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2005/03/26

歌の調べをこえて[音楽]

 速報になりますが、新国立劇場バレエ団「カルメン」(石井潤振付版の世界初演)公演は、ぜひご覧いただきたいと思います。金曜日の初日を観てきましたが、素晴らしい舞台の誕生に拍手。チケット入手が困難ですけれども、頑張って確保する価値おおいにあり。本公演についてもおいおいご報告できればと思います。


 これまた1週間以上経ってしまって恐縮ですが、水谷川優子(みやがわ・ゆうこ)チェロ・リサイタル(2005年3月17日/紀尾井ホール)を聴かせていただきましたので、印象のメモなどを。ピアノはアルバート・ロト。

 うまいプログラムだなぁと思ったのですが、まずとっぱなに、ベートーヴェンの《「魔笛」より「恋人か女房か」の主題による12の変奏曲》で場内をあっためて、次に20世紀を多様式で生き抜いた作曲家クルシェネク(クジェネーク)の「無伴奏チェロ組曲」で、チェロに託した表現の幅をあからさまにしてみせる。そして前半の最後は古典中の古典、ベートーヴェン「チェロ・ソナタ第3番」。

 休憩をはさんで、2月に発売されたアルバムのタイトル曲にもなった、ブラームスの歌曲《歌の調べのように》、そして《野にひとりいて》。この小品ふたつに続いてメインは、ショスタコーヴィチ「チェロ・ソナタ」。チェロ曲の王道を骨太におさえつつ、珍しいプログラムもはさんで個性のさまざまを聴かせてくれる、巧みな選曲です。



 最近、水谷川さんにインタビューした折(記事は『音楽の友』3月号に掲載)、短い誌面に掲載しきれなかったのが残念だったけれど、実はインタビューの多くを割いて、クルシェネクとショスタコーヴィチの話を細かく伺いました。
 特に前者は、作曲家自体が日本でちっとも紹介されない人で、中でも《無伴奏チェロ組曲》は本当に弾かれない。音源もカルットゥネン盤[Finlandia]くらいしか見当たらないし、楽譜[G.Schirmer]の入手が困難(たまたま私は再版時に入手しましたが、あっという間に再び絶版状態になったらしく、水谷川さんも入手にご苦労されたとか)というのもあって、ただでさえ紹介されない作曲家の中でも、特に演奏されないひとつ。今回は貴重な実演の機会となりました。

 水谷川さんにインタビューした時、クルシェネクの曲について伺ったお話をご紹介しておくと、
 「弾いてて一番楽しいのは、確かに根本には十二音音楽っていうものがあるんだけれども、弾いてる側にしてみたら、それ以上にすごく人間的なんです。頭だけでできている十二音ではなくて、その効果を全部こえた上にある、人間的なエモーションであるとか、そこから共鳴してくるファンタジーとか、そういうものが、弾くと開かれていく感じがするんですね。だから、がんじがらめになってる感じがあんまりしないんです」

 曲の冒頭など、十二音主題の登場のしかたはあっけらかんとした印象を受けるほどざっくりしているけれど、おかげさまで(と言っては変だが)その主題が回帰してくる構造など、明快に聴き取れるのも魅力のひとつ。「これはジョークかな、って思うような和音が突然出てきたり、独り芝居の魅力っていうのかしら」

 そんな風変わりな曲を、ベートーヴェンの有名曲に挟んでみせるあたり、とても素敵なプログラムだなぁと思いましたが、実演もとても雄弁で、音数の限られた楽譜から豊かなイントネーションを全開にした演奏は、まさにご本人いうところの「独り芝居」の魅力。5曲の緩急のなかで緊張感もぴんと途切れず、気持ちの良い時間でした。隠れクルシェネク愛好家(別に隠れちゃいないですが)としては、ここは強調して賛辞を記録しておきたいと思います。


 珍曲のご紹介に思わず字数を割いてしまいましたが、ベートーヴェンではアルバート・ロトの、大きな窓を開け放ったような自在な呼吸感(ときどき音符も風に乗ってしまいそうな)とともに、チェロが渋みを輝かせていました。ちゃんと声帯の鳴っている歌、といえばいいでしょうか。金属質のつやではなく、しっかり鳴る彼女のチェロには、誠実な手触りがあります。

 後半のメイン、チェロ好きなら一度は弾いてみるショスタコーヴィチ「チェロ・ソナタ」は、水谷川さんも学生の頃からとても大切に弾いている曲だそうで、大切なのであまり手垢がつかないようにしています、とお話されてましたが、なるほど、凛としたなかに大胆と自由とを抱いて走るような勢い、その鮮やかな葛藤が曲を掘り下げてゆく過程の緊張感が印象的でした。
 この曲、勢いで突っ走る演奏はわりによく聴く気がするんですが、水谷川さんの、響きを掘り下げてゆく演奏からは、なにかいい意味でいろいろ「ひっかかる」ものを感じました。ざわっとする、と言えば更に印象に近づくでしょうか、音楽は流れてゆくけれど、なにか言葉のようなものが残ってゆくような。
 それは歌の調べならぬ、チェロを通した「思念との対話」なのかもしれません。その一期一会感、しっかりいただきました。

 アンコールには近衛秀麿(水谷川さんのお祖父さんです)の《ちんちん千鳥》と、サン=サーンスの《白鳥》。演奏に一途な視線が光るのを感じさせてくれるこのチェリスト、今後も注目していきたいなと思っていますが、5月にまたリサイタルがあるそうです。なにか情報が入りましたら、またお知らせできれば。

posted at 2005/03/26 16:46 | 公園管理人 |