ロングインタビュー 香川照之(3)
Vol.196 - Page3
香川照之 ロングインタビュー
なりやすいから、俳優。
そして目覚めのとき
「消去法ですね」
俳優になるつもりはなかったという。デビューは20年前、大学卒業の年。歌舞伎俳優を父に、女優を母に持つ彼にとって「俳優は“親がやってるから俺にもやれそうじゃん”みたいな…本当に甘い意識でしたけどね。何にもなりたくなくて、ほかに選択肢がなかった」。
デビュー作はNHK大河ドラマ。仕事的には恵まれていた。
「でも、“俳優として”とかいう考えは何もなかった。三島由紀夫を愛読していて、無責任に世界の破滅を信じていました。全部潰れちゃえばいいって。人生がマラソンだとすれば、僕はスタートしてからずっと逆の方に走っていたんだと思います。なんとなく俳優をやっていて、なんとなく現場から帰ってきて、自分の親とかを見ても“ダメだな”と思ったり…これもなんとなくなんですよね。“これは伝えたな!”という達成感もないのに監督からOKが出たりして。いろいろ煮え切らないことばかりだったんですが…」
ダメさを実感するも、顧みる自分自身の視点が確立していなかった。が。
「鹿島勤という監督は僕をダメワールドから引き上げてくれようとした。“オマエ、まだ理屈でやってるよ。オマエの芝居なんか見たくねえんだよ”って何度も言われました。テイク100とか平気でやらされたし、エキストラを100人残して俺のカットを撮り続けたり。その監督は、正しい目で全部を見てくれていて。当時の僕を、ちゃんとした状態にするのに100回かかったということだったんですよ。そのぐらいカチカチだった。その人の最高の目で見てもらっていました。その人がいなかったら今の俺はいない」
どうだろう、この文章前半の自覚的な役者ぶりと20代のダメぶりの落差。
98年8月から4カ月間、32歳から33歳になるこの時期、香川照之は中国にいた。チアン・ウェン監督作『鬼が来た!』出演のためである。映画の舞台は第二次大戦末期、中国・華北の村。ある家に突如預けられる、彼の演じる日本兵捕虜と村人とのディスコミュニケーションと奇妙な友情を描いた作品だ。
撮影は進まず、状況は知らされず、各種盗難に遭い、麻袋に入ったままスタッフに放置され…東京で仕込んでいった役作りなどまったく歯が立たない、否応なしに“拉致された日本兵”という役に引きずり込まれる感覚。
「それまで、俳優は芝居をするものだと思っていたんです。中国で教わったのは“我慢をすること”。現場でどれだけ我慢をしているかをアピールし、みんなから“彼の真似はできないな”と言われて、初めて成立する仕事なんだと。もっと言うと、違う俳優に“あの役は俺にはできねえ”と思わせたら最高の結果ですね。僕が認識していた芝居とは、水が入っていないのに飲んだフリをしたり、お湯なのに水に入っているフリをすることでした。だけど本当に水を入れ、本当に寒いところで水につからないと何も始まらないということ、“演技とは、演技をしないこと”だと教えられました」
ひょっとしたらマラソンだということすらわかっていなかったのかもしれない。アタマをガンと殴られ“コレは、マラソンなんだ!”と知らしめられた。
「逆走を止め、コースをちゃんと走り出したら、辛いんです。それ以前は演技の直前までいろんなものをもっと準備していたんですよ。自分の中に電池が入っていなかったから、あちこちからコードをつないで電源を供給しなくちゃいけなかった。それが左脳(=論理・分析)の回路。ポンと電池を入れるようになっている、右脳(=感覚・イメージ)というのがあることを知った。ここに電池さえ入っていれば、スイッチを入れるだけで動くんです」
緻密な準備をしなくなった。
4年前、長男を得て、「自分が“種族”の先頭ではなく、息子の背後にいる“その他大勢”になったとき、自分のことだけを考えなくなった」。多くのことはどうでもいい。手放しに近い感覚。マラソンコースの逆走はそろそろスタート地点に戻り、走るスピードはグングン増していっている。
20代のころの「全部壊れちゃえ」は「乗り込む船を少しでもよくしたい」に。「悲観的だったり、壊したり、切る方を選ぶのか、それとも積み上げるのか」…何かを選択するにしても、最終的にはポジティブな方を選ぶ。自然にそんなふうに変わってきた。
「そうすると、口幅ったいですけど“温かい気持ち”が出てくるんです。その気持ちが最後の一押しをしてくれる気がする。セリフを覚えて表現を考える…人間のやれることなんて大したもんじゃないんですよ。そこに何か“今のカットすごかったな!”というのが宿るときは、きっと人間じゃないサイズのものが何かをしているとき(笑)。僕は“映画の神様”と呼んでいます。目に見える俳優の動きを切り取っていながらも、実は目に見えないそういうものを伝えていて、お客さんはそれを観たときに“すげー”と思っているんじゃないかな。そんなふうに思います」
(掲載日 2009.05.13)
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