そして電車は行く: 序破急

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ユリイカ 2001年8月臨時増刊号「千と千尋の神隠し」の世界 より
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宮崎駿、老いてますます盛ん!?

―まず月並ですが、『千と千尋の神隠し』(以下『千と千尋』)をご覧になって全体的な感想は如何でしたか?

庵野

「面白かったです。肩の力が抜けてて何とも良かったですね。『となりのトトロ』みたいな感じがします。背景も良かったし、アニメの絵のほうも、たぶん宮さんあまりやらなかったんでしょうね。あまり宮崎駿っぽい絵がなかったので、自分で絵をいじってない気がします。それがまた良かったです。だから作画監督の安藤(雅司)さんを始め、すごく頑張ったんだと思います。美術の武ちゃん(武重洋二)もすごく良かったですよね。光の処理とか色の使い方とか、光を感じて良かったです。あれぐらい派手なほうが好きなんですよ。

それと、今まであまり目を向けなかった東南アジアっぽさが良かったです。いわゆるアジアな感じという。宮さん、ここまで心が広くなったんだと思いました(笑)。

あと、キャラクターもモデルがいると思うので、その辺も良かったんだと思います。一人の女の子に観せたいというだけで作っていて、すごくシンプルで良かった。実際に観客の顔が見えてていいですね。老いてますます盛んという感じですが(笑)。あの歳であれだけのものがまだ描けるなんて、すごいヴァイタリティーですよ。」

―面白いのは宮崎さんがこれだけ自由にやったということと自由にやるとやっぱりこうなるのかというところで、ある種の業の深さのようなものが出ていたかと思うんですが、その辺はどうでしょう?

庵野

「そうですね。人によっては『紅の豚』よりは、宮さんの奥の部分が出ていて、自分が出ているんじゃないかと言ったりもします。」

―それは具体的にはどういうところですか?

庵野

「必ず宮さんの分身みたいなキャラクターが出てくるんですけど、今回は釜爺ですよね。陰で一〇歳の女の子を助けて見守って、男の子との恋愛まで首を突っ込みもする(笑)。言ってしまえば、千尋の両親はダメ夫婦なわけじゃないですか。特にお母さんは母親ではなくて、あれは女性ですよね。娘がイヤがっているのをほっといて、旦那の言うことに付いて行ってしまう。ダメな母親として描いていて、父親も基本的には悪い人ではないんですけど、そういうのに無頓着であるという。あのまま千尋が大人になったら、グレてしまうかも知れないところを、自分が正しい道に導いてやるみたいな役回りです。あんな夫婦にまかしちゃおれん、俺がやってやるというのが表に出ていて(笑)。それが釜爺だと思うんですけど、良かったですね。

ヴィジュアルもすごく良かったです。久しぶりにアニメを観て面白いと思いましたね。アニメっていいなあと思いました。」

―一つ一つ手順を踏んで、異世界へと入っていく導入部などすばらしかったですね。

庵野

「CG以外は本当に良かったですよ。CGだけは如何なものかというか、あの世界観には合ってないような気がしましたね。CGの部分だけが必要以上に引っ掛かった。」

―それはあの花のシーンとかですか?

庵野

「花のシーンもそうだし、いろんなところでCGをちょこちょこと使ってましたけど。あれはCGじゃないほうが、雰囲気が出て良かったんじゃないかと思います。ああいうところだけ妙に浮いていてイヤでしたね。自分の了見が狭いだけかも知れませんが。でも、観ていて気になったのはそこぐらいですね。」

―先程おっしゃっていたこれまでと違う宮崎さんの絵というのは、例えばどの辺りになりますか?

庵野

「それは全体です。まず顔の表情が違うし、レイアウトもやっぱりちょっと違っていました。コントロールしきれていない感じがあって、そこが良かったんですが(笑)。普通の人が観てもさっぱりわからないと思いますけど、業界人が観ると笑ってしまうようなところもあって、良かったですね。あとはアニメの技術として表現しきれていない部分もあるにはあるんですけど、別にそれが大きく気になるものでもないし、いいんじゃないですか。最初の自動車が奥に行くカットで全てオッケーです。

自分にとっては、『もののけ姫』があまり良いものではなかったんです。個人的には、別の見方も出来るので、面白いんですけど、映画としてそういうのを切り離して観ると、ちょっとキビシかったんですね。それがキビシかった分、今回が余計良く見えるというのはあるかもしれません。観た時の個人的な状況もよかったんでしょうね。」

―庵野さんが個人的に良かったと思うシーンとかありますか?

庵野

「おにぎり食べるシーンとか良かったですね。宮さんにしては、珍しく食い物がうまそうなシーンでした(笑)。あとカオナシとか釜爺とかも。釜爺は、宮さん本当にあれくらい手が欲しいんだろうなあという願望キャラですね。こっちでレイアウトの修正やりながら、こっちで絵コンテを描いて、原画をやって、動画をやって……と、実際そのくらい働いているんで、更に手が欲しいんでしょうね。あのススワタリ=ジブリのスタッフは大変だなあと思いました(笑)。」

『千と千尋』のイメージの地理学(ジオグラフィー)

―ただ、単純に面白いというだけではなく、もちろん『もののけ姫』のように『千と千尋』も、たとえば銭婆のところへカオナシたちを引き連れて電車で訪ねていく、ほんの数駅でそこはなぜかうってかわってイギリスの田園風景のようになる部分など、深読みをしようと思えばいくらでも出来そうな気はしますけれど。

庵野

「というよりは、あれは子どもが一人で旅が出来る範囲はあれくらいということだと思うんです。子どもの持っている世界の大きさだと思うんですよ。一〇歳の女の子が一人で切符だけもらって、電車に乗るというのはかなりの冒険だと思うんです。まあ、今だと一〇歳で一人で飛行機とか乗れる子どももいますけど(笑)。もちろん個人差はあるんですが、一般に考えれば、バスや電車に一人で乗って駅を間違えずに降りるというのは、それなりの冒険だと思います。そういうものでしかないんじゃないかと。あれが今までのケースだったら、誰かが空を飛んでそれに乗っていくとか、ヴィジュアル的な良さを取ったと思います。まあ今回の浅瀬の上を走って行く電車というのもすばらしいヴィジュアルですが(笑)。あのイメージ自体は『パンダコパンダ』の「雨ふりサーカス」とかに原点があると思うんですけど、今回は、女の子が一人で行くというあの雰囲気がすごく良かったです。

ヴィジュアルで言えば、いろんな種類の神様がいるというのもナイスでしたね。あれは商売が上手い(笑)。あれだけいれば、キャラクター商品はよりどりみどりですからね。神道、陰陽道、土着の神々、それから東南アジアとか無節操な感じで出してましたね。日本の神様というのは、とにかくカオス的なものなので、具現化するとああいうふうになるのかもしれないです。

建物のデザインとかも非常にごちゃまぜで、台湾にも見えるし、香港にも見えるし、あか、アジア全体のイメージを総動員していたいた香港感じがありました。それから、日本の明治以降特有の和洋折衷のイメージも。明治中期から大正、昭和初期くらいの建物の感じ。神社仏閣なんかと西洋建築が入り混じったような。おまけに、旅館の仲居さんの部屋ってあんな感じだよなとか。そういうのも良かったですね。」

―あの女中たちが雑魚寝しているようなところは、合宿みたいな感じでとても楽しそうですよね。アジアがメインにきたのは『トトロ』以来になりますか?

庵野

「『トトロ』もいまの日本じゃなくて、宮さんの中にあるまだ良かった頃の日本じゃないですか。宮さんは嫌いなものは絶対に出さない人だから、そこからアジアまで視野に入ってきたというのはいいことじゃないですかね。もともとヨーロッパ志向がずっと強くあって、日本は駄目だ、嫌いだというので、現在の日本はまず描いてなかったと思います。本人はどう思っているか知らないけど、はたから見るとアジア嫌いに見えました。旅行にも行ってないはずだし。中国に行ったくらいじゃないですかね。そういった、わりとこれまで外れていた部分に踏み込んだというのも、今回良かったんだと思います。実際はわかんないですけどね。もうネタがなくて、仕方ないからアジアやるか、ということかもしれないし(笑)。それで、おお、アジアもいいなあ、ということなのかもしれないし。」

邪念を排除する映画

庵野

「ただ、アニメの技術だけで言えば、どんどん落ちていると思います。二〇年前、三〇年前のアニメのほうが圧倒的に良かったと思います。アニメーター全体の動きの質のようなものは確実に落ちてると思いますね。絵のうまい人はそれなりに増えているけど、アニメーターとしてはどうかなあということですね。もちろんいまでも、うまい人はいますけど、往年のアニメの動きにはまだまだかなわない感じがします。」

―その原因というのはどういうことなんでしょう?

庵野

「日本人のそのものの質の問題じゃないですか。司馬遼太郎風に言うと、日本の電圧が下がっているという」それはアニメだけじゃなく、小説にしても映画にしても漫画にしても、どの文化も確実に下がっていると思います。単に昔が良かったというわけでもないですが。それはもう、僕ら以降はコピー文化なので、しょうがないところがあります。コピーにコピーを重ねるとどんどん歪んで薄くなっていきますから。

昔のアニメーターが、たとえば波を描こうと思ったら、実際に波っていうのはどんなものだろうというので、海に行って波を見て、これをアニメにしたらどうなるんだろうということをやっていたと思うんですけど、いまはそんなことしなくても、その波を描いた人のアニメをコマ送りで見れば、わかるわけです。本物の波を分解して絵にしているわけではなくて、アニメをそのままトレースして絵にしていて、細かい動きまで忠実に再現できてしまいます。技術やそのための情報に対する本質的な飢えがないんですよね。ここまで情報が溢れてると。

この状況は、なかなか改善できないんじゃないですかね。難しいと思います。日本はこの先、どんどん行き詰まっていくんでしょうね。で、何年先、あるいはもっと先に、誰かが何とかするかもしれないし、このまま衰退していくだけかもしれません。また日本という国では、文化はもう閉塞して、韓国とか中国とか東南アジアで突出したいいものが出来て、日本のものを駆逐する日が来るかもしれません。閉塞を打破したいという意志が必要だと思います。

ちょっと話がそれちゃいましたけど、悪意を持ってあの映画を語れば、いくらでもアラはあるわけですよ。あそこが変だここがおかしい、この展開は不要だとかですね。でも、そういうのは関係ないじゃんという感じがあの映画には漂っていると思います。すごく気分良く観られるように出来ているので、邪念を排除してるような映画だと感じます。だから、『千と千尋』論みたいなことに僕はあまり興味がないんです(笑)。僕がなんでこれがいいんだろうというようなとこを、人にこれこれこうだからいいんだよと言われて、成る程と思うことはあるんですけど、自分で、なんで面白いのかを検証する必要がないんですね。ああ面白かった、で十分です。

『もののけ姫』よりもずっと宮さんの集大成のような作品という気がしますね。お客さんもいっぱい入ってるし。いまさら僕なんかが、とやかく言わなくても大丈夫ですよ。もう必要ないですね。」

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