コルロ島よ、永遠なれ!
(c)ENIX/Toshihiro Kawamoto
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■文鳥が制作した、特に思いで深い作品のご紹介と、そのエピソードです。

■ワンダープロジェクトJ  ワンダープロジェクトJ2  ■46億年物語(SFC)  マジカル封神  UnderCover  46億年物語(PC)  ■バーニングポイント  出世大相撲  バッテンオハラのスチャラカ空中戦  ミステリアスストーンズ  ザ・ビッグプロレスリング
















ワンダープロジェクトJ

〜機械の少年ピーノ〜

SFC/ (c)エニックス/1994
■1番思い出深いゲーム

ワンダープロジェクトJ〜機械の少年ピーノ〜

 今でこそ普通のジャンルになりましたが、『テレビの中のキャラとコミュニケーションをとる』というコンセプトのこのゲームは、当時はかなり『とんがった』ゲームにとらえられていたようでした。企画段階ではなかなか周りに理解してもらえず苦戦しましたが、アニメ監督の飯田馬之介氏の協力によってゲームに命を吹き込むことに成功し、やっと理解される形となりました。
 よく、世界観が宮崎アニメに似ていると言われますが否定はしません。なぜなら、私が大好きな『日アニ名作劇場』や昭和30年代の『東映動画』の雰囲気を世界観設定のお手本にしたからです。(宮崎アニメも東映動画も源流はにたようなものと思われますから)
 このゲームに対する評価は真っ二つに分かれました。可能性を感じて下さる方(特に女性)と、こんなのゲームじゃない!と否定される方とに。いろんなことを言われましたが、私としては、任天堂の宮本茂氏に気に入っていただいたことが、このゲームに対するひとつの答えだととらえています。正直、たいへん嬉しく感じました。自分にとって1番思いで深い作品です。















■ワンダープロジェクトJ2
〜コルロの森のジョゼット〜
N64/(c)エニックス/1996
ファミ通ゴールド殿堂入り

■さようならジョゼット

ワンダープロジェクトJ2〜コルロの森のジョゼット〜

 『ワンダープロジェクトJ』の続編です。自分が未熟なせいでしょう。続編ということで肩に力が入った記憶があります。主人公の少女をギャルゲーっぽくせず、話を古典的にし、さらにJ1のボディランゲージによるコミュニケーション法に、会話によるコミュニケーション法をプラスしたりして、自分なりの方法論でJ1からの発展性を考えました。
 しかし、そのことがこの作品に対しての賛否両論を分ける結果となってしまいました。エニックスの『NINTEDO64』向け第一弾作品としてヒットまちがいなしと、かなりの期待を集めたものの、結局、営業的には報われない結果となり、一部のファンに『これからの発展性』を多いに期待されながらもシリーズは制作中止となってしまいました。
 しかし、それでも幻の『ワンダープロジェクトJ3』を待ち続け、こよなくこの作品を応援してくださるファンの方が今でもいらっしゃることに対しては、感謝の念にたえません。
 『ジョゼット、ピーノ、君達は幸せものだよ。』














■46億年物語

〜はるかなるエデンへ〜
SFC/ (c)エニックス

■パーツアニメが大変でした

46億年物語〜はるかなるエデンへ〜

 PC版『46億年物語』をスーパーファミコン用にリメイクしたゲームです。RPGだったPC版とガラリと内容が変わり、こちらはアクションアドベンチャー。エニックスの幻の子会社『ゲームプラン21』というところから発売されました。『キャラの体がパーツごとに進化する』という面倒なシステムを考えたために墓穴を掘ってしまい、キャラのグラフィック制作に大変苦労した記憶があります。
 当時、同じくグラフィックを担当したスタッフは、その後『パーツアニメ』の大家(笑)となり、ドラクエ?でその実力をいかんなく発揮していたようです。








■マジカル封神
GBA/(c)コーエー/2002
ファミ通シルバー殿堂入り
■思い出の永山健康ランド

マジカル封神

 コーエーからPSで発売された『封神演義』と同シリーズのGBA版です。 ただ、このゲーム、登場人物がPS版と同じというだけの完全オリジナルのRPGです。呪文を心で念じて秘密兵器(パオペエ)を作ったり、いろんな場所で『怪現象』がおこったりするというアイデアがなかなかの評判でした。子供向けでしたが、それをあまり意識せず、自由に楽しくシナリオと演出をさせてもらいました。
 あと、『イース』シリーズや『ガイア幻想記』など、私がそのシナリオのファンだった宮崎氏(クインテット)と一緒に仕事をさせてもらったことも、いろいろと勉強になった経験でした。
 思い出としては制作の終盤、クインテットに詰めることになったものの泊まる場所がなく、社内でごろ寝も嫌だったので、すぐ近くにあった『永山健康ランド』の仮眠室を宿泊所代わりにして、3週間近く過ごしたことでしょうか。健康ランドの朝風呂と足マッサージ機がなつかしいです。パオペエ〜!

【コーエーの『マジカル封神』サイトへ】













■UnderCover

〜AD2050Kei〜

DC/(c)パルスエンターテイメント/2000
■大沢在昌は熱い男だった

UnderCover〜AD2050 Kei〜

 『新宿鮫』シリーズで有名な直木賞作家『大沢在昌』氏による企画の、バイオハザード型の3Dアクションゲームです。
 普通、有名作家さんは原案だけ現場になげて後は監修だけ…というパターンが多いのですが、大沢さんは違っていました。ずっぽりと参加されたのです。(売れっ子なのに) あと、とても気さくかつ人間味溢れる人柄で、緊張と絶望(笑)の日々が続いた私に励ましの言葉をかけてくださいました。
 実は、このゲーム、この企画のための会社を0から立ち上げたんです。私の最初の仕事は、ゲームを作るスタッフを探すことでした。無名の会社に参加してくれたスタッフは全員がんばってくれました。さて、肝心のゲームのデキですが…。残念ながらスタッフ(ほとんどがゲーム制作新人)のスキル不足が正直にゲームに出てしまった…という感じでした。
 プロにいい訳は絶対禁物ですが、今までゲームを作ってきて1番『無念』を感じざる終えなかった作品です…。ただ、そんな状況でも諦めず励ましてくださった大沢さん、援護射撃的に先手をうって仕事をしてくれた熟練プログラマーの中本さんには感謝してます。


▼写真は発表会の様子。ネットニュースから
(左から当時の代表石川氏(マックを日本に広めた男)、文鳥、京極夏彦氏、大沢在昌氏、宮部みゆき嬢、GOMI氏、SEGAの偉いさん)











■46億年物語

〜THR進化論〜

PC98/(c)エニックス/1989
■情熱の大進化

46億年物語〜THE進化論〜


 SF作家『川又千秋』氏原案による『進化論』をテーマにしたRPGです。
 『進化論がテーマって、まるでお勉強みたいだね。』と、周りからヒニクられるぐらい難題なテーマでありましたが、最終的にはおもしろい作品に仕上げることができたようです。その理由は、川又先生を含めスタッフ全員が『進化を学術的に考えるのではなく、ファンタジーとして解釈する』という『わりきり』ができたこと。、音楽の『すぎやまこういち』先生が企画を大変気に入ってくださったこと、企画のダイナミックプロさんのバックアップ、完成して売れるまでお金が一円も入ってこないのに(印税制なので)がんばってくれた若きスタッフさん達…。
 そんな『皆の情熱』がひとつになり、ゲームのテーマのように『よりよい進化』がとげられたからだと今は思っています。












■バーニングポイント
PC88/(c)エニックス/1988
■若さは可能性

バーニングポイント

 私がエニックスに入社して最初に担当した企画です。内容はハードボイルドタッチの探偵ゲームでした。
 当時のエニックスは、才能がありそうな若者を発掘し育てるというのも仕事のひとつでした。このバーニングポイントのスタッフも、その『育てる系』だったのですが、いかんせん、まだ若きアマチュア。自信とスキルのバランスがうまくいってません。(まあ、それだから『若さ』ですけど。)特にハードボイルドは難しいジャンルなので、ぬるいゲームデザインやシナリオは、もう、降りてしまうかも?と思うぐらい何度も書き直させました。
 しかし、若いスタッフはがんばります。結局は努力が実って、わりと評価の高いゲームに仕上げることができました。
 特に、今では当たり前の『テキストの三択分岐システム』や『音によるトリック』は、このゲームでは、すでに取り入れていました。














■出世大相撲

AD/(c)テクノスジャパン/1984
■相撲は過激な格闘技

出世大相撲

 テクノスジャパンで作られた日本初の相撲アクションゲーム。私はビジュアル設定とグラフィクを担当しました。
 製作中、研究の為にスタッフ全員で国技館まで相撲を見に行ったことがありました。当時の相撲に対するスタッフのイメージは『なんか古くさくてヌルイ格闘』な感じでしたが、とんでもない!まさにこれこそ『体をはった過激格闘スポーツ!』の世界だったのです。相撲を見たスタッフ全員がその迫力に感動し、それをなんとかゲームで表現しようとがんばりました。(でも、その割にはギャク満載だったなあ。オカマの審判員いたし…)
 相撲のように気合いの入ったこのゲームは、高田馬場でロケテストをしましたが結果は黒星…。理由は『お客さんのほとんどが相撲にあまり興味がなかったから。』でした。 トホホ…。














■バッテンオハラの
スチャラカ空中戦

AD/(c)テクノスジャパン/1985
■ギャグとおふざけの境界線って?

バッテンオハラのスチャラカ空中戦

 テクノスジャパン時代に同僚の企画マンが考えたゲームです。私は、世界観やキャラデザのディレクションを担当しました。
 この企画マンは大変おもしろい人物で、いつも突拍子のないことばかり言っては周りをおもしろがらせていました。彼とは一緒にゲームを作ったことより飲みに行ったりして遊んだ思い出の方が深いです。ゲーム内容はギャクタッチの空中戦(ドッグファイト)ですが、タイトルやゲーム内容がユニークすぎて、当時の担当プログラマーから『ふざけてんのか!』と詰め寄られるシーンを幾度となく目撃しました。そんな状況を尻目に、私は販促ポスター(左の写真)を作ることに夢中でした。
 しかし、なんだかんだ言ってもこのゲーム、結局このタイトルで世に出たんですよね。(売れなかったけど。)
 ちなみに、『バッテンオハラ』は、その昔、九州で活躍したローカルタレント『ばってん長崎』から。『スチャラカ』は、昭和40年代のTV番組『スチャラカ社員』からのパロディーです。(おじさんしか知らないよなぁ。)














■ミステリアスストーンズ

AD/(c)テクノスジャパン/1984
■厳しい環境

ミステリアスストーンズ

 このゲームは、既に発売していた『スクランブルエッグ』というゲームのプログラムをそのまま流用して作ったものです。早い話、『見た目』を変えただけのものです。
 そう言うと、なんかとても志の低い制作態度に聞こえるかもしれませんが、80年代前半の小さなゲーム会社って皆そんな感じだったんです。(今のように
恵まれた環境でなかったせいもある)ただ、現在でもプログラムの財産を次の作品に流用することは特に珍しいことではありませんけどね。
 さて、『見た目』の話ですが、当時、映画『レイダース〜失われたアーク〜』が大ヒットしていてご多分に漏れず私もはまってしまいました。正直、このゲームの設定はその映画のパクリです…と、言われなくても、左の写真を見ればわかりますね。



■本文にある『恵まれた環境でない』という現実を見たい人は、ボタンを押すと当時私が使っていたお絵かきマシンが見れますよ。














■ザ・ビッグプロレスリング

AD/(c)テクノスジャパン/1983

■夢は現実に

ザ・ビッグプロレスリング


 私の記念すべきヒット作品第一号です。とても思い出深い作品です。
 当時在籍していたテクノスジャパン(くにおくんシリーズで有名)は、スタッフ5、6人の小さな無名の会社でした。なんとかヒットゲームを作り『名』をあげたいところです。ある日、『自分達が1番興味あるものを作ればいけるんじゃないかな?』と同僚と盛り上がり、古館一郎の実況で人気がうなぎのぼりだった『プロレス』を題材にした新システムのゲームを企画しました。しかし、社長は反対気味。『新しいものはリスクがでかい、失敗する確立が高い。』と。結局、制作半ばで中止命令が下りました。スタッフ全員意気消沈。しかし、営業の先輩が『おまえら、おもしろくなる自信があるならば最後までやってみろ!俺が社長を説得してやる。』と、ドラマのような援護射撃。そして、その先輩の説得のおかげで制作は再開。完成したゲームは、みんなプロレスが大好きだったんですね、ロケテストで大成功しました。
 『いつか、あの歌舞伎町の大きなゲーセンの中に、自分達が創ったゲームをたくさん並べたいね。』と、励まし合っていたスタッフ全員の夢は現実のものとなりました。

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