運命 - 第1話

第1話・第2話第3話

by マイケル・G・ライアン
Translated/Compiled by YONEMURA "Pao" Kaoru


 ジェラード艦長は、「私は運命というものを信じていない」と言い切った。

 ウェザーライト号は、全てが死の色の赤と黒で塗りつぶされた、地獄のようなラースの世界を航行していた。クルーの中には上陸を強行しようという短気な者もおり、その中でもクロウヴァクスは血の色の恐怖に塗りつぶされた運命に一人囚われているという考えに堪え切れなくなっていた。

 ジェラードに対するクロウヴァクスの反問は唸りを上げるラースの熱風にかき消され、「しかし……避けがたい」という言葉だけが辛うじて聞き取れるだけだった。

 「お前の信じるものを信じればいい。私は私の道を行く」と続けるジェラードに、クロウヴァクスは「誰かがあなたの道を決めたらどうしますか」と食い下がる。

 ジェラードはその問いを聞いて剣の柄に手をかけ、「その道とやらを叩き斬るだけのことさ」とにやりと笑ってみせた。

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 空から彼らへと向かってくる、かつて気高かった存在は、今も外見だけは優美なままだった。翼は曲がって折り畳まれ、ラースの赤黒い空を背景に雪のように白く輝いていた。その剣が彼らに向けられていなければ、彼女は女性的な優美さでの開放と夢を携えた天からの使者に見えたに違いない。

 「セレニア」

 クロウヴァクスはその天使の名を囁いた。彼は、ジェラードがシッセイ艦長を探す範囲を広げていたために辛うじて見つけることができた、エヴィンカーの山の最奥にある、ヴォルラスのドリーム・ホールを渡る石の橋を一列縦隊で進むウェザーライト号からの救出隊の二番手に位置づけられていた。虚無の中、漆黒にかかる橋が弱者以外の侵攻を妨げる。ミリーはスタークのすぐ後ろを進むと強く言い張り、クロウヴァクスは彼女の後ろについて行くことになった。最後尾にいるジェラードの指令は、ミノタウルスのターンガース、そしてゴーレムのカーンへと囁きで伝えられた。だが、その前方のことに気を取られていたクロウヴァクスには届かなかった。予想外の天使の訪れに、クロウヴァクスは歩きながら呆然となってしまっていたのだった。

 スタークはセレニアの不意打ちから逃げるべく走り回り、ミリーは激烈にうなり声を上げる。彼女の鼻は低く引き締まり、ネコの特徴である牙と戦いの激怒を顕にし、彼女の目はほとんど目に見えないほどに細められた。その一方で、スタークの顔色はますます青ざめていった。

 「逃げなければ」というスタークに、「どうせ走るなら前にしなさい、臆病者め」とミリーが答える。

 髪を乱す熱い下層流に乗って、クロウヴァクスの声が届く。

 「彼女は私に向かってきているようです」

 それに答えて、「あなたを殺しに来たっていうの?」というミリーの声。

 まさしく、闇の天使は鎧にして剣である翼をはためかせ、腕の延長である刃をきらめかせて彼らへと舞い降りてきた。クロウヴァクスの言葉は誤りではなかったが……スタークやミリーは、クロウヴァクスを狙うセレニアの射程範囲に巻き込まれていた。そして、臆病なスタークは悲鳴をあげ、ひっくり返ってしりもちをつき、セレニアの翼のはためきから何とか逃れた。一方のミリーは剣を振るい、セレニアの美しいブーツを際どいところで躱す。

 「子猫ちゃんの爪ね」歌うように言うセレニアの声は、クロウヴァクスの鋭い呼吸に途切れ途切れになる。ミリーはそのどちらによっても動かなかった。彼女は狭い橋の上で方向を変え、底なしの空間に一瞬だけ足を踏み出し、そして再び天使に切りつける。彼女の鋭い周辺感覚は、ジェラードとターンガースがこの突然の乱闘に切り込んでくることを掴んでいた。

 セレニアはクロウヴァクスにさほど集中することなく、周りの不注意に気付いていた。バックスイングでミリーを捉え、叩き落とす。腹部の毛皮を切り裂かれ、大量の血を溢れさせたミリーに、セレニアは間髪を入れずに追い打ちを決める。バックスイングの反動でバレリーナのようにくるりと回り、優美な剣をミリーに突きつけた。

 「もう」クロウヴァクスはうめき声を上げ、武器を高く投げ出すように掲げた。「もうやめてください。あなたがそんなことをするのを見るために、来たわけではないのです」

 時間流の一つでは、セレニアは彼女の出生について語り、彼女が帯びている呪いが、恋人の間に共有される、珍しくも危険な病気のようなものであるということを仄めかし、その結果、クロウヴァクスの運命も変わっていたかもしれない。しかし、今この時間流においてはそうではなかった。彼女はたやすく彼の剣を叩き落とし、彼女の剣で彼を貫こうと狙いを定めていた。一方のクロウヴァクスは、背後から轟くジェラードのときの声に耳を塞ぎ、セレニアの全ての選択を運命と受け入れるべく目を閉じていた。

 「もう……」

 呟くクロウヴァクスの耳に、彼の愛する天使セレニアによる葬送歌が響き渡る。しかし、それはすぐに怒りと苦痛の咆哮にかき消された。ミリーがセレニアの背後で起き上がり、喚き散らしながら一気にセレニアの翼に切りつけたのだ。クロウヴァクスが目を開けたときには、もうセレニアの姿は失われていた。セレニアの翼から散った羽根は雪の結晶のように砕け散り、彼女の回りにあった白と黒のマナの輝きはゆっくりと消えていく。彼女の瞳は苦痛と後悔に満ち、彼女の腕は結婚の約定を受け入れるかのようにクロウヴァクスへと伸ばされていた。ほんの一瞬、絶望のなかで、彼と彼女は触れ合った。しかし、クロウヴァクスが手にしたのは、生命を失った羽根だけだった。

 セレニアが去り、失われ、あるいは消滅した後、クロウヴァクスは、それすらも融け去りつつある羽根を抱えたままでミリーに向き合った。ミリーは天使に死の一撃を加えた剣を下ろし、大きく息をついた。彼女の腹部を血液が流れ落ちていった。

 「彼女はアンタを殺そうとしてたわよ、このバカ」

 ミリーは橋の縁ぎりぎりでよろけながらそう言い、天使の消えた後に残る白と黒の光をじっと見つめていた。

 「それでもよかったんだ」

 「……私はそうは思わないけどね」

 クロウヴァクスの囁きを、ミリーははっきりと否定した。


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