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スポーツフロンティア

マンガの力(3) キャプテン翼の「洗脳」(上)

2007年11月10日

 週刊ヤングジャンプ(集英社)で連載しているサッカー漫画「キャプテン翼GOLDEN—23」はいま、日本のU22代表が五輪アジア予選を戦っている真っ最中だ。

 主人公でスペインの名門バルセロナでリーグ得点王を争う大空翼は招集されていない。作者が翼を登場させない理由は、予選突破は当然で、五輪本番に温存しているとも推察できる。「たしかに、現実の世界で五輪出場は、もう当たり前ですからね」。作者の高橋陽一は苦笑する。

 くしくも、北京五輪をめざす現実のU22代表も4大会連続出場への正念場。反町監督は「予選突破は当然」という世間の重圧にさらされている。

 「キャプテン翼」の連載スタートは81年春。日本は銅メダルに輝いた68年メキシコ五輪以降、五輪出場すらかなわない冬の時代だった。

 78年のワールドカップ(W杯)をテレビで見て夢中になった高橋は「サッカーの魅力を読者に伝え、日本のサッカーを盛り上げたかった」と描き始めた動機を語る。「いきなり日本がW杯で活躍するのは非現実的なので、小学生のころから描くことにしたんです」

 「日本をW杯で優勝させる」。翼の壮大な夢に洗脳された少年たちが日本中にいた。川口能活は漫画に登場するGKの若林源三、若島津健らをまねて、家のソファで横っ飛びのセービングに明け暮れた。中田英寿は翼の代名詞、オーバーヘッドシュートを練習した。彼らが28年ぶりに出場した96年アトランタ五輪でブラジルを破り、97年に悲願のW杯切符をつかむ。

 「スラムダンク」が生んだバスケット人気は一過性だった。サッカーは漫画との相乗効果で、普遍的な人気を手にした。

 日本サッカー協会会長の川淵三郎は述懐する。

 「僕だって少年時代は野球少年。昔は運動神経のいい子はみんな野球に流れた。キャプテン翼のおかげでサッカー少年が飛躍的に増えた。もし、翼が世に出なかったら、日本サッカーの発展は遅れていたかもしれない」

 単行本の第1巻で、翼が母に素朴な疑問を投げかけるシーンがある。

 「お母さん、どうして日本はサッカーがそんなにさかんじゃないの」「世界で一番人気のあるスポーツなのにね。ちょっとおかしいよ」

 連載が始まった81年当時、日本協会に登録していた小学生は11万人台。連載が終わった88年は24万人と、2倍以上に増えていた。〈敬称略〉

   ◇

 キャプテン翼 「週刊少年ジャンプ」(集英社)で81年に連載開始。「世界一の選手になること」を誓った大空翼が仲間とともに小学生、中学生で全国優勝。さらにジュニアユースの国際大会で優勝するまでの成長を描いた。

 「ワールドユース編」「ROAD TO 2002」と続編が生まれ、現在連載中の「GOLDEN—23」は05年に始まった。単行本と文庫本の国内発行部数は約7000万部。

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