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市街地での対戦車伏撃戦術(チェチェン軍対戦車歩兵戦闘群)


・背景

1995年2月、ロシア軍はチェチェン共和国首都グロズヌイを陥落することに成功した。

ロシア軍は介入当初(1994年12月)グロズヌイを占領するのには包囲によるのではなく、行軍により可能であるとしていたが、これは失敗し以後ロシア軍は建物一軒一軒を慎重に確保することで2ヶ月後に首都陥落に成功したである。(1) しかし、最初の一ヶ月でロシア軍は225両の装甲車両を完全に喪失してしまう。これは作戦に投入された装甲車両の10.23%に匹敵する量である。ロシア軍は早速、損傷車両の内の何両かをクビンカにある試験場に送り分析した

1995年2月20日、装甲軍司令官(the head of the Armor Directorate)A.ガルキン中将は結果を発表した。破壊された装甲車両は平均して3−6発の致命的打撃をうけており、.(2)その大半が肩持ち式の対戦車ミサイルで破壊されていた。ここにはチェチェンの対戦車戦術と都市戦闘でのロシア装甲車両の弱点が示されていた。また、ロシア国防大臣もこの会合に出席し、(3) 会合の結果ロシア国防省はガスタービンエンジンを戦車に供給することをやめることにした。(4) 

 

・待ち伏せの概略図(作成中)

 

・特徴

特徴は?待ち伏せ位置を設定し?目標一両につき、5〜6個のチームを配置し、?狭い通りで行列の先頭と最後方を目標にし、?弱点部位を攻撃する点である。

 

・方法

?待ち伏せ場所の選定・キルゾーンの設定

都市内で敵装甲車両の移動を制限し、移動方向を特定させる場所を待ち伏せ位置として選ぶ。

キルゾーン(射撃位置)を車両が道をふさぐような場所に設定する。 

しばしば、行列の最初と最後の車両を破壊すれば、行列すべてが停止するような通りが選ばれていた。

?配置

目標一両につき、5〜6個のチームを地下、地上、建物の2階、3階にわけて配置する。 

?目標

行列の最初と最後の車両を攻撃目標とする。

ただし、敵の隊列に対空砲車両が随伴しているときは、優先してこれを攻撃目標にする。

?攻撃

敵装甲車両がキルゾーンに入ると、役割分担にしたがって、目標一両につき、5〜6個のチームが同時に(RPG7・RPG18がバックブラストにより射手の位置を暴露してしまうのと、再装填に時間がかかるという弊害を防ぐためである。)攻撃をしかける。

最初の攻撃が成功すると、(行列すべてが停止するので)、停止中の敵車両を順次破壊する。

また、攻撃時に、ガソリンの入った缶やゼリー化した燃料(jellied fuel)の入った缶を敵車両の上面に落とすこともある。.

役割分担:

機関銃手:敵装甲車両に随伴する歩兵を制圧し、対戦者ミサイルの発射を援護する。

狙撃手:敵装甲車両に随伴する歩兵を制圧し、対戦者ミサイルの発射を援護する。

対戦車ミサイル手:

装甲車両の弱点に照準し(主に車体上部・背面・側面)他の戦闘班と同時に攻撃する。

反応装甲におおわれた車体正面への攻撃は、射手の位置を暴露するだけであるので避けられる。(5)  

装填手兼補助射手:

対戦者ミサイル手を補助する。

対戦車ミサイル手の攻撃部位:

#弱点は両側面と背面と上面、運転手ハッチと砲塔背面と車体後部上面である。

ロシア軍はT72とT80を投入しており、最初の一ヶ月で62両が破壊された。そのうちの61両(98%)は反応装甲で覆われていない場所を破壊されていた。また、紛争初期の頃ロシア戦車は反応装甲なしで戦闘に投入された。これらはとくに正面からの攻撃にも脆弱であった。(6) 

#BMD-1は空挺部隊が使用するために開発された兵員輸送車で軽装甲である。弱点は、側面、背面、側面、上面、砲塔背面である。

#BMP2は歩兵戦闘車(IFV)なので装甲は比較的厚い。しかし、上面装甲、背面ドア内部にある燃料タンク、運転手席部分の装甲が弱点である。

BTR-70装機装甲兵員輸送車はBMDとBMPと同じような弱点を持っている。

#イラストの灰色の部分は、致命的打撃の90%以上が発生した場所である。.(7)燃料タンクとエンジンが好んで攻撃目標とされた。

 

・編成

チェチェン軍の多くの兵士はかつてソビエト軍に所属しており、ソビエト・ロシア製兵器で武装している。

この戦闘群は総勢15−20人からなり、さらに5−6個の3−4人からなる戦闘班に分割して運用されている。それぞれの班は機関銃手と狙撃手とRPG7又はRPG18対戦車ミサイルを装備する射手とで構成されており、(8)これに装填手兼補助射手がつくことがある。

編成 装備
対戦車戦闘群

対戦車戦闘班

×5−6個

対戦車ミサイル手×1+装填手×1(たまに)

RPG7又はRPG18対戦車ミサイル

機関銃手×1  機関銃
狙撃手×1 狙撃銃

#その他、ガソリンの入った缶やゼリー化した燃料(jellied fuel)の入った缶等を装備する。

 

・ロシア軍の敗因

初期のロシア軍の車両損失の原因は、その不適切な戦術、敵に対する認識不足・戦闘準備の欠如である。戦術的には、ロシアはグロズヌイを包囲して敵の増援をたつことをせず、(これは兵力の不足によるものだが)行軍戦術で首都を陥落させようとしたため、警戒を怠ったのである。結果、ロシア軍の装甲車の隊列は行軍隊形のまま、歩兵を展開させることもなく、こうした待ち伏せをうけることとなった。

また、ロシア軍戦車の主砲は地下にいるチェチェン軍対戦車班に対して無力であり、車載対空機銃も2−3階にいる対戦車戦闘班の同時攻撃に対抗し得なかった。

 

・ロシア軍の対抗戦術

そこで、ロシア軍は、

?行列にZSU23−4と2S6という装軌対空車両を配備した。(9)

?歩兵を下車随行させ、装甲車両の前方に展開させ、装甲車両を歩兵の戦闘予備・戦闘援護にあてた。

?その上で、一軒一軒、一ブロック一ブロック調整された前進を都市で行った。

?ロシアの車両のいくつかには、成形炸薬弾の防御・モロトフカクテル・爆発物を収束したものに対抗すべく、車体から25−30cm離れたところにワイヤーメッシュ上の固まりを装着した。

結果、装甲車両の損失により非常に低下した。

 

ロシア軍は今や、逆にチェチェン軍の対戦車部隊に対する待ち伏せを試みようとしようとしている。

これは

?待ち伏せ地区を設定し、

?装甲車両をおとりとして用いる

という手段である。.(10)

 


参考文献:原文:http://www.fas.org/man/dod-101/sys/land/row/rusav.htm

『Russian-Manufactured Armored Vehicle Vulnerability in Urban Combat: The Chechnya Experience』

、by Mr. Lester W. Grau、Foreign Military Studies Office, Fort Leavenworth, KS.Foreign Military Studies Office、604 Lowe Drive Fort Leavenworth, KS 66027-2322この記事は当初Red Thrust Star1997年1月号に掲載された)

注:(原文の注をそのまま転載した)

1. ロシア軍の都市戦術の変化を論じるには、次の文献が適当だろう。  "Russian Urban Tactics: Lessons from the Battle for Grozny," Lester W. Grau,Strategic Forum, Number 38, July 1995.

2. N. N. Novichkov, V. Ya. Snegovskiy, A. G. Sokolov and V. Yu. Shvarev, Rossiyskie vooruzhennye sily v chechenskom konflikte: Analiz, Itogi, Vyvody (Russian armed force in the chechen conflict: Analysis, outcomes and conclusions), Moscow: Kholveg-Infoglob-Trivola, 1995,  137.  

3. Novichkov, 138-139. マエイ、ロシュキン両将軍の言によると、同時期にロシアの前方支援部隊の整備部隊では、217両の装甲車両を修復している。また、この間、補給所所属の整備班はこれとはべつに404両の装甲車両を修復している。また"STO v Grozny" (Technical Maintenance Stations in Grozny), Armeyskiy sbornik (Army digest), December 1995, 58.によると、2221両中846両(38%)がグロズヌイを巡る二ヶ月の戦闘で一時期活動不能であったとされている。(ただしこれらは全てが戦闘が原因で生じた損失ではない)

4. Mikhail Zakharchuk, "Uroki Chechenskogo krizisa" (Lessons of the Chechen crisis), Armeyskiy sbornik, April 1995, 46.

 

5. Novichkov, 145.

 

6. Novichkov, 145.

 

7. 全てのイラストは Novichkov, 140-144.からの引用である。

8. "Pamyatka lichnomu sostavu chastey i podrazdeleniy po vedeniyu boevykh deistviy v Chechenskoy Respublike" (Instructions for unit and subunit personnel involved in combat in the Chechen Republic), Ameryskiy sbornik, January 1996, 37.

 

9. Novichkov, 123.

 

10. Sergey Leonenko, "Ovladenie gorodom" (Capturing a city), Armeyskiy sbornik, 31-35.