WEB本の雑誌これまでのログ倉庫400字書評バックナンバー

400字書評
[2002年7月]
 
掲載日 ペンネーム 本のタイトル 著者名
出版社名
注目
7/31 たくさわまさん 人間、とりあえず主義
【その他】
なだいなだ
筑摩書房
 
  「たとえば、ぼくのところに患者さんがきます。あらかじめこの病気ならこうすれば治る、と自信が持てれば問題はありません。でもやってみなければ分からないのが治療です。この薬はこれまで、同じようなケースでは効いていた。だからこの例に使ってみよう。とりあえず使ってみよう。効かなかったらその時はその時で、考えよう」と著者は『とりあえず主義』を説明する。
 その時、その時で最善と思われる手を「とりあえず」打つ。
 それが失敗したら、次にまた別の手を「とりあえず」打つ。
「絶対にこの手しかない」という考え方でなく「とりあえずこの手」という考え方。
 仕事の上でも、プライベートでも、この「とりあえず主義」というのはいい考え方かもしれんな、と、とりあえずいま僕は考えております。
 いつの間にか肩肘張って生きていた自分に気づかせてくれ、その肩からそっと重荷を取り除いてくれる。そんなエッセー集です。

7/31 葉乃香 砂の女 
【その他小説】
安部公房
新潮社
 
   砂というのは、大きさに似合わず結構、くせものだ。目に飛び込んでくると、かなり痛いし、口に入ったら、何度もうがいをしないとすっきり取れない。本当に、厄介だと思う。
 この『砂の女』は、生きるために休みなく、家に入り込む砂をかいださなければならない、男と女の話なのだが、男の方は捕らえられて強制的に、その業務をさせられているため、まさに、蟻地獄にはまった虫状態なのだ。昆虫採集にやって来たのに、自分が<採集>されてしまうという、悲しくて可笑しな皮肉。
 読んでいると、砂の脅威といったものを感じる。どんなに逃げようとしても、するするするする、指の間から砂がこぼれ落ちていくため、まったく、這い上がれないのだ。
 一粒だったら、まだ何とかなるが、大量となると恐ろしい砂、砂、砂。
 小さいからって、侮れない存在なのだ。

7/31 よっさん なんでもツルカメ(上・下)
【その他】
犬丸りん
幻冬舎文庫
 
  親からたっぷりの愛情をうけて充実した子供時代を過した人は、昔の話がうまいんですよ。知っていましたか?著者の犬丸りんさん(この本の主人公はりんちゃん)がそんな子供時代を過ごした事は間違いありません。小学生のりんちゃんは、とてもあたたかい家庭で日々の生活を送っています。また、登場人物に悪人はいません(お気楽な気分にハマりたいときにはピッタリでしょ)。心の邪気を祓ってしまいたい人やストレスを癒したい人には、ほんとうにお勧めです。小さい頃を思い出して、にこやかな気分になれるというもんさ。そういえば俺なんて従妹のお姉ちゃん(俺幼稚園、姉ちゃん小学低学年)に遊んでもらっているようで、実はパシリとして安く使われていたもんだ。その従妹は生意気にも「女性と一緒に道を歩く時には、男が車道側にいて私達を守るのよ」なんて吹き込んでくれたなあ。子供の時からそんなこと考えているなんて、女って小さくても女なんですね。
7/31 ジョニー鍋島 無境界の人
【ノンフィクション】
森巣 博
集英社
 
  雨の日曜日、なにかおもしろい本はないかなと書店の文庫コーナーで立ち読みをしていると僕の視界に強引に割り込んでくる本があった。読んだことは一度もないが、著者がSPA!に連載していることは知っていた。早速買って読んでみると、これがものすごく面白い。単なる波乱万丈のギャンブラーの生活ではない何かを感じさせる。オーストラリアのカジノの稼ぎで豪華な生活をしているその裏側にはギャンブルにしか生きられない者の本質がある。それは壮絶で孤独でヤクザモノ以上の無頼。どこにも属さない性質。そうせずにはいられない。著者がこの本で日本人とは、人間とは何ぞや、という疑問や持論を展開するのもそうした生き方に由来するものだろう。真のギャンブラーとは金を目的とするのではなく、その生き方そのものだと感じた。だが決してそれを主張しないところの気持ち。国籍を超えて、そういう人間のカテゴリーが間違いなく世界中に存在するのだ、ということを知った。

7/31 綾丸 一円大王
【ノンフィクション】
谷口英久
道出版
 
  「一円玉の旅がらす」という歌の、一円玉にも意地があるという歌詞に、とてもうなずけるものがあった。一円だって、立派なお金だ。
 一円で何が買えるかという、バカバカしくも興味深いテーマに、果敢に挑戦してみた人がいる。しかし、これにはかなりの勇気と体力を要する。
 ダフ屋、娼婦から一円で買えるか、サラ金で一円が借りられるか。本人も前日には腹が痛くなると言っているが、読む方も冷や汗をかかされる。一方で、「領収書代にもならない」と言いながら、一円の領収書を書いてくれる人たちには、世の中捨てたものじゃないという気分にさせられる。
たった一円でこんな冒険ができるのなら、一円玉の価値も多いに上がろうというものだが、あまりまねする人はいないだろうな。「実用書」に入れようかとも思ったけど、そんなわけでやはり「ノンフィクション」にします。

 
掲載日 ペンネーム 本のタイトル 著者名
出版社名
注目
7/17 葉乃香 熊の敷石
【その他小説】
堀江敏幸
講談社
 
  表題である『熊の敷石』とは、いらぬお節介が、かえって相手に迷惑をかけるという寓話を意味するのだが、私は、なぜかそのことよりも、全篇に漂っている、<親子の情景>の方にかなり、心が惹かれてしまった。
 障害のある息子と母の、穏やかだがたくましい暮らしぶり、ユダヤ人の赤ん坊を預かり、立派に育て上げたドイツ人夫婦、かつて、両親との確執に悩んでいた、世界を旅する写真家。それぞれの事情があり、問題も複雑だが、どんな形にせよ、相手を思う気持ちに変わりはなく、それらが確かに伝わってくるため、読んでいると胸が熱くなり、涙腺がゆるんでくる。
 特に、眼球を持たずに生まれた子どものため、母親が<熊のぬいぐるみ>の、あるべき箇所に×印をつけてから、そっと、傍らに置くという場面は、行為自体には衝撃を受けるが、同時に、深い愛情を感じずにはいられない。声高には迫ってこない展開でありながら、とても、大切なテーマを取り上げた作品である。

7/17 ばばつねかず 綾。ホステス、22歳。 
【ノンフィクション】
藤森直子
ヒヨコ舎
 
   藤森さんってなんて男らしい女の人なんだろう(言葉同士が矛盾し合っているけれど)とつい思わせられる。
 職業には貴賎があるなんて言いきっちゃって、自分を「賎」側に置きながらもそれにプライドを持っているし、レイプまがいのことをされながらそれに重要性を感じていなかったり、恋人(女性)と一緒にずっと暮らしていくために風俗嬢に転身してみたり。
 ホステスなんて世の中で一番「女」の部分を活用している職業に就きながら、なんて男らしいのだろう。キャバクラに通ってきている作中のどの男性よりも、ある意味雄々しく、エロエロな気がする。
 文調もあっけらかんとしていて、心地良いのだけれど、そんな強がりに似た男前の裏側に隠されているのはなんとも言えない哀愁、お水の道を肩で風切って歩いている、そんなダンディズムじゃないだろうか。

7/17 長老みさわ 飛雲城伝説  
【エンターテイメント】
半村良
講談社
 
   「飛雲城伝説」と題されたこの未完の大伝奇小説は半村良にとっての「理想郷(ユートピア)伝説」だったのではないだろうか。
 既刊の3巻(孤児記・女神記・東西記)に雑誌掲載で単行本未収録だった分(神代記の冒頭)を加えて800頁に及ぶ長編はまだ序章がおわっただけの感がある。
 冒頭は日本の戦国時代とよく似た、とある国での士族、狩原家の娘”鈴女”とその鈴女が拾い親となって面倒を見、育てた捨丸こと義虎とを中心にすえた本格な時代小説に思えるが、理想を求めて、意にそぐわない戦いを続けるうちに天下国家を向こうにまわして戦いを挑むにいたり、中央の神々と辺境の神々との壮大な戦いの戦端が切って開かれるところで突然に未完で終わってしまう。
 その「理想」とは何か。それは半村良が数々の作品で糾弾しつづけた社会の構造へ対する不平等・不誠実のない世界を構築すること。
 農民や商人が簒奪されることのない社会。戦争のない社会。支配するものと支配されるもののない社会。
 主人公たちは、そんな社会を実現するべく中央に対して戦いを挑む。
 この物語が未完に終わっているというのはつまり、理想の社会を築くことなどは斯様に困難なことだということを思わせてならない。
7/17 よっさん 刑務所の中
【ノンフィクション】
花輪和一
青林工藝社
 
  この本は俺の持っている刑務所のイメージを見事に覆してしまった。なんといっても刑務所を、懲罰を受ける場所ではなく生活する場所として描いてしまったのだ。さて、刑務所の朝は早い(朝6時40分起床)、寝るのも早いけどね(夜9時就眠)。食事は麦混じりご飯&栄養バランスの取れたオカズ、そして作業労働(免業日まである)、酒タバコ禁止。娑婆より健康的ともいえる。そのうえ金も必要なし、へたな物欲もなくなるというものさ。よ〜し、これで刑務所の基礎知識が習得出来てよかったよかった。なにか間違いをしでかして入ってもやっていけそうだ(おいおい)。と・・・勘違いさせるほどに「塀の中のぬるい生活」が描かれているけど、実際のところどうなのか?そして、細部まで描き込まれたハイパーリアルな絵(作者は写真的記憶の持ち主か)。内部の造作はその絵のとおりなのか?なんて具合に、自分で経験しなけりゃ分らない疑問が残ったのでした。
 
掲載日 ペンネーム 本のタイトル 著者名
出版社名
注目
7/9 ジキル 愛はひとり
【その他】
姫野カオルコ
集英社文庫
 
 黄昏のベイエリア。ポルシェのリクライニングシートから見る空は、サンルーフのフレームで切り取られた、二人だけのスクリーン。もうすぐ上映時間なのに、彼は私に目をつぶれと言う。私、知ってた。今日のロードショーのタイトルは「星とキス」。彼の唇が私の唇に触れた時、私の胸は輝く星でいっぱいで・・・と、こういうスカした文章をスカ文と言いいます。私にさえすぐ書けます。ちょっとお洒落なアイテムと単語の組み合わせでいいわけですからね。星とか涙とかキスとか雨とか・以下略。こういう単語をスカ単と言います。高級寿司屋で香水ぷんぷんのおネエちゃんが、ロレックスぎらぎらの社長と食べるのは・・スカトロ。アァ、四百字しかないのにこんなこと書いてる場合じゃない。しかし、姫野カオルコはスカした文章が大っ嫌い。本書はそういうスカ文に鉄槌をくだす硬派の職人技。タイトルや少しフェミニンぽい著者名にだまされちゃいけませんよぉー。


7/9 よっさん ルート225  
【青春小説】
藤野千夜
理論社
 
  なんの理由もなく、パラレルワールドに迷い込んだ中学生の姉弟の物語。本当の世界と連絡を取る方法は、特定のテレカを使った電話のみというわけ。
ところが、いくら別の世界に来てしまったとはいえ、生きていかなければならない。そうなると、別の世界に来てしまったという異常事態より、大切なのは繰り返される日々の生活(うだうだと悩む事柄さえも、以前の世界と同じレヴェルに収まっていく)。
少しぐらいのパラレルワールドなんて、若さの前では、日常のちょっと大変な程度の事件になってしまうのか。二人とも、手探りをしながら新しい世界に適応していくのさ。
この物語のように、現実の世界なんてころりと変わっても不思議ではない今日この頃。たまにはこの俺も、違う世界に迷い込んでみたいぜ!とも思うが。その場合には、いずれ路頭に迷う寂しい俺の物語になってしまうでしょう。

7/9 atsuzo 晴子情歌  
【その他小説】
高村 薫
新潮社
 
  こんなにも読み終えるのに時間のかかった小説は久しぶりだった。ページ数も多く、旧仮名遣いなのも影響しているが、なんといっても主人公達の情念が渦巻きながら行間から滲み出てきて、それをかきわけかきわけ読まないといけないので、なかなか進まないのだ。
登場人物のほとんどが性格破綻というか、よくもグレたりキレたりしないで生きていられるもんだと思うが、そんな彼らが自分の人生に真正面から立ち向かう姿には感動した。戦争前から戦後、高度成長の始まる頃までの日本の姿を鋭角的に切り取った作品として、小津安二郎の映画を反対側から見たような気分がした。読後の充実感というか達成感は、はんぱじゃないです。
7/9 ぞう 富士日記  
【ノンフィクション】
武田百合子
中公文庫
 
  母が送ってきた本。上中下の全三巻。百合子さんは作家武田泰淳の奥さん。これは二人が建てた富士山麓の山小屋の生活を、旦那さんの泰淳さんに勧められて書き始めた彼女の日記。日記だし、旦那さんは作家でも、百合子さんはただの奥さんだったから、先で本になるなんて思わずにただその日の買い物やら、食事の献立、道ばたで誰に会って、どこに散歩したかなど、毎日そんな事がずっと書いてあるだけ。それなのに、私ははいりこんでしまった。四季のないロサンジェルスにいて、私は百合子さんと一緒に、富士山麓の芽吹きの春を、車のエンジンが凍る冬を、台風の夏を、黄金色の秋を生きてしまった。百合子さんと一緒に、朝からコンビーフやカレーライスを食べて、ベーコンの入った不思議な湯豆腐を食べて暮らしてしまった。うぐいすの声。私の生まれた頃の昭和の日本。百合子さんがもうこの世にいないことが淋しくて淋しくて、読み終わって少し泣けた。
7/9 葉乃香 仰臥漫録 
【その他】
正岡子規
岩波書店
 
  「ちょっと、これすごいんだよ」と以前、友人がぺらぺらっと見せてくれた時、確かにすごすぎて、なんなんだこれはぁぁと驚愕したのを覚えている。
 そして最近、あらためて、購入して読み終えたのだが、当初受けた印象と変わらず、いや、それ以上のインパクトがあるように、感じられずにはいられなかった。
 この『仰臥漫録』は、カリエスに罹り、寝たきりになった正岡子規の、闘病日記みたいなものだが、全篇、貫かれているえげつないほどの、「食欲旺盛さ」にはもう、読んでいる方が、具合悪くなってきそうなのだ。
 毎食ごと、粥の三、四椀から始まり、カレーライス三椀、うなぎ蒲焼七串、鳥丸焼き三羽、スイカ十五切れ、おやつに、菓子パン、煎餅などを十個ほど食べ、その後に、下痢、嘔吐、絶叫を繰り返すため誠に、壮絶極まりない病床風景としか言いようがない。
 なぜ、こんなにまで食べるのだろうか。人間の生命欲には、感服はするけれど……。
 併せて収められている俳句の数々が、かすんでしまうくらいの「ド迫力随筆」である。
7/9 もな 介護と恋愛
【その他】
遙洋子
筑摩書房
 
  恋と痴呆はちょっと似ている。どちらも現実から逃避して幻想の中に身を置くという意味においては・・・。前者は自分の意志で現実に戻れるが、後者は神のみぞ知るという違いはあるにしても。自分の恋と父親の痴呆を同時に体験した筆者のいささかヤケクソ気味のエッセイ。なりふり構わず自らを娼婦呼ばわりする度胸に恐れ入った。女の愛嬌を武器に娼婦よろしく男の愛の契約(結婚)を勝ち取ったつもりでも、ハッピーエンドが怒濤の家庭内労働の入り口だと誰が想像するだろう。妻という名の家政婦極めつけは親の介護だ。このカラクリで連綿とこの国が存続してきたことに気づいたとき女たちの悲鳴と恨みが胸に迫る。「世間様に顔向けできない」と親が泣こうが、女友達に「結婚っていいものよ」と薦められようが、並大抵ことでは踏み込めないと筆者は呟く。こんな素朴な思いが、少しずつ世間を変えていくと思った。いや願った。

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