まんが☆天国 TOP > まんがのチカラ >  『荒木飛呂彦先生』 その1

『荒木飛呂彦先生』 その1

現在、ウルトラジャンプで『スティール・ボール・ラン』を連載中の荒木先生。
その唯一無二の作品は、はたしてどのような環境から生まれてくるのでしょうか?
そこで、ここでは、荒木先生がどのように作品作りに取り組んでいるのかを教えていただきました。あの「ポーズ」や「構図」がどのようにして生まれたかの秘話も大公開!

『荒木飛呂彦先生』 その2>>

荒木飛呂彦の仕事術、その源流は『こち亀』にあった!?

---- まずは、荒木先生の仕事スタイルについて教えてください。

荒木:まんが家って徹夜ばかりしているイメージがあるかもしれませんが、僕は規則正しい、会社員のような生活をしてます。10時に起きて、夜の11時くらいまで仕事している。そしてそれをなるべく崩さない。お休みも週に2日取りますね。

---- やっぱり徹夜は効率が落ちますか?

荒木:基本的には「落ちる」と思います。ノってきて、そのまま作業し続けたいな、徹夜したいなって思うこともあるんですが、何年も続けていくことを考えると良くないので、30歳を過ぎたあたりからは徹夜をしないようになりました。そのほうが後々良いんですよ。

---- それは荒木先生だけじゃなく他の漫画家さんもそうなんですか?

荒木:いや、みんなというわけではないですね。僕が先輩の秋本治先生(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』)を見習ってそういうふうにしているだけで。

---- 秋本先生とはどういったご関係なんですか?

araki0001.jpg

荒木:アシスタントをしていたとかそういうことではなく、単に僕が秋本先生のそういうウワサを聞いて勝手に見習っているだけですね(笑)。ちなみに締め切りの1週間前にあげるってのも秋本先生の影響です。だから、これまで締め切りを破ったことがないんですよ。

---- しっかりと仕事をコントロールできているということですね。ちなみに作業のサイクルはどういった感じなんですか?

荒木:ジャンプの場合、印刷所に入れなきゃいけないのが金曜日なんですよ。だから木曜日の夜、遅くても金曜の昼までには終わらせたい。と考えると、日曜にネームを考えて、月曜日に編集者にチェックしてもらって、下描きに入って、火曜日から木曜日で絵にしていくサイクルになりますね。

今は月刊誌(ウルトラジャンプ)で連載していますが、ページを分割して、15ページずつ週刊ペースで描いてます。

---- 月刊誌の方が週刊誌より負担は少ないものなんですか?

荒木:ページ数が週刊誌時代の19ページから15ページに減ったこともありますけど、締め切りが月に1度しかないのは安心ですね。心に余裕ができました。週刊誌のときは、締め切りを越えたら、すぐにまた次の締め切りでしたから。

そういうストレスってね、長くやってると本当に辛くなってくるんですよ。あと、やっぱり体力的にも大変になってきました。

---- でも『スティール・ボール・ラン』は、ジャンプ掲載時(コミックス4巻まで)は、週に31ページという驚異的な分量で連載されていましたよね?

荒木:あれは、休んでいる間に描き貯めたりしたからできたんですよ。1回のお話でここまで読ませたいってのがあるんですけど、19ページだとどうしてもページが足りない。そこで無理に詰め込もうとすると絵の迫力を削って小さいコマにしないといけなくなる。でも、ガン! って大ゴマで見せたいところもあるじゃないですか。それまでの『ジョジョ』はそこがしんどかったんですよ。かなり削っていたんで。だから編集部と交渉してああいう形にしてもらいました。

---- そのこだわりのストーリーはどのようにして生みだすのですか?

araki0002.jpg

荒木:うーん、キャラクターの性格とかが決まっていると、もうある方向にしかお話が進んでいかないんですよ。決定されているんですね、描く前から。

状況はこう、キャラクターはこう、だからこうなるしかない。そういうのがあるんです。

僕が考えるのは「前回が暴力的なスタンドだったから、今回はちょっと柔らかめにしていこう」とか、そういうことだけですね。メリハリを意識して、あとはキャラクターが動くに任せていく。そこを無理にいじろうとするとおかしくなっちゃう。

例えば第1部の最後で、ジョナサン・ジョースターを殺さないであげたいって思ったんだけれど、やはりあそこは死ぬしかないシーンだった。編集者と真剣に話し合ったんですけど、最終的には「こういうのがあっても良いんじゃないか」って考えることにしました。これは美しい死に方なんだって。

(次回更新予定: 7/2(月)頃)

荒木飛呂彦プロフィール

荒木飛呂彦(あらきひろひこ) 1960年、宮城県生まれ。

『武装ポーカー』で第20回手塚賞準入選。1983年、週刊少年ジャンプ『魔少年ビーティー』で週刊連載デビュー。その後、『バオー来訪者』を経て、『ジョジョの奇妙な冒険』を連載開始、同誌で15年以上続く長期連載として人気を博した。また、それと平行する形で、歴史上の偉人にスポットを当てた『変人偏屈列伝』の原作も担当(一部は作画も担当)、その独自性のある展開や演出には熱心なファンが多い。現在は、ジョジョシリーズ第7部に相当する続編『スティール・ボール・ラン』をウルトラジャンプで連載中。


『スティール・ボール・ラン(12)』 新刊情報はこちら

2007年06月25日