、Dr. Luke のサイトで聞けます。

2003年1月24日

夕べは、ケンスケを寝かし付けながらそのまま朝まで爆睡してしまった。 今は朝なり。夕べの残りのカレーをあっためよう。

*****

昼間なり。午前中はいつも落ち着かない。みんが8時過ぎ、エミが8時半、パパが10時ちょっと前、ま〜やが11時ちょっと前にそれぞれ出かけるのだが、お抱え運転手である私はそのたびにケンスケを連れて出たり入ったりすることになる。だから、午前中は何もまとまったことが出来ないままにぼよよ〜んと過ぎて行く。

昨日、昨年秋に翻訳していた『神からの報い』(ブルース・ウィルキンソン著 いのちのことば社)の翻訳者用献本2冊が送られて来た。出来上がった本を見るとやはり嬉しい。完成させてくださった主に感謝。神様の御心のままに用いられますように。 

*****

夜なり。

ケンスケは最近、「ヤー」が上手に言えるようになって来た。もう1歳10ヶ月なんだから、「ヤー」ぐらい言えるでしょ、と思われそうだけれど、ケンスケの「ヤー」はそんじょそこらの「ヤー」とは訳が違う。英語の「ヤー」なんだじょ。「Yeah」ってね。これで立派にコミュニケーションがとれる。

ケンスケ「クエオン、クエオン!」
 ママ「なあに? クレヨンが欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

ケンスケ「クアッカ、クアッカ!」
 ママ「なあに? クラッカーが欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

ケンスケ「ブクー、ブクー!」
 ママ「なあに? 絵本読んで欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

ケンスケ「ズー、ズー!」
 ママ「なあに? ジュースが欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

ケンスケ「ブリヨン、ブリヨン!」
 ママ「なあに? ○○○が欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

さて、ケンスケが好きなブリヨンとは一体何でしょう?

2003年1月25日

今日の午前中は、PTAのボランティアで3時間半ほどたっぷり肉体労働。このボランティアに参加するのは初めてだったのだが、他の父兄の皆さんから大変歓待を受け、帰るときには「また来てくださいね〜♪」とお土産までもらってしまった。これでは、来月もまた行かないわけにはいかないなぁ。(笑)

午後からはJCFNシカゴの餅食い大会。たっぷり食べました。美味しかったぁ!普段は簡単にお醤油とバターくらいで済ますけれど、今日は大根おろしあり、納豆あり、きなこあり、あんこあり。子供たちも、一人あたり4個とか5個とか食べたらしい。ケンスケはもっぱらお雑煮をすすっていた。

餅食い大会では、なつかしい人と十年ぶりくらいの再会があって泣きそうに感激した。Kさんは当時、イリノイ大学の大学院生だった。あの頃のイリノイ大学には活発な日本語聖研があって、年に二回くらい、聖研のメンバーを泊まり掛けでうちにお招きして、楽しい交わりとお祈りや賛美の時を過ごしたものだった。Kさんはその頃の学生さんの一人。確か大学院の修士過程修了のあと、カナダの神学校に進まれたのだったと思う。今では結婚して、シンガポール人の御主人とともに宣教師として主に仕えておられる。日本で数年間の働きをして、今回はさらに神学校での学びを深めるためにシカゴに来られた。これからあと3年間は、この御夫妻とシカゴで親しく交流をもつことが出来るのかと思うと、とても嬉しい。 神様、この御夫妻を、大いに祝福してください!

*****

昨日の答え:ブリヨンとは… バナナです。 

ケンスケ「ブリヨン、ブリヨン!」
 ママ「なあに? バナナが欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

なぜケンスケはバナナのことをブリヨンと言うのか、それは私にも謎です。ちなみに、みかんのことは「サードーゾ」と言います。これにはちゃんとした理由がありますが、長くなるので省略。

ケンスケ「サードーゾ、サードーゾ!」
 ママ「なあに? みかんが欲しいの?」
 ケンスケ「ヤー。」

2003年1月26日

今日は教会で、ヴェラ(仮名)と興味深い会話をした。いろいろ考えさせられたのだけれど、長くなりそうなのでまた今度、日を改めて書こう。

*****

先週のバイブルスタディのとき、ゲイルが言った。「旧約聖書のなかでは、神様が人々に直接語る場面がたくさん出てくるけど、どうして現代の私たちにはもう、そんなふうに分かりやすく語ってくれないのかしら?」するとデイビッドが答えた。「アブラハムはどんな聖書を持ってた? モーセはどんな聖書を持ってた? 彼らには、今日の僕たちが持っているような聖書はなかったんだよ。神様が異なる方法で彼らに語ったのは当然だと思わないかい?」 唸るゲイル。デイビッドは続けた。「今日、僕達に必要なことは、全てこの1冊のなかに書かれているんだ。だからこそ、僕達はこうして聖書を学ぶんだよ。そうだろう?」

アーメン、聖書のことばはすでに完成している。書かれた聖書のことばの領域に留まることの大切さ。 今日、私たちに聖書が与えられているとは、なんと言う祝福、なんという特権だろう。 

神のことばとは、すなわちイエス様ご自身のことでもある。

初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。(ヨハネの福音書1:1)

また、私は開かれた天を見た。見よ。白い馬がいる。それに乗った方は、「忠実、また真実」と呼ばれる方であり、義をもってさばきをし、戦いをされる。その目は燃える炎であり、その頭には多くの王冠があって、ご自身のほかだれも知らない名が書かれていた。その方は血に染まった衣を来ていて、その名は「神のことば」と呼ばれた。(黙示録19:11ー13)

神のことばに留まるとは、イエス様ご自身に留まることであり、神のことば以外のものを自分の拠り所とするために欲するとは、イエス様以外のものに拠り所を求めようとすることと同じだと思う。

(もちろん、神様は聖書のことば以外のものを通して私達にお語りになることはあると思う。時にはメッセージを通して、時には友の言葉を通して、時には状況を通して、時には御霊の賜物を通して、などなど。でもどんな場合でも、本当に神様によって語られたことならば、それが聖書の言葉に矛盾していることはあり得ない。何ごとも最終的には聖書に戻って吟味されるべきだよね?)

*****

主よ、あなたを礼拝します。礼拝します。礼拝します。

あなたの御言葉に留まります。私の理性がなんと言おうと、私の感情がなんと言おうと、私の言葉がなんと言おうと。

あなたは偉大なる「わたしは在る」というお方。そのあなたが語られた御言葉に留まります。

*****

M田さんが送ってくださったホープチャーチ(スティーブ・ケイラー牧師)のライブワーシップCD、とても素晴らしい。聞いているだけで神様のご臨在のなかにすっぽり入っていける感じ。オリジナル曲も何曲かあって、それがまた素晴らしい。

「♪われらが衰え、ただあなただけが、栄光受けますように…!」

2003年1月28日

昨年暮れに、『聖書預言の旅』(明石清正著 リバイバル新聞社)という本を読んだ。タイトルが示す通り、創世記から黙示録まで聖書全巻に記されている預言を追っていったものだ。 著者の「明石清正」さんとは、私もいつもお世話になっているロゴスミニストリーズ主幹のきよきよさんのこと。きよきよさんは、米国カルバリーチャペル・コスタメサ(チャック・スミス牧師)の付属の牧師訓練校で学ばれた。チャック・スミス師といえば、聖書を丁寧に講解する説教で有名な方だと思うが、その師のもとで学ばれたきよきよさんもまた、いつも私たちに聖書の言葉をとても分かりやすく教えてくださる。

きよきよさんは、本書の第一章のなかでこのように言っておられる.。

私は、聖書を教える時、聖書を読む時に気をつけなければいけない点をよく話します。それは、「聖書は一つの書物として読んでいかなければならない」ということです。普通、本を読む時、その本の「はじめに」から読み始めて、第一章から順番に読み進め、最後の結論まで読み、そして「あとがき」を読みます。そして著者が言わんとしていることを理解し、内容を把握します。けれどもどういうわけか聖書を読む時に、どこか一つの聖句を取り上げて、それで満足しがちです。それはあたかも、本の一部を読んで全体を知ったかのように勘違いしてしまっているのと同じです。このようにして私たちはよく、聖書の著者である聖霊ご自身の意図を履き違えます。ですから、聖書も普通の本と同じようにして読んでみてください。最初から順番に論理をおって読むとき、さまざまな発見をすることができます。(15、16ページ)

そうは言われても、こんなに分厚い聖書をまさか一気読みは出来ないし… そう思うのが普通でしょう。 でも、一気読みは出来なくても、聖書とは旧新約の全66巻を合わせて一つの書物であり、そこには最初から最後まで一貫したテーマがあるのだと知ったうえでそれぞれの箇所を読むのなら、書かれている御言葉を理解するうえでどれだけ助けになることだろうか。『聖書預言の旅』は、私たちにまさにそのような助けを与えてくれる本だと言える。この本を読み終わったとき、旧約聖書と新約聖書とはバラバラの二冊の本ではなく、両方合わせて初めて完成した一冊の本なのだということが、実感をもって感じられた。旧約聖書と新約聖書が互いにどのように結びついているのか、知識としてではなく肌で感じられた。それはまるで、バラバラの各66巻が寄せ集められてゴムで束ねられていただけだったものが、一本の太い糸でギュッと綴じられ、結びあわされたかのような感触だった。

『聖書預言の旅』と言うからには当然、聖書のなかに出てくるさまざまな預言について触れられているのだが、それは単に「バビロン捕囚について聖書のこの箇所で預言されていたことが、その通りに成就しました」とか「イスラエル国家の再建についてこの箇所で預言されていたのが、その通りに成就しました」というように、歴史的事象に関する預言とその成就を表面的なレベルで見るのではない。むしろ歴史を超越した(けれども歴史のなかで少しずつひも解かれていく)一貫した「神様の御計画」という見地から解説されている。

たとえば、少し長いですが、私の心にグッときた箇所を引用すると…

聖書の時間空間

アブラハムにしてもイサクにしても、そしてヤコブにしても、神の約束が自分の時代ではなく、はるか遠くの未来に起こることであったにも関わらず、あたかもそれが今現在に与えられているかのように受け止めていました。神の断定的なことばを、そのとおり受け止め、そのことばに従って決断し、行動したのです。例えば、アブラハムに土地の所有が約束されましたが、実際に所有した土地は、ヘブロンの町の中にある、妻サラと自分の墓になるマクペラのほら穴と畑地だけだったのです。けれども、アブラハムは、自分には大きな相続があることを信じて疑いませんでした。

このように神は、ご自分のうちで完成されたこと、永遠のご計画の中ですでに行なわれていることをお語りになりますが、そのことばを受け入れることを「信仰」と呼びます。約束の先取りをして、あたかも別次元からやって来た宇宙人のように、この地を歩んでいるのが信仰者です。信仰をとおして、すでに完成された霊的現実をこの地上の歩みの中でも経験していきます。人間の地上における時間空間は、一つひとつ事象を積み上げて最後に完成するように進んでいますが、神の時間空間は、完成したものを解きほぐして、人に理解できるように、時間を追って啓示するかたちになっています。(第二章 35、36ページ 太字 はちこ)

それからもう一ケ所。

機軸はイスラエル

聖書の初めの書物、創世記におけるアブラハムへの約束の実現が、聖書預言の実現であることがご理解いただけたでしょうか。それは土地、民族、国についての預言であり、これらすべては、メシヤをとおして成就されます。そして、このアブラハムの約束が実現するときに、「地上のすべての民族はあなたによって祝福される」という神のみこころが成るのです。

このように見ていくと、おのずと何を軸にして世界を見なければいけないかが分かります。そうです、「イスラエル」がキーワードです。人はとかく、自分中心に物事を見がちです。日本人であれば日本を中心に、クリスチャンであれば教会を中心に物事を見てしまいます。しかし、聖書を信じているならば、あるいは聖書を理解したいのであれば、自分ではなく、神が何をお考えになり、ご計画を立てておられるかをまず知る、神中心の見方が必要です。よくユダヤ人は「世界の日時計」と呼ばれますが、それは、アブラハムへの神の約束のゆえんです。彼らが今、聖書預言のどの地点にいるかがわかれば、人類の歴史において、神のご計画がどこまで進んでいるかを知ることができるのです。(第二章 49、50ページ 太字 著者)

そしてこの後、預言がどのように発展し、成就し、完成されていくのかが論じられていく。それは決してセンセーショナルではないけれど、息を飲むほどにエキサイティングだ。クライマックスは主の再臨、聖書のなかでくり返し語られている御国(千年王国)の実現、そして天のエルサレム(新天新地)の到来…

また、私にとって非常にインパクトが強かったのは、この本の一番最初で、テサロニケ人への二つの書簡は「イエス・キリストの再臨」がテーマになっていて、テサロニケのクリスチャンたちは主の再臨を前提として生きていたゆえに、彼らの日々の歩みがいかに喜びに満ち、また実り多いものであったかが指摘されていたこと。私はこの頃、ちょうど『神からの報い』を翻訳し終えて一息ついていた時だったが、『神からの報い』のなかでもイエス様の再臨はメインテーマだった。だから私は「イエス様がもうすぐ報いをたずさえて帰って来る」という事に何度も思いを巡らせていた。さらに、きよきよさんの本を読んで「おおっ!」と思っていた矢先、うちの教会のクリスマス礼拝のメッセージが、イザヤ書11章からで、預言の成就としてのイエス様の誕生と、さらに待ち望むべき希望としての主の再臨がテーマだった!

後に私たちを待っているものは、神様がご計画しておられることは、本当にものすごいものだ。神様がそれらのご計画を、2000年も前から聖書を通して私たちに顕わしていて下さったなんて!

著者きよきよさんは言う。

本書では、第二章以降でクリスチャンの希望である主の再臨を説明し、その骨格を明らかにしていきます。その結果、テサロニケの人たちと同じように、私たちの生活から、実際に聖霊の実が結ばれることを期待します。苦しみの中にあっても忍耐する力が与えられ、深い慰めが与えられるようになることを願います。また読者の中で、クリスチャンでない人がいるかもしれません。その方々には、イエス・キリストの福音が、単なる気休めではなく、実質をともなった希望に裏打ちされていることを知っていただく機会になればと思います。(22、23ページ)

ああ、私もテサロニケの人々と同じように、イエス様の再臨を希望として、日々歩んでいく者になりたい。多くの示唆と洞察を与えてくださったきよきよさんに心から感謝。この本が主のご栄光のために大いに用いられますように!

『聖書預言の旅』出版のお知らせ (ロゴスミニストリーズのHPより)

リバイバル新聞 書籍案内ページ『聖書預言の旅』

2003年1月29日

ケンスケが階段から落ちた。いつかはやるだろうと思っていたら、ついにやった。うちは地下室に洗濯機と乾燥機があるが(アメリカの古い家ではよくある配置)、その時私は乾燥機からテーブルクロスを出してたたんでいるところだった。すると背後で音なき音が聞こえたというか、気配を感じたのでハッとふりむいたら、ケンスケがゴム人形のようにバウンスしながら階段を転がり落ちていた。体が横になった状態で転がるのでなく、縦に(と言えばいいのだろうか)転がっていたので、首の骨を折るんじゃないかと一瞬ぞっとした。すぐに階段を駆け上がり、3分の2くらいまで落ちたところをキャッチして抱きかかえた。首も頭も大丈夫だったようで、ケンスケはほっぺたを押さえながら大泣きしていた。ほっぺたが赤紫にはれていた。でもすぐに泣き止んだので、アイスパックをしばらく当ててあげて、あとはそのまんま。今も赤く腫れたままで、本人は指さしながら「いたいー」と言っているけれど、大事に至らなかったのでよかった。

実は約5年前に、生後8ヶ月のま〜やが同じ階段を落ちている。ま〜やの時の方がもっと危なくて、彼女は赤ちゃん用の歩行器に乗ったまま転がり落ちた。歩行器は、階段はもちろん、段差のあるところでは絶対に使ってはいけないと聞いていたけれど、その階段にはドアがついているので、閉めておけば大丈夫と思っていたのが甘かった。やっぱり閉め忘れてしまうことがある。歩行器に乗ったまま赤ちゃんが段差を転がり落ちて、大怪我をしたり、時には命を落とすこともあるらしい。あの時のま〜やは、奇跡的と言ってもいいほどに、おでこにかすり傷をつくっただけだった。でも歩行器はその日のうちに処分した。

2003年1月30日

ま〜やは今日、歯医者さんへ行った。乳歯の奥歯にクラウンをかぶせてもらった。まだ5歳だというのに、これは親の責任だ…

思えば、イギリスでの1年間は私たちにとって本当に素晴らしい体験だったけれど、保険制度に不馴れだったためにま〜やに十分な歯の治療を受けさせてあげられなかったことだけが残念だった。小さな虫歯が出来た時点で連れて行ったイギリスの歯医者さんは「まだたいした虫歯じゃないから、痛み始めたらもう一度来て下さい」といって、何にも治療してくれなかったのだ。次に連れていった歯医者さんは、日本なら30年前かといった感じの時代遅れな治療室で、簡単な応急処置しかしてくれなかった。「これ、長もちしないけど、続きはアメリカに帰ったらやってもらってくださいね」と。帰国が迫ってきた7月頃、シカゴに帰ったらまっ先にま〜やを歯医者に連れていかなくてはと、インターネットでシカゴの私たちのかかりつけの歯医者さんの電話番号を調べ、国際電話をかけて予約をいれた。それでも、9月まで空きがなく、随分長く待つ羽目になってしまった。

そうこうしているうちに、ま〜やの虫歯はすっかり進行してしまい(本人が痛みを感じていなかったのは奇跡だけど、逆にいえばそのせいで私の対応も遅れてしまったのかもしれない)、乳歯だというのに根幹治療をしてクラウンをかぶせることになったのだった。

今日のま〜やは泣いた、泣いた。泣き叫んで、しまいにはストライキの体制に入り、口をキッと閉じたまま開けてくれなくなった。(苦笑) なだめすかして治療を最後まで受けさせるのは大変だった。全部で1時間半かかった。その間ケンスケはと言えば、最初は緊張して私にしがみついていたものの、だんだん慣れてきて我が者顔であたりを闊歩し始め、看護婦さんたちに遊んでもらい、最後には退屈して床の上にゴロゴロころがっていた。

無事クラウンが入った後、ま〜やは手鏡を使って口の中を覗き込み、すっかり御満悦。銀歯なんか入っちゃって、大人になった気分… だったのだろうか。「明日は学校でShow and Tell (註)があればいいなぁ、そしたらこの歯を見せる!」とまで言っていた。

(註:Show and Tellとは、(説明の仕方・話し方の練習のために)生徒が珍しいものや自慢の持ち物を持って来てみんなに説明すること。英辞郎より)

一方、エミとみんは今日は二学期の成績表をもらって来た。二人とも先学期に続いてストレートA。 夕食の時、エミが「エマもストレートAだったんだよ」と言った。親友のエマと成績表の見せっこをしたらしい。二年前からこの日記を読んで下さっている方は覚えていらっしゃるかもしれないが、あの頃エミは友だち関係がうまくいってなくて、とても辛い日々を送っていた。傷付いた心を抱えたままでの渡英だった。幸いイギリスでは友人関係が祝されとても感謝だったが、アメリカに戻って来てからは、また元の木阿弥になるのではないかという不安が少なからずあった。実際、新年度が始まった9月頃は、同じクラスに知っている女の子が誰もいなくて、エミにとってはなかり厳しい中学生活の始まりだった。でも神様は私たちの祈りを聞いてくださり、エミにエマという友だちを与えてくださった。二年前の胸の痛みを思うと、本当に感慨深い。あの頃、私と一緒にエミのために祈ってくださっていた皆さん、本当にありがとうございます。

何だか感謝が溢れてきて、私はしみじみとエミに言った。「ママはね、あなたがストレートAを取ったことよりも、あなたにエマのような仲良しのお友達が出来たことの方が、ずーーーっと嬉しいよ。」エミも嬉しそうににっこりうなづいた。

そうそう、エマといえば、今日、スペリングビーの学年決勝大会があり、エマが優勝したそうだ。エミもとっても嬉しそうだった。最後の二人に残ったのがエマと、学年一の秀才と名高いマイク・なんとかスキーという男の子(モンスターズ・インクに出てきそうな名前)だったらしいが、エマが見事マイク・なんとかスキーを破ったとき、マイクは悔しさに泣き出してしまったんだそうだ。なんだかいいねぇ、そういうの。何ごとも、一生懸命頑張るっていうのは、いいことだよ。

さて、明日の夕方から二泊、エミとみんはイリノイ州のアッセンブリー教団が主催する女の子だけのウィンターキャンプに参加する。場所はウィスコンシン。主の守りと祝福が、参加する全ての女の子たちの上にありますように。

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